あれから2時間もの間、お湯の中で戯れていたダイとポップはすっかりのぼせていた──
「ポップ〜なんかフラフラするよ〜」
「そんなの気のせいだろ〜!おっ、あの看板、ぐるぐる回ってて面白えなあ」
その時、千鳥足で通りを歩くふたりの耳に、絹を引き裂くような若い女性の叫び声が飛び込んできた。
「きゃーー!ドロボーよーー!!」
ふたりの目が途端に真剣な眼差しに変わった。
「おい!ダイ!」
「わかってるよ」
「あっちから聞こえたよな!?」
ポップが先に走り出したが、予想通りその足もとはフラフラとおぼつかない。
「ポップ!待ってよ!」
ダイが産まれたての子鹿のような足捌きでそれを追う。
稲妻のように勇ましくジグザグに進んでいったふたりだったが、50メートルほど進んだところで脚がもつれ、ふたり揃って道端にある植え込みに突っ込んでしまった。
「くっそ〜!!せっかく温泉に入ったのによー!」
逆さまに土の中に埋まっているポップが悔しそうに叫んだ。
「ポップ……無理しないでいっぺん休もうよ……」
10分後──
ふたりは街中にあるベンチに腰を下ろし、道行く人々の話に聞き耳を立て情報収集をしていた。
どうやら話を総合すると、件の泥棒は温泉街の建物に忍び込んでは女性ものの下着を盗み、おまけにのぞきまでしているらしい。
「絶対に許せねえな……女の敵、ってやつか?」
つやつや天然水(5G)を飲みながらポップが厳しい口調で呟いた。
「なんでそこまでして下着が欲しいんだろう……」
「……さあな」
ふたりがもの思いに耽っていると、マァムとメルルが通りがかった。
「あら?あんた達何してるの?」
マァムが声を掛けるとポップは飲み終わった天然水のカップを潰しながら悔しそうに言った。
「ああ、おれたちで例の泥棒を捕まえようと思ってたんだけどよ……見失っちまったんだ」
「ああ、噂の……!サイテーよね」
「何も盗られなかったとしても、もし覗かれてたらと思うと、リラックスできないですよね……」
メルルも不安そうに肩をすくめた。
「本当よ!見つけたら絶対にとっちめてやる!」
「まあでも、わざわざマァムを狙うやつはいねえんじゃないかな……」
「それ、どう言う意味よ!」
見かねたダイがふたりの間に入って言った。
「ねえマァム、おれたちで犯人を探してみるからさ。ふたりは安心して温泉に入ってよ」
「ダイがそう言うなら安心ね」
「おい!なんでダイの言うことは素直に聞くんだよ」
「だって……あんた信用できないもん」
ポップが口を尖らせると、マァムが訝しげな目をして答えた。
「──あっ!そういうこと言うのかよ!」
「ハイハイ。じゃあ、ふたりとも期待してるわよ!」
そう言って通りの人ごみに消えていったふたりを見送ったダイがこちらを振り向くと、ポップが何やら考え込んでいる。
しばらくした後、彼は真剣な顔で言った。
「ダイ……俺、すげえ事を思い付いちまった」
「どうしたの……?」
神妙な顔でダイが聞き返すと、ポップの表情に翳りが帯びた──
やおら彼は伏目がちに話し始めた。
「犯人は、女をターゲットにしている──って事はだ──」
「って事は……?」
ダイがゴクリと唾を飲み、言葉を促すと、ポップはニヤリとして言った。
「美女の後をついていけば──自然に犯人に辿り着けるんじゃねえか……?」
「────!!」
ダイは衝撃を受けた、という顔をしている──
しかし、すぐ冷静に聞き返した。
「ポップ……確かにそうかもしれないけど──なんかそれって……」
「うん?」
「根本的に何か間違ってる気がするんだ──」
弱々しい調子で発したダイの言葉を聞いたポップは深々とため息をついた。
「でもよ……ダイ……マァムやメルルを助けるにはこれしかねえんだ」
がっくりと肩を落とすポップを見てダイが言った。
「……わかったよ……でもおれは少し離れて歩くからね……」
ダイの同意を得ると、ポップはさっそく意気揚々と女性を物色し始めた。
ダイは10メートルほど離れてポップの背中を追いかけている。
しばらくすると、ひときわ目立つ浴衣姿の3人組の女性グループが向こうからやって来るのが目に入った。
(むっ、あの3人は……狙われるかもしれねえ……)
ポップは3人の視界から外れると、真剣な表情で、いや──鼻の下を多少伸ばしながら──Uターンし、この美女達の3メートルほど後ろを歩き始めた。
そのまましばらく美女達の後ろを追いかけていると、ポップの気配に気付いたのだろうか、端にいたショートカットの女の子が不意に後ろを振り向いた。
彼女は表情を変えずそのまま進行方向に向き直ると、真ん中の明るい髪の女の子に何か話しかけた。
そして真ん中の女の子は反対側を歩いている黒髪の女の子の肩を叩き、何かを合図した。
数秒後、彼女達は突然歩くスピードを早めると、前方に見える占いの館の中の人ごみに紛れてしまった。
「くそ……あの子達を守れなかったか……」
「ポップ……もうやめようよ……」
ダイは辟易した表情でポップを嗜めた。
その時──
「きゃーーーーーー!!」
女性の叫び声が通りに響き渡った。
騒然とする周囲の人々。
「おい!今のはマァムの声だ!」
ポップが血相を変えて叫んだ。
しかしダイは一瞬考えると反対側の通りを指差して言った。
「でも、マァムとメルルが歩いて行ったのってあっち側の通りじゃなかったっけ?」
「そんなの関係ねえよ!あちこち歩き回ってるかもしれねえだろ?こうしちゃいられねえ!」
「──あっ!」
ダイの言葉を無視してポップは声が聞こえた方に走っていってしまった。
(おれ……やっぱり……マァムの事が……)
息を切らせながら路地裏を走り回るポップ。
しかし、犯人は見つからない。
(いちばん好きだ……!あいつの笑顔を守るためなら……悲しい顔を見なくて済むのなら)
袋小路にぶち当たってしまったポップは意を決したように両手の拳を握りしめた。
(なんだってするさ……!!)
そして、マァムへの想いと共に彼女の姿を心の奥に結んだ。
「リリルーラ!!!」
大きく呪文の名を叫んだポップの姿が光に包まれた。
一方、とある温泉──
「キャー!ちょっとやめてよ!」
「すごい筋肉……」
「キャー!やめて!くすぐったい!」
「それなのに……こんなに胸もあるって羨ましいなあ……ちょっと分けてくれません?」
「メルル!なんかソフトタッチで触るのやめて!」
「えっ!マァムさん……すごくないですか?よく見せてください。隠さないで!」
「ちょっと!」
メルルが顔を上げると、目線の先に光の渦のようなものが浮いているのが見えた。
「──あれ……これはなんでしょうか──?」
その直後──
光の中からポップが現れた。
「えっ……?あれ……?」
ポップは不思議そうな顔で辺りを見回している。
「キャーーー!!」
女湯に突然現れたポップのせいで浴室のあちこちから悲鳴が上がっている。
「おい……お前……大丈夫だったのか……?」
「──大丈夫か心配なのは……あんたの頭よ……!!」
マァムがタオルで前を隠しながらわなわなと震えている。
「さっき、お前の悲鳴が聞こえたと思って──それで──」
マァムはポップを睨んで言った。
「あんたはバカでスケベだけど──人の道を踏み外す事だけはしないと思ってたのに……!!」
マァムの顔が哀しみに沈んでいくのを見て、ポップは慌てて首を振った。
「ち……違う!それは誤解だって!!おれは……!」
「問答無用!!……武神流奥義……!!」
構えをとるマァムの身体から物々しいオーラが立ち上っている。
「猛虎────破砕拳!!!!!」
マァムの拳が身体にめり込むと、一瞬ポップの顔が歪み、それに続けて体の軸が大きく捻れた。
「ぎょえええええええええええーーー!!!」
ポップは絶叫すると、くの字になったまま回転し、温泉の窓からミサイルのように外に吹き飛んでいった。
薄れゆく意識の中ポップは
(閃華裂光拳、じゃなくてまだ良かった──)
と思った──
──らしい。
一瞬で遠ざかり小さくなっていくポップの姿を見て、メルルは顔を真っ青にしてマァムに聞いた。
「あの……ポップさん、大丈夫なんですか……」
マァムは髪をかきあげるとメルルの目を見て言った。
「大丈夫……今のは"みねうち"よ──」
(──みねうち──!?)
メルルは大きな目を潤ませながら戸惑いの表情を浮かべている。