現代異能の災禍希望(パンドラボックス)   作:RKC

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病闘編
11話 五文銭の力


 柄鎖(つかさ)から逃げるようにショッピングモールを飛び出した狼牙(ろうが)。彼は怪我をしたフシみんを保険医に預け、校舎裏で稽古を行っていた。休日にも関わらず、校庭や中庭は他の生徒たちが稽古や決闘などで使用中のためだ。

 

 狼牙の額に汗が浮かび始める頃、彼の後ろから近寄る影が。

 

「おはよう、なのです」

 

「っ……フシみんか」

 

 フシみんは風下から近付いたため、音も匂いすらも感知出来なかった狼牙。彼は冷や汗で汗の上塗りをさせられる。

 

「怪我は大丈夫なのか?」

 

「保険医に治してもらったのです。栄養補給もきちんと行いましたし」

 

 フシみんは少し膨れたお腹をさする。

 

「あそこはもう保健室じゃなくて家庭科室に名前を変えた方が良いんじゃないか? 中にキッチンまであるし」

 

「だったらあの人は保険医じゃなくてシェフなのです。あの人の料理はとっても美味しいのです」

 

「料理も出来る保険医か。どういう経緯でこの学園の保険医に……」

 

「わざわざ休日出勤してくるのも不思議ですしね。色々と複雑な事情を抱えてそうなのです」

 

 フシみんはポケットから飴の入った缶を取り出し、一つ頬張る。

 

「それより……“手合わせ”、しないのですか?」

 

「今か? 確かに手合わせの約束はしたが……お前は治療してもらったばかりだし、その上満腹だろ」

 

「戦う時と場所と場合を選ぶほど私はお上品じゃないのです。低血圧で頭が冴えてない朝だろうと、お風呂上がりで眠たくなった夜だとしても敵は待ってくれないのですよ」

 

「……俺程度は万全の状態じゃなくても十分だと?」

 

「んー…それもあるのです」

 

 フシみんのその言葉が開戦の合図だった。

 狼牙の裏拳が二四三(ふしみ)の顔へ。彼女は一歩退き、寸での所でそれを躱す。

 狼牙は回転の勢いそのままに回し蹴りを繰り出す。二四三はそれもいなす。彼女は動作の大きな回し蹴りで体勢を崩した狼牙に肘打ちを命中させた。

 

 しかし、狼牙もただでは攻撃を貰わない。金剛不壊でダメージを防ぎつつ、肘打ちを喰らった瞬間、自分から仰け反り衝撃を受け流す。それと同時にサマーソルトキックを二四三へお見舞いする。

 だが、二四三は下から迫る狼牙の脚を横へと逸れて躱す。それと同時に縦回転する彼の脚を絡めとり、そのまま自分ごと体を捻る。

 回転方向を無理やり変えられた狼牙。あわや無防備に地面へ叩きつけられる寸前、素能を発動させる。底上げした身体能力で無理やり受け身を取り、二四三から距離を取った。

 

 ガリ、ゴリ、ボリ

 

 二四三は口に含んでいた飴をかみ砕き、口中に広がる糖の甘さに舌鼓を打つ。余裕そうな彼女の表情に、狼牙は眉間にしわを寄せた。彼は息を整え、二四三へ突撃していく。

 

 そこから先は壮絶な攻防が繰り広げられた。

 狼牙の猛攻を二四三が的確に裁く。二四三後の先を取りカウンターを狙えば、その攻撃に対してさらにカウンターを繰り出す狼牙。しかし、それでも彼女は崩れない。ギリギリで打撃を交わして距離を取る。

 そうしている内に二四三は次第に手を出さなくなった。カウンターも狙わず、狼牙の攻撃を凌ぐだけに。

 

 それをチャンスと見た狼牙は一気に勝負を決めに行く。蹴り…と見せかけたフェイントから、お得意の正拳突き。

 完璧な体勢から繰り出された、必殺の一撃。勝ちを確信する狼牙。口角を僅かに持ち上げる二四三。

 

「“柳雪折無(りゅうせつむ)”」

 

 果たして、狼牙の正拳は空を切った。優しく添えられた二四三の手によって、軌道を変えられたのだ。渾身の一撃をいなされ、大きくバランスを崩した狼牙。

 

(不味……ッ!!)

 

 しまった、という表情を浮かべる狼牙とは対照的に、二四三は更に口角を持ち上げ、

 

「私の勝ぅぷ」

 

 急に動きを止めた。

 

「お、おい…」

 

 困惑する狼牙を放置して、顔を真っ青にするフシみん。峠を越えたのか、安堵のため息をついた。

 

「……派手に動きすぎたのです。ゲロ吐いちゃう寸前でした」

 

 フシみんはそう言いつつ、空の口に飴を放り込む。

 

「狼牙君のこと、少し侮っていたのです。戻しかけるぐらい動かされちゃいましたし、“柳雪折無(りゅうせつむ)”も使わされちゃいました。私の負けなのです」

 

「……ふん。俺の負けだろ。お前が飯食ってなければ確実に…」

 

 狼牙はその場で地面に座り込む。溢れそうな涙を何とか堪え、大きなため息をついている。二四三も彼の隣に座りこんだ。

 

「戦いに“たられば”は無しなのです。さっきの戦いは私の負けなのですよ」

 

 フシみんが慰めの言葉を掛けるが、狼牙は体育座りのまま体を縮こませる。

 

「…俺の攻撃が一切当たらなかった」

 

「私、受けが得意ですから。相手の体勢が崩れた所に一撃を叩き込むのが気持ち良いのです」

 

「それにお前は素能を使ってなかった」

 

「だから狼牙君が私より数段劣っていると思っているのです? 素能なんてものはあくまでおまけで、本当に強い人は体術を重んじるのです。体術という点で狼牙君の攻めは良かったのですよ。最後の正拳突きにはヒヤリとさせられたのです。

 そもそも素能に関しては使ってなかった、というより使えないのですが」

 

「使えない?」

 

「そういえば言ってなかったのですね。私の素能は発動条件が厳しいので、そうやすやすとは使えないのですよ」

 

「……具体的にどんな能力か聞いても良いか?」

 

「ん~、そうですねぇ……いや、やっぱり秘密なのです♪」

 

 フシみんは唇に人差し指を当てて言う。切り札となり得る素能のネタ晴らしをする程お喋りではないようだ。

 

「なら別の事を聞いても良いか?」

 

「なんなのです?」

 

「お前の生い立ち」

 

 フシみんはこの前、ショッピングモールで白昼堂々スリを行い、あまつさえそれが悪い事だと納得できないと言う。加えて、わざと殴られてでも殺人を行いたいとまで。どうしてそんな精神性になったかについて狼牙は好奇心が湧いていた。

 

「それならお答えするのですが…面白い話じゃないのですよ?」

 

 フシみんはそう前置きをして話し始める。

 

「記憶がはっきりしている所から語ると……1番昔の記憶は両親に捨てられた記憶なのです」

 

 初っ端から重いジャブが飛んできた。

 

「捨てられたのは5、6歳の頃でしたかね? 一応物心はついていたので、どうにかして衣食住を確保しないといけない、と考えて行動したのです。衣食はお店から万引きして確保、住は適当なお家にお邪魔して寝泊まりしてました。最高で1か月ぐらい居候していた時もあったのです」

 

「万引きも不法侵入もバレなかったのか?」

 

「不思議と。多分、私には才能があったのです。人の視線やカメラの視線から隠れて万引きできたり、同じ家に隠れても家主に気づかれないよう気配を消す才能が。

 そんな風にその日暮らしの生活を1年ぐらい続けてたらですね、突然私の前に謎の覆面集団が現れたのです」

 

「覆面集団?」

 

「犬とか猫とか狐とかの覆面を被った怪しい集団なのです。その人たちは私の前に現れるなり、「付いてこい。働き口と衣食住を保証してやる」って言ってきたのです。正直勘弁願いたかったのですが、大人の異能者3人に囲まれて当時の私は逃げられなかったのです。

 渋々その人たちについて行くと、やれ「暗殺者」だの「鍛錬」だの「殺人マシーン」とかわけ分かんない事をハイテンションで言い始めるのですよ」

 

「…ちょっと待て、展開についていけん」

 

 現代日本で起きたとは思えない展開に、狼牙は頭の中を整理する時間をもらう。

 

「……つまりなんだ? 万引きと不法侵入生活を続けてたら、お前が異能者だと知った覆面暗殺者集団がお前を攫って育て始めたって認識で合ってるか?」

 

「おおむねその通りなのです。ちなみにその暗殺者集団の名前、“悪夢(ナイトメア)”って言うらしいのですよ。くそダサですよね」

 

「…そうだな」

 

 狼牙は少しだけカッコいいと思った自分に嘘をついた。

 

「その後はブラックな暗殺者集団で最低の研修を行った後、福利厚生最悪な職場で暗殺の仕事をやってたのです。

 …研修、今思い出してもムカつきます。別に24時間格闘訓練をし続けたり、三日間飲まず食わずでいさせられたりとかは大したこと無かったのですけど。ひどいのは痛みに耐える訓練なのです! 見てほしいのです、この傷!」

 

 フシみんは上着をシャツごと捲りあげ素肌を狼牙に見せる。そこにはひどい火傷跡が。

 

「爪はいだり指折ったりはまだ良いのですよ! …いえ、ちょっと指が不格好になっちゃったので良くはないのですけど。焼きごて押し付けるのは流石にひどくないですか!? 乙女の肌にこんな傷跡残して!! このせいで露出の多い服着れなくなっちゃったのです!!」

 

 珍しく声を荒げて怒りの感情を(あらわ)にするフシみん。口に含んだ飴をガリガリとかみ砕いている。

 

「あまりにムカついたので、力を付けた後で隙を見て暗殺者集団を半壊させたのです。やれる上司は全員殺して、トップも出来る限りボコしたので組織の維持が難しくなったんじゃないですかね。いい気味なのです」

 

 そこまで語ってようやく落ち着きを取り戻したらしい。フシみんはポケットから缶入りの飴を取り出し、再び口に含んだ。

 

「暗殺者集団を半壊させた後、また万引きと不法侵入生活を続けていたのです。そこにスーツを着こなしているちゃんとした人たちが現れたのです。その人たちは異能者を管理している機関の人たちだったみたいで、私の生活を保障してくれる代わりに異能者学園に入って欲しいと提案してきたのです。

 私は学校に興味津々だったので、二つ返事でOKしたのです。そして、今ここにいるというわけなのですよ」

 

 フシみんが語り終えた後、彼女の突飛な話を狼牙はどうにか頭の中で咀嚼する。

 

 万引きを悪事だと思っていない。

 生きる為に万引きと不法侵入を繰り返していたため、それが悪い事とは思えないのだろう。悪事が一度もバレていなければ尚更だ。誰も注意してくれないのだから。しかもその後に不道徳の権化みたいな集団で生活していたのも手伝っているのだろう。

 

 暗殺者集団で鍛えられた。

 フシみんとの初対面を思い出す。勘と耳の良い狼牙が彼女の接近にまったく気づけなかった。あの技能もそうして身に着けたのだろう。模擬戦での並外れた実力にも納得だ。

 

 狼牙はそこまで考えて、フシみんのあるフレーズを思い出す。

 

(そう、私と同じ――人殺しの匂いです)

 

 ドクドクと脈が波打つ。狼牙は深呼吸で落ち着こうとしたが、浅い呼吸を何度か繰り返すだけだった。

 

「――お前は、初めて人を殺した時、どう、思った?」

 

 狼牙が恐る恐る問いかけると、フシみんは笑みを深めた。

 

「私が…っとと、その前に。そこ語らせちゃったら長くなる上に喋り散らかしちゃうと思うのですけど大丈夫ですか?」

 

「構わない」

 

「なら遠慮なく」

 

 フシみんは嬉しそうに話し始める。

 

「私が殺人処女を失ったのは、上司から命令されてとある政治家を殺した時。

 ――最初はとてつもない後悔と罪悪感が襲ってきました。私みたいな万引きと不法侵入の常習犯でも、人の命を奪う事の罪深さは理解できていたようなのです」

 

 フシみんの瞳からぽろぽろと涙が溢れだす。

 狼牙は正直驚いた。初対面の時から今までの態度からして、彼女が泣くところを想像できなかったため。

 

「覆水盆に返らず。一度失われた命は完全に不可逆で二度とは元に戻らない。

 私があの人の全てに取り返しのつかない終止符を叩きつけてしまったのです。一つの知的生命体の活動を止めてしまった事実に私は打ちひしがれました。落涙と嗚咽と慟哭に溺れかけたほどです」

 

 フシみんは自分の体を抱えて、出来るだけ体を小さく丸めている。

 

「けれども、悲しみの裏側には確かな喜びがあったのです」

 

 一転、フシみんに瞳からは涙の流出がピタリと止まり、彼女は胸の前に両手を持っていった。

 

「万引き、不法侵入生活を1年続け、更にはめんどくさいだけの訓練を繰り返すつまらない日常に押しつぶされそうだった私には、殺人という刺激は望外な甘露でした。例え、もたらされたものが身を引き裂かれる様な悲しみだったとしてもです。

 それに感じていたのは悲しみだけでは無かったのです」

 

 今度は体を搔きむしり始めるフシみん。

 

「殺人という私の様なゴミクズでも理解できる絶対的な悪を為してしまった背徳感。ドクドクと心臓が暴れ、呼吸は荒れ、口角が上がるのを禁じえなかったのです。

 変ですよね、人間って。悪い事をして興奮するだなんて。でもいけない事をして盛り上がる人、ネットでも良く見かけるのです。深夜にお菓子をドカ食いして背徳感に浸りながら気絶するように眠るのが気持ち良いらしいのですよ」

 

 ぐるぐると渦巻くフシみんの特徴的な目から狼牙は視線を外せない。

 

「初めての殺人で膨大な刺激と感情に脳を焼かれて以降、灰色だった私の世界に色が付いたのです。ファッションや甘い物にも興味を持てたのですし、学校にだって行ってみたいと思えたのです。きっと火傷跡に怒りの感情を抱いたのも、その経験あってこそなのです。私は殺人のおかげで生存活動を続けるだけの虫から、思想と感情を持つ人間へと昇華できたのです。

 そういう意味ではあの暗殺者集団にも感謝しているのですよ。私に処女を失わせてくれたのもそうですし、殺人の免罪符もくれました。…火傷跡を残したのは許せないのですけれど」

 

「…待て、免罪符ってのはどういう意味だ?」

 

「そう、免罪符。殺人によって人間として目覚め、殺人の背徳感に魅せられた私なのですが、それでも無差別に殺人を行うような真似はできなかったのです。

 なぜなら殺人は絶対的に悪い事だからなのです。私は悪人にはなりたくなかったのです。良い子ちゃんのままでいたかったのですよ。でも殺人は行いたい。人を殺してまた脳を焼かれたい。

 ――そんな相反する感情に折り合いをつけてくれたのが免罪符なのです。

 

 “私は上司に命令されただけ” “反抗すれば殺されてしまうから仕方なく” “殺人なんていう決定的に絶対的に悪い事をしているけれど、それは私の意志で決定していることじゃない” ――“だから、私のせいじゃない”」

 

 いつも飄々(ひょうひょう)としているフシみん。狼牙は彼女を捉えどころのない奴だと思っていたが、今この時だけは彼女の実態に触れられているような気がしていた。

 

「そうやって自分を誤魔化して人を殺していたのです。免罪符を隠れ蓑に嬉々として人を殺す。最低で…最悪で…劣悪ですよね。私はゴキブリにも劣るゴミクズなのです」

 

 そう自虐するフシみん。しかし、その顔には笑みが浮かんでいた。

 

「とはいえ、そんな自分が大好きなんですけどね。誰にも愛されない性格をしている私だからこそ、私だけは私を愛してあげないと可哀そうなのです」

 

 “ま、そうしてダメな自分を肯定しているのが一番クズな部分なんですけどね”。それだけ付け加えてフシみんは黙ってしまった。

 

「……」

 

 一方で狼牙は何と発言するべきか困っていた。それでも、真摯に自分の事を語ってくれたフシみんに対して無言というのは少し気まずく、何とか言葉を探して発言する。

 

「…免罪符の話は少しなら分かる。俺もショッピングモールに行く時に免罪符を盾にしたばかりだ。最強を目指すなら稽古をサボってショッピングモールに行くのは合理的じゃない。けど、俺はショッピングモールに行って遊んでみたかった。

 その時、柄鎖が“体と心を休めるのも鍛錬の内”と言ってくれた。…俺はその言葉に流されたんだ。ショッピングモール行きたさにな。

 だから免罪符の話には共感できる」

 

 狼牙がそんな感想を述べると、いつもニコニコしている二四三が珍しく真顔になった。

 

「…ど、どうした?」

 

「いえ、ちょっと驚いただけなのです」

 

 そう言って二四三はすぐにニコニコ顔に戻った。指を三本立てて説明を始める。

 

「私の話を聞いた人の反応は大体3パターンなのです。

 一つ目は理解できないと排斥するパターン。

 二つ目は顔を引き攣らせて距離を取るパターン。

 三つ目は共感か同情を浮かべるパターン」

 

「俺は三つ目か。レアだったか?」

 

「それは違うのです」

 

 その声には強い否定の意志が込められていた。

 

「一つ目の人も、二つ目も三つ目の人も。根底には同じ思いを持っているのです。“理解出来ない、あり得ない、同じ人間とは思えない”……みたいな思いですね。

 一つ目の人はそれを態度に表し、二つ目の人はそれを押し殺し、三つ目の人はその気持ちに嘘を付いているだけなのです」

 

 二四三は遠くを見つめていた。目の焦点がぼやけて虚ろに。しかし、それも数瞬の事。すぐに狼牙の顔を見つめる。

 

「けれども狼牙くんは違うのです。他の皆にあるような拒絶の想いを感じられなかったのです。万引きも、不法侵入も、殺人も。狼牙君は道徳という色眼鏡を通さずに見ているのです」

 

「なんだそれ。俺が不道徳な人間だとでも言いたいのか?」

 

「違うのです?」

 

「……否定はしない。

 俺は昔から親父以外との付き合いがほとんどなかった。世の中にほとんど触れてこなかった。だから万引きが悪い事だとか、殺人が悪い事だとか、頭では理解しているが、心では納得できてない。

 万引きも殺人も、国から罰を定められているだけのただの行為だ。そこに道徳とか、悪とか善とか言われてもピンとこない。人には目的があって、それを達成するため行為を実行するだけ。

 お前は生きるために万引きをして、楽しむために人を殺した。それだけだろ」

 

 二四三は狼牙の言葉を聞いて一瞬、真顔になった後、呆れたようにため息をついた。

 

「…ちょっと訂正するのです。狼牙君は不道徳ではなく、道徳未履修なのです。相当レアモノなのです」

 

 フシみんは再びポケットから缶入りの飴を取り出し、一つ口に含んだ。

 

「私の退屈な話を最後までちゃんと聞いてくれた上に、感想まで言ってくれて嬉しかったのですよ。お礼に飴ちゃんあげるのです。次は何味かな…っと、ありゃ?」

 

 フシみんが手に持った缶を振るが、音がしない。さっきのが最後の一つだったようだ。

 

「む~…切らしちゃったのです」

 

 残念そうな表情で頬を膨らませるフシみん。しかし、何かを思い付いたのか、すぐにいつものニコニコ顔に戻った。

 

「狼牙君。あれ、何なのです?」

 

 狼牙の背後を指差すフシみん。彼はその指に釣られて振り返る。しかし、特に変わった物は見えなかった。

 

「別に何も…」

 

 狼牙が振り返ったその時、彼の唇に柔らかい物が触れる。彼のすぐ目の前にはフシみんの渦巻く瞳があった。

 同時に何かが口の中に押し込まれる。一拍して、狼牙の味蕾は甘さを捉えた。

 

 狼牙が突然の事に呆けていると、フシみんの顔が離れていく。彼は遅れて飴を口移しされたと気づいた。

 

「飴ちゃん、プレゼントなのです」

 

「お前の食いかけかよ」

 

「嫌だったのです?」

 

 狼牙は悪態をつきながらも、口の中で飴を転がす。

 

「……ブドウ味は嫌いじゃない」

 

「なら良かったのです」

 

 その日は狼牙が飴を舐め切ってから、解散の流れになった。

 

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