現代異能の災禍希望(パンドラボックス)   作:RKC

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前回までのあらすじ
ショッピングモールに遊びに来た狼牙(ろうが)、柄鎖(つかさ)、フシみん。ショッピングモール、主人公一行、何も起こらないはずもなく……半グレ異能者(シンギュラリティ)による大暴動!
暴動を起こした下手人の一人を取っ捕まえた狼牙たち。その勢いのまま殲滅だ!



10話 鎮圧

 狼牙(ろうが)達は項垂れている男を連れ、ゲームセンターを出る。すると、通路は大量の買い物客でごった返していた。

 

「おいどけよ!!」

「バカ押すんじゃねぇ!」

「これどうなってんの!?」

「知るかバカ!」

「早く行けって! 巻き込まれて死んじまうぞ!」

 

 パニックになっている客も少なくないようで、このままでは早々に怪我人が出てもおかしくなさそうだ。

 

「人の波がすごい。どうする?」

 

「――雑にいきましょうか」

 

 そう呟いた柄鎖(つかさ)が長く、長く息を吸いこんだ。狼牙とフシみんは彼女が何をするのかを察し、耳を塞いだ。

 

「全体、止まれ!!」

 

 直後、柄鎖の口から想像絶する大声が発せられる。賢明な読者諸君は小学校の頃、オルガンのスピーカー部分に腹を当てていると、音の振動で気持ち悪くなったことがあるだろう。今現在、その時の数倍の衝撃が周囲に伝わっていた。よく見ればガラス窓にはヒビが入っている。

 突然の音テロに、全ての買い物客が耳を塞いで立ち止まっていた。

 

 柄鎖は客たちの聴力が戻るのを待ってから口を開く。

 

「――皆様、落ち着いてくださいませ。まずは倒れている人を起こすようにお願いしますわ」

 

 爆音で意識をかき乱された客たちは、一種の催眠状態にあるのか、柄鎖の通る声に良く従う。

 

「非常階段はあちらです。エスカレーターやエレベーターは使わないように。移動の際は走らずゆっくりと。では、進め!」

 

 パン! と柄鎖が手を叩くのと同時に、客たちはゆっくりと歩き出す。数分もすると、この階の避難は完了した。

 

「さて、警備員の方は…」

 

 柄鎖達は誰もいなくなった通路を悠々と歩く。吹き抜けから体を乗り出して下を覗くと、一階中央のステージが見える。そこでは店の外に出ようと思った客たちが、押し合い圧し合いの様相を呈していた。

 

「一階にいた客の数に対して出入口が狭すぎるようですわね」

 

「一番広いメインエントランス側で異能者が暴れてるみたいなのです。裏口しか使えないんじゃあ渋滞を起こしちゃうのも当然なのです」

 

「誘導を行っている警備員の中に異能者は……1人しかいないぞ。半グレ異能者集団がどれだけ束になっても、訓練を受けてる異能者なら負けないだろうが、このショッピングモールは広すぎる。上の階でも暴れてるようだし、手が足りないんじゃないか?」

 

「……とりあえず、あの警備員の元に行ってプロの判断を仰ぎましょう。そもそも私達で勝手に動くと法律に触れかねません」

 

 柄鎖と狼牙は手すりに足を掛け、警備員の近くに飛び降りる。フシみんは大柄な男を蹴り落としてから自分も飛び降りていた。

 狼牙達が着地した音を聞いて警備員が振り返る。

 

「君たち……も、アイツらの手合いか?」

 

「いえ、異能学園の者です。私は上戸鎖(かみとくさり)の次女でございます」

 

「上戸鎖…、御三家か」

 

 柄鎖の苗字を知った警備員は体から力を抜く。

 

「悪いが力を貸して欲しい。普通の警備員を異能者が暴れている所に送り出すわけにもいかないんだ。4人で上階に逃げ遅れた避難者がいないか確認して来てくれないか?」

 

「こちらの方は頭数に入れないでくださいませ。暴れているのを私達が抑えただけですので」

 

「そうか。なら…」

 

 警備員は男に対して手をかざす。すると男の周りの空間が歪んだ。柄鎖と狼牙が決闘した時の結界に似た素能。

 

「これで一応捕縛した。

 上階の探索だが2,3階に一人、4,5階に一人、6,7階に一人の分担で頼む」

 

「承知しました。暴れている異能者と遭遇した場合は?」

 

「…出来れば無力化して欲しい」

 

 無力化しろと言う警備員に狼牙が食って掛かった。

 

「無力化ってのは両足の骨を折るぐらいの事はしても良いのか? 気絶させるなんて器用な事は出来ないぞ」

 

「……分かった、許可する。応援を読んだが、来るまでに2時間はかかるらしい。ここはそこまでしてでも対処する必要ありと私が判断した」

 

「了解」

 

 暴力の許可を得た狼牙は脚に力を込める。

 

「俺は2,3階担当で」

 

 そのまま二階目掛けて跳躍した。手すりに手を掛けて、通路に乗り込む。

 

「うお…っ! 何だお前!?」

「待て待て、目ぇ見ろ。こいつもお仲間だ」

「なんだ驚かせるなよっげぇッッ!?」

 

 通路から見える所に異能者が二人。まずは一人の頭を掴み、床にたたきつける。

 

「な、ぶげぇッッ!!」

 

 もう一人には肩口へ踵落とし。どちらも大幅に手加減したため死んでは無い。狼牙はどちらも蹲っているのを確認した後、耳を澄ませる。こいつらの叫び声に反応した奴がいないかを確認するためだ。

 

(おい、何の音だ?)

(知るかよ。誰かが一般人いたぶってんだろ)

 

(なんか叫び声みたいなのが…)

 

(同士討ちでもしてんのか?)

 

 三か所に四人。まずは一番近いところから。

 

「お、こんな女の子もオフ会にぐげぇッッ!」

 

 鎖骨に手刀。折れた感触。

 

「また悲鳴っごぼぉッッ!!?」

 

 急所を外した上、手加減した腹パン。豆腐みたいな腹筋を貫く感触。

 

「こいつ敵だっうぎぃィッッ!!」

「てめっぎぃャぁァァッ!!」

 

 一人の脛にローキック。もう一人の腿にローキック。毛細血管を叩きつぶす感触。

 

 狼牙が攻撃した異能者は全員、床に這って呻いていた。

 

(骨が折れたわけでも臓器がつぶれたわけでもないの大げさな奴らだ。

 とはいえ、痛みによる無力化が上手くいって良かった。こいつら全員の骨を折るのは骨が折れるからな。

 

 痛みに悶える嘆きの声をBGMに狼牙は二階を探索するが、逃げ遅れた人は居なかった。

 

 続いて三階。さっきと同じような蹂躙劇を繰り返した後、逃げ遅れた人がいないかを探索する。結局、狼牙の担当階に取り残された人はいなかった。

 

 無駄足+戦いとも呼べない作業を強いられた狼牙は、大きくため息をつく。その時、上の階から気になる声が聞こえていた。

 

「動くな! こいつがどうなっても良いのかぁ!?」

 

「人質、ですか」

 

 誰か知らない男の声と柄鎖の声。どうやら4,5階は柄鎖の担当で、面倒臭い事になっているようだ。

 

「こいつに危害を加えられたくなかったら大人しくしてるんだなぁ!」

 

「…承知しました。人質に危害を加えられたくはないので大人しくしましょう!」

 

 柄鎖の声。狼牙に聞こえるよう大声で、状況を反復する。

 

(そんなに気を回さなくても聞き逃さねぇよ)

 

 狼牙はこっそりと階段で上階へ上がる。

 

(人質を取られている以上気づかれると面倒だ。ここからは気配を消して行動する必要がある)

 

 気配。それは人が立てる僅かな音であったり、人が存在するだけで生まれる空気の流れの総称。それを消すのはあまりにも難しいように思える。しかし、狼牙の身近には気配を消す達人が一人。

 フシみん。彼女の一挙手一投足を思い出し、模倣した。

 

 音を立てない歩法。空気に波を立てない体捌き。

 狼牙は商品棚に隠れながら人質を捕まえている男との距離を詰める。

 

「散々好き勝手しやがって…。そのまま動くんじゃねぇぞ」

 

 狼牙が気配を消して移動している間に、人質を捕まえている男とは別の男が柄鎖の目の前へと。

 

「武道の心得があるようだがな、まともな防御も出来ないまま腹パンを喰らったことはあるか?」

 

 拳を作り、これ見よがしに柄鎖の腹に押し当てる男。

 

「俺の素能は“硬化”だ。異能者の頑丈な拳を更に硬くした一撃。みぞおちにぶっこんでやろうか? それとも肋骨をへし折られて肺にブチ刺されたいか?」

 

 男の脅し文句に対して柄鎖は好戦的な笑みを浮かべるのみ。

 

「その顔…最初の一発を喰らって持てば良いがなぁ!!」

 

 男が大きく振りかぶりアッパー気味にボディーブローを繰り出す。狙いはみぞおち。柄鎖の腹に勢いよく拳がぶつかる。

 

 ガイン!

 

「いってぇ…!」

 

 金属質な音の後に、男が手を殴った手を抑える。相打ちですらない。男が一方的に拳を痛めただけ。

 

「あら、素人がグーで殴ると指を痛めますわよ」

 

「うるせぇ!! テメェも硬化の素能持ちかよ、くそ…っ!」

 

 二人がわちゃわちゃやっている間に狼牙は人質のすぐそばまで来た。この距離なら一足で飛び掛かれる。

 物陰から飛び出ようとしたその時、柄鎖が狼牙に向けて手振りで合図を送った。

 

 “少し待て”

 

 何か懸念事項でもあるのだろうか。狼牙はとりあえず指示通りに待機する。

 

「俺より硬くなれるからって調子乗りやがって…! ならこいつはどうだ!!」

 

 男が腕を突き出す。指はチョキの形。彼の人差し指と中指は柄鎖の両目へと近づき……勢いよく額にぶつかった。

 

「いだぁ…っ!」

 

「…目つぶしは意外と難しくてよ。素人が勢いづいて放つものではありませんわ」

 

「ぐっ…! いちいちうるせぇ!! もう頭に来た! 直接抉り出してやるよぉ!」

 

 男は柄鎖の頭を掴み、親指を(まぶた)を閉じた瞳に押し付ける。瞼越しとはいえ眼球というデリケートで傷付きやすい部分に指をめり込ませる行為。それは容易く柄鎖の視力を奪う…はずなのだが。

 

「っ…! かっ、てぇ…!!」

 

 果たして、男の指は柄鎖の眼球を潰すこと叶っていなかった。

 

「硬化は表面だけのはずだろ…っ! 何で眼球が潰れねぇ!?」

 

「自分の尺度で人の力を測るべきでありませんわ。あいにくと私は体の全て…臓器、毛細血管、髪の毛、なんなら脳みそまで硬化して固定可能」

 

 柄鎖がつらつらと金剛不壊の能力を語る間に、男は反対の手で柄鎖のもう片方の瞳を潰しにかかる。

 今度は瞼が間に嚙んでいない。裸の瞳に指がねじ込まれる。

 

「これなら…っ!? バ、バカなっ!?」

 

 しかし、男の指は柄鎖の瞳を撫でるだけ。

 

「訓練も受けていない貴方の様な異能者では私の眼球にすら傷をつける事叶いませんわ」

 

 目玉に指を突っ込まれながらも平然としている柄鎖に、男は恐れおののく。

 

「ぐっ…ば、バケモンがよぉ…!」

 

「あら、こんな可憐な令嬢を捕まえて化け物だなんて失礼なお方。先ほどまでの勢いはどういたしまして? 私のみぞおちに一撃を決めて悶絶させるだの、肋骨を折って肺に刺さらせるなどとおっしゃっていたようですが。現実において貴方は私に傷一つ付けられていない」

 

 人質を取られているはずの柄鎖がなぜか優勢。彼女は蠱惑的な笑みを浮かべたままゆっくりと男の方に近付く。

 

「他の手段も気が済むまで試してみればどうでしょうか? 目がダメなら耳。中指を立てて耳孔に押し込めば脳にまで達するでしょう。とはいえ、恐らく鼓膜すら破けないでしょうが…っ!」

 

 ノリノリで男を煽る柄鎖だったが、突然前につんのめる。後ろから鉄パイプでぶん殴られたのだ。

 

(……あいつ、素能で透明化した奴が後ろから近寄ってたのに気づいてなかったのか)

 

 内心呆れる狼牙。彼であれな鼻と耳が良いため背後からの接近に気づけただろうが、普通なら気づかないのはしょうがないのかもしれない。とはいえ油断しすぎだったのは確かだが。

 

「ヒューッ! フルスイング直撃ィ!」

「バカがッ!! 硬化してないところにモロに食らいやがったッ!!」

 

 異能者の体は鉄パイプよりも丈夫だ。そのため、頭蓋が割れたりなどの致命的な損傷を負う事はない。しかし、殴られた衝撃は無視できないダメージとなる……はずなのだが。

 

「…悪い癖、ですわね」

 

 殴られた当の本人はケロっとしていた。油断して奇襲に気づけなかったのが恥ずかしかったのか、頬が若干赤い。

 

「な…っ!! ノーダメージ……!?」

「完全に不意打ちが入ったはずだぞ!?」

 

「あいにくと、私の金剛不壊は自動で発動しますのよ。気管にご飯粒が入ればむせるように、目にゴミが入れば涙を流すように、攻撃を受ければ硬化する。気の遠くなるような反覆練習で身につけた防衛反射はいかがでしたか? 貴方がたの一縷の望みを断絶できたのであれば、練習した甲斐があったというものですが」

 

 余裕の表情を見せる柄鎖が、こっちに合図を送って来る。

 

 “もういい”

 

(……始めっからそうさせろよ)

 

 狼牙は内心で悪態をつきつつ、物陰から飛び出す。人質を取っている男の膝裏に蹴りを入れた。

 

「うぐぅぁっっ!!」

 

 体勢を崩した男が人質を離したのを確認した後、男の服の襟を掴んで容赦なく引きずり倒す。最後にサッカーボールキックを腿にかまして一段落。

 

「仲間か…っげぇ!?」

「おぐぅっ!?」

 

 突然現れた狼牙に気を取られた二人をすかさず柄鎖がのした。それを確認した後、人質に声をかける。

 

「大丈夫か」

 

「は、は、はい!」

 

「悪いな、あいつの趣味が悪いせいで助けるのが遅れた」

 

 狼牙が柄鎖の方を指差すと、彼女は珍しくバツの悪い表情に。

 

「その…申し訳ありません。生まれ持っての(さが)というのはどうにも抗いがたく…」

 

「申し訳ありません、ってのは“申す言い訳が無い程、全面的に自分が悪い”って意味じゃないのか?」

 

「み“」

 

 変な嗚咽を漏らしたのを最後に柄鎖はうなだれてしまった。狼牙はそれを放っておき、人質になっていた男に向き直る。

 

「非常階段は向こうだ。さっさと避難しろ」

 

 男は狼牙が指した方向を見た後、不安げに表情を浮かべる。

 

「なんだよ?」

 

「あ、いや…その…」

 

 はっきりしない男に狼牙が眉を吊り上げそうになっていると、再起動した柄鎖が口を挟んでくる。

 

「一人で避難させるのは危険ですし、何よりそのお方が不安でしょう。私がついて行って差し上げます」

 

「あぁ、そういう事」

 

「狼牙様は二四三様の様子を見てきていただけませんか?」

 

「見てくるまでもないだろ? あいつなら正面切って戦ってもこんな半グレ共に負けるわけはないし、その気になれば気づかれずに全員を無力化することだってできるはずだ」

 

 ライムの突進を受け止めた技量や、聴覚に優れる狼牙に気づかれず背後を取った隠密性を評価しての発言。

 

「実力に関しては疑いようも無いのですが…。私と同じく悪い癖が出ていないかの確認ですわ。お願いできます?」

 

「…分かった」

 

 気になる柄鎖の言いぶりに、狼牙は少しだけ興味が湧いた。了承して上階へと向かう。その途中で後ろから声が。

 

「避難は少し待っていただけますか? さっき目を触られてからずっとゴロゴロしていますので洗眼薬を…」

 

(…あいつは印象よりポンコツなのかもしれない)

 

 狼牙がそう思いつつ上の階に耳を傾けると、戦闘音が聞こえてきた。人が人を殴打するような音。

 

(随分と長引いているようだ。もしかして数が多かったのか?)

 

 フシみんの優勢を疑わない狼牙が目的の階まで到達する。そして、瞳に映った光景に目を疑った。

 

 フシみんがいいように殴られていたのだ。頭からはドクドクと血を流しており、左腕は折れているのか力なく垂れさがっている。

 

 なぜ?

 被虐癖?

 強いやつが紛れていた? 

 

 流れる思考とは裏腹に狼牙の体は動く。近くにあった商品の炊飯器を手に取り、投擲体勢に。しかし、そこでもう一発殴られたフシみんがよろけ、射線上に割り込んでくる。

 このままではフシみんに当たる。そう思った狼牙だが、直後に感じたほのかな殺意。彼は一瞬の身震いの後、炊飯器を投擲する。

 

 放たれた炊飯器は、当然射線上のフシみんへと高速で向かう。だが直撃する寸前、彼女はしゃがんで回避した。

 

「へ? うぼぇっ!!?」

 

 代わりに、奥にいた男へとクリーンヒット。そのまま男は仰向けに倒れた。それきり、フロアは静寂に包まれる。

 

 狼牙は嫌に荒れる心臓に手を当てながら、座り込んだフシみんにゆっくりと近付く。背後まで近寄った時、不意に彼女は頬を膨らませた。

 

「私が射線上に立ったのにどうして投げてきたのです、これ?」

 

 フシみんが半壊した炊飯器を持ち上げ、狼牙の方へと放ってきた。彼はそれを受け止めながら彼女の疑問に答える。

 

「…お前、そいつを殺そうとしただろ」

 

「ありゃ、気づかれちゃいましたか? 久しぶりですから、殺気を抑えられなかったのですかね。それとも狼牙君が特別に敏感とか」

 

 驚いた表情を見せるフシみん。しかし、すぐに不機嫌そうな表情に戻った。

 

「それにしても酷いのです。満身創痍の私目掛けて炊飯器を放るなんて。血も涙もないのです」

 

「…わざと殴られてたくせに」

 

 死角から投げられた炊飯器を寸前で避けたあの技量。そして直に見た結果、フシみんの戦闘相手はロクな使い手で無かったことも狼牙は確認している。

 ここまでくれば確信的だ。彼女は意図的に殴られていた。とはいえ、どうしてそんなことをしていたのかは分からないまま。

 

「どうしてされるがままにしていた?」

 

「だって、ただこの人を殺しちゃ私が悪者じゃないですか。正当防衛が成立するぐらいには手負いにならないといけないのです」

 

 フシみんの発言にツッコミどころが多すぎるせいで言葉が出てこない狼牙。しかし、彼女が男を殺そうとしたことは確実だ。

 

「…そんなに力を入れなくても良いのですよ。もうこの人を殺す気は無いのです。気絶しちゃってますから、手を出したら過剰防衛なのです」

 

 フシみんの言葉で無意識に力が入っていたことに狼牙は気づく。深呼吸をして自然体へ近づいた。

 狼牙が落ち着いている合間にフシみんが立ち上がった。しかし、足取りがおぼつかない。フラフラとその場でよろめき、彼の方へと倒れ込む。

 

「お、おい…」

 

 狼牙が咄嗟にフシみんを抱きとめると、耳元に顔を寄せられ、囁かれる。

 

「流石に殴られすぎました。しかも殴られ損ですし。それもこれも狼牙君のせいなのですから、せめて私を病院まで運んでいくのです」

 

「あ、あぁ…」

 

 未だにフシみんの頭からは血が流れ続けているし、左腕は骨折しており力なく垂れさがっている。ここまでの怪我を負ってまで、あの男を殺そうとした理由が狼牙には分からなかった。

 

「……怪我が治ったら手合わせするのです。聞きたいことがあればその時に」

 

 それきりフシみんは本格的に気絶してしまった。狼牙は動かなくなった彼女を背負い、フロアに逃げ遅れた客がいないか確認する。

 その道中でフシみんが無力した異能者たちがポツポツと見える。誰もが一撃で倒されており、彼女の技量の高さがうかがえた。

 

 狼牙が階段で一階まで下りると、すでに客たちの避難は終わっていた。異能者の警備員と柄鎖、そこら中に倒れている異能者集団が見える。

 警備員はボロボロのフシみんを見るなり、彼女の方へと駆け寄った。

 

「その子は大丈夫か!?」

 

「死んでは無い。この怪我もわざと受けたものだ、気にしなくて良い」

 

「わ、わざと…?」

 

「どうしてそうなったのかは分かりませんが、とにかく悪い癖が出てしまったようですわね」

 

 柄鎖が諦め気味のため息を漏らす。

 

「ともあれ、これで全て片付いたようですわね」

 

「三人がいたからこそ、怪我人が少なく済んだ。協力感謝する」

 

 警備員のお礼に対して、柄鎖は軽く頭を下げて、狼牙は軽く手を上げて答えた。

 その後、狼牙はフシみんをソファに寝かせる。彼女の応急手当は警備員に任せ、彼はその場で大きく伸びをした。

 

「やっっと終わった…。にしてもどうしてこんな大騒ぎを起こすんだ、こいつらは?」

 

「日頃の不満・鬱憤を晴らしたかったのではなくて?」

 

「不満ね…。そういえば昔にもカツアゲや置き引きをしてた異能者を見かけたことがある。異能者は反社会的な性格を持つ奴が多いのか?」

 

「性根はともかくとして、環境がそうさせるのではないでしょうか。異能者が一般人のコミュニティで暮らすと基本的に迫害されるため、そこでひねくれた性格になってしまうのかと」

 

「だったら一般人は一般人同士で、異能者は異能者同士で生活すれば良いだろ。分別がつく頃になってから交われば良い」

 

「事はそう簡単でもありませんのよ。異能者の仕事は基本的に暴力絡み。例えば、暴動の鎮圧など。とはいえ普通の暴動であれば警察でも対処が可能ですわ。同じ異能者に暴れて貰わなければ異能者の需要が生まれてこない」

 

「…だからわざと反社会的な異能者を生み出すシステムを作っているのか?」

 

「ボディガードや警備を主な仕事としている異能者のお偉方にとってはそっちの方が都合が良いでしょう? 文部科学省などは義務教育課程における異能者と一般人の分離政策を推し進めているようですが、それも握りつぶされているようですわね」

 

「はっ、大した生態だ。自分達が有利に生き残れるよう、環境を悪化させて他の生物がまともに住めないようにしているなんてな」

 

「ま、そもそもの話として、人間は分別がつくようになっても自分たちと違う存在を迫害するものです。それが自分達より優秀であるのならば尚更。

 ですので、私は将来全世界の人間を異能者にしようと考えています」

 

「……は?」

 

「全員が異能者になってしまえば、少なくとも“異能者”だからという理由で差別や迫害が起きる事はないでしょう」

 

「それは…そうだろうが……現実的に無理だろ」

 

「あら、世の中の進歩というのは常に“無理”という言葉を覆しながら行われてきてよ。現在、科学者チームに一般人を異能者に変える方法を研究させていますわ。

 それに、“人間に差別を行わせない”よりは“全世界の人間を異能者に変える”方が遥かに簡単だと思いますが」

 

「そんなもんか…?」

 

「とはいえ、全人類が異能者になれば、また別の理由を付けて差別や迫害をおこなうのでしょうが。…あぁ、考え始めると今やっていることが意味の無い行為に思えてきましたわ」

 

「流石に人類に対して信頼なさすぎだろ」

 

「ま、異能者に対する差別や迫害を無くそうとしているのはお嬢様としての義務ですので、意味の有無を考える必要はなかったですわね」

 

「義務を抜きにすれば、お前は迫害する側だしな」

 

「人聞きの悪い。私は天狗の鼻をへし折るのが好きなだけです。多様性の鼻を折る趣味は無くってよ」

 

 二人が雑談を行っていると、ショッピングモールの外からサイレンの音が聞こえてくる。

 

「警察のご到着。事情聴取で、今日一日は終わってしまいそうですわね」

 

「げ、マジかよ…そんなことに時間取られるのは面倒だな…」

 

「……でしたら、貴方と二四三様は先に帰られますか? 事情聴取は私一人でも事足りますし」

 

「先に帰れるのはありがたいが…フシみんはどうするんだよ。あいつは病院行きだろ?」

 

「学園には休日でも保険医が常駐しております。貴方が二四三様を背負って帰り、そこで治療してもらえばよいでしょう。その方が入院するよりも手っ取り早いでしょうし」

 

「休日出勤とは保険医も大変だな。とんだブラック学園だ」

 

「またしても人聞きの悪い。休日出勤は保険医が望んでやっている事ですわ。お給料もきちんと出ているようですし」

 

 狼牙はフシみんの容態を軽く窺い、問題が無さそうなのを確認する。そして彼女を肩に担いだ。そのまま去ろうとする彼に、警備員が声を掛ける。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 事情聴取は事件にかかわった人全員が参加する必要がある。一人で事足りるとかそういう問題じゃ…」

 

「この事件は、ショッピングモールの平穏を守る優秀な警備員と上戸鎖家の子女である私の二人で解決した。そうですわね?」

 

「い、いや…」

 

「御三家の子女である私の発言に何か間違いがありましたでしょうか?」

 

「……分かった。そういう事にすれば良いんだろ」

 

「そういう事にするも何も、初めからそうでしょうに」

 

 うなだれる警備員と扇子で顔を扇ぐ柄鎖。二人のやり取りを見た狼牙は何とも言えない顔をしていた。

 

「……名門って肩書は便利なんだな」

 

「義務があれば権利もありましてよ」

 

「権利の行使が雑すぎだろ…。

 事情聴取は任せる。ありがとな」

 

「どういたしまして。ペットに配慮するのは飼い主の義務ですし。その内ペットに対する権利を行使させていただきましょうか?」

 

「……」

 

 狼牙は逃げるようにショッピングモールを後にした。

 


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