それではとある少女の旅の結末を見届ける者は…前へ
「お前が喰われれば良かったのに…」
「お前みたいな奴が…どうして生きているんだ」「こんな事が出来るのは怪物の所業だ」
「怪物…怪物…怪物!」
皆の恨み節、恐れで私は目を覚ました。呼吸は荒く、全身からドッと吹き出した脂汗は寝床に人型を象っている。
私は何か悪い事が起きているのではないかという、えも言えない不安に駆られ窓のカーテンを寝起きで入らない力を頼りに思い切り開いた。鳥の囀り、響く虫の歌声、何の変哲も無い日常だ。
自分自身に大丈夫だ、大丈夫だと言い聞かせがら、フラフラとした足取りでベットに戻った私は脱力しながら枕元に置いた両親の形見に顔を埋めた。
私が村を出てからどれ程の月日が経っただろうか。あの焼け落ちた故郷と自分が犯した罪と対峙してから多くの出会い、多くの戦いを経験してきた。
いつか家に帰る時、私は亡くなった皆に誇れる自分になれるだろうか…
そんな感傷に浸っていたのも束の間にカツカツと慌ただしい足音が廊下を、そして私の部屋へと飛び込んだ。
「イリア様、いらっしゃいますか!」
秘書のアイナが息を切らしながらドア枠にもたれ掛かり、乱れた髪を直して目を合わせた。驚いて声が出ない私を他所に彼女は普段の立ち振る舞いを忘れたかの様にズカズカと目の前まで来ると手に持っていた書類を半ば強引にこちらへ差し出してきた。
「以前から申請していた地域への立入り許可が降りたんです!」
アイナの言う地域とは先述した私の村近辺の地域であり、村がギバノノノドというモンスターに滅ぼされ根城とされてからはそのモンスターの危険性から立入り禁止となっていた。
私が差し出された書類に目を通してみると、調査クエストという名目で受理されており、制約の中には採集物の持ち出し禁止、狩猟禁止など概ね通常のクエストとは思えない事項だらけであった。「また上層部の嫌がらせか、見せるだけはしてやるって魂胆だろうなぁ…」そう辟易しながらも資料に目をやっていくと、ふと狩猟環境不安定という文字に目が行った。
「これは…」
数秒もの間走った沈黙を破るように私は寝床からバッと立ち上がるとアイナに資料を突き返し更衣室へと急いだ。
「イリア様!どうされたのですか?」
更衣室前で心配する彼女の声も聞こえない様に私は大急ぎで身支度を始めた。会える、またもう一度…あいつに。そう思うと動かす手は速くなっても止める金具は非常に硬く、重く感じた。そして、扉の前で待っている彼女に
「アイナ!今ここにいる奴に装備を着させて呼んでこい!全員、大至急だ!!」と命令した。「り、了解致しました!」
その声を皮切りに建物全体が多くの雑踏、金属音の木霊する狩人の巣窟へと変貌した。私は装備に袖を、足を、体を通して埃を被った兜を装着する。視界が狭まる、やはり兜は苦手…だけど、あいつに、皆に会う時はちゃんとした格好に…一際重いベルトの金具を取り付けた私は自室に戻り、両親の形見を手に取った。まだ少し湿っている。いつの間にか周りの喧騒も静まり返っている。手入れの行き届いた武器を手に取った頃、再びドアが開かれた。
「イリア様、全員の準備が完了致しました。…行くんですね、あそこに」
その言葉へ返すように私は母のストールを巻き、父の腕輪を装着しアイナの横を通り過ぎた。
2人で廊下を進んで行くと腕を組みながら不機嫌そうな仏頂面をこちらに向ける太刀使いの姿があった。
「ラース、申し訳ないが今回も力を貸してくれないか?」
その言葉を待っていましたかと言うようにラースは小言を容赦なく叩き付けてくる。
「毎度毎度お前のわがままに付き合うこっちの身にもなってくれ、俺は構わないが他の奴らはどう思っているか分かったもんじゃ…」
その言葉が終わるかアイナが制止するかという所でラースの頭に長くほの黒い鉄塊が鈍い音を立てながら直撃した。
「その位にしておけ、貴様の性格は少々難があり過ぎるぞ。」
鉄塊の正体はガンランス使いのメアリーが振り下ろした巨大な砲身であり、頑丈な装備越しだったにも関わらず、この一撃には堪えたようで床に這いつくばって兜のせいで触れない頭を摩りながら悶えている。
その様子を廊下の奥からニャンターのライトも心配そうに眺めていたが、ラースが倒れたのを見て堪らずこちらに駆け寄って来た。
「ラースさん大丈夫ですかニャ?もしこのまま悶絶したままでしたら僕が持っていくので安心して欲しいのニャ!でもこんなトゲトゲしい装備のどこを持てば良いんだニャ!?」
あたふたと駆け回るアイルー、早く起きろと砲身で小突きを繰り返す竜人、床で悶絶するメルティア人、人種も行動もカオスになったこの状況を眼前に据えた私達はため息をつきながら館の外へと足を進めた。
「目的地までは3日も掛かるんだからな、早く荷車に乗り込んどけよ?」
そう言いながらアイナと2人でやれやれと荷車に重い腰を下ろしたのだった。
アイナが気を利かせ、クエストの準備を整えていたお陰で後から来た3人が乗り込んですぐに出発した私達は山を超え谷を超え、メルティアの風景を目に刻みながら何気ない談笑を繰り返していた。
首都メルンギル近辺まで着いた辺りだろうか、ぽつりぽつりと小雨が降り始め、荷車の屋根からはボタボタと飛沫音が鳴り響いた。
ここまで来れば目的地まで残り半ば程だろうか、ずっと車での移動に疲れたからかメアリーと私以外の人は既に眠ってしまっている。雨音は子守唄の様に私たちを包んでいたが、不意に
「団長…この旅はただの里帰りじゃない、過去と決着をつけに行く為の旅なんだろ?」
と尋ねてきた。呆気に取られ、目を丸くしている私にメアリーは続けた。
「お前の過去はアイナから聞き及んでいる、そして今回の目的地が因縁の地だともな。」
眠っているアイナに目をやった、この緊張した雰囲気に反して気持ち良さそうな寝顔を見せている。
「団長は何のために私達を連れて来た?決着をつけるだけなら一人でだって行けたはずだ、それをやってのける実力も備わっているはずだ、それなのに…何故だ?」
その問いに私は暫しの沈黙を以て答え、心に留めておいた思いをぽつりぽつりと吐露し始めた。「それは…お前達に私の結末を、旅の果てを見届けて貰いたいからだ。これまで共に歩んできた仲間として…」「それは、随分と身勝手な願いだな。」
私の言葉を遮ってメアリーは語る。
「お前は決着をつけることだけに執着してどうなりたいかまだ迷っている、そんな不安定な願いの結末を、心に残り続ける傷を、私達に何も言わず押し付けようとするのを身勝手と言わずして何と言う?」
その指摘は私の心の確信を突いており、ただバツが悪そうにそっぽを向くしか出来なかった。それを見かねた彼女は肩をすかしながら
「本当にこいつらが大事なら、必ず倒して帰って来るぐらい言ってやったらどうなんだ?」
そう言うとパタッと横になり寝てしまった。
「私は…」雨はまだ止みそうにない。
長い長い夜を超え、強い強い陽射しが荷車を照らし終えた頃、果てが無いように見える荒野の地平へと太陽が沈んでいく。闇へと溶け込んでいく荷車の影法師を微睡みながら眺めていると、地平の輪郭が凸凹に歪み始めるのが見え始めた。
その正体は土造りでできた建造物の遺跡である。
アイナがはしゃぎながら窓より身を乗り出す
「イリア様!あそこですね?」「あぁ…ようこそ、サルバトランへ」
その地は待っていたかの様に一足早い夜風が私達の顔へと吹き掛ける。私は十数年という年月を経てようやく帰郷を果たしたのだった。
荷車に積み込んである荷物を各自で持ちながら、準備を整えている間に辺りはすっかり暗く日も地平の下へと潜り込み、窓からは満点の星空がこちらを覗いていた。
久しぶりに踏みしめる故郷の感覚を感じる間もなく、鋼鉄で造られた物々しい見張り所からは常駐していると思しきギルド職員のメルティア人3人がランタンをボワボワと揺らしながら降りてきた私達に駆け寄って来る。そして何かを言おうとしたが、私を見やると口々に
「サルバトイドのお仲間達か、上から話は聞いている。」「聞いているとは思うがこの地においてお前達はあらゆる自由が制限されている、その事をゆめ忘れるな。」
とまくし立て、中にはこちらに聴こえるように舌打ちをする者まで現れた。
嫌な記憶が蘇る…無意識に歪んでしまっていたのだろう、私の顔を見たメルティア人達はギョッとしたような顔をした
「何だ、その目は。貴様の処遇はこちらが握っている、いつでもモンスターとしての扱いに戻しても良いんだぞ!」「そうだ、この死に損ないが!こうして機会が与えられただけでも有難く思え!」
やっぱりこいつらは…一発食らわせてやろうか、とも思ったが後ろの連中が今にも噛み付きそうな様を見て冷静になった私は後ろを抑えるように両手を広げ制止させると、敵対の意思は無い事を示す為に片膝を着いた。それを見たギルド職員達はホッとしたように肩を撫で下ろし、
「とにかく、ここでは調査のみを行うんだぞ。分かったか!」
と捨て台詞を吐いて物々しい備えがされた駐在所へと戻って行った。
嵐のような奴らが帰ったのを見て緊張が解けた私は大きなため息をついた。きっと今の自分はやつれて酷い顔をしていると容易に想像できたが、心配はいらない。吐いた息が夜の寒さで白ばみ、私の顔を隠してくれるからだ。
小休憩を挟んだ後、私達は明日朝に来るべき調査を行う為に野宿の準備を始めた。アイナは炊事を、メアリーとライトはテントの設営を、私とラースで周囲の警戒を行っていた。
幸い近くには小型モンスターも目視できず、久方ぶりの故郷をじっくり眺めることができる、そう安心していた時であった。
グゴオォォォォォ…
夜風の音に混じって低く唸るような、それでいて何かに苦しむような音が流れてくる。聞き間違いかとも思ったが、その音は絶えず私の耳にノイズとして残り、こびれ着いてきた。
あまりの不快感に手招きをしてラースを呼び寄せる。
「ラース、お前何か変な音が聴こえないか?」
「音?俺には風が鳴ってるようにしか聞こえないが…」
キョトンとした顔をして首を傾げる。再度耳に手を当てて聴こうとしているが、やはり同じ結果となった。腑に落ちないような顔をしながらお互いの持ち場に戻ってみたが、やっぱり聴こえる。
どこかで聞き覚えのある音、記憶を頼りに思い返す。この…音は……
「イリア様!出来ましたよ、夕ご飯!」
「ひゃっ!!」
唐突にポンと叩かれたため体が反射で宙に浮く。私は、気まずそうに目を逸らしてその場から逃げようとするアイナの首根っこを掴むと
「いきなり背後から現れるな!」
左右のこめかみに羞恥心と怒りに任せてグリグリと拳をねじ込んだ。
「あぁ~ごめんなさい!!脅かすような真似して悪かったですから~!!」
サルバトラン全体に断末魔にも似た声が響いたのは言うまでも無いだろう。
頭に大きなたんこぶを携えたアイナと私がキャンプ地まで戻ると他3名は既に腹ごしらえを始めていたようで鍋を囲みムシャムシャという音が聞こえそうな早さで食べていた。
「本日のメニューは葉野菜と干し肉のスープですよ。」
アイナがお玉でお椀から溢れんばかりに掬ったスープをこちらに差し出す。一口啜った時ある事に気が付いた。
「あ、この味は…」
「お気付きになられましたか?文献を読み漁ってサルバトイドの方々が食べていたとされる味を再現してみたんですよ。」
(あぁ、これは確かに母がよく作っていたスープに似ている。)
思わず先に食べていた者達と同じようにグイッとスープを飲み干す。
「おかわりを頼む…」
恥ずかしそうに頼む私を見るとアイナは満足げな笑顔を見せながら
「はいはい」
と再びスープを注いだ。
今度は味わって食べよう、そう考えながらチビチビと飲んでいると突如として突風が吹き荒れ、煌々と燃えていた薪の火を消し去った。
舞った砂塵が目に入らないようにそれぞれが頭用装備を深く被る。
「凄い風だな、ここらの建物跡が土造りというのも納得する。」
「ここは昔から夜になると強い風が吹く風土なんだよ。」
私は微かに残った火種でランタンの蝋燭に火を灯す。するとそれまで荒れていた風がピタッと止み、不気味なまでの静けさが私達を包んだ。
そして風が止まったかと思うと今度は肉が腐ったような異質な匂いが私達の周りに充満し、思わず鼻を覆う。
「何だ、この匂いは!!」
メアリーが咄嗟に布を鼻と口がすっぽり覆うように巻いた次の瞬間。
「へ?あぁ!?」
アイナが何を見たか私の方を向きながらヘナヘナと尻もちを着く。
「いるとは聞いていたがいつの間に!?」
ラースもピタリと動きを止めてこちらを睨むように太刀の方へゆっくりと手を伸ばす。
ライト、メアリーも同様の対応をとっていた事で私は気付いてしまった。そうと分かった私は武器を手にかけるとその場から跳躍し、薪を挟んで反対方向へと着地する。
そこで目にしたのは体高5m程はあろう体躯と違和感を覚える程あまりに白い甲殻と羽毛を持ち、口周りがどす黒く変色した異形とも言える鳥竜種であった。
グゴォォォォ・・・・。
「ガズワーン…」
思わずその名前を口にする。
それは細く開いた嘴から絶えずボタボタと赤黒い涎を垂らし、落ちた箇所からは溶けた際に発生する煙と音が立ち上った。
目は虚ろを向いて、狂ったかのように血走っている。
「ガズワーン、それがこいつの名前か!」
メアリーが盾を構え、戦闘態勢を整える。同じように他のメンバーも各々武器を構え、その刃を眼前の死神に向けた。
それを確認したガズワーンは口をゆっくと裂けるように開ける。
思わず全員が
(咆哮が来る!)
と感づき、耳を塞ごうと身構えた。
しかし、飛んできたのは咆哮ではなく、先程地面を溶かしていた強酸の唾液塊であった。
(まずい!!構えたせいでワンテンポ遅れた。逃げ…)
とその瞬間同じように逃げ遅れたアイナの姿が目に入る。
迷っている時間は無かった、サルバトイドとしての瞬発力を利用し転がるようにして覆い被さった。
地面に当たり、飛び散った強酸がビチャビチャと私の足を、顔を容赦なく溶かし、全身を焼くような激痛が走る。
「ぐ……あぁぁぁあ!!!」
「だ…団長…?あ…あぁぁ……あぁぁぁ!!!???」
甲高い絶叫が響く。
(痛い、痛い、痛い、溶けた箇所に風が当たるだけでも気絶しそうだ…)
アイナの横に転がった私は痛みで藻掻くことしか出来なかった。
「イリア!大丈夫か!?」
「メアリーさん!気を抜いちゃダメニャ!!追撃来るニャーー!!」
ゴガァァァーーーーーッッ!!
溜めていたのか、地面の小石が震える程の絶叫を放つ。
私を助けようとしたメアリーはゼロ距離に近い場所でまともに食らったようでダラダラと耳から血を流している。あれでは耳が使えない。
「俺が時間を稼ぐ、体勢を整えろ!」
ラースが間に割って入り、太刀をガズワーンの喉元へ向けて斬りかかった。ガズワーンも対抗するように嘴でそれを受け止めに掛かる。
ガキンッ!!
刹那、激しい火花が散り、太刀が纏う氷属性を帯びた鉱石が粉々に打ち砕かれた。
「…は?」
理解が出来なかったのだろう、後方へ突き飛ばされたラースは壊された太刀を震える手で二度三度見返し、それならと嘴の回らない側面へと回り込んで斬りかかる。
すると、奴はステップを踏み、太刀筋を避けたかと思うと体を捻る体勢をとった。
「随分と身軽なようだな、だが!」
経験が豊富なラースはこの動きがタックルを仕掛けてくる動作であると知っていたため、いなそうと納刀の構えをとる。
しかし、ガズワーンはタックルを仕掛ける振りを見せるだけでラースのカウンターが空ぶると先程自身がされていたように側面へと回り込み、ラースの胴体を嘴で挟んで宙へと持ち上げた。
「ぐ…ぐあああぁぁぁ!!!」
ジタバタと太刀を振り回すラースをまったく意に介さず、ガズワーンが挟む力を強めていくと、着用しているバディス装備がビシビシと悲鳴を上げながら割れていった…
ラースが身を呈して稼いだ時間で私とメアリーは簡易的な治療を施されていた。
「ごめんなさいイリア様…私が…私が足でまといなばかりに…」
「私は大丈夫だ、それよりも…」
泣きじゃくりながら手当をするアイナを宥めながら、メアリーに目を向ける。
彼女は悔しそうな顔を浮かべながら耳を押さえていたが、その手の間から血が止まることは無い。
アイナは私に回復薬グレートを手渡すとメアリーの頭に止血用の包帯を巻き始めた。
「ぐ…ぐあああぁぁぁ!!!」
ラースの苦しむ声にハッとする。
私が目を向けた時には防具に使用された甲殻が割れ、鎧がグニャリと歪み始めていた。
「ラースさんが!!ラースさんが死んじゃうのニャ!!!!」
ライトの警鐘に全員の視線が集中する。
嫌だ。嫌だ。また失うのは。
その瞬間、私は過去の惨劇がフラッシュバックし、一秒が永遠に感じられるような感覚へと陥った。
「やめろおおおおぉぉぉ!!」
足を動かす度に激痛が蝕んでくる、脳が止めろと警報を放つ。
(それでも…それでも…!)
私は武器を持つのも忘れ、ガズワーンの足元へ潜り込むと足払いを放った。
突然の出来事にグラりと身体を傾け、咥えていたラースを離したのを確認すると、身を翻してテントのフレームをバネに渾身の一撃で顔面を蹴り上げた。
奇襲し返されたガズワーンはゴロゴロと坂道を転がる様に吹き飛ばされ、地面にグッたりと倒れている。
サルバトイドの怪力。
かつてメルティア人達が私達を迫害した元凶となった能力。
私の中に残るモンスターとしての側面。
関係が…壊れないようにと使わなかった力。
「団…長……?」
(見られた、ここにいる人達全員に)
手が震え、誰とも目を合わせることが出来ない。
私はガズワーンと相対するふりをして皆に背を向けた。
「アイナ、ラースを頼む。」
「イリア様…あの……私は…私達は…」
「いい、もう…何も言わなくても。」
ラースを助けに駆け寄ったアイナが行くなと言うかのように私の袖を何も言わずに掴む。
ガズワーンが砂煙を巻き上げながら立ち上がり、恨めしそうな目でこちらを据えた。
「私は、あいつを倒す。ここからは正当防衛ではなく、狩猟になる。だから…お前達は手を出すな、罪を犯すのは私だけで充分だ。」
愛用するツインフレイムを抜刀する。
夜の闇に鈍く光るそれは、後ろで心配する者達の影を映した。
「ごめんな…私が、私のせいで、皆…皆……」
「イリア様…」
アイナの手を振り払う。
私の心の中でプツリと何かが途切れた音がしたような気がした。
「私は…怪物だから……お前達とはいられないっ!!」
グゴォォォォーーーーー!!!!
サルバトランの夜闇に赤と青の閃光が激突し、決戦の火蓋が切って落とされた。
ガキンッ!!ガキンッ!!
夜の暗闇に響く金属音、その中を照らすのは時折散るガズワーンとイリアの激突の火花のみで、見届けていたのはこの星空と固唾を飲み込み見守るかつての仲間達だけだった。
「はぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
ガズワーンの突進をすんでの所で横に避け、俊敏さを活かして死角から白い甲殻を連続で切りつけた。大抵のモンスターが怯む攻撃ではあるが…
(硬いっ!!)
手応えから攻撃のほとんどが弾かれたのを実感する。
しかし、ここまでは想定済み。
グアァァァァーーーーッッ!!!!
ガズワーンの吹き飛ばし攻撃を利用し後退すると、ツインフレイムに装填しておいた凍死龍の宝玉を起動させた。刀身を展開させ、解放した氷属性エネルギーを剣のように噴出させる。
こうする事で周囲の温度を極端に下げ、炎症や外傷を起こした箇所の痛みも一時的にだが麻痺させることができるのだ。
だが、これは痛みの先送りに過ぎない。宝玉のエネルギーを使い果たしたが最後、常温に戻りそこまで蓄積された痛みがまとめて返ってくる。
(それまでには…必ず…)
「悪いが加減するつもりは無いぞ!!」
グガオォォーーーーーーォ!!!!
こちらも全力でいくと言わんばかりの咆哮を放つと鞭のようにしなる尻尾で地面を巻き上げ、砂塵で目潰ししようと試みる。
「舐めるな!」
砂塵を防ぎつつ攻撃へ転じようとツインフレイムの属性解放を強め、腕が吹き飛びそうな反動を力に任せて押さえ込み広範囲を薙ぎ払う。
グエェェェェ!!!!
ガズワーンの苦し紛れの絶叫を青白い閃光が貫き、かき消していく。
薙いだ跡地は深く抉れながらも白く霜を残しており、その威力を物語っていた。
(頼むからこれで倒されてくれ…)
既に腕は反動でガタが来ており、暫くはまともに動かすことすら出来ないだろう。
しかし、願いが聞き届けられることは無く、吹き飛ばされたガズワーンは何事も無かったように、ムクリと起き上がると唾液塊を辺り一面に吐きかけてきた。
(こいつ、氷属性に耐性が…!?)
攻撃を避けながら思索を巡らせるが、考えていても仕方が無い。耐性があろうと無かろうと今作り出したこの環境の効果が切れるまでに可能な限り削りきらなければ…
腕に無理を言って力を入れ直す。
(1回でダメなら2回、それでもダメならば3回、お前が倒れるまで何度でも打ち込んでやる)
大口を開けて突撃してくるガズワーンと相対し、腰を低く構えて再度属性を解放させる。
距離、風向き、共に良好。
「これでトドメだ」
私が薙ぐが早いか突進が届くのが早いかという瞬間、私を邪魔するように強烈な向かい風が吹き荒ぶ。
暴風の壁は私の攻撃を反射するように氷属性粒子を差し向けた。
(こいつ、奇襲して来た時から知能が高いとは思ってたが…いつ強風が吹くのか把握してるのか!?)
それはまずい、そこまで熟知しているという事は奴からしてみればここはホームグラウンド。余りにも分が悪過ぎる。
グガオォォーーーーーーォ!!
掛かったなと言うように大口を開けて追撃に移行する。
反射された氷属性に手足が悴む、その間にもガズワーンは距離を着実に縮めて来る。
(一度距離をとらなければ…)
私は先程と同じように攻撃を避けーーー…
つるり。
私はその事態に脳も体も追いつかなかった。
「え・・・」
見ると地面にはガズワーンがばら蒔いた唾液が先の一戦で跳ね返された氷属性で凍りついている。
見事に足を滑らせた私は足をあらぬ方向へ捻りながら地面に倒れこんだ。
死神の足音が私の目の前で止まる。
(あ、これは…死んだ)
ガズワーンはラースがされていた様に私の体を咥えると上下左右に振り回す。
獲物を着実に捕食出来るように鳥類がするごく一般的な捕食行動だ、だが…
「ぐうぅぅ、、、、」
いざ自分が受けるとなるとその威力を実感する。脳震盪を起こし、意識が薄らいでいく…
このままでは本当に死んでしまう、そう予期した私は微かに残る意識をひねり出し懐よりシビレ罠を取り出した。
(今使えば私も感電するが、命には代えられない!)
意を決してスイッチを起動させる。
その瞬間全身を鞭打つような電流が、駆け巡った。
大型モンスターを麻痺させる電流を人より小さい身で受けるのだ、当然ただで済むはずが無い。
「ぐ、、ぐぁぁぁぁぁぁ!!!!」
遠のく意識の中でガズワーンの口内にシビレ罠を放り入れると流石に効いたようで思わず口を開け、全身をガタガタと痙攣させた。
地面に叩き落とされた私は少しでも距離を置こうと地面を芋虫のように這いつくばって逃げる。
既に足は捻って使えず、全身は酸で焼け爛れ、麻痺させていた痛みが戻りかけていた。
「はぁ…はぁ…」
距離を、少しでも距離を!
そんな望みを打ち砕くように嫌な地響きが私を取り押さえる。
もうシビレ罠を破壊してこちらに向かって来ていたのだ。
(立て!!立て!!立たないと死ぬぞ!!)
ツインフレイムを地面に杖代わりに突き立てて無理やりに立ち上がる。
その足取りは覚束ず、満身創痍と言う他に無かった。
グアァァァーーーーーーッ!!!!
今にも飲み込まんと意気込むガズワーンをいなしながら喉袋をなで斬りにする。
(切った!)
確かに切れた感覚が私の手を伝わる。
ガズワーンの生暖かい血が私の手を伝わって、その熱が夜の寒さに溶けていく。
振り返りざまにお互いに目を合わせ、ジリジリと時計回りに回転しながら間合いを測った。
そして何を思ったか私はこう問いかける。
「ガズワーン…お前は、もう私の姿も匂いも分からない怪物になってしまったのか?」
グルルルッ…
唸り声で私の問に答える。
思えば私達の境遇は似通っていた。
ガズワーンは一人でいるのを私に助けられ、私は一人でいたのを多くの人達に助けられた。
同じ怪物であるのに、似た身の上であるのに
「どうして…どうして……」
激痛が走る身で攻撃を繰り返す、反撃を避ける、そして…
何がいけなかったのか、どこを間違えたのか自問を幾度となく繰り返す。
これまでに何千、何万回と想起してきたこの局面に私は未だに戸惑いを、迷いを隠せない。
足がダメなら手で受身を、硬く刃が通らないのなら自身の怪力で打ち砕く。旅で培ってきたあらゆる力、あらゆる経験を一つ一つ撃ち込んでゆく。
ガズワーンはそんな攻撃を時に受け止め、時にいなし、お互いの生き様をぶつけあっていく。
「はあぁぁーーーーーー!!!!」
ゴアァァァーーーーーーーーーッッ!!!!
そうして闇夜に光る2つの閃光は激突し、多くの星々がその行く末を見届けんと星の巡りが速くなるのを感じた。
どれ程の時間が経っただろうか、ガズワーンはヨダレをダラダラと垂れ流し、息は荒く、全身切り傷と凍傷で白い体毛が所々赤く染まっており、体力にも限界が近いと見える。
しかし、それ以上にこちらもダメージを負っており、いつ死んでもおかしくない状況だ。
「一か八かだ!」
このまま死ぬならと私は覚悟を決め、もう1つのツインフレイムを起動させる。
セットしてあったのは炎王龍の宝玉。
起動すれば先程とは反対に高温で血管が広がり、より強い激痛を伴うことになる。
だが…それは相手も同じ事。私の傷の大半は炎症だが相手は切り傷、確実に傷口が拡張しダメージを稼ぐ事ができる。
噴出した炎が青く染まった大地を赤く染め変えらてていく。
チリチリと私の腕が熱で焼かれ、麻痺させていた痛みに加え血管の拡張で今まで体験したこともない痛みが襲う。
服が肌に当たるだけでも気絶しかねない鈍痛、もう少しの猶予も残されていない。
「お前は、お前だけはここで必ず討ち果たす!」
属性を解放する、反動で腕が吹き飛びそうになる。
依然ガズワーンは一部の隙も無く構えている、今まで通り突っ込めば反撃は必至。
(でも、ここを逃したら二度とこいつを討つ機会は訪れない!)
属性発射口を地面に向け、反動で加速をつけて懐へ潜り込む。ここまでしてようやく私はガズワーンの反応速度を上回った。
グォオウ!?
驚いたような声をあげ、身をくねらせて避けようとするガズワーンに無防備な真下から解放した火属性エネルギーで袈裟斬りにする。
「でぇりゃあぁぁぁぁぁぁ!!!!」
激しい熱と光がバチバチと音を立てながら視界を支配し、貫いていく。
グギアァァァァアァァーーーーー!!!!
断末魔をあげながら宙に吹き飛ばされたガズワーンはビタンッと地面に横倒しとなり、打ち上げられた魚の如くビクビクと体を震わせ、そして最後にはピクリとも動かなくなった。
もうここには風の音しか聞こえない。
「…やった……やったあぁぁぁぁ!!」
動かなくなった事を確認した私は歓喜の咆哮をあげ、地面にヘナヘナと座り込んだ。
疲労は既に限界を突破し、全身火傷だらけ、骨も何本折れているだろうか。
(今後の身の振り方、考えないとなぁ…)
私は戦いを見届けてくれた仲間達に手を振る。
それが今までの感謝故か、別れの挨拶故かは私でも分からなかった。
あれ程暗かった地平も明るくなりつつある。
夜明けは近い…
「………ッ……さ」
微かにアイナの声が届く、モンスターの咆哮を何度も間近で聴いていたのだ、耳が治るまでにも多少の時間が必要だろう。
「イリ……さ……き」
アイナがラースを背負いながら凄い形相をして何かを喋っている。他の皆も何かを伝えようとこちらに向かって来ていた。
(ダメだ…何を言ってるのかまったく分からん)
私は僅かに残る聴力を研ぎ澄まして耳をすませる。
「イリア様!!後ろに気付いてぇぇぇ!!!!」
その想いが届いた時には既に手遅れだった。
夜明けの光を塗り潰す様に絶望の白い影が私へ差し込むのを遮った。
死神は逃がさない。
それは私が最も油断するこの機会を狙っていたのだ。
「あ、、、あぁああああ!!!!」
全身からドっと冷や汗をかく、全ての脳細胞がこれから来る死を予期する、確認したくない現実から逃さないと言わんばかりに目が開かれる。
逃れようとする私の足を死神が咥え、体がフワリと宙を舞った。
(死ぬ、死ぬ、死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ)
私は最後の望みを賭けて内より潜ませていた閃光玉を奴の眼前に叩きつける。
激しい閃光が周囲を包み、死神の白さは光の中へと飲まれていった。
光が四散し、視界が再び絶望の光景を映し出す。
依然死神は私の足を掴んで離さなかったのだ。
(こいつ、閃光にも耐性が…!?)
その嘴は助走をつけるようにして天を仰いだ。
滅びた故郷が、仲間達の絶望する顔が私の視界に映る。
次の瞬間、私の体は大型モンスター渾身の力で地面へと叩き付けられた。
「がっ…………」
骨が砕ける、脳が揺れる、内蔵が弾け飛ぶ。
私の努力は、技は、生き様はここに敗北した。
暑い、苦しい、吐き気がする。
私は気が付くと暗く、暑く、とても痛い場所にいた。
(そうか、私は…負けたんだな)
そこがガズワーンの腹の中だと理解するのにそう時間は掛からなかった。
敗者は勝者の糧となる、なんてことはない弱肉強食、この世の理。
今まで私があらゆるモンスターにしていた役割がただ移動しただけだ。
「これがサルバトイドを滅ぼした怪物の末路か…これで私も皆の所に…」
ゆっくりと目を瞑る、胃酸がカマハネ装備の甲殻を、留め具を、そして私の血肉を溶かしていく。
意識が体と共に溶けていく…………
「イリア様ァ!!聴こえますかぁああ!!!」
腹の中まで届くアイナの声に思わず目を覚ます。
(何だよぉ、せめて最期ぐらいは静かに…)
「私は、誰が何と言おうと貴方を人間だと信じます!!」
その言葉を微睡みながら聞き届ける。
「貴方が、どんな力を持っていたとしても、どんな経験を遂げたとしても、例え怪物だったとしてもッ…!!」
アイナの声が次第に掠れていく…
「人とはその心持ち、精神性が人を人たらしめるんですっ!!」
私の意識を人の想い、気持ちが繋ぎ止める。
(何でだよ…)
「私達にとって…」
(そんな事言われたら)
「貴方は命を、心を救ってくれた人間で…」
(私………)
「ただ一人の英雄ですっ!!!!」
(死ねないじゃないかっ!!!!)
僅かに灯る命を燃やし、ツインフレイムに手を掛ける。
「団長さん、僕まだ何も返せてないニャ!戻ってきてニャ!!」
「俺も、食われそうになったのを助けられた礼ができてない、帰って来い…」
「イリアッ!私が言ったあの言葉を思い出せっ!!」
言われなくとも、わかっているさ。
宝玉の起動スイッチを入れる。
暗い体内が赤く明るく光っていく…それに混じって青い光が私の髪から盛れ出てくる……
「これは……」
全身に力が戻る、痛みが薄れる。
(これが火事場の馬鹿力ってやつか?)
私は新たに生まれ出たその力で属性解放した際の反動を制御する。
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
眩い光が闇を切り裂き、外の光が差し込む。
グキャアァァァァーーーーーーー!!!!
ガズワーンが甲高く絶叫をあげる。
喉袋から飛び出した私は皆を背にガズワーンと対峙する。
「「「「団長!」」」」
仲間たちの喜ぶ声が私を出迎えた。
「心配かけてごめんな、もう大丈夫だ」
喉袋を大きく切り裂かれたガズワーンがヨタヨタと苦しみながら立ち上がる。
あれではもう餌も消化できない、致命傷だ。
(だが…)
奴はやる気だ、現に血をダラダラと流しながらも確実にこちらを捉えているのだから。
私はツインフレイムを過去に犯した罪へ切っ先を向ける。
「私は必ず帰るよ、怪物同士の戦いじゃなく人間として決着をつけてくる。だから…見届けてくれるか?」
私は照れくささが残りながらもこう尋ねた。
「勿論です!」
「言われなくてもニャ!」
「見届けるとも」
「…私には何も聞こえないが、決着つけてくるんだろ?行ってこい!」
皆の声援が力となり、武器を握りしめる。
(いくら力が戻ったとてお互い致命傷だ、長くはない。)
地平からは朝日が昇り始め、一人と一匹の影を象った。
「行くぞ!!」
グキャアァァァァーーーーーーー!!!!
お互いの命を燃やす一撃同士が激突する。
属性の剣で薙ぎ払い白い体を黒く焼き焦がしながら、着実に一撃一撃を当てていく。
ガズワーンも同じように全身の甲殻を逆立てての突進やタックルで着実にこちらの体力を削りにかかる。
血を流す、傷が痛む。
体の、旅の終わりが近いことをお互いが理解するように、どちらの攻撃も一つ一つが必殺の一撃となって放たれる。
そして、私が放った攻撃に怯むような姿勢を見せた。
(罠か?いや、例えそうだとしても!)
その隙を見逃さない、私は嘴に両足を使って体を固定する。
グオォォォォォーーーー!!!!!
その瞬間、嘴を天高々と持ち上げる。
先程私を地面に叩き付けた大技だ。
「お前の弱点は分かってる、口内だろ!?」
外側から攻撃仕掛けた際にあまり受けなかった攻撃も内側からなら簡単に破れ、属性攻撃が効かないのに口内に入れたシビレ罠が通用したのを思い返す。
右手に持ったツインフレイムの属性を最大解放させ、この一撃に残りの全てを託す。
衝撃波がサルバトランの空に円を描く、反動が右手を砕く。
「これが私と…家族達の痛みだあぁあぁぁぁ!!」
激しい熱の本流をガズワーンの顔に打ち付ける。
ギエェェェーーーーーー!!!!
家族を、多くの人々を奪った口に流される怒りの炎は肉を赤熱化から炭化、融解へと導いていく。
その流れはガズワーンの左頬から口を貫き…そして
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
右頬へと貫いた。
役割を終えたツインフレイムは赤く溶け落ち、朝の光に消えた。
打ち砕かれたガズワーンは僅かな呼吸だけを残し、地響きを立てながら地面に倒れ伏す。
「はぁ…はぁ…」
勝者はただ何も言わずその場に立ち尽くした。
今にも燃え尽きんとする魂で立っているのは一重にかつての友をこの手で見送らん為であった。
トドメを刺そうと地面で虫の息のガズワーンに跨る。
その時、目と鼻を見てある事に気が付いた。
「お前…まさか、目も鼻も使えなかったのか!?」
目は白く濁っており、鼻は古くなった角質が塞いだ形跡があり、それはかなり前から両方使えなくなっていたことの現れだった。
クゴォォォ…
断末魔に近い、低い音を発する。
私はそこでハッとした。
ガズワーンが襲撃してくる前にあったラースには聞こえず私に聞こえる音。
あれはサルバトイドだけに聞こえる可聴域の声だったのだ。
「私の事が分からなくなったんじゃなくて、そもそも何も分からない中で私のことを呼び続けてくれてたんだな…」
目の奥からボロボロと涙が零れる。
何故もっと早くに気付いてやれなかったんだ…
私は…お前に対しての怒りや憎しみもあったが、それ以上に…
「またお前と共に生きたかったんだ!!」
止まらない、止めたいのに、あの日からもう持つまいと堰き止めていたこの思いが、皆を滅ぼした原因たるこの思いが。
その気持ちが雨となってガズワーンに降り注ぐ。
すると私の声だと認識できたのか
グルルル…
と昔の様に優しい声をあげた。
私はもう見えなくなったガズワーンと目を合わせる。
「ごめんな、こんなに待たせちゃって…もうお前を、苦しめないから」
燃え尽きずに残ったもう片方のツインフレイムを天に掲げ、そして
サクッ
ガズワーンの首に深々と差し込んだ。
もう朝日はサルバトランの街並みを照らす程に昇っており、かつての人々の声が聞こえてくるようであった。
「お母さん……お父さん……私やったよ……私頑張ったんだよ……」
そんな事を言っても返す人は誰もいないことは分かっていた。それでも…それでも…
「もう良いんです、団長!我慢せずに全てを言って」
アイナが崩れそうな私を抱擁する。
「団長さん、おかえりなさいニャ。今は何も言わないのニャ、よく頑張ったのニャ。」
ライトが背中をヨシヨシと言うように擦る。
「今回は助けられた…何も聞かないどいてやるから…ほら、今の内に言いたい事を言っとけ。」
ラースはボロボロになりながらも相変わらず去勢を張っている。
「過去を断ち切ったか、信じてたぞ。」
メアリーは立ったまま珍しく柔らかい表情を覗かせる。
私の心はそこで決壊した。
嗚咽を漏らしながら子供のように泣きじゃくった私は空を見上げる。
(お母さん、言ってたこと本当だったね。)
両親の形見はあれ程の戦いを経てながら既に乾いていた。