夜が明けて──
ダイとノヴァが居間で朝食を食べていると、玄関の方で人の気配がした。
誰かが訪ねてきたようだ。
「おーーい!珍しい客が来てるって聞いたぞーー!」
野太い声が家中に響き渡った。
ブラスが作っておいた粥を頬張っていたダイは慌てて立ち上がると、バタバタと足音を響かせて声のする方に走っていった。
ブラスは昨晩夜更かしをしたせいか、食事を用意するとまた寝てしまったようだ。
壁の向こうから小さないびきが聞こえてくる。
ダイが玄関に着くと、入り口から伸びている影のシルエットが目に飛び込んできた。
ひとつはひょろ長く、もうひとつはずんぐりと小さい──
「ヒム……それからチウ!」
ダイが叫ぶと、ふたりは陰からひょっこりと顔を出した。
「ダイ!久しぶりじゃねえか!お前どこ行ってたんだよ!?」
ヒムは少し恥ずかしそうに口の端を上げてニッと笑った。
チウも大きな目を潤ませながら感慨深そうに言った。
「ダイ君……本当に、本当に帰ってきたんだね──」
ダイが笑顔で応えると、チウはダイに抱きつき泣き出してしまった。
ダイは少し困ったように頭を掻いている。
「──元気か?ダイ」
ヒムが鼻の下を擦りながら言った。
「うん──元気だよ」
「本当に久しぶりだぜ──あ、ほら……俺、行くところもねえからさ……この島で世話になってるんだ。人間達と暮らすのも性に合わないしな」
「ヒムやチウがデルムリン島にいるって、なんかおれ嬉しいよ」
ダイが少し照れくさそうに言った。
「嬉しいこと言ってくれるじゃねえか」
ヒムが微笑むと、チウが突然目を輝かせて割り込んできた。
「そうだ!ダイ君。ぼくたちの砦に招待するよ!まだ見ていないだろ?」
「えっ?砦って……?」
不思議そうな顔をしているダイにヒムが説明する。
「俺たちで作ったんだ。みんなで木や石を運んでさ。みんなで過ごせる場所が欲しいと思ってな……うちの隊長が細けぇところまでこだわるから大変だったんだぜ」
「──リーダーは皆の為なら妥協しないのだ」
チウが胸を張った。
「えっ!すごいや!連れてってよ!」
「見たら驚くぜ──」
ヒムが得意そうに言うと、奥から目を擦りながらノヴァがやってきた。
「おっ!北の勇者様もお出ましだな」
「久しぶりだねえ」
「ヒムさん、チウさん。お久しぶりです!」
「お前も見るか?オレたちの砦をよ」
「はい。聞こえてました。ぜひ!」
「──ところでお前、ロン・ベルクのところで鍛冶屋やってるんだって?」
訝しげな表情でヒムがノヴァに訊いた。
「はい……腕前はまだまだですけど」
「じゃあ、ロンに言っておいてくれ──」
「はい?」
「もしオリハルコンが足りなくても──オレの腕とか脚はやらねえぞ、ってな」
ヒムがニヤリとして言うと、ノヴァは口を尖らせた
「──師匠はそんな事言いません!!」
「さぁどうだか……お前も本当はそういう目でオレを見てるんじゃねえか──?オレの脚で剣が何本作れるかな?とかな。おお怖え〜!!」
ヒムが震える仕草をした。
「そんな事考える訳ないでしょう!!」
「悪い悪い、冗談だよ──」
ノヴァが真っ赤になって否定すると、ヒムはくっくっ、と笑った。
砦は歩いて10分程の川沿いの場所にあった。
木々のカーテンに囲まれた切り通しの道を抜けると、川岸の道に出る。
そこから上流に少し進むと、立派なログハウスが見えてきた。
大屋根の片側だけ軒が伸びており、少しくらいの雨風なら余裕で凌ぐことが出来そうだ。
入り口の奥の方に向かってぐるっと板張りのテラスが広がっており、おおありくいとアルミラージが追いかけっこをしているのが見える。
「うわっ、すごいや。思ったよりちゃんとしてるね!」
ダイが目を丸くしている。
「そうだろう?皆で頑張って作った甲斐があったよ──でもぼくの類まれなセンスが最後はものを言ったわけなんだけどね──」
チウは得意そうに目を細める。
「さぁどうぞどうぞ!」
先を歩くチウが入り口で手招きをした。
ダイはテラスと一体になっている玄関ポーチへの階段を登ると、入り口の庇を支える柱の一部を見てあっと声をあげた。
「チウ、これって……」
「おっ、気づいたかい?」
それは丸くプレート状に整えられた木面に浮き彫りされた、笑顔のゴメちゃんを模ったレリーフだった。
いかにも手彫り、という雰囲気の素朴なデザインだが、その表面はピカピカに磨かれている。
よく見ると頭の上に「2」の数字も掘ってある。
ダイはレリーフをそっと撫でながら、過ぎ去りし時に思いを馳せた。
ダイの頭の中に様々な出来事が浮かんでは消えていく。
バーンパレスから見た夕焼け。
掌の中に降り注ぐ黄金色の煌めき。
初めて聞いた優しい声。
そして、初めて出会った時の森の木漏れ日──
鮮明に思い出せるものもあれば、忘れかけてしまっている記憶もある。
あれだけの事があったにも関わらず、不思議と思い出される風景は穏やかな瞬間ばかりだった。
そして否が応でも直面する、ゴメはもう此処にはいないのだ、という事実──
ダイは不意に胸がきゅっと苦しくなった。
物想いに耽っている様子のダイを見て、チウは遠い目をして言った。
「ゴメちゃんが帰ってきた時に目印になるようにね。彼はずっとぼく達の仲間だからさ」
「うん──」
「こうして──ゴメちゃんを忘れずにいてくれて、おれ嬉しいよ」
「ふふっ。忘れるわけないだろう!?自慢の隊員だよ?」
ダイが少ししんみりした調子で言うと、チウが人懐っこい笑顔で答えた。
ログハウスはドアを開けるとすぐメインホールで、天井までの吹き抜けになっている。
そのホールをぐるりと取り囲むように各部屋が配置されているものらしい。
壁に島の地図のようなものが貼ってある。
その中央に大きな樫でできた一枚板のテーブルがあり、隅の席にヒムが座っていた。
こちらを見つけると彼は片手を上げて言った。
「よう!良いとこだろ?」
「ほんとに……これみんなヒムさん達が作ったんですか?」
ノヴァが天井を見上げながら言った。
「まぁな──こいつらもなかなかいい働きをしてくれたんだぜ」
ヒムがそう言うと、屋根裏や柱の向こうから隠れていたモンスター達が顔を出した。
ノヴァはもう慣れたもので、少しも怯む事なくモンスター達に笑顔を返している。
「そういえばクロコダインは?確か一緒だったよね」
ダイがキョロキョロしながら言うと、ヒムがやれやれ、という顔をした。
「あいつはパプニカにいるんだ」
「えっ?なんで?」
「兵士の指導をしてくれ──とか言われて、あいつたまに城に呼ばれるんだよ。半分はバダックや他の兵士達と酒盛りするのが楽しみで行ってるみたいだけどな」
「へえ仲良いんだね!」
「人間は良いもんだぞ、とか言ってよ……全く、元・魔王軍とは思えねえよな」
「でもなんかクロコダインさんらしいですね」
ノヴァの言葉に皆黙って頷いた。
「それでは──ぼくが各部屋を案内しよう!皆ついてきたまえ!」
隊長のあとをゾロゾロとついていくダイと目が合いヒムが笑っていると、チウの声が聞こえてきた。
「ヒムちゃん!君も行くぞ!」
「ハイハイ、隊長さん」
めんどくさそうに立ち上がるヒムの口の端がニッと上がっている──