「ハンター?」
「そうだ、ハンターだ。」
その男はそう言うと部屋の奥へと向かった。
ガチャガチャと金属音を鳴らしながらも、あったあったと何か大きな塊を持ち出して来た。
「それは?」
「これは太刀と言ってな、俺はこれでモンスターを狩るハンターを生業としている。」
男は机の上にどデカい太刀を乗せると
「そう言えばまだ名を名乗ってなかったな。俺の名はリュウだ、よろしく。」
と握手してくれとでも言うかのように手を伸ばしてきた。
私は少々名乗ろうか迷った末、
「イ…イリア、イリア・サルバーニャ。よろしくお願いします…」
と挨拶をして手を握った。
リュウというその男は握ってくれると思っていなかったようで少し顔を良くしながら強く握り返した。
そして、また先程のように太刀をしまっていた部屋の奥まで行くと今度は大人用の物より一回り小さく、頭頂には耳と思しき形をした突起がついた金属製の兜を取り出してきた。
「これは?」
「ん?あぁ、昔俺の相棒が使ってた頭用装備なんだがな、お前の大きさに合いそうなのはこれぐらいしか無かったんだ。」
「そ、そうじゃなくて…何で今取り出して来たの?」
リュウは不思議そうな顔をしながら首を傾げる
「何でって…そりゃあハンターになる為の訓練する為だよ。」
そう言うとその兜を私の頭に被せた。
金属製ということもあり、見た目に反してかなりの重量があった。
その上顔を傾けたらすぐに曲がってしまいそうな程ブカブカで心もとない印象を受けた。
私は兜を被りながら
「私はまだハンターになるだなんて言ってない!!」
と喚き立てたが、男はハイハイと気にしない様で今度はマントの様な物を取り付けた。
「お前なぁ、サルバトイドが外に出たらどんな扱いを受けるか…」
「知ってる!!」
「そうか!なら尚更ここでハンターとして匿って貰った方がお前にとって好都合だろ。」
私はその言葉を受けて兜越しに怪訝な顔をしてリュウを睨みつけた。
「お前、バイザー越しでも睨んでるってことだけは分かってるからな?まぁ疑う気持ちは分かるが。」
そう言いながら自身も装備を手際良く着込んでいくリュウ。
着終わるとこちらに目線を合わせるようにしゃがみこんだ。
「俺達狩人はな、こういう時は結果で示すってもんさ。1週間でいい、そこまでの間に1度でもお前さんが俺を信用にたる人物ではないと思ったら何も言わずここを出ていくと良い。」
私の肩に手を置き、そう言う彼の目はそれに説得力を持たせるだけの真剣さと力強さが宿っていた。
そして私はもう一度、もう一度だけ人を、メルティア人を信じてみたいと思い、兜のバイザー部分を持ち上げて目を合わせる。
「わかった…でも、何か変だと思ったらすぐにでも逃げるから!」
「あぁ、よろしく頼む。」
リュウはそう言葉を交わすと家の入口へと向かって行き、私もそれに追従する形で後を追って行った。
外に出ると眩しい太陽の光と先程見えた石造りの城塞都市が私を出迎えた。
初めて見る光景に呆気にとられていると少し離れた所から「こっちだ。」とリュウが手招きをして呼んでいる。
見るとアプトノスに屋根付きの荷車を付けた竜車に乗って移動するとのことで、私が乗り込むと既に彼が先に席へと腰掛けて待っていた。
「そう言えば竜車に乗るのは初めてか?」
「いや、村から出る時に一度乗ったけど…」
「そうか。おい、出してくれ。」
そんな他愛も無い話をしつつ荷車は出発すると城塞の壁側へと移動していく。
「ここはメルンギルって言ってな、この国1番の大都市なんだ。ここのハンターズギルドまで来れば国のあちこちの事について知れるからお前が俺の所から離れたとしてもその事は覚えておけよ?」
リュウは非常にお喋りな性格なようで私が聞かずともペラペラとこの場所、国の事について話してくれた。
そうして話しているとアプトノスの手綱を握る運転手も話に加わってきた。
「旦那様、その子が昨晩スラムから連れ帰った子ですかい?」
「そうなんだよ。あぁ、イリアには説明してなかったな、こいつはワゴラ。俺が召使いとして雇っている爺さんだ。」
リュウはそう言うと操縦席が見えるように屋根の布を捲った。
そこには白い髭をもじゃもじゃと生やしたいかにもという姿をした老人がこちらを見ながら会釈してきた。
それに返すように急いで私も会釈し返すと上機嫌になったようで膝をバシバシ叩きながら
「ハッハッハ!旦那様がスラムで子供拾うなんて言うから何事かと思ってましたが、これはこれは…礼儀正しい良い弟子を拾いましたなぁ!!」
とリュウの事をはやし立てた。
「まだハンターになるだなんて決まってねぇよ!まぁ、なってくれたら嬉しいけどな、ハッハッハ!」
正直お互いのお喋りでうるさい域に達しており、今すぐにでも竜車から降りてやろうかとも思った。
私は仕方ないので耳を塞ごうと兜を外しかけると
「外すなッ!!」
今まで見せたことも無いような剣幕でリュウが兜を押さえ付けた。
「何するんだよ、頭ぶつけたじゃん!」
半ば怒鳴るように言うと、指を立てて静かにというジェスチャーをとった。
「理由なら外を見てみろ、そっとな?」
「外?」
私は荷車の布を捲り、外を覗いてみる。
するとそこは、昨晩私が辿り着いたスラムの大通りだった。
「お前に兜を被せたのは顔を隠す為というのもあるが、髪が落ちないようにする意味もあるんだ。」
「…髪?」
そう言えばマイアおばさんも髪が高値で売れると言っていたのを思い出した。
「スラムの情報伝達速度を舐めない方が良い。特にお前のそれは目立つからな、落ちた瞬間にその情報がここにいる通りの奴ら全体に一瞬で広まるぞ。」
それも昨日の一件で嫌という程実感していた私は渋々元の席に戻って、続くリュウの言葉に耳を傾けた。
「ここは所謂首都に当たる都市だがな、こうして見れば分かるが壁の内と外とで貧富の差が恐ろしく激しい。それもこれも上の貴族様がめちゃくちゃな法令をだすからなんだがな。」
「貴族?」
聞きなれない単語に反応し、つい聞き返した。
「この国は5つの分派に分かれた貴族という特権階級を持った人達によって国政が成されているんだよ。今向かってるのは俺と面識があって良識ある貴族様の所だよ。」
思えば行き先を聞いていなかったがそんな所に向かうのかと少々動揺したがここまで来て今さら引き下がる事も出来なかった。
暫くすると城壁は遠くなり、スラムの街並みも点々とした都市の外へと辿り着く。
「もう外してもいいぞ」
リュウがそう合図したため兜を脱いで去り行く街を見送る。
私を撫でるように吹いた風は昨日より少し暖かく感じた。
竜車に揺られ半日程経った頃だろうか。
「旦那様、そろそろ一旦休憩をいれますぜ。」
その言葉を合図にバウとアプトノスが鳴いてゆっくりと停車した。
荷車から降りると私は仰天した。
「何だこの景色!こんな森初めて見た!!」
そこは山紫水明とも言うべき高い山々に霞か雲かが薄らと掛かる山岳地帯だったのだ。
目を輝かせる私を見て、荷車から降りてきたリュウは
「そうか、お前さん村から離れた事が無かったんだもんな。」
と少し悲しげな表情で声を掛ける。
その時の私にはどうしてリュウがそんな顔をするのかが分からなかった。
そこにワゴラがバケットに入ったパンと燻製肉と思しき塊をナイフと共に小脇に抱えて持ってくると
「ささ、お二人ともお腹も空いたでしょう。お昼はハムサンドですが夕方頃にはユナワ村に着きますからね。そうなればきっと豪勢な夕餉が出てきますから!」
そう言って手際よくパンと肉を切って手渡してくれた。
リュウはそれを受け取ると
「俺は少し周りを警戒しながら食うよ。ワゴラはイリアと話でもしててくれ。」
とハムサンドを持ったまま近くの森の中へと入っていった。
二人残されたこの場になんとも言えぬ微妙な空気が流れたので
「そう言えばおじさんも私がサルバトイドって知っても驚かないんだね?」
と、私は珍しく自分から話しかけてみた。
「驚かなかった…と言うと嘘にはなりますな。お嬢ちゃんも知ってるとは思うがサルバトイドはもう普通の人は見られない種族ですからなぁ。」
ワゴラは落ち着いたようにパンにかぶり付きながらそう答えた。
「まぁ旦那様のことです、きっと貴方に何かを感じて拾ったのでしょう。」
そんな応えを「ふーん」と聞き流していたが、先程感じた疑問を投げかけてみることにした。
「そう言えばさ、さっきあの人ね私が村の近く以外の場所を見たことが無いってのを知った時悲しそうな顔してたんだよ。あれは何で?」
そう聞くとワゴラは少し悩んだような顔をしてから
「これを喋ったのは旦那様には内緒ですぞ?」
と話し始めた。
「それはきっとあの方も昔は村の外へ出られなかったからでしょうな。旦那様は元々これから向かう先であるユナワの出身でしてな?ここは非常に掟に厳しい土地柄故、幼い時はあの村から出られず窮屈な思いをしていたとか。」
(あの時の表情の理由はこれか。)
私はてっきりあの男の一時の気の迷いか下心で私を匿っていたとばかり思っていたが、どうやらそうでもないようだ。
「それも旦那様が貴方を気に入った理由の一つでしょうな。」
「そっか…」
私は彼を疑ったことを悪いと思い、態度を改めようかと考えていた時だった。
「お前ら何話してんだよ?ほらイリア、ドスヘラクレスだぞ~!」
突如顔の間近に現れる虫の裏側に思わず、ヒっと声を上げてしまい背中から倒れ込んでしまった。
「あ、やべ…」
転んだ先で奴と視線が合った瞬間、私は今までしたことも無いような顔で睨みつけ
「前言撤回…お前は殺す……!」
と呟くとリュウの持っているドスヘラクレスを奪い取って背中に回り込むと飛び付いて羽交い締めの形をとった。
「悪かった!俺が悪かったって!!だからその手に持ったドスヘラクレスを顔面に貼りつけようと…てか力強ッ!!」
大の男が絶叫をあげ、それを見ながらワゴラはゲラゲラと大笑いをして地面を叩いていた。
「問答無用!」
その後暫くはリュウの顔面に六本の傷跡が新たについたのは言うまでもない。
「お前なぁ、いい加減機嫌直してくれよ…新しい物を見たら喜ぶかなって思ったんだよ。」
揺れる竜車に男と少女が1人ずつ、関係は険悪であった。
「村の近くにもドスヘラクレスはいたもん。」
「そりゃ悪かったな。」
私もリュウも釈然としない様子ではあったが、道を進むに連れて自然と元の空気へと戻っていった。
旅の道中に話している中で武器の扱いについての話も挙がった。
リュウは短刀を持ちながら
「いいか、イリア?人はそれぞれ適正のある武器が違う。俺の場合、動体視力が良いからいなす事が多い太刀を使っている。」
と講釈を垂れてきたので手に持っている短刀を奪い取って話題を逸らしてやろうとすると
「お前の場合、常人より小回りが効くしスピードも速い。今お前が奪って手に持ってる双剣や片手剣が良いだろうな!」
とみすみす私は陳腐な罠に引っかかったのを自覚してまたイラついてきた。
それに気付かないのか、はたまた気付いた上でやってるのか
「ほら、これが双剣のもう片方の剣だ。うん、こうして見るとお前も立派な狩人だな!」
と得意げな顔。
今から両手に持ってるこれでお前のマンハントでも披露してやろうか、と復讐心を燃やしていると
「キャアアァーーーーー!!!」
森の奥から甲高い悲鳴が私達の耳へと届いた。
「止めろ!」
「分かってますって!」
竜車の急停止による慣性の法則で体がぐらりと傾いた。
しかし、リュウは慣れた手つきで態勢を立て直すと持っていた太刀を腰へと挿して荷車から飛び降りる。
「お前達はここで待っていろ!」
そう言い残すと颯爽と森の中へと駆けて行った。
言いつけられたので待っていようとしたが、昨晩と同じあの感覚が私を襲った。
(まただ、またあの気持ち悪い感じが…)
助けを求める声に反応し、自身の意志とは関係無く咄嗟に動く気味の悪い反射行動。
それが発症してからどうにも気になってしまい、手に持っていた双剣を握り直す。
「私も行ってくる」
と同じように兜を被ってから荷車を飛び出すとリュウの後を追って行った。
「ちょっと!嬢ちゃんは待ってないとダメだよぉ!!」
と静止するワゴラの声も届かぬように私は森を駆け抜ける一陣の風となって木々を草むらを掻き分けて突き進んだ。
暫く進むと先に向かったリュウの走る姿を捉えた。
私は歩幅を合わせるように並走すると
「私も参加するから」
「はぁ!?何でお前来たんだよ。待ってろって言っただろ!」
「今はそんな事良いでしょ。方向はどっち?」
「11時の方向…つってもお前さんにゃ分からんか。少し左よりの正面だ!」
と問答を繰り返しながら二人は森を進んで行くと竹林へと差し掛かった。
そこで数匹の白い羽毛が生えた小型鳥竜に襲われている顔は布で隠しているものの身長から見て私と同じくらいの歳の少女がいた。
東国風の袖が長い着物を着ており、その袖を咥えられて今にも引きづられて行きそうな雰囲気だ。
「何でこんな所に女の子が…とは言え縄張りに迷い込んじまったみたいだな、初狩猟だがやれるかイリア?」
「多分いける」
「多分って…それならあの引きづってる2匹を頼んだぞ。俺は周りの取り巻きを相手する!」
そう言い放つとリュウは腰に携えた大太刀を抜刀し鳥竜達の群れへと斬りかかった。
その刀身は鈍く光を反射し、竹林の景色に溶け込むように薄く緑がかっていた。
キエェーーー!!
グオッグオッ!
一匹が斬られた事を皮切りに鳥竜達が警戒音を鳴らし、リュウの周囲を連携して取り囲んだ。
私はそれを横目に見ながら少女を連れ去ろうとする鳥竜へと距離を詰める。
「お願いします、助けて下さい…」
顔を布で隠していたため分からなかったが、泣きそうな声で懇願するその願いに体が反応した。
体が、脳が、細胞が瞬時に体の使い方を教えてくれたかのように加速した私は振り方も分からない双剣を構え、片方の鳥竜の喉元を捉えた。
通常であれば鳥竜のようなモンスター相手であれば硬い鱗を有するため切って離脱、切って離脱を繰り返す戦法が定石であった。
しかし、流れるようなその一撃は鱗を貫いて相手の首に深深と突き刺さりながら返る鮮血によって流星を描いた。
鳥竜は断末魔を上げる暇も与えられずに絶命へと至ったのだった。
何故そのような動きができたのか私にも分からなかったが、少女を咥えていたもう一匹はもっと状況を理解できなかったようで咥えるのも忘れ、呆然とした様子でこちらを見やる。
その瞬間を見逃さず、私はその少女の着物を掴んで起こすと
「離れた場所に逃げて」
と言い鳥竜との間に割って入った。
ようやく状況を理解できた相手は羽毛を逆立て、綺麗に整列した牙を見せて威嚇の態勢をとる。
私はさっきと同じように喉元を狙おうとしたが、先程のような加速が出来なかった。
「あれ…?」
その事に気付いた時には相手の尻尾による一撃が私の顔面を捉えていた。
ガキンッ
強い衝撃が頭を揺らし、視界がぐわりと歪んだ。
だが、今の一撃でスイッチが入ったように私の体に再び力が溢れ出し、踏ん張って態勢を直すと視界も元のように戻っ……
(視界…視界!?)
先程まで私の視界を遮ってた兜が無くなっている、今の衝撃で吹き飛ばされたのだ。
「え…?サルバトイド……?」
後ろに避難していた少女の声を聞いてしまった。
しまった、見られた。どうする?どうする?と迷いが心の中を支配する。
そんな中でも容赦なく鳥竜は追撃を仕掛け、すんでのところで私はそれを回避していた時だった
「イリア、気をしっかり持て!後のことは俺が何とかする。お前はひたすら前の奴に集中しろ!」
リュウのその言葉に私は心を持ち直した。
(そうだ、さっきの動きができないなら…)
あれ程の加速はできずとも私のスピードなら一匹の鳥竜相手に充分翻弄できる。
そう勘づいた私は地に敷かれた落ち葉をパリパリと軽い足取りで踏みながら一直線に距離を詰める。
鳥竜は待ってましたと言わんばかりに噛み付く動作をとったがそれこそが私の狙いだった。
(今だ!)
私はその瞬間に体を伏せて着ていたマントのみを噛ませた。
ギャウ!?
驚いた鳥竜はそんな鳴き声を上げたが、違和感に気付いた時には既に手遅れ、歯にしっかりと引っかかったマントはそう簡単には外れない。
「どうせバレてるんだ、マントももういらない!」
マントを持ったまま鳥竜の体を背にバク宙をして反対側の側面に回り込んだ私は力の限り引っ張った。
重心を崩した鳥竜が地面に叩きつけられ、ジタバタともがいて立ち上がろうと手足の爪で地面に跡を残す。
私は拘束しているマントを足で押さえつけると鱗の隙間から双剣の刃を差し込んでトドメを刺した。
私は初めて真剣を持って狩りをした事に動揺とも高揚とも言えぬ感情で過呼吸気味になっていたが、それを宥めるように
「お疲れ、初心者とは思えない良い戦いっぷりだったよ!」
と周りにいた鳥竜達を撃退してきたリュウが肩をポンポンと叩きながら励ましてきた。
深呼吸をして一旦呼吸を整えた私は彼と向き合い、すこし見栄を張って
「こんなのは村じゃあ普通だから…!」
と得意げに話していると先程襲われていた少女がこちらに歩み寄って来るのに気が付いた。
(そうだ、この子の事を忘れてた…)
私はすぐにマントと飛んで行った兜を着込むとリュウの後ろに隠れた。
そんな私に彼は「俺に任せろ」と言わんばかりにアイコンタクトを送ると間に入って話し始める。
「失礼、無事のようで何よりだ。お嬢さんはユナワの出身かな?もしそうならこれから送り届け…」
「そちらの方、サルバトイドですよね?」
少女はリュウの話を遮るように詰め寄った。
「あ~、、、その事についてなんだがな、ハンターが動くのには通常お金がとにかく掛かるのさ。”ただ”、今回助けたことへの報酬としてこの子の存在を秘匿してくれれば…」
「支払いついてのご心配は有難いのですが、今私が持ち合わせてるもので充分なお礼はお支払い出来ると思います。」
そう言うと懐より袋を取り出すとリュウの手に握らせた。
リュウが中の額を確認すると相当な大金だったようで焦って返金しようとするが、中々強情な少女でそれを拒否すると私の方に寄ってきた。
「私が興味があるのは貴方です。」
そう言いながら兜のバイザーから私の顔を覗こうとするので後ずさると、その子も同じ距離を詰め寄ってくる。
リュウを中心に覗く者と防ぐ者の攻防戦が暫く繰り広げられた後、その少女が兜を持って脱がそうとするので私は必死になって取られまいと押さえ付けた。
「さぁ、もう逃げられませんよ!観念しなさいな!」
「何なんだお前!なんか…他のメルティア人とは違った恐さが……あ」
リュウの呆れた様なため息が静寂の中に響いた。
先程のリュウが仕掛けた罠に掛かった時といい今といい私のそそっかしさには時々自己嫌悪してしまう。
「今メルティア人と仰いましたね!?」
顔は隠していたが、辛うじて見える口がニヤリと笑うのが見え、ゾッとした。
少女の脱がそうとする力がさらに強まったので私も一層力を込めた瞬間であった
「えい」
その子が突然手をパッと離したため私は思い切り兜の内天井で頭を打ってしまった。
「いったぁぁぁぁーーー!!」
断末魔にも近い絶叫が森の中に木霊し、私は思わず兜から手を離してしまった。
少女はそれを見逃さず物凄い勢いで私から兜を剥ぎ取った。
私の素顔をハッキリ見たと思われるその子は突然プルプルと震えだした。
「………サ」
あぁ、また同じような光景だ…昨日も一昨日も見た嫌な景色だ…
(次に言う言葉は分かってる、サルバトイドが何故ここに?でしょ?)
私は既に疲れたこのやり取りが少しでも早く終わって欲しいな、と心の中で覚悟を決めた。
「サルバトイドだーーーーーーー!!!」
そう叫ぶと少女は満面の笑みを浮かべながら私に抱き着いて頬をスリスリと寄せてきた。
完全にイレギュラー、予想外の行動だった。
「「え…えぇぇぇぇぇ!!!???」」
私とリュウも同じように困惑し、つい大声を上げてしまった。
「私、以前より文献でサルバトイドを知ってから一度で良いからお会いしてみたかったのです!」
少女は興奮しているようで顔を隠していた布が外れるのも忘れ鼻息を荒くしながら顔を近付けてきた。
見ると銀色の髪に透明感のある白い肌、緑色をした目を持ち、高そうな着物を身にまとった少女だった。
(か…顔が良い……)
そう思ったのも束の間
「星色の髪を生やすって本当なんですね!独自の神話があるって話も本当なんですか!?」
顔や髪をベタベタと触ってきながら質問攻めしてくるその子に困惑した私は思わずリュウに「助けて」という意味でのアイコンタクトを送った。
それを見たリュウは気まずそうに「頑張れ」と言わんばかりにウインクをすると
「あぁ~、、、それじゃあ俺は邪魔みたいだから先に戻ってるぞ。満足したら戻ってこいよ?」
そう言って軽く手を振るジェスチャーをしてそそくさと立ち去って行った。
(・・・あいつ……今度は身体中の穴という穴にドスヘラクレスの角を突っ込んでやるからな!!!!)
怒りに震える私に尚も少女はベタベタと触りながら親しげに質問してきた。
「ねぇねぇ、聞いてます?あ!そう言えば胸の間に棘があるっていうのは本当なのか確かめさせて頂けませんか?確かめますね!!」
そう言って服を脱がそうとまさぐり始めるというとんでもない行動を取り始めた。
「うわーーーーー!!!バカバカバカバカーーーーー!!!!!」
その後リュウから聞いた所によると聴いた事もないくらい大きなビンタ音が山に響いていたという。
ワゴラの元へと戻った私とリュウはその少女から事情を聞いてみることにした。
「先程はご無礼を働き大変失礼致しました。私、ユナワ村のアイナと申す者です、以後お見知りおきを。」
先程の一件を反省したのか、しおらしくなったアイナとかいう少女はしょんぼりとした顔をしていた。
(本当に反省して欲しい、マジで)
私は眉間にシワを寄せながらアイナを見た。
しかし、その名前を聞いた瞬間リュウとワゴラは驚いた顔をしていた。
「アイナ…って、まさかあんたがムラマサ商会の一人娘!?」
「やっぱりそうですよね旦那様!?」
また聞き慣れない単語が出てきた、ムラマサ商会?私はリュウに聞こうと手を上げようとするとそれを静止するように待ったのポーズをとった。
「分かってるぞ、イリア。ムラマサ商会が何かについてだろう?ムラマサ商会はな…」
「ムラマサ商会とは私のお父様が経営しているメルティア全土の物流施設、経路を管理、運営している会社ですわ。」
「・・・と、言うことだ。分かったかイリア?」
リュウは説明訳を取られたようで少し不満げにムスッとしていた。
いい大人が子供に嫉妬するなよとも思ったが、それは心の隅に置いて私は思っていたことを正直に切り出してみた。
「そんなご令嬢がなんでこんな森の中にいるのさ?」
それを聞いた瞬間にアイナの顔が少し曇ったことに三人は気が付き、それ以上はあまり言及はしなかった。
気まずい空気が流れる。
それを裂くように
「ま、まずはユナワに行ってから色々聞くとしようか!」
とリュウが話題を逸らしたのでワゴラもそれに合わせるように
「そ、そうですな!ここにいてもしょうがないですしなぁ。ささ、ユナワまであともう少しですぞ!」
と竜車の操縦席へと着き、出発の準備を整え始めた。
私はリュウが先に乗ったのを見て跡を追うように乗ろうとするとアイナが動かない事に気が付いた。
「え?乗らないの?」
私が声を掛けるとアイナは明らかにあたふたと慌てて
「え!?いや、私歩いて帰りたい気分ですのでお気になさらず出発なさって下さい!!」
とちぐはぐな返答を返してきた。
私はそれを見て即座に(あ、こいつ家に帰りたくないんだな?)と分かったので
「おーい!この子家に帰りたくないみたい、ここでこんな身分の高い子が自殺行為するのを止めなかったらおじさん達後で捕まっちゃうよ!!」
と先程の仕返しも含めて大声でそう言ってやった。
それを聞いたリュウは血相を変えて荷車から降りてくると作り笑いをしながら傍から見ても全力でアイナの腕を引っ張って
「アイナ嬢、ワガママはいけませんな!我々と一緒に帰りますよ。」
と必死の説得を始めた。
アイナはアイナで近くに生えている竹にもう片方の手で掴まると、こちらも作り笑いをしながら
「オホホホ、私は1人でも帰れますのでお気になさらず~…」
と反論した。
構図は完全に子供を連れ去ろうとする不審者だ。
お互いにいやいや、いやいやと1歩も引かない戦いを繰り広げていたので見かねた私はトドメを刺すことにした。
「そう言えばその子、さっき報酬として渡してたお金が多分全財産だよ。あれ渡してから動いても何も音しなくなったから。」
その言葉に両方がこちらをバッと振り向いた。
片方はよく言ってくれた!と言わんばかりの笑顔を、もう片方は何故それを言ったのです!?と言わんばかりの絶望した顔を見せた。
「アイナ嬢、全財産も無い中でどうやって生活するんですか!?一緒に戻りますよ!!」
「いーーやーーでーーすーー!!私は帰りませんからね!!」
アイナが両手で竹を掴むのでリュウは足を引っ張って人間綱引き状態と化していた。
私は内心さっきの仕返しができたとウキウキしてたが、アイナがこちらと目を合わせてきた。
そして、目が会った瞬間にニコッと微笑みかけてきたのだ。
(こいつ、絶対良くないこと考えてる!)
そう直感したが私が何かを言いかけるよりも先にアイナが口を開く。
「もしどうしても連れて行くというならユナワ村に着くまでの間、そこのサルバトイドの方を好きにして良いと約束して下さい!」
このクソバカお嬢様、とんでもないこと言い出したぞ。
まさかそんな要求を飲むだなんてことは……私はリュウがアイナを引っ張る手を止めたのに気付いた。
(おい、冗談だよね?)
リュウは申し訳なさそうな顔をしてこちらを見て、ワゴラも手を合わせて懇願するようなポーズをとっていた。
四面楚歌、八方塞がりとはこの事かと今まで生きてきた短い人生の中でも村を出てからは凄く実感する機会が多い、今日は特に。
「ハッハッハ!今日はとんだ災難だな嬢ちゃん!まぁ、いづれ慣れるさガハハ!!」
ワゴラが手を膝にバシバシと叩きながら竜車のアプトノスを操縦する。
「ハハハ、何にせよイリアを連れて来て良かったよ。良かったなイリア!お友達ができて。」
そう言いながらもリュウは顔がそっぽを向いて知らぬ存ぜぬといった姿勢をとっていた。
「貴方のお名前はイリアと仰るのですね?ではこれからはイリア様と及び致しますね!イリア様イリア様、同種は全て家族という価値観があるというのは本当なんですか!?ねぇねぇねぇねぇ。」
相変わらず距離感0でスキンシップをとってくるアイナ。
(うるさいのがまた増えたな…)
私はアイナに頬を引っ張られながらもはや無心で耐えていた、リュウの野郎の穴という穴にこの後ドスヘラクレスを突っ込んでやろうという闘志を除いて…
そんな状態が暫く続いていると日も山向こうへと隠れ夕暮れ時となった。
山は紫色に染まり、空は燃えるような茜色がとても美しく、私が荷車から身を乗り出してその景色を楽しんでいると視界の端、山あいの谷間に白い煙を上げながら煌々と明かりが灯る大きな人家郡が見えてきた。
「見えましたぜ、あれがユナワ村でさぁ!」
竜車は少し速度を上げて日が落ちるよりも早く村に着こうと奔走した。
森を駆け抜け、村の入口と思しき赤い門にまで竜車がたどり着くとアイナはいの一番に降りて門の前に立った。
村から逆光の如く輝く明かりがアイナの透き通るような髪に肌に反射し、少し赤みを帯びて誰も彼もが目を奪われるくらい美しかった。
「ようこそユナワ村へ、イリア様!この国を統べ、ユナワ村の村長でもある五大貴族、ムラマサ家の代表として歓迎致しますわ!」
蠱惑的な笑顔は私を捉えて離さない。