──ダイが地上から姿を消し、5年の月日が流れた。
かつてバーンパレスがあった場所には勇者達の偉業を讃える石碑が作られ、そこは多くの冒険者が訪れる名所となった。
王宮の兵士達は子供たちに自分がいかに勇敢にモンスターと戦ったかを語り、吟遊詩人達は竪琴を掻き鳴らし、街角でアバンの使徒達を讃える歌を歌った。
既に戦いは過去のものとなり、魔王軍の脅威は、人々の記憶から薄れ始めていた。
──平和になった、と言ってもいい。
ランカークスの街はずれ──
街道を離れ、横道に逸れたところにある坂道を降りていくと、猟師小屋がある。
そこから反対側に広がっている森の中を5分も歩けば、人目を避けるような形で建てられた粗末な小屋が見えてくる。
小屋の煙突からは時折り真っ黒い煙が噴き上がり、中からひっきりなしに金属を叩く音が響いていた。
音が止んだと思った矢先、怒声が聞こえてきた。
「違う!」
ノヴァは4年程前からここでかつての魔界の名工、ロン・ベルクの身の回りの世話をしながら、鍛治職人の修行をしている。
「どこが違うんですか!」
煤で顔を汚した全身汗まみれのノヴァが声を荒らげた。
「全てが違うのだ!」
一事が万事、この調子である。
ロン・ベルクは短くため息をつくと、鋭い調子で続けた。
「いいか、魔界の金属は扱う者の魔力に呼応して伸び縮みする性質がある。だから常に集中して魔力を一定に保たなければならない。お前はそもそも魔力をコントロール出来ていないから集中が途切れるのだ──」
「そんな事言っても、ボクは……魔族とかじゃ無いですし」
ロンはちっ、と舌を鳴らすと、苛つきを抑えるように一呼吸置いて口を開いた。
「じゃあやめるのか。弟子入りしたいと言ってきたのはお前なんだぞ」
「やめるなんて誰が言ったんですか!!」
その時、立て付けの悪いドアがギギッと音を鳴らし、隙間からポップの顔が覗いた。
「おっ!さっそくやってんな!」
ポップはそう言ってニカッと笑うと肩でドアを押しながら小屋の中に入り、腕に抱えた木箱をドン、と床に置いた。
「おう、ご苦労だったなポップ。さっそく見せてもらえるか」
「ああ」
箱を開けると、中には鈍く光る赤い鉱石のようなものが詰まっていた。
「これだけ有れば十分だ。無理を言ってすまなかったな」
「──ポップさん、お久しぶりです」
「おおノヴァ!どうだ?お師匠さんにビシバシ鍛えられてるみたいだけどよ」
「それが……なかなかうまくいかなくて」
頭をかきながらノヴァが言うと、ロン・ベルクがため息をついた。
「──ポップからも何か言ってやってくれ。こいつはどうも根気が足りなくてな」
「え!?いや、うーん……だ、大丈夫だろ!ノヴァだったらよ……」
かつての自分の姿を思い返したポップは曖昧な返事をした。
「俺の手さえ動かせれば……」
「おい!ロン!それは言わない約束だろ。こいつだって精一杯やってるんだぜ」
「──とにかくだ。魔鉱石も手に入ったことだし、ダイを見つけられるかは、ノヴァ。お前の腕に掛かっているのだからな」
「はい!絶対にやり遂げてみせます」
ノヴァが真剣な表情で答えた。
「おっ!頼もしいぜ!じゃあ……俺も行ってくるか!」
ポップは軽くふたりに手を振り、小屋をあとにした。
──人々は大魔王が倒された時、陽の光の下で、再び堂々と自分の人生を謳歌できるようになった事を喜んだに違いない。
しかし、一部の者たちの中では太陽は沈んだままだった。
その兆しが見えるまでは──