ブラフマが呪文を唱え始めると、アシュラの体が淡い光に包まれた。
銅色にくすんでいた肉体が徐々に生気を取り戻していく。
皆が期待と微かな不安をもってその様子を見守っていたその時──
「ねえ──」
「──ん?ダイか?」
どこからともなく聞こえてきた声にクロコダインが反応した。
「いや──おれ何も言ってないよ──」
「じゃあ一体誰が──?」
「……君には失望したよ──」
──不意にベラの表情が強張った。
一心不乱に呪文を唱え続けているブラフマも心なしか顔を顰めているように見える──
異変に気付いたダイ達は視線を空に漂わせた。
しかし、どこにもその主はいない。
こちらの困惑をよそに、変声期の子供のようにも聞こえる、その少しかすれた妙に危なっかしい声が再び虚空にこだました。
「──ずっと見てたけど、恥ずかしくないの?自分が勝てないと見るや、突然身の上話を始めてさ──散々相手のことを煽っておいて今度は命乞い?」
「──お前は誰だ──?」
きっと鋭い表情に変わったダイが問いかけると、声の主は穏やかな調子で答えた。
「その声はダイ君かな──あの変な筒を持ってきてるとは想定外だったよ。さすが侮れないね。でもそれにしてもブラフマを味方につけるとはね──やはり勇者だからかな、弱い者の心を惹きつける何かがあるのかもね。ぼくも弱い者の気持ちは分かるつもりなんだけど──ああ、ごめん。申し遅れたね──ぼくはビシュヌ。ベラから聞いてるかな?」
(──こいつが、この声の主がビシュヌだと言うのか……)
ラーハルトが眉間に皺を寄せた。
「ベラ──聞いているかい?」
しかしベラの返事はない──
「ブラフマ。君の役目は2つ。ぼくが与えた進化の秘宝の力でヴェルザー達に打撃を与える事、もうひとつは魔界まで誘い込んでからダイ君を始末する事だったよね。君は喜んで協力すると言った──それなのに今、彼は剣さえ抜いていない──なぜだかわかるかい?君は役目を忘れて、自分の強さをひけらかす事に夢中になってしまったんだ。だから、目的を果たすために計算して行動が出来なかった。違うかい?竜達を皆殺しにしようとした上におまけにベラまで傷つけて──そのせいで彼女はダイ君に助けを求めに行ってしまった。ぼくが今どんな気持ちか分かるかい?そもそもはダイ君をおびき寄せるためにあの何とかって島で騒ぎを起こすだけで良かったんだ──これはぼくが君に与えたアイディアだったよね。挙句の果てに涙を流してまたやり直したい──だなんて……」
呪文を唱えていたブラフマの腕がぷるぷると震えている。
「ぼくは君の話を聞いた時、君と仲良くなれると思っていたんだよ。ぼくにも弱さがあるから。それなのに、君はぼくの信頼を裏切った。もうこれで確定したよ。力を得ても君は何も変わっていない。君みたいな弱いやつを信じたぼくがバカだったんだろうね。多分弱いやつにも2種類あるんだよ。自分の弱さを打ち消すために自分のするべき事を見つけられる者と、自分が弱い事を正当化して、自分自身のままで助かればいい、と考える者だね。君はずっと後者のままだったって事だ」
ビシュヌがそう言うとブラフマの周りにフワリと極彩色のベールのようなものが現れた。
それは、魔界の空と同じ色をしていた。