妹筆頭にオレの周囲は癖は強いし背も高すぎる   作:bozubozu

2 / 2
隣人は歩く受験資料館

 

 さて、スマホのロックのPIN番号も変えたところ翌日。

 月曜となるこの日は当然の如く登校日であり、仄暗い休み明けの一日を意味していた。

 

「兄さんおはよ。じゃ、行くから」

「おう。頑張ってな」

 

 眠い眼を擦りながらリビングに降りてみれば妹は既に制服姿で家を出るところだった。何を言おう、妹はアレでいてバスケットボール部だ。中学一年生の時にその高身長を見込まれてスカウトされたらしい。男ならともかく女バスではあまり見ない170cm後半の巨体でコート内を天衣無縫と暴れ回っているという噂は、部活に所属していない一学年上のオレにも聞こえてくるくらいだ。ウチの女バスが普通に強くて全国大会出場していることも要因だろうが、それ以上に妹がその全国出場チームのエースというのが最も大きいだろう。おかげでオレは薄野(すすきの)のじゃない方と呼ばれることすら間々あったりして、存在権が日に日に消失して体育館裏の大きな影と同化していく実感すらある。

 

 今日も真面目に朝練に行く妹を見守りながらオレは朝食を作る。お袋は何も無い日は深夜までゲームをしているため昼まで寝ており、妹は朝早いため道中にコンビニで買っている。よってこの一年間、自然と朝食を作るのは二番目に起床するオレの役割になった。ただオレとしても学校の或る日に凝った朝食を作る理由も無く、必然的に作るのは焼いたパン二枚にジャムを乗せる程度。男子中学生に自炊なんて求めないで欲しい。

 

 朝飯のお供は牛乳だ。コーヒーで優雅に大人ぶるのも個人的には悪くないが、それでも身長を伸ばせるという実益を考えれば牛乳一択だ。コーヒーを飲めばそりゃ見た目だけは大人っぽいかもしれない。しかしオレが希求するのは男らしく身長のある大人なのだから、どれだけ子供っぽかろうがオレは実利を優先する。

 

 朝飯を食べて制服に袖を通して、そのまま家を出た。大体妹が家を出た50分後くらいだ。

 家から中学校までは大した距離じゃないから結構ギリギリまでゆっくりしていても遅刻はしない。歩いて10分くらいで、信号が運良ければ8分。走ればもっとすぐに着く。なのでたっぷり時間を使ってから家を出るのはこの三年間の恒例と化している。

 

 今日の授業科目について考えながら晴れの日の登下校路を歩いていれば、体感3分くらいで学校に着いた。

 中学三年生となり、差し迫る受験シーズンを見て見ぬふりしているみたいに活気に満ちた廊下を抜けるとオレの教室、3年3組だ。

 クラスに静かに入って席に着く。誰からも挨拶はされず、オレも挨拶はしない。端的に言うとオレはこのクラスで浮いていた。一般的な公立学校の例に漏れず毎年クラス替えがあり、このクラスには2年の時に仲が良かったクラスメイトがいない。勿論元同じクラスの男子共はいるのだが、そいつらはどちらかと言うと不良グループ寄りの奴らなので波長が合うはずも無く。他にもクラスメイトは大勢いるが彼ら彼女らも既存の共通項で括られたグループを形成しているために割って入ることは困難、よってオレは孤高のぼっちとなっていた。孤高もぼっちもトートロジーか。はあ。我ながら侘しい一年になりそうだ。受験シーズンだししょうがない、諦めるとしよう。

 

 朝のホームルームの時間になればオレの思考は何をやっても解決しそうもない友人問題から妹による受験参考書簒奪問題へとシフトした。学校の授業も活用は出来なくはないが、そこはやはり公立。そこそこ難しい高校に行くためには勉強の質が足らない。去年運動部の属しているクラスメイトから聞いた話によれば一個上の先輩は社会や理科など一部科目が受験の全範囲を終わらずに卒業していったそうだ。それを考慮するとあんまり学校に頼りすぎることは出来ない。自学か、それか塾に通うことを考えた方がよさそうだ。でも塾と言ってもオレのお袋が通わせてくれることを考えてくれるとは思えないんだよな……。去年にその話をしたことはあるが「あんた塾行かずとも成績良いじゃん。甘えず自学で頑張りな」と一蹴された過去もアリ。多分塾代を払うのが億劫なんだろうとオレは猜疑心を持っている。

 

 実のところ勉強時間の捻出は出来る。何だかんだ妹が全国区の部活動をしているという事で、平日と土曜は部活があるからだ。それでも日曜日だとか長期連休とかに邪魔されるのは痛い。でも教材の問題に比べればまだマシな悩みだ。いざとなれば漫画喫茶だとかカラオケだとか、個室に逃げ込んでしまえば妹だって手出しできないからな。懐は若干、どころか相当痛むが。

 

 思案を巡らせつつも真面目に授業を受けていれば昼休みだ。台所に作り置かれていたお袋の弁当を取り出すと、オレは無言で箸を突く。今日も普段と変わらず残り物と冷凍食品をミックスした簡易弁当だ。残り物は三日前の肉じゃがだからか少し傷んでるし。最早愛情の欠片も無い。とかお袋に文句を言えば飯抜きを食らうので絶対に禁句だ。

 

 痛んだおかずを胃に流し込んでオレの心まで荒んでいくような感覚を味わっていると、コトンッ、何かが落ちる軽い音がした。人間なんて単純なもので、近くで少し音がしただけでオレの目は床へと無意識に向けられる。

 落下物の正体は消しゴムだった。ラノベならきっと薬莢だとか護符だとか非現実的なアイテムなんだろうけどな、そして突拍子の無いヒロインに引きずられる形でファンタジーみたいな物語に引き込まれるんだろうなとか今年度しょうもないで賞を受賞間違い無しの想像をしつつ、オレは消しゴムを拾う。消しゴムの落とし主は位置的に右隣の女子だろう。見遣れば昼休みにも関わらず勉強してるし、絶対にそうだ。超ガリ勉だこの子。

 

「はい、これ」

 

 英語にすればhere you are。いやだから何だよオレ。無意識に浮かんだ英訳に一人脳内で突っ込むオレはきっと寂しい奴なのだろう。妹のリア充っぷりと比較されれば倍プッシュだ。

 

「あ……ありがと」

 

 言葉少なげに感謝の言葉を紡いで再び勉強に戻ろうとする隣人に、あれそういや、と一つの疑念が浮かぶ。記憶が確かならこの隣人もオレと同じようにクラス内で誰かと話していた記憶が無い。外見も外見だ。黒い前髪は簾のようになって双眼を隠していて、小柄な体躯(誠に遺憾ながらオレよりも身長はほんのちょっぴり大きい気がするが、気がするだけだが)は猫背気味に前傾姿勢で机に寄り添っている。ついでに漂わせている雰囲気も活発的とは言えず、去年までは図書室の主でもやっていそうな形をした少女だなと感じた。だから仄かにシンパシー。きっと彼女もオレと同じくクラス内でハブられているのだ。

 名前は……確か坂道庵菰(さかみちあんこ)。変わった苗字に変わった名前だったから憶えていた。

 

「坂道さんだよね。昼休みも勉強を?」

「受験……来年だから」

「そうだよな。オレも受験勉強しなきゃなんだけど色々と大変でさ」

 

 主に妹とか妹とか妹の件で。アイツのせいでただでさえ欝な受験が加速している。ヤダもう。

 そんなオレの独り善がりな返答に対して、坂道さんの反応はとても分かりやすい困惑だった。

 

「へ、へー……。あの……勉強戻っていい?」

「あ、はい。どうぞ」

「うん……」

 

 我ながら不器用な会話過ぎて盛大に頭を掻きたくなった。恥ずかしい。思春期丸出しかオレは。

 隣人との交友を諦めて、オレは弁当を消費することに意識を注ぎ込んだ。

 

 

 

──── ──── ────

 

 

 

 金が無い。

 具体的には参考書を買うための金が無さ過ぎる。

 

 放課後、オレは妹の目が無いこの時間を利用して、本屋へとやって来ていた。一応予防線を敷いて地元ではなく隣町の大きめの本屋だ。ここなら例え妹の部活が急遽休みになったとしても偶然バッティングすることはないだろう。GPS発信機も昨日のうちに制服やバック、その他諸々をひっくり返して存在しないことは確認済みである。つまり今日のオレは完全な状態でこの本屋に足を踏み入れたと言える。まあ仮にこれがバレたとしても漫画の新刊を見ていたとか何とか言えば恐らく騙されてくれる……くれると良いなあと思っている毎日。妹、こういう時の勘だけは鋭いんだよな。それに自頭も良いから推測から理論立てていって勘を勘じゃなくすることも多いし。思うとハチャメチャに厄介だな妹。

 

 そうして針の穴を突いてデカデカ本屋に来たのは良いものの、お次の問題はすぐに発生した。財布に金が殆どない。貯金をひっくるめればあるが、もしかしたら没収されるかもしれない参考書にそこまでの金額を使いたくないと言う感情がオレの大半を占めている。参考書なんて大体千円後半、高いものになれば三千円は下らない。バイトも出来ないたかが中学生のオレにはとても安い買い物とは言えない。

 

 手元に使える金は精々二千円と幾かの小銭。参考書一冊くらいなら買えるだろう。だが侮ることなかれ、高校受験で公立高校を受けようと思ったら五教科分の参考書が必要となる。仮に全教科揃えようとしたら最低一万の出費。全てが全て妹に処分されたわけじゃないが、まだ一冊だが、それでも高価な買いものには違いない。うーん……やっぱり考えを戻して機嫌が良いときのお袋に頼むか……。普通こういう参考書ってお小遣いで買うもんじゃないと思うし、お袋だってちゃんと説明すれば買ってくれるはずだ。お袋はオレと妹の教育については放任主義とは言え、流石に世間体とか親子の情とかぶん投げるほど希薄な関係でもない。でもまた妹に破かれる可能性を考慮するとあんまり妙手とも思えないのがこれまた辛いところである。今度はオレの知らないところで捨てられそうで怖い。そして何度も買ってくれるほどお袋は甘くない。

 

 それでも参考書は買う必要がある。一先ず、昨日捨てられた数学の参考書の代わりは最低限欲しい。

 云々と悩んでいれば、つい先程まで机を並べて授業を受けていた見知った影が横に立った。坂道さんだ。坂道さんは参考書にも詳しそうだし、ちょっと教えてもらうのもいいかもしれない。

 

「もしかして坂道さん? 奇遇だな、こんな隣町の本屋で会うなんて」

 

 そんな下心を忍ばせつつ話しかけると、坂道さんは右左と顔を振って、オレの存在を確認するとやや下がって口をもごもご動かした。

 

「あ、あれ。薄野君。な、なんでここに」

「少し訳アリで。妹から逃げてきたんだ」

「い、妹から?」

 

 はてなマークが浮かぶ。それもそうだ。オレも同じこと言われたら対応に困る。しかしなけなしのプライドが、妹に力とか脳味噌とかで総合的に敗北しているせいでオレの受験事情が危機に瀕している────なんて詳細な事情を話すことを拒んだので、曖昧に笑って誤魔化すことにした。

 

「坂道さんはどうしてここに?」

「えっ。えっと、私はこの本屋が大きいの知ってるから」

「あー。ここ沢山参考書置いてあるからな。オレもマイナーな漫画買う時はここ良く来るんだよな、あんまり地元じゃ種類置いてないから」

「そうなんだ」

 

 あまり共感してなさそうな薄い肯定の頷きが返ってきた。坂道さんは漫画とか読まなそうな印象は確かにある。二週間強の少ない付き合いで話したのも今日が初めてだが勉強ばっかしているのは前から何となく知ってたし。

 

「そうだ、折角だし坂道さんが良ければおすすめの参考書とか教えてくれないか? 実は昨日妹に参考書破かれて代わりを買いに来たんだがどれが良いのかさっぱり分からん。助けてくれ」

「妹に破かれた……? それは……随分やんちゃな妹さんなのかな」

「因みに2年4組にいるぞ。名前は薄野茶凛、バスケ部の主力」

「ごめん……知らない」

 

 申し訳なさそうに顔に影を落とす坂道さんに気にしないでと手を振った。それに妹を知らない同級生を久々に見たのでちょっと胸がすっとした。あわよくばそのままの君でいてくれ。

 坂道さんは興味なさげにオレから視線を外すと、陳列された平棚に目を向ける。どうやら目論見通り参考書を見てくれるみたいだ。思ったよりいい人だな坂道さん。もっと内気で鎖国的な性格だと思ってたがそんなことはないようだ。

 

「参考書を見繕うのはいいよ……教科は?」

「助かるわ。数学で、中三の分野中心で」

「うん。あと薄野君は勉強どのくらい出来る?」

「模試なら八割くらいは安定して取れるな。定期試験は七割前後くらいだけど」

「結構出来るんだね。分かった、ちょっと探してみる」

 

 そう言って坂道さんは中学数学コーナーの参考書に指を向ける。坂道さん、勉強に関しては滔々と話すんだな。基本的には小さな声量で落ち着いた話し方をするけど、勉強については少し滑舌が良くなって言葉に迷いが無くなる。まるで趣味の話になると立て板に水になるオタクを思わせる、なんて表現はほぼ初対面相手に失礼かもしれないが。でもオレとしては人間味を感じられて好ましい。坂道さんのことをちょっと知れた気がする。

 

 坂道さんは表紙と睨めっこしたり、時に手に取って中身を開きながら一分くらい掛けて吟味すると最終的に少し薄めの一冊を取り出した。

 

「これとかどう? 定石問題への理解が済んでる人にお勧めできる。ページ数は少ないけど標準レベルから応用レベルの問題への橋渡しには丁度良い一冊だと思う」

「なるほど……それ見ても良い?」

「もちろん」

 

 勧められたその一冊を受け取る。パッと見だとこの前解いた問題と同じ手法で解けそうだが、部分部分で理解が難しい部分がある。オレのレベルに最適な一冊に見える。

 

「凄いな……本当に丁度良い一冊な気がする。ありがとう、とても助かった」

「そ、そんなことない。私も楽しかったし」

 

  謙遜する坂道さんにオレは内心首を傾げる。参考書選びってそんな楽しいか? オレはあまり好きじゃないが……もしかして坂道さんって参考書オタクだったり? 仮にそうだとしても流石にこんな浅い関係値で聞くようなことじゃないか。参考書オタク、普通にネガティブワードの一種だ。このことはオレの心の中だけで留めておこうと思う。ただオレからすれば参考書オタク、結構なことじゃないか。現に俺はそのお陰で助かっている。勉強で聞ける相手など教師を除けばいないに等しい人間関係だったから、坂道さんの存在はとても有意義になりそうだ。もし良ければ今年度ファースト友人の立場を上げても良いと思うまである。何で上から目線なんだオレ、少し自己嫌悪。最近家族、主に妹とばかり話しているからだろうか。

 

「もし坂道さんの都合が良ければ他の教科も聞いても?」

「うん。どれから?」

 

 それから30分程度坂道さんから参考書について説明を受けた。そこで思ったのはやはり坂道さんは参考書に対する知識量が半端じゃないという事だ。オレなんか自分が買った参考書以外は名前しか知らないのばかりなのに坂道さんはどの参考書に対しても一定の知見を持っていた。参考書だけじゃない。県内の高校についても受験科目など調べ倒しているらしく、オレの志望予定校を聞くや否やそれに沿った参考書も勧めてくれた。

 

 その内にオレは理解した。

 坂道さんは歩く受験資料館だ。

 

 

 結局坂道さんからは「この分野についてはこれ」「総合演習ならこれ」など、あれよあれよと一科目につき数点参考書を勧めてもらった。その殆どがオレが持っていない参考書であったが、結局根本的な問題が購入を邪魔をした。金が無い。全ての参考書を買うそんな金はオレには無い。そうじゃないにせよ一気に10冊以上も参考書を買うなんて正気の沙汰じゃない。絶対やらずに積んで受験シーズンが終わる。

 

 と、オレが最終的には最初に進めてもらった数学の参考書一冊を買っている間に坂道さんは同じ教科の参考書を6冊ほどご購入していた。ええ……。

 

「す、凄いな坂道さん。英語だけでそんな量買うのか……」

「えへへ……奮発したから」

 

 嬉しそうはにかむ坂道さんは小動物みたいで可愛かったが、その右手に持つ紙袋を見るとそんな目で愛でようという気は失せる。重厚すぎるのだ。

 どんだけ買うのか。

 どんだけ勉強するのか。

 少なくともオレには想像の及ばない次元なのだろうと確信する。部屋とか参考書一色でファンシーなぬいぐるみなんておけるスペース無さそうだ。

 

「こういうこと言うのも何だけど全部出来るのか?」

「うん……時間だけは沢山あるから」

 

 それにゴミ参考書は一周して止めるし、と続けて優しく零す。参考書貴族かよアンタ。

 

「今日は本当に参考になった。改めてありがとうな、また今度行き詰まったらお願いしてもいいか?」

「う、うん……大丈夫。私もこうやってクラスメイトと話すの初めてだったから……その。嬉しかった」

「ああ。それじゃあ、また明日」

「うん……明日ね」

 

 そうしてオレと坂道さんは別れた。

 別れる直前、相変わらず坂道さんの顔は前髪で殆ど見えなかったが、気のせいじゃなければ笑っていた気がした。なんか初めて甘酸っぱい青春って経験した気がする。よし、志望校は絶対に共学にしよう。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。