勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─ 作:一般指揮官
三人が間隔を保ち、互いが持つ火器の銃口と視線を死角へ向けながら荒れ果てた建物の内部を進む。
オペレーターであるシフティーが報せるところによればマリアンから発せられる信号はこの建物を突っ切った先にあるという。
「マリアンは何処に連れて行かれたんだ…」
「あの触手がどれほど伸びるかは分かりませんが…」
チラリとラピが壁に穿たれた人間の一人は容易く潜れるだろう穴へ横目を向ける。出来たばかりの穴はパラパラとコンクリートの細かい破片が落ちている。
武装したニケを捕獲するだけあって触手と表現するしかない部位もそれなりの強度はあるようだ。
この壁を貫通し、建物越しにマリアンの身体を絡め取ったのだろうとラピは予想する。
「…って…ちょっと待って──」
その予想が正しければ、敵であるブラックスミスは相当のセンサーというべきか、感覚を有しているのではないか。下手をすれば既にこちらの位置を捕捉しているのでは。
それをアニスが告げようとした瞬間、轟音と共にガラスが割れた窓が周囲の壁ごと吹き飛んだ。
「───走れ!!」
言うが早いか、彼が命じた瞬間にラピとアニスが駆け出す。彼も突撃銃を握りながら廊下を疾走するのだが、その背後では立て続けに轟音と共に壁が吹き飛んで大きな破砕孔が穿たれている。
──ばっちり捕捉されている。
となれば逃げも隠れも出来ない。
「外に出ろ!急げ!」
こんな狭い場所で破片に当たるか、剥離した天井に押し潰されて死ぬなんぞ御免被る。大声を張り上げた彼に応えたラピが、そしてアニスが既に崩壊している壁の穴へ身を踊らせる。
ムーアもやや遅れて穿たれた穴から外へ飛び出た瞬間に背後で轟音が響き、そして爆風が身体を撫でた。
間一髪であったらしい。
突撃銃を抱えながら地面で前転し、勢いを殺さずに立ち上がると──先程、転がり出てきたばかりの建物の隣に経つビルが崩壊した。
そして街路上に立ち塞がるかのように巨大な影が現れる。
三対の脚が並び、さながら蜘蛛や甲殻類のそれを思わせる。全体の風貌は──なんと表現すれば良いか分からない。生物と機械を融合させたかのようで妙に生々しい部位が脈動しているのが見えた。
全高は十数mに及ぶだろうか。その巨躯に違わぬ質量も有しているらしく、露わとなっているアスファルトの下にあった剥き出しの地面を脚が踏み締めると陥没している。
タイラントモデル003 ブラックスミス
地上で活動するニケを捕獲し、その身体を構成する部品を剥ぎ取ってはラプチャーへと用いる特殊個体。
その全貌を目撃したムーアの第一印象は──
「…キモい…」
この一言に尽きた。
その一言が癪に障ったのかもしれない。禍々しい程に紅い単眼──あれは
「──撃て!!!」
何処を、とは言わない。むしろ何処を狙っても当たる程の大きさだ。
ラピが、アニスが、そして彼も突撃銃と擲弾発射器を構え、任意の部位へ向けて引き金を引いた。
重低音の銃声、そして擲弾の爆発音がたちまち周囲へ響き渡る。
分隊の全火力を集中させた射撃だが、ブラックスミスは意に介していない様子だ。
むしろ──あの個体に感情等があるかは知らないがその余裕そうな様子に彼等の攻撃を児戯の類と感じているのではないかとすらムーアは考えてしまう。
紅く光る単眼らしき部位へ照星と照門を覗き込んで狙いを付け、彼は引き金を引いた。大口径の銃弾が銃口を飛び出して一直線に向かうのだが、紅い単眼に至る寸前で何かに防がれたのか甲高い音を奏で上げた。
防弾ガラスのような物でもあるのだろうか。この突撃銃の銃弾でも弾かれるとなると相当に頑丈そうだ。
今の射撃で弾倉は空になる。彼は素早くベルトへ挟んでいた新しい弾倉と交換し、リリースボタンを押し込んだ。
「──指揮官!!伏せて下さい!!
ラピが声を張り上げる。一体何が、と彼が思った矢先のこと。
ブラックスミスの頭部──これも正確かは分からないが、その両側面から突撃銃よりも大口径の銃身、或いは砲身が
「…それは反則だろう」
思わず口をついて出てしまう程には理不尽な光景である。しかしこれがラプチャー、あのブラックスミスにとっては通常なのだろう。
その生えてきた太い銃身の先端が彼へ向けられる。正面から見据える形となったムーアの目には──銃口が綺麗な
完全に捉えられた証拠だ。
反射的に真横へ向けて転がるように身を翻した瞬間、銃口が火を吹き、先程まで彼が一応の防御にと半身を隠していた鉄筋コンクリートの大きな破片が粉砕された。
粉砕された瞬間にコンクリートの破片が四方八方へ飛び散る。
警告を発したラピ、そしてアニスも身を屈めていた為に無事であったのは幸いであった。
「ヘッドセットがノイズキャンセリング搭載で良かった…!」
弾着の瞬間の轟音は凄まじかったのだろう。最も近い位置でそれを浴びてしまえば鼓膜が破れて、まともに動けなくなっていた所だ。
身を起こすと彼は再び突撃銃を構え、装填したばかりの弾薬へ撃針を叩き付ける為に引き金を引く。
最早、短連射で集弾を纏めようとする考えはないらしく、引き金を引きっぱなしだ。
吐き出される銃弾はお返しとばかりに撃ち込んできた銃身へ叩き込まれ、吐き捨てられる薬莢がたちまち地面へ撒き散らかされていく。
何処かに弱点は無いのか。
弾倉から薬室へ送り込まれる弾薬が次々と役目を果たして薬莢だけの姿で排出され続ける真っ只中──不意にブラックスミスの側面へ生えていた銃身が爆発と共に吹き飛んだ。
その爆発で敵の巨躯が明らかによろめく。
──見付けた。
「──銃身を狙え!!撃て!!」
大声を張り上げ、ラピとアニスへ彼は狙うべき部位を指名すると自らも射撃し、曳光弾が引く光の尾が向かう先を示した。
それを目指して彼女達も狙いを付けると互いの引き金を引く。
銃火が集中し、残った銃身も爆発を起こして巨躯が再びよろめいた。
──効いている。
そう思った瞬間、爆煙の向こうから凄まじい速さで触手が伸びて来た。それは一瞬の内にラピの胴体へ絡み付く。
「──グッ…!」
ガッデシアムで造られた弾性がありながら強靭な肌が、体内のフレームが締め上げられ、彼女が呻き声を上げる。
ワイヤーが巻き取られるが如く、彼女の身体が引き摺られようとした時、ピンと張られた触手に何発もの銃撃が浴びせ掛けられる。
撃ち込まれる銃弾が触手を切り裂きながらドス黒いオイルのような体液を返り血のように飛散させた途端、ブラックスミスと彼女を結ぶそれが千切れた。
「──ありがとうございます指揮官!」
「気にするな!!」
体重を背後に掛けて少しでも抵抗していたからか。触手が千切れた途端に彼女は倒れてしまうものの直ぐに立ち上がって突撃銃を構え、銃撃を加えてくれたムーアへ礼を告げる。
「──ラピまで取り込もうとしたのねこいつ!!」
友人に何をする、とアニスの眦が釣り上がり、回転弾倉式の擲弾発射器へ擲弾を込めると狙いを付けて引き金を引いた。
二度の爆発を起こして敵の体表には大きな亀裂がいくつも生じている。
一点を目掛けて三人が向ける銃口が立て続けに火を吹いた。
銃弾が、擲弾が命中する度に体表へ走る亀裂の奥からドス黒い体液が地面へ流れ落ち出した。
体表はそれこそ甲殻類の外殻のように硬いのだろうが、内側はその限りではない。
それを察した彼が分隊火力の全てを叩き込もうとした瞬間だ。ブラックスミスの背中、或いは両肩の部分か。そこから赤色の先端が尖った何かが顔を覗かせる。
──これ以上、ビックリさせるのは無しにしてくれ。
「──アニス!!背中を狙え!!」
狙うべき部位を告げた彼に反応したアニスが照準を合わせ、クッと引き金を引く。
撃ち出された擲弾が緩く孤を描いて飛翔し、弾頭がその赤色の尖った何かへ触れた途端、充填された炸薬が炸裂した。
いや──炸裂した、というよりも爆発を起こしたが正しい表現だ。
何かしらの攻撃手段であったらしく、そこに擲弾が命中し誘爆を引き起こしたのだ。
当然ながらその誘爆を起こした赤色の物体はブラックスミスの体内へ埋まっている。爆発と同時に巨体の半分が膨張したかと思えば──間欠泉が噴き出るが如くにドス黒い体液が、そして太い配線が千切れ飛びながら周囲へ散らばった。
断末魔の悲鳴か、巨体が金切り声のようなそれを奏で上げ、全身を何度も震わせながら地面へ沈み込む。重々しい振動と共に倒れたブラックスミスの紅く発光する単眼が徐々に薄れて行く。
「──勝った…の?」
アニスの呟きが、奇妙な程に静まり返った空間に響いた時──今にも消え失せそうな紅い単眼が再び煌めきを放つ。
ギギギッと耳障りな金属が擦れ合う音を響かせて再び立ち上がったブラックスミスはその巨大が嘘であるかのような挙動で飛び上がる。
そして地響きと共に降り立ったのは──指揮官であるムーアの眼前だ。
「指揮官!!」
「逃げて指揮官様!!」
前脚の一本が大きく振りかぶられ、横薙ぎに振るわれる。
多脚である一本一本が大人の胴体程の太さだ。避けようにも避けられない。
ラピとアニスが悲鳴にも似た声で彼へ退避を促す。
しかし指揮官が飛び退こうとするよりも早く──太い前脚が振り抜かれ、金属同士の衝突音を響かせる。
「──…え…」
「──嘘…」
そう。衝突音が
彼女達が向ける視線の先に信じられない光景が広がっている。
指揮官である青年の無惨な死体ではない。
携えている突撃銃を盾にしてブラックスミスの一撃となる前脚を用いた原始的かつ直接的な攻撃を防いだ光景であった。
「──……ッ…!野…郎…ッ!!」
ギリギリと奥歯を食い縛り、両足が剥き出しの地面へ沈み込む。
数百kgどころではない。数tにも及ぶ巨体そのものを武器にして彼を潰そうとするブラックスミスに比べれば188cm、100kgを超える程度の塵芥の如き矮小な人間が一撃を受け止めているのだ。
巨躯の紅い単眼が微かに点滅する。まるで驚愕で困惑しているかのように。
こんな事があってたまるか。
あの“人間モドキ"に守られているだけの存在が何故──
思考があるとすればブラックスミスの困惑はこのようなモノであろう。
濃い茶色をした両眼の瞳孔が開き、白目が血走る。奥歯が砕けんばかりに食い縛りながら今にも破砕されそうな突撃銃を盾にして彼は踏ん張った。
全身の筋肉が悲鳴を上げ、筋繊維が断裂する感覚を捉える。全ての骨格が砕け散りそうな痛みが走るが構わない。
彼は最後の力を振り絞ると片手で前脚を受け止めている突撃銃を力一杯握り込み、空いた右手を右脚へ向けた。
その手の平が拳銃の握把を掴み、ホルスターから引き抜くと親指で安全装置を解除する。
ラプチャーには効果がないだろう。しかし悪足掻きだろうがなんだろうが──
「──
握った拳銃の銃口を頭上へ持ち上げ、硬い透明な膜が砕け散って露出している紅い単眼に向ける。引き金を引き、45口径の銃弾の雷管を撃針が叩き、炸薬が燃え上がる。
撃ち出された弾頭が銃身内へ彫られた施条に従って回転しながら飛翔し、単眼を思わせる核を弾頭が
紅い単眼が呆気ない程に撃ち抜かれ、途端に巨体がその場へ地響きを立てて崩れ落ちる。
──今度こそピクリとも動かなくなった。
それを認めた彼はホルスターへ安全装置を掛けた拳銃を納めた途端に全身から力が抜け落ち、ひん曲がった突撃銃と共に地面へ座り込んでしまう。
「──指揮官!」
彼女達も沈黙を認め、彼へ駆け寄ると負傷の有無を確かめる。
凄まじい強さで歯を食い縛っていたからだろう。歯茎からは血が滴っていた。ついでに両目は充血して白目が真っ赤となり、鼻からも血が溢れている。
しかし目立った負傷はそれだけだった。
「──ハァハァ…大丈夫…だ。それより…マリアンを…!」
治療しようとするラピとアニスを押し止め、ムーアは二人へ取り込まれているだろうマリアンや先発のニケ達を探すよう命じる。
「ですが…」
「探してくれ。頼む。
「…分かりました」
「うん…。指揮官様は休んでて」
命令を強調すればラピとアニスが腰を上げる。それに彼は感謝を呟くと全身の痛みへ耐えながら彼女達の捜索を待った。
暫くして──ラピが発見を報告した。ただし先発の分隊を構成していたニケ達は体表を始めとした大半の部品を剥ぎ取られている有り様であるという。
痛む身体へ鞭を打って腰を上げた指揮官が覚束ない足取りでラピに向かって歩き出す。
「──マリアンは…?」
「…生きては…います…」
心臓の鼓動が激しく脈打ち、全身の筋肉と骨格が悲鳴を上げる中、彼は目撃した。
充血して視界が赤く染まっている世界に変わり果てた姿のマリアンがいる。
左脚は太腿から下が全て砕け、右脚は残っているがあらぬ方向へ曲がっている。細かった右腕も肩口から存在が喪失し、四肢の内で満足なのは左腕のみだ。
虚ろな瞳のまま空を力なく見上げるマリアンからは生気を感じられないというのに、右目だけが怪しく紅い光を放っていた。
「……ここ……で…す……ここ……」
形の整った唇が震えるように動き、微かな声を発するマリアンへ彼は荒く呼吸を繰り返しながら視線を送る。
「手遅れ、ね。侵食が脳にまで転移してる」
〈──脳が破損したニケは処分するのが規則です。…軍法によりニケの処分は指揮官が行わなければなりません〉
ヘッドセットのハウジングから届くオペレーターの声が青年の鼓膜を震わせる中、傍らのラピが自らの拳銃を抜いて彼へと差し出そうとするが──
「──良い。自分のがある……」
彼はホルスターへ納めていた45口径の拳銃を痛みが走って痙攣する手で引き抜くと安全装置を外す。スライドを逆の手で僅かに引き、薬室に弾薬があることを確かめた。
「…至近距離から頭を撃って下さい」
「…私が…やろうか?」
「駄目よ。ニケにニケを処分することは出来ないもの」
「…将校の仕事だ。奪わんでくれ…」
肩へ手を置いたアニスを振り切り、足を引き摺りながら彼はマリアンの目と鼻の先まで進んだ。
呼吸を整え、真っ赤に染まる視界の中で力なく座り込む彼女の眉間へと銃口を向ける。
荒い呼吸が何度も繰り返される。視線を照門と照星、そして狙いを付けるマリアンの眉間とを一直線に結んで引き金へ指を乗せたのだが──力が入らない。
「指揮官。早くしなければイレギュラーになる可能性があります」
──俺にはそんな事は関係ない。
──仲間が、戦友が、彼女が苦しむ時間を少しでも早く終わらせてやらなければならないのだ。
──永遠の安息を与える為にも引き金を引かねばならない。
──早く、早く…ッ!
指先へ力を込める。たった数kgの力を込めれば撃鉄が落ちるというのに、引き金が重すぎる。
腕が震え、銃口が少しずつ地面へ向かおうとした時──眼前のマリアンの左腕が持ち上がる。
その左手は拳銃を掴み──
「…マリ…アン…」
「…指…き…官…ここ……で…す……」
──自らの眉間へと銃口を導いた。
「…指揮…官…包…帯…うれし…かった…」
そんな顔をするんですね。
私だけしか知らないと良いなぁ。
嗚呼…でも…そんな顔をさせてしまうのは私のせいですね。
ごめんなさい指揮官。
貴方には辛い役目をさせてしまいます。
でも…ありがとうございます指揮官。
私が最期に見る光景が貴方の顔で良かった。
最期になると欲張りになるんでしょうか。
もっと貴方から心が温かくなる何かを貰いたかった。
もっと貴方と一緒に働きたかった。
もっと貴方と早く出会っていたかった。
そうすればもっと、もっと──
…いけませんね。これ以上は。
さぁ、終わりにしましょう。
貴方だけに全てを背負わせません。
お手伝い致します指揮官。
私は目を閉じていますから。
…もう貴方の顔は見えませんが、貴方の温かさを感じます。
…もし生まれ変われるなら…その時はまた───
拳銃の銃口から硝煙が細く昇り、飛び出た薬莢が地面へ転がる。
一発の銃声が朗々と響き渡る中、引き金を共に引いた彼はその場に片膝を折って彼女の頰を撫でると先に巻いていた包帯が緩くなっているのを認めて元へと戻してやった。
ポタリ。
赤い雫が乾いた地面へ一滴降り注いで微かな水音を奏でた。