勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─   作:一般指揮官

89 / 262
連続投稿は…疲れた…めう…


目覚め、帰還、言葉

 

 

 間もなく深夜の2時だ。

 

 飽きもせずラピはわざわざ病院から運び込まれた病床へ仰向けになって眠る自身の指揮官を傍らへ移動させたソファに腰掛けながら見詰めていた。

 

 珍しいことに彼はここまで一度も目を醒ます様子がない。重傷の程度を考えれば──なにより総力戦という大規模な作戦が終わったばかりであるのを考えれば当然だ。

 

 ラピは微かな寝息を立てるムーアの口元と鼻へ手袋を外した手を翳し、念の為に呼吸を確認する。そのような真似をせずともバイタルセンサーや各種の機械が逐一、彼の状態を知らせているのだが、これは最早、身に染み付いてしまった確認方法なのだろう。

 

 ──少し痩せた気がする。

 

 僅かに頬が痩けているからか、濃くなりつつある無精髭が少し目立った。

 

「…お疲れ様でした」

 

 小さく、それこそ唇から漏れ聞こえるか否かのそれで紡いだ言葉は各種の機器が発する電子音で掻き消える程だ。

 

 ふと、指揮官室の扉が開いた。視線を向けると──静かに入室して来る二人組の人影を彼女は認めた。

 

「…どうしたの?」

 

「…うん…心配で眠れなくて…」

 

「結局、アニスと一緒に来ちゃいました」

 

「…そう…」

 

 その気持ちは分からないでもない。ラピは頷きを返すと二人を手招きした。

 

「…指揮官様、ちゃんと寝てる?」

 

「えぇ。…お疲れだったんでしょうね」

 

「…エリシオンのグループチャットで師匠へのお見舞いの言葉を沢山貰いました」

 

「…テトラのグルチャでも。…早く元気になって下さい、だって」

 

 おそらく今回の作戦に参加した量産型ニケ達を中心にそのような動きがあったのだろう。分隊や前哨基地だけでなく、他の部隊の者にまで心配を掛けるとは──随分と罪作りな指揮官もいたものだ。

 

「…きっとマリアンも心配しているでしょうから…早く元気になって下さいね」

 

 応答は勿論ないのは知っているが、ラピは物申さずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

「────」

 

 目が醒めた時、指揮官室の窓から差し込む仮初めの太陽の光がムーアの視界に入った。

 

 いったい何時なのだろう。まずそれを考え、次いで喉の乾きを覚えてしまう。

 

 とはいえ今日は夕方まで絶食だ。栄養素や水分は点滴での摂取になると女医(メアリー)から説明があったばかりである。

 

 治るものも治らないのではないか──などと懸念が過ぎった時、病床が右側へ僅かに傾いていると気付く。

 

 頭を右側、つまり窓側に向けて確かめてみると──

 

「──どういう状況だ…?」

 

 理解不能の有り様に思わず呟いてしまう。

 

 病床の端へ寄り掛かるようにネオンが俯せ、そしてアニスが仰向けとなって眠っているのだ。

 

「──…ししょう…火力ドラゴンは…危ないから…もっと…火力を…あげないと…」

 

 ──火力ドラゴンとやらは知らないが120mm迫撃砲(重迫)の効力射でも浴びせてやれ。

 

 何かのゲームの敵キャラクターだろうか、と彼は内心で寝言を漏らすネオンに突っ込みと良く分からない助言を与えた。

 

「──うう…私の…おしり…キレイ…においなんて…しないよぉ…」

 

 ──いや、知らんが。

 

 続けて寝言を漏らすアニスは上体のみを器用に病床の端へ乗せ、大口を開けた隅から涎を垂らしている。臭い云々を語る前に、まずは涎を拭くのが先だろう。

 

 その二人の後ろ──窓際へ置いたソファに腰掛けるラピは長い脚と細い腕をそれぞれ組みながら寝息を立てている。寝相が一番良いのは間違いなく彼女だろう。そんな格好で寝て痛くならないのか心配にもなるが。

 

 理由は分からないが何故か三人とも一塊になって眠っている。

 

 起こさぬよう彼は静かに上体を起こしてみた。

 

 痛みはあるが、病院で覚醒した時と比較すればだいぶマシである。

 

 鎮痛剤は切れているのだろうが、これならば──

 

「──お目覚めですか?」

 

 ──不意に横から玲瓏な声が掛けられる。とはいえ寝起きだからか、少しばかり気が抜けているようにも彼の耳には聞こえた。

 

「…悪い。起こしたか」

 

「…いえ、お気になさらないで下さい。…お加減は?」

 

「そこまで悪くない」

 

 目を擦りながら問い掛けて来るラピに答えつつムーアは左脇腹を片手で擦ってみた。軽く触る程度なら痛みは感じない。人工筋肉や人工真皮で塞がれた患部がゆっくりとだが、癒着を始めている証拠にも思えた。

 

「ドレッシング材と抗生剤を用意します。──アニス、ネオン」

 

 腰を上げた彼女が病床に寄り掛かって眠る二人組の肩を順に揺さぶった。

 

「──っ!?」

 

「──…ううん…?」

 

 その場で飛び上がる勢いで目を醒ましたのはネオンが最初だ。アニスもムクリと身体を起こすが、まだ寝惚けているのだろう。目を手で擦っている有り様だ。

 

「わ、私は!寝ていません!夢を見ていただけです!」

 

「ふあっ!?なっ、なに!?」

 

 覚醒しきっていない頭に隣からの突然の大声である。アニスはネオンに遅れながらだが、一気に目が醒めたようだ。頻りに頭を左右へ振り、何事かあったのか、と探っている始末だ。

 

「指揮官が起きたわよ。用意しよう」

 

「ふえっ!?…あ、な、なんだ…良かった…」

 

「…えっと…おはようございます師匠」

 

「…おはよう。──火力ドラゴンは倒せたか?」

 

「な、何故それを!?」

 

「ふふっ──痛っ…」

 

 苦笑を禁じ得なかったが、腹部に内部からの振動が伝わったからか痛みが走った。

 

 目を醒ました彼女達が準備を進める中、彼はラピに促されるまま左脇腹を天井へ向ける形で横向きの姿勢を取る。

 

「…失礼します」

 

 ラピが水色の病衣を捲り、左脇腹を晒して貼り付けられている創傷被覆材(ドレッシング材)をゆっくり剥がして行くと──たちまち表情が曇った。

 

 医師から言わせれば手術等で「何針縫った」というのはあまり重要ではないそうだが、それでも彼の場合は何十針を縫わなければならなかったのか。

 

 触手で抉られ、貫通した左脇腹はほぼ喪失してしまった。人工真皮と生身の肌を繋ぎ合わせるように縫合された痕跡が色濃くラピの眼前に晒され、彼女はなんと声を掛ければ良いのか考え込んだ。

 

「…ラピ、準備が出来まし──」

 

「────」

 

 交換するドレッシング材、抗生剤となる点滴のバッグの準備が出来たとネオンが報告するが──ラピと同じく手術を受けたばかりの彼の患部の状態を見て、傍らのアニス共々、表情が曇った。

 

 こんな状態でトーカティブと戦ったのか。生きていたのか。

 

 彼女達の様子がおかしいと気付いたムーアは殊更──普段よりも少しばかり明るい声を作って声を掛けた。

 

「…三人の美女にそうも見詰められると流石に恥ずかしいんだが…」

 

「──ッ…申し訳ありません…」

 

「いや、構わない」

 

 弾かれたようにラピがまず動き始めると、続けてアニスとネオンも何をすべきか思い出したらしい。

 

 ネオンが彼の右腕へ針が繋がる点滴のバッグを交換し、アニスは患部の消毒を、そしてラピは新しいドレッシング材を貼り付けるという作業を分担して進める。

 

 彼女達も戦場に於けるTCCC──Tactical Combat(戦術的第) Casualty Care(一線救護)の訓練や経験はある。むしろ彼のせいで慣れてしまったのは間違いないだろう。

 

 作業は澱みなく進み、やがて完了するとラピの手でムーアの身体はゆっくりと元に戻された。

 

「──師匠。何処か気になるところはありますか?」

 

「大丈夫だ。手数を掛けて済まなかった」

 

「気にしないで。じゃあ指揮官様はちゃんと寝てて。指揮官様の今の仕事は寝ることなんだから」

 

「…ただ寝てるってのは随分と苦痛だぞ」

 

 現在の有り様で何が出来るかと問われれば──何も出来ないのは彼も理解しているが、病床で大人しく寝ているのはどうにも性に合わない。

 

 北部の任務で左腕を喪失した後の入院期間。3日目には我慢の限界へ達し、右腕のみを使った腕立て伏せを病室でやっていたら看護師に咎められた記憶が蘇った。

 

 まさかアレが原因で病院を追い出されたのではなかろうな、とムーアが考えた矢先だ。アニスが上着のポケットから引き抜いた彼の携帯端末を差し出して来る。

 

「預かってたの。指揮官様に返すね」

 

「ありがとう。…メッセージが…」

 

 指紋認証でロックを外した途端、未読のメッセージが大量にあると気付く。彼はそれほど人付き合いは多くない筈なのだが、何処からアプリのIDが漏れたのか不思議である。

 

 まず真っ先に目に入ったのはカフェ・スウィーティー分隊のシュガーやミルクからのメッセージだ。後で確認し、返信しなければならないだろう。

 

「…どうやら暇とは無縁になりそうだ」

 

「返信頑張って。あ、エッチな動画とか観ちゃダメだからね?」

 

「あぁ、観ないよ」

 

「宜しい。何かあったら直ぐに呼んでよ?分かった?」

 

 ──あんな演技ありきの映像で興奮するほど飢えていない。

 

 などと彼が内心で呟きを返した時、新着のメッセージが届いた。

 

 

 

イングリッド《私だ》

 

イングリッド《連れて来た》

 

 

 

 

 ──思っていたよりも早い。

 

 現在の時刻は8時だ。

 

 課業開始の時間ではあるが、まさか合わせて来たのだろうかとムーアは一瞬考えてしまう。

 

「…どうかなさいましたか?」

 

「……イングリッド社長が直々にいらっしゃった。マリアンを連れて」

 

「…来たみたいね」

 

「…行きましょう」

 

 幸いにも激しく動かなければ痛みはそれほどでもない。彼は上体を起こすと病床の端へ腰掛け、ブーツを履いて靴紐を結んだ。

 

 あまり格好は付かないが──点滴のスタンドを掴み、ラピに肩を貸して貰うムーアと彼女達は指揮官室を出て、エレベーターで庁舎の1階へ移動した。

 

 そして駐車場へ出て間もなく──エリシオンのロゴマークが車体に描かれた高級車が滑り込んで来る。その後部座席の扉が開くと、まず降り立ったのは白い外套を羽織った女傑だ。

 

「──ムーア少佐、昨夜ぶりだな。具合は?」

 

「──おはようございます。見てくれはこのザマですが…そう悪くありません」

 

「…そうか。なら良かった」

 

 イングリッドは彼の右手に繋がった点滴のチューブ、そしてバッグが吊るされたスタンドを一瞥し、あまり長引かせるのは良くないと判断したのか形式的な異動の口上を告げる。

 

「──本日付けでニケ マリアンはエリシオンからカウンターズ所属となった。質問は?」

 

「申し送り事項等がありましたら今の内にお願い致します」

 

 カツンとブーツの踵を合わせる音を響かせながらムーアが申し送りの有無を問い掛けて来る。それにイングリッドは、どう伝えるべきか、と逡巡したが──彼へ歩み寄ると声を潜めてそれを告げた。

 

「…今は落ち着いているが…昨夜もマナから観せられた通り、混乱していた。その点は充分に考慮を頼む」

 

「…了解しました」

 

「…良し」

 

 頷きを返されたイングリッドは踵を返すと、扉を開け放っていたままの高級車へ戻り──下車するよう同行者へ声を掛けた。

 

 やがて──その姿が露わになるとムーアは双眸を細める。

 

 懐かしい──その感情がまず芽吹く。

 

 青と白を基調にした服──彼女と初対面した日、そして当日の夕刻、眉間へ突き付けた拳銃の引き金を共に引いた時も纏っていた。

 

 髪と瞳の色は変わってしまったが、そこにいるのは紛れもなく()()だ。

 

 下車した彼女はイングリッドに促されるまま数歩を進み──彼の二歩手前で止まると直立不動の姿勢を取り、挙手敬礼を向ける。

 

 しかし真紅の瞳はやや伏せられたままだった。

 

「……本日付で…カウンターズ分隊に異動となり──」

 

「──おかえり」

 

「────ッ」

 

 異動と着任の申告をムーアは最後まで言わせなかった。短く口にされた言葉に彼女の瞳が勢い良く向けられる。

 

「──無許可での離隊は本来なら軍法会議ものだが…事情が事情だ。仕方ない。分隊指揮官の権限で不問にしよう」

 

「──…指…揮…官…ッ…!」

 

「…着任の申告は必要ない。キミは元々、俺の部下だろう?指揮を解いた覚えはないからな」

 

 続けられた言葉に彼女の真紅の瞳が揺れ、水滴が溜まり始めたかと思えば、堰を切ったように雫が頬を伝い落ち始めた。

 

 挙手敬礼の格好のまま、しゃっくりを上げては肩を震わせる彼女へムーアが一歩を踏み出し、点滴のチューブが繋がったままの右手を伸ばす。

 

 それを見た彼女も敬礼を解き──細い右手で大きな右手を握った。

 

「──また宜しく頼む、()()()()。こんな僻地での勤務になるが、リハビリだと思ってゆっくり慣れて欲しい」

 

「──はい…っ…こちらこそ…ご指導ご鞭撻…宜しくお願い致します…!」

 

 しゃっくりを上げ続け、涙声のままマリアンが何度も頷く。震えている肩へ左手を置きながら彼も頷きを返す様子を眺める彼女達だが──

 

「……あれ?そういえばこの場合って…私は先輩と後輩、どちらになるんでしょうか?」

 

「ちょっとネオン!台無しじゃない!!」

 

 良くも悪くも彼の弟子は空気を読まないらしい。

 

 まぁそれがネオンらしいのだが──と考えた時、妙な違和感を左脇腹に感じたムーアは彼女の肩へ置いていた左手を離し、患部を病衣の上から擦った。

 

「……マリアン。復帰早々に済まないが…指揮官室に連れて行ってくれ。…傷が開いたかもしれん」

 

「え!?」

 

「ちょっと!?」

 

「し、指揮官!だ、大丈夫ですか!?」

 

「…いや、大丈夫だからそう慌てなくても…」

 

「お、おんぶしましょうか!?」

 

「…歩けるから落ち着いてくれ」

 

 落ち着け、とは言うが彼も少しばかりマズいと感じたのだろう。額に冷や汗が浮かんでいた。

 

「ア、アニス!指揮官室は何処ですか!?」

 

「2階にあるよ!指揮官様、しっかりしてね!?」

 

「師匠!気を確かに!」

 

「…死にはせんから落ち着いてくれ。──イングリッド社長、わざわざのお越しにも関わらず申し訳ありません」

 

「いや、気にするな。くれぐれもお大事にしてくれ」

 

「ありがとうございます。──ラピ、お見送りを」

 

「分かりました」

 

 恐慌の寸前となった彼女達に早く指揮官室へ戻るよう促されるムーアは逆に落ち着いていた。周りが慌てていると本人が却って冷静になるのは世の常らしい。

 

 彼からイングリッドの見送りを命じられたラピも、あの様子なら問題ないだろうと察し、マリアンを加えた三人の部下達に連れて行かれるムーアを見送った。

 

「──レッドフードを使ったのか?」

 

 彼等の姿が庁舎の中へ消えると、イングリッドが教え子に問い掛ける。それに彼女は頷きを返した。

 

「状態は?」

 

「食われてはいません。2秒くらいでしたから」

 

「…大変だったろうな」

 

 能力を起動させねばならぬ程に緊急の状況だったのは確かだ。それは現場で戦っていたラピも、そして報告を聞くだけだったイングリッドも理解は出来るのだ。

 

「──しかし仕方のない状況だったとは言え、今後はもっと気を付けた方が良い。目撃者がいた」

 

「アブソルートですか?」

 

「いや。付近で交戦中だった量産型ニケ二人だ」

 

「…どうなりましたか?その二人は?」

 

「──記憶消去」

 

 端的にイングリッドが告げる。その二人に実施された結末にラピの表情が曇った。

 

「…何が言いたいかは分かる。しかし──お前が抱えている()()がアークをひっくり返しかねないというのは肝に銘じておけ」

 

「──分かっています」

 

「なら良かった」

 

 簡潔明瞭な返答をする教え子に女傑も安堵の溜め息を漏らすが、やがて気掛かりな点を彼女は尋ねる。

 

「それで……()()()()()()()()?レッドフードは?」

 

「特筆すべきことはありませんでした」

 

 ラピは自身の内側から感じた声が語った内容をありのまま伝えるに留めた。

 

 

 

 

「──アークを破壊せよ、という…いつもと同じ言葉でした」

 

 

 

 




レッドフードの言葉の真意が気になって夜しか眠れません


そして…昨年の11/13に投稿した0章9話でマリアンが()()()()()。約3ヶ月経った2/12に投稿の今回の話で()()


……おかえり、マリアン。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。