現代異能の災禍希望(パンドラボックス)   作:RKC

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18話 黒の刀

 

 午前4時半。黒子(くろこ)の部屋でスマホのアラームがけたたましく鳴り響く。余りのうるささに、眠たい目をこすりながら黒子がベッドから体を起こした。

 

「うっ…」

 

 黒子がアラームを止める為にスマホの画面を見ると、過剰なぐらいの光量が彼女の目を刺す。真っ暗な部屋の中で、その光を真正面から見てしまった彼女は思わず目を閉じてしまった。

 同時に強い光を浴びた黒子の体はお休みモードからおはようモードへと徐々に移行していく。彼女は目を細めながらスマホの光量を落とした。

 

「なんでこんな時間に…? アラームの設定を間違えたのか…? 

 とにかく、寝直すのも難しそうだ。今日は大事な決闘だというのに…。昼寝を取るしかないか」

 

 気だるい体を引きずりながら、彼女は朝の支度を始めた。

 

 

 

 

 

     ♢

 

 

 

 

 

 午前8時。早くに目が覚めた黒子は残っていた仕事をパソコン上で片付け、学園へと登校していた。その道中、彼女はしょぼしょぼする目を擦る。

 

「目が、乾く…。朝にパソコン作業をしたのが良くなかったのか…? それともストレスのせいか…」

 

 彼女は立ち止まり、目薬を差した。

 

 

 

 

 

     ♢

 

 

 

 

 

 12時30分。食堂で昼食を食べ終えた黒子は小会議室で仮眠を取ろうとしていた。棚から枕を取り出し、机に置いた後、そこに伏せる。目を閉じると、ゆっくりと意識が溶けていき――

 

 ガラッ

 

「黒子様!!」

 

 突然の闖入者によって、現実へと引き戻された。

 

「……何だい?」

 

「つい先ほど剣先の一派が難癖を吹っ掛けてきたんです! こっちも売り言葉に買い言葉で…。このままだと乱闘に発展しかねません! 至急来ていただけませんか?」

 

「……分かった。すぐ向かう」

 

 結局、彼女に昼寝の時間は与えられなかった。

 

 

 

 

 

     ♢

 

 

 

 

 

 そして時刻は17時。旧体育館の真ん中で二人の男女が睨み合う。

 男――狼牙(ろうが)の方は動きやすいジャージを着ている。しかしジャージの膝や肘の部分が擦り切れている。昨日は相当に稽古をしたことが見て取れた。彼は靴と靴下を脱ぎ、裸足で体育館の床を踏みしめている。

 

 女――黒子の方はいつもと変わらない全身真っ黒の制服姿。しかし、肩の部分が普段の制服よりゆったりとしており、さらに黒タイツを脱いでいる。彼女も狼牙と同じく、裸足で決闘に臨んでいた。

 

 

 

 真ん中で見合う二人を複数人が外野から見つめている。

 黒葛原に与する者が数名。二人が決闘をする情報を掴んでいた耳聡い生徒が数名。この決闘の立会人に呼ばれた“平等院”の人間が一人、残りは柄鎖と雷夢だった。

 

「……どうして雷夢様がここに?」

 

「決闘を見に来た」

 

「いえ、その理由をお聞きしたかったのですが…。人の戦いを見るぐらいなら稽古をしている方がましだと以前おっしゃっていませんでしたか?」

 

「そうだ。……じゃあ、どうして私はここにいる?」

 

「いえ、それを先ほどから私が聞いているのですが…」

 

 二人が意味不明な会話を繰り広げていると、その後ろから忍び寄る影が。完全に気配を消し、二人の死角から近寄るのはフシみん。彼女は雷夢に狙いを定めて、その背中に思い切り飛びついた。

 

 しかし、雷夢は軽く身を捻ってその体当たりを躱した。勢いの受け止め先を失ったフシみんはそのまま床へと倒れ込む。

 

「むー……どうして分かったのです? 完全な忍び寄り方だと思ったのですが。もしかして後ろにも目があるのです?」

 

「無い」

 

「だったらどうして気づいたのです?」

 

「お前は視界の中でゆっくり近づいてくる人間に気づかないのか?」

 

「……ちょっと会話が成り立たないのです。柄鎖ちゃん、翻訳頼めるのです?」

 

「雷夢様とはある程度付き合いがありますが、流石の私も今のやり取りの意味は分かりませんわ。

 ……そろそろ始まりますわよ」

 

 柄鎖が目線を体育館の真ん中に戻すと、狼牙と黒子の間に進み出る男性が見える。その男性は体育館には似合わないスーツ姿で丁寧にお辞儀を行う。

 

「私、決闘の立会人を任されました、“平等院(びょうどういん) 平良(たいら)”と申します。若輩者ですが、平等院としての責務は必ずや果たさせていただきますのでご安心を。

 今回の決闘、狼森狼牙様が賭けるのは“所有する奥義の技術を黒葛原に明け渡すこと、加えてこの決闘中に学んだ黒葛原家の奥義を今後一生、使用・漏洩しないこと”。

 黒葛原黒子様が賭けるのは“狼森狼牙様の異臓厚壁症を手術にて治すこと”。

 相違ありませんか?」

 

「ない」「相違ないよ」

 

「決闘における敗北の条件は“「降参」と言うこと”、“気絶すること”、“決闘中、誰かの手を借りること”。

 この三点で相違ありませんか?」

 

「ない」「相違ないよ」

 

「それでは…」

 

 立会人は手から光の球を生み出し、二人の間に滞空させる。

 

「両者、この光の球にお触れください」

 

 狼牙と黒子はその言葉に従い、光に触れた。

 

「最後の誓約の前に今一度確認を。平等院一族の血に受け継がれる素能(エレメント)自縄自縛(セルフバインド)”は、口にした誓約を期間内……今回の場合は3ヶ月以内に達成するか、誓約した相手と同意の上で誓約を破棄しない限り、誓約者を死に至らしめる能力です。

 自らの発言をトリガーとして発動するため、誓約を誤魔化すことは自分を誤魔化すことと同義。それは何人たりとも不可能。記憶喪失にでもならない限り、誓約を誤魔化すことは出来ません。

 本当によろしいでしょうか?」

 

「くどい」「問題無いよ」

 

「それでは誓いの言葉を。“誓約(アセント)”」

 

「「誓約(アセント)」」

 

 その瞬間、光の球は弾け、二人の体内へと吸い込まれていった。

 

「これにて終了です。お二人がよろしければ、僭越ながら開始の合図も担当させていただきますが」

 

「頼む」「頼んだよ」

 

「神聖なる決闘の合図を任せていただく…。過大な使命をいただき、大変恐縮です」

 

 綺麗に直立していた立会人が、腕を構える。それと同時に狼牙と黒子も構える。

 狼牙は半身に。黒子は膝を緩く折り、何かを握る直前かのように指を曲げている。

 

 

 

「――決闘(デュエル)開始ィーーーッッ!!!」

 

 立会人が腕を天に掲げ、開始の宣言を行う。

 瞬間、狼牙は傍に置いていた自分の靴を足の指で掴み、黒子の方へと投げ飛ばした。

 

 常人では捉える事すら難しい速度で飛んでいく靴。それが黒子の制空圏を犯したその時、靴は真っ二つに切断される。

 

「……おそらく柄鎖から聞いているんだろうね。隠す意味も無いから早々に“抜刀”させて貰うよ」

 

 いつの間にか黒子の手には漆黒の日本刀が握られていた。

 

 

 

   ♢

 

 

 

「刀……なのです? いったいどこから?」

 

 何の前触れもなく現れた武器に、フシみんが首を傾げていると柄鎖が解説する。

 

「黒葛原の血に受け継がれる素能(エレメント)、“正夢(マニフェス)”。

 思い描いた形を具現化することができる、まさに夢幻(ゆめまぼろし)を現実のものとする力。…とはいえ複雑な機構は具現化出来ないようですが」

 

「あの刀、異能者の体も切れるのです?」

 

「えぇ、それはもうスパリと」

 

「だとすると、狼牙君はかなり厳しいのです。ただでさえ武器の分リーチで負けているのに、防御する事も許されない…」

 

「それはどうでしょうか? 確かにリーチでは負けていますが、防御は可能ですわ」

 

 

 

 

 

     ♢

 

 

 

 

 

 虚空から抜刀した黒子はリーチの長さを活かして一方的に狼牙へと攻撃していた。

 

 狼牙は大きく距離を取って、刀から逃れる。何度も剣筋を見る内に彼の目が慣れていく。速さ、深さを測り終えた狼牙は回避行動を小さくし始めた。

 数にして34撃目。黒子の踏み込みに合わせて狼牙も踏み込む。しかし、拳と刀、先に届くのは刀であった。

 

 喉元へと迫る凶器に対して腕で防御する狼牙。傍から見れば無謀。万人の予想通り、彼の腕はジャージと皮膚を裂かれ、肉を切られ、骨を断たれる……はずだった。

 

 ギャリンッ!

 

 金剛不壊(こんごうふえ)で硬化した腕は、金属質な音を立てて凶刃を防ぐ。同時に狼牙は剣の力強さに押され、弾き飛ばされる。

 

(クソッ…! 何て力だ…!)

 

 金剛不壊で刀を防ぎ、その隙に手が届く範囲まで踏み込む。それが狼牙の第一プランだった。しかし、彼の想像を上回る黒子の剣撃によって、そのプランは阻まれてしまう。

 

 …だったら次だ。

 

 狼牙は今立っている体育館の床を思い切り踏みしめた。

 

 

 

 

 

      ♢

 

 

 

 

 

「黒子様の剣が防がれた!?」

「金剛不壊!? あれは上戸鎖の奥義じゃ!? あんな野良犬がどうして!?」

「これは不味いのでは? 黒子様の素能と金剛不壊は相性が悪すぎる…!」

 

 野次馬の一角、黒葛原の一派がやいのやいのと騒ぐ。一方でフシみんたちは冷静に事態を分析していた。

 

「確かに防御はできていますけど…あれじゃジリ貧なのです」

 

「この距離でそれが分かりますか」

 

「音を聞けば何となく。あんな“メッキ”じゃ黒子ちゃんの刀は受けきれないのです」

 

 

 

 

 

 

     ♢

 

 

 

 

 狼牙は相も変わらず防戦一方。避けるだけでなく、金剛不壊による防御も合わせて、何とか凌いでいる……ように見えた。

 

 その実、狼牙は黒子を誘い込んでいる。気づかれないよう、できるだけ自然に。

 先ほど彼が強く踏みしめた床。壊れる寸前まで力をかけられた木板は後少しの衝撃で抜けてしまうだろう。

 

 その甲斐あってか、狙い通りの所まで黒子の誘導に成功する。狼牙は直前の黒子の一撃をワザと防ぎ損ね、大きくバランスを崩した。

 黒子からすれば絶好のチャンス。渾身の一撃を叩き込む垂涎の機会。

 

 ――しかし、黒子はそれをあっさりとフイにした。

 

 彼女は刀を逆手に持ち替え、床に突き刺す。そこは狼牙が事前に踏みしめておいた床板。当然、床板は音を立てて抜ける。

 

「随分と回りくどい事をするねぇ。小細工を弄さなければ勝てないと思ったのかい?」

 

「……フン。そっちの方が速く片付くと思っただけだ。

 お前こそさっさと降参した方が良いんじゃないか? お前の刀は俺に傷をつけられないようだしな」

 

「それはどうだろう。君が一番良く分かっているんじゃないかな?

 …ま、ギャラリーにも分かるようにしてあげようか」

 

 黒子は先ほど開けた床の穴を避けながら、上段の一撃を繰り出す。それを腕で防ぐ狼牙。金属質な音が響いた瞬間、黒子は手首を返して狼牙のジャージを撫で斬りに。

 

 袖を切られ、露わになった狼牙の腕には、生々しい痣がいくつも広がっていた。

 

 

 

 

 

       ♢

 

 

 

 

 

「見て! あの痣!!」

「全然防げてない! これなら押し切れる!」

「やせ我慢してるだけよ、あの野良犬は!」

 

 黒葛原の一派がやいのやいのと騒ぐ一方で、柄鎖たちはやはり冷静に事態を分析していた。

 

「本来、金剛不壊は難しい異能(キュリア)のコントロールが必要とされる技。狼牙様は奥義をコピーできるとはいえ、その練度は低い。そのため実戦で咄嗟に金剛不壊を発動するとなると、皮膚表面しか硬化できない。

 そんな状態で刀を受ければ、皮膚が切られるのは防げますが、体内へのダメージは無視できない」

 

「本家の柄鎖ちゃんはどうなのです?」

 

「私は攻撃を受けた瞬間、反射的に全身を硬化いたします。それこそ皮膚表面から毛細血管の一本まで。一定値以下の衝撃は、ほぼ無効化できますわ」

 

「それはまた……すごい足切り性能なのです。黒子ちゃん 対 柄鎖ちゃんって詰んでる組み合わせだったりするのです?」

 

「えぇ。前に戦った時は私が一度剣撃を受けただけで降参されてしまいました。黒子様も私にダメージを通せないと悟ったのでしょう」

 

「なるほどなるほど…。

 それはともかく、狼牙君はこの状況をどうするのです? 打つ手なしって感じですけど」

 

「打つ手なし……そう見えるのが良いんじゃありませんか。もとよりまともに戦っても勝てる見込みは薄かった。

 勝機は一瞬。今の不利でその時の油断が買えれば儲けものです」

 

 その時だった。体育館に血が舞う。

 床を汚す赤い雫は、ぱっくりと割れた狼牙の額から滴り落ちていた。

 

「ついに一撃入ったわ!」

「野良犬でも血は赤いのね!」

 

 盛り上がる黒葛原陣営とは裏腹に、柄鎖の内心は動揺に満ちていた。

 

(……油断を誘うにしても、やりすぎでは? 額から血が流れれば目に入る可能性もある…)

 

 不幸中の幸いと言うべきか、極度の興奮状態にある狼牙はアドレナリンの恩恵を受けており、出血はすぐに止まっていた。

 

(それに、狼牙様の表情も少々変。何というべきか……真に迫りすぎているような…)

 

 今の狼牙は気遅れした表情だった。黒子を油断させるための演技ではなく、まるで本当に打つ手が無いかの様に。

 

(貴方にはまだ切り札があるでしょう。昨日、私と考えた最終手段が…。

 いえ、一つだけ不安要素が。黒葛原の奥義、これだけは私も存じていない情報…)

 

 柄鎖が考え込んでいる間に、いつの間にか保険医が体育館に到着していた。

 

「まさかこんなことになってるとは。ツルギの奴も連絡をよこせば良いのに」

 

「保険医様、一体どうしてここに?」

 

「雷夢君に呼ばれたんだ。緊急を要する治療が必要になるかもしれないからって」

 

 どうやら保険医を連れて来たらしい雷夢は、泰然自若といった様子で決闘を眺めている。

 

(緊急を要する治療。つまり出血を伴う刀傷……異能者は輸血が難しいために…)

 

 柄鎖の嫌な予感は全く拭えない。

 

 

 

 

 

      ♢

 

 

 

 

 

 額を切られてから数合。狼牙は体育館の壁に追い詰められていた。すでに腕は痣だらけで、小さく痙攣している。ダメージは限界の様だ。

 

 その様子を見る黒子は、いつも通りのアルカイックスマイルを浮べている。

 

「これは善意からの忠告だよ。君はもう降参した方が良い。私の獲物は刀だ。手加減がしにくくてね。――弾みで殺してしまう事もある」

 

「……ッ」

 

 狼牙は苦渋の表情を浮かべている。しかし、降参とは言わなかった。

 

「最後に足搔こうとしているようだが、止めておいた方が良い。君も感づいているだろう? 私に筒抜けなこと」

 

「……」

 

「君はバカじゃない。私が即席の落とし穴に気づいた事と、先ほどフェイントを織り交ぜた攻防で君の額に傷をつけた事。その二つを“決闘の始めから私が使用していた奥義”と結び付けるのは容易い。

 そうであれば、我が黒葛原の奥義にも見当がついているはずだ。だからこそ君は絶望しかけている。違うかい?」

 

「……」

 

「…言ってあげようか。――“上”だろう?」

 

 黒子がそう呟くや否や、狼牙は目に見えて体を揺らした。

 

「…っ、はぁっ…はぁっ…はぁっ…」

 

 次第に息が荒れていく。しかし、一際大きく息を吸い込み、覚悟を決めた。

 

 狼牙は壁の木板を引っぺがし、黒子の方へと放り投げる。彼女はそれを刀で払った。

 その隙に狼牙は一気に飛び上がった。壁の近くにだけある体育館の2階の床を蹴り壊しながら、今度は急降下。

 頭上。それは人体における完全なる死角。加えて迎撃の難しい位置。完全に有利な位置から踵落としを繰り出す狼牙。

 

「――弧月閃(こげつせん)

 

 黒子の呟きと同時に二人が重なる。

 

 

 

 果たして、狼牙の踵は床へとめり込み、黒子の刀はどす黒い静脈血で濡れていた。

 

「頭上へと対処する技だ、さっき考えた。来るのが分かっていれば対応は容易いさ」

 

 黒子は刀に付いた血と油を振り払う。

 一方で狼牙は、再び体育館の壁を背にしていた。胸の刀傷から大量の血を流しながら。

 

 

 

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