序章 出会い
「うう・・・」
「目ェ覚めたかい。」
意識が戻り、私は慣れない布団から身体を起こした。どうやら隣に座るこの男が助けてくれたらしい。
「ここは・・・?」
「タネガシ外れの整備工場さ、あんたそんな体でよく着陸出来たね。」
「お前が・・・助けてくれたのか?」
「ひっでえ怪我だったけどね、どうにかなったようで一安心だ」
「ありがとう・・・お前の名は?」
「初対面で大して年の変わらねえ人間にお前って、なかなか肝の座った姉ちゃんじゃんか。俺はヤマダだ。」
「私はイサカ、早速ですまないんだが私の機体は?」
「直してあるよ。もうちっと調整はしたいけどな。」
それを聞いて私は布団から飛び出すと、滑走路へと向かった。だがそこに私の機体はない。
「馬鹿野郎、ちゃんと寝てないとだめだ。」
「あの機体は・・・私の大切な機体なんだ!!」
私がそういうと、ヤマダは私が居た建物の横にあった格納庫のシャッターを開けた。
ガラガラガラ!!!
「ああ・・・私の・・・」
被弾した筈の所は修復され、割れた風防も綺麗に修理されていた。塗装まで塗り直されている。
「あんたは今飛べる体じゃねー・・・発動機くらい回してやるよ。」
そういうが早いかヤマダと名乗った少年は、私の機体を押して外に出し操縦席からエナーシャハンドルを取りだし、機首の下で大声で叫んだ。
「整備員前離れ、メインスイッチオフ、エナーシャー回せ!!!」
ああ、サダクニが良く言っている。そしてヤマダはエナーシャを回すと操縦席に駆け上がった。
「コンターク!!」
バラッバラッバラッ・・・バラバラバラバラ!!!!
私の機体は、私が出撃した時と同じ音を出してプロペラを回した。しばらくすると発動機が止まり、ヤマダが降りてきた。
「どうだい、いい音だろ?」
「ああ、私と大して年が変わらないのに良くここまで整備した物だな・・・」
「俺は16だ、キミは?」
「17だ、私の方がひとつ上なんだな。」
「17で戦闘機飛ばしてんのか・・・」
「お前だって、16でここまで戦闘機を整備出来るなんて凄いじゃないか。」
「いや・・・俺には目標があるんだ」
「聞いても?」
「ああ、」
そういうとヤマダは整備工場にずらりと並んだ機体をすり抜け、奥の格納庫へと向かった。そこだけは建物がやたらに古かった。
「こいつさ」
そう言ってヤマダが大きな扉を開けると、その中には発動機の外された戦闘機が置かれていた。塗装もやけに古く見える。
「俺はこいつをまた飛べるようにしてやるんだ。」
「私にも・・・目標はある。」
「何だ?」
「今は私の教師だった人間が動かしているが・・・いずれは私が自分で組を持つ。」
「組って事はあんた、ゲキテツかい。」
「ああ、機体のマーキングで分かっていたんじゃないか?」
「まあな、自警団のかわりに街を守ってくれてんだ。俺は感謝してるよ。」
「そうか・・・」
そうして数日後、傷も塞がり体力が回復した私は自分のシマに帰ることにした。私は飛行眼鏡を首にかけると、機体の横に歩いていった。
「イサカ、飛行眼鏡は首にかけるんじゃなくて目の上に上げておくんだ。」
「こうか?」
「そうしとけば万が一風防が壊れたりしてもすぐに目に下ろせるからな。」
「なるほどな・・・ありがとう。」
「いえいえ・・・じゃあな。」
そう言ってエナーシャを持ち機首下に潜ろうとするヤマダを私は呼び止めた。
「待て、ヤマダ」
「なんだ?」
「私が組を持って、地域を任されるようになったら・・・お前を私の機体の専属整備員として迎えてやる。」
「おっと、大きく出たねぇ・・・それじゃそのお誘いは、俺があの機体を仕上げれていたら受けさせてもらう事にしようかな。」
「なら、あの機体の製造番号と尾翼番号を教えろ。」
「中島6544號機 尾翼番号AI-1-129」
「覚えておくぞ。約束だからな。」
「ああ、首長くして待ってるよ。」
そして私は操縦席に座ると座席を上げ、風防を全開にして飛行眼鏡をかけた。落下傘とベルトの接続を確認し声を張り上げた。
「整備員前離れ、メインスイッチオフ、エナーシャ回せ!!」
キィィィィィン・・・
「コンタクト!!!」
下でヤマダがクラッチハンドルを引きプロペラが回り出す。私は点火スイッチを右へ移動させ発動機に火を入れた。
「油圧、油温、回転数、ブースト圧変更なし!問題ないはずだ!!」
「問題ない!じゃあな!!」
「ああ!!気を付けてな!!」
ヤマダは機体から離れると、敬礼をしてこちらをじっと見ていた。私も敬礼を返し、スロットルを開けてその整備工場の滑走路を離陸した。
第一章 再開
五年後・・・・・・
「よし・・・行くか。」
俺はエアレースに挑むべく格納庫から機体を押して滑走路まで持っていき、操縦席に乗り込んだ。機体のそばには整備工場を共に経営するキヨシが居た。
「先輩、良くここまで仕上げましたね。」
「約束してたからな・・・」
「は・・・?」
「まあ、気にすんな。じゃあ行ってくる。」
「応援に行けなくてすみません、頑張ってきて下さい。」
「俺こそ仕事に穴開けて悪いな、ありがとう。」
そうして俺は忘れ物が無いか確認すると、飛行眼鏡をかけ風防を全開にする。使用燃料タンクを胴体内燃料タンクに切り替えた。
「切り替えよし・・・行くか。」
セルスタータースイッチに手をかけ、押し込む。
ウィィィィン・・・
セルモーターによってプロペラが回る。その瞬間スロットルを少し押し込み、点火スイッチを左にひねる。発動機に火が入りプロペラの回転が安定する。
バラッバラッバラバラバラバラバラ!!!!
キィィィィンッ・・・!!!
発動機の子気味良い爆発音と過給器の風を斬る音に異常が無い事をよく確認しスロットルを開ける。左右に流れる景色が線になった時、そっと操縦桿を引いてやれば、晴れて機体は大地をけって大空へと向かう。今日の主役は俺の機体、零式艦上戦闘機二一型 AI-1-129だ。
私は身支度を整え、今日行われるエアレースの会場へ向かう為に機体の準備をしていた。すると後ろから誰かが近付いてきた。
「イサカ、毎年思うんっすけど、なんでわざわざエアレースなんて見に行くんっすか〜?」
「約束があるからだ。組をからにして悪いがサダクニと上手く連絡しあって一日頼む。」
「仕方ないっすね。にしてもイサカ、飛行眼鏡を上に上げるのはなんでなんっすか?」
「約束の相手に言われたんだ、この方が良いとな。じゃあ行ってくる。」
「エナーシャ回すっす〜」
そして私はエアレースの会場であるインノのはずれへと向けて飛び立った。
俺はエアレースの会場へ降りると、自分に与えられた区画に機体を止めエントリー用紙に自分の機体番号を書くと開会式に出席し、自分の機体の整備に入る。
「よっこいせっと・・・」
主翼の20ミリ機銃と照準器を取り外し、機銃の穴が空いていた主翼前縁のパネルを取替える。発動機の磁石発電機に異常がないか再度点検しオイルを継ぎ足していた。
「周りの機体もが速そうだ・・・」
速度が速くそこそこの小回りも効く零戦五二型や、ダッシュ力最強局地戦闘機の雷電。その他ユーハングの機体でない機体も多くある。俺がエントリーしているのは1000馬力台のクラスなので、紫電改や雷電などの化け物はいないのが救いだろうか。
「頼むぞ、俺の二一型」
機体こそ二一型だが、普通の二一型より太く長いカウリングの中でピストンを休める発動機は全く別物だ。俺は主翼が長く不利な二一型で速度を稼ぐために、栄を捨てた。
滑走路へ降り、ギャラリー用の駐機場に機体を止めると私は選手用の区画へ足を踏み入れた。スタートする前であればギャラリーでも選手用区画へ入ることが出来る。私は毎年一度のこのエアレース会場で「AI-1-129」を探すのが恒例になっていた。
「今回で五年か。」
三年前、尾翼番号を待機していた選手に伝えて聞いた事がある。その時は何も分からないと言われてしまい、結局何の情報も得られるまま時が過ぎてしまった。ずらりと並んだ戦闘機からまずは零戦を探す。
「あるにはあるが、あれは二二型か・・・」
派手なマーキングばかりで、今年も空振りかと思いつつ会場を歩く。すると・・・整備区画の片隅に、一際異彩を放つ機体が止まっていた。
「あれは・・・!」
零戦がユーハングで飛んでいた時の標準塗装だったと言われる飴色。円筒型に近い特徴的なカウリング、胴体に描かれた白いふちが着いたヒノマル、そして尾翼の番号
「AI-1-129・・・!!」
気がつけば私はその機体へと駆け寄っていた。
俺は機体を点検し終え、顔を上げて簡単なイスを置いておいた尾翼の方に向けて歩いて行こうとした。すると、AI-1-129の 尾翼を見つめる人間が居た。
「姉貴・・・?」
俺と違って頭の良かった姉は、親父とお袋と一緒にアレシマの銀行に勤めていた。実家にほど近い場所に整備工場を立てた俺をよく気にかけてくれていた。スーツが良く似合う姉は・・・銀行強盗にあって、親と共に遺体で発見された。
「夢かなんかか・・・」
そうして主翼をくぐり尾翼の方へと歩いてゆく、するとその女性はこちらを振り向いた。その顔に俺は見覚えがあった・・・
「イサカ!!」
「ヤマダ!!」
感嘆の声を上げ俺はイサカに、イサカは俺に駆け寄った。俺は驚いていた。
「イサカ・・・五年ぶりか!でっかくなって・・・」
「お前もな、全く・・・五年も待たせて。」
「遅くなってすまない・・・約束を果たしに来た。」
「ああ、お前の番はまだなのか?」
「次の次だ、そうだ。操縦席に乗ってみてくれよ。」
「良いのか?」
「ああ、もちろんだ。」
機体からステップを出し、イサカを操縦席へと招く。俺は主翼前縁から操縦席の横へと上がった。
「おお・・・これは・・・」
「見覚えでもあるのかい?」
「昔、まだ小さかった頃にユーハング戦闘機図鑑で見たままだ。私のあの二一型は・・・私の親の唯一の形見だったからな。」
「君も家族を?」
「ああ、金貸しだった親は強盗に殺された。」
「そうか・・・」
そうこう話しているうちに俺の番が回ってきた。発動機を回すためにイサカと操縦席を変る。飛行眼鏡を頭につけ、落下傘バンドを接続する。
「発動機を回すところ見ていてもいいか?エナーシャはどうする?」
「この機体、エナーシャは要らないんだ。」
そうして俺は燃料をキャブレターへ送り、セルモーターのスイッチを上に弾く。強烈なセルモーターのトルクでプロペラが回り始めた。
「おお!」
点火スイッチを左へ捻る。混合気が噴霧されたシリンダーに二本の点火プラグが強烈な火花を飛ばした。それと同時にぎこちないプロペラの回転は力強い爆発音と共に安定する。
バラバラバラバラバラバラ!!!!
キィィィィンッ・・・!!!
一定間隔の爆発音と、過給器の風切り音が心地よい。少し暖機運転をする間、イサカが話しかけて来た。爆音の中、怒鳴り合うような会話を交わす。
「この機体!発動機が栄から変わっているようだが!?」
「その通りだ!!」
「何の発動機を使ったんだ!」
「P&W R1830-75 ツインワスプ!!」
「聞いた事ないが!!」
「当然だ!!ユーハングの発動機じゃないからな!」
「まあいい・・・勝てよ!!ヤマダ!」
「ああ!!」
そうしてイサカが機体から離れたことを確認すると、タキシングで滑走路へと出てゆく。今回二一型でエントリーしたのは俺一人のようで変な注目が集まっていた。ブレーキと尾輪を使って機体を左右におおきく振りスタート地点に行く。俺は風防を全開にして座席を上げ、飛行眼鏡をかけた。
「発動機に異常は無し、それに・・・最高のギャラリーが居る。俺のギャラリーは彼女だけでいい。」
大きなフラッグが振られた、スタートだ。
バラッバラッバラッゴォォォォォォォォォォ!!!!
スロットルを開けると爆発音は轟音へと変わる。操縦桿を引いて離陸すると、風防を閉めて飛行眼鏡を外した。もう観客の歓声も、周りで試運転をしていた戦闘機の音も何も無い。
一つ目のターンへとアプローチする。右ターンへ備えて、機体を思い切り右のパイロンへ近づけた。翼を流れる風が変わり機体がふらつくが、俺はそれをラダーとエルロンを使い抑えつける。少しの軌道のズレはコンマ数秒のタイムロスだ。高度を上げつつ右に左にとターンをクリアしていく。
「よし、ここまでは予定通り、あとは・・・!」
高高度まで一気に上がる区間に入った、その瞬間俺は過給器を二速へ変速しフルブーストバーを引いた。発動機の音が変わる。操縦桿を自分に引き付けた。
「昇れ・・・昇れ・・・昇れ!!!」
普通は重力に負けて減速しながら昇る所を、俺の機体は加速しながら昇る。軽い機体を引っ張る発動機の吸入圧力計は赤ブースト一杯を指し示し、回転は落ちることを知らない。
「昇った!」
示された高度まで昇ったら、次は思い切りダイブして水平飛行に移りながらのキツい左ターンだ。操縦桿をハート型に動かしフットバーを蹴飛ばして機体をひっくり返すと、過給器を一速に戻しスロットルをアイドリングに引いた。一瞬の強烈な逆Gで意識が遠のく。
「うぉぉおおお!!!」
叫びながら意識を引っ張り戻す。グングン降下しながら加速する中、規定の高度まで降りた瞬間に操縦桿を捻りパイロンギリギリをターンしゴールラインを掠めた。
地上へ向け大きくバンクを振り、着陸のため充分に減速したあと、フラップと主脚を出して着陸する。電光表示板に出たタイムは、現在トップだった。
整備区画に戻ると冷却運転を行って発動機本体を冷やす。
「冷却運転、そんなに短くて良いのか?」
「いいオイルを使ってるからな、焼き付くことはほとんどないしこれくらいで大丈夫なんだ。」
「現在トップタイムだ・・・約束は果たされたな。」
「まだだよ、俺の後ろにも数人いる。」
「ふふ・・・負けるとは思えないがな。」
「終わるまでわかんね〜よ・・・それより聞かせてくれよ。この五年間で何があったのかさ。」
そうして俺はイサカとこの五年間の事を話した、彼女が立派に組を立ち上げたこと。ゲキテツ一家の首領は今こちらにはいないこと。自分担当の整備員の枠はずっと開け続けてくれていたこと・・・聞けば聞くほど義理堅い人だった。一通り話し終えた時、イサカは俺の目を真っ直ぐ見て言った。
「お前は充分約束を果たした。私の元へ来てくれないか。」
「・・・よろしくな。」
「・・・ありがとう!」
「こっちのセリフだよ、こちらこそありがとう。」
「五年間待って、もう会えないかと思ってたんだ・・・良かった・・・本当に・・・」
「おっおいイサカ!何もそこまで・・・」
そうこうしていると、何やら会場が騒がしくなってきた。レーサー達が次々に飛んで逃げて行く、ざわつく会場の人混みをかき分け主催者らしき人物の肩を掴んだ。
「おいっ、何の騒ぎだ?」
「空賊らしき機体がレース空域に出没したんです!早く逃げないと!貴方も早く!!」
「機体の数は!?」
「三機ですっ!」
「機種は!?」
「えっと・・・隼!! まずい、もうそこまでっっ!!」
俺はまたごった返す人混みをくぐりぬけ自分の機体に戻った。20ミリを載せている時間はない、7ミリ7機銃の残弾を手早く確認し射爆照準器をはめ直すと操縦席に飛び乗った。
「おいヤマダ!何をする気だ!?」
「迎撃するしかねえだろ!」
「お前、その機体で!?」
「空戦は好きじゃないが・・・仕方無い!!」
そうして発動機を回した、少々強引だが無理やり滑走路に出る。さっき飛んだから特に異常は無いが一通り計器類に目を通し飛行眼鏡をかける。すると・・・
バラッバラッバラッバラッ!!!!
横に見覚えのある機体が並ぶ、懐中時計を基調としたパーソナルマークを尾翼に描く零戦二一型・・・イサカの機体だ。手信号で何かを言っている。
「無線番号ヲ見セロ」
俺は咄嗟に手信号で無線の番号を返す。
「ヒト、ヒト、ヒト、フタ、ク(11129)」
無線機の電源を入れ受信側を耳に当てると、イサカの声が聞こえてきた。
「聞こえるか!?どうぞ!」
「はっきり聞こえる!どうぞ!」
「了解だ!行くぞ!!」
「先に出るぞ!」
プロペラピッチを低で固定しスロットルを開け離陸すると、ほんの少しスロットルを絞り気味で上昇する。イサカの機体と足並みを合わせる為だ。二機で並んで編隊を組む。
「ヤマダ、空戦の経験は?」
「四年間戦闘機の整備して護衛任務しての繰り返しだったからな。そこそこはある。」
「ふふ・・・なら安心だ。」
「ん?」
「あれほど綺麗に機体をコントロールするんだ、腕は問題ないだろう?」
「はは・・・頑張るよ。」
「ひとつ聞いてもいいか?」
「ああ、いいぜ」
「私を助けてくれた時・・・五年前は整備工場もまだ繁盛している様に見えた。その時の規模から考えると、お前がたった一人サポートすらつけず参加しているのは少し違和感がある・・・何かあったのか?」
「はは・・・鋭いな。その通りさ、詐欺にあった。」
「やはり・・・」
「本当に情けねえよ・・・あっけないくらいに全部もって行かれた。それからはいずり上がってやっと同じ土地に整備工場を建て直したけど・・・規模は全然違う。すまないな、こんなので・・・」
「ふふ・・・私は100回人を騙した人間より、100回人に騙された人間と一緒にいたい。」
「イサカ・・・」
「私がそんな程度の事でお前の見方を変えたりはしない。安心しろ。」
「君って人は・・・」
「ほら、前を見ろ・・・来るぞ!!!」
ドンッ!ドンッドンッ!!!
前から飛び込んでくる隼を避け、お互いの気流を乱し爆発音にも似た空気がぶつかり合う音を鳴らしながらすれ違った。負けじと操縦桿を引いて後ろに回ろうとする。
「三型か!!」
「三型か!!」
二人同時に叫び、機体の向きで狙う敵を伝え合い各々の獲物へと向かう。こちらは海鷲、向こうは荒鷲、負ける訳にはいかない。同時に旋回する隼は空戦フラップを出している、その状態で互角に旋回しているのならばこちらにも考えがある。
「こっちも・・・!!」
操縦桿を左手に持ち替え、操縦席右横のレバーを下げて浅い角度でフラップを出す。隼のファウラーフラップほど効果は無いが、追い付く程度では十分だ。
「ぐうっ・・・ふっ・・・!!」
強烈なGに襲われてもスロットルは戻さない。だがいつまでも隼と楽しく旋回戦をしている訳にも行かないのだ、敵がループに入った時自分も合わせてループ旋回に入る。ループの頂点に達した時、スロットルを引き戻して機体の速度を捨てた。
「よっ・・・!!」
速度を失った機体はループの頂点から落下するような挙動を示す。エルロンとラダーで機軸を敵機に向けスロットルを開ける。向こうは俺を見失い慌てている。
「貰った!」
後ろに忍び寄り照準器いっぱいに機体を捉えた瞬間、発射レバーを握る。
バババババババッ!!!!
7ミリ7だけなので発射音が心もとないが、隼であればそれで十分だ。燃料タンクは防弾が施されているので尾翼の構造が弱い部分を狙う。
ガッ!!!!
隼のエレベーターが吹き飛ぶ、そうなってはもうパイロットはどうしようも無い。俺はすぐに離脱し周りを確認する。イサカも一機落としており、残るは一機だ。ふと斜め前を見ると水平飛行で逃げようとする残りの一機がいた。イサカが追い掛けているがさすがの隼三型、約1100馬力に水メタ噴射が効いて980馬力の二一型ではなかなか追い付けない。
「イサカ!俺が追って速度を捨てさせる!」
「頼む!!」
スロットルを開けた状態でフルブーストバーを引く。過給器の風切り音が少し甲高くなり背もたれに背中が押し付けられる。
「この加速、たまんねーなぁ・・・」
詐欺にあって全てを失った。何とか再建した今の工場もやっと生活できる程度の儲け・・・だが俺は幸せだ。この機体のこの加速、これの為に俺は全て我慢して来た。借金返済が辛くてもこの発動機だけは売らなかった。
「行くぜ!」
隼に追い付き7ミリ7を威嚇に発射する。俺に気づいた隼は自分の得意な左旋回で逃げようとする。だが零戦と隼の心臓は同じ・・・いやまあこいつは違うが、反トルクの作用する向きは同じだ。向こうが左旋回が得意なら・・・
「俺も左は得意なんだ!!」
R1830はカウンターウエイトを二倍速で回転させカウンタートルクを相殺しようとしている。それでもプロペラ本体は時計回りに回るので反トルクは効くのだ。フラップを出して旋回する隼へ俺の零戦も肉薄する。
「ほらほらほら!!」
旋回していると速度は自然と落ちる。追い掛けつつ横目で後ろを見ると、イサカが後ろにピタリと付いている。20ミリを下ろしている俺より、イサカに仕留めてもらった方が確実だ。
「イサカ!俺は次の旋回で離脱する。あとは頼むぞ!」
「了解!!」
隼が切り返した瞬間、バレルロールでイサカを前に押し出す。
「行け!」
万一の援護のために後ろで追い続けるが、万一の心配は必要無かった。
ガガガガガガッッ!!!!
7ミリ7と20ミリの音が合わさって力強い発射音となる。二一型の主翼から発射された20ミリは隼の翼を引きちぎり、燃料に火をくれた。
ドォンっ!!!!
爆発四散した敵機を横目に俺たちは帰路に着く。とりあえず俺は会場に戻って機体から外した20ミリ機銃を回収しないといけない。主脚を出し、大きくバンクを振って敵では無いことを伝え滑走路に着陸する。
「全く・・・何がそこそこはあるだ、十分に上手いじゃないか。」
「そ、そうか・・・? はは・・・」
そうして俺は誰も居なくなった整備区画でAI-1-129を点検し20ミリを積み直した。交換したパネルを操縦席の後ろに入れた。するとそれを見ていたイサカが驚いた声を上げる。
「ヤマダ!お前これ・・・!?」
「どうした?」
「こんな所に燃料タンクを・・・お前こんな機体で空戦しているのか!?」
そう、AI-1-129は発動機を換装した関係で重心位置が前寄りになっているのだ。それを修正するために後部胴体内に152リットル燃料タンクを入れている。当然重量がかさんでしまうのでそこに防弾は無い。
「ああ、重心位置が変わっちまうからな。」
「にしてもお前・・・こんな爆弾を・・・」
「まあ仕方ないよ。ただこれのお陰で増槽燃料タンクを吊った時の航続距離が長くなったからな。」
そうして簡単な点検を済ませ、一度帰りイサカの管轄するタネガシ中央部に移転する用意をすることにした。
「ヤマダ、準備が出来たらここに来い。待っているぞ。」
「分かった、本当に長いこと待たせたな。」
「待たせすぎだ・・・馬鹿者。」
そうして俺たちはそれぞれの帰路に着いた。
俺は自身の結果をキヨシに伝え、今後どうするかも伝えた。そして話し合いとイサカへの確認の結果、キヨシも俺について来てくれる事になった。そして工場を完全に閉め、出発の日・・・
「よし・・・行くか、キヨシ」
「はい・・・ここの工場も見納めですね。あんなに大量にあった零戦を一気に捌くなんて、さすが先輩です。」
「へへ、これ以上あの人を待たせる訳には行かないからな。」
「その速度でいつも仕事して欲しいものです。俺は家族に一度会いに行ってから向かうので、到着するのは1ヶ月後になります。」
「了解、向こうには伝えておくよ。」
そうして俺たちは古巣を飛び立った。キヨシが家族の所へ向かったのを確認してから俺は元工場の上で何度か旋回した。
「親父!おふくろ!姉貴!!そっちでも元気にしてるか!?俺は元気だ!俺は新しい場所で新しい人生を歩む!!達者でな!!達者でな!!!」
風防を開けて元々俺の家があった場所へ叫んだ。そうして思いを馳せ、未練を断ち切ってタネガシへと機首を向けた。
私は朝から落ち着かなかった、書類仕事に集中できずかと言って昨日磨いたばかりの機体を磨く訳にも行かない。電話がなっていることにも気づかない有様だった。
ジリリリリリリ!!ジリリリリ!!
「はぁ・・・」
「組長、電話がなっていますが・・・?」
「ん、ああ・・・サダクニか・・・」
「いや確かに私ですが・・・電話がなってます。」
「ん・・・?あ!!」
あわてて受話器をとる。
「イサカ〜、今から遊びに行ってもいいっすか〜?」
「お前は今日、空いているフィオとローラのシマの見回りに行くんじゃなかったのか?」
「一人だと暇で〜、一緒に来て下さいっす〜」
「子供か!? 全く・・・早く来い!」
「一緒に行ってはくれるんっすね・・・了解っす〜」
内容をよく聞かず呼んでしまった・・・受話器を置き、席に座ると頬杖を着いて窓の外を眺めた。何時もは早く終わらせようとする書類仕事に全くと言っていいほどやる気が起きない。あの男に・・・私は何か心惹かれていた。五年間もだ・・・
「はぁ・・・」
私は一度俯いてまた窓の外を眺め、溜息を漏らす。
第二章 新生活ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
俺は久々ののんびり飛行できる機会とあって、自分のAI-1-129を満喫していた。といっても快適なクッションを引いた座席があるわけでも広い空間がある訳でも無い。陸軍の一式戦闘機ほどではないが、零戦はお世辞にも快適な飛行機とは言えない。
「いい音だ!!」
自分の前で唸る発動機、回転するプロペラ、機体が風を切る音、乗り心地ではなく機体そのものを満喫していたのだ。自分が組み上げた機体はとても気分が良く空を飛んでいた。
「ん・・・?」
イサカに渡された座標の付近を旋回して滑走路を探していると、後ろから零戦五二型が二機忍び寄ってきた。一応バンクを振って敵意がないことを送るが、どうもこのあたりを無断で飛んでいる飛行機は関係なく叩き落とす事になっているようでどんどん近づいてくる。
「いいぜ・・・この辺の奴らのお手並み拝見と行くか!」
プロペラピッチを低に固定しスロットルを開け、フットバーを蹴り飛ばして操縦桿を倒した。機体は大きくロールし向きを変える。向こうは二機でバラけて俺を追ってきた。
「おお、二機で編隊を組むわけじゃねえのかい。」
反航戦・・・ヘッドオンの形になり機体同士の距離が急速に縮まる。俺は機体を裏返し7ミリ7機銃を完全装填した。向こうは遠慮なく機銃をぶっぱなして来る。俺は20ミリの弾数が少ないので発射はせず向こうと俺はすれ違う。
「女・・・?」
女性搭乗員はイジツじゃ珍しくない、だがここまで積極的に空戦を挑んでくる女性は珍しい。操縦桿を自分の方へとひきつけ相手の後ろを取ろうと旋回する。
「五二型には負けねえぞ!」
推力式単排気管の効果で加速の速い五二型は、俺と同時にスロットルを開けてもワンテンポ早く速度が乗る。俺の機体がいくら馬力が上がっているとはいえ、1mの主翼のハンデはどうしようもない。
「ちぃっ!」
遠くから機銃弾をばらまくわけでなく、ジリジリと後ろに詰め寄ってくる。バラけたはずの二機はいつの間にか一つの編隊となり俺の後ろにいた。ここで操縦桿を引く手を緩めれば負ける。
「意地でも撃たれてやんねえぞ・・・」
すると無線から聞いた声が飛び込んできた。
「レミ!馬鹿者!その二一型は味方だ!! ずっと前から話していただろう!?」
「イ、イサカ、このチャンネル俺だぜ・・・?」
「あっ・・・すまない。」
そうして俺は操縦桿を引く手を弛め、もう一度二機の五二型に大きくバンクを振った。今度は向こうの二機もバンクを返してくれる。一時はどうなるかと思ったがこれで万事解決のようだ。
イサカと前の五二型に案内され滑走路へと向かう、そこには立派な舗装滑走路があった。主脚とフラップを出し滑走路へと降りる。地上に居た大柄なサングラスの男の誘導に従って機体を滑走路の端で止めた。飛行眼鏡を機銃にひっかけ、風防を開けて機体から降りる。
「よっ・・っせっと・・・」
主翼の下をくぐり抜け、頭をあげる。誘導してくれたサングラスの男へ礼を言いに行く。
「誘導感謝します。これからお世話になります。」
「お前が組長が言っていた男か、よろしく頼む。」
そしてイサカの機体へと歩いて行った。
「お待たせ。」
「遅いぞ・・・私は五年待ったんだ。」
「その分しっかりと働かせてもらうよ・・・な?」
「期待しているぞ。」
するとさっきの五二型から、薄紫の髪をした少女が歩いてきた。
「いや〜申し訳ないっす。あんなに堂々と空域の中を飛んでるもんで挑発されてるのかと・・・」
「気にしないで下さい。それより貴女は?」
「そんな改まらなくてもいいっすよ〜、歳もそんな変わらないんですし気楽に行きましょ? ゲキテツ一家レミ組組長、レミ。人呼んで流れ雲のレミっす。」
「俺はヤマダ、多分イサカから話が行ってると思うが・・・」
「聞いてるっすよ〜、五年前に一人で突っ走って被弾して怪我したイサカを助けてくれたんっすよね。」
「おいレミ!余計なことを・・・」
「五年間いろいろあったっすけど、イサカは酔ったらだいたいサダクニさんとの思い出話かあんたの話をするんっすよ〜」
「レミ!!」
俺は案内されるがままに機体を格納庫へと収めた。五二型用の小さな格納庫であったので、主翼を折り畳んでから押し込む。一通り施設の説明を受けた後、俺は格納庫に併設された小部屋の布団に寝転んだ。一人は嫌いではない。組の建物の部屋は近いうちに開けると言ってくれているが、ここも悪くは無いかもしれない。
「はぁ〜。施設も工具も整備員もいいのが揃ってるのに、なぁ〜んで俺をそこまで呼びたかったんだかな・・・整備員のトップしかなれないような組長の機付きに急に来た俺がなったら、反乱が起こるぜ。」
そして寝転ぶことに飽きた俺は布団からおきあがって格納庫に行き、機体を眺めていた。すると滑走路で怒鳴り声が聞こえる。
「空賊だ!!うちのシノギの飛行船にまとわりついてる!」
「何機!?」
「まだわからん!」
俺は自分の機体を格納庫から押し出したあと、もうひとつの格納庫に走りイサカの機体の発動機を回して暖機運転を開始した。イサカが駆け下りてくるのを確認した瞬間に大きく手を振って操縦席を代わるように仕草をする。
「あと二分だけ暖機運転!!それが終わったらタキシング・出撃よし!!」
「了解!!」
ブレーキから足を離しイサカと操縦席を代わる。車輪止めをはらって正面の扉を開けると自分の機体の方へと駆け戻る。翼端を広げプロペラを手で回し操縦席に飛び乗ると、発動機を回した。暖機運転を済ませ滑走路に出る。
「組員の人らが前に居る・・・少し待つか。」
そう思っていると無線が鳴る。
ガガッ・・・ガガッッ・・・!!
「はい!!」
「ヤマダ!前まで進んでこい!」
「前には組員の人らがいっぱいいて進めねえよ!」
「いいから進んでみろ!前で待つ。」
スロットルを開けゆっくりとタキシングを始める。前でわちゃわちゃしている機体がスっと退けていく。一番前に進むとイサカが風防を開けこちらを見ていた。
「言っただろう。前で待つと」
「ふふ・・・ああ。」
前に誰もいない状態での離陸・・・今まで雇われて護衛をする時は列機もおらず、他の飛行隊の後ろを追うばかりだった。俺は地上管制員の旗振れを確認しスロットルを開けた。緊急事態という名目で、一番最初に空へと舞い上がった。
「コラっヤマダ!組長より先に!」
「いいんだサダクニ、やつならいい・・・」
高度をとって辺りを見回すと、やたらと気合いの入った編隊を組む零戦五二型が居た。確かにこっちを攻めに来たカンジだ。
「イサカ、聞こえるか?」
「横を見てみろ。」
横を見ると、機首角度20度程度で上昇する俺の零戦に肉薄する機体がある。イサカの零戦だ。
「お前が整備してから、空を滑るように飛ぶんだ。この機体。」
「へへ、俺は何年もかけて零戦をいじってきたんだ。君は思いの外高回転でぶん回すんだな。」
「緊急ブーストを多く使う癖がどうしても抜けなくてな・・・」
「だろうな、だから高回転で滑らかに回るようにオイルと少々の部品を変えてみた。」
「機体を見ただけで癖まで・・・」
「おっと、そんな事より向こうは五二型12機の大編隊だ。君は組員達を率いてやってくれ、俺は・・・」
「私の!!」
「!?」
「お前は私の列機では・・・不満か?」
「・・・前は、任せた!」
俺はバレルロールでイサカの後ろにベタ付けする。二機編隊は後ろは前に、前は後ろに自分の命を預ける。俺は詐欺にあってから人を信じれなかった、空戦では特に・・・だが、彼女になら俺の全てを喜んで委ねよう。
イサカは五二型の編隊に上から飛び込んでゆく。俺もそれに続いた。後ろでは組員の機体が次々と後をおってくる。俺達は先に敵を見つけ飛び込んで敵編隊を掻き回す。
「よしっ!乱れろ!」
編隊のど真ん中に飛び込んだ時ちゃんとした部隊であれば二機、もしくは三機の編隊を組みながら大編隊を崩していく。だが今回は一機一機散り散りに逃げていく、数が多いだけで大したことは無い部隊だ。案の定逃げ出す者やあっけなく撃墜されるものばかりでスグに片付き滑走路に戻ってこれた。
機体を滑走路から格納庫へと収めている時、組の中身と関係ない外に向けた整備工場に目がいった。シノギとしてイサカが始めていた戦闘機の整備工場だ。
「やはりあそこが気になるか?」
「ああ、今までそれで食ってきたからな。」
「ふふ・・・そう言うと思ったぞ。お前は明日からそこの責任者になってもらう。」
「ええ!? いいのか!?」
「勿論だ。」
そして俺とイサカはそこに入っていった。そしてイサカは整備員達を集め、明日から俺が責任者となることを伝えてくれた。俺は頭を下げ挨拶をした。
「よろしくお願いします。」
組長とタメで話しているような人間に頭を下げられたのだ、整備員たちはさぞ驚いたようでその後俺は歓迎された。俺の噂は案外にも広まっていたらしく、エンジンスワップ(発動機を他機種の物に載せ替えること)をできるような技術のある人間であるなら信用できると歓迎してくれた。
「ヤマダ、良かったらお前のAI-1-129はこっちに置いておいたらどうだ?」
「有難い話だけど・・・俺は今の場所でいいよ。」
「そうか?」
「君がせっかく用意してくれた、俺の家だからな。」
第三章 新たな「零戦」ーーーーーーーーーーーーーーー
一ヶ月後・・・・・・・・・
「おーい!こっちの三二型、仕上げたの誰だ!?」
「自分です!」
「カウルフラップを閉じた時に段差がある、やり直しだ!」
「け、けどヤマダさん・・・この位は・・・」
「ダメだ、金を貰っている以上しっかり仕上げる。それが責任!」
新しい職場でキヨシとも合流し仕事にもそこそこ慣れてきた。タネガシで空賊騒ぎが起きることは滅多になく、俺はひたすらに戦闘機を整備する日々を送っている。ここでは海軍文化が根強いようで、零戦が最も多くそれについで紫電が来る。俺は零戦以外は専門外なので紫電等の整備は別の整備員に任せていた。
「先輩、さっきの三二型で今週分は上がりです。今回は少なかったですね。」
「いやはやまさかここに来てもこの仕事ができるとはなぁ・・・」
キヨシは部品庫の整理に行くといい、俺は自分のAI-1-129を広い格納庫の方へ持って行くとカウリングを外しオイルを抜いた。零戦のオイルは人間で言う血液で、オイルの状態を見ることで発動機の中のある程度の不調は分かる。
「キラキラしてないし粘度もあるし、問題無しだな。」
抜いたぶんオイルをつぎ足すと、カウリングを戻し腰を休めた。零戦は転がすことが出来るとはいえ一人ではかなり重い。椅子に腰かけ周りを見渡すと、格納庫の隅でホコリを被っている零戦二一型があった。俺はそれに駆け寄り機体を眺め回す。
「うわっ、えらいホコリの量だ・・・」
年代物のようで外板はベコベコになってはいるが、中の骨組みはしっかりしておりまだ使えそうだ。だが発動機はもうサビだらけで使えそうにない。湿気の多いイジツの気候と今まで放置されていた事が祟ったのだろう。本来ならば廃棄するところだが・・・
「ほっとけねえじゃんかよ・・・」
イサカ組の組員が使う機体は五二型で、このいまさら旧式の二一型をわざわざ治す理由もない。だがいつ廃棄されてもおかしくないこの機体が今の今まで残っていたのだ。救ってやりたいと言うのが人情である。整備員何人かを呼び機体を作業スペースまで運んで行く。明かりの元に顔を表したその零戦は、色あせた塗装を物悲しげに晒す。そうしているとイサカが来た。
「おお、この機体は・・・」
「覚えがあるのかい?」
「ああ、ユーハングの工廠跡に放置されていた機体なんだ。」
「何!?」
「お前のせいで零戦に興味が出てな、貴重なオリジナルの機体だしいつか直して乗りたいと思っていたんだが・・・もう4年経ってしまった。」
「俺が直してもいいかい?」
「できるのか?・・・いや、愚問だったな。」
「任せてくれ。」
イサカの零戦はいいトレードマークだが、ゲキテツ一家の1人であるというのを隠して行動したい場合には少々目立ちすぎる。俺は彼女の第2の愛機を作ることになったのだ。
「あ、やっぱり中身はちゃんとしてるな・・・これならどうにでもなるぞ!」
機体内外の部品をどんどん外し、バラバラにしている所でその日は日が暮れてしまった。そうして俺は廃れきった二一型を直すべく数ヶ月間格納庫に入りびたるようになった。
1ヶ月後・・・
「よし、あとはこれを積むだけ・・・」
明灰白色に塗装した尾部に白に赤ふちの帯を入れた機体の尾翼番号は「AI-3-102」空母瑞鳳第三航空戦隊所属だった機体だ。これは剥がした外板の塗膜を調べた結果出てきた塗装を忠実に復元したもので、機体製造番号は中島5553号機である。
「いやーまさか尾翼番号がこのタイプだったとはな。俺の機体と並べたら映えるぞ!」
独り言を言いながらヤグラを組んで発動機を取り付ける。配管をつなぎカウリングを取り付けると、機体を格納庫の外に押し出した。イサカは恐らく事務仕事で忙しいだろうから先に試運転だけは済ませてしまおう。俺の機体と同じようにセルモーターを搭載しているので始動に整備員は必要ない。プロペラを手で数周回して操縦席に座る。
「ブースターポンプ起動っと・・・」
機体後部に搭載した油圧補助用のブースターポンプを先に起動する。油圧が上がったことを確認してからプロペラピッチを確認し、セルスタータースイッチに手をかける。
「さあ、起きろ!」
ウィィィィン・・・
点火スイッチを捻りスロットルを少し押す。
カラッカラッ・・・
「掛かれ・・・」
ババッババッバラバラッバラバラ・・・
「掛かれっ!」
バラッバラッバラバラバラバラ!!!!
「よっし!!」
回転が安定したら点火スイッチを左右に動かして回転数を見る。ここで回転数の変動がなければシリンダー前後どちらかの点火プラグが故障している。
「落ち幅正常、ピッチ操作確認」
プロペラピッチ調整レバーを動かしてまた回転数を見る。この間両足でブレーキを力いっぱい踏んでいないと機体は前進してしまう。
「ピッチ可変機構正常。発動機好調、異常なし。」
計器や配電盤に一つづつ指差し確認を行い、この機体に一切異常が無いことを確認した。発動機を止めて機体からおりる。この機体を格納庫に戻すと、イサカの愛機の横に並べた。
「気に入ってくれるかな〜」
「ふふ、その機体の隣に並ぶべきはその機体じゃないと思うが?」
後ろを振り返るとイサカが立っていた。
「というと?ってか、事務仕事終わったのか。」
「こんな素晴らしい機体を見たら仕事など手に着くものか。それよりほら、私はあの機体が見たいな。」
いたずらに笑うイサカの考えに気づき、俺は隣にある小さな自分の格納庫からAI-1-129を押し出した。翼の後ろから押していると、イサカが隣に来た。
「私も手伝おう。ふんっ・・・」
「ああ、ありがとう。」
AI-1-129の隣にAI-3-102が並ぶ。飴色と灰色の零戦は日の丸と尾翼の所属表記を輝かせて佇む。俺はイサカと2人でAI-1-129の主翼の下の座った。
「なあ、お前の機体の話を聞かせてくれ。」
「ん?ああ、この機体は中島6544号機、荒野に墜落していたユーハング製の機体・・・君が昔見たあのボロボロの機体な。あれを俺が修理したんだ。馬力が足りないと言われる栄発動機をR1830-75に載せ替えて・・・イジツ最強の零戦二一型になったよ。」
「ん、それは聞き捨てならないな? 私と模擬空戦してみるか?」
「お、やるかい?」
「模擬空戦は遠慮しよう・・・だが、少し一緒に飛ばないか?」
「いいな、AI-3-102のテストもしたかったし丁度いいや。そうだイサカ、AI-1-129に乗ってみるか?」
「良いのか?」
「ああ、勿論。」
俺は6544の翼端を伸ばし計器類の見方を簡単に説明してから5553に乗り込んだ。イサカの手によって火が入った俺の愛機6544を横目に5553に火を入れる。無線機のチャンネルを合わせて滑走路で2人並んだ。
「あ、今その機体には7.7mmも20mm積んでないぞ」
「何!? 7ミリ7も20も!?本当だ・・・」
「じゃ、行こうか?」
ゴォォォォォォォォ・・・!!
フラップ下げ、離昇出力使用、念の為7.7ミリを完全装填してから機体を浮揚させる。イサカが後ろに着いたのを確認して上昇していると、無線機からイサカの声が聞こえた。
「なんだ・・・この上昇力・・・」
少し得意げに俺は5553のスロットルを奥まで押し込んで彼女に追従する。低空でなら栄一二型でも機体の軽量さと空力特性の良さで着いていけるが、高度が3500mを超えると話は別だ。
「イサカ、高度3500を超えたら左手下側のレバーを手前に引いてくれ。」
「これは何だ?」
「過給器の変速機だ。それに積んであるR1830-75は二段二速過給器搭載で、高高度でも発動機の出力が落ちない。」
「何だって・・・そうか、私にはこの機能は勿体ないな。」
そう言って彼女は高度3000mで上昇をやめた。俺も慌てて上昇をやめて彼女の横へ位置を変える。
「いいのかい? 高高度で6544の機動を試して見てくれても良かったんだぜ?」
「良いんだ、このレバーを引くのはお前だけでいい。」
そしてイサカは軽く左右にバンクを振った。すると驚いた顔でこちらをまた向く。
「何だ、操縦桿が軽い?それにロールの切り返しもこころなしか速い気がする・・・」
「その機体のエルロンにはバランスタブが着いてる。エルロンが上に動けば下に、下に動けば上に動いてエルロンの動作を補助してくれるから操縦桿は軽くなるしロールも早くなる。勿論こっちの5553にもつけてあるぜ。」
そう言って俺はバレルロールで反対側へ移動した。
「君もやってみな。」
「ああ!」
イサカも同じようにバレルロールして反対側へ移る。
「本当に軽いな・・・!」
「それにそのタブはエレベータートリムみたいに操縦席から適時調整できるようにしてあるから、いちいち飛行試験を繰り返してタブを調整する必要も無い。」
「抜け目が無いと言うか・・・確かにこの機体は最強の零戦二一型かも知れないな。ここまで至れり尽くせりに改造して、防弾板は無いのか?」
「実は5553を修理する傍らちょっと改造しててな。操縦席の後ろ見てみ。」
「操縦席の後ろ・・・?防弾板がある!」
「燃料タンクがあった場所にブースターポンプとバッテリーを移動させ15mm防弾鋼板を背面に付けて重心位置を調整。風防の前のガラスも特注した透明度が高い40mm防弾ガラスに変えてある。」
「安心感が凄いな・・・」
「防弾鋼板は機動性が落ちるから栄一二型の機体には取り付けれないが、40mm防弾ガラスはもう組で持ってるほとんど全機に取り付けてあるぞ。さっきのエルロンも順次交換していくつもりだ。」
「なんだって!?じゃあ私の零戦の風防ガラスがやたら分厚くなっていたのは・・・」
「あの零戦は真っ先に変えたよ。君を死なせたくはないからな。」
「・・・お前がもっと早く居てくれれば、死ななくてもいい組員を守れたかもしれないな。」
そう言うとイサカは少し悲しそうな顔をした。彼女が組を持ってから何人が死んだかは知らない。だが確かに零戦二一型と五二型では流れ弾だけでも死んでしまう可能性すらある・・・「死ななくてもいい命」が失われる可能性は十二分にあるだろう。
「俺が来た以上は・・・零戦を棺桶にはさせない。」
「心強い・・・お前を迎え入れてよかった。」
「ありがとう。」
そうしてしばらく5553の空戦機動を試したり急降下からの引き起こしでも問題がないかを確認してからイサカと並んで基地の方へ引き返していった。
「ヤマダ、ひとつ頼みたいことがある。」
「どうした?」
「今度うちの組員の飛行訓練があるんだが、それの教官をしてくれないか?」
「なんてったって俺が?」
「教官がひとり病欠でな・・・数回でいいんだ。担当者には私から連絡しておく。」
「まあ・・・わかったよ。教え方とかで気をつけることとかはあるか?」
「特に無い、お前に任せる。ダメだと思ったら遠慮なくダメ出しをしてもらって構わない。」
「わかった。あんまり人に教えるのは上手くないけど・・・やってみるよ。」
「お前なら上手く教えると思うがな。」
そうして滑走路に降りると機体を正式に受け渡した。
「ありがとう・・・大切に乗る。」
「大事にしてやってくれ。君が助けなければそのまま廃れていた機体だ、君に拾われてこいつも喜んでるよ。」
「だと・・・いいな。じゃあ私は事務仕事を片付けてくる。教官の事も頼む。」
「了解、じゃあ俺も他の仕事してくる。」
そう言って俺はイサカと別れた。機体を軽く洗って6544は翼端を折りたたみ格納庫へともどし、自分の仕事を処理しに向かった。
第四章 練習航空隊ーーーーーーーーーーーーーーーー
・・・・・・数日後
「流石訓練は朝早いな・・・」
俺は飛行眼鏡を持って訓練用滑走路に出た。自分で作った今日の指導手順書を読み返しながら滑走路の傍の芝生に腰を下ろした。
「えっと、今日は急降下と編成飛行ね・・・」
俺が今日乗る機体は教官機と分かるように尾部に黄色いラインを入れ翼端を白く塗装してある。訓練機は現役を退役した機体があてがわれるので一機一機個々の組員が塗装を変えている、これでは塗装が大変なので訓練機になる機体は全て機体を暗緑色と明灰白色に統一し教官機だけは黄色い帯を入れる事で識別するようにした。
「俺が教える班は3人か。」
そうして訓練機を含めて簡単な点検をしようと立ち上がると、イサカが走ってきた。
「どうしたどうした、そんな慌てて」
「すまない・・・幹部合同のシマ巡回に行くことになってしまった。私は1週間ほどで帰ってくるからそれまでは組の事はサダクニに聞いてくれ。」
「わかった、気をつけてな。」
「ああ勿論だ・・・では1週間後に、ヤマダ教官っ」
「よせよせ!あ、それと君の二一型にもセルモーターを付けておいたよ。」
「何!? ふふっ、これで皆にお前を紹介しやすいよ。」
「あそっか、レミ以外俺の事知らねえんだ。」
「まあ、私から上手く言っておくよ。じゃあな」
「ああ、武運を。」
そう言って俺は敬礼する、イサカも俺に敬礼を返して、俺は彼女を見送った。機体を簡単に点検していると訓練生達が走ってきた。
全員
「おはようございます! これからよろしくお願いします!」
「こちらこそよろしくお願いします。皆さんのお名前を伺っても?」
ムトウ
「自分はムトウです! まだ未熟ですが、よろしくお願いします!」
イトウ
「私はイトウです。田舎からの出でまだ右も左もわからんような人間ですが簡単な空戦機動ならできるとです。よろしくお願いします。」
コミヤ
「コミヤです。まだまだ未熟ですが少しでも組の皆様と肩を並べれるよう頑張ります。」
「私はヤマダです。人に教えるのは初めてで至らぬ所もあるかと思いますが、全力で指導しますのでよろしくお願いします。」
ムトウ
「教官、本日は何を?」
「急降下と編隊飛行ですね。」
ムトウ
「空戦の訓練では無いのでしょうか?」
俺は少し語気を強めて言った。
「・・・今の貴方達に空戦ができるとでも?」
ムトウ
「未熟ながらにですが、下手ではないとは思います。」
「そうですね。数回皆さんの訓練を外から見ていましたが確かに下手ではありません。」
ムトウ
「本当にそう思っておられるのですか? ならなぜ編隊飛行や急降下などの基礎的なことばかりを・・・」
イトウ
「やめろ、失礼だ」
「私は、皆さんが下手くそだとは思っていません。」
ムトウ
「では何故・・・」
「貴方たちの操縦は、全然ダメだと思っています。」
ムトウ
「なっ・・・」
「貴方達が今空戦に行けば確実に撃墜されます。私は貴重な搭乗員である君達を死なせたくは無い。」
そう言って俺はムトウの肩に手を置いた。
「不満に思う気持ちも分かりますが、ここは私を信じて付いてきてください。お願いします。」
そう言って俺は飛行眼鏡をとり、頭を下げた。
ムトウ
「あっ頭を上げてください! 失礼しました、未熟な自分が行き過ぎたことを・・・こちらこそよろしくお願いします。」
「いえ、分かってくだされば良いんです。それより皆さん本日の機体の機つき整備員とは話しましたか?」
イトウ
「いつもは集まってすぐ戦闘機にのっていたので、話したことはなかとです。」
「それは頂けませんね・・・今まさに発動機を暖めてくれている整備員が皆さんの機体に乗っています。操縦席を代わる時に今の状態とお礼を言っておきなさい。」
コミヤ
「そういえば1回もそういうことをしたことは無かったな・・・」
「今までの教官や教官長は何も言わなかったのですか?」
イザキ
「はい、ムトウが言ったようにすぐに機体に乗って空へ上がっていました。」
「そうですか・・・私が教官であるうちは先程言った事を続けてください。いいですね?」
全員
「はい! 今日はよろしくお願いします!敬礼!!」
俺も敬礼を返し、機体に向かった。暖機運転してくれていた整備員と軽く会話を交わして操縦席に座ると、訓練生達も整備員と敬礼を交わしていた。
「それでいい、自分一人だけで飛べているわけじゃないって事を自覚しているだけでも全然違うからな。」
飛行眼鏡をかけて風防を全開に、訓練生達を後ろ目に見ながら滑走路を離陸した。ある程度高度を取って訓練生に3機編隊を組ませた。
「3機編隊を組んでみてください。時間はありますから落ち着いて。」
全員
「了解!」
少し時間がかかったが3人は綺麗な編隊を組んだ。
「素晴らしいです。それでは私が飛んだ方向に編隊を崩さずに着いてきてください。」
ゆっくりと軌道を変えるが、後ろの3人は特に問題も無く着いてくる。至って優秀だ・・・だが、空戦が伴うこの空では汚く飛ばすことの方が重要になってくる。
「皆さん機体を綺麗に飛ばす技術は天下一品ですね。では、今1番前に居る機体はムトウさんですね?」
ムトウ
「はい、今ヤマダ教官の後ろについて行っております。」
「素晴らしい。では私から貴方に質問です。今我々の機体は真っ直ぐ飛んでいると思いますか?」
ムトウ
「・・・? 真っ直ぐだと思いますが・・・?」
「間違いでも構いません。はっきり答えてみてください。」
ムトウ
「はい、真っ直ぐだと思います。」
「では機体の計器を見てみてください。」
イトウ
「滑っとる・・・」
「もっと飛行に慣れればこの滑っていると言うのはある程度感覚でわかるようになります。この状態で機銃を撃ったらどうなるかお見せします。私の機体から発射される機銃の軌跡をよく見ていてください。」
7.7ミリを全て曳光弾にしてもらっているので軌跡が濃く浮かび上がる。機体が若干滑っているので機銃弾は横に流れてゆく。
「この様に機銃弾は横に流れてしまいます。これがどういうことか分かりますか?」
コミヤ
「これと同じ事を空戦で行えば、敵の機銃弾の軌道をそらすことが出来ます。」
「そうです。ですが逆に我々が撃つ立場であれば目の前にいる敵に一切機銃弾が飛んでいかないということになります。仮に今この状態で私がムトウさんの後ろで機銃を発射しても機体にはかすりすらしないでしょう。」
ムトウ
「確かに・・・今までは綺麗に飛ばす方法ばかりを習っておりましたので、あえて滑らせた状態を見せて頂けるとは。」
「要は使い分けです。逃げの時は相手を惑わすためにも綺麗に飛ばない。一瞬の機会に全身全霊を集中して機体を綺麗に飛ばす。ここまで出来て初めて、実戦でどこに照準を合わせればいいかと言う進んだ話になります。」
イトウ
「この組の教官長は初めから空戦ができるような優秀な搭乗員ばかりを上にあげとります、私らみたいなのは置き去りで・・・」
「ご安心なさい。私が貴方達の教官になったからにはみっちり指導します。その件はおいおい組長にも相談しましょう。」
コミヤ
「・・・これからもよろしくお願いします。貴方、組長の機付き整備員ですよね。それに空戦の腕も一流だとか。」
「どこからそんな話が流れるのですかね・・・」
コミヤ
「あんな特徴的な機体で空賊の迎撃に上がっていたら目立ちますよ。正直確信はありませんでしたが・・・」
「空戦の腕は並ですよ。さあ、続きと行きましょう。」
その後何時間も訓練をする中で、3人の中でもムトウは操縦は荒削りだが熱心に話を聞き素直に応じてくれていた。それを見て俺はムトウに先に急降下をやらせてみることを決めた。
「ムトウさん、零戦の昇降舵は急降下で重くなります。あなたを信用していない訳ではありませんが降下しながら軽く操縦桿を引き、無理だと思ったらすぐに急降下をやめて下さい。」
ムトウ
「はい!わかりました!」
俺は周りを確認して手信号で降下の指示を出す。ムトウは急降下に移った。
「急降下中にも横滑りは意識して!」
ムトウ
「はい!!」
「よし!引き上げて!」
ムトウ
「ぐうっ・・・」
無事に機種を持ち上げ編隊の方へ戻ってくるムトウの機体を見て安心する。他のふたりにも続いて急降下を行ってもらい、彼らの確かな素性を確認できた。これは化ける・・・と。全員で滑走路に降り、整備員に零戦を任せた。
「皆さんお疲れ様です。今日の訓練はこれまでです。休息も訓練のうち、今日私が言った事を復習しつつしっかりと休むように! 私は滑走路脇の小さな小屋に居ますからなにか質問があればいつ来て頂いても構いません。」
そしてイトウとコミヤを見送ると、ムトウがこちらに歩いてきた。
ムトウ
「教官、本日はありがとうございます。そしてすみませんでした。生意気なことを・・・」
「いえ、気にしなくて大丈夫です。焦る気持ちは分かりますが、ゆっくり行きましょう。」
ムトウ
「・・・はい!」
そうしてムトウも見送り俺は自分の格納庫に飛んで戻って行った。自分の愛機を磨いてやりたかったのだ。
ガラガラガラっ!!
「っしゃ!磨くぞーっ!!」
そうしてウエスを持ち出して機体の日の丸を磨いていると、後ろから声が聞こえた。
イトウ
「教官!今日教えて頂いたことを文書に纏めたいので、簡単におさらいをして頂けませんか!」
「イトウさんですね。良いですよ、少し待っていて下さい。」
そうして俺は自分の資料室にイトウを案内し、しっかりと今日の復習をしてやった。コミヤは自室で資料を集めて研究しているらしく、ムトウは体を鍛えていたりとそれぞれやる気があって期待できる。
数週間後・・・
俺は当初の約束通り1週間の教官を終え、イサカも帰ってきて普段の生活が戻ってきた。ムトウ達は別の教官に引き継がれたが、その後もよく俺の格納庫に来る。
「またヤマダ教官に教えて頂きたいです!」
と嬉しいことまで言ってくれている。皆素性はよくかなり上手くなっていることと思うし、俺も彼らと作戦行動ができるようになるのが楽しみだ。教官長の話はイサカに話し、しっかりとした裏が取れるまで観察という事になっていた。そんな矢先である・・・昼を迎え休憩のために自分の格納庫に戻ると、イトウが飛び込んできた。
イトウ
「ヤマダ教官!!」
「びっくりした! イトウさん、私はもう教官では無いとあれほど・・・」
イトウ
「そんな事は今どうでもよかとです!ムトウが・・!」
「ムトウさんがどうかしたんですか?」
イトウ
「とにかく来て下さい!」
そう言われるがまま少し離れた訓練用滑走路に走ってゆくと、煙が上がっていた。
「まさか・・・!?」
俺は滑走路にでると、ごうごうと燃える零戦を見た。
「む、ムトウ!!」
コミヤ
「ヤマダ教官! ムトウのやつ、今の教官に貴方の事を馬鹿にされてムキになって・・・今までやった事が無かったような急降下をやらされて引き起こしに失敗しやがった・・・」
「その教官は何処に!?」
イトウ
「はあっ・・はあっ・・・教官長を呼びに行きました!」
「何だと!? それより消火です!消火器を!!」
俺はイトウとコミヤと共に火を消し、残骸をかき分けてムトウを探した。地面に叩きつけられ炎に包まれたムトウは見る影もなかった・・・
「貴方はなんと馬鹿な事を・・・せめて安らかに眠って下さい。」
すると程なくして、訓練生が宿舎の大部屋に集められた。俺も元担当教官という事で呼ばれた。
教官長
「本日、急降下からの引き起こしに失敗する等という情けない事故があった! 死んだ訓練生は鍛錬が足りなかった!!そんな事で飛行機を失うなどとは搭乗員の風上にも置けない!」
俺はそれを聞いて我慢できなかった。
「教官長! 無くなったムトウは立派な男でした・・・搭乗員の風上にも置けない男ではありません!」
しんと静まり返った部屋の中、教官長がこちらに歩いてきた。
教官長
「貴様!!」
ゴッ!!!!
俺は頬を殴られバランスを崩したが、また直立になる。
教官長
「今なんといった!?」
「はい、ムトウは立派な男でした。立派な搭乗員で・・・」
グシャッ!!ゴッ!!
俺はそのままめちゃくちゃに殴られ、たまらず床に倒れ込んだ。そのまま蹴られ続け、意識が朦朧としていた所で大部屋の扉が開いた。
イサカ
「何をしている!?」
サダクニ
「貴様・・・!」
サダクニさんが教官長を捕まえ外につまみ出した、俺はイサカに助けあげられる。
「ちぇ、みっともね。」
イサカ
「お前なら反撃もできただろうに・・・」
「一応立場は教官だしな、それよりなんでここに来ようと思ったんだ?」
イサカ
「そこのコミヤという男から事故の話を聞いてな。・・・おい貴様!!」
イサカが後ろを向き指さしたのは、事故当時にムトウ達を指導していた教官だった。
イサカ
「貴様には後で話がある!ここまで好き勝手したのだから余程覚悟はあるのだろうな!?」
そしてイサカは訓練生達の前に立ち、頭を下げた。
イサカ
「こちらの管理不行き届きで質の悪い教育となっていた事を許してくれ・・・これからは教官と制度を一新する。お前達は私の組の貴重な搭乗員だ、どうかこのまま訓練を続けてほしい!!」
イトウ
「私らは、今の現状が変われば文句はありません。それと一つだけお願いしたいことがあるとです!」
イサカ
「言ってみろ。」
イトウ
「頻度が少なくても構いません、ヤマダ教官の訓練も受けさせてください!」
イサカ
「それは・・・ヤマダ次第だが。」
「俺はいいよ、君が良いと言うなら従うさ。」
イサカ
「ということだ。これで満足か?」
イトウ
「ヤマダ教官 これからもよろしくお願いするとです。」
「全く強引な・・・よろしくお願いします。」
第五章 トカゲの尻尾ーーーーーーーーーーーーーーー
「どうぞ、また何かあったら仰って下さい。」
「ありがとう、君が整備してくれた機体は滑るように飛ぶから気分がいいよ。」
「ありがとうございます。」
そうしてまた整備した機体を引き渡す。その日一日の作業がひと段落ついて俺は自分の愛機の横に腰掛けた。下から見上げる愛機は美しく、愛おしい。
「何をぼさっとしているんだ・・・」
「おお、イサカ。お疲れ様。」
「お前の方もな、それでヤマダ。折り入って相談があるんだが・・・」
イサカがそう話を切り出した時、俺は滑走路の奥に止まる一機の彗星が目に止まった。
「ちょっと待ってくれ、イサカ、あの機体は?」
「え? ああ、あれはうちのシマにたまに来る配達業者の彗星だが?」
「ふーむ・・・」
俺はその機体に近づいた、そして後ろの風防をあけ、荷物を載せている爆弾槽に体を潜り込ませる。
「ちょっヤマダ!何してるんだ!?」
爆弾槽のそこにある中敷を引き剥がすと、そこの下から何かがでてきた。それを外に放り出す。
「これは・・・アヘン!?」
「お、流石マフィア、鼻が利くねェ」
俺は機体から出ると、アヘンをひとつまみして掌にあける
「こりゃかなり上物だな」
「灰色のアヘン・・・?」
「純度を上げたらアヘンは灰色になるんだ。すごくキクって話だぜ。」
「お前・・・まさかやった事あるのか?」
「まさか、ヤクよりおもしろい事なんて世の中いっぱいあるよ。」
そして俺は中敷を元に戻しイサカを連れて機体から離れた。
「まっまて、搭乗員を捕まえないと・・・」
「しっ、アヘンなら心当たりがあるんだ。結構遠いから準備が必要だが、あの操縦席の様子だとしばらくは戻ってこない。君は急いで遠出の準備をしてくれ。」
「解った。まったく・・・どっちが組長だかわからんな・・・」
俺は増槽を自分と彼女の機体に取り付けた。燃料は全てのタンクにめいいっぱい入れ、金属の座席には落下傘の上に座布団を敷く。あまりにも寒い時用に電熱線入りのひざ掛け(フットバーがあるのでかけにくいが・・・)を座席の下に押し込んだ。そうしているとイサカが降りてきた。
「ヤマダ〜」
そうして彼女は俺に箱を渡す。これは・・・
「いなり寿司と卵焼きだ、少し味は濃いめにしてあるから高度が上がってから2人で食べよう。」
「・・・ありがとう」
俺は涙目になっていた。人に弁当を作ってもらったのなんて何年ぶりか・・・
「ちょっ、なんで泣いてるんだ!?」
「だってさ、弁当作ってもらえるなんて・・・殆ど初めてでさ・・・1個だけ食べてみていいか?」
「味がかなり濃いぞ・・・?」
「いいんだ・・・いいんだ・・・」
そして蓋を開け、いなり寿司を一つ口に放り込む。確かにかなり味が濃いが・・・
「うまい・・・姉貴が昔に作ってくれたのと同じ味がする・・・」
「まったく・・・馬鹿者め。」
そうこうしていると彗星が発動機を回した。
「イサカ、乗れ!」
「ああ!」
彗星が離陸するのを見てから俺達も滑走路に出る。すぐに飛び上がっては怪しまれるので、機影が消えかける辺りで飛び上がる。彗星の巡航高度より少し高い高度まで上がってから機体を操作し巡航速度に固定する。
「ヤマダ、なんでここまで高度を上げる?」
「水冷エンジンの彗星は俺たちと同じ馬力でプロペラを回しても、空気抵抗が少ないから速度が出る。だから俺たちは空気の薄い高度まで上がって空気抵抗を減らすのさ。」
「なるほど・・・」
そうしてしばらく飛んでいると、イサカの機体に異変が起きた。
「ん・・・?ん?」
ゴォォォォォォォ・・・バラバラッバラバラッ・・・
「このっ・・・」
息継ぎ症状が出て、機体の速度が安定しない。
「イサカ、燃料残量は!?」
「こんな短時間で減るわけ・・・残量極小・・・」
「やっぱりな・・・取り敢えず高度を落とすぞ!スロットルをアイドリングに、ハイピッチにして少しでも空気抵抗を減らすんだ!」
俺は一足先に雲を突破って近くの滑走路を探した。幸い近くに滑走路があった。小さな町もある。もう一度上に戻ってイサカの前に出る。
「イサカ、俺が前を飛ぶからそれに合わせて飛んでくれ!」
「わかった・・・」
零戦は空気抵抗が非常に少ない。降下角度を多めにとって燃料を使わないですむように降りていくが、滑走路に人気がない。一応フラップと主脚を出して大きくバンクを振るが、了承か拒否かすら分からない。とりあえずイサカを先に着陸させ、俺も降りる。
「ヤマダ・・・これ・・・」
イサカの機体の主翼燃料ラインには大きなヒビがあり、その下には大きなガソリンの汚れがあった。高度を上げて周りの気圧が下がったせいで、常に加圧されている燃料ラインのヒビからガソリンが大量に吸い出されたのだ。
「私が出発前によく確認しておけば・・・」
「これじゃあ地上に居たらガソリンはほとんど漏れ出てこない。それに出発前の点検で外のパネルを外すまではしない・・・君のせいじゃないよ。」
ガーーンッ!!!!
「何だァ!?」
「伏せろ!ヤマダ!!」
銃声が響く。訳も分からずイサカにどつかれ地面に伏せると、一人の男が銃を持って立っていた。
「やいやい!!挨拶がわりに銃ぶっぱなすとは一体どういうことだよ!?」
「勝手に降りてきて何を言いやがる。ここは陸軍の街だ、海軍機に貸す滑走路も何もねえよ。」
「勝手に降りてきたのは謝るが、せめて帰る分の燃料だけでも分けてくれないか? あの機体の燃料がなくて困ってるんだ。」
「お生憎様だがお前たちに渡すような燃料も無い。とっとと出ていけ。しまいには撃ち殺すぞ。」
「ああそうかよ。じゃあとっとと出ていってやるから失せろ。」
「フン・・・」
たく腹の立つおっさんだ。だがほとほと困ったものだ。あの機体の燃料残量では帰りつくまで燃料が足りないが、俺の機体から燃料を移したら今度は俺の燃料残量が足りなくなってしまうが・・・仕方あるまい。
「馬鹿!!銃を持ってる人間の前に仁王立ちして喧嘩を売るとは何を考えているんだ!?おいっ!聞いてるのか!?」
「イサカ、機体の給油口を空けておいてくれ。」
「全く聞いてないな・・・なんでだ?」
「俺が燃料ラインを応急修理してる間に、君は俺の機体の胴体燃料タンクから君の機体の主翼内燃料タンクに燃料を移し替えておいてくれ。」
「そんな事をして、お前の燃料は大丈夫なのか?」
「大丈夫だから言ってんだ。さ、とっとと帰ろうぜ。あの彗星はその後だ。」
「あ、ああ・・・」
そうして俺は工具がペンチしか無い中、ヒビが大きく広がり大きな穴の空いた燃料パイプを半ば無理やりむしり取り、自身の機体の後ろに予備で積み込んでおいたホースを取り付けワイヤーで縛り上げる。燃料は加圧されて送られているので、ホースだといささか不安だが材料も何も無いこの場では仕方あるまい。帰りつくまで持ってくれれば基地の格納庫で交換できる。
「ヤマダ、入れ替え終わったぞ。わざわざすまないな。」
「気にすんなって、じゃ帰ろう・・・ん?」
降りた時には気づかなかったが、滑走路の反対側の端で必死に機体を触っている人がいる。えらく困っているようだ。
「ヤマダ・・・行くか?」
「ああ、帰るのが遅くなりそうだな・・・」
「今更何を言う。行くぞ」
機体は二式戦だった。ピンクのロングヘアの女性が焦った様子で機体のパネルを外している。
「どないしたんですか?」
「ひゃっ!? いや、急に発動機が白煙吹いちゃって・・・多少ならいつもの事なんだけど、今回特に多くてね・・・」
「ちょっと見せてもらってもいいか?」
「え?ええ、いいけど・・・」
主翼に昇ってエンジンを見る。外したパネルを見てみると裏側が真っ黒になっていた。何かの拍子にオイルが噴出したみたいだ。
「ほんとに大丈夫かしら・・・」
「安心していい、奴は超一流の整備士だ。」
「そうなの・・・って、貴方イサカじゃない!久しぶりね〜!」
「ん・・・あー!!お前はロイグ!こんな所で何してるんだ?」
「貴女こそ!それにあの男何よ?貴女に男なんて似合わないじゃない〜」
「どういう意味だ・・・それ」
幸い原因は直ぐにわかった。オイルコンプレッサの取り付けボルトが金属疲労で折れ、オイルが飛び散って機器自体も破損したようだ。パネルを一旦戻し、主翼から飛び降りてガールズトークに花を咲かせている二人の所へ歩いていった。
「うるせー!!」
「うわっ!?」
「うわっ!?」
「全くさっきから叫び声しか聞こえてこねーぞ・・・一体何の話してたんだ?」
「いや、貴方が何者なのかこの子に聞いてたのよ。」
「この子って、子供みたいに扱わないでくれ・・・」
「まあどうでもいいや、それよりあの機体なんだが・・・部品を取替えないとオイル漏れが収まらないばかりかオイルを送れないんだ。」
「どうでも良くはないと思うけどね・・・そうなの?じゃあ街に出て部品を買うしかないわね。えーっと、ヤマダだったかしら?私だけじゃ部品が分からないから着いてきてくれない?」
「いや・・・そうしてやりたいのは山々なんだが、ここの街は陸軍の文化が根強いらしくてさ。零戦で飛んできた俺とイサカが街にでも出ようもんなら鉛玉をプレゼントされちまうんだ。」
「そうなの・・・?」
「ああ、品番はメモに書いておいたから。すまないが君が買いに行ってくれ。」
「わかったわ・・・それと、私はロイグよ。呼び捨てでいいわ。」
「そうかい? これからよろしくな。ロイグ」
「ふふっ、バーイ」
そうして彼女が買いに出かけ、俺は暇をこいてイサカの二一型の主翼の上で寝ていた。するとイサカに急に主翼から引きずり下ろされて叩き起こされた。
「って・・・なんだよ!?」
「しっ!私も主翼の上で寝ていたが・・・お前の機体を見てみろ!」
「ん?あ!?」
オイル排出口の蓋が開けられ、オイルが地面にほとんど全て流れ出ていた。また嫌がらせだ・・・
「くっそ・・・このオイルたっけえんだぞ!?これじゃ燃料以前に飛ばすことすら出来ねえじゃねえか!!」
「ツッコミどころはそこか・・・どうするんだ?」
「とりあえず・・・滑走路ってんなら他のやつの機体と補充用のオイルぐらいあるはずだ。あっちの格納庫を見てみよう。」
ガラガラガラ・・・
埃だらけの機体とサビだらけの部品、使い物になりそうなものが一切無い。これがレシプロ機天下のイジツだと言うのか・・・
「酷いな・・・この機体もあっちの機体も、かなり大規模に修理してやらないと飛べるような機体じゃない。」
「本当に飛べる機体が少ないな・・・ん?あっちの機体はやたら綺麗だぞ?」
「本当だな。」
少し奥の方にある隼三型はやたら綺麗で、カウリングが大きかった。
「ん・・・この発動機は?」
「ヤマダ!!危ない!」
「え!?」
ボキッ・・・!!!
「がっ・・・うわあああああ!!!!」
足に激痛が走り、立っていられなくなる。膝から崩れ落ち俺の足をへし折ったやつの顔を見ようと顔を上げた。まだ若かった・・・
「貴様!!」
掴みかかろうとするイサカの腰に抱きつき、俺はイサカを必死に止めた。
「待てっ!イサカ!」
「離せ!」
「待てって、アイツ見てみろ!」
まだ17、18くらいのやつだった。怯えながら機体の傍にいたらしく、顔は半泣きだった。
「こっ・・・この機体に触るな!!」
「かっ・・・勝手に近づいたのは悪かった・・・このエンジンはR1830か?」
「あ・・・ああ・・・」
「ついてきてくれ。俺はお前の敵じゃない。」
「信じられるか!」
「お前に掴みかかろうとした人を抑えたのが何よりの証拠だろう・・・不満か?」
「くっ・・・わかった」
「すまないイサカ、俺のAI-1-129の所まで肩を貸してくれないか?」
「全く・・・貴様、ヤマダに感謝するんだな。」
そうしてイサカの肩を借り、機体のそばに行った。
「す・・・すごい・・・ここまで自然に換装するなんて。」
すると、とてつもない轟音と共に機体が急降下してきた・・・敵機だ! それと同時にイサカが叫ぶ。
「みんな伏せろ!!!!」
ダダダダダダッ!!!!ガガガガ・・・
滑走路に何機か置いてあった四式戦闘機を軒並み破壊していくのは、急降下してきた二式戦闘機だった。
「ああ・・・ここの自警団の機体が!」
機銃掃射を終え高度を取るため離れていく二式戦、俺は自分の機体に上ろうとしたが・・・
「ぐうっ・・・あああ!!!!」
体重をかけると右足が異常な方向に向いた。
「馬鹿者!骨折した足で何が出来る!?」
「けど・・・迎え撃たないと!」
「・・・私の機体は!?」
「ダメだ!あんなやわいホースだと、燃圧をかけた瞬間にホースが抜ける!」
「貴様!!オイルを移し替えるのを手伝え!早く!!」
「わ、わかった!!」
「ヤマダ!お前は座って休んでいろ!!」
全く・・・なにで足をぶん殴ったんだ。骨が完全に折れている。その辺に転がっていた外板とプラグコードで簡単な当板を作り、足にしばりつける。オイルを移し終えた俺の機体に乗ったイサカは迎撃すべく飛んだ。
「なあよ、お前はなんであの機体を作ろうとしたんだ?」
「皆陸軍の機体を使うんだけど、ここは近くに街がないからタダでさえ出力がギリギリのエンジンを適切に整備できないんだ・・・」
「そりゃ大変だ・・・」
「あの自警団の四式戦闘機も、多分1600馬力くらいしかでてない・・・だから、整備が比較的しやすくて馬力もあるR1830を」
「一番軽くて機体部品の互換性がある隼三型に換装したわけか。」
「そうだ。」
自警団らしき人間がやっと来たが、破壊され尽くされた四式戦闘機を目前に何も出来ていなかった。そいつらはこちらを見るや否や、俺の横に座っていた少年の所へ駆け寄る。
「おい!!あの隼を貸せ!!」
「嫌だ・・・」
「お前の機体を俺たちが使ってやろうって言ってるんだ!街がどうなってもいいのか!?」
「自分の機体をろくに整備しようともしないような奴に俺の機体は貸せない・・・お前たちが散々悪い噂を流したこの人達の方が余程まっすぐじゃないか。」
「黙れ!早く貸せ!!」
「嫌だ!!」
俺は立ち上がって少年の前に立った。
「やめろよおっさん。みっともないぜ。」
「またお前か!」
押し問答をしていたが、自警団側も予備の機体が用意できたようでどこかへ行った。
「ったく、お前らが使っていい機体じゃねえよ。」
「ヤマダさん・・・」
「どうした?」
ガラガラガラ・・・
「俺の機体、使ってください。」
「いいのか?」
「足を折っちまったのは本当に悪いと思ってる・・・早くあの人を助けに行ってあげてくれ。」
「・・・必ず傷一つ付けずに返してやるからな!」
肩を借りて機体に乗り込み、少年の指示に従って発動機を回す。
「オイルポンプ、ON」
「了解」
「バッテリー接続」
「了解」
「セルモーター始動」
カラッカラッカラッ・・・
「点火ーーーッ!!!!」
ドゥンッドゥンッ!!!バラバラバラバラ!!!!
推力式単排気管からの白煙が納まったところで、少年は翼から飛び降りた。
「ヤマダさん、行ってらっしゃい!!」
俺は風防から手を突き出しグッドサインを出す。
「右足でフットバーは踏めねぇな・・・」
フットバーのバンドで左足を括り付け、足の押し引きだけでラダーを動かせるようにする。どうも骨を伝って響いてくるようで足がびっくりするくらい痛い。
「あいててて・・・」
隼三型の操縦席は零戦に比べてびっくりするほど狭い、肩がヨコに当たるが操縦性は全く悪くない。高度を上げて簡単に機体に負荷をかける飛び方をしてから空戦している所へ行く。遠くから見ても機銃弾の弾道が見える。何機で入り交じっているんだ・・・
「イサカは・・・彼女はどこだ・・・」
四式戦や二式戦が入り乱れている中、高度をとってイサカを探す。ここまで時間が経っていれば20ミリはもう切れているはずだ。緑色の機体の中に輝く飴色・・・見つけた!
「ぐっ・・・ふうっ・・・」
フットバーを何とか操作し、機体をひっくり返して急降下する。機種に二門という弱武装が隼最大のデメリットだが、贅沢は言えない。
バババババババッッ!!!!
心許ないが・・・二式戦の風防のガラスをぶち破るには十分だ。
「何だ!?」
「俺だよ!遅くなったな!」
「ヤマダ!お前何を!?」
「説明は後! もう7.7も残り少ないんだろ!とっとと滑走路に戻れ! いてて・・・」
「すまない・・・任せた!」
敵陣営に飛び込んだものの、一機撃墜してしばらくは反撃できない。機銃の手入れが不十分のようで弾詰まりの予兆があったのだ、一撃打てば銃身を冷やしつつ速度を利して高速離脱の繰り返しだ。自警団の四式戦はくその役にも立たず、結局最後は二式戦二機と自分との勝負となった。
「ええいくそ、その機銃一門でもこっちに寄越せってんだ!」
一機の二式戦闘機が後ろに着く
「ちっ、あのガキんちょ・・・機銃の手入れくらいしっかりしとけっての」
フットバーを蹴り操縦桿を思い切り倒す。強烈な横滑りと減速で二式戦闘機を前に押し出して機銃を打ち込む。
ババババッッ!!!!
一機撃墜、もう一機は上だ。銃身を冷やす暇なく向こうは下に降りてきた。
「ちょっとくらい待てやぁ!!」
機体を旋回させて一撃をかわし、もう一機撃墜する。自分の周りに四式戦闘機は影も形も見えなかった。
「ちぇ、さっさともう帰りやがった」
そしてさっきの滑走路に戻る。激痛が走る足ではラダーを強く踏み込むことが殆ど出来ないので、横風が少ないタイミングを見計らってアプローチする。
「トリムタブを全く触ってないのか・・・ラダーを常に踏み続けないと真っ直ぐ飛べねぇじゃねえか。」
フラップを出してスロットルを絞り、軽く操縦桿を引いて3点姿勢を作りながらゆっくり降下してゆく。
「ファウラーフラップすげえな、零戦のスプリットフラップより効く。ただ整備はめんどくせえからなぁ・・・」
ドヒュッ・・・
フルブレーキングしたいところだがそれが出来ないので、滑走路をフルに使ってゆっくり減速する。そこら辺の機体なら滑走路横の荒い地盤で雑に減速させるが、この機体でそれをやる訳には行かない。
「点火カット、燃料コック閉・・・っと」
ババッババッババッ・・・
風貌を開けて腕の力で立ち上がろうとすると、左右から支えられた。
「馬鹿者!そんな状態で戦いに来る者がいるか!」
「俺の肩も使ってください・・・!」
「サンキューな、2人とも・・・」
2人に支えられながら隼3型から降りる。降り際に少年の方を向き、約束は果たした事を伝える。
「約束は守ったぞ、キズひとつないぜ。」
「そんなのよかったんだ・・・馬鹿野郎!」
「馬鹿者・・・」
「いやぁ・・・すげえなあの隼、俺の足が治ったらまた操縦させてくれよ。」
「勿論だ・・・勿論だとも!!」
すると滑走路に向けて走ってくる人がいた、ロイグだ。
ロイグ
「ちょっと何よこれぇ!? ヤマダ、あんた足折れてるじゃない!!」
ヤマダ
「おお、おかえりロイグ。部品あった?」
ロイグ
「そういう問題じゃないでしょ!? 大丈夫なの!?」
ヤマダ
「うーんまあ、なんとか?」
ロイグ
「・・・イサカ」
イサカ
「なんだ?」
ロイグ
「タフな恋人さんね・・・」
イサカ
「なっ!? 恋人なんかでは無い・・・無い・・・?」
ロイグ
「アハハ! 満更でもないじゃない。」
イサカ
「からかうな!!」
ヤマダ
「そんなことより、部品あったのか? キミも帰れねーぞ」
ロイグ
「そうだった! それなんだけどね・・・やたら高い値段ばっかりフッかけられて値段はどうするか聞きに戻ってきたのよ。」
そうしてロイグがメモしてきた金額は、定価の倍近いものだった。確かに在庫が少ない部品や希少な部品は多少値段が上がることもあるが、これは異常だ。
ヤマダ
「高っけぇな!」
少年
「ちょっといいか?」
イサカ
「少年、在庫のアテでもあるのか?」
ハヤ
「ハヤでいい・・・この部品って、これだろ?」
ハヤは格納庫の奥まで行くと、部品を持って走ってきた。
ヤマダ
「うん・・・確かにこれだな。いくらなら売ってくれる?」
ハヤ
「タダでいいよ。今日1日分のお礼とあんたの足へのせめてもの謝罪だ。」
陸軍機に詳しいハヤと所有ロイグで鍾馗を修理する。俺は簡単な作業の指示をしただけだった。作業が終わり二人が機体から下りてくると、俺はふと思い出した。
ヤマダ
「・・・俺どうやって帰ろう?」
AI-1-129もイサカの零戦も燃料とオイルは残りわずかな上にどこかに故障がある。仮にその故障がなおったとしても俺の足は故障したままだ。
ロイグ
「ヤマダの足は故障っていうより、破損ね・・・」
イサカ
「誰が上手いこと言えと・・・」
ヤマダ
「上手くはねぇーよ」
ロイグ
「わかったわ、じゃアジトが近い私が1回帰って1人連れてくるわ。その間にあんたたちは何とかして自分たちの機体を修理しておきなさい。」
イサカ
「良いのか?」
ロイグ
「いいも何もヤマダは操縦できないでしょ。私が連れてきたやつがヤマダのAI-1-129を操縦するから、ヤマダはイサカの零戦の後ろにでも乗れば良いんじゃない?」
イサカ
「いや、ヤマダのAI-1-129は私が操縦しよう。ロイグ、私の零戦を任せてもいいか?」
ロイグ
「まあ、そこはなんでも良いわよ。じゃあちょっと行ってくるわね〜」
そうして俺達はハヤと協力して何とか部品を揃え、俺たちの零戦を飛べるようにした。燃料とオイルも補充し、あとはロイグの帰りを待つだけとなった。俺は足に体重をかけれないので、AI-1-129の翼下に座る。イサカも隣へ腰を下ろした。
イサカ
「あのアヘン密輸、どうしたものか・・・」
「すっかり忘れてたな、俺たちそもそもアイツを追いかけて来たんだもんな。」
イサカ
「まあ、また機会はあるだろう。お前は早く足を治さないとな・・・ 私の為にすまない。」
「俺は君の為なら何だってするさ。」
イサカ
「全くお前は・・・」
ゴォォォォ・・・!!!!
ロイグの鍾馗が帰ってきた。着陸の難しい機体を綺麗に着陸させた彼女は仲間らしき女性を連れてやってきた。
ロイグ
「おまたせ〜」
???
「なんでアタシなんだよ! ベッグとかでいいだろアイツ戦闘機オタクなんだからよ!」
ロイグ
「ごちゃごちゃうるさいわねぇ・・・仕方ないでしょ暇そうなの貴女しか居なかったんだから。」
???
「あー!? なんだその理由!?」
イサカ
「まあそう言わずに協力してくれないか。うちの優秀な搭乗員が今こんな状態でな。」
そうイサカが立ち上がって促すと、彼女は俺の方を向いた。目線を合わせるようにしゃがみこむ。
???
「おうおうこりゃまた・・・大丈夫かよ?」
「んー、大丈夫と言えば大丈夫かな。君は?」
レンジ
「レンジってんだ、よろしくな。」
「俺はヤマダ、よろしく。」
ロイグ
「イサカ、帰る場所ってあそこでいいのよね?」
イサカ
「ああ、いつものあそこだ。」
レンジ
「また絶妙に遠いんだよな・・・仕方ねえ、飛んでやるよ!」
ロイグ
「アタシの鐘馗、壊さないでよ?」
レンジ
「着陸しにくい以外は文句ねぇんだけどな。」
俺は翼の上に登る前に、ハヤに一言言わなければならない。
「ハヤ、世話んなったな。何かあったらいつでもタネガシに来い。R1830の部品もあるし、なんか不調ってんならわかる範囲で俺が見てやるよ。」
ハヤ
「ありがとう。それにすまない、足・・・」
俺はハヤの頭に手を置いた。
「気にすんな、そのうち治るよ。じゃあな!」
そうして俺は操縦席の後ろに入った。あらかじめ外しておいた防弾板を座席の下に置き、イサカが乗り込んでくるのを待つ。
イサカ
「よし・・・帰ろうか。」
「ああ・・・そうだな。」
イサカの手によってAI-1-129に火が入る。
「コイツの始動にも慣れたもんだな。」
イサカ
「ああ・・・お前が整備した機体は扱いやすくて助かる。組員達も喜んでいるよ。」
そんな話をタキシングしながらしていた。無線が聞こえる。
ロイグ
「じゃあ飛ぶわよ!」
イサカ
「了解!」
レンジ
「さっさと行こうぜ。」
程なくして機体がふわりと浮かび上がった。上昇しながら脚を上げて、しばらくすれば高度も安定する。
「まさか君が操縦するAI-1-129に乗せて貰えるとはなぁ・・・嬉しいよ。」
イサカ
「何を言うか、私などお前に何を言われるか気にしながら飛んでいるんだぞ。」
「なんにも言わねーよ。君の操縦に文句があるならこの機体を預けたりしない。それよりさっきからなんでずっとラダーペダルを踏み続けてんだ?」
イサカ
「いや、私も離したいんだがそうすると横滑りしてしまってな・・・」
「あー!忘れてた、ラダートリムはエレベータートリムの横のハンドルで調整できるよ。」
イサカ
「何!? 」
「この機体は3軸全てのトリムを適時調整できる。」
イサカ
「至れり尽くせりだな・・・機体の扱いやすさは搭乗員の負担軽減にも繋がるし、正しいアプローチなのだろうな。」
「この機体は一生乗り続けるつもりだしな。なるべく自分に扱いやすいように、そしてこの機体に最も負担が少なくて済むように仕上げてある。」
イサカ
「流石だな・・・ヤマダ、少し前から考えていたんだが。」
「ん、なんだ?」
イサカ
「戦闘機関連の決定はお前の判断に全て任せる。変更した事があればその内容と金の動きを逐一報告してくれればいい。」
「いいのかい?」
イサカ
「私の負担も、サダクニの負担も減るしな。いつ言おうか悩んでいたんだ、よろしく頼むよ。」
「わかったよ・・・ありがとうな。」
イサカ
「それと・・・2ヶ月後にしばらく出なくてはいけなくてな。」
「お、また教官の手伝いか?」
イサカ
「いや、今回はお前に着いてきて欲しい。」
「なんの仕事なんだ?」
イサカ
「コトブキ飛行隊との共同任務だ。うちの組のフロント企業の荷物をラハマで羽衣に積んでそのままアレシマまで護衛するんだ。さらにアレシマからは羽衣丸の荷物を護衛してインノに飛び、さらにインノで数日展示される荷物の護衛任務に着く。」
「コトブキって、あのコトブキ飛行隊?」
イサカ
「そうだ、イケスカ動乱で活躍したあのコトブキ飛行隊だ。奇妙な縁ではあったが面識があってな。」
「それは良いけど・・・俺が行って役に立つのか?」
イサカ
「当たり前だ。それと私個人の興味だが・・・お前がコトブキの面々とどれだけ張り合えるかが見てみたい。」
「そんな期待されても困るけど・・・分かったよ。行こう。」
イサカ
「助かるよ。私も心強い。」
そう話しているうちにタネガシへ帰ってきた。イサカがゆっくりと機体を着陸させる。とても優しい操作だった。イサカが操縦席から先に降り、俺はイサカの手を借りて後部胴体から出た。
「操縦お疲れ様。」
イサカ
「お前こそ、狭い中よく耐えてくれたな。ありがとう。」
続いてロイグの操縦するイサカの零戦と、レンジが操縦するロイグの鍾馗が降りて来た。
ロイグ
「イサカーーーっ! 機体はこっちでいいの?」
イサカ
「ああ、そっちに入れて置いてくれ!」
俺はイサカに肩を借りて機体の位置と整備内容を指示した。バタバタしたのもひと段落し、ロイグとレンジを見送る。
ロイグ
「足、早く治るといいわね。」
「ま、なるようになるさ。今回は迷惑かけて悪かったなロイグ、それにレンジも。」
レンジ
「アタシはまあ・・・いいよ、アンタ良い奴そうだしな。また会ったら、よろしくな。」
「ああ、今度会ったらお礼もさせてくれ。じゃあ、気を付けてな。」
ロイグ
「ほらレンジ、早く後ろ入りなさいよ!」
レンジ
「うるっせーな! 今入ってるよ!」
「はは・・・エナーシャ回してやりたいんだが、このザマだしなぁ・・・」
イサカ
「私が回そう。ヤマダ、鍾馗の翼に手をかけておけ。」
ロイグ
「助かるわ〜」
陸軍機のエナーシャハンドル差し込み口は、脚庫内部にある。補機類が後ろに張り出して設置される事になる星型エンジンの特性上仕方ないのだろうが、にしても脚庫内部とは面白い。
キィィィィン・・・ カチッ!!
ババッババッババッ・・・
零戦はエナーシャを回した人間が外でクラッチハンドルを引き、エナーシャスターターとクランクシャフトを連結する。だが陸軍機はクラッチペダルが操縦席内にあり、操縦者自身がそれらを連結する。
イサカ
「気を付けてな!!」
イサカは直ぐに俺に肩を貸してくれた。イサカと並んで俺も手を振り2人を見送った。
イサカ
「さあ・・・医務室に行くか。」
「組長に抱えてもらいながら医務室か・・・」
イサカ
「不満か?」
「いや、光栄だよ。」
第六章 荒野のコトブキ飛行隊 編
増槽を取り付けて、ラハマへ飛ぶ準備を終えた。後部胴体の燃料タンクを撤去したため燃料容量が減っているが、主翼端に二二型と同様の燃料タンクを増設して通常の二一型と同じ航続距離は確保してあるのだ。
イサカ
「ヤマダ、これ弁当!」
「おっ、助かる!」
イサカ
「そろそろ出発だな。」
「ああ、こっちはいつでも行けるぞ。」
イサカ
「では行こう。向こうにはお前のことも伝えてある。」
「りょーかい」
イサカ
「愚問だとは思うが・・・飛行船への着艦はできるか?」
「もちろん、零戦自体操縦しやすい機体だしな。」
そうして俺とイサカはタネガシを飛び立った。今回はゲキテツとして活動する訳では無いので、イサカの機体はAI-3-102だ。胴体内燃料タンクから増槽燃料タンクに切り替え、スロットルを絞ってトリムをとり操縦桿から手を離す。3軸全てでトリムを設定出来るようにしたのはこういう所で無駄に体力を使わなくて済むようにである。
「コトブキ飛行隊って、どういう感じなんだ?」
イサカ
「どういう感じと言われてもな・・・面白い集団だ。」
「その感想もおかしいけどな?」
程よいところで操縦桿を操作して進路の誤差を修正する。そんなことをしながら飛んでいると、AI-1-129の増槽燃料が無くなった。
「燃料コック閉・・外翼燃料タンクに切り替えっと。」
燃料ラインが正確に切り替わったことを確認してから、増槽を捨てた。
「よっ、と」
ガシャっ・・・
くるくる回転しながら増槽が落ちてゆく。こちらの増槽が無くなったということは、ラハマはもうそろそろだ。羽衣はラハマに停泊しているため、俺たちの零戦を積み込んでから出発するという段取りとなっている。
イサカ
「さあ、ラハマが見えてきたぞ。」
「岩塩の産地で無くてはならないのは分かるけどさ、零戦の外板がボロボロになっちまうよぉ・・・」
イサカ
「お前らしい心配だな・・・」
「羽衣って、あのでっかいやつ?」
イサカ
「ん? ああ、あの飛行船だな。」
「ハッチが空いてら、誘導はあり?」
イサカ
「向こうの整備員達が誘導してくれることになっている。お前が先に行け。」
「俺かよ!」
イサカ
「お前の着艦をじっくり見たいんだ。」
「わかったよ・・・」
速度を落としながら高度を下げてゆく。フラップを小出しにしてエアブレーキ代わりにゆっくりと進路を調節し主脚を下ろしてバンクを振った。向こう側には大きく手を振る小柄な女性が見えた。
「ピッチ角調整、スロットル開度調整っと・・・あ、速度がやばいか?」
降下に伴って少し速度が上がっていた。俺はラダーを踏み込みエルロンをそれとは逆方向に倒して機体を横滑りさせ降りてゆく。
「今だっ」
エルロンとラダーを同時に戻して機体を真っ直ぐに向けた。その瞬間に俺の機体は羽衣の滑走路にふわりと降り立つ。軽くブレーキを踏んで機体を手前で1度止めると、小柄な女性の誘導を受け奥の格納庫の一角へと案内された。6機の隼と2機の紫電、1機の零戦三二型が見える。
「筒温正常、ブースターポンプ停止、点火栓スイッチ切り、燃料コック閉・・・おつかれさん。6544」
発動機を止めると後ろからイサカも来た。俺の横に案内され、発動機の冷却運転をしている。俺は一足先に操縦席から出た。さっき誘導してくれた小柄な女性がこっちに気づき歩いてくる。
ナツオ
「見事な着艦だったな。アタシはナツオ、羽衣の整備班長ナツオだ。よろしくな。」
「よろしくお願いします。ヤマダです。」
ナツオ
「そんな固くなんないでかまわねえよ。歳だってそんなに違わねえんだ。アタシお前で行こう。な、ヤマさん。」
「そっちが良いなら。よろしくな、ナッちゃん。」
イサカ
「ヤマダ、私はマダムの所に行ってくる。お前は・・・」
ナツオ
「久しぶりだな、イサカ。コイツはアタシがサルーンまで案内しといてやるよ。」
イサカ
「久しぶりだなナツオ。案内助かる、では頼む。」
そうして俺はナツオに連れられて飛行船の中を歩いた。
ナツオ
「まさか着艦直前に横滑りさせて減速するとは思わなかったよ、あんなのコトブキの連中でもやらねー」
「んーまあ、オーバーランしたらかっこ悪いじゃんか」
ナツオ
「あれで失敗して艦尾に激突したら元も子もねえぞ。それよりコトブキの連中、お前の事を聞いてからずっと興味津々だったぜ。」
「は? イサカは俺の事どんな伝え方したんだか・・・」
ナツオ
「なんでも空戦の腕も良いんだって?」
「並だよ並、俺はただ零戦が好きなだけ。」
ナツオ
「なーに言ってんだ・・・さ、ここがジョニーズ・サルーン。羽衣の乗組員のたまり場さ。」
そう言って観音開きの扉を開くと、オシャレなカウンターの周りにテーブルが並んでいた。油にまみれて生活してたような俺にはちと勿体ない。
ナツオ
「おーい、新人連れてきたぜ!」
ナツオがそう言うと、色々でかい黒髪の女性が真っ先にこちらを振り向いた。
???
「アンタが凄腕の零戦乗り?」
「凄腕かどうかは・・・ヤマダです。よろしく。」
ナオミ
「アタシはナオミ、格納庫に三二型あったでしょ?」
「ああ、ありましたね。貴女のですか?」
ナオミ
「ご名答、アンタが乗ってるのは二一型だって聞いて気になってたんだよ。主翼も長いし足も遅い機体でどうやって戦ってるのか・・・ もし空賊が来たら腕前しっかり見せてよね?」
「はは・・・もし空賊が来たら、その時はじっくり見てください。」
ナオミ
「あと敬語やめなよ、硬っ苦しい。皆いいわよね?」
そう言ってナオミがサルーンにいる面々に問いかける、皆一斉に首を縦に振ってくれた。
「ありがとう。こっちも気楽に話せて嬉しいよ。」
レオナ
「では我々も自己紹介をしなくてはな。オウニ商会所属コトブキ飛行隊、隊長のレオナだ。君は凄腕の零戦乗りだと伺っている、これから1週間よろしく頼む。」
ザラ
「ザラよ〜 お酒を飲む時は是非呼んでね?」
ケイト
「ケイトだ、よろしく。」
エンマ
「エンマと申します。よろしくお願いしますわ。」
チカ
「電光石火のチカ、よろしくな!」
キリエ
「私はキリエだよ、よろしくね!」
フェルナンド内海
「フェルナンドだ、凄腕だと聞いている・・・期待してるぞ。」
アドルフォ山田
「アドルフォだ! お前さん凄腕なんだろう?この一週間俺とどっちが撃墜できるか勝負しないか?」
「皆よろしく。さっきもナオミに向けて言ったが俺はヤマダだ。タネガシで整備工場をやってる。それとアドルフォさん、俺撃墜数はあんまり意識してねんだ。悪いけどその勝負は降りさせてもらうよ。」
アドルフォ
「は? なんだよそれ!?」
「どうもこうもそのまんまさ、俺は今まで何機撃墜したかなんて覚えてないし思い出したくもないよ。そして撃墜した機体を数える趣味もないってだけさ。」
アドルフォ
「ふん、もしかして負けるのが怖いのか?」
ナオミ
「やめなよみっともない。悪いね、ウチのバカが。」
「いや、いいんだ。あ、マスター?」
ジョニー
「ジョニーでいいよ。何にする?」
「とりあえずユーハング酒と唐揚げを下さいな。」
ジョニー
「はいはい、ちょっと待っててね。」
そしてカウンター席に腰を下ろす。飛行眼鏡と帽子を外して隣に置いた。
キリエ
「ねえヤマダさん、」
「呼び捨てでいいよ。どうした?」
キリエ
「会ってすぐ聞くのが失礼なのは重々承知なんだけど・・・サブジーって知らない?零戦三二型に乗ってて、尾翼に鳩のマーク入れてるんだけど。」
レオナ
「キリエは君がユーハング製の機体に乗っていると聞いてからそのことばっかりでな。無礼を許してやってくれ。」
「問題ないよ。それとゴメンなキリエ、サブジーって人は俺は知らない。」
キリエ
「そうだよね・・・ありがと。」
「ただ、その零戦は覚えがある。」
キリエ
「・・・え!?」
「イケスカ動乱のちょっと前、そんな塗装の三二型が俺の整備工場に来た。」
キリエ
「その話を詳しくお願い!!」
レオナ
「コラ!キリエ!!」
「いいよいいよ、よく分かんないけど君にとってすごい大切な人なんだろ。」
ナオミ
「その話はアタシも興味があるわ。あのジジイには借りがあるしね。」
「後部胴体が酷く損傷していたし、それに乗ってたお爺さんも片目を怪我してた。そんで俺に機体を預けて、1週間後取りに来るっつって消えたんだ。」
キリエ
「そのおじいさんって、赤いはっぴを着たぶっきらぼうな感じの!?」
「あー、赤いはっぴは確かに着てたな。そんで俺はその三二型を修理したんだけど、機体の塗装をどうするか聞くために塗装はしないで置いといたんだ。そしたらきっかり一週間後にお爺さんは来て、機体後部は緑に塗ってくれって言うんだ。前の塗装の下のマーキングはもう要らない・・・って。」
キリエ
「あの丸いマーキングだ・・・」
「で、後部胴体は緑にして、後ろの鳩のパーソナルマークは綺麗に書き直して渡したんだよ。そしたらそのお爺さんたいそう喜んでくれてさ、俺に自信を持ってやっていけって言ってくれたんだ。」
ナオミ
「あのスケベじじいもいいとこあんじゃん。」
「あとなんだったかな、俺が操縦の事で悩んでるってのを聞いてくれてさ。こう言ってたな」
「飛行機は飛ばすもんじゃない、自然に飛ぶんだ。操縦士はそれに寄り添うだけだ。」
するとキリエとナオミの表情が変わった。
キリエ
「確かに・・・確かにそう言ってたの!?」
「ああ、あと俺の今の機体・・・っつてもそんときはまだ完成してなかったけどな。それを見てえらく懐かしんでたよ。昔の仲間の機体かもしれないって、大切にしてやってくれってさ。」
キリエ
「ヤマダの機体って、今格納庫!?」
「ああ、止めてあるよ。」
キリエ
「見に行っていい!?」
「いいよ、行こうか。あ、ジョニーさん!」
ジョニー
「はいはい?」
「ごめん、金は置いとく。唐揚げは冷めちゃうと思うからジョニーさんが食べといて。俺からの奢りってことで、折角頼んだのにごめんよ。」
ジョニー
「いいよ、また来たらご馳走してあげよう。」
「サンキュ、レオナさん。イサカが来たら格納庫に行ったって伝えといてくれないか?」
レオナ
「わかった、また戻ってくるだろう?」
「ああ、キリエの気が済んだらすぐ戻るよ。」
ナツオ
「アタシも行くぞ! お前の機体がどんなのか興味があるしな。」
ナオミ
「アタシも行くわ。」
そして格納庫へとまた戻る。道中俺はふと思い出したことがあったのでキリエにまた話しかけた。
「キリエ、君はサブジーを探してるのかい?」
キリエ
「うん、生きてるかどうかもわかんないけどね。イサオってやつに撃たれてさ・・・」
「うーん・・・それってさ、震電?」
キリエ
「え・・・なんでわかるの?」
「その人の零戦三二型の後部胴体は、30ミリ機関砲で撃たれて損傷してたんだよ。で、イサオって確かイケスカ動乱の親玉で、震電に乗ってただろ。」
ナオミ
「そういや、あんたんとこに来た時期ってイケスカ動乱より前なんだよね?」
「うん、俺のとこに来た人が本当にサブジーって人なら・・・老衰で亡くなってさえいなければ今でも生きているね。」
キリエ
「そっか・・・サブジー・・・!」
「それに、多分ウチの整備工場を探して古い記録を探ればその機体の整備記録書もあると思うよ。」
ナオミ
「アンタ、すごいね。」
「いやいや、君たちの運が良かったんだよ。」
格納庫に着くと、さっき止めた俺の機体まで歩いていった。
キリエ
「この機体・・・」
「どうした?」
キリエ
「サブジーの本棚にあった写真にこんなのが写ってた気がする。」
ナオミ
「あのクソジジイが塗りつぶしてたマーキングって、これね。」
「日の丸か。」
ユーハングで飛んでいた機体には必ずあったマーキングだ。こちらで飛行隊を表すパーソナルマークのような役割をしていたのだろう。
「キリエ、良かったら飛んでみるかい?」
キリエ
「えっ?」
「どうせそろそろ出発だろ? ある程度飛行船が高度とったら乗ってみなよ。ちょっとは懐かしめるかもよ。」
キリエ
「有難いけど・・・私は何もお返し出来ないよ?」
「別にいいよ、こんな事くらいお安い御用さ。」
ナツオ
「じゃヤマさんにはキリエの隼を貸してやりゃいい。ま、興味があればだが」
「じゃあせっかくだしお言葉に甘えようかな。陸軍機に乗る機会なんか全く無いし。」
そうこうしていると羽衣は出発した。1度キリエ達とサルーンに戻ったあと、羽衣管制の女の子に部屋に案内された。そこで服を着替えて、荷物を整理してからもう一度格納庫へと向かう。
「固定よしっと・・・」
床と主翼の間にはられたワイヤを手で叩いて張りを確認しておく。するとナツオに呼ばれた。
ナツオ
「ヤマさん! ちょうどいいや、エンジン組み直すの手伝ってくれ。」
「羽衣ではこんなこともするのか?」
ナツオ
「エンジン壊してきた奴が直ぐに出れるように、何機かはストックしてんだよ。ヘッド磨くから、オイルクーラーを組んどいてくれ。」
「あいよ。」
隼一型は環状式潤滑油冷却器を発動機の前に置いているのが特徴だ。機外への突起物をなるべく減らそうという工夫なのだろう。ハ25発動機は零戦の栄一一型と同様昇流式キャブレターを使っているので、結局アゴのような形で突起物が出来てしまっているが・・・
ナツオ
「二一型は、オイルクーラーを綺麗に収めたよな。」
「けど、整備のしやすさはこれに負ける。オイルクーラーを外すためにボルト4本で済むのとパネルとボルト数本を外さないといけないのは大違いだよ。」
ナツオ
「仕方ねぇよな。それと引き換えに二一型は圧倒的な空力性能を得たんだ。」
「まあな、そもそも隼とは生産工程に関する設計思想が違う。どっちも正しいよ。」
そして俺は配管を繋ぎ、発動機の前にオイルクーラーを取り付けた。コトブキの皆の命を載せる発動機だ。手を抜く訳には行かない。
ナツオ
「そういやよ、お前の機体のエンジンも見せてくれよ。」
「あー、別にいいぞ。」
2人してハ25をさっさと組上げ、俺の二一型に向けて歩いた。2人で協力してカウリングを取り外し、発動機をあらわにする。
ナツオ
「音がおかしいなと思ったんだ。何だよ、このエン ジン・・・」
「P&W R1830-75 ツインワスプ 出力1350馬力」
ナツオ
「ユーハングと戦ってた国のエンジンか、なんたってこんなことしたよ。栄ならいっくらでも手に入れれんだろ。」
「普通の二一型と同じだと、面白くねえなと思ってさ。」
ウゥゥゥゥゥゥーーーーー!!!
ナツオ
「げっ!?」
「空賊か!?」
カウリングをつけ直し、ナツオが叫ぶ。
ナツオ
「エンジンは後でじっくり見させてもらう!乗れヤマ!」
「こっちはいいからコトブキとナサリンのを!!」
ナツオ
「エナーシャは!!」
「いいから!!」
自分とイサカの機体のプロペラを手で回し、ワイヤを外して風防を開ける。それだけやっとけば整備員は必要ない。イサカとコトブキの面々が駆け下りてくる。
「イサカ、乗れ!」
イサカ
「ああ!」
ポンプよし、電気系統よし、セルスタート!!
バラッバラッバラッ・・・バラバラバラバラ!!!
「アンナさんだっけ!? もう出れっから許可寄越して!!」
アンナ
「早っ!? 発艦許可します!」
「イサカ! 前よろしく!」
イサカ
「ああ!!」
操縦桿を押してブレーキを調節、加速するイサカを追って空に出る。
イサカ
「10分で片付けるぞ。ヤマダ」
「はいよ。あ、マリアさーん!!」
マリア
「はい!」
「空賊の詳細、分かったらよろしく!」
マリア
「了解です。レーダーには10機ほどですが・・・目視確認が出来ましたら他の皆にも連絡お願いします。」
「はーい!」
コトブキとナサリンの面々が上がってくるまで旋回待機、全員揃って誘導された方向に飛んでいると、飛燕が10機と隼三型が3機飛んでいた。
キリエ
「えっ!? レーダーと違うじゃん!」
「隼三型は木製部品があるから、もしかしたら雲とかに紛れてレーダーが拾わなかったのかもな。」
ピッチを低く固定し、バンクを降って前にいつでも出れることを伝える。
イサカ
「この機体、何分間回せる?」
「何分でも、そんな回して壊れるほどヤワな整備してないもんでな。」
イサカ
「了解、行くぞ!」
操縦桿を出して編隊の前へ飛び込んでゆく。隼三型を狙うのだ。
「ナサリンのおっさん!! あんたらは飛燕を優先的に頼む!!」
フェルナンド、アドルフォ
「了解!」
イサカ
「私が前を!!」
「じゃあ俺は後ろ片っぽ!」
ナオミ
「私も混ぜなさいよ!」
「横よろしく!!」
1機に狙いを定め、スイッチを弾いて20ミリだけを発射する。
ドドドドドッ!!!
徹甲弾がかっすたか翼の破片が飛ぶが、まだ堕ちていない。
ドンッドンッドンッ!!!!
編隊の前を速度に任せて降りる。隼が旋回したのを見計らってこちらも操縦桿を引き、後ろにつこうと旋回する。
「よく回るよな・・・ファウラーはよく効くねェ!」
イサカ
「呑気なことを言ってる場合か・・・」
「はは・・・本気で行くか!」
フラップ捜査桿を操作しスプリットフラップを出す。本来零戦のフラップこういう使い方をするものでは無いが、使えるものは使う。
ギッギッギッ・・・・
「もうちょい・・・もうちょい・・・」
スイッチを再び弾いて7.7との同時発射に切替える。
イサカ
「ヤマダ・・・なぜ撃たない?」
キィィィン・・・ブゥゥンッ!!!
隼が切り返す。これを待っていた。
「それはやっちゃいかんでなっ!!」
切り替えした瞬間一瞬だけ水平飛行になる。照準器にピタリと収まった隼に向けて機銃を撃つ。
ダダダダダッ!!ダダダッ!
ガァンッ!! ドンッ!!
「撃墜確実!」
同時に敵機を撃墜していたイサカと1度離脱して高度を取る。取り回しで優り速力で劣る飛燕と戦うコトブキ隊の方に合流しに行く。
「イサカ、二一型の調子は!」
イサカ
「すこぶる良好! あと5分30秒!!」
「以外に時間食ったな!」
スロットルをめいっぱい押し込んでコトブキ達と合流する。
イサカ
「私はレオナ達の方に!!」
レオナ
「後ろは頼んだ!!」
「キリエ、チカ!! 邪魔していいかい!?」
チカ
「よろしく!!」
キリエ
「速度で勝てない! 前でエネルギー取ってもらってもいい!?」
「おまかせあれ!!」
フラップを閉じ、上昇角をとりながら加速する。キリエたちの前に出ると、飛燕に向けて7.7ミリを発射した。たまらず相手は高度を落とし、旋回する。
「キリエ、チカ!! フラップ上げろ!!俺が避けるからその隙に撃て!!」
キリエ、チカ
「了解!!」
操縦桿をひきつけ、スロットルを絞って2人を前に押し出す。
ババババババッ!! カンッカンッカンッ!!
確かに飛行船で上がっているこの高度で隼では速力がきついかもしれない。ただまあ・・・コトブキの面々なら問題ないだろう。
レオナ
「よし・・・帰還する!!」
イサカ
「私たちは最後でいい。ナサリンの皆を先に。」
ナサリンの次にコトブキが着艦する。ふと見るとエンマのフラップが破損していた。本人は気づいて居ないようだ。
「エンマ、フラップは下げないで。」
エンマ
「えっ、どうしてですの?」
「片っぽぶっ壊れてる。バランス崩すぞ。」
エンマ
「かしこまりましたわ。ありがとうございます。」
全員降りてから俺が最後に降りる。冷却運転をしているとキリエがこちらに歩いてきた。
「今乗るかい? 俺の機体か、イサカの栄発動機の方かどっちがいい?」
キリエ
「栄でお願いっ」
「了解。イサカ、冷却運転をもうしばらく続けてくれるか?」
イサカ
「わかった。」
そして俺は発動機を止め、イサカの元へ行った。
「って事で、キリエに貸してやりたいんだ。」
イサカ
「なるほどな・・わかった。そういう事なら喜んで貸そう。」
そうしてイサカとキリエは操縦席を交代する。一通り操縦で必要なことを教えると、ナツオに肩を叩かれた。
ナツオ
「ヤマ、キリエの隼に乗りな。」
キリエ
「折角だし、ちょっとだけ模擬空戦してくれない?」
「いいよ、慣れない機体だしちょっとだけな。」
イサカ
「負けるなよ。ヤマダ」
「ノーコメント・・・」
隼に乗り込み、エナーシャをナツオに任せる。
「始動準備〜!」
キィィィィィィン・・・
ナツオ
「んっ! 点火ァーーーー!!」
慣性始動機とクランクシャフトが繋がる。不規則な回転でプロペラが動き、シリンダーの爆発音とともに回転は安定する。
ババッババッババッババッババッ・・・・・
1400回転を指し示す回転計を見て、ナツオに車輪止めをはらってもらい、キリエとともに滑走路に出た。
「いつでもいいぞ!」
キリエ
「了解!」
加速する零戦を追ってこちらも空へと出る。ある程度飛行が安定してから俺はキリエに気になっていたことを聞いた。
「キリエ、サブジーは三二型だったんだろ? だったらなんでナオミの三二型を借りなかったんだ?」
キリエ
「んーーーなんでだろ。やっぱり三二型を操縦するならサブジーの機体がいいからかな・・・」
「そっか、大好きなんだな。サブジーが」
キリエ
「うん、サブジーは私に空の楽しさを教えてくれたんだ。だから大好き。サブジーも、三二型も!」
「会えるといいな、サブジーに。そんで零戦乗りなら俺も会ってみたいよ。」
キリエ
「もし会えたら、ヤマダの話もしておくね! すっごくうまい零戦乗りが居たって!」
「ははっ、頼んだよ。 さてと・・・やるか!キリエ!」
キリエ
「おっけー!!」
逃げるキリエを俺は全力で追う。ハイGでもって旋回する零戦に肉薄するべくこちらもファウラーフラップを展開した。操縦桿のボタンで開閉できるのは実に便利がいい。
「こんのっ・・・」
大きな尾翼のおかげで機種が安定する。だが俺はお手本のように綺麗なキリエの操縦を追うので精一杯だ。バレルロールで後ろに着こうとする零戦を、俺は機体を滑らせて避けていく。
レオナ
「キリエ・・・本気でやってないか?」
ザラ
「まあたまにはいいんじゃない?」
エンマ
「にしてもあの方、キリエによく似た飛ばし方をしますのね。」
ケイト
「非常に正確、そして綺麗。ただ・・・」
俊敏な隼の機動を利用する。人の機体なので無理はしないが、操縦桿を思い切り倒して失速を誘発し、発動機を軸に回転しながら機体全体を抵抗にして零戦の後ろへ着く
「零戦だとこれは出来ないよなぁ・・・」
チカ
「えっ!? 今の何!?」
ケイト
「恐らく隼でしか出来ない。大きな動翼と細い機体、異常とも言える機動性を持つ隼でこそなせる技」
レオナ
「普通は失速したまま高度を落とす確率が高いからやらない、模擬空戦だからというのもあるかもしれないが・・・」
イサカ
「奴は以前、隼三型を操縦したことがあったが・・・」
ナツオ
「ま、後ろのキリエがおかしな事をしないっていう絶対の信頼もあるんだろうな。良くも悪くも綺麗な飛ばし方をするキリエが後ろだからこその機動だ。」
キリエ
「うぇえ!? 何それ!?」
「君も空戦の時何回かやってるぞ?」
キリエ
「え?自覚してないだけ?」
「多分・・・」
キリエ
「もー私形無しじゃん! 戻ろっか」
「だな、先降りるかい?」
キリエ
「先降りていいよ!」
「じゃ、お言葉に甘えて」
スロットルを絞って羽衣に着艦する。冷却運転はナツオに任せ、隼から一足早く降りた。キリエも冷却運転をイサカに任せている。
チカ
「実戦だったらキリエ今死んでんじゃん!」
キリエ
「うっさいな!! 仕方ないでしょあんな挙動されると思わなかったんだから!」
チカ
「お行儀よく飛んでるからだろ!」
「大丈夫大丈夫、あんな技実戦で使ってたら命がいくつあっても足りないから。失速反転してるうちにほかの機体に撃墜されるよ。」
キリエ
「でもでも! んんぅぐやじいーー!!」
レオナ
「落ち着けキリエ。ヤマダ、ひとつお願いを聞いて貰っても良いか?」
「なんだ?」
レオナ
「もし次に空賊が来たら、君とイサカにはコトブキの編隊空戦に加わって欲しい。」
「イサカが良ければ、俺は全然いいよ。」
イサカ
「断る理由もないだろう。だが唐突にどうしたんだ?レオナ。」
レオナ
「今回輸送しているのは航空燃料とオイル、帰りの荷物も曰く付きの品だと聞いている。いつも以上に羽衣に敵戦闘機を近づけたくない。バラバラでも君たちの実力なら問題は無いと思うが、念には念を入れておきたい。」
今運んでいるのはタネガシ近郊で取れた石油から精製したものだ。どういうルートでタネガシから1度ラハマに、更にはそこからイケスカにしかもかの有名な羽衣丸で輸送することになったのかはイサカに聞かないと定かではないが・・・まあガソリン好きでも居るんだろう。
イサカ
「なるほど、わかった。そういうことなら喜んで編隊に加わろう。」
「キリエ、編隊組むか?」
キリエ
「マジで? よろしく!」
イサカ
「レオナ、一緒にどうだ?」
レオナ
「折角の機会だ、改めてよろしく。」
すると俺はずっと考えていた事をふと思い出した。燃料だ。
「あっそうだ! ナッちゃん!!」
ナツオ
「どうした?」
「羽衣って確か、ナンコーのガソリン使ってたよな?」
ナツオ
「ああ、オクタン価100の超ハイオクタンガソリンだぞ。」
「ちょっと分けて貰っていいかな。」
ナツオ
「今までは何処のガソリンを使っていたんだ?」
「タネガシの傍の油田だよ。確か92オクタンだな。自家製造みたいなもんで価格は安いし品質は安定してるけど、どうせなら良いのも入れてみたいからさ。」
フェルナンド
「良ければ、俺とアドルフォから話を通してお前の所に燃料を卸すようにして貰おうか?」
「おっさんそれマジか?」
フェルナンド
「取引口が増えればうちのおやっさんも喜ぶし、あんたならあそこのガソリンの価値をしっかり分かってくれそうだしな。」
「ありがとう。ならぜひ頼むよ。値段は?」
フェルナンド
「コトブキに卸してるのと同じ値段でいい。ナツオ班長、書類の類の処理は頼んでいいか?」
ナツオ
「仕方ねぇな、ちょっとこっちこい!」
イサカ
「書類仕事なら私が行こう。ヤマダ、私の機体も燃料を入れ替えておいてくれないか?」
「了解、頼んだよ。」
皆に協力してもらって零戦のガソリンを入れ替える。隼よりも燃料タンクの数が多いのでまあ面倒くさい作業ではあるのだが、ラハマまでの行き道とさっき飛んだことで燃料タンクがほとんど空だったために燃料を補充するだけで済んだ。R1830は栄に比べて燃費があまり良くないのだ。
「赤い丸が燃料補充口だから皆頼む。」
エンマ
「今気付きましたけど、機体が随分綺麗ですのね。排気管の汚れ程度で他にはほとんど汚れや傷がありませんわ。」
「いっつも洗ってるからな。もし被弾したりしたらそのパネルごと変えるし、色々定期的に見てるよ。」
エンマ
「こんな事を言うのも失礼かも知れませんが、何故そこまでするのですか? これではまるでエアショーにでも出るようですわ・・・」
「なんでってなぁ・・・やっぱり綺麗な方がかっこいいからかな。大事にしてやればやるほど、機械は応えてくれる。どうしようもなくなるかもだけど、ギリギリまで俺はこいつで飛びたいな。」
そうして俺は燃料を入れてもらう傍ら、レオナに手伝って貰いながらカウリングを外した。発動機をナツオにじっくり見せる為だ。
レオナ
「エンジンまで綺麗だ・・・」
「そんじょそこらのとは違うからな。水平加速で隼2型くらいなら引き離せるぞ。」
キリエ
「これ、何馬力あんの?」
「92オクタンガソリンで1350馬力、100オクタンだったら1380馬力くらいか?」
ケイト
「P&W R1830-75 ツインワスプ・・・ユーハングのエンジンではない、何故これを整備運用出来ている?」
「100式輸送機ってあるだろ。あれの原型機がダグラスDC-3なのは知ってる?」
ケイト
「把握している。」
「100式輸送機とダグラスDC-3を整備してる会社がタネガシ郊外にあってな。そこから部品を貰ってる。」
ケイト
「理解した。だが私には零戦にこれを載せるメリットが分からない、早く飛びたいなら他に機体はあるし運動性能を求めるならこんな事をするよりも隼等に乗り換えた方が懸命。」
レオナ
「ケイト、その辺に・・・」
「いいよいいよ。ご最もな意見だ。」
ケイト
「失礼なのは謝罪する。もし良ければ説明を願いたい。」
「元々この機体は発動機が無かったんだ、ユーハングで作られた零戦でね。発動機もオリジナルで行こうと思ったんだが湿気で酷い有様で再使用できるような状態じゃなかった。」
そう言いながら俺は発動機をポンポンと叩く。
「イジツで作られた栄を乗せても良かった。実際イサカが助けた二一型にはそうして性能を合わせてる。けど俺がこいつを修理してる時、思ったんだよ。」
ケイト
「と言うと。」
「普通じゃつまんねーって」
イサカ
「お前らしいというか・・・」
「旋回性能なら二一型、ロール性能なら三二型、速度を出すなら五二型、皆のイメージはこんな具合じゃないか?」
ザラ
「確かにそんな感じね〜」
「けど俺は五二型と同じ速度で飛べて、三二型と同じスピードでロールする二一型を作りたくなったんだよ。」
ケイト
「驚愕の思考回路・・・もう少し話を聞きたい。」
「エルロンは二二型と同じバランスタブ付きの奴に交換してロール性能向上。油圧ポンプを別で取り付けて油圧の更なる安定。機上バッテリーの大容量化。少々太くなった発動機に合わせてカウリングの再製作。」
チカ
「って事は、この二一型にはこの機体のカウリングしか付けれない・・・?」
「そういう事。」
そう話している間にもナツオはAI-1-129とAI-3-102をまじまじと見比べていた。
ナツオ
「うーんこりゃあ・・・ユーハングの資料で見た通りだ。燃料排出口からジャッキアップポイントの表示まで全部作りこんでやがる。」
「かっこいいだろ?」
キリエ
「そういや班長、配線は芸術だー!っつってたよね。」
ナツオ
「ったり前だ!各気筒の前後にあるスパークプラグから伸びるプラグコード、複雑に絡み合う機器を避けるように取り回されたオイルライン・・・見てるだけでゾクゾクすんだろ!!」
「わかる!わかるぜナッちゃん! あとこの道風板とかもかっこいいだろ!!」
ナツオ
「この道風板を避ける配線の取り回しは見事だ・・・ヤマ!今夜は酒飲みながら語り明かすぞ!!」
「任せとけ!!」
キリエ
「同類だったー・・・」
翌朝・・・・
そうして俺はひと夜を格納庫で明かし、無事イケスカに到着した。イケスカでの停泊はごく短時間で、次はすぐにイヅルマへ出発するそうだ。そして今からつむのが、オウニ商会が輸送を担当した荷物「金星発動機」だ。なんでもイヅルマで保管した後に幻の戦闘機を復元するのだとか。
「金星六二型、空冷星型14気筒・ボアストローク140*150・離床出力1500馬力/2600回転」
積み込まれる発動機をぼやっと見ていると、後ろからきつーい怒号が飛んできた。
イサカ
「この大馬鹿者っ!! 万全の体調を維持しなければならん搭乗員が格納庫で夜を過ごすとは一体何を考えているんだ! 万が一貴様が体でも壊してみろ!! 飛行隊全員に迷惑がかかるんだぞっ!!!」
「ごっ、ごめんなさい・・・」
イサカ
「貴様にはずっと私の後ろをしっかり守ってもらわねばならんのだ! くだらない理由で体調を崩されてはたまったものでは無い!!よく考えろ!」
ザラ
「あらイサカ、そんなにヤマダの事が好きなのね〜」
「なっ・・・いやっそういう訳では・・・」
アドルフォ
「ナオミーー! おはようー!!」
ナオミ
「うるっさいわね!! ちょっとくらい静かに出来ないの!? 今回はイケスカからイヅルマの2泊3日で航路も長いし積荷も積荷なんだから、ちったぁ気合い入れないとアタシがあんたのこと叩き落としてやるわよ!?」
アドルフォ
「スイマセン・・・」
金星発動機はバルブを動作させるためのプッシュロッドが全て発動機の前にある。これは雷電の火星や十二試艦上戦闘機の瑞星など三菱発動機共通の特徴だが、後ろシリンダーのロッカーアームを押すプッシュロッドが長くなり高回転高負荷で吸排気不良を起こす事がある。
「あれ、この発動機ってもしかして・・・」
台の上に搭載されている発動機に近づきまじまじと見る。点火プラグの横に穴と配管が見え、後ろにはキャブレターが無い。
「すげーこれ直噴式だぞ!インテークマニホールドの配管は水メタノール噴射装置!マジでどっから持ってきたんだこんな発動機!」
マダムルゥルゥ
「あら、その様子だとこの積荷の価値をよくわかってるみたいね?」
「ええ、こんなレア物俺でも欲しいですからね。」
マダムは不敵な笑みを浮かべ、俺の後ろにもいたパイロット達に向けて宣言した。
マダムルゥルゥ
「一機撃墜ごとにボーナスを出すわ。なんとしてでもこの積荷は守り抜いてちょうだい!」
積み込みが終わってすぐ羽衣は出発した。一通りの航路と空賊の注意を受けたあと、イサカはサルーンでコトブキ達と、俺は格納庫でナツオと話し込んでいた。
ナツオ
「幻の戦闘機ってのは一体何なのかねぇ・・・」
「彗星三三型とか?」
ナツオ
「別にありゃ幻でもなんでもねぇだろ。」
「キ100」
ナツオ
「その辺にうじゃうじゃ飛んでら」
「あ、もしかしてあれか?」
ナツオ
「100式偵察機とか言わねぇだろうな? ありゃ確かに傑作機だが幻ではねえぞ?」
「ちっげーよ、零戦五四型じゃないか?」
ナツオ
「あー!! 確かにユーハングで試作機が2機だけ作られた零戦だったな!」
「けど五四型・・・俺昔頼まれて改造したことあるぞ。」
ナツオ
「一気に幻感薄れるからやめろ!ロマンがねえだろロマンが!!」
「まぁなぁ・・・イヅルマについてから荷主にでも聞いてみっか。」
ナツオ
「だな。」
幸い1日目は特に何も無く、酒を飲んで寝てみなでだべって終わった。1日目はギリギリイケスカの防空圏、3日目に入ればイヅルマの防空圏内に近づくので自警団と連携が出来るため気は少し楽なのだが、問題は2日目だ。どこの防空圏でもない所を突き進むので自分達だけで積荷を守らなければならない。何事も無ければいいが、そうは問屋が卸さない。嫌な感じは2日目の昼から始まった。
2日目ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ポッ・・・ポツ・・・ポツッ・・・
サルーンで暇を潰していたが、飛行船の外に当たる嫌な音に気がついた。雨音だ。
「げっ・・・雨か・・・」
雨が降ると燃調が狂う。気温が下がると空気の密度が若干上がるので馬力は出るのだが、気化器が水分を吸うと混合気の混合比率が変わってしまう上に発動機の部品にも良くない。
ナオミ
「最悪、空気採り入れ口にフィルター入れないと・・」
キリエ
「視界が遮られるから気を使うよねー」
レオナ
「火薬が湿気ていないか確認しておかなければ・・・」
大概雨が降っていい事は無い。翼端灯を付ければ空中衝突は避けられるが、敵に自分の位置を知らせることにもなるしそもそも遠くからでは敵機が見えないので一撃離脱戦法が使えない。
「今空賊でも来てみろ・・・最悪だぞ。」
ザラ
「今ならまだ良いわよ、最悪なのは夜ね・・・」
結果的に、ザラの悪い予感は的中した。
2日目、夜ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
シャワーを浴び、艦橋で航海士達とだべっていた。
ベティ
「雨は止みそうにありません。ちなみにヤマダさんにイサカさん、雨の空戦でも大丈夫なんですか?」
イサカ
「私は数度経験がある。ただ今日ほど視界が悪いのはほとんど初めてだな・・・」
「まあ、何回かはやったことあるよ。」
マリア
「現在高度は1000クーリル、隼一型とか零戦二一型だとブーストがかかるかかからないかのギリギリじゃない?」
「1000クーリルくらいならまだ大丈夫、ただそれより高高度はきついね。」
アンナ
「最悪、また雨雲よ。気温が高くないから積乱雲がないのがまだ救いだけど・・・」
イサカ
「どれくらいで抜けられそうだ?」
ベティ
「この雰囲気だと数時間はかかるかと・・・敵に見つけられにくくはなるけど」
アンナ
「見つかったら最悪ね」
シンディ
「積荷も積荷だしね」
サネアツ
「勘弁してくれ・・・」
アディ
「はぁ・・・レーダーに機影!!」
サネアツ
「何!? 通りがかりとかじゃなくて!?」
アディ
「20機の編隊でまっすぐこっちに向かう理由がありますか?」
サネアツ
「だよねぇ・・・」
「マリアさん、機内電話借りていい?」
マリア
「どうぞ。」
プーップーップーッ・・・ガチャッ
ナツオ
「はーい、こちら駐機区画」
「ナツオ!! 今すぐ全部の機体の暖機運転を始めてくれ!」
ナツオ
「ヤマさん!?空賊か!?」
「まだわからん! 俺もすぐ行くからナッちゃんはコトブキ達の機体を早く!!」
ナツオ
「わかった!」
アディ
「接敵にはあと20分以上かかります。そこまで急がなくても・・・」
「帰ったら説明するよ。イサカ!」
イサカ
「わかっている!」
2人で駐機区画へ走る。隼や紫電、零戦三二型の発動機は既に回っていた。俺たちは一足先に自分達の機体に飛び乗って発動機を回し、暖機運転を始める。
ナツオ
「早いな、それとお前らの無線機にちと追加装備をつけさせてもらった。」
「何をつけたんだ?」
ナツオ
「コトブキのやつらとの無線が全部こっちに聞こえるようにしたんだよ。補給の時は遠慮なく言ってくれ。」
「すげー助かる、そろそろコトブキの皆も来るかな。」
アディ
「えっ・・・なんで? 敵編隊が加速しました!接敵まであと7分、みんな急いで!!」
どうやら悠長なことを言ってられそうにない。いつもとは違いナツオ達整備班がそれぞれ隼や紫電に飛び乗り、ペラピッチなどの確認を行っている。コトブキ達が降りてきた。すかさず整備班達と操縦席を交代し、一昨日レオナたちと打ち合わせた通りイサカはレオナの後ろに、俺はキリエの前に付き滑走路に並ぶ。
レオナ
「イサカ、後ろは任せたぞ」
イサカ
「任された、好きに戦え。ついて行く。」
キリエ
「ヤマダ、引っ張り役よろしく!」
「任せとけ。」
サネアツ
「直ちに全機発艦!! 空賊の撃退に当たれ!!」
また空へと放り出される感覚に襲われながら、翼端灯を点灯させてキリエと位置関係をよく確認し、空中で編隊を組む。20機という事は1人おおよそ2機撃墜すれば良い。
アディ
「そろそろ敵機が目視できるはずです。用心して。」
シンディ
「ご武運を」
レオナ
「了解、ありがとう。」
ザラ
「見えたわ!二時下方向 ・・・飛燕かしら?」
チカ
「星増やせるかなー」
レオナ
「油断するなよ。 コトブキ飛行隊、一機入魂!!」
一同
「はい!!」
機体を裏返して飛び込んでゆく。月明かりも弱い雨の闇夜で、向こうの機体の機首がこちらを向いた。ヘッドオンだ・・・
「キリエ、避ける準備しといて。」
キリエ
「えっ?了解!」
次の瞬間、ありえない数の弾が向こうから飛んできた。シャワーのような曳光弾を見て俺は思い切り操縦桿を倒し機体を滑らせて弾幕を回避した。キリエもそれに続く。
キリエ
「うわっ!?」
「こりゃ普通の機体じゃないぞ!!」
反転上昇するのは愚策だと考えそのまま敵機目掛けて降下する。雲の中からでも相手が目指できるまで近づいた時、俺の目には信じられない戦闘機が映った。
「スピットファイア!?」
エンマ
「なんですのこの機体は!?」
「7.7ミリを8門搭載、弾自体の威力は無いが弾幕を貼ってくる!よく曲がる上に速度も出るから皆気をつけろ!!」
チカ
「機銃いっぱい着いててずるい!!」
レオナ
「向こうはロールスロイスマーリン・水冷V型12気筒、私たちの機体とは明らかに音が違う!速度で勝負するな!音で聞き分けろ!格闘戦に誘え!!」
イサカ
「レオナ、あの機体を知っているのか!?」
レオナ
「昔、アレシマの図書館で資料を読んだことがある! だが・・・スピットファイアはあんな主翼だったか・・」
「キリエ!ちょっと無茶するけどいいか?」
キリエ
「ヤマダなら大丈夫でしょ! 任せるよ!」
「おっしゃァ!!」
眼下に見えたスピットファイア目掛けてダイブする。そして俺は一撃浴びせたあとわざとスピットファイアの前に出た。
キリエ
「えっ、ヤマダなにやってんの!」
「1個確かめたいことがある!!キリエはスピットの後ろを追っかけて!多少離されてもいいから!」
キリエ
「わ、わかった!!」
操縦桿を死ぬ気で自分に引きつける。高度計をちらちら見ながらラダーを調整し、全力で旋回しながら少しずつ機体を裏返しにしていった。有難いことに向こうはこちらに着いてくる。
「もうちょいで・・頼む!予想が当たっててくれ・・・」
後ろを見ながら旋回していると、スピットの機首が大きく滑り下を向くと同時に、プロペラの回転が鈍った。
「キリエ!! 今だ!!!」
キリエ
「よっし!!」
ババババババッ!!!
ガッガッガッ!!! ・・・バキッ!!
キリエ
「やった!」
「予想的中!!」
ザラ
「どういうこと?」
「皆!スピットファイアを上手く格闘戦に誘い込んだら、前に出て全力で旋回するんだ!向こうはこっちと同じ旋回を続けるとこっちより先に失速する!!」
エンマ
「いいことを聞きましたわ!着いてきなさいこのクソ虫ども!!」
「それと向こうは気化器の都合上逆Gをかけられない!零戦と隼は常に逆向いて飛ぶんだ!!」
レオナ
「さっき撃墜して気づいたが翼が薄い分被弾耐性が少ない!燃やすことではなく翼を折ることを考えろ!!」
フェルナンド内海
「アドルフォ!! 俺たちは一撃離脱に専念するぞ!」
ギーーーーーーーーン・・・・
豪雨の中で聞きなれない音が聞こえた。金属どうしが高速で擦れ合うような、さっきまで聞いていた音じゃないなんだ・・・この音はマーリンじゃない・・・
エンマ
「キリエ!! 上ですわっ!」
キリエ
「えっ!?」
エンマ
「くっ!!」
ダダダダダダダダッッ!!
エンマ
「ぐっ・・・!! あぁ・・・!」
・・・エンマがキリエの上に被さるようになった瞬間、エンマに向けて鈍い音と共にシャワーのような曳光弾が襲いかかった。燃料タンクから火を吹きエンマ機が降下してゆく。
キリエ
「エンマ!? エンマァァァ!!」
レオナ
「エンマ!! 大丈夫か!?」
キリエ
「このぉ・・・!!」
イサカ
「駄目だ! 追うな!!」
上昇した敵機を追おうとするキリエをイサカが静止する。
キリエ
「でも!」
イサカ
「駄目だ!死にたいのか! レオナ、キリエと編隊を」
レオナ
「分かった、ケイト!! エンマの救援に向かってくれ!」
ケイト
「承知した。」
イサカ
「レオナ! コトブキとナサリンはスピットファイアに集中してくれないか!!」
レオナ
「分かった!!そっちは頼んだぞ!」
フェルナンド
「くそっ!! 燃料が無い・・・」
ナオミ
「羽衣に戻るなら私が援護に着くよ!」
アドルフォ
「悪い!頼む!」
「なあ、イサカ」
イサカ
「どうした!!」
「男ってさ、好きな人の前ではカッコつけてーのよ」
イサカ
「こんな時に何を言っているんだ!?」
「俺は君の腕を信じてる。」
そうして下にいたスピットファイアに7.7ミリを打ち込み空戦に誘う。イサカが空戦機動に移った瞬間、俺は機体を滑らせて空戦空域から離脱した。
「ごめん。」
先ずはあの謎の戦闘機が何かを探るところからだ、雲の切れ間を飛び月明かりに任せて俺の方に降下してくる「さっきのヤツ」のシルエットを確認する。
「げっ!! アレは・・・」
カモメのように曲がった主翼、図太く直線的なカウリング、そして戦闘機には不釣り合いなダイブブレーキ
「シコルスキーエアクラフト・F4U-コルセア!!!」
2000馬力の発動機で大きく重い機体を引っ張る戦闘機だ。スピットファイアといいコイツと言い、面白い機体が沢山だ・・・!!
イサカ
「クソ! 貴様と遊んでいる時間などない!!」
イサカはさっきのスピットファイアに絡まれている。
ナオミ
「 なんなのよこいつら、空賊の癖に!」
・・・違う! こいつらの目的は羽衣の積荷だけじゃない!!おそらく中身が何かを知っているのだろう。速度が出るスピットファイアを使って来たのは俺たちの追撃を振り切るため、火力のあるシコルスキーを持ってきたのは防弾が弱い俺たちを殲滅する為・・・
「一かバチかだ!!」
スピットファイアは仲間が落としてくれる前提、シコルスキーが俺に対して機銃を命中させないこと前提だが・・・馬力と火力で圧倒的に負けるシコルスキーに確実に勝つにはこれしかない。
「ナツオ!! ナサリンのヤツらの補給は終わったか!」
ナツオ
「たった今終わった!!」
「早く飛び立たせてくれ!! それと滑走路にあるもの全部綺麗に避けて、滑走路区画から逃げてくれ!!」
イサカ
「待て! ヤマダ、お前何をする気だ!!」
「賭けだよ、賭け。」
ナツオ
「今片付け終わった!!何やらかすか知らねえが、アタしゃここで見届けてやるよ!」
「よっし・・・ナッちゃん! 俺が合図したら前のハッチをしめてくれ!!」
ナツオ
「分かった!」
「ってことでイサカ!金勘定とマダムへの謝罪は頼んだ!!」
イサカ
「いくらでもしてやるさ、いくらでもしてやる!! 死ぬな、死ぬなよ!! ヤマダ!!!」
俺はシコルスキーに分かるように上空で失速反転を行った。当然こちらに反応して向かってくる。すかさず過給器を変速し、スロットルを前めいいっぱい押し込む。マニュアルミクスチャコントロールを押し込んでありったけの燃料をキャブレターに噴射させ緊急ブーストバーを引き、俺のAI-1-129はグイと加速する。最高速度は負けるが加速では絶対に負けない。
「着いてこいよ!!」
羽衣の船外にある誘導灯を頼りに滑走路の位置を見定め、いつもとは逆方向から侵入アプローチをとる。ただしスロットルは全開だ。発射される機銃を避けながら、俺はただひたすら羽衣の滑走路を目指す。
「シンディ!! ダメージコントロールは任せるぞ!!」
羽衣に正面から突っ込む形にした瞬間。ラダーを蹴飛ばし操縦桿をひねって機体を縦に向ける。雷雨の中なので向こうも空間認識が出来ていないのか、同じ姿勢になった。こうなれば俺に機銃は当たらない。機種が滑って俺の上側に弾が抜けてゆく。視界に羽衣の滑走路中心誘導灯が再び目に入った。
「閉めろ!!!」
ナツオ
「オラっ!!」
ハッチが閉まり始める。俺は次の瞬間機体を真っ直ぐに立て直した。運を天に任せて閉まりゆくハッチと天井の間機体を飛び込ませる。
ドンッ!!! ゴォォォォォォォ!!!
滑走路内の空気を押し出し、密度の高い空気の中で機体を押し上げようとする動きを操縦桿で押さえ込んだ。
ガンッッ!! ドォォォォン・・・!!!
こちらの動きに追従しきれずシコルスキーは上部壁面と閉まりつつあるハッチに大きな主翼をぶつけ、大破炎上した。滑走路内部に残骸が飛び込んで来る懸念もあったが、幸い外に弾き出されたようだ。
ナツオ
「いっけぇーー!!」
滑走路内を飛び駐機場で立つナツオの横をグッドサインを出しながらかすめ、着艦ハッチから再び空に飛び出すと、イサカと共に他の皆の所に駆けつける。
イサカ
「無茶をするな!! 馬鹿者・・・」
「言ったろ、好きな人の前ではカッコつけたいって。」
イサカ
「馬鹿・・・呑気にしていられない、行くぞ!」
全力旋回と逆G旋回を意識しながら空戦を行う。機銃が当てにくくなるという重大な欠点はあるが、全力旋回についてきた失速寸前の機体を別編隊が落とすといった方法で着実に数を減らしてゆく。
ケイト
「こちらケイト、エンマを救出。足と腕に怪我はあるが、命に別状はなく意識もある。これより帰還する。」
キリエ
「レオナ!もう燃料が無いよ!」
レオナ
「こっちもだ、コトブキ飛行隊は帰還する! イサカ、ナオミ、ヤマダ! あとは任せるぞ!!」
ナオミ
「分かってるわよ!!」
イサカ
「今までやられた分返してやらねばな!」
「敵は残り6機!! 俺がやらかしてっからコトブキは戻って来れない、やるぞ!!」
後ろに着いたスピットファイアをバレルロールで前に押し出し、後ろに張り付いて旋回を誘う。味方の数が減った今は格闘戦でジリジリ追い詰めていくしかない。
「格闘戦じゃ絶対に負けねぇぞ!!」
向こうもかなりのやり手だ。だが空戦を続け高度が落ち、向こうの燃料もかなり厳しいはず・・・
イサカ
「一機撃墜!」
ナオミ
「こっちも!!」
照準器に大きな主翼を捉える、今だっ!
ダダダダッッ!!! ガガガッ!!
「撃墜確実、あと3機か・・・ん?」
スピットファイアが俺たちに背を向け雲の中へ逃げてゆく。おそらく向こうも燃料がないのだろう。
イサカ
「敵機離脱、深追い無用・・・帰還する!」
羽衣に着艦して機体から降りるやいなや、ナツオが駆け寄ってきた。
ナツオ
「馬鹿野郎!!あんな無茶するやつが何処にいんだ!!」
「悪い悪い・・・」
ぶりぶり怒りながら機体を一通り見たナツオがまた口を開く。口が悪いのも相まって気迫がすごいが、顔は笑っている。
ナツオ
「しかもお前とそっちのねーちゃんは被弾も無しに撃墜だけして帰ってきやがって!なんなんだお前ら一体!」
その言葉を聞いて全員が俺とイサカの機体を見た。
ナオミ
「うっそ あんたら被弾なし!?アタシでも1発後ろの胴体にくらったわよ!?」
何かを言おうとしたが途端強烈な睡魔に襲われる。恐らくさっきまでずっと集中していたからだろう。みんなそんな感じだったので、ひとまず解散してシャワーを浴び、眠りについた。
翌日、早朝ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
私は早めに起床し、ヤマダを起こさぬように部屋から出た。そしてマダムルゥルゥの待つ部屋へと向かう。
マダムルゥルゥ
「全く、派手にやってくれたわね。」
「今回の件は本当に申しわけない、彼を連れてきた私に責任がある。誠心誠意謝罪をさせて頂くと共に、この修理代はこちらから出させて頂きたい。」
そこまで言い頭を下げると、レオナが部屋の扉を叩いた。私の隣に立つと同じように頭を下げた。
レオナ
「今回の件、コトブキ飛行隊とナサリン飛行隊だけでは力及ばずでした。イサカとヤマダが居てくれてこそこの程度ですんだと考えて居ます。どうか責任はコトブキ飛行隊も取らせて頂きたい。」
「待てレオナ、申し出は有難いが・・・そもそもキリエ達には言ったのか!? この稼業は君達の大切な収入源だろう!」
レオナ
「私からきちんと話しておくさ。君の正確な操縦と判断、彼の確かな知識と技術が無ければ私たちは為す術なく落とされていたよ。こんな形ですまないが、借りを返させてくれ。」
「し、しかし・・・」
すると次はナツオ班長が部屋に飛び込んできた。
ナツオ
「マダム! お前らも! 責任云々って話ならちと滑走路に降りてきてくれ!」
マダムルゥルゥ
「ナツオ、何かあるの?」
ナツオ
「ええ、見てほしいものがあるんです。」
私たちは滑走路まで降りた。発艦側のハッチは何とか稼働するが、大きく歪み痛々しい姿になっている。
ナツオ
「これです。隼の主翼は約11mなのはマダムもご存知ですよね?」
マダムルゥルゥ
「ええ、元論把握しているわ。」
ナツオ
「わかりました。」
するとナツオはAI-1-129を押して滑走路へと押し出す。
ナツオ
「零戦二一型の主翼は12mあります。この滑走路の左右の壁の距離は15mです。主翼の端と壁までの距離は1.5mしか無い。」
1.5m・・・1.5m!!??
ナツオ
「飛行機乗りならこの凄さがわかるよな? ヤマダの嫁さんそれに、レオナも。」
着艦の時は機速わずか50キロクーリル、微調整はいとも簡単に出来る。だが奴は、いつ撃たれるかも分からない状況の中、雷雨から一瞬で機体の体勢を整え閉まりつつあるハッチに飛び込んだ・・・
ナツオ
「おそらくアイツがここを通過した時、150キロクーリルは超えてただろうな。」
レオナ
「こう狭い空間を飛ぶなら、空気が押し出されて気流が乱れる・・・主翼の長く大きい零戦なら、乱気流に巻き込まれたみたいに操縦桿はブレるはずだ。」
零戦のエルロンは大きい分効きが良い半面、空気の影響を強く受ける。私は流体力学などは専門ではないが、こんな狭い空間に飛び込めば空気が大きく乱れることくらい簡単に想像が着く。
ナツオ
「確かに空戦すりゃ良かったのかもしれねぇ、けどあの時皆にはもう弾も燃料もなかった。少しでも弾を節約してみんなのところに戻ってやりたい。アイツはそう考えてたんじゃねえか?」
レオナ
「確かに弾も燃料も無かったが・・・なぜ彼はそこまで燃料を残していたんだ。護衛任務なら燃料は胴体内燃料タンクで充・・・あの時!!」
ナツオ
「アレは本当にたまたまだろうな。だがアイツと嫁さんはそれを瞬時に把握して状況判断の材料に使った。だからわざわざお前とキリエと離れて組みなおしたんだよ。航続距離がどれ位かをひと目で区別できるように。」
この間マダムは腕を組み、黙って話を聞いていた。
マダムルゥルゥ
「わかったわ。あのハッチの修理代はあなた達の報酬分から天引きさせてもらう。」
レオナ
「わかりました。」
イサカ
「レオナ・・・」
マダムルゥルゥ
「そして、今回護衛に上がってくれたみんなの報酬を増額するというお話も、同時にしておこうかしらね?」
イサカ
「っ・・・・感謝します。マダムルゥルゥ」
私は頭を下げてマダムを見送り、もう一度寝室へと戻った。すやすや寝ているヤマダの顔を見て、少し心が和む気がした。
「ふあぁ、よく寝た・・・・げっ!?」
時計を見てみると11時前だ。いくら昨日夜遅かったとはいえこれは明らかに寝すぎだった。バタバタと腹を着替え、部屋から出ようとすると、布団にくるまっているイサカが目に入った。今回の契約書に変更印が押されてある。
「イサカ・・・ありがとうな。」
そして俺は彼女を起こさぬようにそっと部屋から出て、サルーンに向かった。
「おはよぉ〜す」
ナオミ
「もう昼前よ」
カウンター席に腰を下ろし、ゆっくりご飯でも食べようかと思うと、待っていたとばかりに俺は皆に取り囲まれた。
チカ
「ねえ、昨日の話聞かせてよ!」
「昨日の話?」
ザラ
「羽衣の滑走路をローパスしたのよね?」
「ああ、その話か。」
キリエ
「ああ、じゃないよ!あんな狭いとこよく抜けたよね」
「んー、どっから話そうか。」
そうしてことの一部始終を話し、一通り盛り上がったところでイサカもサルーンに降りてきた。俺の隣に腰掛ける彼女に、俺は一言声をかける。
「ありがとな。」
イサカ
「ふふ、お易い御用だ。」
「滑走路ローパスの話、散々聞かれたよ」
イサカ
「当たり前だ。あんな奇行誰がするんだ。」
「どーやって説明すればいいかまだもやもやだよ。」
イサカ
「なら喜べ、イヅルマのあの発動機の展示イベントだが、我々とコトブキが展示飛行を行うことになっている。私とお前は半分部外者だから武装を外せとの指示がでたがな・・・昼間に飛ぶんだ、そこでお前の技術を見せてやれば問題あるまい。」
「は!? 聞いてないぞ!?」
イサカ
「今朝連絡が来たばかりだからな・・・私とお前の零戦の塗装がユーハング時代の物だから、いいサービスになるだろうとの提案を受けたわけだ。コトブキは言わずもがなだがな。」
「なるほどな・・・じゃあこうしてられねぇ。機銃外してくる!!」
そういうが早いか、俺は格納庫へと向かってかけて行った。こんなこともあろうかとパネルを持ってきた甲斐があったというものだ。
「ふふ、嬉しそうにしおって・・・」
チカ
「変な奴・・・機銃なんてむしろいっぱいついてた方が嬉しいじゃんね。」
「奴は違うんだ、奴は武装が無い零戦でも何ら不満は無い。むしろ軽くて機体の声がよく聞こえると言っていたよ。」
ナオミ
「本当に変な奴ね・・・空戦に興味無いのかしら。」
レオナ
「我々からしてみれば、零戦の主翼20ミリ機銃はこの上なく羨ましいものだが・・・」
「奴は零戦が好きなだけさ。」
そうして私はコップのラムネを飲み干し、格納庫へと向かった。
俺はウキウキでAI-1-129の機銃を取り外していた。ナツオが快く工具を貸してくれるお陰で作業がサクサク進む。
ナツオ
「機首の7.7ミリも外すのか。」
「ああ、武装は完全に解除しろとの事だ」
ナツオ
「お役所様は疑り深くていけねえよな。お前がんなことする訳ねえのに」
「仕方ないさ。よっし!外し終わったぞ!!」
そうして俺は操縦席から飛び降り、武装を下ろした二一型を眺めた。主翼に穴がないのはいささか寂しくも見えるが、俺にはこの上なく美しいものに映る。いつか機銃など無くとも心置きなく空を飛び回れる時代が来ると良いなとつくづく思う。
第七章 カナリア自警団 編ーーーーーーーーーーーーー
イサカ
「全く、お前ははしゃぐだけはしゃぎおって。」
「悪い悪い、ま仕方ないわな。なんてったってあのイヅルマの自警団の管轄内で飛ぶんだから。」
イサカ
「知り合いでもいるのか?」
「1人いる。」
そうして俺たちを乗せた羽衣丸は、イヅルマの防空圏内に入った。俺達はイヅルマに到着してからも仕事があるので、一足先に自分の機体でイヅルマの滑走路へと向かう。
「ナッちゃん、ここまでありがとよ。」
ナツオ
「馬鹿ぬかせ、イヅルマについてからだってコトブキの面倒見てやんねーといけねんだ。まだしばらくは一緒に仕事ができるよ。」
「そりゃそうか、はは!!」
ナツオ
「おめーは賢いのか馬鹿なのかよく分からんな。とりあえず行ってこい!」
「了解」
そうして俺たちはコトブキの皆とイヅルマの滑走路に向けて飛び立った。
レオナ
「イサカ、ヤマダ、君たちの機体に今武装は無いと聞く。我々で囲んで護衛することも出来るがどうする?」
「イサカ、君の判断に任せるよ。」
イサカ
「ありがとうレオナ、だが必要無い。私もヤマダもこうして自由に空を飛ぶのは久しぶりでな。」
レオナ
「そうか、わかった。何かあればすぐに呼んでくれ。」
イサカ
「心遣いに感謝する。ありがとう。」
イヅルマの滑走路上空に到着する。通常利用の滑走路ではなくて自警団専用の滑走路と平行に飛ぶと、脚とフラップを下げて着陸する事を伝えた。地上整備員の手旗誘導に従ってゆっくりと着陸する。接地の瞬間に少し操縦桿を引き、機首を上げた。
ドヒュッ・・・・
空から眺めていると感覚が狂うほどに大きな格納庫の中へと誘導される。機体を駐機すると、目の前には自警団のものであろう紫電が止まっていた。発動機を止めて機体から降りる。
「紫電、いい趣味してるなぁ」
誘導してくれた人物にお礼を言い格納庫の外へ向かうと、6人の女性が立っていた。
アコ
「イヅルマへようこそ、カナリア自警団長のアコです。本日から皆さんへ駐機場所兼整備場を提供させて頂きます。よろしくお願いします!」
イサカ
「よろしく頼む。早速ですまないが予定の確認と打ち合わせを、レオナ、良いか?」
レオナ
「ああ、皆少し此処で待っていてくれ。」
アドルフォ達とナオミは別の仕事を受けて飛び立って行った。俺は整備場所の確認をしたかったので、自警団の人に声をかけようとしたその時・・・
リッタ
「ヤマダさん? ヤマダさんじゃないですか!!」
「おおーリッタ、ひさびさ〜」
ハヤト
「誰こいつ、リッタ知ってるの?」
リッタ
「このバカガキ、この人は整備士のヤマダさん!!」
「初めまして、リッタが言ってくれた通り俺はヤマダ。アレシマの駐機場であたふたしてたリッタの紫電を直したんだよ。それから仲良いの」
リッタ
「あの時はお世話になりました。」
「いいって、むしろ俺は今から世話んなるしな。」
そうして荷物を整理して宿泊所に放り込み、戻って格納庫の奥をふと見ると、埃を被った零戦が見えた。駆け寄ろうとすると、イサカに呼ばれる。明日の展示飛行について色々打ち合わせするそうだ。
イサカ
「奥をじっと見て、何していたんだ?」
「奥に零戦があったからさ、紫電やら雷電ばっかりのここで珍しいなと思って。」
イサカ
「なるほどな。ふふっ、お前らしい。」
翌日のフライトプランを聞き、2時間後に1度リハをすることが決まった。今回は空戦じゃないから気楽なものである。話が終わると俺はリッタの立ち会いの元、すぐさま格納庫の奥にある零戦を見に行った。
「おおー! 五二型丙!!」
主翼からは20ミリと13.2ミリの機銃が威風堂々に伸び、機種の機銃穴は片方が埋められている。20ミリは各125発、13.2ミリは各240発装填可能で、爆撃機の迎撃などにはもってこいだ。
リッタ
「格闘戦が得意な人を集めてこの機体のみの自警団を結成しようとしてたらしいんですが、重くてどうしようも無いと苦情が出てしまって・・・今は練習機です。しかも最近練習機が紫電に置き換わりましたから、もうこの機体は使われることは無いと思います。」
「なんて勿体ない・・・この機体貰っていいか?」
リッタ
「は?」
「捨てるんなら、ほしい!」
リッタ
「えぇ・・・まあいいでしょうけど・・・私も乗りましたけど、正直あんまりいい機体には思えないんですが。」
「まあな、昇らない加速しない速度遅いだ。扱いにくいだろうよ」
リッタ
「じゃあ何故・・・」
「これが零戦だからだよ。こいつって飛べるのか?」
リッタ
「飛べますよ。ホコリは被っちゃってますが機関の整備はしっかりしてましたから。」
「リハまで時間もある。洗って飛ばすか!」
イサカ
「単純なヤツめ・・・」
そうして機体を格納庫の外へ押し出すと、リッタからホースとモップを借りて上面暗緑色と下面明灰白色に塗り分けられ、なんのマーキングも入っていない五二型丙を洗った。そして簡単な目視確認を済ませて操縦席に登った。計器を見ると、俺は少し珍しいものを目にした。
「あ! こいつ水メタ噴射付いてるぞ!」
イサカ
「水メタ噴射?」
「ああ、水メタノール噴射装置だよ。水メタノールを混合気に噴射して燃焼効率と発動機の冷却を助ける装置だな。」
リッタ
「ああ、そのメーターは飾りです」
「飾り!?」
リッタ
「びっくりです、いつの間にか盗まれたんですよ。水メタ噴射だけ!」
「なんだそりゃ・・・まあいいや。持って帰ってから付けるか。」
リッタ
「部品だけならあると思いますが・・・今付けてしまってはどうです?」
「いいのか?」
リッタ
「ヤマダさんならそんなに時間かからないでしょ?」
幸い水メタ噴射装置だけが盗まれていただけだったので、横のパネルを取り外して噴射ポンプとインジェクターを取り付けるだけで済んだ。水メタノールの補充とポンプのテストも行い、飛べる。イサカにエナーシャを任せて操縦席に飛び乗る。
「メインスイッチオフ、エナーシャー回せー!!」
キィィィィィィン・・・・!!!!
イサカ
「コンタクトー!!」
カチッ・・・カラカラカラカラ
バンッバンッバンッバラバラバラバラバラ!!!!
「ふいぃ〜」
イサカ
「イヅルマの空域内だから問題ないとは思うが油断するなよ!」
「わかってる! じゃあちょっと飛んでくるよ」
イサカ
「ああ、行ってこい!」
滑走路へ向けてタキシングを行う。良く整備されていたようで、発動機の回転に鈍りも無い。するとさらに横の滑走路でカナリア自警団のものらしき紫電改が2機離陸していった。
「なんか用事でもあるのかね」
そのまま滑走路を蹴り、五二型丙改め五三型丙はゆっくりと上昇を始めた。たしかに五二型と比べて少し重く上昇力もよくはないが、素直な舵の効きは零戦そのものである。
イサカ
「ヤマダ! 聞こえるか!?」
「ああ、はっきり聞こえる」
イサカ
「好きに飛べばいいが、時間には遅れないように!!」
「了解!」
300クーリル程で上昇を辞め、水メタ噴射の効果を試すためにスイッチに手を掛けた。その瞬間
ゴォォォォ・・・・
「!?」
後ろを振り向くとさっき離陸していた紫電改がこちらに向けて降下して来ていた。とっさに操縦桿を握りしめて射線から外れるように機体を滑らせる。
「リッタ! あの紫電改なんだ!?」
リッタ
「うちの自警団の雷紫電改だと思います!流石に弾は積んでないとは思いますが・・・」
ダダダダダダッ!!!!
「弾がなんだってぇ!?」
全く見当違いの方向に弾が飛ぶ。相当な下手くそか、模擬空戦にでも誘っているつもりなのか・・・滑走路上空は雲が多いが、イヅルマ市街地上空は雲が無い快晴だ。とりあえずあそこまで行くか・・・
イサカ
「ヤマダ! 本質的には敵では無いのだろうがろくな事になりやしない、戻って来い!!」
「イサカ! イヅルマ市街地上空って飛行OKだっけか!?」
イサカ
「話を聞け!! 当然飛行可能ではあるだろうが・・・」
リッタ
「今の時期は許可が出た機体以外は武装を搭載しての飛行は禁止です!」
「了解!」
イヅルマの街とは違う方向に機種を向け、機銃を全て発射する。スイッチを押しても弾が出ない事を確認してから、イヅルマ市街地上空へ飛んだ。
イサカ
「何をする気だ・・・」
「紫電改やら雷電やらだけがいい飛行機じゃないぜ!」
滑走路から市街地上空までにもう一度一撃離脱出来るくらいの高度は取れるだろう。案の定雲を抜けると100クーリルほど上空に紫電改はいた。
「なんだなんだ!?」
「明日の航空ショーのリハでもやってるんじゃないか?」
「市街地上空で模擬空戦とは粋だねぇ」
「あっ! 紫電改がいったよ!」
「相手は零戦かぁ・・・勝ち目はないだろうね」
イサカ
「あの馬鹿者め・・・無駄なことはするなとあれほど言っているのに・・・」
アコ
「紫電改と零戦じゃどうしても・・・」
リッタ
「そうですよ…勝ち目なんて・・・」
ジノリ
「馬鹿どもが、一体何を見ておる。勝ち目などないに決まっておるだろう。」
シノ
「幾らヤマダが零戦の操縦が上手くったって・・」
ジノリ
「違うわ馬鹿者、紫電改の方に勝ち目はないと言っておるんだ」
イサカ
「雲の中からの一撃離脱、これを避けられた時点で奴らに優位は無い。模擬空戦なら尚更だ」
レオナ
「キリエ、お前と似ているな。人の話を聞かないところ」
キリエ
「何それ! 言い返せないのが悔しいけど何それ!!」
リッタ
「にしても・・・速力が圧倒的に劣る紫電改にどうやって勝つつもりなんですか!?」
イサカ
「見ていればわかる。それに紫電改の方は可哀想だな、市街地上空で自警団がよその搭乗員に負けるほど情けないことは無いだろう。」
シノ
「それってどういう・・・」
イサカ
「攻めに入った零戦は絶対に負けないという事だ、いいから黙って見ていろ。ヤツなら絶対に勝つ」
「イサカ!!」
イサカ
「なんだ! 今になって怖気付いたか?」
「ちげーよ! やっぱりこういうのって自分の愛機でやるからかっこいいよなって」
イサカ
「くだらないことを言う暇があるならさっさとカタをつけろ!!」
「ごめんごめん!」
紫電改はもう一度一撃離脱をしてくる。そんなことは織り込み済みだ。離陸したばかりで一撃離脱を行ったんだ、もう向こうに空戦エネルギーは無い。
「着いてこいよ!」
ゆっくりと操作して一撃離脱の速度からでも狙えるくらいの旋回を行う。案の定追っかけてきた。
「そのままそのまま・・・」
グイッと機首を上げ、射線からずれると同時に垂直上昇の形をとる。スロットルを押し込んで後ろを確認すると、面白いように一機の紫電改がこちらに合わせて垂直上昇をしていた。自分の頭の上には向かってくるもう一機の紫電改、普通ならヤバいが、こんな距離では機銃などとても当たらない。
「残念でした!」
スロットルを絞って操縦桿を思い切り自分に引き付ける。重い発動機を支点に機体は落下に近い挙動を示し、機首が地面を向く。俺に追従して垂直上昇をした紫電改は向かってくるもう一機の射線に入る。これが実戦なら空中衝突か誤射で味方撃墜だ。
「自動空戦フラップがどんなもんかな!」
2機が慌てて編隊を組み直す中、俺は市街地の屋根ギリギリまで落下で速度を稼ぎ、ビルの屋根を掠めた垂直旋回で紫電改の後ろを取ろうとする。向こうも負けじと旋回を行うが、失速ギリギリから回復したばかりの紫電改とエネルギーを蓄えた零戦では運動性能に天と地ほどの差がある。ループの頂点付近でスイッチに手をかけた。
「水メタノール噴射!!」
タンクから水メタノールがインテークに噴射され、混合気に流入する。シリンダーの温度を示す針が少し下がり、五三型は加速する。水平旋回で逃げようとする紫電改に食いついて離れない。
「ほらほら!! もう照準器を見なくても撃てるぞ!?」
紫電改のテールコーンを眺めながら飛んでいると、イサカから無線が入った。
イサカ
「見事だ、勝負あったな。戻ってこい」
「了解、この機体持って帰ってもいいよな?」
イサカ
「好きにしろ、どうせダメだと言っても聞かないくせに」
「ああ、勝手に持って帰ってるよ。ははは!」
低速から中速への加速では、どの型であっても零戦は負けない。最高速度や中速から高速への加速は確かに劣ってしまうが、低空での格闘戦なら使い方さえ間違えなければ絶対に負けない。機首を滑走路の方に向けると遅れて紫電改が後ろに迫ってきた、バンクを振って敵意がないことを見せるが、次の瞬間・・・・
ダダダダダダッ!!!
リッタ
「あれって・・・曳光弾!?」
「ヤマダ!!!」
ジノリ
「ふふ・・・あのガキ、やりおるわい」
「馬鹿め、やると思ったよ」
どうせそんな事だろうと、俺は機体を滑らせて飛んでいた。滑っている機体が滑っている機体に向けて撃った弾は横に流れて飛んでゆくだけだ。だがふと・・・俺は嫌な予感がした。目の前にはイサカ達が居る滑走路が、下にはイヅルマの市街地がまだ続いている。
「イサカ!! おいイサカ!!!」
イサカ
「ぐっ・・・どうした? ヤマダ」
「お前まさか・・・!!」
イサカ
「気にするな、コンクリの破片が当たっただけだ」
「くっ・・・!!」
俺は滑走路に下りると、頬から血を流すイサカを見た。冷却運転もそこそこに機体から飛び出す。同時に着陸した紫電改の操縦席に昇ると、風防を外から開けて搭乗員に掴みかかった。
「テメェ何考えてんだ! あんな所で機銃を撃つやつがあるか!!」
リッタ
「ヤマダさん!!」
リッタに呼ばれ、手を止めた隙に紫電改の搭乗員は機体から降りた。
「待て!!」
搭乗員
「うるせえな! 当たらなかったんだから良いだろうがよ!! 勝てて満足したか!え!?」
俺はリッタの手を振りほどき、搭乗員を思い切り殴った。
「ふざっけんな!!」
イサカ
「落ち着け! 安心しろ、大した傷じゃない!」
イサカに後ろから掴み掛かられる。俺はそんな事で怒っているのではない
「女の顔に傷をつけるってのはどういうことだ!えぇ!!」
紫電改の搭乗員2人はバツが悪そうに何処かに引き上げて行った。
「ちっ!! イサカ大丈夫か?」
手袋を脱いでイサカの頬の血を拭う、幸い傷は浅く軽く切れているだけの様だ。
イサカ
「傷は浅い、大丈夫だ。気にするな」
「何言ってんだ、ごめんよ・・・」
イサカ
「気にするな、それよりそろそろリハーサルだぞ」
「・・・・ああ」
AI-1-129に乗り込み、発動機を回す。滑走路の袖まで出て待っていると、シノから無線が飛んできた。
シノ
「ヤマダ、聞こえる?」
「ああ、聞こえるよ。」
シノ
「さっきの紫電改は、私が前までいた自警団の新機体だったわ・・・本当に悪かったわ。イサカにも謝らせて」
「なんで君が謝るんだ。」
シノ
「多分、さっきのは私の元部下よ」
「今は違うだろ? 気にしなくていいよ。」
シノ
「・・・ありがとう」
スロットルを空けて尾部を持ち上げ、そっと操縦桿を引いて機体を空に浮かび上がらせる。少しだけ高度が上がってから、レバーを操作して主脚を格納した。フラップを閉じてトリムを調整してから、椅子の背もたれに少し体を預ける。やはりAI-1-129はいい。
イサカ
「ヤマダ、聞こえるか?」
「ああ、はっきり聞こえるよ。」
イサカ
「さっきはありがとう、その・・・私の為にあそこまで怒ってくれて嬉しかった」
「当然の事をしただけさ。」
イサカ
「お前はいつもいつも・・・」
「あっそうだ! 大事なこと言うの忘れてた」
イサカ
「なんだ?」
「フラップ下げると、エルロンのバランスタブは効かなくなるから気を付けてな」
イサカ
「何!?」
そう、二一型で採用され二二型から復活したエルロンのバランスタブは、フラップを下げるとロッドにロックがかかり動作しなくなる。低空低速でエルロンが効きすぎるのを防止する機構である。
イサカ
「だがお前はフラップを出して空戦するだろう?」
「気合いで振り回してるよ」
イサカ
「・・・・・」
そうして俺たちは、カナリア自警団の前で追われる悪役として展示飛行のリハを行った。コトブキ飛行隊は別枠だ、今や女飛行隊集団としても大人気・・・まあイケスカ動乱を解決に導いた功労者なんだ、当たり前ちゃ当たり前か
「リハだとそろぼち後ろに付かれるはずだがな〜」
チラチラ後ろを見ながら飛行する。悪役かつやられ役である俺はカナリア自警団のシノが後ろに着いた瞬間に発煙装置のスイッチを入れる手筈になっている。機体の姿勢を一定に保ち、後ろにつかれやすい体制にしてから少しずつスロットルを絞ってゆく。
ブゥウゥゥゥゥゥゥン・・・・!!!!
プロペラが風を切る音が聞こえた。後ろを確認して紫電がベタ付けになっていることを確認し、発煙装置のスイッチを入れた。
「うわーやられたぁー」
イサカ
「ふっ・・・せめてもう少しやる気を出せ!腑抜けた声を出しおって・・・」
「ははははっ!! んでシノ、明日もこんな感じでいいのか?」
シノ
「ええ、けど・・・ちょっとでも空を飛んでる人なら、あんた達の飛び方に驚くわよ。」
イサカ
「何故だ?」
ヘレン
「気づいてないの〜」
アコ
「旋回中でもぶれない機軸、横滑りしないバンク、左右に振っても確実に中央に戻る正確な操作、やられ役にはもったいないです・・・」
「じゃ、俺達が攻めるがわに」
イサカ
「どこの阿呆が自分の地域の自警団が負けるショーを企画するんだ馬鹿者」
「ま、そりゃそうか」
そうしてリハを終え、カナリア自警団の皆が着陸したのを見届けて俺とイサカが機体を着陸させようと減速を始めたその時
ドドドドドドドッッッッ!!!!
目の前を曳光弾が飛び抜けた
「うおっ!?」
次の瞬間、機影が前を横切る。さっきの紫電改だった
イサカ
「なんだ!? こいつら何を考えている・・・?」
「ちっ! 俺らに機銃がないことを知ってるんだろうぜ!! どうするよ」
イサカ
「ヤマダ、コトブキの皆にどうやってコルセアを落としたのか見せてやる絶好の機会じゃないか?」
「ったく・・・イサカ、じゃあそっちは任せるぞ!! 君にも機銃はないんだからな!」
イサカ
「貴様がいい案を思いつくまで、遊んでおいてやる。さあ来い!!」
さてどうするか、後ろから打ってくる弾丸を避けるのは容易いが、問題は向こうの弾切れまで待つほどの余裕はないこと・・・撃墜するにも機銃は無いし、そんな派手なことしてられない
「リッタ!! 滑走路の端にあったボロボロの格納庫っていま使ってるか!?」
リッタ
「えっええっと・・・来週解体予定だったはずです!」
「了解、じゃあ前後の扉を開けて周りの人間を退かしといてくれ!!」
シノ
「な、何をする気・・・?」
ひらひらと紫電改の銃撃を避けながら格納庫の方へ誘導する。普通ならばイヅルマの自警団が血相を変えてあがってきそうなものだが、まさか同じ自警団の人間がそんなことをしているとは思いもしないだろう。
リッタ
「開け終わりました!」
「サンキュ!!」
自分の右斜め下にあるコックに手をかけ、紫電改が機銃を撃ってくる瞬間、右翼燃料タンクの燃料を投棄した。自分の零戦の右翼から燃料が糸を引く。
イサカ
「ヤマダ!? 大丈夫か!!」
「大丈夫、これは俺がやったんだよ!」
格納庫へ向けて降下し、左翼燃料タンクの燃料も投棄する。燃料の糸があるのを確認し、スロットルを絞って紫電改へ接近した。格納庫の入口へ飛び込む瞬間、俺はラダーを左右に激しく蹴飛ばして燃料の雲霧を作った。機体を滑らせながら格納庫へ飛び込む。
ドドドドドドドッッッッ!!!
「阿呆が!!」
俺は機体を真っ直ぐに戻し思い切りスロットルを開けて格納庫から飛び出す。俺が作った雲霧にまとわりつかれている中で機銃を撃った紫電改は・・・
ドォン!!!
「まあそりゃそうなるだろうよ」
銃口の火炎か、薬莢排出の時の摩擦熱か、シンプルに火薬からの引火か、何かは知らないが爆発を起こす。雲霧のガソリンが起こすのは軽い爆発だったが、それは機体の外板を突き破り、燃料や弾薬に引火させるには充分な威力だった。
カッッ!! ドォォォォォォン・・・・!!!!
「げっ、弾薬に引火したな・・・」
イサカ
「なんだ!?今の閃光は!」
「多分弾薬と機体に搭載されてた燃料に引火したんだ」
もう一気の紫電改の方を見ると、戦意喪失したのかのこのと滑走路へ着陸していた。
「イサカ、俺達も降りようぜ。用事はすんだ」
イサカ
「ああ、そうだな」
滑走路へ着陸し機体を格納庫に収め、カナリアとコトブキの皆の所へ合流した。
リッタ
「あわわわ・・・解体予定の格納庫が瓦礫の山に・・」
「悪い悪い・・」
キリエ
「機銃無くても撃墜って出来るもんなんだね・・・」
「どうにでもなるさ、イサカ〜 ガソリンで機体が汚れちまったから洗うの手伝ってくれ〜」
シノ
「あんた・・・1人死んだのよ・・・?」
イサカ
「何を今更・・・こちらに銃口を向けていいのは、自分が死ぬ覚悟をした時だけだ。そんなことも理解せぬようでは、貴様も今あそこにいるあまちゃんと変わらんな」
イサカの目線の先には、瓦礫の前で立ちつくし涙を流すひとりの男がいた。それはさっきイサカの頬に傷をつけた男だった。俺達の方を見た男は、一目散に俺の方へ走ってきた。ポケットに手を突っ込んでいた俺は胸ぐらを掴まれる。
搭乗員
「何もこんなことまでしなくても良かっただろうが!!女ひとりの顔に傷をつけたくらいで・・・」
「なんか勘違いしてねえか? 俺は後ろを振り切るために狭い所を飛んで燃料で雲霧を作っただけだ。お前のお連れさんが勝手に機銃を撃って爆発したんだろ」
搭乗員
「完全に撃墜する気満々じゃねえか!!」
「人に向かって機銃を撃っておいてかっこ悪いこと言ってんじゃねえよ。余所者に負けて恥かいて、もう1回奇襲までかけて結局こうなってんのは全部テメェらのせいじゃねえか。」
搭乗員
「あいつと俺は親友だった・・・あいつを殺したお前を殺してやる!!」
搭乗員が激高し俺を突き飛ばして銃を俺に向けた。次の瞬間横から銃声がし銃を弾き飛ばした。イサカだった
イサカ
「私の仲間に地上で銃口を向けるとはいい度胸だ」
搭乗員
「な・・・なんなんだよお前ら!!」
イサカ
「しがない零戦乗りだ。」
そしてアコの通報によって搭乗員は連行されて行った。
来て早々散々だったが、ひと段落だ。俺たちは皆と一度別れてイヅルマの街の飲み屋へと繰り出した。適当に料理と酒を頼み、テーブル席へ座る。
「短いようで長い午後だった・・・それと、さっきはありがとうな。イサカ」
イサカ
「気にするな、あれくらいお易い御用だ」
「俺は銃には慣れてなくてな・・・」
イサカ
「全く情けない。ただでさえ物騒な世の中なんだ、少しは慣れろ。」
「はは、考えとくよ。」
他愛もない話をしながらご飯を食べ、つまみと酒を嗜んでいると、話はますます進む。
イサカ
「ここ2週間と少々、お前と2人きりで行動しているが・・・正直これ程心地よく仕事をしたことは無い。」
「と言うと?」
イサカ
「確かに組の人間とこういう仕事をすることは何度もあった。皆は家族同然、嫌では消して無いが、ある程度気は張るものだ。だがお前にはその必要がない。」
「気楽、かい?」
イサカ
「ああ、お前とは本当にいい意味で立場など関係無い出会い方をした。そしてお前も私に気兼ねなく接してくれる。これほど楽なことはあるまい。」
「そっか・・・俺は君ほど誠実で、信頼出来る人と一緒に空を飛べて嬉しいよ。」
話は明日のショーの話へと移った。
イサカ
「なあヤマダ、ショーとはいえ明日は零戦が負け役だ。参加するぞと言っておいて聞くのもどうかと思うが、良かったのか?」
「別に気にしないよ、ただのショーだしな。」
イサカ
「そうか、良かったよ。それを聞けて安心だ。」
「と言うか、俺は零戦が他の機体に負けるのは別に悪いことじゃないと思ってるし、気分が悪くなることも無いよ。」
イサカ
「そうなのか?」
「ああ、俺がただ零戦を使いたいだけだ。君がもし他の機体を使いたいというのなら・・・」
イサカ
「私は、お前が整備した機体以外で飛びたくない。」
・・・翌日ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「あー、やっぱこういう事かァ・・・」
人で賑わう会場の真ん中に、目玉とばかりに置かれるのは金星発動機と零戦五二型丙の首なし機体だった。確かに五四型はこういう思想で設計されたものだが、ベースをふたつならべてハイ五四型の元ですはあまりにも芸がない。
「これなら金星のヘッド1個開けてやるくらいの方がテンション上がるんだけどな」
イサカ
「何を1人でぶつくさ言っているんだ」
「おお、いやまあ展示の仕方がなぁと思ってさ」
イサカ
「設計思想としてはこういうものでは無いのか?」
「そうだよ、けどな。誰にも負けないと必死で設計図を引き直した技術者の努力をここでは何も書いてねえ」
イサカ
「言われてみれば・・・」
「性能だけが全てじゃない、たとえ駄作機でもその技術と経験は後に続く礎になる。必死に努力して作った技術者に対するリスペクトが見れないような展示は、俺は嫌いだ。」
そうして俺は自分とイサカの機体を展示する準備に取り掛かった。格納庫から前に出すと、俺は自分の機体をウエスに薄く油を塗布して磨き始めた。
ギュッギュッギュッ・・・
「綺麗にしてやっからな・・・カッコよく行こうぜ!」
機体、翼、カウリングと入念に磨いてやる。
イサカ
「全く・・・私も借りるぞ」
するとイサカもAI-3-102を磨き始めた。
イサカ
「正直、お前と会うまでは機体を磨くなんて考えもしなかったが・・・ふふ、なかなかいいものだな。」
「へへ、だろ?」
そうして俺たちは1度部屋に戻り、航空ショーの開催を待った。
「やっぱコトブキは人気だよな」
イサカ
「当たり前だ、イジツを救った飛行隊だぞ。」
「特にレオナの隼かっけえもんなぁ・・・」
イサカ
「お前の興味は機械以外に無いのか!?」
自分の機体の前で行き交う人を見ながら他愛もない会話をする。地元のカナリア自警団、イジツを救ったコトブキ飛行隊と幻の零戦五四型とくれば俺たちなんて下の下である。注目などされるわけが無い。
コトブキの皆が空を飛び、カナリアの皆が飛ぶ準備として展示エリアから引っ込んだら、一気に観客は空と五四型に集中する。
イサカ
「ヤマダっ、あれ!」
そうしてイサカはこちらに小声で話しかける。言う方を見ると、人混みの中明らか様におかしな銃を持つ人間が歩いていた。
「げっ、物騒なもんを・・・」
そう俺が言い終わる前に、物騒なものが火を吹いた。
バババババババッッッッ!!!
イサカ
「皆逃げろ!!!早く行け!!!」
うわぁぁぁぁぁぁ・・・・!!!!
キャァァァァァァァ!!!
人は会場から散り散りに逃げてゆく。銃を空に向けて打った人間はジリジリと金星発動機に近づいてゆく。案の定狙いはそれだった。だが次の瞬間、その男は俺のAI-1-129とAI-3-102に銃を向けた。普通の銃ならなんてことは無い、だがそいつが持っているのはそこそこ大きな連射の効く銃だ。
「ちっ!!!」
イサカ
「ヤマダ!? 何を!!」
俺はAI-1-129とAI-3-102の前に立った。その瞬間向こうは銃の引き金を引く。
バババババッッッッ!!!
俺は太腿と腰の辺りに激痛を感じて転けそうになるが、カウリングの縁に手をつけてコケないように耐える。
「俺の機に何すんだよォ・・・!!」
タイヤにでも当たってパンクでもしたら、発動機のフィンに当たりでもしたら・・・
「機体に手を出すなら俺を殺してからだろ? ええ!?」
パァンッ!!!
1発の銃声と同時に相手はパタリと地面に倒れる。俺は安心して地面に倒れ込んだ。その瞬間イサカに抱き起こされる。意識が朦朧としてきた・・・
イサカ
「おい・・・おいしっかりしろ! 馬鹿者が、何であんなことをした!!」
「整備士は・・・機をしっかり飛べるようにするのが仕事だ・・・大丈夫さ、キズひとつねえぞ」
そうして俺はAI-1-129の方を見る。
「機銃の取り付け方は・・・パネルをはずしゃすぐわかる。君ならコイツで戦える・・・頼むぜ・・・」
イサカ
「馬鹿・・・馬鹿者!!! 目をつぶるな!直ぐに医者が来る!」
「早く機銃をつけて行け・・・相手の狙いは金星だ! 俺は大丈夫だから・・・!! 空の相手は何人か分からない、取り返しがつかなくなるぞ!!」
イサカ
「大丈夫なものか!! 行けるわけが無いだろう!」
「金星を護衛するのは契約だろ!! 冷血のイサカがそんなのでどうすんだ!!!」
イサカ
「くっ・・・死ぬなよ!!」
「へへ、こんなくらいで死ぬかよ・・・! 」
そうして俺は医務班らしき人達に助け起こされた。もう意識が飛びかけて目にも濁りが出てくる中、AI-1-129に飛乗るイサカを視界の端に見て、安心して目を閉じた。
「誰か!! 機銃の搭載手伝え!」
リッタ
「エロガキ!! 私の工具箱を!」
私がパネルを外しリッタが機銃を乗せている中、私は操縦席へと飛び移り発動機を回して熱を入れる。ヤマダのことが心配だが今は一刻も早く・・・
リッタ
「四式重爆が一機に零戦三二型が10機です!! 接敵まではまだ時間はありますがコトブキが既に向かっていて、我々も出ます!」
「零戦に構わず四式重爆を狙うように伝えてくれ! 奴らの狙いは機体と発動機だ!!」
リッタ
「エロガキ! 連絡してきて!」
ハヤト
「わかった!!」
ふと燃料計を確認する。ヤマダはよく「燃料もバラストだからな」と言っていた。どれだけ入れているか少し不安になったのだ。
・・・イサカ
「ヤマダ!? お前医務室に・・・ん・・・?」
・・・誰が大好きな機体に燃料中途半端に入れんだよ、ハラいっぱいだ。腹一杯飲ませてやってるよ。
「そうか・・・お前はそういうやつだったな」
そうしてリッタが機銃を取り付け終わり、入れ替わりで紫電の整備を終えたハヤトが戻ってくる。私はセルモーターのスイッチを弾いて発動機を回そうとした。
ウィィィィィン・・・・カラカラカラカラ
「なんで・・・なんで回らない!?」
ハヤト
「分かりません・・・ヤマダさんの整備は完璧なはずです!」
「ふざけるな・・・! こんなとこでゆっくりしている時間など無いんだ!! 回れ!回れ!!」
何度スロットルを押して燃料を送っても、長くセルを回してみても一向に動く気配がない。
・・・イサカ
「ヤマダ・・・!?」
・・・落ち着いて、優しくゆっくり・・・な?
貴様は自分の命が危うい時まで私を心配するのか・・・大人しく言うことを聞こう。
「ふう・・・おい!」
ハヤト
「はい!?」
「すまないが一番下のシリンダーのガソリンを抜いてくれ。点検口があるからすぐ出来るはずだ!」
ハヤト
「・・・わかりました。なにか考えがあるのでしょう。」
そして私は計器類と電気系統をひとつづつ確認し、油圧ブースターポンプを起動し直した。奴がひとつひとつ丁寧に組み上げてくれた機体だ。私の声を聞いてくれない訳が無い。
ハヤト
「終わりました!」
「ご苦労!!君も行け!!」
メインスイッチOFF・・・セルモータ起動
点火プラグ通電
パチッパチッパチッ・・・ババッババッババッ・・・
火が入り始めた!!
「頼む・・・回ってくれ!!」
ババッババッ・・・バンバンバン・・・
「・・・頼む!!回ってくれ!!!!」
バンッバンッ・・・バラバラバラバラ!!!!
「!?」
バラバラバラバラバラバラ!!!!
キィィィィィン・・・・・!!!!
「よし!!! ハヤト、ありがとう!」
そう言って私は滑走路へ飛び出し、空へと舞い上がった。カナリア自警団は市民の護衛を兼ねて少し低空を飛んでいる。私はスロットルを押し込んで高度を上げ、四式重爆の所へと向かった。いくらコトブキと言えど12.7mmで重爆は辛いだろう。
グォォォォォォォォン・・・・
重苦しい機体に着いた発動機が唸る音が聞こえてくる。戦闘機にまとわりつかれた爆撃機が射線を回避しようとエンジン回転数を上げた時に唸る独特の音だ。
ダダダダダッ!!!
パパパパパパパッッッッ!!!!!
空力特性がよく、1130馬力の発動機を搭載する零戦三二型ではあるが、この高度で格闘戦をすれば幾分隼に分がある。だが問題は重爆の方が悠々と飛んでいることだ。人を運ぶため爆弾を搭載していないのだろう、馬力など詳しいことは分からないがかなりの速度で巡航している。私が上からダイブするすきを狙っていると・・・
ギィィィィィィィィィンッッッッッッ!!!!!
「何だっ!?」
重爆の影から一機、単発機の影が飛び出して行った。どこかで見覚えがある。やたらと長いカウリングに直線的な形をした主翼・・・ヤマダに聞いたことがある。
我二追イツク敵機無シ
「彩雲・・・! 彩雲だ!!」
100オクタン燃料で最高速度695km/h、どの機体でも追いつけない速力を持った偵察機・・・
「しまった!ヤツは発動機と機体の場所を確認するつもりだ!!」
レオナ
「イサカ!! 飛龍を頼む! 我々の武装では銃手を撃ち殺すので精一杯だ!」
「了解した! 三二型は任せたぞ!!」
私は四式重爆の正面を捉え、操縦桿を押してまっすぐダイブする。
「ぐっ・・・うおおおおお!!」
下半身に力を入れて頭に血が上るのを抑え、声を出して失神を防ぐ。後ろから追いつこうとする三二型はこちらのR1830の速力で振り切り、照準器から操縦席を睨む
ガガガガッッッ!!!! ビシッビシッビシッ・・!!
操縦席のガラスに向けて銃弾が吸い込まれてゆく。さっきまでクイクイと動いていた補助翼が動かなくなった。
「悪く思うなよ・・・」
あとは取り巻きである三二型との空戦だ。その前に私は無線でカナリア自警団に彩雲のことを伝えなければならない。
「カナリア、 今そちらに彩雲が向かったはずだ! そいつに機銃は無い、爆撃機は今片付けた。撃墜するのが理想だが深追いはするな!」
アコ
「了解しました!」
「ヤマダに手を出した事・・・後悔させてやる!」
翼端を切り落とした三二型は横転性能が上がり旋回性能が若干落ちたと聞いている。確かにほかの機体とならばその旋回性能の減少は微々たるものかもしれん、だが・・・
「私の機体は二一型だァ!!」
後ろに着いた三二型を見て、操縦桿を自分に思い切り引きつける。横転性能で負けているのならば単純旋回で振り切るまでだ。
ギッギッギッギッ・・・・
ほんのわずかずつ、ほんのわずかずつではあるが三二型が外へと広がってゆく。こちらがグイグイと円の内側に入っていっているのだ。
ダダダダダダッ!!
「ちっ!!」
乱戦であるから仕方ないが横槍が入る。両手で持っていた操縦桿を片手に持ち替え、スロットルレバーに手をかける。
「まとめて相手してくれる!」
スロットルを小刻みに操作しながら、ラダーを併用して二一型の鈍足なロールをカバーする。ヤマダが付けてくれたエルロンバランスタブも相まってフットバーを蹴りながら操縦桿を倒せば素早く左右へ舞う。
「何だ・・・? ロールが軽い上に左右のロールの速度差が少ない・・・?」
横槍を入れた機が旋回をして戻ってくるまでに、最初に私にくっついた機体を片付けた。ヤマダはよくフラップを出して空戦していたが、零戦はそんなことをするまでもないほど旋回性能がいい。更にこの機体はクルシー式無線帰投方位測定器を積んでいないので、さらに数キロ軽くなっている。
キリエ
「イサカさん、羽衣の時よりもガンガン攻めるよね・・・何かあったのかな?」
ザラ
「うーん・・・嫌な感じがするわね」
チカ
「嫌な感じって?」
エンマ
「身内に何かあった・・・とかでしょうか?」
「っ・・・・痛つぅ・・・」
アコ
「ヤマダさん! 皆さん!目を覚ましましたよ!!!」
腰周りがやたら痛いが、どうやら命は繋がったようだ。体を起こして周りを見ると、アコとシノがベッドの横で座っていて。ほかのカナリア自警団の皆は医務室に散り散りに居た。
「この感じだと、今のところ命の心配は無い感じ?」
シノ
「ええ、内蔵に傷は付いてないし弾は全て抜けていたわ。けどね! いくら大切な機体だったからって銃構えてる人間の前に立つなんて馬鹿なんじゃないの!?」
アコ
「今回はたまたま大丈夫でしたが、あの自動小銃は数ミリ厚の鉄板を簡単に貫通するくらいの威力があるものです。むしろよくたまたま大丈夫でしたね・・・」
「・・・イサカは!? イサカは今どこにいる!?」
シノ
「落ち着きなさい。今イヅルマのはずれで空戦してるわ。四式重爆をイサカ1人で叩き落としたそうよ。」
「・・・さすがだな。」
アコ
「こっちはイサカさんに情報を貰ったにもかかわらず彩雲を取り逃がしてしまって・・・面目ない。」
「誉発動機搭載で最高速度695km/h 最速の偵察機だ、無理もないさ。やっぱり向こうの狙いは五四型だったな」
シノ
「なんであんなに五四型が狙われるのかしら・・・なんならまだ形にもなっていないのよ?」
「そりゃ、零戦五四型は正真正銘。最強の零式艦上戦闘機だからだろ。」
アコ
「そういえばヤマダさんは、ずっと五四型の展示について苦言を言っていましたよね。」
「ちょうどいいや、零戦五四型のお話でもするかね。」
・・・・ユーハングは零戦を改良し続けていたのは有名な話だ、一一型に始まり二一型、三二型と順に続いて行ったな。それでも変わっていないことがある、それは何かわかるか?
リッタ
「胴体ですか・・・?」
違う。胴体は確かに変わらなかった部分ではあるが、変える必要がなかったんだ。零戦の空力特性は優秀すぎたきらいがあるほどに良かった、答えは発動機・・・エンジンだよ。
アコ
「エンジンは栄一二型から二一型に変わっていませんでしたか・・・?」
「栄」を捨てれていないだろう? 栄発動機は優秀な発動機だった、けど防弾装備や重武装によって増加する機体重量に馬力が足りなくなったんだ。そこで技術者達は考えた、「この機体に栄以外を載せたらどうなるのか」ってな。
シノ
「それが・・・五四型」
零戦の原型、十二試艦上戦闘機に搭載されていた三菱・瑞星発動機のボアストロークを見直し馬力を上げた金星発動機を搭載することにしたんだ。最初はユーハングが難色を示した、紫電改という優秀な戦闘機に烈風という後継機が出つつある今、「零戦」を改良するなど無駄になってしまうのでは無いかと。
ミント
「じゃあ・・・五四型は・・・」
技術者は諦めなかった。必死で図面を引き直し、零式艦上戦闘機を作り直したんだ。機体の歪みを抑えるために若干外板を厚くし、自動消化装置を搭載。防弾板と防弾ガラスを完備した上で武装を主翼の13.2mmと20mmのみとした。これにより重量は上がったが・・・
リッタ
「エンジンは、金星・・・」
F6Fを見た事はあるか? あの機体に搭載されているのはR2800、2000馬力級の発動機を搭載しているが全備重量は零戦と比べ物にならない。言うなればトラックに2000馬力を搭載したようなものだった。それに比べてこちらは元が非常に軽量な零式艦上戦闘機、そこに1500馬力の金星を搭載したんだ。
ヘレン
「速そうだね〜」
外板の厚みを増加させることによって機体表面の段差を抑えた。発動機本体の重量や防弾装備その他によって重量は当然増加したが、その重量は金星発動機の1500馬力がカバーしてあまりある。外板の丁寧な整形のおかげで速度の低下もほとんどなく、強力な武装と優秀な速度性能のまま二一型レベルの運動性能を取り戻した最強の零戦が生まれたんだ。
イサカ
「全く・・・心配して上がってきてみれば、元気そうに話しおって。馬鹿者が」
「イサカ・・・AI-1-129でする空戦は良かったかい?」
イサカ
「自分の心配をしろ、馬鹿者! お前の方こそ大丈夫なのか?」
「ま、なんとかな・・・いてて」
イサカ
「無理をするな・・・それと良い事か悪い事か分からんが、イヅルマの市長があの五四型を手放すそうだ。」
リッタ
「ええ!?」
イサカ
「私もさっき聞いただけだが、度重なる襲撃によって市民を危険に晒す訳には行かないとの判断だそうだ。」
「ふーん・・・」
イサカ
「はぁ・・・わかった。体を張ってまで我々の愛機を守ってくれた礼だ。」
「よっし!!」
イサカ
「お前は安静にしていろ!?お前は 夢中になればすぐに無理をするんだ、今日1日くらいは安静にしておけよ!! いつもいつも心配ばかりかけおって!!」
「は、はぁい・・・」
にしても、多少なりとも税金を投入して買ったバカ高い発動機を度重なる襲撃を受けて手放すとは、イヅルマの市長も踏んだり蹴ったりである。