「
「口上ね、合わせてやるよ。
狼牙が決闘の口上を言い終えた瞬間、狼牙の目の前には柄鎖が。彼はステップの途中で足が完全に大地から離れてしまっている。
「っ…!!」
柄鎖の掌底。狼牙は咄嗟にガードするも、宙に浮いたままでは踏ん張れる術もなく、思い切り吹き飛ばされる。彼は何とか空中で体勢を立て直し、校舎の壁で受け身を取った。そのまま壁を蹴り、元の位置に戻る。
「
異能者は一般人と比べものにならない程高速で動ける。一般人同士の戦いでは隙にならないような僅かな対空時間も、命取りとなり得るのだ。
忠告をした柄鎖は地に足をべったりと付ける不動の構え。武道に心得の無い者でも隙の無さが窺える
「ボクシングの試合を見て俺に合ってそうだとステップを取り入れたが、実践じゃ通用しねぇか。……親父が生きてりゃこんな無様を晒す前に注意してくれたんだろうな」
少しだけ苦しそうな表情を見せた狼牙。柄鎖の忠告を素直に聞き入れ、彼も地に足を付けた。
「俺は実戦経験がほぼ皆無でな。この試合で色々と学ばせてもらうぜ」
「私も貴方から何かを学べれば幸いです。もっとも、学ぶに値するモノを持っているかが一番の問題ですが。さ、存分に拝見させてくださいませ」
柄鎖は構えから流れるように手を突き出した。そして手招きをして“来い”と挑発する。
「言われずとも」
今度は狼牙が一気に距離を詰める。縦拳、フック、ローキック、ストレート、手刀、膝蹴り。
とはいえ、彼女の防御には余裕が無い。ギリギリで凌いでいる状態だ。事実、あわやという場面も多々見られる。
しかし、決め手に欠けるのか数十合のやり取りの後、狼牙の方から距離を取った。
「ふぅ…っ」
「スー…フー…」
お互いに息を整え、仕切り直し。先に動いたのは狼牙だった。先ほどより前傾姿勢になり、攻めっ気を見せる。
「――なるほど、大体わかった」
狼牙の意味深な発言。その意図を読み切れず、柄鎖は僅かに眉をひそめる。
直後、狼牙の突進。縦拳、フック、ローキック――ここまでは先ほどと同じ。柄鎖も同様に対応する。
しかし、ここからが違った。
「お前の…隙っ!!」
狼牙が腰を落とし、体と腕を捻り、正拳突きの構えに。その構えはまるで引き絞られた
正拳突きへの移行自体は異能者からすればかなり遅い動作だった。しかし、柄鎖にとっては一度体験した流れからの急な転調だったため反応が遅れる。加えて、柄鎖にはローを攻められた後、僅かに胴体への注意が疎かになる癖があった。
「…っ!」
柄鎖が一瞬驚いた後、ボディを守る。しかし、そんな間に合わせの防御で防げるほど狼牙の正拳は安くない。数百万回と繰り返された一撃は彼女に少なくないダメージを残す……はずだった。
ガイン!
「ぐ…っ!?」
狼牙の拳と柄鎖の腹がぶつかった瞬間、金属質な音が響いた。想定外の痛みに、狼牙は手を抑えている。
「――っゲホ、ゲホ…っ」
正拳を叩き込まれた柄鎖もお腹を抑えながらむせていた。しかし、ダメージはそれほどではなさそうだ。
「――まさか数合のやり取りで私の“癖”まで読み取るとは。素直に脱帽ものです。しかしこの学園、体術だけではまかり通りません」
「いったい何が…?」
「
「なるほど…。これが噂の“奥義”」
体を循環する事で身体能力を向上させる非科学的エネルギー“
その強力さは、奥義を使える異能者と使えない異能者では大きな差が生まれてしまう程。故に、開発された奥義は一族での秘伝とされ、外部に漏れないように扱う事がほとんど。企業と特許の関係を想像するのが一番分かりやすいだろうか。
二人の間には再び間合いが広がっている。柄鎖はゆっくりと、しかし隙のない動きで構えを取った。
「私の金剛不壊を破らぬ限り、貴方に勝ち目はありません。しかし、どうやら先ほどの攻撃が素の貴方の最高火力のご様子。
――“
“
素能には様々な能力があり、人にとっては切り札となり得る。しかし、身体能力を強化する
そのため、素能はここぞという場面でだけ使うのが理想だ。
「……チッ、こんな大勢の前で見せたくは無かったが…」
狼牙は靴と靴下を一瞬で脱ぎ、素足で大地を踏みしめる。体勢は低く、腕を前に垂らして脱力。
彼の構えが変わり、柄鎖が警戒を強める。普通であれば警戒した彼女の制空権に突っ込むのは危険な行為だ。しかし、狼牙は構わず突っ込む。地面スレスレの超低空ダッシュ。
「な…っ!」
人の身ではまず不可能な体勢での突進に柄鎖が目を剥いたのも束の間、次の瞬間には狼牙の掌底が彼女の脇腹に突き刺さっていた。
ガイン!
相変わらずの金属音が鳴るが、狼牙は気にせず腕を伸ばし切った。柄鎖の体が一瞬浮いた後、地面に靴を擦りながらスライド移動する。
会心の一撃を入れた狼牙はすかさず追撃に行く。二撃目もヒット。だが、柄鎖も負けじと手を出していた。相打ち気味にお互い弾かれ、仕切り直しの距離に。
「――ゴ、ブッ…ゴボッ、ゲホ…ッ!」
柄鎖は構えを崩さないまま、血反吐を吐いた。辺りに濃厚な鉄の臭いが広がる。
内臓損傷。相当なダメージを受けたはずだが、彼女はあくまで冷静だった。
「――超低姿勢でのダッシュ、さっきとは比べ物にならない速度、金剛不壊を破るパワー、そしてダッシュ中、膝が普通とは“逆に”曲がった事。すべてを合わせて考えると……狼牙様の“素能”は動物の力を宿す身体能力向上系でしょうか」
図星。たったの一合で自分の素能をほとんど見破られ、狼牙は顔を歪めた。
狼牙の素能、“
「追撃が甘くなければ、貴方が勝っていたやも」
「…へっ、口から血ィ吐きながら何強がってんだか」
柄鎖の洞察力と冷静さに少しだけ気圧された狼牙だが、客観的に考えれば彼の圧倒的有利。柄鎖は狼牙のスピードに反応できなかった上に、彼のパワーは金剛不壊を貫く。
ネックなのは未だ判明していない柄鎖の素能ぐらいか。
(なら、素能を使わせる暇も無く速攻で!)
狼牙は伏せの状態で四肢に力を込める。四つん這いからの突進。彼の素能、“
全身の骨格構造が音を立てて変化する。二足歩行から四足歩行に適した体へと一瞬で変化を遂げた後、前足と後ろ足で地面を蹴った。
狼牙は地を這う姿勢で柄鎖の前まで近づき、足払いを繰り出す――が、その攻撃は空を切った。
払おうと狙っていた柄鎖の足が空に。その足は迷わず狼牙を踏みつけに来る。
「ガッ…!」
柄鎖の足が狼牙の腹へと的確にめり込んだ。すかさずマウントを取りに来た彼女に対して、彼は痛む体を何とか動かして対抗する。しかし、寝技・関節技の間合いでの戦闘経験が彼には一切なかった。
数秒も経たず、狼牙の喉に柄鎖の腕がねじ込まれる。彼の気道は完全にロックされ、酸素の補給がままならない。
「超低姿勢での突進。まさか同じ技が二度通じるとお思いで? …降参なさい。パワーに優れているようですが、裸締めから逃れられるほどではないでしょう」
降参。狼牙にとってはありえない選択肢だ。そんなことを考えるどころか、今の彼は柄鎖の手加減に対して怒り心頭だった。
(気道じゃなく動脈を絞めれば即座に俺を気絶させられるものを。この状況を詰みと勘違いしているのなら、誤解の代償をキッチリ払って貰おうか…!)
狼牙は素能を全開で発動した。出力を上げすぎると消耗が激しいため、今まで本気を出していなかったが……なりふり構っていられなくなったのだろう。
狼牙は渾身の力で柄鎖の腕を
「……っ!」
金剛不壊で硬化しているはずの柄鎖の腕。しかし、そんなことおかまいなしに狼牙の指は彼女の腕を破壊していく。血管を潰し、肉を千切る感触が彼の指に伝わって来た瞬間、ついに柄鎖の腕が解かれた。
狼牙は自由になった気道から酸素を確保しつつ、抓みから握りへとグリップを変える。そのまま柄鎖の腕を引き、よろける彼女に素能の出力全開のまま一撃を繰り出した。
(これで……勝ちだ!!)
狼牙のパワープレイは不格好だが成功した。彼の拳が柄鎖の腹に吸いこまれていく。彼の全力を込めたリバーブロー。柄鎖の肝臓を再起不能に陥れるであろう殺人拳。
ガイン!
――果たしてそれは、金属質な音に阻まれた。
「……は?」
(金剛不壊? いや、そんなチャチな防御突きやぶって……)
困惑する狼牙。彼は脚を引っ掛けられてすっ転ぶ。直後、視界いっぱいに柄鎖の拳が。
彼の記憶はそこで途絶えた。
♢
狼牙の顔面へと綺麗に振り下ろされた拳をゆっくりと浮かせる柄鎖。鼻血が粘着質な音を立てて糸を引いた。
「私の素能、“
柄鎖が狼牙に説明する。とはいえ、その受け取り手はピクリとも動いていないが。狼牙の姿を見て、野次馬が歓声を上げた。
「だっせぇ!! 大口叩いて負けやがった!!」
「流石御三家の一角。ぽっと出の転校生には負けないか」
「けど、良い勝負だったんじゃねぇか? 編入生にも有効打あったし」
「それよりあのパワー! 私の結界ぶっ壊したんだよ、アイツ!!?」
「とはいえ、今じゃ地面のシミだ。大口叩いた報いだぜ」
「挽かれたカエルみてぇだな!」
「言えてる!」
狼牙の意外な実力に驚く者3割、イキったにも関わらず負けた狼牙をバカにする声7割。勝敗がついた途端、口々に感想を言いながら中庭から人が掃けていく。ついには柄鎖と狼牙だけが取り残された。
「…………」
柄鎖は狼牙の顔を殴った手を見つめる。
「僅かに固い感触。不完全でしたが……金剛不壊? まさか、戦いの中で模倣をしたとでも…?」
そう呟いた後、柄鎖は狼牙を抱き上げる。
「面白いお人。残り短い人生の退屈しのぎにはなりそうですわ。…ゲホ…ッ」
柄鎖は意味深な言葉を発した後、血を吐く。
「…私のダメージも洒落になっていませんわね。腕の一部を千切られかけもしましたし。一緒に治療を受けるとしましょう」
そうは言うものの、保健室へと向かう彼女の足取りはしっかりとしたものだった。
♢
(……ガ、……ロ…ガ、……狼牙ッ!)
懐かしい声だ。
(立てッ、狼牙! 稽古はまだ終わってないぞッ!)
ずっと聞いていたい。
(お前は最強の異能者になるんだ! この程度で音を上げている場合かッ!!)
あぁ、そうだ。俺は強くなって…強くなって…
「お、や…じ…」
「はーい、私は親父じゃなーい。ついでに男でもない」
うわ言を呟く狼牙が、知らない人の声に反応して目を覚ます。
「っぐ…!」
「無理しなさんな。顔にデカいの貰ったんだ。急に体を起こすとフラつくよ」
狼牙の身を心配する人物は白衣を着た女性。異能学校の保険医だ。そしてここは保健室。
とはいえ、狼牙は自分が置かれている状況を把握しきれておらず、困惑している。
「…そうだ! 決闘!」
「そ、決闘。君は負けてここに担ぎ込まれたってわけ」
保険医が狼牙の方に触れた。
「ほいっと」
気の抜けた掛け声の後、狼牙の全身の痛みや倦怠感が無くなる。
「とりあえず私の素能で治しといたから。…おっと、目を覚ます前に治しとけ、ってクレームは受け付けないよ。治癒には私の異能だけでなく患者のエネルギーも大量に使う。すぐに補給が出来る状態じゃないと危ないのさ。点滴の針が異能者に刺さりゃあねぇ…」
そう言いながら保険医はベッドに付属のテーブルをセットし、その上に大量の料理が乗ったお盆を乗せる。
「食っときなさい。今の君に必要なエネルギーはそいつで賄える」
そう言い残して保険医は部屋を出て行ってしまった。取り残された狼牙は箸を手に取る。
目の前の料理、まずはご飯を口にかき込んだ。碌に噛まずに飲み込み、次は魚。中骨も取り除かず、頭から丸かじりする。
「……ずずっ…ぐすっ…」
一尾丸ごと、鼻汁と一緒に飲み込んだ。続いてサラダ。葉物が箸で上手くつかめなかったため、手づかみで口の中に運ぶ。
「……えふっ“……ぐず……っ”」
ジャクジャクという小気味よい咀嚼音で嗚咽を誤魔化しながら、食事を進める。今度は手羽先。骨ごとかみ砕く。
「……くそっ……くそっ“! ぐぞ……っ”!!」
涙が肉に塩気を与えて丁度良い塩梅。ガリゴリと骨髄まで食らいつくした後は、汁物を一気に流し込む。
「…………おえっ“! げほっ”、げほ“……っ”!」
流し込む最中、しゃっくりを起こしてむせた。今まで胃に収めていた物が少しリバースする。器に戻した胃液混じりの残飯を再び胃に押し戻した。
(――次は負けるものか)
無様に負けた彼は強く誓う。親父との約束を果たすために。そして過去の自分を乗り越えるために。