下の階に行けば行くほど、ひんやりとした冷気のようなものが身体にまとわりつくのを感じる。
この迷宮自体が巨大な悪意を持った怪物であるかのような__
それは恐れとなって冒険者の判断を鈍らせる。
地獄の底に向かって足を進めている亡者のような心持ちになってくる。
いつしか何のためにここに来たのかも分からなくなり、自分が何者であるかさえ分からなくなってくる。
濃い闇が、静けさと共に心の隙間に忍び込み、希望を、未来を、須く喰らい尽くしてしまうかのように。
破邪の洞窟__
地下200階。
3人は地獄の釜の淵に辿り着いた。
「いよいよだな…」
屈強な戦士が呟いた。
「そういえば、バランからこんなものを預かってたんだ。何かの役に立つだろう、ってさ」
ポップは腰に付けた袋から何かを取り出すと彼に手渡した。
「『竜の鱗』ってアイテムらしいぜ」
「ほう…」
戦士は華奢な紐飾りのついた緑色の鱗を受け取ると、目の高さに持ち上げ、不思議そうに裏表を見比べた。
「天界に伝わるアイテムで、伝説の竜の鱗で出来てるらしいぜ。よく分からねえが、持ってるだけですっげえ強くなるんだってさ」
「…まあバランが言うのなら本当なのだろう。有り難く頂くぞ」
「こいつの分はないのか?」
懐に鱗を仕舞うと、彼はポップを挟んで隣にいるもうひとりの戦士を指差してポップに訊いた。
「あっ、そうそう。これもあったんだ…」
ポップは袋の中をゴソゴソとかき混ぜると、何かをつまみ出した。
「む…指輪か…」
青みがかった金属でできており、凝った装飾がしてある。
もうひとりの戦士がその古めかしい小さな指輪を受け取った。
「こっちは『戦士の指輪』って言って、竜の騎士に代々伝わるものらしい。防御力を高める不思議な効果があるんだとさ」
彼は右手の薬指に指輪を嵌めた。
「こんな由緒正しいものを俺が身につけるとは…畏れ多い…」
「確かに俺は指輪って柄じゃないな」
それを見ていた隣の戦士が豪快に笑った。
ポップも一緒に笑ったが、すぐに真顔になって言った。
「みんな…すまねえ。俺が一緒に行きてえのはやまやまだが…お前らに頼るしかねえ…足手まといになるのだけはやだもんな」
「ポップ。俺達に任せろ。命に換えてもダイを連れて帰る」
「じゃあ…行ってくるぞ」
そう言うと、獣王クロコダインと陸戦騎ラーハルトは旅の扉に飛び込んだ。
「信じてるぜ…」
2人の背中を見送ったポップが呟いた。
ポップの役目は、封印の解かれた旅の扉から魔界のモンスターが現れた時の為の見張りだった。
ヴェルザーが地上にモンスターを送り込み、魔界からダイを連れて戻った彼らを不意打ちしようとする可能性も考えられるからだ。
敵の本拠地を攻めるためには殿(しんがり)が重要になる__
一番避けなければいけない事態は挟み撃ちになる事。
バーンパレスでヒュンケルがアバンを欺いてまで担った役目である。
ポップは今回その役目を進んで請け負った。
__表向きの理由はそうだ。
でも本当は出来るだけダイの側に居たい、というだけのことなのかもしれない。
この冷たい地獄の底でしか見る事のできない、唯一の光。
眩しく、あまりに儚い光。
ポップは階段の縁に腰掛け、すぐそこで微睡んでいるような地獄の釜の深淵をじっと見つめていた。