目を覚ますと、灰原は清潔な白いベッドの上で横になっていた。
……節々の痛みや、微かに体に残る熱さもついてきていたが。
あと……体の一部を失ったかのような違和感もあった。
「いたたた……ここ、どこだ……?」
「やあやあ、お目覚めのようだね」
白衣を着た栗毛のウマ娘が、ニヤニヤとこちらを見ていた。
「……アンタは、なんかどっかで見たことがあるような」
「奇遇だね、私も君を見たことがあるよ、”黒手袋”君。
いや、灰原操と呼ぶべきかな?」
「……へえ、嬉しいね。有名人に知ってもらえているなんてよ。
そうそう、俺も思い出したわ。”超光速”さん……いや、アグネスタキオンさん。
てっきり、トレセンの生徒はボーガーなんてあまり知らないもんかと」
「まあ、君の戦法は色々と興味深いからね。
いつかは実験台……もとい、モルモットとして……」
「その二つは意味が同じなんじゃないか?
というか、いったいどうしてここに……」
すると、部屋に一人のウマ娘が飛び込んできた。
そして、灰原を見るや否や抱き着いてきた。
「よ、良かった……ボーガーさんが生きてて良かったよ……」
「君は……確か、さっき練習用ボーグを渡した……」
「ターボ!ツインターボっていうんだ。
それより、いったい何があったのさ……。
爆発があったから、急いで戻ったんだけど……そこにボーガーさんが倒れてて……」
「へっ?」
灰原は意識を失う前のことを必死になって思い出した。
確か、あれは武蔵野にある知り合いのボーグショップに電話をかけてたときのことだ。
後ろから突然、声をかけられて振り向いたら……ワンコインボーグが迫っていた。
「……えっ、俺、百円のあれに秒殺されたの?」
「そうみたいだね~。
現場にはちゃんとこのワンコインボーグが捨てられていたし」
タキオンはポケットから件のボーグを取り出した。
……記憶通りだった。この紫色のワンコインボーグにやられたのだ。
普通だったら、そんなことはできないだろう。
ワンコインボーグはとてもじゃないが、実戦には向かない。
かの天野河リュウセイが挑んだ時も、社長と社員が一致団結して初めて勝負になったのだ。
たった一機だけでは、とてもじゃないが爆発は引き起こせないだろう。
……もっとも、使い手にそれほどの実力があるのであれば、話は別だが。
「……くそっ、体が回復したらぼっこぼこのけちょんけちょんにしてやらあ」
「ターボも後ろで応援するぞー!」
しかし、タキオンはそんな二人を見て、溜息をついた。
「その意気はいいけどね……ボーグもなしに、どうやって戦うつもりだい?」
「「えっ???」」
灰原は必死に自分の体をまさぐった。
ない、ない、ない、ない……ないのだ。
ボーグが……マッド・クリムゾン・プリズナーが、ない。
先程からの違和感の正体は、これだったのだ。
体の一部がないようなものなのだ、ボーガーにとっては。
「い、いったいどこに……」
「取られたんじゃないのかい?」
「……待てよ」
灰原はもう一回記憶を洗い出した。
そして、自分を襲撃してきた者の言葉を思い出した。
「俺の人生、やっぱり返してもらおう」
……さて、灰原は自らがボーガーになった理由を話したことはなかった。
知り合いにも戦友にも、話したことはないのだ。
いや、ある少年にボーグを託されたことまでは話した。
しかし、その少年に人生を託されたということまでは話してないのだ。
つまり、人生がどうのこうのということを知っているのは灰原と少年だけ。
そして、わざわざ『人生を返してもらう』と言ってきたのだ。
……心当たりは一人しかいなかった。
「……はあ、今頃になってかよ」
「おや、怨恨かい?君ならたくさん買ってそうだけど」
「いや、『起源』……だな」
「最初に遡るのかい?そりゃ興味深いね。
あの赤き暴君は産婦人科の医師との戦いが起源だと聞いたが……。
君の場合は確か……見知らぬ少年に託された、だったか?
まさか、その少年だった者が取り戻しに来たと?
……まさか、その子から奪ったんじゃないだろうね?」
「いや、してねえよ、そんなこと」
「……大丈夫、ターボも一緒に警察まで付いて行ってあげるから」
「だからしてないって……。
なあ、俺たちボーガーを一体何だと思ってるんだ?」
「ボーグバトルしか頭にない粗野で乱暴でバカな人間」
「即答かよ……ターボは……」
「ボーガーさんは良い人だけど……それ以外のボーガーは……」
これが競バ側からの印象である。
基本的にボーガーがやることなすことといえば犯罪に近い。というか犯罪だ。
無銭飲食からのはす向かいの店のぶち壊し。
宿題ができていないからといって、他人の宿題を奪おうとする。
はす向かいの店のぶち壊し、はす向かいの店のぶち壊し。
現在、125軒の店が壊されている。もはや経済の破壊行為に近い。
現在の126軒目はウマ娘の権利保護団体の施設なので問題はないが。
「だよなー……でも、本当にそいつからは奪ってないって。
ちゃんと託されたんだしさ……今頃になって奪われたけど。
とりあえず、ロイドの店から適当なの借りに行くか。
世話になったな、ありがとう、それじゃあ……」
「ダメだよ」
「えっ、どうしてだよタキオン。早く用事を済ませたいんだけど」
「だって、君の巻き込まれた事件、無印条約違反すれっすれだもん。
ここはトレセン学園。君はしばらくここから出ることはできない」
「あー……つまり、関係者は手元に置いておきたいってことか」
「あと、ちょうどタイミングも良かったからね」
「タイミング?」
タキオンは一つのグラフを取り出した。
それは終戦直後から現代までのボーグ犯罪の増加数を示すものだった。
明らかに右肩上がりに上昇しまくっている。終わりの見えないエベレストだ。
「近年、というか昔からボーグ犯罪は増加傾向にある。
増加しすぎて、そろそろ条約でさえも抑止力にならないかもしれない。
そうなると、トレセンの生徒たちは危険に晒されることになる。
そんな時に、たまたま強いボーガーが道端に転がっていてくれた」
「……俺に用心棒になれってか?でも、ボーグがないぜ?」
「ああ、私が持ち込んだのを貸してあげるよ」
「ありがたいが、でも……」
「いつものじゃないと違和感がある、そうだろう?
でも、完全な状態の狂犬を飼い慣らすなんてリスクは到底犯せない。
いくら”黒手袋”がボーガーの中では比較的良識派だとしてもね。
だったら、不完全な状態の番犬を飼った方がマシってわけだ。
なおさら、君は理想なんだよ。愛機がないんだからね。力を制御できるってわけだ。
……まあ、学園やURA上層部はそう考えたわけだが……。
あの赤い暴君は普通に使ったことのない機体でも使いこなしてるからなあ……」
「いや、学園やURA上層部の判断は正解だ。
いつものように戦うのはとてもじゃないが難しいだろうな……」
灰原にとって、マッド・クリムゾン・プリズナーはただの愛機ではなかった。
知らない少年のために生きた人生の象徴そのものでもある。
そして、その人生は奪い返されてしまった。
体の一部を失った?違う。人生を失ったのに近い。
まあ、それはそれ、これはこれの精神で今は動けているが。
「ま、君だって一応は実力者なんだ。
衣食住と給料は与えられるから、安心してここに滞在するんだな。
あと、時々は私の実験に付き合ってくれるとありがたい。じゃあね~」
タキオンが出て行ったあと、部屋には灰原とターボだけが残された。
「はあ……まあ、トレセンに来たんだし、トレセンに行くとするか」
「何を言ってるの????ボーガーさん????頭打ったの???」
「そういえば、ここって売店ってあるのか?」
「う、うん。あるよ。売店もあるし、食堂だってあるぞ!」
「へえ、ラーメンとカレーライスも売ってる?」
「もちろんだぞ?食堂にもあるし、売店だと数十種類もあるぞ!」
「よし、じゃあ、さっそく腹ごしらえと行くか!
……っと、その前に遅刻どころかドタキャンの連絡もしないとな」
「えっ、何か用事があったのか?」
「予約してたオプションパーツの予約があったんだよ」
「ボーガーさんは頭の中を整理してから何か発言した方がいいと思うぞ????」