現代異能の災禍希望(パンドラボックス)   作:RKC

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20話 じがほうかい

 黒子(くろこ)が無慈悲な宣告を受けているその頃。保健室では狼牙(ろうが)が目を覚ましていた。

 

「あ、目ぇ覚ましたのです」

 

 狼牙の目の前にはグルグルお目目。

 

「……フシみん…? 決闘…決闘は…?」

 

「狼牙君の勝ちだったのですよ。まだ記憶が曖昧なのです?」

 

 狼牙は額に手を当てて記憶を掘り起こそうとする。

 

「……思い出せない」

 

 狼牙は自分の肩口から腹にかけて――黒子に切断された箇所を手でなぞる。

 

「勝った、のか…?」

 

「えぇ、狼牙様の勝利でしたわ」

 

 仕切りのカーテンを開いて現れたのは柄鎖(つかさ)。その手には大量の料理を載せたお盆を持っていた。

 

「俺はどうやって勝った?」

 

「少しゴタゴタしたので決着の瞬間は見逃してしまいました。申しわけありません。

 しかし、ギリギリの状態からの逆転勝利であった事は間違いありませんわ」

 

「…そうか」

 

 問答をしている間に柄鎖はお盆を脇のテーブルに置く。狼牙がベッドに付属しているテーブルをセットしたにもかかわらず。

 

「おい、こっちに置いて…」

 

 文句を言いかける狼牙。しかし、柄鎖に抱擁されたことに驚いて、言葉を失ってしまった。

 

「……いきなり何だよ」

 

「いいから黙って抱かれてくださいませ。お望みとあらば頭も撫でて差し上げますから」

 

「それは止めろ」

 

 十数秒、たっぷりと抱かれた狼牙は、ようやく解放して貰えた。しかし、直後にフシみんが喉元に手を当ててくる。

 

「……お前まで何だよ」

 

「いえ、なんとなく。…どくん、どくん、って。ちゃんと生きてるのです」

 

「死んでたらこうして喋ってないだろ」

 

 フシみんは数秒ほど。狼牙の鼓動を確認した後、あっさりと手を引く。そこに丁度保険医もやってきた。

 

「保健室は不純異性交遊する場所じゃないんだけどね」

 

「不純異性交遊? 別にSEXなんかしてないぞ」

 

「……周り女性だらけで、良く口にできるねそのワード」

 

 呆れた顔をしているのは保険医と柄鎖。フシみんは意味が分からないらしく、頭に疑問符を浮かべている。

 

「まぁ、とにかくだ。早く栄養補給をした方が良い。刀傷だったから目覚める前にほとんど治させてもらった。そのせいで栄養失調気味のはずだ」

 

「言われてみれば、かなり怠い…」

 

 手を握ったり開いたりして体調を確かめる狼牙。柄鎖は彼の前の簡易テーブルに料理の乗ったお盆を置いた。

 狼牙はそれに手を付けながら、合間に保険医に言葉をかける。

 

「先生、今回の件は本当に世話になった。ありがとう」

 

「よしてくれ。確かにキッカケを作りはしたが、最終的に頑張ったのは君だ。おめでとう、これは祝いの品さ」

 

 そう言って保険医がベッドの横に置いたのは、傘だった。

 

「…傘?」

 

「今、外は土砂降りだよ。傘、持ってきてないんだろう?」

 

「それはそうだが…どうして知っている?」

 

「先に帰った雷夢君が教えてくれた。曰く、“傘立てに一つも傘が無かったから持ってきてないだろう”との事らしい。

 実はこの傘も彼女が持ってきた物さ。ほら、柄鎖君にも」

 

「……あれ? 私には無いのです?」

 

「……無いねぇ」

 

「まぁ、折り畳み傘持ってるので大丈夫ですけど」

 

 フシみんがカバンから折り畳み傘を引きずり出している間、柄鎖は何か引っかかりを感じていた。

 

 普通、傘立てには置き傘なども含めていくつか傘が残るのが普通だ。にもかかわらず、一つも傘が無いという。

 しかも一つも無いということは、上戸鎖の刻印が入った柄鎖の傘が盗まれたということになる。そんな御三家の傘と知りながらバカをやらかす人間がいるというのも妙だった。

 

「…ま、ともかく私はここらで帰らせていただきますわ。修練場の方に用がありますので。今日はゆっくりお休みください」

 

「狼牙君の目も覚めましたし、私も好きにするのです。また明日」

 

「あぁ、また明日」

 

 柄鎖とフシみんが保健室を後にする。残った狼牙はゆっくりと食事を食べ進めた。

 

 

 

 

 

       ♢

 

 

 

 

 

 栄養を補給してすぐ、驚異的な速度で体力を回復した狼牙は寮の部屋に戻ろうとしていた。

 

「本当に泊まっていかなくて良いのかい?」

 

「あぁ、もう回復した。そっちの方こそ大丈夫なのか? もう日付を跨ぐのに保健室にいて」

 

「家のペラペラ布団より、ここのベッドの方が寝心地が良いものでね」

 

「……もう少し給料を上げて貰ったらどうだ?」

 

「冗談だよ、冗談。さ、子供は早く帰んなさい」

 

 誤魔化すような口ぶりで狼牙を保健室から追い出す保険医。狼牙もそれ以上は追及せず、素直に退室する。

 しかし、追い出した当の本人も一緒に保健室から外に出ていた。

 

「こんな夜中に外出か?」

 

「あぁ、そうだ。一ついいかい?」

 

「なんだよ。最後に何かあるのか?」

 

「クロ…いや、黒子(くろこ)君を知らないかい? 呼び出されて留守にしている間に帰ってしまったようなんだが」

 

「寝てた俺に聞くな。柄鎖かフシみんの方がよく知ってるはずだ」

 

「……それもそうだ。いけないねぇ、二徹で頭が回ってなくて」

 

「ちゃんと夜は寝ろよ。夜更かしは体に悪いぞ」

 

「医者がその言葉を一般人に言われたらおしまいだね」

 

 疲れた顔ではにかむ保険医に呆れながら、狼牙は保健室を後にした。

 

 

 

 

 

    ♢

 

 

 

 

 

 降りしきる雨の中、透明なビニール傘が移動する。その庇護下には狼牙がいた。

 彼はゆっくりと積乱雲の下を歩く。その間、考える事は今日の決闘の事だった。

 

(重傷を負ってからの記憶が無い。どうやって勝ったのかも…。死にかけた俺は、いったいどうした?

 俺は変われたのか? あの時の弱い俺から…)

 

 そんな事を考えながら歩く彼は、いつの間にか校門をくぐっていた。

 校門周りでは街灯が僅かに辺りを照らしている。そんな中、黒い塊がほんの少しだけ光を反射していた。

 

「黒子…か?」

 

 それを見た狼牙は思わず足を止める。

 

「なんでこんな所で膝ついてんだ。風邪ひくぞ」

 

 ついさっき決闘をしたばかりだったが、大雨に降られる姿を見て心配の言葉をかける狼牙。しかし、黒子は俯いたままブツブツと呟く。狼牙の耳の良さでなければ聞き逃すほどの音量で。

 

「……私の心の弱さが君との不必要な決闘を招いた」

 

「? 何を…」

 

「そして君に負け、奥義を手に入れる機会を失った。自分のミスの後始末すら出来ない無能は……。

 家の危機に駆けつける事すらせず、ここで膝を付いているような無能は……。

 私を疎ましく思っていた相手を無二の親友と思いこんでいた、人の心も分からない無能は……」

 

 黒子は振り返る。その表情はいつものアルカイックスマイル。しかし、瞳からは堰を切ったように涙があふれていた。

 

「――いったいどうすれば良いと思う……?」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 いつも微笑を浮かべ、余裕で強気の態度を浮かべていた黒子が今は見る影もない。

 

「……っ…」

 

 狼牙はその姿から思わず目を逸らしてしまう。

 

(……どうしてこいつに嫌悪感を抱いていたのか分かった。同族嫌悪、柄鎖の言った通りだ。

 弱い自分を隠すため、強気に振舞って…。どこかで折れてしまえば俺もこんな風に…)

 

 今の黒子に対して自分の最悪の姿が重ねた狼牙は、逃げるように彼女の横を通り抜ける。

 

 しかし、数歩走り、そこで足を止めた。

 

(……だからこそ、目を逸らしたらいけない。そんな気がする)

 

 狼牙は恐る恐る振り返り、黒子の前まで歩み寄る。

 狼牙の傘の下に入った黒子。雨に晒されなくなったため、瞳から溢れる涙の量が良くわかる。眼球が萎んでしまうのではないかという程。

 

「ねぇ…私、どうすれば良いのかなぁ……?」

 

「……とりあえず、寮に戻れ。そのままだと風邪ひくぞ」

 

「うん、分かった…」

 

 黒子は立ち上がり、狼牙の言葉に従って寮の方向へと歩き始める。しかし、その足取りは不安定で、いつ倒れてしまってもおかしくない。

 

「真っすぐ歩け」

 

 狼牙は黒子に肩を貸す。

 

「ご、ごめんなさい……ごめんなさい……真っすぐ、真っすぐ…歩くから……」

 

 黒子は親に縋るほかない子供のように弱弱しかった。

 

 

 

 

       ♢

 

 

 

 

 引きずるようにして黒子を彼女の部屋まで運んだ狼牙。これで役目は終わりだと、その場を去ろうとする。

 しかし、黒子が扉の前で立ち尽くしているのを見て、足を止める。

 

「何やってんだよ。早く中入ってシャワー浴びろ。本当に風邪ひくぞ」

 

 言葉自体は荒々しいものの、狼牙は気遣うような口調で語りかけた。にもかかわらず、黒子は身をすくませる。

 

「え、あ、と、扉、開けて、良いんだっけ…?」

 

「…? 当たり前だろ」

 

「そ、そそそ、そうっ、だよね……。当たり前、だよね……!」

 

 黒子はドアノブに手を掛けて扉を開けようとする。しかし、鍵がかかったままの扉は当然開かない。

 

「あ、あれ……? な、何で……? ま、待って…す、すぐ…すぐ開けるから……」

 

 一向に開かない扉に対して無用に焦り、ドアノブを捻る力はどんどん強くなる。

 

「お、おい! 無理やり開けたら警報鳴るぞ! 鍵持ってないのか!?」

 

「あ、鍵…鍵、そっか、鍵……! 鍵は………、ど、どこに…!」

 

 鍵を探して自分の体をまさぐる黒子。しかし、鍵はカバンのほうにある。いくらまさぐっても見つかるはずもない。

 

「か、鍵……! 鍵、鍵、カギ、かぎっ……!」

 

「カバンの方じゃないのか?」

 

 狼牙が黒子のカバンを軽く漁ると、鍵はすぐに見つかった。

 

「ほら」

 

「あ、あぁ……ごめん、ごめんなさい……! す、すぐ、開けるから……!」

 

 鍵を受け取った黒子は鍵穴にキーを差し込もうとするが、手の震えでそれすら上手く出来ない。カチカチ、とつっかえる音が何度も響く。

 

「はや…っ、早く…早くっ……!」

 

 黒子の肌と目からは汗と涙が漏れ出し、ますます手の震えがひどくなる。見かねた狼牙は黒子から鍵を奪い、自ら鍵を開けようとする。

 

「はっ……はっ…はぁっ……! ダメ、だ……私は、やっぱりっ……! なんっ、何にも…っ、無能…っ!」

 

 その時、鍵を奪われた……いや、役目を奪われた黒子は自分の髪を掻きむしりながら発狂しかける。

 

「……落ち着け」

 

「ぇっ……お、落ち着く…おち、落ちつク……っ? オチつク…!?」

 

 ゲシュタルト崩壊を起こす黒子に、狼牙は鍵を握らせた。

 

「一つ一つ手順を踏めば必ずできる」

 

 黒子の手に自分の手を被せて、誘導する。

 

「鍵穴を見ろ」

 

「み、見るっ……」

 

「そこに鍵を差すんだ。手の震えは俺が抑えてやる」

 

「さ、差すっ……」

 

「そう…そして、右に手を捻る」

 

「捻る、右…!」

 

 カチ

 

 時間をかけて、ようやく扉の鍵が開く。

 

「で、でき…できたっ……!」

 

「そうだ、一つ一つ手順を踏めばできる。だから落ち着け。…次は扉を開くぞ」

 

「う、うん…っ!」

 

 黒子は少しだけ落ち着きを取り戻していた。

 

 

 

 

 

      ♢

 

 

 

 

 

 狼牙に指示をされながら風呂に入り、着替えを終えた黒子。今はベッドに臥せっている。

 狼牙の方も濡れた服を脱ぎ、黒子の私服を借りていた。

 

「それじゃあ、俺はもう帰るぞ。この服は明日返す」

 

 そう言って狼牙が帰ろうとする。黒子も引き止めない。引き止めないのだが…。

 

「……はっ……はっ……はぁっ…はぁッ…!」

 

 狼牙が遠ざかるたびに呼吸を荒くし、枕に指をめり込ませる。ついでに涙もボロボロと零れている。

 

「こ、呼吸…っ、こきゅうっ……! はぁ、はァ、ハぁ、ハァッ……!」

 

「……落ち着け。俺の手を見ろ。グーで吸って、パーで吐け」

 

 狼牙は踵を返して、黒子に呼吸の指示を飛ばす。それに従い、黒子は何とか息を取り戻した。

 本格的に帰れなさそうだと悟った狼牙は、黒子が寝ているベッドに腰かける。

 

「何があった? どうなればそうなる?」

 

「な、何が…? ど、どうなれば…? え、えっと…え、っと……ど、どっちからぁ……!?」

 

「……俺の質問が悪かった。校門でお前の身に何があったんだ?」

 

 その質問を聞いた黒子は、頭を抱えて苦しそうに呻き出す。

 

「こ、校門で……、愛想をつかされて…。とにかく…っ、私が悪くてっ…! 何にもできてなくてっ……!」

 

「お、おい…。話したくないなら話さなくても…」

 

「は、話さなくても……? で、でも、何があったって、き、聞かれてて、答えなきゃ…? ぃぅぅぅぅぅうううううう……っ!!?」

 

「も、もういい! とにかく寝てろ!」

 

「ね、寝る…? 寝る、寝る、寝る……」

 

 矛盾を抱えた瞬間に自我を崩壊させかける黒子を黙らせるために、単純明快な命令を下す狼牙。それを聞いた彼女は、安心したように枕に顔を埋めた。

 

「本当にどうしちまったんだ…」

 

 狼牙は呟いた後、黒子の様子を窺う。狼牙が黒子から目を離していたのは僅かな時間だったにもかかわらず、彼女はすでに寝息を立てて寝ていた。その気になればすぐ眠るあたり、相当疲労していたのだろう。

 

 自分が離れただけで過呼吸に陥る黒子を嫌でも思い出してしまう狼牙は、部屋から出ていくこともできない。

 その内、今日の決闘の疲れがここに来て現れたのか、彼もベッドの余ったスぺースで眠り始めた。

 

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