勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─   作:一般指揮官

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第8章
第1話 ※微グロ注意


 

 

「──もう止めて下さい指揮官!」

 

 隈が色濃く浮かんだ目元。濃い茶色の瞳からは何の感情も感じ取れない。

 

 所々が裂けた戦闘服は土の汚れに混ざり、ドス黒い廃液のようなシミで覆われている。廃液──かと思いきや、匂いを嗅げばそれは乾燥して固まった人間の血液だと分かるだろう。

 

 彼の袖へすがり、涙を流しながらマリアンが慟哭にも似た悲鳴を響かせる。

 

 しかし彼は──その縋り付く彼女を振り払うとレッグホルスターへ収めていた拳銃を掴み取った。

 

「──助け…助けて…!」

 

「──お願いします…お願いします…!」

 

 5.56mmの薬莢が散らばった地面を踏み締め、彼が向かう先には細いワイヤーで両手を拘束された二名の兵士がいる。

 

 いずれも中央政府軍へ所属する兵士だ。

 

 彼は傍らまで歩み寄ると腰を下ろし、握った拳銃の銃口を顎へ突き付け、顔を上げるよう促す。

 

「──官姓名を名乗れ」

 

「──ウ、ウィリアム…ウィリアム・アボット…伍長であります…!」

 

「──ふぅん。お前は?」

 

「──ロバートです…!ロバート・ジョンソン…3等軍曹です…!」

 

 一応、聞いてみたが感慨も湧かず彼は腰を上げると──拳銃をレッグホルスターへ収め、彼等の真横に倒れ込んでいる死体へ近付いた。

 

 頭部が切断された死体である。

 

 死体の傍らには山刀──マチェットやマシェットなどと呼ばれるそれが地面へ突き刺さっていた。その山刀の柄を掴んで引き抜いた彼は死体が纏う衣服へ擦り付けて汚れを落とす。

 

「──こいつが指揮官か?」

 

 ヘルメットを被ったまま切断された頭部。それをタンカラーのブーツで蹴り飛ばし、拘束された兵士達の眼前へ転がすと彼等は何度も頻りに頷いた。

 

 ──失敗したな。

 

 自分の不手際を察した彼が溜め息を漏らす。

 

 再び兵士達へ歩み寄り、彼の手が3等軍曹の階級にある下士官の持ち物を探り始めた。やがて取り出したのは携帯端末である。

 

 ボタンを押してホーム画面を映し出すと──下士官と同い年ほどの女性が写った壁紙が設定されていた。

 

「──美人だな。恋人か?」

 

「──妻…です…」

 

「──ふぅん」

 

 後ろ手に拘束した左手薬指を確認する。確かに指輪が嵌められているではないか。

 

「──名前は?」

 

「──ア、アメリア…!」

 

「──結婚したばかりか?」

 

 何度も激しく頷かれる。ふぅん、と再び生返事が彼の口から漏れた。

 

「──指紋認証はどっちの指だ?」

 

「──右手の親指です…!」

 

「──分かった」

 

 おもむろに彼がファイティングナイフを鞘から引き抜いた。

 

「──指揮官!!?」

 

「──ア"ア"ア"ア"ア"!!!」

 

「──軍曹!軍曹!!」

 

「──情けない声を出すな軍曹。……あぁ、こっちも取っておかんとな」

 

 ポトリと地面へ血染めの親指が根元から落ちる。続けて絶叫が響き渡ったのは彼が左手薬指を根元からの切断を始めたからだ。

 

 制止しようと駆け寄ろうとするマリアンを左右から仲間達が押さえ付ける。そのいずれも彼から顔を背けていた。

 

 切り落とした親指を拾い上げ、ロックを解除。アドレス帳を漁り──やがて電話番号を発見すると彼はそれをタップする。

 

「──悪かったな軍曹」

 

 マルチツールを取り出してペンチで細いワイヤーを切断。拘束が解かれた軍曹が両手を庇って地面へ俯せになる中、眼前に携帯端末が投げ捨てられる。

 

「──奥さんに掛けておいたぞ」

 

 それを聞いた軍曹は弾かれたように顔を上げ、親指が失くなった右手で掴もうとするが、支えがなくて直ぐに取り落としてしまう。ならば左手で、と掴み取った携帯端末を左耳へ宛てがった。

 

「──もしもし!?もしもし!?」

 

〈──どうしたの?そんなに慌てて?あ、もしかして新しい任務でも入ったの?もう…そういうことならもっと早く言ってくれないと…〉

 

「──助けて…助けて…!」

 

〈──ちょっと、本当にどうしたの?〉

 

 ガチガチと歯の根が鳴り、一度は遠退いた筈の痛みがぶり返す。薬指が無くなった左手が赤く染まる中──軍曹の背後に彼が立った。

 

「──やめろ!!やめて下さい!!軍曹、逃げて!!早く!!」

 

「愛してるアメリ──」

 

 一発の銃声が響き渡る。途端に後頭部から撃ち抜かれ、額を中心に大きな風穴が空いた下士官の頭蓋の内側へ詰まっていた脳漿が一面へ飛び散った。

 

〈もしもし?もしも──〉

 

 脳漿と粉砕された頭蓋骨の破片や肉片が画面へこびり付いた携帯端末を拾い上げた大きな手が、指先で通話を切る。

 

「──この化け物!!怪物!!畜生が!!」

 

 上官は呆気ない程に頭を45口径で撃ち抜かれた。亡骸を蹴飛ばし、間違いなく死んだことを確かめる彼の姿を見た伍長が彼へ罵声を浴びせる。

 

 その罵声に大した反応も見せず、彼は死亡を確認すると──古タイヤを抱え、それを伍長の首へ掛けた。さながらスケールを間違えたネックレスのように。

 

「──化け物、怪物、畜生。…もっと他にはないか?」

 

 続けて携行缶が彼の手で運ばれて来た。カキュッと音を立てて蓋が外される。

 

 ロックを解除したままの携帯端末のビデオ通話を起動し──登録された何名かのアドレスから探し出したバーニンガムのそれが彼の指先でタップされた。

 

 伍長の姿を捉えるよう注意して地面と死体へ携帯端末を立て掛けた彼は携行缶を抱え、中身の燃料を下士官の頭から浴びせ始める。

 

「──こんなもんか」

 

 貴重な燃料だ。無駄には出来ない。半分ほど残っていることを確かめた彼は再び蓋を締めた。

 

「──ふ、副司令官!!た、助けて下さい!!」

 

「──もっと大きな声で叫ばんと誰も助けに来てくれないぞ」

 

 ──まぁ喉が裂けるほどに叫んでもおそらくは誰も来ないだろうが。

 

 などと彼は考えつつ携帯端末へ向けて救援の要請を叫ぶ伍長から距離を取ると──ポーチの中からソフトパックを引き抜き、振り出した一本を銜えた。オイルライターで火を点け、返り血で染まった左手の指先二本で挟み込む。

 

「──指揮官…お願いです…もう止めて下さい…!こんなことは…」

 

「──ラピ、アニス。早く連れて行ってくれ。…そして…キミ達は待機していろ」

 

 暗に、邪魔だ、と彼は告げる。

 

 その言葉に歯を食い縛りつつ──彼女達は頷き、マリアンを引き摺る形で彼から遠ざけた。

 

「──駄目です指揮官!もう止めて…!!」

 

 ──貴方が貴方ではなくなってしまう。

 

 縋る眼差しと叫びを彼へ向けるが、それは一切、彼の耳へ届かなかった。

 

 半ばまで吸われた煙草を摘み、名残り惜しげに紫煙を吐き出すと──彼はそれを指先で弾き飛ばした。

 

 緩い弧を描きながら火の点いた煙草が伍長の眼前へ落下した途端──気化した燃料に引火し、たちまち伍長の周囲が火の海と化した。

 

──ア"ア"ア"ア"ア"!!ガ ア"ザア"ア"ア" ン"ン"!!!

 

 ──人間、やはり最期は生みの親を想うモノらしい。

 

 火達磨となった伍長が黒煙と炎に全身を包まれながら絶叫する。

 

 しかしそれも長くは続かない。炎と高温が気管を焼き、喉が潰され、発声が不可能となった。沈黙したかと思えば、そのまま力を失って首へ下げられたタイヤの重さに負けてか上体が折れて俯せに倒れてしまう。

 

 その光景を──何の感慨も湧かず、彼の濃い茶色の瞳が見据えていた。




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