モンスターハンターRebellion   作:ガルバディス

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モンスターハンターRebellion第四話「侵食」

次の日の朝、私は日が昇り始めた頃に目を覚ました。

ボロボロなベッドで隣に眠るアイナを揺すって起こすと寝ぼけ眼な目を擦ってむくりと起き出した。

「・・・イリア様?どうしたのですか。」

「これから狩りに使う道具類を買いに行くぞ。」

「え、今からですか!?」

私の言葉に驚いて一気に目を覚ましたアイナを他所に外行きの支度を着々と整えていく。

ユナワの朝夕は冷え込む。私は昨日着ていたマントを羽織ると肌と密着するようにギュッと握った。

アイナもそれを見て掛け布団を手際良く畳むと、昨晩家から出ていく際に持ってきた服を次々に着込んでいく。

その服は木肌色と紺色に染められた竹模様の意匠が入れられており、彼女の雰囲気と非常に噛み合っていた。

「どうかされましたか?」

「いや、思ったより薄着なんだなーって思ってさ。」

見ればアイナの服装は上に着た和服以外はサラシを巻いているのみでとても防寒が出来ているとは思えなかった。

と言うより、何かの拍子ですぐにはだけてしまいそうだからもう1枚ぐらい上着を着てもらいたかった。

そんな心配とは裏腹に彼女は口を押さえて笑いながら

「フフフ、ユナワは元より冷えやすい気候ですからね。慣れっこですよ!でもここに雨が降るともっと冷え込みますからね、イリア様は注意して下さい。」

と答え、近くの机に置いてあった母のストールを首に巻いてくれた。

一通り支度が終わると、お金やアイテムポーチを持って宿を出た。

外は宿の中で想定していたよりも寒く、息が白ばむ程であった。

「さっむ……」

私の村でも冷え込むことはあったが、こうやって活動するのは初めての経験で思わず体をブルっと震わせる。

兜もキンキンに冷えていたため、触れた箇所から冷たさを通り越して痛みが伝わってきた。

一刻も早く用事を済ませて部屋に戻らなければ。

私はアイナに行くよ、と手招きをして市場までの道を進む。

市場は調理をする為に使われる火の煙や様々な物品の匂いで遠くであっても方向を見失うことは無かった。

「丁度やってる頃合だと思うんだけど…お、やってるやってる。」

昨晩ドスヘラクレスを買いに来た時、店主に朝市の存在と開催時間を聞かされていた事もあり、下準備は完璧。

アイナの手を取り、市場へと辿り着くとそこは既に何人もの人々が商品の搬入や品定めを始めていた。

そんな中を練り歩きながら暇つぶしがてらアイナにこんなことを聞いてみる。

「よしアイナ、狩りをするに当たってまず必要な物は何でしょう?」

「え…っと、、、砥石や回復薬ですか?」

「それも大事だけどまずは武器。今回の件、武器を支給してくれるか不明瞭だからな。」

そんなやり取りをしていると丁度店先に大きな剣や太刀を並べた物々しい様相の店が見えてきた。

武具屋だ。

「いらっしゃい…」

店の奥からは古ぼけた服を着て、額に傷跡の残る店主と思しき男が物憂げに声を掛けた。

店の中は店主が鎮座する支払い所に灯るランプ以外に光源は無く、鈍色に反射する武器の刃が不気味な雰囲気が漂わせていた。

昨日とは正反対にアイナはその雰囲気に押され、私の後ろに隠れると盾の様にして店の中へと進んだ。

「武器と防具を探してる。手頃な物はある?」

私が警戒してぶっきらぼうにそう尋ねると、店主は暫くこちらを眺めた後にゆっくり立ち上がると店の奥へと向かった。

私達はてっきり接客が面倒臭くなって奥へ行ったものだと思っていたら何やら大量に抱えて戻ってきた。

手に抱えられていたのは子供用と見受けられる防具の数々。それらを私達の横にあった机の上に乗せると気だるげに話し出した。

「うちにあるのはこれだけだ。丁度2人分、武器は大人用しか無ぇが好きな物選んでけ。」

そう言うとのそりのそりと支払い所へと戻って行く。

「案外ちゃんと接客してくださるんですね…」

「あ、あぁ…私も怒らせたんじゃないかと思ってた。」

私達は恐る恐る置かれた防具に手を掛ける。

闇に紛れたその装備は一見すると黒っぽい見た目であったが陽の光が届く所にまで持っていくと一気に鮮明な白色へと変化した。

「わぁ……」

私はただの防具がこうも鮮やかに変色するのだと関心し、つい声を上げた。

その防具は何かのモンスターの羽毛に覆われているようで防寒面も良さそうだ。

「それはフォロルっていうモンスターの防具だ」

店主が何かの紙を広げながらそう呟いた。

「フォロル?」

「昨日私を襲っていた鳥竜の事ですね。」

昨日の昼頃の記憶が鮮明に甦る。

あいつ、そんな名前があったのか…と思いながら防具を元の位置に戻すと今度はお互いに武器の選定を始めた。

店の中には大小様々な武器が並べられてあったが

「やっぱり私は双剣だな!」

壁に掛けられてあった鉄製で大きめの双剣を手に取ると、昨日リュウが渡してくれた物とは比較にならない程の重量で、つい落としそうになってしまった。

「それはツインダガーだな、300zだが足りるか?」

店主は支払い所の向こうからひょいと顔を覗かせた。

「もう少し待ってくれ、こいつの武具も決めてからにして。」

「うーーん……私の適性的には……」

アイナはまだ武器選びに苦労しているようでお店を出たり入ったりして品定めをしていた。

弓を取ったり太刀を持ったりと落ち着きが無いようにウロチョロと右往左往している。

「何だ、迷ってるのか?」

「はい…」

シュンと肩を落としながら迷ってるアイナの後ろに立って様子を見る。どうやら弓にするか薙刀にするか迷っているようだ。

「迷った時には直感を頼ってみるのも手だぞ?」

「じゃあこっちにします!」

最終的にアイナが選んだのは薙刀の方だった。

昨晩、薙刀と弓を習っていると話していたからそれで悩んでいたのだろう。

薙刀はリーチが長く、村でも薙刀という名前ではなかったが似たような武器が存在していたため私にとっても馴染み深い武器であった。

それを見届けた店主はパチパチとソロバンを打つ。

「しめて1200zだな。」

私はアイナに肘で支払うように促すとハッとした様子で慌てて財布を取り出して支払い始めた。

お金の勘定をしている内に防具に着替えてしまおうと店主に着替える場所はあるかと尋ねると、顎を店の奥にある1枚の布で隠された部屋へ向けた。

そこに私は防具一式を持ち込むと、胴に腰、腕から足へと装備を着込んでいく。

しかし、そこであることに気が付いた。

(この装備、フルフェイスじゃないのか…)

そう、顔全体を覆い隠す装備でなければ私がサルバトイドという事がバレてしまう。かと言って頭だけ今着けている装備にすれば明らかに不自然で怪しまれる。

「どうしよう…」

私が困って立ち尽くしていると、突然部屋を分けていた布を捲って誰かが入ってきた。

「イリア様?どうかされましたか?」

「・・・アイナか、ビックリさせないでよ…」

アイナはキョトンとした顔をしながらこちらの様子を少し眺めると何かを察したようで、ニコニコしながら

「髪、まとめてあげましょうか?」

と尋ねてきた。

その時、今まで会ってきたメルティア人の話がフラッシュバックの如く思い出された。

サルバトイドが高く売れるのは髪に価値があるからだ。と…

私はそれを思い出した途端にアイナを少し怖く感じてしまい、後退りをしてしまう。心では友達だと分かっていても(また私を騙すかもしれない)と

体が拒否反応を起こす。

「イリア様?」

アイナが不思議そうに私に近寄って来る。

その一挙手一投足が私の恐怖を掻き立てて脳を体を支配していく。

「触るなっ!!」

私に向けて差し伸べられた手を弾き飛ばす。想定外の行動にアイナは驚きと困惑の顔をして、弾かれた手と私の顔を交互に見返した。

「ご、ごめんなさい…そこまで嫌がると思ってなくて」

違う…そんなつもりじゃ…

息が喉の奥に詰まって出て来ない。

私はこの空気に耐えられなくなり、元々被っていた兜を被るとアイナが制止するのも聞かず走ってその店を飛び出した。

人目も気にせず暫く走った後、手頃な路地裏を見つけたのでそこで息を整えることにした。

人目が無い事を確認し、兜を脱ぐ。

「私は……」

自分のした事への罪悪感に胸が締め付けられる。

その時、昨日も感じたあの感覚が呼び覚まされたようにふつふつと湧き上がってきた。

私の中を染めあげていくような気持ちが悪い感覚。

「嫌だっ!!気持ち悪い、気持ち悪い…っ!!」

私は何度も体験した事で実感した、これは持ってはいけない感覚であると。

そして、このままだと良くない事になるということも本能が警鐘を鳴らしていた。

(少しでも人目につかない所に…)

気持ち悪さによる吐き気と目眩で力の入らない足で路地の壁にもたれ掛かってどこかに隠れようとした時であった。

「イリア?どうした、こんな所で。」

私に声を掛けてきたのは狩り用のアイテムを手いっぱいに抱えたリュウだった。

相変わらず緊張感の無い声でこちらに近づいてくる。

全身の細胞を混濁した感情が電撃のように一瞬で巡り、体を乗っ取っていく。

「あぁぁぁ……あ゛あ゛ぁぁぁ!!」

自身が塗り替えられていく気持ち悪さに叫声を上げ、地に顔に爪を立てて掻き毟る。

「イリア!?本当にどうしたんだ!!」

リュウが羽交い締めの形で腕を抑えるのを薙ぎ払うと壁を伝って相対する。

しかし、その姿勢は私達が狩りを行う際にする四つん這いの戦闘態勢だった。

息が荒くなり、空気の流れを感じる程感覚が過敏になる。

「そうか…しかし、こんな早く発現するとは。」

リュウは持っていた狩猟用のアイテムを投げ捨てると腰を低く構えるファイトスタイルをとった。

もはや自分のものか分からない怒りとも恨みとも言える感覚がリュウを捉えた。

(嫌い…嫌い嫌い嫌い!!)

 

昨日したのと同じ様に細胞が使い方を知っているかの如く体が独りでに動き、眼前の敵に殺意を向ける。

まず狙ったのは頭、壁を蹴り跳躍してこめかみに蹴りを入れようとするもリュウはそれを見切ると横に流して私を壁に叩きつけた。

過敏になった感覚が痛みも肥大化させて全身を激痛が襲い、悶え苦しむ。

そんな私の足を掴んだリュウは路地の更に奥へと投げ飛ばすと私の前へと立ちはだかった。

数日前の光景がフラッシュバックし、恐怖からか足腰に力が入らなくなったので咄嗟に逃げようとする。

しかし、その足取りはヨタヨタと覚束ず壁伝いになる手負いの獣であるかのようだった。

ザリザリと砂利を踏みしめる音。

命を奪おうとした相手だ、タダでは済まない。

そう懸命に逃げようとしたが最終的には首根っこを掴まれ捕まってしまった。

(やっぱりこうなるんだ…)

その刹那、体を圧迫するような感覚に私は驚いた。私はリュウに固く抱擁されていたのだ。

「大丈夫だイリア、大丈夫だから…」

そう宥めるように言い続け、体の動きを押さえて強く抱きしめる。

体が再び心とは別に殺意を滾らせて暴れ出す。

私は唸り声とも呻き声ともとれる獣めいた声を上げながら抵抗した。

背中を叩き、脇腹を蹴り上げる。

その度に苦悶の表情を浮かべるもリュウはその手をガッシリと掴んで離さない。

「グ…グガアァァァァァァ!!!」

「落ち着けイリア、ここにいる人達はお前の敵じゃない…」

しっかりと腕で抑えつつも頭を撫でて必死に宥めようとする。

これが功を奏したのか抱きしめられている内に私を支配していたあの感覚が次第に引いていくのを体が実感した。

その感覚は最後の抵抗を見せるかのように私の体を無理矢理に暴れさせたが、リュウはそれを予期していたかのように手足を上手く押さえ込む。

キンと酷い耳鳴りに吐きたくても

そしてそれが完全に抜けきったのか全身を脱力させ、リュウにもたれかかって

「ごめん…なさい……」

と顔を見ず謝る事しか出来なかった。

リュウはそんな私を何も言わずに背負うと買ってきた狩猟用アイテムもそのままにどこかに向けて歩き出した。

極端に体を動かしたからか全身から出た汗を朝の寒さが冷やし、全身を震わせる。

そうして暫くは無言を貫いていたリュウであったが、ふとこんな事を言い始めた。

「イリア、サルバトイドっていうのは普段は優しいが怒ると手をつけられない状態になる種族ってハンター達の中で伝えられてるんだ。」

急に何を言い出すのかと思ったが、言い返す気力もつもりも無かったので黙って聞く事にした。

「でも俺はさっきのお前を見て思ったんだ。怒ると手をつけられなくなるんじゃなくて、何かを引き金に起こる本能的な防衛反応がサルバトイドの中にはあって、それがあぁさせたんじゃないかってな。」

リュウの言葉に記憶を呼び起こす。

確かに意思とは関係なく発動している事から本能的なものなのかもしれない…けど、あれは…

「そうなのかも…でも何か違う。」

ストールに顔を突っ込みながらそう口を開くとリュウは何か納得したように頷いて

「そっか…サルバトイドのお前が言うならそうなんだろうな。」

とおぶる手で足を引き上げて体勢を整えた。

人のすれ違う音、風の通り過ぎる感覚が体を通り抜けて過ぎ去っていく。

そんな空気に身を任せ、うつらうつらとしていると宿に着いたようでリュウが動きを止めた。

「今日の狩りは俺の方から言って1日後に開始にさせるから安静にしておけ。」

そう言うと私を降ろしてアイナの家に向かって歩き始めたが、途中で何かを思い出したように振り返って

「それと、帰ってきたら大事な話がある。」

と聞こえるか聞こえないかという声で言い終えると今度は走って向かって行った。

(大事な話…)

今までの話の流れを考えるとサルバトイドについての事だろう。

思えば私は自分達のことについて何も知らない。

サルバトイドにあんな感覚が眠っていた事も、村以外にいるサルバトイドのことも…

私がそんな事を考えながら部屋に戻ると形見であるストールと腕輪を外してベッドにパタリと寝転んだ。

何をするでもなく天井の木目をなぞるように目を流す。

(そう言えばアイナはどうしたんだろう)

そんなこんなで時間を潰していると噂をすればなんとやら。

ドタドタと激しい足音と共に扉を蹴破るようにアイナが息切れをしながら部屋に飛び入ってきた。

「はぁはぁ…イリア様、こちらにいらしたのですね。」

「う…うん、その…大丈夫か?」

「私は……大丈夫……ですぅ……」

大丈夫そうじゃないな、と判断した私はベッドに根を張った体を起こすと部屋に入った勢いで四つん這いの体勢となって息を整えるアイナの背中を摩った。

「リュウさんから、こちらにイリア様が戻ってるとお聞きしたので…戻ってきました。」

そう言うと体を私の方へ向けて正座をしたかと思えば深々と床に頭をつける姿勢をとった。

「な…何?」

「これはユナワに伝わる最上級の謝罪の意思である土下座です!」

「は、はぁ」

その土下座の体勢のままアイナはこう続けた。

「リュウさんからお聞きしました、貴方が村を出るまでに起きた事。そして私達メルティア人が貴方にした仕打ちを…」

私はアイナの前に体育座りをしてその言葉に耳を傾けた。

「知らぬとは言え私が無作法に髪を触ろうとしたことについても謝罪したく…」

「そこまで!そんな謝罪とかいらないから。」

アイナの方に手をポンと置き安心させようとしたが、私の言い方が悪かったらしく土下座でくしゃくしゃになった髪を見せながら食い気味になって私に迫ってきた。

「そんな…何を、何をしてイリア様に償えばよろしいのですか!?」

謝罪していても感情が高ぶると暴走するのは相変わらずなんだな、と思いつつあたふたとする手に私の手を重ねて落ち着ける。

「私達は対等な友達なんだろ?だったらそんな謝罪とかはいらないから。悪い事をしたのなら、ごめんって謝るだけでいい。」

「ですけど……わかりました、イリア様がそれで良ければ。」

少し釈然としないようではあったが何とか納得してくれたようでスンと大人しくなった。

丁度その頃だろうか、リュウが報告を終えて宿に戻ってきた。

そして、部屋に入って私達2人がいる事を確認すると着いて来いと言わんばかりに手招きをして部屋から出て行った。

アイナと私は顔を合わせ、頷くと既に宿の外にいたリュウの背を追い掛けて行く。

既に日は天頂近くの昼に差し掛かり始めた頃合で、生暖かいような風が嫌な空気を漂わせていた。

 

 

リュウの後を追って行くとそこは巨大な倉庫を思わせる建物が建っていた。

「ここは…」

「ここは、ユナワの村営図書館だ。」

私の疑問に答えるとリュウはしゃがみこんで目線を合わせ、今まで見せたことも無いような真剣な眼差しでこう言った。

「イリア、この先に踏み込めばサルバトイドに秘された真実を見る事ができる、お前が知りたがっていたサルバトイドとは何なのかに対しての答えが。しかし、それは同時にお前にとって辛く苦しいものだ…」

彼は立ち上がると今度はアイナの頭に手をポンと乗せた。

「アイナの親父さんから頼まれてな、サルバトイドと歩むのなら歴史を知らねばならないってな。」

「そうなのですね…」

「イリア、お前は知る権利がある。この先に行くのも俺は止めない。どうする?」

そんな問に突然答えろと言われてもどうしようもなく、私は暫く悩んだ末に目をカッと開いて答えを出した。

「行く…行くよ、だから私にサルバトイドについて教えて!」

「わかった、なら着いて来い。」

リュウはそう言うと図書館の扉をゆっくりと開けた。

暫く使われていないのかギシギシと軋み、埃を立てながら開いたその空間は少しカビ臭く

至る所に蜘蛛の巣が張っている。

図書館とは言うものの本は積み上げられ、そこかしこに野ざらしで放置されて足の踏み場所が少なく、紙は日焼けか汚れかで黄ばんでいるため状態はかなり悪いと言わざるを得なかった。

確かに蔵書量はありそうだが、この膨大な書物の中からサルバトイドについての情報を探すなんて…そんな考えを他所にリュウは慣れた足取りで本の森を突き進んでいた。

「ここは俺が若い時に廃館になりはしたが今でも貴重な資料が残されてる場所なんだ。」

私とアイナは時折本の塔を倒しながら後を追うと、彼はこの図書館の中でもかなり奥に位置する本棚から

「お、あったあった」

と古ぼけた本を手に取ると戻って私達の近くにあった机の上に置いた。

落とすように置いたものだから机の上の埃が舞い、思わず口と目を押さえる。

その粉塵が治まって、手を退けると薄らと本のタイトルが見えた。

「経済から見る怪人族とメルティア政府の関わりについて」

(怪人族?)私はその言葉を目にし、数瞬考えた後にハッとした。

「まさか…この怪人族って」

その問にリュウは見てみろと顎で本を指す事で応えた。

私は恐る恐るその本のページをめくって行く。

(本書は昨今、著しい個体数減少が見られる怪人族サルバトイドを利用法、及びメルティア公国の経済的な側面から解析しその対処法について子細をまとめるものである。)

本の始まりにはそう書かれていた。

著しい個体数減少?なんでそれを経済から解析を……利用法ってまさか!

その嫌な予感は的中した。

(獣人であるサルバトイドは主に髪に易燃性の物質が含まれているだけでなく、皮、肉に至るまで世界的な需要があり…)

私はそこまで見て思わず胃酸が逆流しそうになる口を押さえて目を背ける。

そのページには資料としてサルバトイドの毛皮やそれを市場で取引するメルティア人のスケッチが描かれていたのだ。

「イリア、大丈夫か!もう止めておくか?」

心配するリュウ、どう声を掛けて良いか分からず挙動不審になるアイナの声に喉元まできていたそれを気合いで飲み込む。

「大丈夫、いける…」

心拍数が上昇する。頭が詰まるような感覚が脳を圧迫する。

(メルティア政府は対人における加害性を考慮し、要狩猟対象として大規模な討伐作戦を敷いた。

それは各地で成果を挙げ、大量の素材が各地で売買され…)

次々と流れてくる情報が目や心臓を貫いていく。

嘘だ、村の皆もお母さんもお父さんもあんなに優しいのに人に危害なんて加えるものか!!

残酷な事に同頁には生活用水に毒を流され、それで死に絶えた者や焼き討ちされた村と思しきスケッチが描かれていた。

(私としてはこの行為は政府がサルバトイド素材を国外へ輸出する為の正当性を国際社会へ喧伝するために流布した情報によるものであると考え…)

「………は?」

信じられなかった。自分達の利益を上げるために私達を危険なモンスターに貶めて、あまつさへ焼き討ちや毒による蹂躙を行う?

私はリュウとアイナにバッと顔を向けた。

コイツらが…コイツらの先祖が私達を食い物にして……いや、私が命を狙われたのだって…

怒りと憎しみで胸がいっぱいになろうかとした瞬間、リュウが口を開いた。

「イリア、落ち着け。俺もアイナ嬢もお前やお前の同胞達に許されようだなんて傲慢な事思っちゃいねぇよ。恨むんなら好きなだけ恨め。」

こいつは一体何を…恨み節が思わず口から漏れそうになるのを遮ってリュウはこう続けた。

「でもな、ここで俺達を殺したってどうにもならないどころかお前はこの国中から追われる事になる。もし信じられないならその先を読んでみろ、そこにお前が真に向き合わねばならない真実がある。」

「・・・」

私は今までのリュウやアイナの言動からその言葉を最後のチャンスと矛を収めると、再び本に向き合った。

重い指を動かし、いくつかのページを読み解いた先にそれはあった。

(経済活動を推し進めたメルティアの行為によりサルバトイドは早急に保護活動が必要な絶滅危惧種となり、残存個体の全てはサルバトランに収容、禁猟種に認定し保護がなされ…)

 

サルバトランというのは私の故郷。

私が連れてきたガズワーンによって滅んだあの場所の名前。

いや、いやいやいや。そんな事は、私達の村以外にサルバトイドはいないなんて…

だって、それは即ち私自身がサルバトイドを絶滅させたと……

鼓動が速まり、視界の端が白くなっていく。

息ができないかのようにゼェゼェと吐いて、床に膝を落とす。

「イリア様…」

音に、熱に、振動に感覚が過敏になる。あの気持ち悪い感覚が蘇りかけている。

「うぁ……あぁぁぁ・・・」

もはや言葉すらも薄れて消えていく私にリュウは

「これがお前が知りたかった真実、そして俺が言っていた事の根拠だ。これを見た上でお前が信じてくれるかは分からないが俺もアイナ嬢もお前の事を助けたいと思っている。」

と声を掛けた。

その言葉を聞いたアイナも噛み締めるように頷いて私に寄り添って来る。

「俺の事は信用しなくても良い、でも明日から行う狩りで背中を預けるアイナの事だけは信用してやってくれ。頼む…」

リュウはそう言うと深々と頭を下げた。

正直私はこうして頭を下げるこいつも、同情してよってくるこいつも、そして弱っていて可哀想だったからという理由で掟を破って同胞を根絶させた私が心の底から気持ち悪くて仕方がなかった。

「ごめん…ちょっと一人にさせて。」

私はそう言い捨てて図書館を出た。

人目が無いことを確認すると頭装備を脱ぐ。

館内と比べて透き通った空気が圧迫され、詰まった肺に充満する。

「私……私は……ッ!!」

自分は制御しきれない感情に髪をグシャグシャと掻き乱した。

あの二人が心の底から私に寄り添おうとしてるのは分かってる、分かってはいるのに!!

嫌い、嫌い、私が嫌い!!

そんな行き場の無い怒りで自己嫌悪していると

「隣…失礼しますね」

フッとアイナが少し距離を置いて隣へと座ってきた。

「1人にしてって言ったじゃん」

「あんな状態で1人にさせる訳にはいかないじゃないですか。それに…」

「それに…?」

「私は…私達は対等なお友達、なんでしょ?友達って友人が悩んでるのを一緒に背負ってあげたいものなんですよ?」

「何だそれ」

アイナのそんな言葉にぶっきらぼうに返しながら話を続ける。

「イリア様、確かに私は貴方と同じ視点に立つことも同じ気持ちになってあげることもできません。」

「そうだな」

「だからせめて、私の覚悟を見て…信じて欲しいのです。」

覚悟?そう思うや否やアイナは懐から鋏を取り出すと、バサリバサリと勢い良く後ろ髪を切り始めた。

「は?わぁぁぁぁぁぁあ!!!???おい待て待て待て!何してんだ、止めろ!」

突然の出来事に脳が一瞬理解が拒む。

慌てて止めようとしたがアイナは黙ったまま手を止めることは無かった。

「今朝のことならもう許したから!だから止めろって!!」

「違います!!今朝の一件でこうしてるのではありません。これは、私の覚悟なのです!!」

そう言う頃には後ろ髪を切り終え、切り落とされた髪は風で宙へと舞っていた。

アイナは私の手を力強く握って立ち上がると目を合わせた

「この髪は幼い頃から時伸ばしてきたものなんです。言わばこの村の思い出そのものです。」

「だったらなんで切るんだよぉ…やっぱお前達メルティア人頭おかしいよ……」

「そうですね、確かに今の私は頭がおかしいのかも。でも私は例えここの思い出を捨ててでも貴方と友達になりたいし、共に旅がしたいのです!」

手を握る力が強くなる。

「だから、私と一緒にッ!!」

アイナが何かを決意したような顔をした刹那

「お~いアイナ嬢、アイツとは仲直りできたk、あ゛ぁぁぁぁぁ!?」

とリュウの絶叫が私達の間を突き刺した。

そりゃあこの国のお偉い様に任された娘が少し目を離した隙にこれだけイメチェンしてれば叫びたくもなるだろう。

「おい、アイナ嬢!?なんで、そんな…まぁ仲直りしたなら良かっ、良くない!!これもしかしなても俺首が飛ぶかなぁ……」

顔色を青と赤で行ったり来たりするリュウ。

「まぁ気分転換というものです!でもそれにしたって フフっ、慌てすぎ…フフフ、ですよ。」

それを見て顔を真っ赤にしながら笑いを堪えられないアイナ。

「ハァーーーーーー、」

下らなくて思わずため息が出る。

でもまぁ、こんな下らない奴らをもう少し信じても良いかな…とは思った。

そうだなこういう時にすることと言えば・・・

「タイミングが悪ぃんだよこのクソメルティア人がぁ!!!!」

思い切りリュウの尻を蹴り飛ばす。

モンスターに負けず劣らない絶叫が村に響いたのは言うまでも無かった。

 

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