ここは競バの街、府中。
ちなみに近くにあるのはボーグバトルの街、武蔵野。
灰原はそんな府中の街を歩いていた。
賑やかな商店街だったり、食べ放題の店(ただし二名出禁)が並んでいたり……。
それはそれは賑やかな街だったが、一つだけ違和感があった。
そう、ボーグ関連の店がないのだ。当然、ボーセン(ボーグバトル版ゲーセン)もない。
あるといえば、その辺の公園に寂れたバトル用のステージがあるだけ。
……まるで、町全体がボーグバトルを暴力団と一緒に追放しようとしているようだった。
「だから嫌なんだよな……この街をぶらつくの……」
しかし、ぼやいたところで状況は変わらない。
公共交通機関に乗ったら、どうせまた強制的に降ろされるのだ。
もうこうなったら膝栗毛で参るしかない。
「とりあえず、遅れるって連絡もしておかないとな……。
あーあ、有名人ってのも楽じゃないな~……」
ふと、はちみつジュースを売っている車が目についた。
まずはそこで体力を補給しようと思った矢先……。
なんか、ガラの悪い兄ちゃんたちがウマ娘の店員にいちゃもんを付けてきた。
「おいおい、ねーちゃん。誰に断ってここで商売してんだ?」
「はーなの、めんどくせえのがやってきたの(お客様困りますなの)」
「おいおい、本音と建前が逆だぜ~???」
「よし、お前ら、暴れるぞ!
金は全部奪い取って、このウマ娘は健康ランドにぶち込んじまえ!
泡風呂ぉ、岩風呂ぉ、それにお肌がすべすべになるラベンダー風呂ぉ!
その他7種類の風呂が入り放題だからよぉ!」
灰原は考えた。下手なことをすれば”無印条約”に抵触しかねない。
ボーグをぶん投げて不良たちを壊滅させれば確かに問題は早く解決する。
しかし、そのときの爆発にウマ娘が巻き込まれたら別の問題が発生するのだ。
メジロ家・サトノ家・アイルランド王室などの名家が全ボーガーに宣戦布告するという可能性だ。
かといって見捨てたら……やっぱりウマ娘の名家たちが全ボーガーに宣戦布告する可能性がある。
名家だけならまだしも、全世界のURAやNARまでもが動き出すことだろう。
……ならば、方法は一つしかない。灰原が関与しなかったという証明だ。
「……こういうとき、山田一郎の技って便利なんだよな」
灰原の姿が消えた。誰にも見えなくなったのだ。
そして、急に不良たちはボコボコにされ始めた。
まるで幽霊に殴られているかのように、ボコボコにされたのだ。
「ち、ちくしょー!」
「覚えてろー!」
「歯ブラシは一人一本までだぞ、ゴラァ!」
彼らは捨て台詞を吐きながら去っていった。
そして、灰原は元の位置で再び姿を現した。
誰も灰原の関与した証拠は”見えていなかった”。
さらに、ウマ娘にも被害は及んでいない。
うまいこと”無印条約”に抵触せずに済んだのだ。
「あっ、お姉さん!さっきは大変だったね!はちみつジュースちょうだい!
もちろん、濃い目多め片目で頼むよ!」
「……わかったの」
そして、何もなかったかのように灰原はジュースを買った。
ジュースを飲みながら、灰原はまた街を歩きだした。
全てはこれでよし、そのはずだった。
「ねえねえ、さっきのボーガーさんがやったんでしょ!!」
青い髪でオッドアイのなウマ娘が話しかけてくるまでは。
「……何のことだ?俺は……」
「急に消えるのもバッチリ見てたし、音も聞こえてたぞー?
多分、アイネス先輩も気付いてたと思うけど……」
「あっ」
灰原は思い出した。
あのワシントン条約違反&名前が平凡なボーガーの技の弱点を。
姿は消せても、自らが発する音などは消しようがないのだ。
人間はともかくとして、ウマ娘の聴覚の前では到底ごまかしようがない。
「で、いくらお金を積めば黙っていてくれるんだ?」
「普通に今のどうやったか教えてほしいだけなのに……。
お金とかはいらないよ!賞金とかもあるし……ターボ、そんな真似しないもん!」
「あっ、すまんすまん。何かあると、すぐたかられるもんだからな」
ボーガーは総じて外道だ。義理は篤いし、モラルも頭の片隅には残っているが。
だから、何かあるとすぐに相手のことを疑ってしまうことも多々ある。
灰原はそんな自分が少しだけ恥ずかしくなった。
「しかし……姿を消すっていうのもそう簡単じゃないぞ。
俺がやったのはとある最強格のボーガーの必殺技の応用なんだが……。
とりあえず、生物の擬態について少し学ぶ必要もある。
あと、やっぱり素振りが基本だから、ボーグ自体を手に入れる必要もある。
……問題は、君に素振りと勉強をする余裕があるかってことなんだよ。
基礎体力はトレセンの生徒だからあるだろうけどさ」
……本当のことを言えば、この少女を外道に引きずり込みたくはなかった。
しかし、なんかしないと駄々をこねられそうな予感もしていたのだ。
「最近はレースはないし大丈夫だよ!あと、イクノに難しいことは教えてもらえばいいし!」
「おーけい。じゃあ、あともう一つ。今のトレセンってボーグは持ち込んでいいのか?」
「えっ?タキオン先輩がなんか研究用って言って持ち込んでるし大丈夫じゃないの?」
「へー……今はある程度寛容になってんのな。
じゃあ、これやるよ。昔のワンコインボーグを長く使えるように改造したやつだ」
ポケットから取り出したそれは、普通のボーグにしてはやけに小さかった。
だが、あのワンコインボーグよりかは少し大きいくらいともいえる。
まあ、うん、そんな感じだ。理解するな、感じろ。
「練習用にはぴったりだし、殺傷性もかなり低く抑えてある」
「わあ、ありがとう!」
「ただし、いくつか約束してほしい。
まず、卒業するまで公式戦にも非公式戦にも出ないこと。
というか、ボーグバトルそのものをしないこと」
「えっ?」
「無印条約に抵触しかねないからな。またそれについても勉強しておいてくれ。
もう一つ……ボーグはおもちゃだが、同時におもちゃでもないことも覚えておくんだ」
「……どういうことなの?」
「よく考えてみるんだ。おもちゃで人が殺せるか?世界が征服できるか?」
「……あっ」
「だから、君はこれから人も世界も動かせる力を手にすることになる。
君が手に持ったそれは、人を救うこともあれば人の命を奪うこともある」
「……」
「まあ、普段通りにすごせばいいさ。
喧嘩の時には普通に殴る蹴るでやり過ごせばいいし」
「うん!わかったよ!ありがとう、ボーガーさん!」
「ああ、頑張れよ!ちゃんと責任を持ったボーガーになってくれよな!」
……再び武蔵野を目指し、歩き始めた灰原。
だが、少しだけ自分の行動に疑問を持っていた。
どうして、見も知らぬ、初めて会ったウマ娘にほいほいとボーグを渡したのか?
滅び急ぐ世界の夢さえも壊せるような力をなぜ与えたのだろう?
下手すれば、無印条約にも抵触しかねない行為だというのに。
……たぶん、昔やってもらったことを、誰かにしようとしたのだろう。
あの雨の日に、自らにボーグを託した少年と同じようなことを。
誰かに夢を託そうとしたのだろうか?
それにしては、あまりにも急ぎ過ぎてるなと灰原は自嘲した。
まだ人生の危機にも立ってないし、終わりを予感しているわけでもないのに。
いや、もしかすると、これがボーガーの責務だからなのかもしれない。
夢を、人から人へと託していく連鎖、それがボーガーの増殖でもある。
あの日、”ミサオ”という少年が自分にそれを託したように……。
「……あっ、そうだ、遅れるって連絡しないと」
とりあえず、目についた電話ボックスに向かった。
ウマ娘にも配慮したデザインだから、少し受話器が長いが。
「もしもーし」
『ロイドノミセデース』
「やあ、ロイドさん。すまない、ちょっとトラブルがあってね。
今、徒歩で府中からそっちに向かってる。すまないね」
『ワーオ、ソレハオキノドクニ。イソガズ、 ユックリトデイイデスヨー』
「おーけい。それじゃあ……」
「電話中にすまんが、俺の人生、やっぱり返してもらおう」
「えっ」
次の瞬間、府中の真ん中で大爆発が起こった。