勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─   作:一般指揮官

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研修、疑問、通話

 

 

 ルドミラが6頭の供と足並みを揃えて山道を上がって行く。時折、供である6頭のオオカミ達が振り返ってはムーアを名残惜しそうに見詰めては、ルドミラと北部へ続く道を進んで行った。

 

 その姿が遠くなるのを認めた彼は同行したラピとアニスへ指示を出し、武装車輌を停めた地点まで移動を始める。

 

「行っちゃったね」

 

「あぁ。…それはそれとして…明日から俺は前哨基地を少し離れる」

 

「指揮官様とラピからも説明は受けたよ。大丈夫、心配しないで」

 

「…ここ最近は落ち着いているが、ラプチャーが定期便宜しく侵入して来る。その際の対処行動は規定通りに頼む。届いたばかりの120mm(重迫)を据える迫撃砲陣地も──」

 

「──ちゃんと設営も進めるから安心して。大丈夫だから。むしろ心配なのは指揮官様の方だよ」

 

 ラピが先導し、山道を下る最中、アニスはムーアの隣を歩きつつ彼を気遣わしげに見上げた。

 

「俺が?」

 

「だって研修場所って()()中央政府軍でしょ?──何があるか分からないじゃない。気を付けてね」

 

「…拳銃は持って行くよ」

 

 その方が良い、とアニスは背嚢を背負った彼を少し強めに叩いた。まるで気合いを入れるかのように。

 

 

 

 

 翌日、軍服を纏ったムーアの姿は司令部庁舎の副司令官室にあった。

 

 所属元であるニケ管理部へ顔を出し、直属の上官であるアンダーソンへ研修へ赴く旨の報告をする為、足を運んだ訳なのだが──生憎と急遽の会議とやらで部屋の主は不在のままだ。

 

 副司令官秘書からは室内で待つよう促されたのもあり、彼は扉を抜けた先で休めの姿勢を取っての待機中である。

 

 ざっと30分程だ。

 

 少佐の階級章(肩章)が照明で鈍く光る中、ムーアは胸ポケットへ収めた煙草のソフトパックとオイルライターを取り出したくなってしまう。ただ待機しているのも暇なのだ。

 

 一服をキメて少しは気分を軽くしたいのだが、アンダーソンが室内へ残る香りに寛容な人物なのかは分からない。そもそも上官の執務室で許しなく喫煙へ及ぶ程、彼も不躾な人間ではないのだが。

 

「──済まない、待たせたな」

 

 背後の扉が開き、聞き慣れた声が響く。軍帽を被り直しつつ振り向きざまに彼は昨日に良く磨いた長編上靴(ブーツ)の踵を合わせる音を響かせた。

 

 気を付けの姿勢を取っての挙手敬礼。答礼が鷹揚な頷きで返って来ると右腕を下ろす途中で軍帽を脱ぎ、それを左脇へ挟んだ。

 

「通達は知っている。今日からだそうだな」

 

「はっ」

 

 どうやら前置きは不要らしい。アンダーソンが自身の執務机へ向かい、席へ腰掛けると彼を手招きし、側へ来るよう促した。

 

 軽く頷きを返した彼は机の二歩手前で立ち止まり、再びカツンと踵を合わせる。

 

「楽にしたまえ。──急遽、決まったことだ。私も真意は分からない。疑問はあるだろうが…」

 

「…アンダーソン閣下の指示なのでは?」

 

 後ろ腰に両手を回し、肩幅ほどへ脚を開いたムーアが尋ねる。てっきりアンダーソンの差し金かと考えていたからか、副司令官の物言いは意外だったようだ。

 

「私が?まさか…一時的にとはいえ、少佐の身柄を中央政府軍の預かりにする人事を私が出すとでも?」

 

「…必要があればなさるかと」

 

「…ニケ管理部を預かる副司令官として、そして君の上官として無意味な命令は出さないと自負している。少々、心外だ」

 

「失礼致しました。お許し下さい」

 

 少し口が滑ったと彼は素直に謝罪する。()()とやらの詳細が不明のままなのだ。ムーアも幾ばくかの不審感を抱いているのだろう。やや皮肉めいた言葉遣いとなっている。

 

「…まぁいい。…いずれにせよ、中央政府からの指示だ。その軍服と階級章を着けている以上は従う他ない。()()()()()による拒否も難しいだろう」

 

「いくつか考えはしましたが…いずれも突き詰めれば“そんな暇はない”という理由にしかなりませんでした」

 

 少佐昇任に際しては、規程にもあるが専門教育が設けられた課程を履修する必要がある。それを受けずして高級将校である佐官の仲間入りは不可能だ。

 

 アンダーソンもその課程と教育を受けた身である。頷いて肯定を示した。むしろ研修程度で済ませてやる、というのだ。一種の温情ですらあるだろう。

 

「…実を言えば、先程の会議で中央政府軍の副司令官──バーニンガム中将へ、この件を知っているか、と質問した」

 

「…バーニンガム中将?…人事発令の大元は中将閣下なのですか?」

 

「いや。その点は、はっきりしないが…少々の動揺が見えたからな。おそらくはそうなのだろう」

 

 机上で両手を組み、椅子の背凭れへ背中を預けたアンダーソンが推測を混じえて口にする。ムーアは記憶を遡る。するとアドマイヤー号での艦上パーティーで目撃した小太りの将官の姿を思い出した。

 

「それで、なんと?」

 

「掻い摘めば、政府の人事部や委員会の発令なので自分は関与していない、だそうだ」

 

 白を切られた。そう言わんばかりにアンダーソンが溜め息を吐き出す。会議の議題そのものとは関係がない為、世間話程度に振っただけである。それ以上の追及は不可能であった。

 

「…兎も角、何があるか分からない。充分に気を付けなさい」

 

「了解致しました。…長い10日間になりそうです」

 

 そうだろうな。アンダーソンは口にせずとも同意するのか率直な彼の物言いへ頷きを返した。

 

 

 

 

 

 中央政府軍の司令部庁舎はロイヤルロードの近くだ。官公庁街の区画に設けられた高層ビルがそれである。

 

 武装した歩哨──人間である兵士がボディアーマーとヘルメットを纏い、弾倉が込められた5.56mmの自動小銃を携えて立っている。

 

 正面玄関の両脇へ立った二名の歩哨はトランクケースを左手へ下げるムーアが横を通り抜ける際、吊れ銃から捧げ銃に執銃の基本教練へ則った動作を見せた。

 

 両名へ彼は右手を額に翳す挙手敬礼で答礼を済ませ、正面玄関をくぐり抜ける。

 

 ムーアが纏う軍服とは意匠が異なる軍服──中央政府軍所属であると明確に分かるよう区別されたそれを纏う多くの軍人達が広いロビーを行き交う中を通り、彼は受付へ向かった。

 

 受付には数名の女性軍人が対応へ当たっている。その内の一名──二十歳かそこらだろう中尉の階級章を付けた女性軍人にムーアは声を掛けた。

 

「──失礼。ニケ管理部所属のショウ・ムーア少佐です。本日からこちらで研修を受けるよう指示を受け、出頭しました。確認を願います」

 

「畏まりました。ただいま確認を致しますのでそちらへ掛けてお待ちになって下さい」

 

「ありがとう」

 

 手で指し示された長椅子は受付から十歩も離れていない。応対してくれた女性軍人に礼を告げたムーアはトランクケースを片手に長椅子へ向かうと腰を下ろした。トランクケースは床に、そして被っていた軍帽を膝の上へ置く。

 

 視界には先程の女性軍人が受話器を握り、何処かへ電話する光景がある。おそらく彼の出頭を研修の担当者へ伝えているのだろう。

 

 中央政府軍の司令部庁舎に意匠の異なる軍服がいるのは珍しいのか、ロビーを行き交う軍人達から奇異の眼差しを向けられる。

 

 あまり居心地が良いとは言えない。このような環境で10日間も過ごすと改めて思い至れば、溜め息を吐き出したくなる衝動へ駆られた。

 

「──ムーア少佐、お待たせ致しました」

 

 先程の中尉が受付を出て歩み寄って来る。ムーアも腰を上げ、左手にトランクケースを提げると左脇へ軍帽を挟んだ。

 

「まずはこちらを。通行用のIDカードです。肌身離さずに携帯なさって下さい」

 

「ありがとう」

 

 差し出されたIDカードを受け取った彼はストラップで出来た輪を首へ通し、カードそのものは胸ポケットに収める。

 

「では御案内致します。──お荷物をお持ち致しましょうか?」

 

「いや、結構だ。気遣いには感謝する」

 

 身長差のある女性軍人に先導される形でムーアは庁舎内を歩き始めた。エレベーターホールに辿り着くと、中尉は見本を示すようにボタン横へ設けられた読み込み部分へIDカードを翳す。どうやら認証を受けなければエレベーターは昇降しないらしい。

 

「この時期に研修だなんて…珍しいですね」

 

「あぁ、確かに。私の上官も不思議そうだった」

 

「…失礼ですがムーア少佐。おいくつでしょうか?」

 

「…いくつに見える?」

 

 少佐という階級を拝命するにしては若く見えたのだろうか。エレベーターの扉が閉まって間もなくに中尉が尋ねて来る。

 

 どうやら中尉はお喋り好きらしい。或いは、言葉を飾らずに表現すれば馴れ馴れしいのだろうか。

 

「…うーん…30歳?」

 

「残念。22歳だ」

 

「ええ!?私とそんなに変わらないじゃないですか!」

 

 どうやらそれなりに年上として見られていたらしい。それだけ貫禄があるのだろう、と好意的に受け取ることにしたムーアと大仰な反応を見せた中尉を乗せたエレベーターは三階で停止する。

 

 廊下へ降り立った中尉が再び先導して向かった先には【運用部 運用第一課】のプレートが打たれた扉がある。

 

「こちらです。第一課長がムーア少佐の担当者となります」

 

「わざわざの案内、感謝する。では」

 

 軽く会釈を済ませた彼が扉の前に立ち、読み込み部分へIDカードを翳した。直ちに扉が開き、ムーアは室内へ足を踏み入れる。

 

「──おい、このデータは先月のだぞ」

 

「──これの調達計画はどうなってる?」

 

「──警備計画書の提出は明日までだぞ。忘れるな」

 

 室内では課員であろう軍人達が忙しなく動き回り、それぞれの職務に従事している。見ているだけでも忙しいのは良く分かった。

 

「──あの、何か御用でしょうか?」

 

「あぁ、失礼。ニケ管理部のショウ・ムーア少佐です。研修参加の為、第一課長へ出頭の報告へ参りました」

 

「あぁ、なるほど。どうぞこちらへ」

 

 若い課員が彼を奥へ案内する。課長室のプレートが打たれた扉の前へ立った軍人がIDカードを翳して入室すると彼も後に続いた。

 

「──課長。ムーア少佐がいらっしゃいました」

 

 ──課長室は課員達が働く広い部屋の有り様を凝縮した有り様だ。課長用の机の上には書類が何本ものタワーを建て、その向こうの様子が窺い知ることが出来ない程だ。

 

「──…ちょっと待ってなさい」

 

 書類のタワーの向こうから聞き覚えのある声が響いた。

 

 まさかと思う中、案内してくれた課員は彼へ会釈をして──ついでに言えば何処か気の毒そうな眼差しを向けて退室する。

 

 一人残された形となったムーアの背後で扉が閉まる音が聞こえた時、うず高く積まれた書類の向こうで立ち上がった人影を彼は認めた。

 

「…少佐になっていたとはね。おめでとう、というべきかしら」

 

「──大尉殿」

 

 トランクケースを床に置き、カツンと彼は長編上靴の踵を合わせる。目の下へ濃い隈を浮かべる人影は──知り合い程度には面識のあるユルハだ。

 

 まさか彼女が研修期間中の担当者なのか、とムーアは考えつつ一応は気を付けの姿勢を取った。

 

 その様子を見たユルハは──深々と溜め息を吐き出す。

 

「やめてちょうだい。階級はそっちが上よ。大尉の頃は私の方が先任だったけどね」

 

「…ではなんとお呼びすれば?」

 

「好きに呼びなさい。大尉、課長、なんでもいいわ」

 

「……では、大尉と」

 

「それと敬語もやめて」

 

「…分かった」

 

 疲れもあるのか──ニケである為、精神的な疲労だろうが目頭を揉むユルハが面倒臭そうな様子でムーアへ注意を告げる。

 

 どうやら既に研修は始まっているようだ。

 

「…申告と報告は必要ないわ。話は聞いてる。今日から10日間、少佐の研修の担当を務めさせてもらう。質問は?」

 

「無し」

 

「──じゃあ、ちょっと待ってて。一段落してから教育を始めるから…」

 

 そこに座って、とユルハが課長室の応接用のソファを指し示す。トランクケースを掴んで移動し、腰を下ろすと眼前のローテーブルには一台のタブレットがある。

 

「──そのタブレットに研修期間中の教育内容が入ってるから目を通しておいてちょうだい」

 

「…了解。…暗証番号は?」

 

「124679」

 

 ロックを解除したタブレットのファイルを開いたムーアが早速、教育内容の確認を始める。

 

 書類を捌いてはサインを綴り、デスクトップの画面へ目を忙しなく移しながらユルハはそれとなく彼へ視線を向ける。

 

 バーニンガムからの指示でムーアへ対する研修を命じられたが、何故に別派閥の将校に教育の機会を与えるのか彼女は理解が及ばなかった。何かしらの真意と理由はあるのだろうが──それはユルハが気にすることではないのだろう。

 

 とはいえ、水面下で何らかの動きがあるのは彼女も察していた。大きな声では言えない類のそれである。

 

 中央政府軍の施設での研修へ対する疑問は当然、ムーアも抱いているだろうが、どうやら真面目に教育を受ける準備は出来ているようだ。

 

 濃い茶色の瞳のみが上下左右に動き、タブレットの画面を注視しているのがなによりの証拠だ。

 

「──ムーア少佐。宿舎に荷物を置いてから物流倉庫に案内するから。まずはそこで研修よ」

 

「……了解した。この兵站の項目だな」

 

 理解が早くて助かる。そう言わんばかりにユルハは軽く鼻を鳴らした。

 

 

 

 

 

 

 ──知らない世界とはあるものなのだな。

 

 などとムーアは考えつつ宛てがわれた居室のベッドへ腰掛けながら、今日一日で輝きを失った長編上靴をブラシで磨いていた。まぁ知らない世界の方が多い、というのが正しい表現なのだろうが。

 

 物流倉庫は様々な装備品や軍需品が高く積み上げられ、それらが必要な時、必要な員数分だけ補給処(デポ)へ送り出され、続いて作戦に投入される各部隊や分隊へ補給される旨をユルハから解説を受けた。

 

 レポートの提出を求められ、それは既に打ち込み終わっている。

 

 軍服もアイロン掛け(プレス)を済ませ、ハンガーに吊り下げられ、後は靴を磨けばやるべきことは終わりだ。

 

 クリームを靴の爪先に伸ばし、それを少々の水へ浸した布切れを使って練り上げて行く。時間を掛ける必要はあるが、その内に鏡面の如く光沢を放ち、鏡の代用として髭剃りにも使える程となるだろう。

 

 まぁそこまで磨くほど時間はあってないようなモノだが。

 

 適当なところで切り上げようと考えた時、備え付けのデスクトップが設けられた机上に置いていた携帯端末がバイブレーションを起こす。

 

 靴磨きの手を止め、着信を確認すると──ビデオ通話のそれだ。通話をスワイプすると、ややあって画面に見慣れた顔が映り込む。

 

〈──指揮官様〜〉

 

「どうしたアニス?何か問題でもあったか?」

 

 画面の向こうでアニスが笑みを浮かべつつ軽く手を振っている。切羽詰まったような口調ではない。問題は何もないと分かってはいるがムーアは念の為に尋ねた。

 

〈違うよ。ただ…その…指揮官様がどうしてるかな〜と思って〉

 

「そうか。…割りと居心地の良い()()を貸し出されたぞ」

 

〈え、逮捕されたの!?〉

 

〈──師匠がですか!?〉

 

「…ネオンもいたのか。安心してくれ。冗談だ。…というか…そこは指揮官室か?」

 

 画面には映っていないが、どうやら彼の弟子もアニスの近くにいるようだ。今更ながらアニスは見慣れた風景──指揮官室のソファに腰掛けながらビデオ通話をしているとムーアは気付く。

 

〈あ、うん。…指揮官様がいないと…なんか落ち着かなくて〉

 

「…口煩い奴がいないんだ。少し羽でも伸ばしたらどうだ?」

 

 苦笑を漏らしつつムーアは携帯端末の液晶画面が自身の姿を映すよう固定すると、ベッドの端へ腰掛けて靴磨きを再開する。

 

〈そうしたいけど…ほら、ラピがいるでしょ?それにマリアンも。指揮官様がいない間は私達が〜って、張り切ってるから〉

 

「…なるほど。彼女達らしいな。二人は?」

 

〈……え〜…どうしよっかな〜?〉

 

 ネオンが直ぐ近くにいるのは声で分かるが、画面に映り込むどころか声さえ聞こえないラピとマリアンの所在をムーアは尋ねるのだが──アニスは何やら勿体ぶる様子でニヤニヤと笑みを浮かべる。

 

 怪訝な様子で彼が眉間へ縦皺を刻むと、不意に液晶画面に映る光景が乱れた。

 

 やがてピントが合い、乱れた光景が鮮明に戻る。その鮮明となった光景が画面へ映し出されると──ムーアは更に眉間へ皺を刻んだ。

 

「…どういう状況だ?」

 

〈さぁ?たぶん張り切って疲れちゃったのかもね〉

 

 映し出されたのは指揮官室のベッドの光景だ。その上でマリアンが身体を横たえて眠っている姿がある。

 

 穏やかな寝息を立てながら寝入っている様子が彼へ見せ付けられると──再び画面が乱れた。

 

〈──おっ!ラピのシャワーが終わったみたいだよ!突撃しちゃおっか!〉

 

「…いや、しなくて良い」

 

〈──ラピ〜入るよ〜♪〉

 

 靴磨きの手を止め、彼が腕を伸ばすと固定していた携帯端末を倒した矢先──

 

〈──どうしたの?〉

 

〈──ほら、指揮官様〜見える〜?〉

 

「…はぁ…」

 

 やや大きな溜め息をムーアは漏らしてしまう。端末のスピーカーから聞こえるラピの声が反響している理由を考えると、どうやらアニスは本当にシャワー室へ突入したようだ。

 

〈……アニス……出て行って〉

 

〈いいじゃん、減るもんじゃないんだし〉

 

「…切っても良いか?公然と覗く趣味はないんだが…」

 

 悪ふざけが過ぎる、と遠回しにムーアが注意するとアニスの乾いた笑い声が聞こえた。

 

〈ごめんごめん。…でも良かった。指揮官様がしんどくなさそうで〉

 

「前哨基地を出てから12時間しか経っていないからな」

 

〈それはそうだけどね。研修はどう?〉

 

「教育自体は明日から本格的に始まる予定だ。まぁ覚えることは多そうだが…」

 

 10日間の研修期間でどれほどの詰め込み教育がされるのかは分からないが、ユルハから目を通すよう促されたタブレットのファイルを見る限りでは真っ当な教育内容だと判断できる。研修自体に嘘はないのだろう。

 

〈…なんか大変そう〉

 

「レポートの提出もあるからな。まぁ大変と言えば大変だ」

 

〈…そっか。…大変だろうけど…頑張ってね〉

 

「あぁ、ありがとう」

 

〈…また連絡して良い?〉

 

「そうしてくれると助かる。知人がいない環境だからな」

 

 おそらくはアニスも彼が多かれ少なかれストレスが溜まる環境に晒される可能性へ思い至ったのだろう。わざわざメッセージではなく、ビデオ通話を選んだのは──彼女なりの気遣いだったのかもしれない。

 

「…ありがとうアニス。なんとか頑張れそうだ」

 

〈ん、なら良かった。じゃあそろそろ切るね。おやすみ指揮官様〉

 

「おやすみ」

 

 ビデオ通話が切れ、室内が再び静かになる。気付けば磨いていた長編上靴の爪先はすっかり光沢を放っていた。だいぶ磨いていたらしい。

 

 もう片方の靴も同様に磨き上げ、光沢が放つようになると彼は靴磨きの道具を片付けて就寝準備へ入った。

 

 ベッドメイキングを手早く済ませると彼は拳銃の弾倉を引き抜く。薬室に初弾が込められていないと確認も終わらせ、再び弾倉を元へ戻す。

 

 その拳銃を枕元へ置き、ベッドの中へ潜り込む。居室の照明を消し、室内が暗く染まると明日の研修へ備えて彼は早々と眠りに落ちた。




ユルハの部署等は勝手な妄想であります
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