モンスターハンターRebellion   作:ガルバディス

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メルティア調査記録3「冠酔鳥バコチャック」

これはとある研究員が経験した体験を本人から聞いた情報に基づいて書き出したものである。

 

研究員の朝は早い。

日が昇る前に目を覚まし、まだ動きが鈍く発見しやすい研究対象を探しに向かうからだ。ここは山岳地帯、寒冷とまではいかないが朝は息が白ばむ程の冷え込みとなる。私が目を覚ますために外の井戸から引き上げた水はキンキンに冷えていた「ええい、ままよ!」覚悟を決めて顔を洗う。寒さで動かなくなった顔を固まらせながら暖かい部屋に戻り、調査道具を片端からバックの中に詰めていく。ザイル、雨具、地図とコンパス、ナイフ、簡易トイレ、閃光弾、携帯食料、飲料水、あぁ研究ノートも入れなくては。毎朝繰り返す一連の作業をしながら思う「あぁ、何故こんな所に来てしまったのか」と。私はほんの数ヶ月前までハンターズギルドに研究員として就職したが、配属された先がこれだ。山岳地帯の辺境地。いや、辺境であればまだ良い。ここはメルティア国内で独立し、政府と対立するギリテノン王国との国境地帯。既に命の危機を感じるが、さらに悪いのが勤務環境。生活インフラはほぼ皆無、食料も月に一度届く支給品の中からやりくりしなければならないのだ。在籍する研究員も私一人、周囲に人家も無いため一人で歌唱大会するにはこれ以上に事足りる場所はそう無いだろう。

 

まぁ、愚痴を言っていても始まらない、仕事をしなければ。こんな所に送ってきたギルドが私に下した仕事はバコチャックという鳥竜種の行動調査である。

 

【挿絵表示】

 

現在、バコチャックは禁猟種とされているが、上の人達はこの竜が溜め込む植物のアルコール発酵液をお酒として新たな資金源にしようと考えているようだ。要は最低限の資金でハンターが効率良く狩って安定確保出来るように情報収集を行えということだろう、買い叩かれたものだ。

 

私は荷物を詰め終わるとそのバックを背負ってドアを勢い良く開ける。バコチャックは日が昇るまで動かないのは別の調査で分かっている。幸い、まだ空には満点の星空が輝いており、地平線にも太陽の明かりは見えない。良い頃合いだ。まだ動きたくないと言う体を奮起させ、事前に場所をチェックした巣穴へと私は足を向かわせた。

山岳地帯ともあって空気が薄い、高低差が激しい地形に身体中の酸素が奪われて早くも私は息切れを起こした。しかし、ここはまだ巣穴への道中の半分にすら満たない距離である。登っている最中、時折吐き気すら催すことがある。数ヶ月ここにいるが未だに慣れない高山病である。とは言え、そこらに吐いてしまえば匂いにモンスターが寄ってくるとも考えられるため、こういう時は簡易トイレにぶちまけてしまうのが一番だ。ここに来た当初は体力が、貴重な食料が、と考えていたが最近ではもはや道中での小休憩の時間となっており、ある種雑念を捨て去った悟りの境地にいるかの如き気持ちにすらなっていた。「何か人間として大切なものを失ってる気がするなぁ…」そんな言葉をポロッと零しつつもほんの少しの飲み水と共に喉の奥へと流し込み、私は再び足を進めるのであった。

 

そうこうしている内に目的地の一つに辿り着いたため、私は気配を消して巣穴が見える位置に陣取った。空はようやく山際が明るくなってきた頃であり、まだ暗がりに掘られた巣穴の中までは確認ができずにいる。もしかしたらここにはいないかもしれない、そうなればまた別の所まで歩かなければ…そんな一抹の不安はすぐに払拭されることとなった。山際から漏れる陽光の薄明かりが巣穴からゆっくりと顔を出した何かを映し出したのだ。体高は3m程だろうか、奇鳥竜という分類群特有のシルエットに頭部には一際目立つ飾り甲殻、間違いない、成熟したオスのバコチャックだ。まだ目覚めた直後らしく喉元をホロロロと鳴らしながら羽の手入れを始めたので私はその状況を研究ノートに書き記していく。暫くすると眩しい陽の光が私達のいた場所にも差し込み、先程までボヤけていた姿が明瞭に見えるようになった。その深緑の翼は朝露に濡れて、翠玉と見まごう程に輝き、王冠とも称される飾り甲殻は朝日を受けて金色に輝いている。それは翼を大きく広げると太陽を讃え、山嶺に息づく全ての生き物に告げるかの如く山々に向かって咆哮した。朝が来たのだと。

 

バコチャックは羽の手入れを終えると辺りをキョロキョロと確認し始める。マズい、バレたか?そう見えたかと思うと私がいる方向と真逆にのっそのっそと歩き始める、縄張りの周回だ。私は急いで荷物をまとめ、物陰に隠れながら風向きに注意してその後をつけていく。

一定距離を保ちながら十数分経った頃、バコチャックは足を巨大な岩の前で止めた。私が咄嗟に近くの段差に身を隠すと岩の上に登り、座り込んで何やらモゾモゾとしている。マーキングだ。バコチャックはこの様に目立つ物を見つけると糞を擦り着けて同種に縄張りであることを主張するのだ。こういったマーキングに使われた物は白く変色することから「神が洗った場所」と一般人からは呼ばれることもあるが、その神が洗う場面を見てしまった私は幸運と呼ぶべきなのだろうか。そう自嘲気味に考えているとバコチャックは鼻息を荒げながら岩の上から降り、体を掻き毟って羽毛を落としていた。どうやら別の個体がマーキングを上書きしていたことに腹を立てたのだろう、糞だけでは飽き足らず羽毛で自身の縄張りであるという主張を強めているのだ。しかし、バコチャックは臆病で戦闘を避ける傾向にあるモンスター。以前呼んだ資料にもそう記載されていたが、この様子からすると同種に対しては縄張り意識が強いのかもしれない。そんな可能性を研究ノートに書き記していると遠方から

 

クェェェェェェ…

 

と何かが甲高い声で鳴く声が響いた。それに気付いたバコチャックは先程よりもまた一層鼻息を荒らげると、私がいる方向に顔を向けた。その際にうっかり私はそれと目を合わせてしまった。

マズい!

こちらに向かって走り寄って来る。今度こそバレてしまった!私はその場でうつ伏せとなり手で急所である首を押さえた。息が止まる、心臓が激しく脈動する音と振動が体に伝わる、それもそのはず、いくら中型モンスターと言えど人間を殺傷する力なぞいくらでも持ち合わせているからだ。走ってくる足音が近付いてくる。「神様、仏様どうか過ぎ去ってくれますように!!」先程神と称した存在が襲ってくるのに神頼みでそれを避けようとするというカオスな状況に脂汗をダラダラと垂らしながらその時を待つ。足音が振動に変わり、私のすぐそこまでついに迫ったか。そう感じた次の瞬間、バコチャックは段差を飛び越え、山の斜面を砂煙を上げながら駆け下りて行った。

死線を超えた私は一瞬ポカンとしたが、すぐに正気へと戻り、研究対象を見失ってしまうと研究ノートをバックに入れるのも忘れて袋の口を閉めると斜面を滑り降りていく。しかし、そう急いだのが仇となった。バコチャックの上げた砂煙が目に入った私は体勢を崩し、そのまま転がり落ちてしまったのだ。足を使って防ごうにも転がるスピードがあまりに速く、もはやどうすることも出来ない状況だった。今日に入って2度目の死に瀕する場面に混乱する私を待っていたのは

 

フワっ…

 

体が浮く感覚。まるで夢の最中、高い所から落ちる直前で目覚めるあの感覚。しかしこれは夢ではない、私が転がり落ちるまま行き着いた先は切り立った崖だったのだ。

あぁ、これは助からない。私、こんな辺境の地で転落死って親にも伝達されるのかな

首を、体を、吹き抜けていく風を感じながら目を閉じる。そしてとうとう落下した衝撃が全身を襲ったのだった・・・

 

 

あれ、そこまで痛くない?いや、これは死んでるから痛みも無いのだ、そうに違いない!そう言えば私は天国に行くのだろうか地獄に行くのだろうか。そんな考えを頭に巡らせていると

ギャアギャア!!

耳障りな音が頭に響く。あぁ地獄か、こんな鳴き声の天使が居るはずがない。はたまた地獄で口を開けて亡者を待つ怪物か。

ギャア!!ギャア!!

耳障りな音が続く、そして感じる違和感。体に痛みは無いが、何かに引っかかっている感覚があるのだ。もしかして、助かったのか?これは現実の鳥の鳴き声なのか!?徐々に体を動かせることに気付いた私は目を開ける。すると目の前に待っていたのは天使でも悪魔でもなく・・・

 

ギャア

 

先程まで私が追っていた神のご尊顔だった。

 

正直、ぎゃあと言いたいのはこっちだったが辺りを目だけ動かして状況確認をすると、私が崖から転落したのは確かだが下に生えていた巨大な多肉植物がクッションとなって助かったようだった。ただ問題なのは、私のクッションになったこの多肉植物はバコチャックの大好物であるということだ。要は私が縄張りを荒らしたと認識されたということになる。

 

私が苦笑いするとようやく自分の立場を理解したかと言う様に荒い鼻息を掛ける。本日3度目の死線。相手は怒髪天の怒り心頭、顔を真っ赤に…いや、顔は元々赤いか。そんな心を読まれたのか、翼を広げ今にも私に襲いかかろうとしたその時。

クェェェェェェ!!

私達の背後に緑と金色の影がけたたましい咆哮を上げながら陣取っていた。別のバコチャックである。よく見ると私を襲おうとした個体は飾り甲殻に大きな傷を持っており、明らかに私が調査していた個体でないことから、縄張りに侵入した侵入者のようで後から来たこの個体こそ私が追っていた縄張りの主であった。捨てる神あれば拾う神ありとは正にこのこと。侵入者はその姿を見るなり低く鳴きながら縄張りの主と相対した。双方全身の羽と翼を大きく広げる威嚇体勢をとり時計周りに回りながら距離を保つ。その間、私は動くことも出来ずただそれを眺めることしか出来なかった。

先に仕掛けたのは侵入者。威嚇姿勢のまま主に飛び寄り、蹴りを入れた。地上を走るモンスターの蹴りである、まともに食らえば転倒は免れないが縄張りの主は横にステップをとり、すんでのところでそれを回避する。そして反撃と言わんばかりに蹴りでバランスを崩した侵入者に全身を使ったタックルがお見舞いされた。吹き飛ばされたその体は一転、二転して近くの岩壁に叩き付けられると、その衝撃で発生した落石で辺りに土煙を立たせた。侵入者は砂塵の中再び立ち上がると、グォッグオッと喉から音を鳴らすと胸部にある女性の胸当てにも似た器官を膨らませ、ボコンボコンと威嚇音を鳴らした。それに呼応するように縄張りの主も膨らませて同様に鳴らし始める。二頭は頭を高くしてジリジリと距離を詰めて行き、刹那、大地を蹴り上げて巨体同士がぶつかり合う。その衝撃は鈍い音を出して周囲の砂塵を一瞬打ち消したかのようであった。しかし、再び両雄がぶつかるとその戦いを秘匿するかの如く私達の周囲を包み込んだ。バチンバチンと体、首を激しくぶつけながらお互いがお互いの弱点を狙おうと蹴りや首のなぎ払いが炸裂する。後はお互いのスタミナ勝負となる。そして、一瞬の隙を突いた縄張りの主が侵入者の頭に飾り甲殻を直撃させた。鈍く、巨大なもの同士が衝突する音と侵入者の吐き出した血が周囲に飛び散る。体をぐらりと傾けたそれに主は見逃さんと腹に強烈な蹴りを直撃させた。勝負ありだ。

 

侵入者は悔しげにこちらを睨みながらおずおずと尻尾を…いや、尾羽を巻いて逃げ去って行く。縄張りの主はそれを見届けながらグッグッと威嚇音を出していたが相手が去ったのを見終わるとこちらに向かってのそりのそりと近付いて来る。あ、今度こそ終わったと今日に入ってもはや何度目か数えすらしなかった覚悟を決めていると、主はこちらを気にせず多肉植物を食べ始めたのだ。

私に気付いていない?いやそれは無い、ここまで近付いても大丈夫ということは普段人間を襲うことは無いのか?そんな情報どの書物にも載ってすらいなかったが今私の目の前にあるのは現実だ。それは勝利の晩餐を終えると何事も無かったかのように私の目の前から去って行き、いつしか山際の影へと消えてしまった。

 

こんな情報を書き損じる訳にはいかない!私は急いでバックに手をやると・・・

ぬちゃり

転落した衝撃で吐瀉物を入れた簡易トイレが壊れてしまっており、中に詰め込んでいた機材の全てが汚れてしまっていた。それだけではない、確認したが研究ノートがどこにも無いのだ。そこで私はハッとした。そうだ、バコチャックを追いかける時に置いてきてしまったんだ!研究ノートは私の仕事が評価される指標であり、それが無ければ給与の一つも出ないのだ。

まだ、日は傾いていない。急げ!!私は転がり落ちた際に打ち付けられた体を動かして崖上への道を探しに歩き出す。そして思った。

 

「あぁ、何故こんな所に来てしまったのか」と

 

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