ポップは手元にあるドラゴンの杖を握りしめて呟いた。
「何が起きてるのかは分からねえが……これだけは確かだ──」
「──ダイが助けを求めてる──」
こうなる事はわかっていた──
"ダイは帰ってくる"
"ただし──自分の命と引き換えに──"
遠くに離れていくダイを繋ぎ止めるにはそれくらいの代償を払わないといけない──
ポップは心の奥底でずっとそう感じていた。
もちろん、クロコダインとラーハルトを信用していなかった訳では決してない。
ただ、本当に本当の最後の瞬間には、自分は命を捨てなければならないのだと──
ダイの為にこの身を煉獄の炎に焼かれる。
そう考えると、不思議とポップの心の中は満ち足りた。
こんがらがり、もつれ合った感情の糸が解け、自分の運命が輪となって閉じていくような──
「今度こそ俺はもうダメかもしれねえ……でも良いよな──死にぞこなっちまった俺をここまで生かしてくれたのは──」
「──お前なんだからよ──」
胸のアバンのしるしをぐっと握ると、急にポップの両目から大粒の涙が溢れた。
「きっと……俺はずっと昔から死んでたんだ。お前と一緒に夢を見てただけで……それで……」
胸の奥の方から溢れ出てくる嗚咽に耐えながら涙を手で拭うと、ポップは手を着き地面に跪いた。
「……でも、本当は……きっと、俺たちは同じ夢を見てなかった。それだけが心残りだけど……もう、しょうがねえよな……」
涙が地面を濡らす横で、地面に転がったドラゴンの杖の宝玉がうっすらと光っていた。
──ベラは悶え苦しむクロコダインの腕を離すと、呻き声をあげているラーハルトに近づいた。
そしてその脚を掴むと、崩れた瓦礫のところまで引きずっていった。
獲物は逆さまに磔にされたような格好で朽ちかけた白い石壁の上に投げ出された。
「うっ……」
ラーハルトがようやく目を開けた。
状況を把握し、起きあがろうとしたが、全身が痺れるような痛みが続いていて、身体が動かない。
踵を返し、元いた方に戻っていくベラ。
呪文が炸裂した場所の周辺をキョロキョロと見回している。
何か探しているようだ。
しばらくして何かを手にして戻ってきた。
無表情の彼女の手に握られていたのは──
鎧の魔槍──
咄嗟にベラの意図を読み取ったラーハルトは必死に身体を動かそうとした。
気がつくと、ベラは目の前に迫っていた。
彼女は鎧の魔槍を逆手に持ち替えると、彼の鍛え上げられた脚の上に槍先を向けた。
そしてそのまま、左脚の腱の辺りまでゆっくり槍を滑らせると、頭上高く掲げた。
「──やっ……やめろ!!!!」
耐えきれなくなったダイが叫んだ。
次の瞬間、ベラが手を離すと、自重に任せて落下した魔槍が無慈悲にラーハルトの脚を貫いた。
(───がぁあああっ!!!!!───)
飛び散る鮮血が魔の大地を染めていく。
「……あ……あ………………!」
泣き崩れるダイの頭上にヴェルザーの声が響いた。
「───所詮は魔族の出来損ない──竜の騎士に仕えるなど、出過ぎた真似をするからだ──」
その言葉にダイはビクッと身体を震わせると、
震える手で地面の砂を掴んだ。
そして何度もその拳を地に打ちつけた。
咆哮が静寂を切り裂く。
──その時、ポップの頭の中に大音響が響いた。
わんわんという鐘の音とも風の音ともつかない巨大なノイズ。
そして、悶え苦しむ生き物が絶叫しているような鳴り止まぬ残響音。
間も無くやってくる、身体がうねり、自分のものでなくなるような感覚──
ポップはダイの悲しみ、怒りが凄まじい勢いで身体の中に入り込んで来るのを感じた。
「お……おおおオオオオオオオォォォオオオオオ!!!!!」
ポップはいつの間にか獣のように雄叫びをあげていた。
そして、転がっていたドラゴンの杖の宝玉が激しく光を放ち、その光はポップの全身を包んでいった。
破邪の洞窟が揺れていた。