現代異能の災禍希望(パンドラボックス)   作:RKC

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21話 悪夢

 

 大きな病院の一角、院長室で行われた惨劇は後のニュースでこう報道される。

 

「昨夜未明、東京都品川区の黒葛原(つづらはら)病院にて院長、他4名が死亡しているのが見つかりました。遺書などは見つかっておらず、集団自殺の背景は未だ分かっておりません」

 

 

 

 その事件を引き起こした張本人――剣先(けんざき) (つるぎ)。彼女は死体の積み重なった院長室でキャスター付きの椅子に座り、偉そうにふんぞり返っていた。

 剣の対面では5人の医者が彼女の部下に取り押さえられている。

 

「二度は言わん。選べ。死体か、奴隷か」

 

「ふ、ふざけるな! 誰が剣先の野郎なんかに…! それより、こんな事してどうなるか分かってるのか?」

 

「昔の抗争に負けて吸収された負け犬が何のつもりよ!?」

 

「そうだ! 今に見てろ! 応援が来たら、お前らなんかすぐにミンチだからなぁ!?」

 

 最初の一人に触発され、一人、また一人と声を荒げる。しかし、剣は何も喋らない。野次への返答は肉体言語で行われた。

 手の空いている部下が騒いだ医者を容赦なく蹴り上げる。その後も殴打、殴打、殴打。

 

「お、おい! 止めさせろ! 死にてぇの、ぐげェッ!!」

 

 声をあげた者へと暴力がシフトする。これで計3人が殴られ、現在進行形で一人が殴られている状態。しかし、余計な事を喋った者が殴られるのだから、誰も言葉を発せない。

 

 

 

 被害に遭っている一人を除いた四人は、そのまま沈黙を続けている。だが、一人への暴力は一向に止む気配を見せない。

 

「お、おい…そのままじゃ本当に死ん、gぼっ!!」

 

 見かねた1人が声をあげると、また矛先がシフトする。

 

 他の4人はともかく、先ほどまで殴られ続けていた医者は確信していた。剣たちが自分たちを殺すことに一切躊躇を抱いていないと。

 

「わ、分かった!! 俺は…!」

 

「待てっ!」

 

 死の恐怖に負けた医者が音を上げようとするが、5人の中で一番の年長者が制止した。

 

「こいつらは私達を殺さない! 狙いは異能者を手術できる医者の確保のはず!」

 

 その言葉に、医者たちの空気が少しだけ弛緩する。

 そうだ、冷静に考えればそのはず。さっきのはパフォーマンスだ…と。

 

 その時、剣が椅子から腰を上げ、年長の医者の前へと歩み寄った。そして医者の顎下に人差し指を突き付ける。

 指、その皮膚が突如として割れた。メキメキと音を立てながら、割れ目から血まみれの骨が浮き出てくる。その先端は血を弾く程ほど鋭利。

 

 剣は奥義“鉄髄鏤骨(てつずいるこつ)”で作り出した骨の刃で、年長の医者の顔の皮膚を薄く剃り始める。

 そして反対側の手で針の形をした骨を作り出し、破れている白衣の簡易な留め具とした。

 

 それで医者たちは嫌でも理解する。目の前の奴らは我々の素能に頼らなくとも手術が行えるような奥義を開発したのだと。

 

 骨の刃が年長の医者の喉元に突き付けられる。そして、ゆっくりと皮膚を裂き――

 

「分かった! 私は下る! そちらの軍門にっ! ぐ、ぅ…っ!?」

 

 刃は止まらない。迷いなく進み、頸動脈へと――

 

「ど、奴隷だ! 奴隷になるっ! それが望みだろ!」

 

 刃はようやく停止した。剣は部下から消毒液を受け取り、年長の医者の傷跡にぶちまける。乱暴な消毒を終えた後、元座っていた椅子に腰かけ直した。

 

「げぶぅッ!!」

 

 そして再開される暴力。

 その瞬間、我先にと命乞いが始まった。

 

「お、俺も奴隷になる!!」

「わ、私もっ!!」

「俺も…俺も!!」

「おぶッ! お、俺げグゥッ! ッ俺もだッ…!」

 

 全員からの返答を聞いた剣は部下に合図を送り、医者たちを連れて行かせた。暴力を振るっていた部下と二人きりになる。

 

「……い、ったァ……!」

 

 その瞬間、剣は指を抑えて顰め面を浮かべた。

 

「大丈夫ですか?」

 

「ンなわけあるか…! この奥義、痛覚が消えるわけじゃないんだよ…! マジ、いってェ…! 指裂けてるってェ…! やっぱり事前に用意したナイフ持ってくれば良かった……!」

 

「奥義にしては結構欠陥あるんですね」

 

「やかましい! こいつのおかげで反逆できてるんだろうが! もうちょっと敬え!」

 

「そんなに怒らないでくださいよ…。いつになく機嫌悪いですね」

 

 二人が言い合っている最中、剣の携帯に着信が入った。

 

「もしもし」

 

「黒葛原黒子の様子ですが、変わりありません。狼森(おいのもり)狼牙に連れられて部屋に戻ったきりです」

 

「そうか。夜遅くまで悪い、本当に助かる」

 

「いえ、それでは」

 

 プツッ…

 

「…はぁ~、ちゃんと仕事してくれるだけなんかもう癒される。末期だよこれ…」

 

「私もちゃんと仕事してますよ」

 

「い、ま、は、なぁ!? 何かやらかしそうで気が気じゃないんだよ!!

 …とにかく、黒葛原当主の心は完全に折れた。連絡もそうだし、未だに動き一つないのが良い証拠だ。乗っ取りは順調か」

 

「どうして心を折るなんて回りくどい方法を取ったんですか? ぶっ殺せばそれで良かったのでは」

 

「……お前、黒子に勝てると思ってんのか?」

 

「さぁ…? 見た事すらないので何とも。とはいえ、しょせんはひよっこ学生ですし、袋叩きにすれば簡単でしょう?」

 

「お前、異能学園出じゃないな。だからそんな呑気な事が言える。

 ……あそこは化け物の巣窟なんだよ。受験で言えば灘! 甲子園で言えば中京大中京! いや、それ以上だ! 現役より強い奴がゴロゴロいる! 黒子はそこで二番手。まともにやり合ったら、どれだけ被害が出ると思う?」

 

「そうなんですね……、じゃあ、刺客を送ったのは不味かったかなぁ…」

 

 部下の発言。その一節に、剣はフリーズした。

 

「…………お前今なんつった?」

 

「え? 刺客を送ったのは不味かったかな、と」

 

「誰に?」

 

「話の流れから分かるでしょう? 黒葛原当主にですよ。完全に息の根を止めるべきと思って…」

 

 ゴガッ!

 

 突如、剣の拳が部下のこめかみを襲った。

 

「な、何を……!? 間違っていましたか!? 私の判断!? 確かに結果だけ見れば間違いですが、私の知識の限りでは正しい判断を…!」

 

「そうだなぁ! 間違ってねぇよ! なんら間違ってないのが間違ってんだよ! なんでこんな時だけ正しい判断下してんだお前はぁ!?

 そのくせ上司に相談はしません、と! そこはしっかり間違えてんじゃねぇよ!!」

 

 本気の叱咤を受けて怯える部下をよそに、剣は頭を抱える。

 

(クロを殺したくないからこんな回りくどい革命起こしたにも関わらず、全部無駄にしやがって……! 

 どうする、どうする…! 普通の状態ならともかく、鬱になってる今なら本当に殺されかねない…! 今からでも理由をでっち上げて、止めさせれば…!)

 

「でも、腕が立つって評判の悪夢(ナイトメア)に頼んだから返り討ちにされるってことはないと思うんですけど…。というか弱ってる今ならあっさり殺せるんじゃ……」

 

(んのやろ~…! 外部に頼んでやがる…!! もう金を払って契約が完了しているだろうし、キャンセルは無理だ…! どうすれば…!)

 

 キャンセルは無理だが、殺しを止めてもらうだけなら、連絡するだけ事足りる。依頼された側も殺さずに依頼料を貰えるのなら丸儲け、断る理由は無い。そんな事をすれば、部下から不審がられるだろうが、剣の目的を達成することは出来る。

 しかし、パニックになっている剣はそれに気づけなかった。焦りは人から冷静な判断力を奪い、視野を狭くする。

 

(刺客からクロを守る? …バカか、ウチの部下にそんなこと命令出来るわけがない。仮に命令したって、首を縦に振らないような奴らばっかりだ。

 唯一、学園に在籍してる奴らは黒葛原への恨みを抱いておらず、私の指示にも従順。だが、アイツらは滑り込みで異能学園に入学出来たような奴らだ。むざむざ死地に送る事になる)

 

 纏まらない考えにイライラを募らせ、頭を掻きむしる。

 

(他に使える手駒は…… っ! アイツだ!)

 

 思い立ってすぐに携帯を手に取り、その人物へと電話をかける。

 

狼森(おいのもり)狼牙(ろうが)。ギリギリとはいえ黒子に勝った奴だ。実力は申し分ない。

 そして取引の材料もある。反逆が成功した今、異能者の手術を行える者は今こっちの手元にしかいない。その権利を盾にすればある程度言う事を聞かせられるはず…!)

 

 通話はまだ繋がらず、コール音が鳴っている。

 

(……いや待て! 反逆が成功したという事実を電話越しにどうやって信じ込ませる? そんな時間も材料も無い。この方法は厳しい…。

 他の手段、手段……。狼牙にとってクロが死ぬと、困る事象は無いか…? クロが死ぬと決闘の約束が…)

 

「もしもし」

 

 タイミング悪く、そこで通話が繋がった。

 

 

 

 

 

 

     ♢

 

 

 

 

 黒子の部屋で寝ていた狼牙。彼は携帯の着信音で目を覚ました。眠たい目をこすりながら、応答する。

 

「もしもし」

 

「~~~~っ、頼まれてくれないかぁ!?」

 

 いきなりの大声に、狼牙の寝ぼけた脳みそが一気に覚醒する。

 

「……何だよ、いきなり。というかお前は誰だ?」

 

「前に連絡しただろ? ほら、手術の件で!」

 

「あぁ、その節は助かった。…というかボイスチェンジャーを使ってないが、大丈夫なのか?」

 

「今はそんなことどうでも良い! クロの元に刺客が行った! そいつをどうにかするか、今すぐクロを連れて学園から離れてくれ!」

 

「クロ? …黒子のことか?」

 

「そうだ! だから早く…!」

 

「少し落ち着け。その話は秒単位を争う話なのか? 10秒深呼吸する時間すら無いのか?」

 

「……」

 

 携帯から呼吸音が響く。しばらくして落ち着いた声が聞こえてきた。

 

「悪い、落ち着いた。人を落ち着かせるのが上手いんだな」

 

「パニックを起こした奴の相手はもう予習済みだ」

 

「……それは、黒子の事か?」

 

「あぁ。変な発作を起こして部屋の鍵を開けるのにも苦労していた。パニック障害持ちだったりするのか?」

 

「……とにかく、今は状況を伝えるぞ。疑問点もあるだろうが一旦は無視してくれ。

 黒子の元に刺客が向かった。こっちで掴んだ確かな情報だ。そいつらから黒子を守って欲しい」

 

「その刺客がこっちに到着する時間は?」

 

「ちょっと待て…………。

 約1時間。短く見積もって30分で考えてくれ」

 

「刺客の数は?」

 

「7人。悪夢(ナイトメア)という暗殺者集団からの刺客だ。名前は聞いたことあるか?」

 

悪夢(ナイトメア)……確かフシみんが所属していたっていう。聞いたことはある」

 

「昔はどんな依頼も達成すると言われた凄腕の集団。しかし数年前の内部のゴタゴタで弱体化したと言われている。

 とはいえ7人だ。ズブの素人ってわけじゃないし、正面切って戦うのは無謀。黒子を連れて逃げれればそれが一番なんだが…」

 

「何か問題があるのか?」

 

「今発覚したが、刺客の中には追跡用の素能を持った奴がいる。逃げるのは厳しい」

 

「迎え撃つしかない、ってことか。そっちからの応援は?」

 

「…応援は出せない」

 

「……俺だけで7人を返り討ちにしろって?」

 

「無茶な事を言ってるのは百も承知だ。だがどうしても受けてもらうぞ。こっちには取引材料も…」

 

「受けてやる」

 

「……え? 今なんて?」

 

「受けてやる、って言ったんだ」

 

「あ、あぁ…。なんでまた? いや、受けてくれるのはありがたいが……お前にメリットがないだろ?」

 

「刺客と戦うからには、必然命の取り合いだ。

 …俺はそれから逃げたくない。7対1を言い訳にして逃げたくない」

 

「……だが、現実問題どうするつもりだ。お前の勝ち目は紙のように薄いぞ」

 

「俺の方で人手を集めてみる。学園には血の気の余った奴らが多い。最悪、俺一人でもやるだけやってやるさ」

 

「そうか……頼んだぞ」

 

「あぁ。それじゃあな」

 

 プツ…

 

 通話が切れるや否や、狼牙はフシみんに電話をかける。夜遅いせいか、かなり遅れてから通話が繋がる。

 

「……もしもし。こんな夜中に何の用なのです?」

 

「今から30分後に殺し合いをやる。参加するだろ?」

 

「…お相手は誰なのです?」

 

 第一声の寝ぼけた様子が一瞬で失せる。電話越しでも変化がハッキリ分かる鋭い声。

 

「お前の古巣、悪夢(ナイトメア)の連中が7人。黒子を狙って学園に来ているらしい。大義名分もバッチリだ」

 

「人を殺しに来る、って事は殺されても文句を言えないのです。それに人を殺そうなんて悪い輩を殺しちゃっても……仕方ないのですよね♪」

 

 発言内容とは裏腹に喜色満面の声が響く。

 

「腹が決まったなら、すぐに黒子の部屋まで来てくれ」

 

「あいあいさー♪」

 

 プツッ

 

 狼牙は続いて、雷夢(らいむ)に電話をかけようとする。……が、そう言えば連絡先を交換していない事に気づいた。彼女と彼の接点は学校での共同稽古だけ。

 当然、寮のどこに住んでいるかなども知らない。残された時間は約30分。しらみつぶしに探す時間も無い。加えて、協力してくれるかどうかもあやふや。

 

 狼牙はすぐに思考を切り替え、柄鎖(つかさ)の元へ着信を送った。すぐに通話が繋がる。

 

「狼牙様、こんな夜遅くに非常識では?」

 

「悪い。だが、すぐに電話に出たって事はお前もこんな時間まで起きてたって事だろ? 何してたんだ?」

 

「貴方と別れた1,2時間後に、実家から今すぐ帰ってくるようにと連絡がきたのです。今は移動中ですわ。まったく、こんな夜遅くにどうして呼び出しを…。っと、今は貴方の要件が先ですわね。いったいどんなご用件で?」

 

「仮に学園にUターンするとしたらどれくらい時間がかかる?」

 

「本気で走れば1時間」

 

「…それじゃ仮に間に合ってもへとへとか。要件については無しで頼む。悪かったな、こんな夜遅くに」

 

「いえ、移動時間は退屈でしたし。なんならこのままお喋りでもいたしますか?」

 

「いや、止めておく。それじゃ」

 

「はい、ご機嫌よう」

 

 プツッ…

 

「……結局二人、か」

 

 7対2。先ほどより状況は良くなったものの、依然として広がっている人数差。狼牙は不安を隠し切れないのか、スマホを持つ手が僅かに震えている。

 

「…逃げるかよ。ここで怯えたら昔と同じだ……!」

 

 震える拳を、反対の手で上から握りこんだ。その時、部屋の空気の流れが変わる。狼牙が風の吹く方向を向くと、そこには窓から不法侵入しようとするフシみんの姿が。

 

「流石にバレちゃうのですね」

 

「何で窓から入ろうとしてんだ」

 

「鍵が開いてたので」

 

「……まぁ良い。それより良く来てくれた、入ってくれ」

 

「呆れた顔してますけど、黒子ちゃんの部屋にもかかわらず、私が家主ですと言わんばかりの態度を取ってる狼牙君も私とどっこいどっこいなのです」

 

 お互いの行動に思う所ありながらも、二人は腰を据えて話し合いを始めた。

 

 

 

 

 

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