「──来ないのか?」
ポップはとろんとした目つきでダイに訊いた。
「──だって……おれ、こういうの初めてだから」
ダイが少し怯えたような表情で答えると、ポップはやれやれというように頬杖をついた。
「怖くなんかねえよ……」
ダイは目の前の兄弟子に恐る恐る聞いた。
「ポップは初めての時、なんていうか……怖くなかったの?」
「どうだったかな……もう思い出せねえけど」
「でも……」
「でも?」
「──いや、やっぱやめた」
「なんだよー!」
ポップはダイを揶揄うと悪戯っぽく笑ってみせた。
悔しそうな顔で膨れっ面をするダイ。
「ああー!もう勇者のくせにだらしねえなぁ……」
ポップはそう言ってダイに向かって片手を差し出した。
「じゃあ、おれが見ててやるよ。それなら安心だろ?」
ポップは困ったような顔をしながら、どこか楽しそうでもある。
「……」
無言で手を握り返すダイにポップは小声で囁く。
(そんなんじゃ気持ち良くなれねえぞ──)
ポップの声を聴いたダイは意を決したように目を瞑ると、繋いでいる手をぎゅっと握りしめた。
ポップの目の前で顕になったダイの下半身がガクガクと震えている。
「ゆっくりでいいからよ……」
恐る恐る腰を落とすダイをポップは優しい眼差しで見つめている。
「おれ……怖いよ、ポップ──」
「じゃあ1cmずつでいいから自分で動いてみろ」
ダイは眉間に皺をよせながら少しずつ腰を落とした。
「そうだ、いい調子だ。やれば出来るじゃねえか。さすがダイだぜ──」
「あっ……うッ……」
ダイは苦悶の表情を浮かべながら、ぐっと歯を食いしばっている。
「熱い……熱いよ……」
ポップは上気し紅潮したダイの頬に手を当てると
嗜めるように言った。
「おい、力みすぎだぞ。気持ち良くなりたいんだろ──もう少し力抜けよ──」
「……だ、だって……初めてだし、なんて言うか…身体が溶けちゃいそうだ」
今にも泣き出しそうなダイが堪らず腰を浮かせようとすると、ポップはすかさずダイの両肩に手を置きその身体を押さえつけた。
「おい!ポップやめろよ……!」
「逃がさねえ──」
「本当に怒るぞ。おれのこと、なんだと思ってるんだよ……!」
「──まるで弟みたいな存在、ってやつ?──」
怒りをぶつけるダイに対して、悪びれる様子もなくポップがさらりと言うと、勇者は顔を背け乱暴に溜め息をついた。
──しばしそのままの体勢でじっとしていたふたりだったが、ダイの表情が幾分柔らかくなってきたのを見て、ポップは優しく声を掛けた。
「どうだ?もう大丈夫だろ?」
「ああ……慣れてきたよ」
「おう」
「おれ、さっきはイライラしてたけど、ちょっと気持ち良くなってきたかもしれない」
「そりゃひとつ大人になったな」
とろんとした目をしているダイから手を離すとポップはダイに頭を寄せて耳元で囁いた。
「おれの言ったとおりだったろ──」
「そうだね」
恥ずかしそうにダイが笑った。
「しかしお前──」
「ブラスじいちゃんのとこでどんだけぬるい風呂入ってたんだよ」
「おれ……熱いの苦手でさ。子供の頃からずっと風呂はぬるめだったんだ。おれが入った後はブラスじいちゃん自分で沸かしてたよ」
「ほんとお子ちゃまだよな……おれなんか熱くないと風呂に入った気がしねえぜ」
「熱い風呂もいいもんだね。なんか血の巡りが良くなって身体の疲れが取れていくような気がする」
「おっ、いいぞ。分かってきたじゃねえか」
天井を見上げながら、ポップが嬉しそうに言った。
「そう言えば──」
何か思い出したようにダイが呟いた。
「ポップの口の中、あったかかったなぁ」
想定外の言葉にポップはうっ、という顔をした。
「お前──こんな所でいきなり気色悪いこと言うなよな……」
ダイはポップに構わず続けた。
「おれ、うっすらとだけど覚えてるんだ。なんかあったかくて湿ってて、でも妙に落ち着くっていうか。ああ、おれポップの中にいるんだ、って思って」
「おい、お前……それ……絶対に姫さんの前とかで言うなよ……」
ポップが頭を抱えているとダイが無邪気に返した。
「えっ……?なんでだよ。だってポップがドラゴンになって、魔界からおれを連れてきてくれたんだろ?」
「いいから、絶対に言うな……!」
いつになく真剣な表情のポップに気圧され、ダイは黙って頷いた。
この空気を変えようと、ポップが話を切り出した。
「──そういえば、お前、5年経ってるのにあまり身体が大きくなってねえよな」
「その事、ロンに聞いたんだけど、魔界の瘴気の影響で身体の成長が遅くなってるんじゃないか、ってさ。地上に戻ったから、多分だんだん普通の成長スピードに戻るだろう、って言ってたけどね」
「へえ。ちっちぇーダイのままじゃ困るもんな」
ポップがニッと笑うと、ダイは負けじと得意気な口調で言った。
「おれ、ポップの背丈なんかすぐに追い越しちゃうよ。ポップってマァムよりちょっと身長低いだろ。多分あっという間だよ」
「あっ、言ったなお前!おれが地味に気にしてることを!お前もう許さねえぞ!」
ポップがダイの顔にお湯をかけると、ダイも対抗してバタ足でお湯をかけ返した。
湯けむりの中、楽しい時間はいつまでも続いた──