壁の隙間から流れ込んできた赤黒い溶岩は部屋の1/3ほどを埋め尽くして止まった。
軟体動物の様にも、焼け爛れた巨大な獣の屍の様にも見えるその物体の所々から、燃え出しそうに明るい橙色の光が漏れている。
「うっ……」
ものすごい熱気と吹き上がるガスにクロコダインが後ずさるのを見て、アバンが叫んだ。
「ここは危険です……また地震が来るかもしれませんし、一旦退き返しましょう!」
その時、動きを止めていた溶岩が再び動き出した。
のろのろと壁伝いに移動し、まるでアバン達を取り囲もうとしているように見える。
何処からともなくくぐもった低い声が聞こえてきた。
「オマエタチ──ユカセヌ……オマエタチ……ココデ……シヌ──!」
「むっ……!」
皆が天井を見回し、声の主を探した。
しかし、それらしい者の姿は見えない。
アバン達はいつの間にか溶岩が来た道を塞ぐように背後に回り込んでいる事に気づいた。
「……ココデナ!!」
溶岩の中から真っ赤に燃える巨大な手が伸びた。
続いて、岩同士が擦れる音がし、灼熱の中からこちらを睨みつけるような恐ろしい顔が現れた。
「……!!!」
クロコダインとラーハルトは飛び出し、同時に溶岩の魔人に向けて武器を振り下ろした。
しかし、攻撃は弾かれてしまい、ほとんどダメージを与えられない。
魔人は素早く手を伸ばすと攻撃直後のクロコダインを掴んだ。
「ぐあああああああああああ!!」
燃え上がる灼熱の手に掴まれ、悶え苦しむクロコダイン──
焼けた体から白い煙が上がっている。
「大地斬!!!」
アバンがすかさず走り込み、魔人の手を斬り落とすと、クロコダインは地面に投げ出された。
ラーハルトが天井ギリギリまでジャンプをし、落下のスピードを加えて技を繰り出した。
「ハーケンディストール!!」
衝撃波が溶岩魔人の中心を捉えた。
「やった!」
倒れているクロコダインにベホマをかけながらレオナが歓声を上げた。
しかし、真っ二つに分かれたはずの魔人の体は徐々に溶岩と共に中心に移動し元に戻ってしまった。
アバンが切り落とした腕もいつの間にか元通りになっている。
「くっ……剣が効かないというのか……?」
クロコダインは苦々しい顔で言った。
不意に魔人の顔の下に割れ目が現れた。
そして何かを吸い込むような動きをすると、広範囲に燃え盛る火炎を吐きだした。
猛烈な熱風と炎がアバン達を襲う。
ラーハルトは咄嗟に皆の前に出て、武器を構えると、鎧の魔槍を回転させ、真空の盾を作り炎を防いだ。
すると、いきなりこれまで様子を見ていたベラが後ろから飛び出した。
「危ないわよ!!」
レオナの言葉を無視してベラは上空に浮き上がった。
魔人は彼女を追うように上方に角度を付けて再び炎を吐き出したが、ベラが翼をはためかせると、炎は左右に散ってしまった。
その隙を狙い、この勇敢な竜族の娘は上空から急角度で魔人の正面に飛び込んで行った。
そして、掴もうとしてくる魔人の手の間を擦り抜けると、ベラは空中に留まったまま近距離から呪文を唱えた。
「ヒャダルコ!!!」
前方に向けられた両の掌から猛烈な吹雪と氷が吹き荒れる。
溶岩魔人はたちまち凍りつき、ただの灰色の石の塊になってしまった。
それと同時に周りを取り囲んでいた溶岩もいつの間にか消えている。
ベラは汗を拭くと皆の前に進み出た。
皆が感嘆の声をあげる中、ラーハルトだけが不服そうな顔をしてそっぽを向いていた。
「私は、ほとんどの属性の攻撃呪文が使えます──今の敵はヒャド系以外の呪文はあまり効果がなかったでしょう。バギ系あたりなら僅かに効いたかも知れませんが──どちらにしろ打撃中心の戦い方では苦戦を強いられたはずです──」
「ふん──お前も少しは役に立つようだ。認めてやってもいい」
ラーハルトがこちらを見ずに言うのを聞いて、ベラはふふっと微笑んだ。
「しかし、今のもブラフマが仕掛けた罠だったのかもしれませんね──」
アバンの言葉にレオナが頷いた。
「──私たちがここに来る事を予測していたのかもしれないわね」
「おーい!みんな!」
後ろからダイの声が聞こえてきた。
「さっきすごい地震があったけど大丈夫だった?」
「──まあ……結果オーライというやつですね」
アバンはベラとラーハルトをそれぞれ、ちらりと見てから言った。
「なんかこの部屋、形がずいぶん変わったね……あれ?あそこにあんなのあったっけ?」
ダイが指差した先──
最初に溶岩が流れ込んできた祭壇部分の岩壁が崩れ、奥に隠されていた部屋が顕になっている。