暖かな朝日が顔にそっと掛かり、私は目を覚ます。鳥の囀り、虫の歌声、皆のおはようが私のモーニングコールだった。
「おはよう、よく眠れた?」母はお気に入りの赤いストールをいじりながら朝食を並べてにこやかに尋ねる。
「おはよう、今日は午後から狩りの練習をする日だぞ。よく食べておきなさい。」
父は既に朝食を食べ始めているようで水を飲みながらこちらを見守っていた。私は寝床から飛び起きると食卓に向かって走り込んだ。
「いただきます!!」
今朝の朝ごはんは乾燥豆をすり潰して練って焼いた豆パンに昨日捕らえた動物のスープだ。
私はいち早く外に出たいという思いから豆パンをスープと水で喉の奥に流し込むと、「ご馳走さま」も言わず、いの一番に外へと飛び出した。
既に太陽はさんさんと輝く時間となっており、土づくりの家屋が黄金色に照り返す。
他の家の人も洗濯物を干す等の家事を始めており、私は時折そんな人々にぶつかりながら間を通り抜け、村外れにある関所に辿り着いた。
この村は何故か外周を柵で囲われており、村外に出るにはこの関所を通る必要があった。
そして外出するにはここに常駐するメルティア人と言う人達に通行許可証を見せる必要があるため、子供や用の無い人間は通ることが出来ない仕組みとなっている。
しかし、私はここの秘密の突破口を既に見つけていた。
それは柵の抜け穴である。外周の柵は関所の外壁にまできっちり設置されているものの、風雨による侵食で柵と外壁との間に子供ならギリギリ出られる大きさの隙間ができていたのだ。
しかもその場所は人家の裏に隠れてあるため関所や村の人達からも目がつかないという完璧なルートだった。
私は周囲に誰もいないことを確認すると自由な村の外へと飛び出した。
今日はどこに行こうか、谷に行こうか、平原に行こうか、いいや、今日は森に行こう!
私は暖かな日差しと吹き抜ける風と共に平原を駆け抜ける。
私の目の前にアプトノスの群れがたむろしているが構うものか!
草むらを分けて私は群れの間を縫うように走り抜けるとアプトノスもそれに呼応したのか驚いたのか同様にバタバタと走り始める。
私はこうやってモンスター達と走り抜け、新しい世界を見るのが何よりの楽しみだった。
そうこうしてると巨大な岸壁と鬱蒼とした木々が私を出迎えた、目的地の森へと到着したのだ。
ここは周辺の乾燥した草原とは違い、岸壁が防砂壁の役割を果たしているため植生が大きく違く、私のお気に入りの場所であった。今日も食べれる草の実を詰んでいる時の事。
グゴアアアアア!!
凄まじい轟音が森中に響いたかと思うと、ズシン、ズシンと地響きが鳴り始めた。
大型モンスターだ!
私は咄嗟に草むらへと身を伏せ、周囲を確認する。地響きの主はベキベキと草木を折って進んでいるようで、森が右に左にと大きく揺れ動いていた。そして森の中から現れた主の姿は見上げる程の体躯を有する黄土色の立派な嘴を携えた巨大な鳥竜種であった。
それはとても白く美しい羽毛を生やしているものの、何かに襲われたのか傷から出た血で所々赤く染まっている。
その足音は力強いものの、既に瀕死のようで足並みはヨレヨレと覚束ずそしてついに…
バタリ…
その竜はその場に倒れ込んでしまった。
弱々しくも息を吸っているが、もはや短い命であることは誰が見ても明らかだった。
それを見た私は可哀想だと哀れみ、草むらからそっと出ると竜の前に位置どった。
竜は私の存在に気が付くと、起き上がろうと体をビクンとうねらせたが、抵抗する力も残ってなかったようだ。
やがてその頭も体も地面にペタリとつけたため、私はその周りをグルグルと周りながら外傷の様子等を確認する。
幸い傷は思ったより深くなかったため、体力の低下による衰弱が予想された。
私は少しでも栄養にと持っていた草の実をその竜の喉に投げ入れると、傷に効く薬草を探しに辺りを駆けずり回った。
崖の上や見つけにくい場所等を小一時間程巡り、ようやく両手いっぱいの薬草を入手したので、近くに落ちていた石ですり潰して傷口に塗りこんだ。
一先ずの応急処置はこれでヨシ、これでダメならそれまでだとその日は竜をこの状態のまま放置して村へと戻った。
次の日
私は昨日と同じように村外へ出ると、一直線に森へと向かった。
あの竜、生きているといいなと淡い期待を抱きながら森の草木をかき分けて昨日の開けた場所まで着くとそこには、昨日と同じ姿勢のまま動かない竜の姿があった。
ダメだったか…
そう思った時だった、なんとその竜は首をヒョイと上げるとこちらを見て「何だお前か」と言わんばかりに鼻息をフゴッと立てると再び横になったのだ。
それを見た私は大喜びで周りを飛び跳ねたり、羽毛をワシャワシャとすることでその竜に喜びを表した。
しかし多少回復したはいいがこの体勢のままにしていればいずれ餓死してしまうと考えた私は餌を取ってこようと考えたが、昨日のように小さい草の実を与えた所でたかが知れている。
そこで至った結論が、小型モンスターを捕まえるということだった。それならば善は急げと私は平たい石を探し出すと、それを岩に叩き付けて即席ナイフを作り、平原へと飛び出した。
身を潜めながら草むらを進んでいると、いつぞや見かけたアプトノスの群れと再び遭遇した。
どうやら草を食べながら休憩をとっているようだった。
狩りのやり方は心得ている。
なにしろ私たちは狩猟と採集によって生計を立てている民族だからだ。
幼い時からモンスターの襲い方についてもしっかり頭に叩き入れられていた。
まず、群れ全体の様子を見ながら狙う獲物を絞る。
今回の場合は足が遅く、狙いやすい子供をターゲットに定め、私は地面に手を着けてクラウチングスタートの構えをとった。
そして、風向きが獲物側に変わる前にその獲物に向かって武器をとって一直線に走り込む。
群れの何匹かが逃げろとけたたましく咆哮し、1匹、また1匹と土煙を上げながら逃げ惑う。
群れは一つの巨大な生物かの如く統率をとって走り出した。
ターゲットが群れの中に逃げようとした場合には左右に群れを移動させて目標を群れから引き離す。
群れの右と左の横手へと交互に位置取り、撹乱を行うとターゲットの子供がほんの一瞬群れから外れた。
その刹那を私は見逃さなかった、加速した私の体躯はアプトノスの頭に突っ込む形でしがみつき、石のナイフを首元に突き刺した。
こうすることで体のバランスを崩し、転倒させるのを狙うと同時に相手の出血死や血による痕跡を残すことができる訳だ。
思惑通り私よりも大きなその体は突っ込んだ勢いに任せて横倒れとなり、立ち上がろうとジタバタともがいている。
私はその上から馬乗りになり「ごめんね…」と首にナイフを深々と刺してトドメを刺した。
戦果を引きずりながら私が森へと戻ると竜は肉の匂いに誘われたか、這いずって元いた場所から少し移動して来ていた。
そんなに食べたかったのかと私はその目の前にアプトノスを置くと森の中にある池に狩猟の際に被った血を落としに向かった。
よくこの池には小型モンスターがやって来て占領することもあるのだが、幸い今日は何も来ていない。
どうやらあの竜が他のモンスターの忌避剤となっているようだった。
私は心置きなく水浴びと洗濯をすることができたが、そんな中あの竜のことについて色々と考えを巡らせていた。
「そう言えばあの竜は何故傷付いていたのだろう?」私の父曰く鳥竜種は基本的に群れで行動することを好むと。
しかし、あの竜は単独で行動していた。
何かをして群れから追い出されたのだろうか?もしかして、悪いことでもしたのだろうか?と。
私達は狩猟採集を行う民族としてかねてより伝わっている話がある。
それは母から聞いた昔話「その昔人とモンスターと等しく神であった。しかし、モンスター側の神の一人が悪行を行ったためそれ以降悪いことをしたモンスターは私達が討ち果たさなければならない。それが狩る者ハンターとしての務めである。」と。
この話は私達が最も守るべき村の定めでもあった。
私は水浴びを終えると戻りながらそんなことを思い出しつつ竜をどうするか考えていた。
しかし、元の位置に戻るとその竜は私が捕まえた獲物をあんなにも美味しそうに食べてくれているではないか、それにこんなにも傷付いた者を討ち果たすなんて…私にはとても…できない…と私はこの子を匿うという産まれて初めての罪を犯してしまった。
罪悪感はあった、しかし私が護ったこの罪はあまりに白く、どうしようもなく愛らしいものであった。
それから私はこの竜に村の言葉で悪者を意味するガズワーンと名付け、毎日手厚く看病を行った。
そうしてガズワーンの傷ももうすぐ完治するかという数ヶ月程が過ぎたある日、私が目を覚ますと家の戸がドンドンドンと激しくノックされた。
父が不審そうに出るとそこには関所に居るはずのメルティア人達の姿があった。
しかし、その格好は武具を身につけ物々しい風貌となっている。
「ここに不法外出を行った子供がいるとの報告を受けた。直ちに貴様等の子供を空け渡せ!」
開口一番にそんな要求をしてきたため父と母はなんの事かと、驚きながら丁重に追い返そうとするとメルティア人の一人が父の腹に持っていた槍の柄で父の体を突き飛ばした。
父の着けていた装飾品のガラスがパリンと音を立てながら割れ、周囲に緊張感が走る。
「邪魔だてするなら貴様等も同罪として処罰する。連れて行け!」そうメルティア人の一人が命令すると同じ様に武装したメルティア人が家の中にゾロゾロと入ってくる。
そして私を見るなり
「こいつだ!」「小さくても油断するな!」
と口々に声を上げ私を押さえつけるようにして縄で拘束した。
私は連れていかれる最中も助けを求めて声を上げ、母はぐったりとする父を心配しつつも私を助けようと抑えるメルティア人を掻き分けようと必死になっていた。
しかし、そんな抵抗も虚しく我が家の風景がドンドン遠くへと離れていき、私はメルティア人達が管理する関所内の牢獄へと入れられた。
私を入れると満足したのか「そこでじっとしていろ」と命令し、メルティア人達はどこかへと姿を眩ませた。
暗い、痛い、寂しい、そんな感情に押し殺されそうになりながら寂れた牢獄の中で半日程蹲った頃だろうか、静かなはずの牢獄に外から騒がしい音が聞こえてくるようになった。
母達が助けに来てくれたのか、と思ったがどうやらそうではない。
外から聞こえて来たのは激しい何かの怒号と何か金属に近い物がぶつかり合う音であった。そしてよくよく聞くとその音は私がよく聞き慣れたあの声、
「ガズワーンだ!」
私は思わず声を出した。
きっとあの竜がいつもの時間に現れなかった私に痺れを切らして匂いで私を追って助けに来たのだと直感した。
助かった、ここから出られる、そう思ったが様子がおかしい。
普段なら村に近付いたモンスターは関所のメルティア人達が対処しているのだが、あまりに戦闘している音が多すぎる……まさか。
その予感は的中した、先程の音に加えてパチパチと何かが激しく燃える音まで聴こえてくるようになった。
そう、ガズワーンが村の中にまで入って来てしまい村全体が戦場となっているのだと安易に想像がついた。
そしてその戦火はついに私のいる関所内部にまで侵入してきたのだ。
無論私は捕まって以降縛られたままであるためどうすることもできなかったため、大声で
「誰か助けて!」
と無我夢中に叫んだ。
しかし、その声は炎と戦闘音によって無慈悲に掻き消され、火の周りはとうとう牢獄の目の前にまで至りボウボウと音を立てながら辺り一面は火の海状態となった。
もう無理だ、助からない…
そう思ったその時
「イリア、どこだ!無事か!」
炎を潜って父が飛び込んで来てくれたのだ。
それを見た私は最後の力を振り絞って「ここだよ!助けて!」と助けを求めると父はこちらを見つけ、近くにあった金属器で牢の檻をへし曲げると私を抱き抱えて外へと飛び出した。
よく見ると父は全身に酷い火傷を負っていたが、外に出るや否や私を縛っていた縄を切って解いてくれたのだった。
そして怪我が無いのを確認すると何も言わず私を抱きしめた。
そして10秒程抱きしめた後私と面と向かい
「お母さんも今村周探し回ってくれてる。この村はギバノノノドに襲われてもう直すのは無理だからお母さんが見つかり次第この村を出るぞ、良いな?」
と落ち着き払った声と顔で私にそう話した。
まだ頭の整理が完全についていない状況であったが、父の後ろを見渡すと私は更に混乱することとなった。
そこにはかつて太陽の光を受けて黄金色に輝いていた家々は戦火で赤赤とし、そこかしこに血溜まりのできた見る影も無い村の姿だった。
私が言葉を失っていると父は見るなと手で目を塞いだ、そして私を背におぶると戦火の中を駆け抜けて行く。
過ぎ去っていく光景に目を背けながら私は父の背中に捕まっていると突然ピタッと父は足を止めた。
何事かと思うとそこに現れたのは見上げるほどの巨体、あんなにも白かったのに赤黒く染まった羽毛、ボタボタと血が垂れる嘴を携えたガズワーンの姿だった。
「ガズ…ワーン?」
私は変わり果てたその姿に呆然としていると父は私を遠くに投げ飛ばし、ナイフを持ってガズワーンと相対した。
そして、
「逃げろイリア!!お前だけでも!!」
と絶叫し、喉袋にナイフを突き刺した。
グゴアァァァァァ!!
私が聴いたことも無いような獣の鳴き声を上げながらガズワーンは体を仰け反らせ、怒りと憎しみの表情で父を睨みつける。
一人と一匹は距離を取ると攻撃の隙を見計らって間合いをジリジリと詰めている。
このままではどちらかが死んでしまうと直感した私はガズワーンの尻尾に捕まると
「どっちも止めて!私は…どっちにも死んで欲しくない!!お父さん、ガズワーンは村から連れ出すよ、だから武器をしまって!ガズワーン、元の場所に帰ろう、また会いに行くから…だから!」
と双方に懇願した。
つかの間の静寂が訪れ、戦火の音のみが響く。
ガズワーンが先程から体勢を変えたため私の気持ちが届いたかと思った次の瞬間。
ヒュンッ
尻尾を掴んでいた私の視界は何故か村を見下ろす状態となっていた。
そう、私はガズワーンの尻尾で上空にまで飛ばされていたのだ。
「イリア!!」
父の声にハッとした時には手遅れだった。
次に訪れた落下する感覚に為す術なく、崩れかけた家へと叩き付けられた私は痛みと衝撃によって意識を失ってしまった。
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いつまで眠っていたのだろうか、激しい戦火が顔に掛かり、私は目を覚ます。鳥の怒号、虫の断末魔、皆の助けてが私のモーニングコールだった。
私は打ち付けた腹を押さえながら瓦礫をどける。
辺りを見回すと立ち並んでいた家は跡形すら残っておらず、外周の柵は火が燃え移り、激しく炎を上げながらボロボロと崩れていた。
喉を焼く熱気と何かを焼いた臭いが嫌でも体に入り込んでくる。
お父さんは、お母さんは無事なのだろうか、私は地獄と化した村の中をトボトボと彷徨い歩いた。
その最中遠くから届く悲鳴、断末魔に耳や目、口を塞いだが炎と煙はその最中も私の体力を容赦なく奪い、蝕み続けていたため、もはやその体は死を待つだけであった。
そしてついに…
バタリ…
私はその場に倒れ込んでしまった。
全身が痛い、体が焼ける、足ももう動かない。
私は死ぬのか?どうして…どうしてこんな事に。
私が悪いことをしたから…?
いくら考えを巡らせても徐々に白ばむ視界と失う意識に全てが消えかけた時、視界の端から何かが近付いて来る。
お母さん?お父さん?
それは手を差し伸べると私を抱っこする体勢で抱きかかえた。私の意識が再び明瞭に戻り、目を覚ます。
「お母さん!!お父さん!!」
しかし私を抱きかかえていた者のその顔は母でも父でもなく、関所に駐在していたメルティア人の一人であった。
その人は私を抱き抱えると安堵の表情を浮かべ
「良かった、まだ無事な子がいたか!」
と喋った。
その言葉に私の体の緊張が解ける。あぁ、助かった。
きっとお父さんとお母さんも無事だと、そう思い
「ねぇ、お父さんとお母さんはどこにいるの?」
と質問する。
それが間違いだった。
メルティア人はその言葉を聞くと酷く顔を歪ませ汚物を見るような目で私を睨むと
「知らねーよ!どうせお前が餌付けしてたギバノノノドで皆死んじまったよ」
と声を荒らげた。
信じられなかった、信じたくなかったが、告げられたあまりにも悲惨な現実は既に眼前の光景が証明しており信じる他無かった。
私は何から悲しんでいいかも分からず今まで泣くことを我慢していた瞳からボロボロと涙が溢れてきた。
そんな私を意に介さずメルティア人はこう続けた。
「ま、こうして村は終わっちまったけど五体満足な売り捌ける奴を捕獲できて本当に良かったよ。」
その言葉を理解するのに私はまだあまりに幼く、状況が把握出来なかったのか混乱していたのか
「え…何で……どういう…」
と嗚咽混じりに問うことしかできなかった。
「どういうって…そりゃあお前達サルバトイドは高く売れるけど禁猟種だからだよ。昔はよく狩ってたが今はこうやって偶然生き残りを捕まえるぐらいじゃないといけないからな。」
サルバトイド?禁猟種?高く売れる?一体どういうことかと疑問と恐怖で混乱する私を他所にメルティア人はポケットからナイフを取り出すと私の顔に近付けた。
殺される…そう直感した私は持てる限りの力と焼けた喉から掠れる絶叫を出して抵抗した。
しかし、大人と瀕死の子供とではその力量は圧倒的なものであった。メルティア人は抱っこの体勢を解くと、地面に押さえつけて
「殺しはしねぇ、ただ今の内に髪を全部切っておかないと完品だって他の奴にバレるだろうが。」と囁く。
今にでもナイフが顔に当たるかと思ったその瞬間、メルティア人の体が遥か向こうの瓦礫にまで吹き飛ばされたのだ。
「私の子供に…その汚い手を出すなぁ!!」
涙と戦火でボヤけていた視界に写った姿、それは夢にまで見た母の姿であった。
しかし、その体はフラフラで赤黒く血に塗れており、右腕を失っていた。
母はシューシューと威嚇する様に息を吐いていたがメルティア人が既に事切れていることを確認すると地面に押さえつけられていた私を片腕で抱きしめて
「よく生きてたね、辛かったね…」
と優しく声を掛けた。
私はついに再会できたことへの感動と嬉しさから抱きしめ返し、その場でわんわんと泣き出してしまった。
もうこの時には村に響いていた絶叫、断末魔は途絶えており、私が犯した罪の足音のみが晩鐘の如く響いていた。
そしてその足跡はゆっくりと私達のいる方へと近付いている。
母は私を抱くのを止めて向き直らせると
「イリア…お母さんはね、もう逃げられないの。だから、これから言う言葉をよく覚えておいて」と語り始めた。
ズシン…ズシン…
戦火と黒煙の中から私が皆を殺した罪が顔を覗かせる。
それは白かった体毛を黒ずませ、悪魔と見紛う様なニヤリという表情を見せた。
「お父さんもね、もういないの。皆もね、もういないの。」
ズシン…ズシン…
私を食らおうと炎を裂いて罪が迫る。その口元は既に村人の血肉によって、どす黒く染まっている。
「でも、貴方は一人じゃないわ。この世はね、生きている限り誰かしら一緒に歩んでくれる人がいるのよ。」
家の跡、かつてここに生きた人々、この地で生まれた記憶、その全てを踏みにじっても飽き足らぬ欲望を満たそうと罪がにじり寄る。
「だから、貴方はここから逃げてもっと広い世界を見てきなさい。辛いこともある、悲しいこともある、けど…そこにきっと貴方と共に歩んでくれる人がきっといるからッ!!」
戦火を逆光についに黒い罪の影が私達の眼前に立ち塞がった。
口からは酸で溶けた煙か、高い体温による水蒸気か白い湯気を立ち登らせている。
「最後にこれを渡すね、寂しくなったらこれを見て私の言葉を思い出してね。」
母はそう言うと父が付けていた装飾品と母が巻いていた赤色のストールを震える私の手に手渡した。
罪が口を開ける。次に瞬きが終わる頃には母ともう会えなくなる。そう直感した私は、別れるのは嫌だと抱きつこうとした。しかし、母はそんな私を突き放してにこやかに笑うと
「それじゃあね、イリア。またここに帰ってくる時はそんな人達と一緒に来てね…」
その刹那母は黒い影に頭から噛み砕かれた。
ボタボタと垂れる血は火の光を受けて赤赤と輝いており、星色であった母の髪はみるみる真逆の色へと染まっていった。
それを見届けた私は残った力を振り絞って走り出す。
嗚咽と黒煙に何度も吐きかけそうになるが構うものか、母が繋いでくれた命を無駄にしてなるものかと瓦礫による傷か同族の死骸によるものか血塗れとなった足を、恐怖に震え今にも止まりそうな足に無理を言わせて全力で村外へと向かわせて走った。
背後では「ご馳走さま」と言うかの如くあの罪が咆哮する。
焼ける、焼ける、焼ける、知り合いが、家族が、家が、全て焼け落ちるのを背景に、私は燃え盛るかつて村を囲っていた柵から飛び出した。
そこで私が見たものは…
「早く積めるだけ、積め!急がないと血の臭いでギバノノノドが追ってくるぞ!!」
「しかし、死んでるとは言え禁猟種をこんなに持ち帰って良いんですかね?」
「馬鹿、元々他国に対して生物保護をしているという主張をする名目上生かしてやってたんだぞ?元より詳細に管理なんてしてねぇよ!ギャハハハ」
「それもそうですね!貰えるだけ貰っておかないと損ですね!ギャハハハ」
嬉々として私達の死骸を荷車に乗せるメルティア人の姿だった。私は幼かったため何を言ってるかは理解できなかったが、これだけは分かってしまった「コイツらは生きててはならない」と。
とは言え、今の私に勝てるだけの力は無いと先程の件で実感していた私は近くの物陰に息を潜め、様子を伺った。
暫くすると死体を乗せ終えたようで荷車を走らせ始めたので私はこれに乗って遠くに逃げようと考え、死骸を乗せている部分に走り寄り飛び乗った。
血に濡れることに慣れてしまった私はバレないようにまだ生暖かく鉄臭い同族の死骸を被る。
「さようなら…行ってきます」
燃える故郷と黒い影を瞳に焼き付けながら私は終わりの無い旅へと旅立ったのだった。