「はっ──?」
ベラの放った想定外の回答に、レオナは呆気に取られた様子で訊き返した。
「──えっ、それどういう事──?」
病室に気まずい沈黙が流れる。
続いてレオナは、取り乱す事なく落ち着いた口調でダイを問いただした。
「ねえ、ダイ君?この子とそんな約束した?」
「えっ……いや……そういうわけじゃ……」
ダイは蚊の鳴くような声量で答えた。
レオナはまだ何か言いたそうに眉を顰めている。
ダイとレオナの視界からそそくさと逃げてきたクロコダインは巨大な手で口元を隠しポップに耳打ちをした。
(おい、ポップ。オレにはよく分からんが──こいつはいわゆる──『修羅場』というやつなのか……?)
ポップは真剣な表情で答えた。
(なんて言うか……おっさん……おれたちは──とにかくこの問題にはノータッチだ──)
アバンはたまに咳払いをしながら、所在なさげにあちこちに視線を彷徨わせている。
しばらくレオナの視線はベラとダイを交互に行き来していたが、ふっと一息つくと彼女はきっぱりとした口調で言った。
「ダイ君。この子の言う事なんか聞く必要ないわよ?」
「う……うん……」
「バーンといいヴェルザーといい……なんで魔界の人ってこんな感じなのかしらね。なんか、自分の事しか考えてないっていうか──」
クロコダインが抗議の意味を込めて咳払いをひとつしたが、レオナは気が付いていないようだ。
会話が途切れたのを見計らってアバンが嗜めるように言う。
「──まあ、その話はまた追々するとして、とりあえずこれからの事を考えましょうか。あまりのんびりしている余裕は無さそうですから」
一堂は黙って頷いた。
一方、デルムリン島──
居間でお茶を啜っていたチウとヒムは小さな異変に気付いた。
微かに部屋が揺れているのだ。
ふたりは振り子のように揺れる天井のランプを見つめて言った。
「最近地震が多いねえ……」
「もし、火山が噴火したらこの家はどうなるんだろうな……」
「その時はその時だよ、ヒムちゃん──自然というやつには逆らえないからねえ……」
ふたりがそんな話をしていると、ドンドンと何かがぶつかる音が聞こえてきた。
「んっ?今何か聞こえなかったか?」
ヒムがキョロキョロと辺りを見回した。
チウはじっと耳を澄ましている。
確かに断続的に何かがぶつかっているような音がしているようだ。
「どうやら外みてえだな。俺、見に行ってくるわ」
「うん。頼んだよ」
そう言うと、チウは懐からノートを取り出し何やらメモをし始めた。
書いているのは島のモンスター達のレポートである。
チウは月に一度、島を周りモンスター達の様子をチェックしていた。
体調を崩していたり、怪我をしているモンスターがいれば、このログハウスまで連れてきてブラスと共に看病をするのだ。
その他、モンスター同士がつがいになった際の出産や子育ての支援、島に危険な場所がないかの調査、そして災害時の避難経路の確認と整備等も重要な仕事である。
これまではブラスがこれらを一手に引き受けていたが、彼が高齢な事もあり、チウ達が手伝える仕事については分担する事になったのだ。
自分は決して食事をたかりに行っている訳ではない──会議の合間に、たまたまブラスさんが食事を出してくれるだけ──というのがチウの弁である──
「おいチウ!大変だ!」
突然ヒムの怒声が聞こえてきた。
チウは立ち上がると、どすどすと大股で玄関に向かいドアを開けた。
外は少し曇っていて肌寒い。
「お──い!!こっちだ!!」
間髪入れずヒムの声が聞こえてくる。
チウはやれやれ、といった顔で玄関ポーチを歩き、ログハウスの裏庭のテラスに向かった。
ヒムはテラスの端にしゃがみこんでいた。
「どうしたのかなヒムちゃん。血相を変えちゃってさ──」
ヒムが向いている方を見ると、1匹のドラキーがログハウスの外壁にガンガンと頭をぶつけている。
どこかで見た顔だ。
確か「ドラきち」と呼ばれていたような──
しかし、何か違和感がある。
その違和感の正体はすぐにわかった。
──羽が4枚ある。
左右に1枚ずつあるはずのドラキーの羽が裏と表でそれぞれもう一組あるのだ。
「ヒムちゃん、羽が……」
チウが言うと、ヒムは青ざめた顔で答えた。
「──それだけじゃねえ。こっちに来てみな」
不思議に思いながらヒムの方に行き、反対側からドラキーを覗き込んだ。
次の瞬間、チウはあっと声をあげそうになった。
顔の裏側に、もうひとつ顔がある。
「これは……」
チウは目の前の光景が信じられず、何度も目を擦った。
もう1匹は「ラッキー」と呼ばれているドラキーだった。
2匹のドラキーはチウの記憶によれば、ある時期からつがいになっており、いつも仲睦まじく行動していた。
先日、デルムリン島に帰ってきたダイを出迎えたのもこの2匹だったと聞いている──
その2匹が表裏でくっついてしまっているのだ。
そのせいで、どう動いて良いのかわからず真っ直ぐ飛べなくなり、この建物の壁にぶつかったまま移動出来なくなってしまったのだろう。
「おい。こりゃどういう事だ?」
ヒムは表情を失ったままチウに訊いた。
「ぼくに聞かれても……一体これは……」
状況を掴めないふたりは目を泳がせたまま、一向に進まない問答を繰り返した。
不意に誰かが近づいてくる気配がして、チウとヒムはぱっと顔をあげた。
そこにいたのは、若い男だった。
くっきりとした目鼻立ちの──
ハンサム──と言って良いだろう。
筋骨隆々とした体格をしており、首に太い珠数のようなネックレスをしている。
彼はドラキーを見て彼はぼそっと呟いた。
「さっきの……あーあ……やっぱり失敗だったか。悪い事をしちゃったな──」
男はすぐ傍にいるふたりに気付いた。
向こうもこちらを見ている事に気付くと、彼は腰の低い感じで近づいてきた。
「おっと、失礼。僕はブラフマと言います。魔界──と言って分かりますかね。そこから来たんですけど──実は、人を探しているんです」
「──ダイ君、って知ってますか──?」
チウとヒムが無言でその顔を見つめていると、男はきまり悪そうに頭を掻いて言った。
「あの──何かお気を悪くしてしまっていたら、申し訳ありません。そんな人、知りませんよね……」
「──そうじゃねえ──」
「はっ──?」
彼の顔に動揺の色が見える。
「そうじゃねえ。その前だ── おめえ、さっき何て言った?」
立ち上がったヒムの拳がぶるぶると震えている。