衝撃が頭のてっぺんから足先まで駆け巡る。
次から次へと声にならない嗚咽が喉から漏れ、気がつくとダイは足をもつれさせながらこの悪魔に飛びかかっていた。
繰り出された青白い竜闘気に包まれた拳は正確に標的を捉え、大岩のようなおおさそりの顔面にめり込んだ。
そのままダイは拳を力任せに振り抜いた。
「おおおおおおお!!!!!」
一瞬の閃光──
気がつくと、めちゃくちゃに潰れた悪魔の顔面が取れかけのささくれのようにぶらぶらと揺れていた。
もがき苦しむ悪魔は巨大なハサミをめちゃくちゃに振り回した。
ダイはそれらをひらりとかわし、素手で片方のハサミを掴むと思い切り力を入れ関節の根本から捻り切った。
その様子をベラは呆気に取られたように見ている──
動きの鈍くなってきたさそりの尻尾にしがみつくと、ダイは足を踏ん張り尻尾をむしり取った。
そして、ダイは返り血を浴びるのも気にせず背甲の隙間に両手を入れると、焼き立ての朝食のパンでもむしるように真ん中からバリバリと引き裂いた。
相手はしばらくびくびくと動いていたが、やがてぴくりともしなくなった。
拳に浮かんだ紋章が薄くなってきた頃、息を切らしているダイにベラが話しかけてきた。
「ダイ様──戦わないって言ったのに──!」
ダイは少し苛立った様子で言い返した。
「──今……そんなこと──」
ちらりとベラの方を見たダイは目を丸くした。
ある──
ベラの右手の手首は、なんとそこにしっかりとくっついていた。
ダイは何が起きたのかわからず、頭の中で想像を巡らせた。
幻惑呪文(マヌーサ)か?いつの間にかけられていたのだろうか。
いや、呪文なんかかけられてはいない──
それとも何かの見間違い?いや、そんなはずはない。
確かにベラの口からも「私の血」という言葉を聞いたはずだ。
状況が掴めないダイにベラは手首をぐりぐりと回しながら言った。
「──すいません。私、このくらいならすぐ再生出来るんですよ」
「再生って?どういうこと──?」
「完全では無いですが、私も不死の血を持っているので──ヴェルザーの娘なのでこの位は──」
ダイはそれを聞くとフラフラとよろけて地面に尻もちをついた。
「……」
「私がやられたと思って怒ってくれたんですよね──嬉しかったです」
何か言いたいけれど言葉が見つからず、ただただうなだれるダイの肩をベラはポン、と両手で叩くと、元気な声で言った。
「さぁ。行きましょう!向こうは向こうで大変そうですから── 今度は指示を出してくださいね」
「……うん──」
何事もなかったかのようにベラはダイの手を引いてずんずんと歩いていく。
ダイはベラにされるがままヨロヨロと後ろをついていった──
戦線にたどり着くと、三体のモンスターのうちの一体は既に倒されており、残ったじごくのはさみとサンドマスターに戦士ふたりが苦戦していた。
ふたりに気付いたクロコダインが必死の形相で言った。
「おお!無事だったようだな!お前らどこにいた?」
「遅れてごめんよ」
ダイはモンスター達を一瞥すると叫んだ。
「みんな!先にそのカニみたいなやつを倒そう!」
すぐさまラーハルトが言った。
「──しかし……ダイ様──あいつ攻撃が通らず……」
「大丈夫!ベラ、ラリホーって使えた?」
「はい!」
ベラはすぐに呪文を繰り出し、じごくのはさみを眠らせてしまった。
おおっ、と感嘆の声を出しているクロコダインにダイが訊いた。
「その斧ってバギみたいなの出せたよね?」
「……ああ!効くのか……?」
「多分ね。ああいうカニみたいな甲羅で覆われたモンスターって細かいキズがたくさんつくと案外脆いんだ!」
ダイはデルムリン島で竜巻が発生した時、ガニラス達が慌てて真っ先に避難していた事を思い出していた。
「よし、わかった。唸れ!!真空の斧!!」
鼻ちょうちん?のようにも見える泡を吐きながら眠っているじごくのはさみを真空の刃が襲う。
スクルトで相当守備力が上がっているため、大幅に体力を削れはしなかったが、ダイの読み通り、表面に細かいキズが無数に付いている。
「ラーハルト!狙いをじごくのはさみに絞って!ハーケンディストールでもいいし、それ以外の技でもいいよ!」
「はい!ダイ様!」
すると、砂に潜っていたサンドマスターが砂を吐き出しながら近づいてきた。
こいつも呪文の影響で相当に守備力が上がっているはずだ。
「ベラ!なるべくこっちに引き寄せてからヒャド系呪文をかけて!カニのやつにも一緒に当てたいんだ!」
「はい!わかりました!」
サンドマスターの攻撃をかわしながら誘き寄せると、ベラは手を伸ばした。
「マヒャド!!」
敵全体を氷と吹雪が襲う。
サンドマスターとじごくのはさみが凍ってしまった。
「今だ!ラーハルト!」
ラーハルトは大きくジャンプし、真上から衝撃波を放った。
「ハーケンディスト─ル!!」
ヒビの入った甲羅に会心の一撃を喰らったじごくのはさみは鈍い音を立てて真っ二つになった。
それを確認するとダイはベラ達に叫んだ。
「任せたよ!」
獣王は我が意を得たりと頷くと、サンドマスターに素早く近づき渾身の力で武器を振り下ろした。
魔物の群れが一掃されると、クロコダインはダイの肩を叩いて言った。
「──ダイ……さすがだな。モンスターに対しての見立てでお前の右に出るものはいない──そして指示も的確だ。やはりお前にはリーダーの素質がある」
ラーハルトも不甲斐なさそうに首を垂れた。
「ダイ様──不意を突かれてこのざまです──ダイ様の指示がなかったら戦いはいたずらに長引いていたでしょう──」
「ダイ様。もう戦わなくても大丈夫そうですね?」
ベラの言葉にダイは首を振った。
「ありがとう──おれ、もう大丈夫だよ。これで良いのかよく分からないけど──お陰でなんか吹っ切れたと思う」
「そうですか──じゃあ、良かった……」
そういうと、ベラは何かに気付いたように付け足した。
「ダイ様──自分の中だけでこっそり感情を処理したり、相手に気を遣って自分の気持ちを押し殺したりしないでも良いんですよ──ダイ様が自分らしくいられることがいちばん大事な事なんですから」
「うん──ちょっと難しいけど、おれはおれらしく、っていうのは何となくわかるよ。きっとそれって、みんなもそうだよね──」
皆が黙って頷いた。
「おれ──弱い時もあるけど、よろしくね」
ダイが照れくさそうに言うと、ベラはダイの手をぎゅっと握った。