現代異能の災禍希望(パンドラボックス)   作:RKC

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14話 復讐者

 感情のままに会議室を後にした狼牙(ろうが)。初めの内は肩を怒らせて歩いていた彼だが、その足取りは次第に勢いを失う。ついには完全に足を止め、校舎の壁に額を押し付けていた。

 

「どうすりゃ良いんだ…」

 

 黒子(くろこ)の誘いを断った狼牙だが、当然死にたいわけでは無かった。技を盗み、自らの師となった柄鎖(つかさ)雷夢(らいむ)を裏切る事を良しとしない気持ちや、初対面の時から感じていた黒子への嫌悪感の方が勝り、衝動的に飛び出してきただけなのだ。

 加えて柄鎖が一年後に死ぬという話を聞いて彼の脳がキャパオーバーとなってしまったのもある。

 

 

 

 ドグッ、ボグッ

 

 狼牙が途方に暮れていたそんな時。彼の優れた耳が鈍い殴打音を捉える。

 今の彼は諸問題について考えたくない気持ちであった。そのため、音の刺激に釣られてそちらの方へ足を運ぶ。

 

 果たして、彼が向かった先では隻眼・紫髪の少女が中肉中背の男に殴る蹴るの暴行を加えられている場面であった。

 

「あぁ、何だお前? 見せもんじゃねぇぞ」

 

 狼牙には男と言葉を交わす間も、気もない。地面に伏せている雷夢を足蹴にしている男目掛けて一気に詰め寄り、容赦のない腹パンを繰り出す。

 

 ――そのはずだったのだが、突如として襲ってきたドス黒い殺気に思わず足を止めた。

 

「前の集会をサボりやがってよ、…このボケがぁ! おかげでこんなとこまで来る羽目になっちまっただろうが」

 

 無防備な腹にフリーキックを貰う雷夢。彼女は呻く気力も無いのか、最低限の生理反応だけを示す。

 

「チッ、もうだんまりか。オラ、そこの有象無象。このゴミを片付けとけ」

 

 男は雷夢を狼牙の方に蹴り飛ばす。しかし、狼牙は転がって来る雷夢から無意志に距離を取っていた。――ドス黒い殺気の発生源から。

 

 男がその場から去ってから、しばらくが経つ。倒れ伏せる雷夢と、少し離れた所で立ち尽くす狼牙だったが、彼女の方が先に動いた。さっきまで狼牙に向けていた殺気をおさめ、ボロボロの体を何とか起こす。

 しかし、受けたダメージが相当大きいのか、腕や足が言う事をきいていない。立ち上がる途中で何度も膝や肘を折り、その度に床へと突っ伏している。

 

「お、おい…」

 

 先ほどまで殺気を向けられていた狼牙は恐る恐る雷夢へと近づき、彼女に肩を貸す。彼にしがみつくようにして起き上がった彼女の顔は、ひどく愉しそうなものであった。

 

「……ッヒヒ…」

 

 容赦のない蹴りを腹に喰らった雷夢。笑うたびに腹が引きつり、激痛が走るであろうに、そんなことは意にも介さず、引き笑いを何度も繰り返す。そんな彼女の様子に気圧されながらも、狼牙が声を掛ける。

 

「どうして良いようにやられていた? お前の腕ならあの程度の奴に負けるはずは…」

 

「お前はあれか…? 最高級コース料理の…スープだけを先に味わうタイプか…?

 違うだろ…? 前菜からメイン…最後のデザートまで…全部一気に堪能してこそだろ…? つまみ食いなんて…はしたない真似は…するもんじゃない…ヒヒッ…!

 それに、こうして憎しみを溜め込むほど…来たる時はきっと……な?」

 

 雷夢はいつになく饒舌に語り、狼牙へと理性を失ったギョロ目を向ける。それを見た狼牙は諦めたように目を逸らした。

 

「…とりあえず、保健室行くぞ」

 

 狼牙が雷夢を保健室へと牽引する。その道中、雷夢はうわ言のようにブツブツと呟いていた。

 

「……2022年9月23日…。腹に…17発。背中に5発…。指の骨を…4本…」

 

 何度も何度も。歴史の年号を覚える受験生のように。己の体に受けた仕打ちを忘れまいと。

 

「……」

 

 そんな雷夢を支えながら、狼牙は保健室へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 保健室へとたどり着いた狼牙が扉を開けると、保険医が二人に視線を送り、呆れたようにため息をつく。

 

「先生…」

 

「あー、説明は良いよ。どうせまた無茶したんだろう。こっちのベッドに寝かせといて」

 

 狼牙は保険医に言われた通り、雷夢を奥のベッドへと寝かせる。保険医は雷夢に触れて治癒の素能を発動させ、最低限の治療を済ませる。その後仕切りのカーテンを閉じ、保健室に併設されているキッチンで料理を作り始めた。

 

「邪魔した」

 

「…待ってほしい。少し話をしていってくれないか?」

 

 役目を終えた狼牙が保健室を出ていこうとすると、保険医が呼び止める。

 

「彼女…雷夢君が誰かの肩を借りてここまでくるのは初めてだ。君は彼女とどういう関係なんだい?」

 

「どういう関係って……しいて言うなら、師匠と弟子…?」

 

「どっちがどっち?」

 

「どっちもどっち」

 

「……どういう意味だい?」

 

「そのままの意味だ。お互いに師匠で、お互いに弟子」

 

「教え合う関係という訳か。……いいね。彼女には良い交流になる」

 

 保険医はフライパンに油を引き、火をかける。

 

「今から君に質問するけど、答えたくないなら答えなくても構わない。

 君を治療した時に体を見させてもらったよ。体中にある傷跡…それはいつ、どうやってついたものなんだい?」

 

「……」

 

 狼牙はシャツのボタンを外し、肌着ごと脱衣する。上半身裸の彼の肌には所々、紫の痣や古傷が見える。

 

「体の傷は親父に貰った」

 

「……虐待でもされていたのかい?」

 

「違う。親父は持病の治療も碌にせず、持てる技の全てを付きっ切りで俺に教えてくれた。人の技を盗む術も、正拳突きも、苦痛に対する耐性も。……この傷は、俺のために自分の命すら削った親父の愛の証だ」

 

 そう言いながら、傷跡をなぞる狼牙の表情はとても穏やかで、嬉しそうだった。

 

「……そうか。良い、親父さんだったんだね」

 

「あぁ。俺なんかにはもったいない親父で…」

 

 そこまで呟いて、狼牙は眉を歪めた。嫌な思考から逃げるように頭を振ってから服を着なおす。

 

「俺の傷は親父の愛が証となって残ったものだ。だが…」

 

 狼牙は雷夢の眠るベッドに視線を送る。

 

「あいつの体の傷は憎悪の対象から付けられた傷らしい。負の感情の証を体に刻まれたあいつは…」

 

「今の彼女にとっては体の傷は生きる糧だ。そう悪いものではないよ」

 

「…復讐か?」

 

「あぁ。自分の体に傷をつけた奴に復讐をする。それだけのために今の彼女は生きている。私の様な傍観者からするとひどく痛ましいが、彼女にとってはそれが全てなんだ。否定できるはずもあるまい」

 

 保険医は鶏肉を熱されたフライパンに入れ、炒め始める。油が音を立てて爆ぜるため、会話の声が少々大きくなった。

 

「1つ、君に頼んでも良いかな?」

 

「なんだ?」

 

「雷夢君とできるだけ一緒に過ごしてやってくれ。彼女が復讐を終えた後、君が彼女の生きる理由になって欲しい。彼女は復讐を終えたら、生きる意味を失って自殺しかねない危うさがあるからね」

 

「…分かった」

 

「ありがとう」

 

 保険医は火を止めて、短く切った青ネギをフライパンに入れる。

 

「代わりに俺の頼みも聞いてくれ」

 

「なんだい? 私にできる事ならなんでもするよ」

 

「お前は異能者で医者なんだろ? 異能者の手術をできたりしないか?」

 

「……悪いけど、異能者の手術はできないよ。私にできるのは一般人の手術と、素能で傷を治癒する事だけ」

 

「そう、か…」

 

「何か病気なのかい? なら黒葛原家に頼むと良い。確かこの学園にクロが在籍しているだろう」

 

「…クロ?」

 

「黒葛原黒子。名前を略してクロ。……つい昔の癖でね」

 

「お前、あいつと知り合いなのか?」

 

「一応親戚筋でお姉さん面してたよ。もっとも、今は絶縁状態だが」

 

「何があったんだ?」

 

「医療性の違い、かな? 私はどんな異能者でも治療を受けられるように治療の値段を下げるべきと主張した。一方で当時の黒葛原家当主――クロの父親は家の家格を下げるわけにはいかないと、私の提案を却下した。

 前当主の判断は正しい。彼は家の事を考えて正しい判断を下した。けれど、当時の私は青くてね。自分の理想だけを追い求めて、ついには家を追放された。今じゃ素能の力だけを買われて、学園のしがない保険医さ。いや、コックかな?」

 

 保険医は完成した鶏肉とネギの炒め物を狼牙に見せる。

 

「話が逸れたね。とにかく、手術して欲しいならクロに頼むと良い」

 

「もう頼んだ。だが、手術の代価として俺にとって難しい条件を突き付けられた」

 

「……やはりそうか。父親の意思を受け継いだクロも…」

 

 しばらくの間、目を閉じる保険医。その眉はハの字に曲がっていた。

 

「私に出来ることは無いが、どうにかできるかもしれない知り合いはいる。その人に相談してみよう。

 何か進展があれば電話をする。連絡先を交換しよう」

 

「…助かる。ありがとう」

 

 狼牙が深く頭を下げた後、二人は連絡先を交換する。

 

「少しのつもりだったが存外に長くなってしまった。引き留めてしまって悪かったね」

 

「いや、お前のおかげで突破口が見えた。感謝している」

 

「頭を下げなくてもいいよ。私にとっても君が生きていてくれないと困る。雷夢君のためにも、何より君を病気で死なせたくはない」

 

 保険医の台詞に、狼牙は少しだけ引っ掛かるものを感じた。

 

「…どうしてお前は雷夢の事をそんなに気に掛ける? いや、その前に俺もだ。気絶して運び込まれてきたぐらいの俺にどうしてそこまで味方する?」

 

「雷夢君も君も同じだよ。目の前で助けを必要としている患者がいれば、世話せずにはいられないのさ」

 

「赤の他人だとしてもか?」

 

「赤の他人だとしても」

 

「……生きづらそうだな」

 

「ハハハハッ…、違いない。そのせいで勘当までされてるんだからね。

 さ、もういいだろう。私も料理の続きをしたい。早く帰りたまえ」

 

 そう促され、狼牙は素直に部屋を去る。保険医は彼が扉の向こうに消えるまで小さく手を振った後、スマホを取り出した。

 

「私にとっては目の前の患者が最優先だ。――昔の妹分よりも」

 

 13桁の番号を入力し、何度かのコールの後、通話が繋がる。

 

「久しぶり、(つるぎ)。いきなりで悪いんだけど、少し頼みたいことがあるんだ。

 ……ん? …いや、マルチの誘いとかじゃないよ!? 昔の知人からの電話は全部マルチって偏りすぎだからその考え!」

 

 狼牙と黒子、当事者の二人が知らぬ間に事は進んでいく。

 

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