〜1週間前〜
「ポップ!お客さんよ!」
階下からスティーヌの声がした。
「(誰だよ……まだこんな時間じゃねーか……)」
眠い目をこすりながら階段を降りると、毛むくじゃらの大ネズミの頭が見えた。
フサフサのモップのような尻尾に見覚えがある。
ネズミは咳ばらいを一つして、顔を上げると、ぎろりとこちらを睨んだ。
「こんな時間まで寝ているとはいいご身分だ」
「おっ!!お前チウか!?おおー!久しぶりだなぁ〜!」
(ふっ…僕のあまりの凛々しい変貌ぶりに驚いているな。背も伸び、がっしりと逞しくなったこの……)
「うわ〜!お前全然変わってねぇな!!」
(うっ……!フフフ……か……彼は洞察力が人より劣っているのだったな……無理もない──)
「何でこんなとこまで来たんだよ?お前デルムリン島にいたんじゃなかったのか?」
「君は何も知らないんだなぁ。まぁ無理もない。いつの間にかこんなところで使命を忘れ、ぬくぬくとしていたんだからな」
「なんだと!お前だってどうせブラスじいちゃんにメシでも作ってもらってぬくぬくと暮らしてたんだろ?」
(うっ……!鋭い……)
「それに、ダイを探すって使命を忘れた訳じゃねえよ──」
ポップの顔が曇った。
しばしの沈黙──
チウは少し気まずくなったのか、咳払いをひとつすると捲し立てた。
「き……君にはマァムさんという人がありながら、メルルさんと3人で旅をするなんて破廉恥な行為をするから……見つかるものも見つからなかったんじゃないのか? というか……まだマァムさんを諦めずにちょっかいを出してるんじゃないだろうな?この破廉恥魔法使い!」
「へえへえ。何とでも言ってくれよ。で、何か話があるんだろ?」
「うむ。アバン先生から連絡があってね。アバンの使徒を集めて欲しいそうだよ。みんな5年前に旅に出てしまって行方が分からなくなっていたからね」
「でも、フローラ様もアバン先生も国を空けるわけにはいかない。で、少し前にデルムリン島にカール王国から使いがやってきたんだ。ブラスさんは年だし、ヒムちゃんとかクロコダインだと何かと目立って良くないだろう?そこで機動性に優れ、優秀な頭脳を持つ僕に白羽の矢が立ったという訳だよ。やはりみんなこういう大役は僕じゃないと務まらないと思ったんだろうねえ……」
そう言ってチウは目を細めた。
「なんだ。ただの使い走りじゃねえか」
ポップがボソッと呟くと、チウはムキになって言った。
「うるさい!君を探すのにも結構苦労したんだぞ!行く先々の町で旅人の噂に聞き耳を立ててだな……」
「優秀な僕は、ポップ君の事だから、きっと泣いて故郷に逃げ帰っているんじゃないか、と推理をしたんだが、まさかその通りになっているとはね…!」
腕組みをしたチウがチラリとポップの顔を伺うために振り向いた。
しかし、ポップは窓の外を見ながら、寝癖がついた前髪をいじっている。
「こらーっ!人の話は最後まで聞けーーっ!!」
「お前ヒトじゃねえだろ……」
「──で、アバン先生の用事ってなんなんだ?」
「うむ。ダイ君の事みたいだったな」
「…………!」
ポップの手が止まった。
少し戸惑った様子で振り返る。
「お前……今ダイって言ったのかよ!?」
「そうだ」
「あいつが……ダイが……」
ポップは拳を握り、ソワソワと落ち着かない様子で部屋の中を右往左往している。
「何かダイ君についての手がかりが見つかったのかも知れないな」
「こうしちゃいられねえ!どこに行けば良いんだ?カールか?マァムやヒュンケルは!?」
「そう慌てるな。他のみんなの居場所は知ってるのか?」
「マァムはネイル村だな。姫さんは良いとして、ヒュンケルは……知らねえ」
「そんな事だろうと思ったよ」
チウがため息をついた。
「──姫さんならヒュンケルの居場所を知ってるかもしれないな。うん。きっとそうに違いねえ!」
「じゃあ僕は確かに伝えたぞ。みんなによろしくな」
「おう!任せとけ。ありがとな!」
窓から入ってくる秋風が、棚の鉄枠に無造作に結んであるアバンのしるしと黄色いバンダナを揺らしていた。