現代異能の災禍希望(パンドラボックス)   作:RKC

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13話 病気

 真っ黒に濡れた手。1型糖尿病患者特有の甘ったるい血の匂い。冷たく、心音のしない体。その光景、匂い、触感、音は狼牙(ろうが)の悪夢。

 脳の防衛本能か、その夢はすぐに打ち切られた。

 

 

 

 

 

         ♢

 

 

 

 

 

 目を覚ました狼牙は寝汗と頭痛に悩まされていた。

 ひどく怠い体を動かし、まずはシャワーを浴びる。それから固形栄養食を胃に入れ、頭痛薬を飲んだ。そして床に膝を付き、ベッドに頭を預ける。そうしている事数分。

 

「……今日は、柄鎖(つかさ)の所で稽古か…」

 

 呟いた後、狼牙は家を出る。日課の仏壇へのお参りは行わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴方、このままだと30手前ぐらいで死にますわよ」

 

「……は?」

 

 狼牙に告げられた余命宣告。受けた本人はあまりに突然な事に目を丸くしていた。

 

「…は? な、え、あ、ど、どういうことだよ…?」

 

 狼狽する狼牙を見て、柄鎖は面白そうに笑う。

 

「言葉通りの意味ですわ。先日、貴方には健康診断を受けて貰いましたが、病気がみつかりました。それが悪さをして、30手前ぐらいで死ぬということですわね」

 

「健康診断を受けたのは1か月以上前だろ!? そういうことはもっと早く言いやがれ!!」

 

「あら、異能者(シンギュラリティ)特有の病気は過去の症例が少なく、発見が困難でしてよ。これでもかなり早く宣告出来た方ですが。

 病名は“異臓厚壁症”」

 

「…な、なんだよそれは」

 

「異能者には一般人とは違い、異能(キュリア)を生成する臓器、“異臓”が存在している事は貴方もご存じでしょう。普通であれば、生成された異能は異臓の壁に浸透し、体へと出ていく。私達はそれらを活用しているわけですわね。

 しかし、異臓厚壁症の患者は文字通り異臓の壁が厚く、異能が体へと出て行きにくい。そのため、異能がじわじわと異臓に溜まっていく。それが臨界点に達した時…」

 

「時…?」

 

「パァン」

 

 柄鎖は握った拳を開く。

 

「異臓が破裂し、すぐ隣にある心臓も巻き込んでthe endですわ」

 

「…た、対処法はあるのか?」

 

「簡単なことです。手術で異臓にメスを入れるだけ。その古傷から異能が浸透するようになります」

 

「そうか…」

 

「とはいえ、異能者の体は頑丈すぎて普通のメスでは刃が通りません。ですので、病院に行っても無駄ですわね」

 

「っ、じゃあどうすんだよ?」

 

「工業用ドリルで手術でもしてみますか? それか工場に行ってウォータージェット加工でも?」

 

「……職人がやってくれるんだろうな?」

 

 柄鎖の冗談に対して、狼牙は至極真面目な顔で答える。柄鎖は彼の表情を見て少しだけ驚くが、すぐに顔つきを柔らかいものに変えて、彼の頭を撫でた。

 

「安心なさってください。異能者の手術を行う名家がありましてよ。黒葛原(つづらはら)家。あなたもご存じでしょう?」

 

「この前の三家会で会った……確か、黒子(くろこ)だったか?」

 

「えぇ。彼女に依頼を出すべきでしょうね。費用に関しては私の方で負担しますし、私からも彼女に頼んでみましょう」

 

「費用まで出さなくても……」

 

「費用は億単位ですけど、払えますの?」

 

「…っ」

 

「私にとっては安い金額ですし、あげる気もありませんわよ。将来貴方が稼げるようになってから返していただければ結構です。学生の内は金利も無しにしてあげましょう」

 

「…助かる」

 

「とはいえ、一番の問題は黒子様が依頼を受けるかどうかですわね。彼女の事ですし、一体どんな代価を要求してくる事やら…」

 

「代価は金じゃないのか?」

 

「プラスアルファ、ですわね。異能者の手術…というより現代の医療全般に黒葛原(つづらはら)家の息がかかっているので、かなり無茶な要求をされる可能性も…」

 

 しばし考え込む柄鎖。狼牙は不安そうに彼女の言葉を待つ。

 

「――とりあえず、狼牙様の方から黒子様に頼んでみてください。何を要求されるかはその時に分かるでしょう。

 彼女も貴方では払えない物を要求はしないでしょうし、何とかはなるかと」

 

「わ、分かった」

 

「それと…」

 

 柄鎖は少しだけ寂しそうな表情を見せる。しかし、それはすぐに引っ込んだ。

 

「私に義理立てはしなくともかまいません」

 

「…? それはどういう意味だ?」

 

「その時になれば分かりますわ。さ、稽古の続きをしましょう」

 

 柄鎖はそこで話を打ち切った。二人は稽古へと戻る。

 

「さて。確か、新しい奥義の練習でしたか。私が貴方に打ち込めば良いのでしたわね?」

 

「あぁ」

 

 狼牙目掛けて何度も手を出す柄鎖。彼はフシみんから盗んだ柳雪折無(りゅうせつむ)で柄鎖の攻撃をいなす。

 

(…これは良い。最小限以下の動き、小さな力で相手の攻撃をいなせる)

 

 柳雪折無(りゅうせつむ)は相手の攻撃のタイミング、角度、パワーに合わせて奥義を発動する必要があるため、かなり難易度が高い。しかし、使いこなせば強力無比な手札となる。

 狼牙が柄鎖の攻撃を弾き、寸止めのカウンターを繰り出した所で彼はそう確信した。

 

「受けの奥義、素晴らしいですわね。モノにすれば確かに強力なカードとなり得るでしょう。…えぇ、モノにすれば」

 

「…なんだよ、その言い草は」

 

「その奥義、相手の攻撃に合わせなければいけないため、かなり難しいでしょう。そしてミスをすれば相手の攻撃をまともに喰らってしまう」

 

 柄鎖は眼前に迫っていた狼牙の腕を弾き、一瀉千里(いっしゃせんり)に攻める。今までとは違う本気の攻撃に、狼牙は柳雪折無(りゅうせつむ)を使えず、ガードで凌がざるを得ない。

 そんな所に、大ぶりの一撃が繰り出される。威力だけはあろうが、当たる方が難しいと言う(なまく)らな拳。

 柳雪折無(りゅうせつむ)で弾き、カウンターを決める絶好のチャンスであった。狼牙自身もそう認識していた。

 しかし、結果として彼はバックステップで距離を取る。拳が当たらない範囲まで逃げ、やり過ごしたのだ。

 

「今の攻撃に合わせられないようでは…いえ、合わせようともしないほど臆病ではその奥義を実戦で使うことなど不可能です。ハッキリ言いましょう、その技は貴方が練習しても無駄に終わるだけですわ」

 

 雷夢に引き続き、柄鎖からもダメ出しをされる狼牙。

 

「…やってみなきゃ、分かんねぇだろうが。俺の好きにさせろ」

 

 狼牙自身も柳雪折無(りゅうせつむ)が自分には向いていないと自覚し始めていたが、あくまで意固地に振舞う。

 

「人間の本質はそう変わらない。これは私の持論です。貴方の臆病さもその例に漏れない」

 

「……」

 

「とはいえ、変わろうとする意志までは否定いたしません。気の済むまでお付き合いしましょう」

 

「……助かる」

 

 柄鎖の言葉通り、気の済むまで狼牙は稽古に励む。とはいえ、その日を全て費やしても柳雪折無(りゅうせつむ)をモノにすることは出来なかった。

 

 

 

 

 

    ♢

 

 

 

 

 

 翌日。狼牙は異臓の手術を依頼するため、黒葛原(つづらはら)黒子の元を訪れていた。

 場所は三家会が行われていた小会議室。彼は少し緊張した面持ちで扉をノックする。

 

「入りたまえ」

 

 許可を貰った狼牙が会議室の中に入ると、中には椅子に座り、医学書を読んでいる黒子がいた。彼女は相も変わらず真っ黒の軍服チックな服を着ている。

 

 ちなみに異能学園は服装自由だ。

 

「そこに座って少し待っていてくれ、お茶を淹れよう。緑茶で良いかな?」

 

「あぁ」

 

 黒子は茶の準備をしながら、話を続ける。

 

「一応柄鎖君からも聞いているよ。“異臓厚壁症”なんだって? それで私の一族に手術を依頼したいと」

 

「そうだ。柄鎖から借りる予定だが、金も用意する。異能者を手術できる医者の数は少なく、予約がいっぱいとも聞いているが、俺が死ぬまでにどこかで手術してくれれば良い」

 

「そうだねぇ。異臓厚壁症は異臓にメスを入れるだけで対処できる。手術に時間はかからない。すぐに死ぬことは無いといっても不安だろう、君が望むならすぐにでも手術をしよう」

 

「本当か?」

 

「あぁ、本当だとも。…とはいえ、手術の代価についてはもう少し話し合いが必要かな?」

 

 黒子は準備したお茶を机の上に置き、狼牙の対面に座る。彼女の表情は能面を付けたように、アルカイックスマイルで固定されていた。しかしその目つきだけはまるで得物を狙う蛇の様。

 狼牙はその視線に眉を顰めながらも言い返す。

 

「相場は1億と聞いた。まだぼったくる気か?」

 

「いやいや、勘違いしないでくれたまえ。その逆さ。君からお金は請求したくない。

 実家がお金持ちでもない学生の君から多額の金銭を受け取るのは私としても心苦しいからね」

 

「億単位の価格設定にしているくせに良く言う」

 

「耳が痛いね。とはいえ、異能者を手術できる能力は非常に希少で安売りするわけにも行かないんだよ。家格を下げることにもつながってしまう」

 

「だったら、どうして俺からむしり取らない。家格を下げたいのか?」

 

「お金“は”請求したくないと言ったんだ。もちろん代価はいただくよ」

 

「……1億に匹敵するようなモノは何も持ってないぞ」

 

「それは自己評価が低すぎるねぇ。君はお金なんかでは決して買えない希少なモノを持っている。あえて値段を付けるのなら、そう……百億」

 

 黒子は指を1本突き立て、狼牙の眼前へと突き付ける。

 

「もし君の持っているそれをお金で買えるのなら、私は喜んで百億を払う。…それでも安いぐらいかな?」

 

「…正気かよ」

 

「いたって正気さ。正気じゃないのは自分の価値に気づいていない君の方。無自覚のまま学園で過ごしていたらとんでもない騒ぎに巻き込まれていたやも。

 この場で自分の希少性を教えて貰えてよかったねぇ。私に感謝するんだよ?」

 

「…それで? 結局お前は俺に何を望む? 俺の何が欲しいんだ?」

 

 狼牙の問いに、黒子は笑みを深めて宣言する。

 

「――“金剛不壊“と”無勁“…その他にも知っている奥義の技術を全て私に渡して欲しい。君は雷夢君との手合わせの時に彼女の奥義を盗んでいただろう? だったら、柄鎖君や、下手したら他の人物の奥義も盗んでいるはずだ」

 

「…それだけか?」

 

 溜めて言った割にはしょぼい内容だ、と思った狼牙は少々肩透かしをくらっていた。一方で、黒子の方は狼牙の察しの悪さに呆れている。

 

「……“金剛不壊”や“無勁”などの奥義は非常に強力だ。だからこそ名門は自分たちの一族にしか奥義を伝授しない。一般企業で例えれば奥義は企業秘密、それもトップシークレットと言えるだろうね。まぁ、雷夢君の無勁は彼女が創造したもので、一族秘伝の奥義というわけではないが…。

 とにかく、君はその企業秘密を容易く盗み出す能力を持ち、現に複数保有している。それをこっそり教えて欲しいと言っているだけさ。値段をつけたのもそう。他社の企業秘密を知るために百億というのは酷く安いと思わないかい?」

 

「その金銭感覚は分からないが、お前の要求はハッキリ分かった。

 俺に柄鎖や雷夢を売れ、と言いたいんだな?」

 

「人聞きが悪いねぇ。君の知識と経験を少しだけ拝借したいというだけさ。…して、その返事は?」

 

 決断を迫られる狼牙。彼は目線を彷徨わせ、奥歯を噛みしめてから喉を震わせる。

 

「……金じゃ、ダメなのか?」

 

「ダメだね。君に与えられた選択肢は二つ。奥義の知識を私に明け渡して手術をしてもらうか、短い余生を精一杯楽しむか」

 

「……少し待ってほしい。柄鎖と雷夢に許可を取ってから…」

 

「時間の無駄だ。止めておいた方が良い。実家との関係が悪い雷夢君はともかく、柄鎖君が許可を出すはずはない。彼女は俗っぽいところもあるが、名門上戸鎖家の子女だよ」

 

「……」

 

 その時、狼牙は柄鎖の言葉を思い出していた。

 

(私に義理立てはしなくともかまいません)

 

 彼女はこの展開を予測していたのだろうか。狼牙の模倣能力の価値に気づいており、その上で黒子が手術を盾に奥義の横流しを要求してくる事を。

 

 黙して語らない狼牙。その様子を見て黒子は立ち上がり、彼の側へと寄る。そして彼の肩へと手を置き、優しく囁く。

 

「そう悩むことはない。君にとっては自分の命がかかっている事態だ。彼女たちを裏切ったとしてもしょうがないことだとは思わないかい?」

 

「…」

 

「そもそも君が奥義を私に教えてくれたとして、裏切りとは呼べるのかな? 君と彼女たちはいったいどんな関係なんだい? 恋人か? 友人か? それともそれ以下か…。二人とはたった1,2か月ほどの交流だろう。その間にどれだけの信頼を育んだ?」

 

「…」

 

「それに君も柄鎖君に付くよりかは私の側に付く方が良い。――どうせ彼女は一年後には死んでしまうのだからね」

 

「……は? そ、それってどういう意味だ!?」

 

 急に告げられた事柄に狼牙は思わず立ち上がり、黒子へと詰め寄る。

 

「言葉通りの意味だよ。彼女は一年後に死ぬ。平和を保つための(いしずえ)となるためにね」

 

「もっと詳しく説明しろ!」

 

「そうだねぇ…。君は“禁断箱(パンドラボックス)”を知っているかい?」

 

「知らない」

 

「ならこの昔話は? 異能者が現れた黎明期、大暴れしていた異能者集団“N(ニュー)”のリーダーを三人の異能者が封印したっていう」

 

「それなら知ってる。以降、リーダーを失ったN(ニュー)は散り散りになり、複数の名家がけん制し合う今の均衡状態に落ち着いた所までなら」

 

「そうそう。まぁ、ここで大事なのはNのリーダーが封印されたという部分だね。“禁断箱(パンドラボックス)”というのはそのリーダーが封印されている箱の事を指すんだ」

 

「そんな物があるのか?」

 

「一般には知られていないけれどもね、名門の間では常識だよ」

 

「それとさっき、封印“されている”って言ったが…」

 

「現在進行形で間違いないよ」

 

「封印されたのは100年ぐらい前の話だろ? とっくの昔にくたばってるんじゃ…」

 

「Nのリーダーは細胞の老化を遅らせる奥義が使えるようでね。加えて仮死状態になれる奥義も。飲まず食わず、呼吸もせずに500年以上は生きられるらしい」

 

「なんだよそれ…」

 

「不思議だよねぇ。老化を遅らせる奥義はともかく、仮死状態になれる奥義なんてほとんど役に立たないだろうにどうして身に着けているのか。まぁ、現に役立っているわけだけれども」

 

「…話を戻すぞ。寿命じゃ死ににくいって分かっているのに、どうしてそのリーダーを封印したままにしている? 封印するぐらい疎ましい存在なら引きずり出して殺せば良いだろ?」

 

「それができないから封印したんだよ。Nのリーダーは他人の素能(エレメント)を奪う素能を持っていてね。奪った力の中には不死の能力もあるらしい」

 

「不死…? 反則だろ、そんな素能…」

 

「とはいえ、素能を使うには異能(キュリア)を消費する。完全な不死ってわけではないだろうがね。

 話を戻すが、とにかくNのリーダーを殺害を不可能だと考えた当時の人たちは、封印して拘束する事を選んだんだろうね。彼は今も禁断箱(パンドラボックス)の中で眠っているわけだよ」

 

「…待て。長々と語ったが、それが柄鎖とどう関係ある?」

 

「さっきからNのリーダーを封印、と何度も言っているけれどもね。一体どうやって封印していると思う?」

 

「封印って…確かに、どうやって…?」

 

「まずは物理的な封印。厚さ30メートルの鋼鉄の箱に閉じ込めているんだ。これで物理的に脱出することは不可能だね」

 

「それで(しま)いじゃないのか?」

 

「それがそうでもないんだ。Nのリーダーが奪った素能の中には瞬間移動もあるらしくてね。普通に閉じ込めただけでは簡単に脱出されてしまう。だから柄鎖君のように素能を無効化する力を借りているんだよ」

 

「……待て。確か、Nのリーダーは不死の素能を持っているんだろう? だったらそいつを無効化して殺せば良い。昔の人間はなぜそうしてない」

 

「……それは…確かにその通りだ。とはいえ、殺せるならその時殺しているはずだ。今、封印されている以上は封印せざるを得ない事情があったと考えるのが自然だろうね」

 

「……」

 

 狼牙は納得がいかないのか、眉間にしわを寄せる。黒子は咳ばらいをしてから話題を軌道修正。

 

「話を戻すよ。とにかく、封印を続けるためには素能を無力化する力が常に必要だ。しかし、その力は非常に燃費が悪い。生身の体じゃまず、ガス欠してしまう。

 じゃあ、どうすれば良いかな?」

 

「…まさか」

 

「おや、察しが良いんだね。生身がダメなら改造すれば良いのさ。

 ――生贄システム」

 

「…なんだそれは?」

 

「簡単に言うと人間を解体して、素能を発動させるためだけの生体兵器に改造するんだ。この研究は医学・生体の分野にも関わる事だから、我が黒葛原(つづらはら)家も関わっていてね。詳しい事までよく知っているよ。

 素能の発動のメカニズムは未だ良く分かっていないが、心臓と脳があれば機能することは分かっているんだ。その部分を摘出して活性化機械と組み合わせ、素能発動のためのアクチュエータが完成。

 動力はもちろん異能(キュリア)になるわけだから、それを生み出すための異臓も必要だね。それもじゃんじゃん異能を生産してもらう必要があるから、かなりの改造が必要…。最終的には点滴を受けながらその栄養を異能に変換するだけのエンジン兼コンバータとなる。このエネルギー変換効率が凄くてね? 個体差はあるが、驚異の85%だそうだ。

 一度実物を見た事があるけれどね、あれはまた何とも…。あれが人のなれの果てとはあまり思いたく…」

 

「もういい!!」

 

 黒子の語りを中断させる狼牙。突然の大声に黒子は少しだけ身をすくませる。

 

「…そのくそったれな改造を柄鎖が受ける予定なんだな?」

 

「その通り。先代にもうガタが来ていてね。そろそろ部品交換の時期という訳だよ」

 

「……」

 

 狼牙は重力に従い、椅子に座り込む。そのまま歯をギリギリと鳴らしながら俯く。

 

「そういうわけだ。柄鎖君は近い内に死ぬ。沈む泥船にわざわざ乗る必要は無いだろう? 黒葛原という大船に乗っていれば君も安泰というもの…」

 

「うるせぇ!!」

 

 振り下ろされた狼牙の拳は木製の分厚い机を半分に割った。そのまま彼は扉の方へと向かう。

 

「お、お帰りかい? 取引の返事を聞いていないが」

 

 去り行く狼牙の背中に声をかける黒子。彼女は少しだけ狼狽していた。

 一方で狼牙は彼女の言葉に立ち止まり長考する。

 

「……断る」

 

「良いのかな? そうすれば君は将来確実に死ぬ」

 

「柄鎖や雷夢を売ってお前に与するぐらいならそっちの方がましだ」

 

「合理的じゃないねぇ。二人に義理立てして死ぬ気かい?」

 

「勘違いするな。二人に義理立てするのが一番の理由じゃない。

 初めてお前に会った時からそうだったが…今は特にそうだ。――お前の事が妙に気に食わない。嫌いだ」

 

「それは残念。縁が無かったという事かな」

 

 肩を(すく)める黒子を尻目に狼牙は会議室の扉を開ける。

 

「今日の君は感情的になりすぎだ。落ち着いて、考えが変わったのなら再び私の元を訪れると良い。いつでも私は待っているよ。

 君はそのままでも30までは生きられる。一生には短いが、悩むには十分な時間だろう。よく考える事だね。あぁ、柄鎖君が死ぬのを待つというのも良い手かも…」

 

 狼牙は乱暴に扉を閉じた。

 

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