現代異能の災禍希望(パンドラボックス)   作:RKC

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17話 そんなことより

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「何? 私と決闘を?」

 

 異能学園の小会議室。そこには、珍しく驚いた表情を浮かべた黒子がいた。

 

「俺が勝てば無償で手術をしてもらう。お前が勝てば俺の知っている奥義を全て売り渡す。その条件で俺と決闘しろ」

 

「……君は感情的にはなりやすいものの、正しく論理的に物事を考えられる人間だと思っていたのだがね」

 

 黒子は呆れた顔で語る。

 

「私にはその決闘を受けるメリットがほとんど無い。君の病気、“異臓厚壁症”の手術は簡単なものだ。かかるコストは、せいぜい数日の入院費用と手術費用程度。それだけのコストを節約するために、万が一負けた時のリスクを背負う必要がどこにあるのかな?」

 

「ある。お前がこの決闘を受けなければ俺は取引を放棄するからだ。奥義が手に入らないのは困るんだろう?」

 

「…死ぬ気かい?」

 

「死なない。工場用ドリルかウォーターカッターで施術してもらう。異臓の壁に傷をつけるだけで良いんだろ?」

 

「……ふふふふっ! ははははははははっ!!」

 

 狼牙の突拍子もない発言がツボに入ったのか、黒子は声を上げて笑う。

 

「…いや、すまないね。工業用ドリルでか…ふふっ。

 医者の卵としてオススメはしないよ。施術自体が難しいのもそうだし、傷跡の縫合はどうするつもりだい? 医療用ホチキスも針も異能者には通らない。

 …おっと、治癒系の素能(エレメント)を当てにしているならやめておいた方が良い。あれは体を再生しているというよりは、復元していると言った方が近い能力だ。傷跡ごと無くなって、手術の意味も無くなる」

 

「……でまかせ言うなよ」

 

「でまかせかどうかは工場のライン上で目を覚ましてから確認すると良いさ」

 

 余裕の態度を崩さない黒子。狼牙は耳を立てて彼女の心音を聞くが、乱れは一切なし。嘘を付いている様子は無いと確信する。

 

 他にどうしようもなくなった狼牙は、怪しげな電話から貰った札を切らざるを得なかった。

 

「……黒葛原(つづらはら)ってのは寒門からの決闘すら受けられないのか? とんだ臆病者だ。これが御三家だってんだから拍子抜けしちまう」

 

「……」

 

 黒子の心音が少し乱れた。それを聞き逃さなかった狼牙。こんな簡単な煽りで効果がある事に驚きつつも、追撃の手を止めない。

 

「かつては二大巨頭とまで呼ばれた姿は見る影もない。“上戸鎖”や“雷”が台頭してくるのも当然。

 それもしょうがねぇか、現当主がこれだけ臆病なんだ。歴代の当主も臆病だったんだろうな。守りの策ばっか練って肝心な所で他の家に先行されちまう。どっかで聞いたことあるよなぁ? 変化を恐れて時代の波に取り残された大企業とそっくり。ベンチャーにぶっ潰されるオチまでそっくりにするつもりか?」

 

「……」

 

 黒子は相変わらずのアルカイックスマイルを浮かべたまま、湯呑みを机に置く。しかし、その心音は平常時をはるかに上回る速度で脈打っていた。

 

「…野良犬が随分と大口を叩く。いいだろう、受けてあげようじゃないか、君との決闘を」

 

 狼牙はその言葉を聞いて安堵のため息を吐く。そして、ポケットからボイスレコーダーを取り出した。

 

「言質は取った。証人もな」

 

 狼牙の言葉に呼応し、キャビネットの引き戸部分が勢いよく開く。

 

「確かにお聞きしました。上戸鎖家の子女である私、上戸鎖柄鎖がこの決闘の立ち合いをさせていただきます」

 

 冷静さを取り戻したが、言い逃れの出来ない状況を作られた黒子は、少しだけ顔を引きつらせる。

 

「……ずっとそこに隠れて出歯亀(でばがめ)とは。名門のお嬢様にあるまじきはしたなさだ。恥ずかしいとは思わないのかな?」

 

「あら。私のお嬢様としての責務の一つは“助けを求められれば可能な限り助ける事”。そのために必要な事をしたまでですので、恥は一切ありませんわ。

 それをおっしゃるなら、家の権威を振りかざして一般人を虐めるような真似をする黒子様の方こそ恥を感じるべきでは無くて?」

 

「私の当主としての責務は“自らの組織に所属する者の利益が最大にするよう行動する事”。そのためならいたいけな子供だって虐めてみせるさ」

 

「…ま、今は私達で問答する時間ではありませんわ。とにかく、狼牙様と黒子様の決闘はここに誓約されました。

 狼牙様が勝てば、異臓厚壁症の手術を黒葛原家から無償で受ける。黒子様が勝てば狼牙様が会得している奥義の技術を全て差し出す。よろしくって?」

 

「……1つ懸念点がある。狼牙君が負けた時、しらばっくれて代価を払わない事も出来るわけだ。金剛不壊を流出させたくない柄鎖君も同時にね。つまり、君が証人になる事は私にとってあまりに不利じゃないかな?」

 

「その点は心配なさらないよう。立会人に“平等院(びょうどういん)”の者を召喚致します。一応狼牙様に説明いたしますと、平等院家というのは約束事を違えないよう制限できる素能を持った一族の事です。

 他にご不明な点はございますか?」

 

「…私が勝った場合について、一つ条件を追加したい。“決闘中盗んだ黒葛原の奥義を今後一生使用せず、漏洩もしない事”」

 

「狼牙様、よろしいでしょうか?」

 

「構わない」

 

「よろしい。他にご不明な点は? ……ないようですわね。

 決闘の時間は明日の放課後17:00、場所は旧体育館。決戦の場、刻にて確かに相まみえるよう。

 お二人に勝利の女神が微笑まん事を」

 

 軽く祈りを捧げた柄鎖は部屋を後にする。彼女に続いて退室しようとする狼牙だったが、背中から黒子に声を掛けられた。

 

「がむしゃらに決闘へと持ち込んだ気概は評価しよう。しかし、私に勝てなければ全ては無意に帰(き)す。いや、無意どころか君は手術すら受けられなくなるのだから、マイナスだ。

 せいぜい、勝った時のことを夢想していれば良い。それか異臓に穴を開けて貰うために工場の予約かな?」

 

 狼牙は、やはり乱暴に扉を閉めた。

 

 

 

 

 

       ♢

 

 

 

 

 

 狼牙が会議室を後にすると、すぐ近くで柄鎖が待っていた。

 

「黒子様とは表面上の話しかしてきませんでしたが、先ほどの会話で少しだけ本質が分かった気がしますわ。同時に狼牙様が彼女に対して無性に腹が立つ理由も」

 

「…今はそんな事どうでも良いだろ。それよりアイツに勝つ事に全力を注ぐべきだ。アイツの戦い方について知っていることを全て教えてくれ」

 

「そうですわね。本日は明日に備えて稽古場で対策会議と行きましょうか。さ、参りましょう」

 

 目的地へと向かうため柄鎖が歩みを進めるが、狼牙はその場で立ったまま動かない。それを不審に思った柄鎖が振り返る。

 

「どうかなさって?」

 

「これは前にも聞いて、“お嬢様としての責務“って答えも貰った。けど、どうしても納得できないからもう一度聞かせて貰うぞ。

 なぜ、俺にこんなに良くしてくれる?

 わざわざ決闘の証人になってくれたのもそうだし、そのためにわざわざ狭いクローゼットの中にまで隠れた。掃除したとはいえ埃っぽかっただろ、あそこ」

 

 狼牙は柄鎖の袖や裾についている埃を払う。

 

「今も黒子の対策に付き合うと約束してくれた。納得できないんだよ。義務や務めでそれだけの労力や時間を割けるものなのか?」

 

「……その質問に答える前に、狼牙様の方が先ではなくって? どうして貴方は黒子様の取引を受け入れず、ここまで拗らせたのでしょうか? 私に義理立てをするためだけに自分の命を危険に晒せるものなのですか?」

 

 柄鎖にしては珍しく、非礼を承知で質問に質問を返した。その問いに、狼牙は戸惑いながら答える。

 

「……お、俺自身も不思議なんだ。人のために命を懸けるなんて、それも義理なんかのためだけに…。

 けど、俺はそうでありたい。そういう強い人間でありたい。恐れを知らない最強の戦士でありたいんだ…」

 

 渇望。狼牙の絞り出すような声からはそんな印象を受ける。

 

「けど、今の気持ちはほんの一時の感情かもしれない。だから意地を張っている。今の俺が永遠のモノになれば良いと…」

 

 今の狼牙からはいつもの強気さが全く見て取れなかった。それどころか、ほんの僅かに体を震わせてすらいる。それを見た柄鎖は、懐から扇子を取り出して広げた。

 

「私もお答えしましょう。私が狼牙様の事を気に掛けるのは、上戸鎖のお嬢様としての責務ですわ。困っている人を助けるのは当然ですから。

 それに貴方から黒子様へと奥義が流出するのは上戸鎖の子女として避けなければいけませんし」

 

 柄鎖はそこで扇子で口と鼻を隠す。唯一外から窺い知れる目元は、狼牙から目線を逸らしていた。

 

「……そんな事より、柄鎖として貴方を助けたかった。命を懸けてまで私に義理を立てようとする貴方を」

 

 俯いていた狼牙は僅かに顔を上げ、上目遣いで柄鎖を視界に捉える。

 

「……ささ、お互いの疑問に答えましたし、早く修練場へと向かいましょう」

 

 目を逸らしていた柄鎖は狼牙の視線に気づかず、慌てたように振り返る。そのまま速足で廊下を歩こうとしたその時、声が聞こえた。

 

「ありがとう、柄鎖」

 

「……どう、いたしまして」

 

 それ以降、修練上に付くまでの間、二人の間に会話は交わされなかった。しかし、二人の歩調は一糸も乱れず、同じペースで進んでいった。

 

 

 

 

 

        ♢

 

 

 

 

 

「もしもーし。数日振りだけど、また嫌なことあった? クロ」

 

「……やっぱり私は、日々を何とか凌いでいるだけの凡人だよ、ツル」

 

「えー、何よいきなり。今日、何か失敗でもした?」

 

「……失敗も失敗さ。私の不用意な一言でしなくても良い決闘をすることになってしまった…」

 

「決闘?」

 

「…件の奥義を盗める狼牙君とだよ。私が勝てば奥義の技術を明け渡してもらい、彼が勝てば黒葛原は無償で手術を行うという取り決めだ」

 

「それは…確かにしなくても良い決闘だね。私達としては奥義の技術を明け渡して貰う事が一番。手術どころか健康診断とエステとネイルとヘアサロンまで付けてあげても、コスト面ではエビでタイを釣るどころか、無で石油の鉱脈を掘り当てるぐらいなのに、それが0か1になっちゃったんじゃねぇ…」

 

「……やはり私は当主に相応しくないよ。一時の感情で組織にとって大幅に不利となる間違いを犯してしまった」

 

「まぁ、間違いは誰にでもあるって。それより肝心なのはこれからどうするか。

 当主としての最低限の責務は自らの組織に所属する者の利益を“最大とする事”じゃない。“最大となるよう行動する事”だよ」

 

「…そう、だったね」

 

「まずはその決闘に勝つ事を考えよう。勝算は?」

 

「……断言はできない。けれど8、9割は」

 

「そりゃまたかなりの勝算だ。根拠は?」

 

「狼牙君、彼の戦いを一度だけ見た事がある。彼がその時のままだったら、勝算は10割だ。けれど彼は成長凄まじいタイプと見た。どれだけ成長しているかに勝算は左右されるかな…」

 

「そればっかりは出たとこ勝負だね。…とにかく今日は明日の決闘に備えて早く寝た方が良いよ」

 

「そうだね。話を聞いてくれてありがとう。それじゃあ…」

 

「あ、ちょっと待って!! その前に一つ連絡! 

 この前言ってた部下の育成について仕事の合間合間に考えてみたんだ。資料を添付したメールを送ったから届いてるか確認してくれない?」

 

「メール、メール……うん。確かに届いているよ」

 

「添付の資料、開いてみてくれる?」

 

「あぁ……ん? “喫茶 猫屏風”…? これが部下育成の資料…?」

 

「え? ……あー、その…ごめん。送る資料間違えちった。

 今再送したから確認してくれない?」

 

「…………? 届いていないよ?」

 

「あっれぇ? ……あぁ、間違えて携帯のEメールに送ってるわ。ごめん、そっちの方で確認してくれる?」

 

「分かった。……これか。確かに部下育成の資料だ。ありがとう、こんなものまで作ってくれて」

 

「良いって事よ。お互い助け合わないとね。それじゃ、今日はここらへんで」

 

「あぁ。お休み、ツル」

 

「お休みー、クロ」

 

 

 

 

 

     ♢

 

 

 

 

 

 剣先家当主、剣先ツルギ。彼女は黒葛原(つづらはら)黒子との通話を終えて、イヤホンを耳から抜く。そして隣にいる男に声を掛けた。

 

「送ったウイルスは?」

 

「――問題ありません。PC、スマホ共にこちらで制御可能です。

 にしても不用心ですね。メールの添付ファイルをウイルス検査もせず開くとは。黒葛原の当主はネットセキュリティに疎い間抜けのようで」

 

「相手が私だったからこそだ。……本当に信頼されてるよ、まったく」

 

「信頼を得るためとはいえ、黒葛原なんかと仲良くしないといけないとは…。当主様の心中お察しします。お疲れ様です」

 

「……少し黙れ。それ以上余計な事を言うと口を縫い合わすぞ」

 とにかく作戦の決行は明日、黒子が決闘に負けた瞬間からだ」

 

「奴が決闘に勝った場合はどうするのでしょうか?」

 

「一度だけなら決闘を有耶無耶にしてやり直すプランも考えてある。それでもだめだった場合は……強引に行くしかないだろうな。

 ここまで来て引き返せば、お前らの行き場を失った恨みつらみはどこに向かう? 結局暴動を起こすに決まってる…違うか?」

 

「まぁ、その通りですね」

 

「そこは嘘でも否定しろ、阿呆が。

 ……学園に在籍している我が家の者との連絡は?」

 

「問題ありません。密に連携を取っております」

 

「……いまいち信用できんが、まぁ良い。作戦は迅速に、黒子の連絡手段を奪えている内が勝負だ。制御を奪った黒子のPCから学園に在籍する黒葛原家の者にもウイルスを飛ばせ。

 アナログな連絡手段を防ぐためにも、学園の周りに腕自慢の者を配置しておけ。とはいえ怪しまれないよう十分な注意を払えよ。学園側も間抜けじゃない」

 

「承知しました」

 

「良し。黒子のスマホとPCは24時間体制で見張っておけ。今日はもう解散だ」

 

 ツルギが部下に向けて手を払う仕草をすると、部下は素直に部屋を出ていく。一人になることができたツルギは、ため息をつきながらベッドへ寝転がった。

 

「……心が折れてくれれば良いんだけどね」

 

 ツルギは胃に手を当てながら、重たく呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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