欣求穢土・厭離浄土   作:穢銀杏

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蟋蟀や 地獄をめぐる 油皿
(四代目山田浅右衛門・辞世)


狂蟲跋扈(かまいたちの夜2×隻狼×アラーニェの虫籠)

 

 …岸猿伊右衛門。

 

 懐かしい名だ。

 

 ああ、知っておるとも、すごくよく。

 

 忘れようにも忘れられぬわ。あれは実に、そう、理想的なパトロンだった。

 

 昭和のルドルフ二世じゃよ。

 

 いや、秦の始皇の方が相応しいかな。

 

 不老不死の夢に憑かれた権勢家。永遠に生きる術を求めて、薬師に魔術師、巫女ばばあ、道士にカクレに、そしてもちろん、わしの如き破戒僧に至るまで。

 

 いやはや、まったく、よくもまあ、あれだけいかがわしい連中を一ツ所に集めてのけたもんであったよ。

 

 そう、三日月島だ。

 

 三界の気が異様なまでに凝るところ、月を(かたど)る壺中天。蒼海原を廻る潮路のどん詰まり、照る日の光もくすむ淵。

 

 そこがわしらの根城であった。

 

 あんたもなかなか詳しいねえ。

 

 ははあ、フリーのジャーナリスト?

 

 頼まれて、あの一帯の通史を作製(つく)る?

 

 伝承・民話に口碑の類もこき混ぜた、とっつきやすい通俗的な?

 

 このご時世に、なんとも暢気な企画よの。

 

 だがまあ、しかし、そうともなれば、なるほど確かに岸猿家は外せんな。

 

 最後の当主、伊右衛門めの人柄を、知っておくべき義務がある。

 

 彼奴が三日月島に巣食わなければ。巣食ったところで、左道に耽らなかったなら。わしらを集めた目的も、そうしておいて爆弾でも投げつけて、一網打尽にするためでこそあったなら。あるいは今頃、廓清の英傑として讃えられもしていたろうが。

 

 どっこい、秦の始皇じゃからのう。おおよそ真逆であったよ、真逆。

 

 英傑など、左道退治などとんでもない。わしらを保護し、厚遇し、さあ各々がた好きにやれ、存分に道を極めよと、煽り立ててくれおった。

 

 およそ生命の限界に挑む方向性の研究ならば、如何なる費えも惜しまなんだわ。

 

 国に認可を仰がなければ手に入れられん劇薬も、どこぞの家に相伝されし門外不出の古文書も、頼めばすぐに持ってくる。

 

 家兎(かと)――実験動物の類もな。いくらでも支給してくれた。まこと、気前のいい旦那であったよ。

 

 あれほど恵まれた環境は、後にも先にも、ちょっと他に例がない。

 

 おかげで葦名焼け以降、ずっと停滞しておった死なずの道の探求に、こう、跳躍的大進歩が齎されたもんじゃわい。

 

 仙峯寺の同胞(はらから)も、草葉の陰で感涙にむせんでおるに違いない。

 

 上人様とて、きっとやつがれを褒めてくださる。

 

 内府方めの火の手から、ひとり残って生き恥を晒し続けた甲斐があったというもんじゃ。

 

 ……いささか話がズレたかな。いかんいかん、この齢で、分別もなく興奮して見苦しい。

 

 

 しかしのう、見ておれんのは、このわしのみに限るまい?

 

 

 おぬしもそろそろ皮を剥げ。その猿芝居、終わりにしたらどうなんじゃ。

 

 とぼけんでええ、とぼけんで。

 

 真っ赤な嘘じゃろ、ジャーナリストなんてのは。

 

 その視線の定め方、呼吸の癖に、さりげなさを装いつつも即応可能な重心配置。

 

 あらゆるすべてが告白しておる。

 

 狩人だろう。

 

 恐ろしい獣を狩るために、よほど特殊な訓練を経た――おっと。

 

 甘い、甘いのお、青二才。机を蹴り上げ、叩きつけ。たかがそれしきの小細工で、機先を制せると思うたか。仙峯寺の僧兵を、いったいなんと心得る。

 

 仏敵撃滅、悟道開拓、護法鎮守の御為に、拳を槌に、刀槍に。肘は斧鉞で、脚は鞭。五体の武器化が、すなわち得度のはじまりよ。

 

 この身に忍殺かましたければ、せめて霧がらすでも持ってこい。

 

 …と、なんのかんのと話している間に、ずいぶんみごとな顔の色になったのう。

 

 ぐみ(・・)の実そっくりじゃぞ、おぬし。

 

 こう締められると、効くじゃろう。

 

 あと少し力を入れて捻ってやれば、おぬしを産んだ母親でさえ見分けのつかん姿になるが、そのあたりをどう思う?

 

 そうじゃろう、そうじゃろう。

 

 厭に決まっておるわなあ。

 

 だったらさっさと吐くがよい。言え、誰の命で近づいた。何故にいまさら伊右衛門を、三日月島を掘り返す。

 

 言え!

 

 ……ん?

 

 ……なに?

 

 死魄兵とな?

 

 心霊蟲を摘出された、死を失った肉の塊。死ねないゆえに死を求め、手当たり次第に人を狩る?

 

 ()既に死して(しん)以って霊なり、魂魄(つよ)くして鬼雄(きゆう)とたらん。大戦末期、戦局打開に考案された不死身の兵士製造計画――おお、おお、おお、おお。

 

 覚えがあるぞ、覚えているぞ。

 

 そうか、あいつか、寺久保の小僧の探求か!

 

 いたわ、おったわ、あの島に。蒙を啓いてやったのう、このわしみずから、とっくりと。

 

 となると、さては「みのむし」を、非時香果(ときじくのかくのこのみ)を使ったな? 他にも色々混ぜたのだろうが、基本はアレに違いない。

 

 ひっひひひひひ、危ねえことをしやがらァ。

 

 たった一手の打ち間違いで、常世が開くぞ、世界が蟲で溢れるぞ。多遅摩毛理(たぢまのもり)が満願成就に手足舞わせて喜ぶぞ。うけけけけけけ。無茶な賭けを敢えてする、あいつにそんな糞度胸があったとは。

 

 面白い、俄然面白くなってきた。

 

 やはり人間、長生きはするもんじゃわい。しぶとく残っていればこそ、こんなに愉快なことがある。

 

 のう、青二才。

 

 若い未熟な狩人よ。

 

 ぬしァ、どういう名であったかの。

 

 も一度教えてたもらんか。

 

 ……そうそう、未可耶(みかや)と申したな。

 

 では、未可耶君、案内(あない)せよ。

 

 敷沼を。死魄兵が跳梁しておる、虫籠たるその街を。

 

 なんのために、と? 決まっておろう。弟子の成果の確認よ。あの小僧めが、寺久保が、いったい何処までやれたのか。ほんのいっときとはいえど、面倒を見た身としては、検分せねばなるまいて。

 

 屑なら潰す。上出来ならば、蒐集してやる。わしが悟道の扶けになれば、あやつもさだめし本望じゃろう。

 

 潜入には伝手があった方がいい。幸いにして、ぬしを得た。わしが動きやすいように、便宜を図ってくれるよな?

 

 共に事態を解き明かし、終熄させようではないか。期待しとるぞ、わっははははは……

 

 





・かまいたちの夜2→底蟲村篇
・隻狼→蟲憑き
・アラーニェの虫籠→心霊蟲

蟲要素で繋げちまえとの安易な発想。
『アムリタの饗宴』が待ち遠しい。

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