勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─ 作:一般指揮官
「…はぁ、はぁ…♡…っ、いけません…!こんな逞しい筋肉を見て私は何を…スノーホワイトは何故こんな試練を私に…はぁ…はぁ…!」
──ここ数日、何故か悪寒にも似た震えが走る。
それまでお守りをしていたネオンと入れ替わって、わざわざ往診に来てくれた
「…うーん…特にこれと言った異常はありませんね。気になるようでしたらお薬を出しますが?」
「──いえ、結構。もう薬漬けは…」
問題はないらしく、ならば単なる気の所為の類だろう。療養生活で少しばかり神経過敏になっていた可能性も拭えない。
「そうですか?まぁ風邪の症状もないようですから安心して下さい。──術後の経過ですが…私も信じられませんが、ほぼ治っていますね。抜糸しましょうか」
「──お願いします」
手術から6日しか経っていないのにメアリーは事実上の完治を診断する。確かに失った皮膚や筋肉等の皮下組織は、人工真皮に人工筋肉等を用いて塞ぎ、縫合をしたが──まさかこれほど短期間に癒着するとは予想外である。
彼は病床へ横たわるよう促される。左脇腹を晒す格好で横たわったムーアが纏う黒い半袖のシャツの裾を捲ったメアリーが抜糸剪刀と呼ばれる器具を用いて縫合糸を切断しては引き抜いて行く。
「今日からシャワーを浴びて構いません。運動も……まぁ大丈夫でしょう」
「それは良かった。…身体が鈍ってしまいそうで…」
「とはいえ無理は禁物ですからね」
以前の担当医が記述したカルテには彼の異常なまでの回復力も綴られていた。
「痛くありませんか?」
「大丈夫です」
頷きが返って来る。これならば完治を事実上、診断しても大丈夫だろう。甚だ不思議ではあるが。
「怪我の治りは昔から早かったのですか?」
「昔から…?」
「はい。例えば子供の頃から」
「…………おそらくは」
僅かな沈黙の後、肯定が彼から返って来る。その間は気になるところではあるが──まぁ現状とはあまり関わりはないだろう。
そう判断したメアリーは抜糸が終わると救急車で待機していた量産型ニケ達と共に貸与していた病床や機械類を指揮官室から運び出した。
それらを積み終えた彼女は見送りに出て来た彼へ向き直る。
「では、お大事になさって下さいね〜」
「ありがとうございました、先生」
メアリーに続き、病院勤めの量産型ニケ達が頭を下げ、やがて救急車へ乗り込むと彼女達は去って行く。
遠ざかる車体を見送った直後、ムーアの視界の隅に宿舎から続々と姿を現す人影が映る。こちらは前哨基地勤務の量産型ニケ達だ。
「──あ、指揮官」
「──お疲れ様です」
「あぁ。…駆け足か?」
「はい。暇でしたので」
となれば、彼が取るべき行動はひとつだけである。
自由、解放──これほど気分が良いとは。久しく忘れていた感情が彼の心に芽吹く。
「──いっち!いっち!いっちにっ!!」
「「「──そぉれ!!」」」
お陰で気分が舞い上がっていたのだろう。
彼女達の中でもリーダー格のイーグルと呼ばれるニケが彼へ警笛を渡し、次いで
二列縦隊で駆ける彼女達の真横を戦闘服のパンツに黒い半袖シャツ姿のムーアがブーツを履いたまま併走しつつ、覚えてしまった唱和の掛け声を大きく張り上げては10名のニケ達も応じる。
「──今日は!」
「「「──今日は!」」」
「──良い日だ!」
「「「──良い日だ!」」」
「──俺の!」
「「「──あなたの!?」」」
「──怪我が!!」
「「「──怪我が!?」」」
「──完治!!」
「「「──オーケー!!」」」
「──だから!」
「「「──だから!」」」
「──走ろう!」
「「「──走ろう!」」」
「──準備は!」
「「「──準備は!」」」
「──良いか!?」
「「「──良いよ!!」」」
「──良いか!!」
「「「──良いよっ!!!」」」
首から吊るされた警笛が吹き鳴らされた途端、ダッシュが始まる。
縦隊をやや崩して駆け出す彼女達へ混ざってムーアも駆け出すや否や──
「おめでとうございます指揮官!」
「完治おめでとうございます!!」
「ジュース奢って下さい!」
「
「「「──Yeah!!」」」
その光景はちょうど射撃場でエリシオンから届いた機関銃の試射を行い、支障がないと認めたばかりのマリアン、そして念の為に同行した分隊の3名も目撃してしまう。
「──えっと……」
銀色の髪へ
これが先日に言っていた光景かと彼女は無言のまま問い──ラピを始めとした彼女達は頷きを返した。
「…完治の診断が出たみたい」
「…そうみたいだね」
「みたいですね。師匠が元気になって良かったです」
分隊の仲間は呆れているが駆け足自体を問題とはしていない。これにマリアンは、自分の方がおかしいのではないか、という錯覚すら感じてしまう。
とはいえ、むしろマリアンの感覚の方が間違いなく正しいだろう。
いずれにせよ──【指揮官様に関する注意事項】と銘打たれたファイルを送信され、その内容の説明と指導を受けた先日の記憶が蘇ったマリアンも、この光景に慣れるしかない、と覚悟を決めたようだ。
「…慣れるまで時間が掛かりそうです」
決して嫌な訳ではないのだが、自身の指揮官と敬意を──それ以上の何かも向けてしまっている彼の在り方には一言を通り越して色々と物申したくもなるが、ここは
溜め息を吐き出すマリアンの背中を彼女達が順繰りに軽く叩いた。慰められている、というよりも──ようこそ前哨基地へ、と無言のまま歓迎されている気がしてしまった。
前哨基地をグルリと一周し、駆け足を終えた量産型ニケ達と彼は司令部庁舎の駐車場内に置かれた自販機へ集まると輪を作ってのジャンケンを始める。
負けた者が全員の飲み物を奢る賭け事だ。
順当に──相変わらずジャンケンが弱いムーアが負けて行く。
普段は長い金髪をツインテールにだが、トレーニングの際は一束のポニーテールへ纏めているサンタイプの量産型ニケと一騎討ちとなる。
手が同時に繰り出され──その結末を認めた量産型ニケ達から歓声が上がり、勝者となった彼女がガッツポーズをする中、ムーアは溜め息を吐き出しつつクレジットをポケットから取り出した。
「一人一本だからな」
「ご馳走様です!」
「ありがとうございます!」
10名分を奢るはめになったムーアは彼女達が選んだ飲み物のボタンを押す度にクレジットを自販機の読み込み部分へ翳すこととなる。
電子音が鳴った後にガコンと飲み物が落下する音が何度も響き渡った。
「またやりましょう指揮官!」
「今度はキミが奢る番だからな。クレジットを磨いておけよ」
「──ゴチでーす」
「──おい、ちょっと待て」
礼を代わる代わる告げながら宿舎に帰って行く量産型ニケ達を見送っていると、何故か列に並んでいた亜麻色のボブカット──アニスが自販機のボタンを押そうとしている。いつの間に並んでいたのか。
良く見ると道路の端を歩いて駐車場へ入ってくる分隊の面々の姿があった。
「アニスはジャンケンしてないだろう」
「え〜?いいじゃん。指揮官様の可愛い部下だよ?一本ぐらい…」
「え?師匠、奢って頂けるんですか?」
「──ネオンは良いぞ。朝から話し相手になってくれてたからな」
「ちょっと待って!なんで!!?」
喜んで駆け寄って来る弟子を自称するネオンが選んだボタンを押し、続けて彼がクレジットを読み込み部分へ翳せば飲み物が落ちて来た。
その姿に不公平を訴えるのはアニスである。
「…差別だ…!」
「…人聞きの悪いことを言わないでくれないか?」
「じゃあ奢って!奢ってくれないと指揮官様のあることないこと言い触らすから!」
「…一応、聞いておくがどんな内容だ?」
「指揮官様が夜な夜なアブノーマルな動画──」
「大体、想像が出来たから良い」
そこまでして奢られることに熱意を使ってどうするのだろうか。そこまで薄給という訳でもなかろうに、とムーアは溜め息を吐き出す。
「アニス。指揮官に御迷惑を掛けないの」
「…別に迷惑だとは思わないが……」
分隊のリーダーとしてラピがアニスを窘める。飲み物ひとつで面倒を起こすのも馬鹿らしく思えて来た彼は──面倒なのもあったが、分隊の全員も纏めて一人一本ずつ奢ることに決めた。
「──いえ、それは…」
「…良く考えたら全員に療養中は世話を焼いて貰ったからな。勿論、アニスを含めて。礼にはならないかもしれんが、一人一本ずつだ」
「そんな…」
ラピとマリアンが固辞しようとするが、彼はクレジットを今にも自販機へ翳そうとしている。その仕草から買うまで動かないだろうと察したラピが溜め息混じりに自販機へ歩み寄る。
「…では、頂きます」
「あぁ。アニス。次、良いぞ」
「やった!」
ラピの飲み物が落下して来ると次はアニスの番だ。嬉々とボタンを押して、選んだ飲み物──相変わらず炭酸水を購入した彼女はプルタブを開けて勢い良く嚥下していく。
「マリアン」
「ですが…」
「良いから。ほら」
促されるとマリアンも怖ず怖ずと自販機に近付き──彼の所持金を気遣ってか金額が最安の飲み物を選んだ。そこまで気遣う必要はないのだが、とムーアは考えつつも同時に彼女らしいと思ったのか肩を竦めてみせる。
「ご馳走になります」
「あぁ」
彼はスポーツドリンクを購入し、ペットボトルのキャップの封を切って駆け足の後の水分補給を始める。
その中身があっという間に空となり、ゴミ箱の中へ投げ込んだ直後だ。
「…ラピ。新しいクルマの申請は出してたか?」
「いいえ。記憶にありませんが…」
ペットボトルを傾けていたラピへムーアは尋ねる。二台の車列が司令部庁舎に向かって来ているのだ。
舗装された道路を進んで来る車輌は──先日の総力戦の最中に大破してしまい、その場へ放棄した
やがて駐車場に滑り込んで来た車列。その運転席や助手席から降り立った三名は最近、顔見知りとなったばかりの者達だ。
「…え?なんでアブソルートが?」
「カチコミですかね?」
特に不機嫌さを隠そうともしない長い黒髪──ウンファを指してアニスとネオンがそれぞれの飲み物を片手に囁き合う。
「…ようこそ前哨基地へ。来るとは聞いていなかったが歓迎する」
「…歓迎は要らない。チッ…なんで私達が…」
「ウンファ〜?これもお仕事よ?」
相変わらずの舌打ちを響かせるリーダーを諫めるエマの横でベスティーが頭を下げる。それに彼も応じるかの如く軽く首肯を返した。
「…イングリッドからの届け物だ」
さっさと用事を済ませようと言わんばかりにウンファは立てた親指で彼女自身が運転してきた背後の武装車輌を指差した。
「総力戦でクルマが壊れちゃったんでしょ〜?イングリッドがそれだと任務で困るだろうから、って。要はプレゼントね〜」
「…その割にはリボンが付いてないな」
「つ、付けた方が良かった?」
「…いや、冗談だからな?」
エマが言葉足らずなウンファの代わりに説明するもムーアは首を傾げてしまう。届けられた武装車輌は車体の状態を見る限りでは新車のそれである。以前まで乗り回していた車輌は受領した時点で既に中古だっただけに驚きの一言だ。
とはいえ何故、急にイングリッドからこのような物が贈られて来たのか。その真意は不明のままだ。単なる善意なのか、或いは他の理由があるのか──
「…まさか面倒な仕事をさせるつもりか…」
自身の手で撃破した
途端に眉間へ深い縦皺を刻みつつ戦闘服のパンツのポケットへ仕舞っていたソフトパックを取り出した彼は振り出した一本を銜え、眼前の武装車輌へ胡乱な視線を向けた。
「…そんなみみっちいことをイングリッドがすると思うか?しかもたかがクルマ一台で」
「…社長とそこまで付き合いがある訳じゃない。真意が分からんからな」
能天気に喜ばないのは、まぁ及第点ではあるがそこまで勘繰る程かとウンファが呆れた眼差しを向けるも彼は胡乱な視線を車輌へ送ったままだ。
「新車なのは…まぁ嬉しいが…」
「ふん。なら素直に受領しろ。──さっさとサインを済ませろ」
ウンファが取り出したタブレットを彼へ押し付ける。それを受け取った彼は──様々な意味で面倒臭そうな雰囲気を醸し出したまま、タッチペンを使って受領のサインを綴る。彼女へタブレットを返すと、ウンファは筆記体で綴られた彼の姓名を認めた。
「──確認した。…それはそうと…なんで起きているんだ。怪我人はさっさと寝ていろ」
「…怪我人?」
誰のことだ。そう言わんばかりに火を点けていない煙草を銜えた格好でムーアが首を傾げる。思い当たらないとでも言うつもりか。ウンファから舌打ちが一発響いた。
「お前のことだ。ったく…自己管理も出来ないのか」
「…治ったぞ?」
「………は?」
「──エマ、ベスティー。何か飲むか?」
「あら、いいの〜?」
「い、頂きます…!」
珍しく面食らった様子のウンファに一瞥くれることもなく、ムーアは所在なさげなエマとベスティーを誘って自販機へ赴いた。彼女達がリクエストする飲み物を彼がボタンを押し、クレジットを翳して落下した缶やペットボトルを順に二人へ手渡す。
「…ちょっと待て…」
「ウンファもか?好きなの選んで構わんぞ」
「…違う」
両手を上着のポケットへ突っ込んだまま歩み寄って尋ねようとしたが、彼は彼女も飲み物が欲しいと勘違いしたらしい。そういう意味で声を掛けた訳ではないのだ。
「
馬鹿も休み休み言え。彼女は身長差のあるムーアを見上げる。ウンファもかつては士官学校を卒業し、指揮官をやっていた人間だった時分がある。
人間であった頃の感覚を思い出すと──というよりも一般常識に当て嵌めても、内臓の一部が零れ落ちる程の重傷を負った人間が6日やそこらで治ってたまるか。
極々、常識的な問い掛けを彼女はムーアへ投げるが──
「……と言ってもな……治ったものは仕方ない」
「先程…10km程ですか?
「あぁ、ありがとう」
「……は?」
火を点けない彼の代わりにラピが片手へ握ったターボライターを差し出した。礼を告げつつ彼が両手で彼女が翳すライターの周りを覆って風除けを作り、やがて青い火が噴き上がる。
紫煙を燻らせる彼をウンファが──信じられない、としか言いようのない表情を浮かべながら見詰めた。
「…疑わないで欲しいんだが…」
その証拠に彼は戦闘服のパンツの中へ入れていた半袖のシャツの裾を引き摺り出し、左脇腹の肌を見せ付ける。僅かに人工真皮と自前の肌の色が異なる為、施術を受けた箇所は良く分かった。──確かに傷口は塞がっているようだ。
「…お前…
「…何処からどう見ても人間だろう」
失礼にも程がある。士官学校の期別ではウンファの方が彼の先輩となるが、それを知らないこともあってムーアは細めた双眸を彼女へ向けつつ紫煙を緩く吐き出した。
「あ、あの…アブソルートの皆さん」
「──あら、あなた…」
彼から奢られたジュースの缶を傾けていたエマが声を掛けられる。視線を向ければ、真紅の瞳をやや俯かせながら──そしてミネラルウォーターのペットボトルを両手で握りつつマリアンが歩み寄って来る。
「…先日は…その…御迷惑をお掛けしたようで…」
「いいのよ〜。帰って来て良かったわ〜」
「…う、うん…お、おかえり…?」
「…ありがとうございます…」
彼女達とも交戦した旨はM.M.Rでの僅かな収容期間中に話されていたのだろう。
マリアンは彼女達へ謝罪を口にしようとしたが、エマが婉曲な言葉で気にしていないと告げる。それにベスティーも頷きを返した。
「……次は無いからな」
「安心しろ。マリアンが侵食されることはない。──二度も大切な部下を奪われるほど俺は抜けてもいないからな」
リクエストもなかった為、ウンファの分は彼が勝手に選んだ。ペットボトルを自販機で購入したそれをムーアが彼女へ投げ渡す。
それを難なく受け取った彼女へムーアが言い返す中──ウンファは小さく鼻を鳴らすとキャップで閉められていた封を切った。
駆け足中のケイデンスは私が所属していた某組織の某Bnの某Coの某Ptでやってたモノを少し変化させたやつです。場所や所属が異なるだけでもフレーズのバリエーション豊富なのです。