1話 転校、覗き、決闘
場所は栃木県北部。結構な田舎の二車線道路で、初心者マークを付けた普通自動車がトロトロと徐行していた。
「車がいない早朝、しかも田舎だからいいものの、都会でこんなに遅く走ってたらクラクション鳴らされ放題だろうなぁ……。速く運転に慣れないと」
軽自動車を運転するのは最近免許を取ったばかりのペーパードライバー。勤勉な事に早起きして人の少ない所で運転の練習をしているようだ。
彼がふとバックミラーに目をやると、小さな何かが映っていた。
「……人?」
しかし、映っているのは後続車ではなく人間。時速40km/sで走行しているにもかかわらず、人影は近づいてくる。すぐに容姿が分かるほどの距離に。
身長は150cm程。動きやすそうな白い体操着に、肩口の長さの灰色の髪。寝ぐせなのか、髪の毛が犬耳のように突き出ている。何よりも特徴的なのは、日本人にあるまじき深紅の瞳だろうか。
その人物は彼の車に追いつくと、速度を落として併走し始める。
「ちょっと質問いいか!」
ウィンドウ越しに高めの声が聞こえてくる。彼……いや、声の高さ、身長の低さ、肩の狭さからすると彼女だろうか。胸は薄いが。
「は、はい!? 何でしょうか!?」
人が車と並走するという、普通ならありえない事態に困惑しながらも、ペーパードライバー君は返事をする。
「異能学園って、この道ずっと真っすぐ行けばあるんだよな?」
「へっ? え、えぇ、確かそうだったと思いますけど……」
「了解、助かった! どうにもスマホのGPSの調子が悪くてな! ほら見てくれよ。今の現在地、神奈川って事になってんだぜ?」
「そ、そうですね!!」
彼女がスマホをペーパードライバー君に見せるが、彼の方は突如の事態と慣れない運転に気を取られて、そんな余裕はなさそうだ。
「ま、それじゃな! 事故起こすなよ!」
そう言ったきり彼女は加速し、すぐに小さくなってしまった。ペーパードライバー君はゆっくりと停車し、ハンドルにもたれかかる。
「――あれが“
♢
どれ程の能力かと言えば、異能者には小銃が効かず、戦車すら単騎で破壊でき、手練れの異能者が30人も集まれば小国程度軽く制圧できるだろう。
圧倒的な武力を個人が持つようになり、当然世の中は混沌に陥った。異能者の大半は力を背景に暴れまわり、暴虐の限りを尽くした。そうでない者は異能者に怯え、少しでも異能者からの被害を減らそうと団結して生活するように。
国家間の戦争すら一時休止され、異能者とそうでない者の決定的な対立構造の完成が間近。そこに待ったをかけたのは、とある3人の異能者。その3人は暴れる異能者集団のリーダーを異能の力で封印したと伝えられている。
絶対的なリーダーを失った異能者集団は内部分裂を起こし、多数の派閥に分かれることとなった。その後は各派閥が絶妙な均衡状態を保ちながら時間は過ぎ――
「ふーっ……、やっと着いたか。茨木の実家からここまで1時間もかかっちまった」
時は西暦2022年。先ほどペーパードライバー君に道を尋ねていた彼女が荷物からタオルを取り出して汗を拭いていた。
「ここが異能学園か。随分と田舎にあることで」
彼女は拭いた傍から浮き出る汗を苛立たしげに拭いながら、目の前の建造物を睨みつけていた。
異能学園。
とんでもない武力を持った異能者の高校生を集め、多感な思春期に暴走しないよう管理する学園。仮に少年少女たちが暴走してしまっても、被害が最小限となるよう田舎の山奥に位置している。
その校門をくぐった彼女は、汗でべとべとの服を着替えるため、更衣室を探し始めた。校内案内図はどこだ、とウロウロしていると、制服を着た生徒を発見する。
「更衣室がどこにあるか知ってるか?」
先輩の可能性など考えないタメ口。生徒は彼女の姿をひとしきり見てから答える。
「えっと……更衣室なら東校舎の一階、一番奥にあるけど」
「ありがとな」
彼女は軽く手を挙げてお礼を言い、教えられた場所を目指す。3分とかからず目的地に着いた彼女は首を傾げた。
「……更衣室、男女別れて無いのか?」
彼女の経験からすると、更衣室は男女横並びで存在している事が多いはず。しかし、更衣室と書かれた部屋は一つしかない。
過去に覗きとかの問題があって、男女の更衣室が引き離されているのかもしれない。そう考えた彼女はひとまず、更衣室が一つしかない事に納得した。
続いて彼女は扉のマークを確認する。すると、そこには男女のはっきりしない絵が描かれていた。
(……どっちだこれ? マークじゃなくて“男”とか“女”ってはっきり書けよ)
次第に考えるのが面倒くさくなってきた彼女は思考を止め、更衣室にカチこんだ。
(更衣室が男女別れているにも関わらず、あの生徒は俺をこっちへ案内した。つまりこっちが“男性”更衣室という事だ)
――なんと。彼女は“彼”であった。
そして、彼が今侵入した更衣室は“女性”更衣室である。
彼が勢い良く開けた扉を抜けると、そこには下着姿の女体があった。
「……は?」
予想外の光景に彼はその場で固まる。
「あら? こんな時間に珍しい客人ですわね」
緩くロールした金の髪。くびれのある抜群のプロポーション。彼と同じ深紅の瞳。
それらの特徴を持った下着姿の女はお嬢様のような口調で話す。その一方で彼の脳内は混乱を極めていた。それでも確かな思考は一つ。
(――あんのクソ野郎! 俺を女と勘違いしやがったな…!! しかも目の前のこいつも勘違いしてやがる…!)
自分を案内してくれた生徒と現在進行形で勘違いしている女生徒に対する怒りだった。
「……おはよう」
彼はブチギレの本心を鉄仮面の下に押し込めながら、波風を立てないような挨拶を繰り出す。
彼にとって、この場面は女と勘違いされていることを利用する他無い。この女が出て行くまでやり過ごし、その後にこっそりと逃げれば良い。でなければ、覗き魔のレッテルを張られてしまう。
「ご機嫌よう」
お嬢様然とした挨拶をする女生徒に彼は会釈を返す。彼は彼女の横を早歩きで通り過ぎようとしたその時、動揺からかロッカーの金具にバッグを引っ掛けてしまった。
ブチブチと嫌な音がした後、バッグの中身が床にブチまける。
「あら、大変」
下着姿の女生徒は彼の荷物を拾い集めてくれる。いや、彼にとっては拾い集めて“くれやがる“だろうか。
「? こちらの服は……?」
彼女が手にしているのは彼の制服。彼の“男子用”制服。
「……男、であらせられると」
彼女は服を床に置き、空いた手を口元に近付ける。
「――うふふふふふ……!!」
そして上品に笑い始めた。予想もしていなかった彼女の出方に彼は困惑する。
「あー……は、ははは……」
とりあえずの愛想笑い。
「何がおかしくって?」
彼女は笑い声から一転、
彼は彼女の蹴りを腕でガード。直後、彼の体は更衣室・校舎、計二枚の壁を突き破り、中庭へと吹き飛ばされた。
「くそ…っ! いきなり手ェ出してきやがって…! しかも壁二枚ぶち抜きやがった。 …まさか俺の弁償じゃないよな、これ?」
彼は体勢を整え、瓦礫と化した校舎の壁を眺めながら、そんなことを考えている。かなり余裕があるようだ。
そこに一陣の風が。風に乗って飛んできた粉塵に彼は目を細める。狭い視界の中、さっきまで下着姿だった女性が女学院風の服を身に纏い、悠々とこちらに近付いてくる。
「女性の様な外見を武器に、堂々と覗きとは……。その度胸だけは褒めて差し上げましょう。――しかし」
彼女はいつの間にか手に持っていた扇子を、これ見よがしに音を立てながら閉じる。
「失態の代償は重くってよ? 嫁入り前の淑女の肌を見た罪、万死に値しますわ。とはいえ流石に人死にを出すわけにもいきませんし、50%OFFにまけておいてあげましょう」
「万死の50%OFFって5000回死ぬだろ、その俺!! というかそもそも俺は悪くねぇ!! 男の俺を女子更衣室に案内したクソ野郎が全部悪い! 」
彼が自分以外の非を訴えると、彼女は口元に扇子を当てて考え込む。
「……まぁ、貴方のその見た目では女子と間違えられるのも仕方の無い事でしょう。しかし、扉のマークを確認すれば男女どちらの更衣室かは明白でなくって?」
「あのマークだけで男か女かハッキリ区別できるか!! 誰だあのマーク設計した奴! 「男・女」「Man・Woman」 分かりやすい表記はいくらでもあるだろうが!!」
「あら、昨今のジェンダーフリーに対応した我が校のマークにケチを付けるのでしょうか? 二元的な性分別なんて古い差別的な考えをお持ちの様でございますわ。
それにマークが紛らわしいというならば色で判別すればよろしい。例えば私であれば赤、貴方であれば青。一般的な感性すら持ち合わせていないのでしょうか? それとも小市民のお頭では色すら認知できなくって?」
「はい差別発言いただきました!! その通りでーす!! 名家のお嬢様と違って私めの脳みそは色を正しく認識してくれませーん!! ジェンダーとかいうわけ分からん事に配慮する前に、俺みたいな色覚異常者や盲目の人に配慮した設計をしたらいかがあそばせ!? 敷地内に点字ブロックすら無いなんてちゃんちゃらおかしくっておハーブ生えますわ!」
お互いにヒートアップ。発言の内容も支離滅裂なモノに。
しかし、彼の発言を受けて、彼女は僅かに目を見開いて気まずそうに目を逸らす。
「…あぁ? 何だよ? 急に萎れやがって」
彼女はこめかみに浮かべていた青筋を収め、代わりに顔を青くしている。しばらくして、彼に頭を下げた。
「……は?」
「先ほどの発言――お詫びのしようもございません。
やけにシリアスな顔をする女。さっきまでとのギャップに、彼は肩透かしを食らう。
「…あー、そういうのはよせ! 俺の方だって悪口ベラベラ喋ってたんだからおあいこだろうが。何、マジになって頭下げてんだお前は」
「しかし……」
「俺は色盲で、それは事実だ。無い事をでっち上げられたならともかく、事実を
「…おチビさん」
「事実だから気にしない。…というかお前かなり余裕あるな」
「あら、ほんのセレブジョークですわ」
いつの間にか頭を上げ、扇子で口元を覆う彼女に彼はため息を吐く。
「とにかく、不可抗力って事が分かったんなら、これでもういいだろ? それじゃあ……」
「お待ちなさい」
問題解決。そう考えた彼はその場を後にしようとする。しかし彼女はそれを許さなかった。
「あぁ? まだ何か用か?」
「謝罪を頂いていません事よ」
「謝罪?」
彼は頭に疑問符を浮かべる。“何を言っているんだこいつは”と言わんばかりの表情。
「不可抗力とはいえ、女性の素肌を見たのです。一言あってしかるべきではなくって?」
「何で?」
彼がそう言うと、彼女のこめかみに青筋が戻ってきた。
「こちらもただ下着姿を見られて、何もなしに溜飲を下げられませんことよ。一言、一言で良くって? “すみません”と言ってくだされば……」
「いやだね。俺は悪くない」
女のこめかみに青筋が増えた。
その時、辺りがにわかに騒がしくなる。校舎の壁をぶち破った音を聞いた野次馬が集まってきたようだ。
騒がしい周囲とは対照的に、彼女は無言で懐からハンカチを取り出し、彼の方に放り投げる。野次馬の喧騒が増した。
昔、貴族が決闘をする際は手袋やハンカチを相手に放り投げるのが作法とされていたらしい。彼女の行動はそれに則ったものか。
「気が利くな。丁度鼻を嚙みたかった所だ」
チーン!
決闘の申し込み。
彼は彼女の意図をしっかりと読み取った上で、受け取ったハンカチを用いて鼻を噛んだ。
「瓦礫の粉塵を吸いすぎてな。助かった」
そう言いながら彼が顔を上げると女の顔中青筋まみれだった。野次馬も静まりかえっている。
「…随分と人を
(((うおぉぉぉぉッッッ!!!)))
彼女がそう言うや否や、さっきまでの静けさが嘘のように野次馬が盛り上がった。それに対し、彼はあくまで冷静に肩をすくめ、両の手の平を上に向ける。
「決闘罪って知らないか? 法律勉強した方が良いぞ?」
「異能学園は治外法権。敷地内では何が起こっても学生自治で解決される……外の法律は期待されないよう!」
バキィン!!
彼女は台詞を言い終えると同時に、手にしていた扇子をへし折る。その際、扇子から出てはいけない爆音が周囲の空気を揺らした。扇子はどうやら金属製らしい。
「あいつ、
「さぁ? 俺も今来たばかりだから何が原因かは知らねぇ」
「お? 決闘か? 始業前の良い見世物じゃん」
「というか見たこと無い顔だな。転校生か?」
野次馬達が思い思いに発言している。彼は多くの注目が自分たちに集まっていることを確認した後、目の前の彼女と会話を続ける。
「ちなみにここで俺が逃げた場合は?」
「実家の財力を最大限に活用して、ありとあらゆる社会的制裁を行わせていただきます」
「怖い怖い…。分かった、やりゃあいいんだろ。というか罪に問われないんならむしろ歓迎だぜ。俺の目的を果たすにゃあこっちのが手っ取り早い」
彼は不敵な笑みを浮かべながら中指を立てた右手を天へと突き上げる。多くの注目が集まっている今、彼が自分の名を知らしめるには絶好のチャンス。
「耳かっぽじって良く聞きやがれ、モブ異能者共!! 俺はこの学園で最強になる男だ!! 手始めにこの女から血祭りに上げてやる!!」
彼は突き上げた腕をそのまま振り下ろし、突き立てた中指を彼女に向ける。
不遜な宣言の後、しばらくの静寂。
「「「……はああぁぁぁぁぁぁ!!!?!?」」」
まず反応したのは野次馬達。肺活量も異常な異能者達の大合唱に、校舎の窓ガラスが何枚か割れた。
「ふざけんな!!」
「何抜かしてんだあのアホ!!」
「殺せー!!」
「ただで済むと思ってんのか!?」
「死ねー!!」
「出来るわけねぇだろ!!」
数々の暴言が降り注ぐ。野次馬の怒りは頂点に達し、今すぐ彼VS全員の乱闘が始まってもおかしくない状況。
「――お静かに」
その一触即発の場を制したのは彼女の一言。今にも爆発しそうな生徒たちを言葉だけで抑える。それだけで学園内における彼女の立場の高さがうかがい知れるだろう。
「大口結構。
彼女は彼を値踏みするように見つめる。彼も真っすぐ見つめ返す。
互いの視線で火花が起こりそうなその時、
「ねぇ、決闘するのは決まったみたいだし、バトルフィールド作ろうか? 50m×50mの高さは5mで良い?」
野次馬の1人――“結界ちゃん”が声を上げた。
この雰囲気の中、のほほんと発言できる彼女は意外と大物かもしれない。
「よろしいでしょうか?」
「好きにしろ」
彼が了承した途端、周囲の空間が一瞬歪み、すぐ元に戻る。
結界ちゃんが二人を覆うように透明な壁――結界を張ったのだ。
「…これはすごいな」
さっきまで何も無かった空間を彼がノックすると、見えない壁がコンコンと音を立てる。
「強度は…」
彼は腰を落として、渾身の正拳突きを繰り出す。
バリィン!
大きな音を立てて見えない壁が割れた。粉々に砕けた破片は地面に落ちる前に消滅する。
「おい、これじゃ壁にならないぞ」
ご自慢の結界を破られた結界ちゃんは、驚きの言葉を漏らす。
「……あれ、人間?」
「異能者でしょ」
「いやそれは分かってるけど! それでもおかしいって…。私の結界……えぇ…?」
戸惑う結界ちゃんを他所に、彼は宣言を続ける。
「どうやら、バトルフィールドは無しみたいだな。悪い悪い」
「……どうやら私の蹴りを防いだのは偶然ではないようですわね」
彼の技を見た彼女は表情を引き締め、組んでいた腕を解いた。
「決闘の内容は“負けた方が勝った方の言う事を何でも一つ聞く”で、よろしいでしょうか?」
「賛成。分かりやすくて良い」
彼はその場で小刻みにジャンプを繰り返し、リズムを刻む。同時に体内の“
ここで解説。
“
訓練された異能者であれば“異能”の循環速度を早める事で更なる能力向上を望める。彼も、当然彼女も非常に高い練度で異能を循環させられる事だろう。
「さて、ルールも決まりました。後は戦いの火蓋を切るだけですわね」
彼女も構えを取り、全身の異能を加速させる。
「
「口上ね、合わせてやるよ。
決闘の火蓋が切って落とされた。
昔、アニメに石鹸枠と呼ばれる作品群があってじゃな……(知らない人は調べてみてね)
それに類似する特徴を盛り込んだ自信作です。
日間ランキングに石鹸枠リスペクトの作品が上がっていたのを見たので、便乗投稿しました。
・ファンタジー要素
・中二病的フリガナ
・学園異能物
・一話で主人公がヒロインの裸を覗いてしまう
・メインヒロインは立場の高いお嬢様
中々の石鹸ノルマ。
石鹼枠!最高! 石鹼枠!最高!
オマエも石鹼枠最高と叫びなさい!!