勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─ 作:一般指揮官
アニスがからかい混じりに「
中央政府軍司令部での研修を修了──一応は修了したことになるそうだが、それを終えて帰って来た当日の夜、ムーアは警衛隊へ急遽の上番となるよう自身を捩じ込んだ。彼の言によれば、考え事を纏めたかった、とのことである。
「──そんなことの為に上番するのは指揮官ぐらいですよ?」
「──そんな変わり者がひとりぐらい居たって良いだろう。イーグル、助手席に座ってくれ。俺が運転する」
警衛所を出た途端、量産型ニケ達のリーダー格のニケが肩を竦める。それへムーアも肩を竦め返しつつ巡察の為の武装車輌へ乗車した。
他の車輌へも量産型ニケ達が分かれて乗車し、いよいよ出発だ。
既に時刻は日付が変わっている。深夜の巡察は気味が悪い、と助手席へ腰掛けたイーグルと呼ばれるニケが呟く。
「…そんなにか?」
「恐いですよ。聞いたことはありませんか?真夜中の巡察中に白い影を見たとか、急にエレベーターが上がって来たと思ったら中には誰も居なかったとか、女の子の笑い声を聞いたとか…」
「あぁ、サンが言っていた記憶があるな。俺は見た覚えはないが…」
「ここだけの話ですけど…幽霊なんじゃないかって…」
「…俺はラプチャーの方が恐い。というかキミ、
「これは良いんです。可愛いですから」
ムーアがチラリとイーグルが纏うボディーアーマーの前面へ貼り付けたデフォルメされている幽霊──白いシーツを被ったかのような典型的なイラストのそれを指摘する。返す刀で答えられた形容にムーアは肩を竦め、続けて、それ以上に恐いのは人間、と付け加えると彼女が苦笑を漏らした。
「…まぁ怪談の類は
「私が
「見たのか?」
勿体ぶった物言いのイーグルへ運転を続ける彼が問い掛ける。視界の端でムーアが被るヘルメットとは異なり、側面部の装甲を大きくカットされたそれで頭部を覆う彼女が頷いた。
「…はい、見ちゃいました。あぁ、ちょうどこの辺りで──」
ちょうどこの辺りだったな、とイーグルが思い出しながら車内で彼へ教えようとした瞬間──ヘッドライトが照らす舗装道路を
思わずムーアがブレーキを踏み込む。シートベルトがボディアーマーへ食い込む程の反動が加わりながら武装車輌は停車した。
エンジンの振動がやけに大きく感じる中、助手席と運転席へ腰掛ける双方が顔を見合わせる。
──見たか?
──見ました。
視線のみで確認し合う。どうやら互いに見間違いではないようだ。
「──下車。確認する」
「──り、了解」
路肩に車輌を移動させ、エンジンを切る。シートベルトを外したムーアが突撃銃を片手に下車すると、イーグルもやや遅れて車外へ飛び出た。
槓桿が引かれ、続けてボルトフォアードアシストが叩かれる音が深夜の射撃場の付近で響く。
「──ラプチャー…には見えんかったが…」
ちょうど人型の白い影が向かったのは土手の緩い斜面を下った先にある射撃場だ。
ムーアはヘルメットへ取り付けた暗視眼鏡を目元へ下ろし、視界が薄緑色に染まったのを認めると斜面に設けられた階段を降って行く。
直ぐに射撃場へ辿り着くが──この時間帯だ。誰も使用している訳がない。深夜に限らず、訓練等で使用する際は原則としてムーアかラピの許可が要るのだがそのような報告も聞いていない。
──見間違いだったのだろうか。
念の為に検索をするが、当然ながら人影はおろか敵影も認められない。
「…報告だけはしておくか。イーグル、戻るぞ。──イーグル?」
背後へ続いていた部下へ彼は声を掛けるが応答がない。不審を感じて、肩越しに振り向くと彼女は間違いなく目と鼻の先に立っている。
「イーグル、聞こえなかったか?」
聴覚センサーに不具合でも生じたのだろうか。しかし、それならば申告がされている筈だ。
妙に感じつつもムーアは安全装置を掛けながらイーグルへ歩み寄るのだが──
「──貴様…
──
説明しがたいが彼女の纏う雰囲気が普段とは異なる。それを察した彼は二歩手前で立ち止まり、視界を確保していた暗視眼鏡を持ち上げ、裸眼を晒して観察する。
「…寂しい…」
「寂しい?」
「…ひとりぼっち…で…死んだの…」
明らかにイーグルの声ではない。エコーが掛かったように反響する声が響く。
「…ひとりは…嫌…寂しい…」
「ずっと一人だったのか?」
幽霊の類は──あまり信じていない彼だが、この状況を理路整然と説明する候補として挙げられるのは第一にイーグルが悪戯をしている、というそれだ。しかしこれは候補から直ぐに外れる。彼女がこのような児戯じみた悪戯をする筈がないのだ。
イーグルに
「…誰も…気付いてくれなかった…!」
「ひとりは…そうだな。寂しいな」
無意識にか、それとも反射的にか、ムーアの指先が安全装置を外しかけている。それに気付いた彼は安全装置から指先を離し、イーグルの傍らへ移動すると片膝を突いて背中を擦った。
「…みんな…どこ…!」
「──キミの部隊名は?」
「…部隊…?…覚えて…ない…」
「立てるか?」
コクンと頷かれる。それを認め、彼は背中を支えながら立たせると地面へ落ちている彼女のヘルメットを片手で拾い上げた。
彼女をゆっくりと誘導し、射撃場内へ設置されたばかりの自販機の側へ向かうと休憩用のベンチに腰掛けさせ、ムーアはポケットからクレジットを取り出す。
「何か飲みたい物はあるか?バリエーションは余りないが…」
「…甘い…物…」
やはりニケは甘党が多いのだろうか。今更の疑問符を浮かべながら彼は彼女用に要望の通りのジュースを購入し、続けて自身の缶コーヒーのボタンを押した。
まずはジュースのプルタブを開け、彼女へ手渡す。
しゃっくりを上げ、鼻を鳴らしながらもそれを受け取った彼女が口を付けて缶を傾ける。
「…おい…しい…」
「なら良かった」
口に合ってくれて何よりである。本来は巡察中にこういったことは厳禁なのだが──彼は構うことなくプルタブを開け、続けて煙草を銜えるとオイルライターの火を点ける。
「…あなた…指揮官…?」
「あぁ」
「…指揮官…らしくない…」
「…良く言われる」
紫煙を燻らせ、缶コーヒーを傾けるムーアが肩を竦めた。巡察を始める前にイーグルへ語ったが──そんな変わり者がいても良いだろう。
「…私の…指揮官…優しくなかった…」
「…そうか」
「…あなたみたいな…指揮官が…良かった」
その呟きはおそらくニケの大半が抱く本音なのだろう。或いは──優しくなくても良い。せめて扱いだけは、と。
「…あなた達…誰?」
「──え?」
ふと彼女がムーアを見上げる。しかしその視線は──彼ではなく、その背後へ向けられていた。
あなた達、と口にされた形容が気になったムーアは背後を確認する。──当然ながら誰もいない。
「…上官…部下…そう…」
「……誰かいるのか?」
「…たくさん…いる」
具体的な数は示されなかった。
「…あなたは…ひとりじゃない、って伝えて欲しい…って」
「…まぁ…俺もひとりは寂しいからそれは嬉しいんだが…」
「…ずっと…見守ってる、って…」
──そんな律儀な知り合いはいただろうか。
生憎とそこまで交友関係が深くも広くもないムーアだ。頭上に疑問符が浮かんでしまう。
やがて彼女はジュースを飲み干し、フラフラと立ち上がるとムーアへ歩み寄る。──正確にはその背後を目指して歩き出した。
「…おいで、って…」
「…大丈夫か?変な奴等じゃないか?」
心配するのも妙な話だが、念の為に尋ねると──彼女が双眸を細め、笑みを浮かべる。
「…優しい…人達…」
「…なら…良いのか?」
思わず首を傾げる。どのような
「…え?…うん…もうひとつ…伝えて欲しいって」
「──なんだ?」
「…闘い続けて、って…」
紫煙が仮初めの夜空へ緩く立ち昇る中、彼女から伝えられる言葉。正体不明の者達からの伝言だろう。聞き届ける義理はない筈だが──
「──最後の審判の時まで」
口をついて出たその返答。それが紡がれた途端、彼女の身体が糸が切れた操り人形のように地面へ倒れ込んだ。
「…指揮官様、寝なくて良いの?」
「寝たくても考えが纏まらなくてな」
警衛勤務が明けた翌日。基地司令部庁舎へ戻って来たムーアは暇そうなアニスを発見すると特別任務を言い渡した。
とはいえ、なんてことはない。ただの散髪である。いつぞやのように庁舎の正面玄関前へ椅子を置き、そこへ腰掛けたムーアにケープを巻き付けての散髪。
そろそろ切らなければ、と思う程には伸びており、研修が終わったらアニスへ頼もうと思っていた所だったのだ。
あの後、意識を取り戻したイーグルの説明によれば途中から記憶がないとのことだ。彼女が嘘を吐くとは考え難い。となれば──昨夜のアレはなんだったのか。
「…世の中、分からない事が多いな」
「例えば?」
「…アニスにどうやったら整理整頓と掃除の習慣を覚えさせられるか、だな」
「それは無理。諦めて」
バリカンが黒髪を刈り上げて行く。ケープへ細かい黒髪がパラパラと舞い落ちる中、アニスが苦笑を漏らすとムーアも肩を竦める。
「あ、ちょっと、動かないで」
「…悪い。──マリアンの様子は?」
「マリアン?別に変わったところはないよ。指揮官様が研修に行ってる間、エリシオンで色々な検査もして、シミュレーションで模擬戦闘の訓練やったけど、これと言って問題は……あったね」
「…報告は聞いてる」
話題を変えたムーアにアニスが既知であろう情報を報告する。それへ彼は頷くと、溜め息を小さく漏らした。
シミュレーションでの模擬戦闘の成績は非常に優秀。いつ戦闘へ投入しても問題はない、とのお墨付きも貰った。それは構わないのだが──問題は検査の方だ。
まずチタンマター製の注射針が彼女の肌へ刺さらなかったらしい。
マリアンによれば注射が苦手、とのことで思わず力んだ結果の話だそうだ。力を抜けば針は刺さり、体液の採取は無事に成功。──その気になればチタンマター製の針が通用しない、という意味にもなるが。
組織検査は髪や唾液を採取しようとしても直ぐに蒸発してしまい痕跡すら残らなかったとか。皮膚組織をほんの僅かながら採取して結果的には成功したが、まるで
その採取した皮膚をM.M.R.で検査に掛けた結果は──元々のマリアンを構成していたニケの構成物の隙間へラプチャー由来のそれが混ざり、さながら
ニケでもなければ、ラプチャーでもない。別の何か。
皮膚であり、筋肉でもあり、角質でもある皮膚組織。硬度も自由自在に変化でき、その気になれば先述の通り、チタンマター製の針すらも通さない硬度となる。かと思えば、人間の肌と同じく柔軟なそれに変化も可能。
ニケの人工筋肉──ムーアが装着している義肢にも脳からの電気信号を通じて筋肉の収縮を場面へ応じて適切な収縮となるような技術は用いられているが、それ以上の技術であるらしい。これが解析され、量産が可能となればアークの技術発展が100年は短縮出来る──とはM.M.R.の意見のようだ。
「──…100年…」
「…ん?」
「…なんでもない」
──き、きっと解析すればアークの技術が100年は先に進めることが出来る…!──
脳裏に蘇ったバーニンガムの言葉はムーアの眉間へ縦皺を刻むのに充分過ぎた。
──情報が漏れている。
「…マリアンが帰って来て間もなく1ヶ月か…これから忙しくなるだろうな」
「今も充分忙しいけどね」
確かに、と彼は頷きを返そうとするが、またアニスに叱られては堪らない。大人しくジッとしていると背後の彼女がバリカンを止め、頭頂部の黒髪を摘んでいるのだろう感覚をムーアは捉えた。
「……ん〜?」
「…どうした?」
「…指揮官様……白髪増えた?」
「…白髪ぐらいあるだろう」
「そう?…1…2…3…結構あるよ?」
「…ここ最近は忙しかったからな。それもあるんだろう」
彼がそう言うならそうなのだろう。
アニスは特に気にすることなく、再びバリカンを起動させると彼の黒髪ごと僅かに混ざる白髪を刈り上げて行った。
幽霊とまでコミュニケーションを取ろうとするんじゃあない!
そして…いよいよ…