現代異能の災禍希望(パンドラボックス)   作:RKC

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22話 執着

 

 黒子を暗殺しに来る刺客を返り討ちにするため、狼牙とフシみんは作戦を立てていた。

 

「二人で連携すれば…」

 

「あ、それは嫌なのです。私、人を殺す時はあんまり他の人に見られたくないので。一人で黙々と感傷に浸りたいので」

 

「……それ抜きにしても、即席の連携は危ういか。個別に戦おう。フシみんは何人いける?」

 

「私の古巣が相手なら、幹部クラスが何人来るかにも依りますけど……5はいけると思うのです」

 

「そんなに大丈夫か……ってのは野暮だな。頼む。

 なら俺は二人。それなら何とか…」

 

「そんな事より、心配なのは刺客に私達が無視された時です。正面切って戦えば勝算はありますけど、3人が足止め、残りが黒子ちゃんに……とかされると流石にどうしようもないのです」

 

「確かにそれをされるとどうしようもない。……やっぱりこいつにシャンしてもらうしかないか」

 

 狼牙はベッドに近寄り、寝ている黒子の方を揺する。僅かな揺れだったが、黒子は敏感に反応し跳ねるように目覚める。

 

「はっ…はっ…はっ……」

 

「大丈夫か? 呼吸できるか?」

 

「だ、だい、大丈夫……」

 

 かなり怪しかったが、黒子は一人で呼吸を取り戻す。時間を置いて大分落ち着いたようだ。そんな彼女に対して、狼牙は至極単純な命令をする。

 

「黒子、詳しい説明は省く。とにかく、この部屋に知らない奴が入ってきたら殺せ。分かったか?」

 

「知らない奴が来たら…殺す?」

 

「あぁ、その知らない奴は刺客だ。殺さなきゃ殺されるぞ。

 良いか? 知らない奴が部屋に入ってきたら、殺す。復唱してみてくれ」

 

「知らない奴が、部屋に入ってきたら、……殺す」

 

 黒子の言葉に意志はない。狼牙の言葉を復唱しただけだ。しかし、その手には正夢(マニフェス)で生み出した刀が握られていた。

 

「できそうか?」

 

「……う、うん。やれる…私でも、きっとやれる…。一つ一つ落ち着いてやれば…」

 

 ぶつぶつと呟きながら、刀身を眺める黒子。それを見て、狼牙はフシみんの方に向き直る。

 

「黒子は強い。これで数人に抜かれても大丈夫だ」

 

「大丈夫そうには見えないのですが…。まぁ、そういう事にしておきましょう。

 とはいえ、出来るだけ抜かせないようにはするのですよ。黒子ちゃんにはお菓子の義理もありますし」

 

「俺達は向こうが襲ってくることを事前に知っている。襲撃を待つのではなく、こっちから奇襲を仕掛けるのが効果的だ」

 

「それには賛成なのです。学園に籠って戦おうとすれば、向こうは仕掛けてこないのです。学園の生徒を敵に回しかねませんから。

 そうなれば黒子ちゃんは四六時中付け狙われるのです。それよりかはここで全滅させた方が楽なのです。

 恐らく刺客がくるのは学園の東に広がる森から。私の古巣は暗くてジメジメした所が大好きですから。それに、向こうはこっちが刺客に気づいていない前提ですから、隠密モードじゃなく高速移動しているはずです。狼牙君の耳ならすぐに見つけられると思うのです。

 とはいえ、相手も手練れですので狼牙君の奇襲は見つかる前提で……」

 

 二人は作戦を深めていく。

 

「知らない奴が入ってきたら…殺す…」

 

 もう一人は刀を片手に殺意を深めていた。

 

 

 

 

 

     ♢

 

 

 

 

 

 場面は変わって、異能学園周辺の森。先ほどまで降っていた雨は止んでいる。木々が鬱蒼(うっそう)と茂り、雨でぬかるんだ森にもかかわらず、高速で移動する7人組の姿があった。

 7人組はそのほとんどが黒装束に身を包んでおり、誰もが動物や虫を模した覆面を装着している。

 

「あーもう……疲れてきたぁ! ここらへんで休憩しなーい?」

 

「ガキみたいな事言ってんじゃねぇ。標的はすぐ近くだ」

 

「だってもう2時間はマラソンしっぱなしじゃん」

 

「スタミナないね。普段の稽古サボってる証拠」

 

「はぁ!? サボってないし!? これぐらいぜんっぜん余裕だし!? 後4時間は走れるけどぉ!? 

 そういう八咫鴉(やたがらす)はどうなのよ? さっきからちょっとペース遅くない? 最後尾走っちゃってさぁ!」

 

「後ろで警戒してるだけ。それも分からない(ヒル)は低脳」

 

「はぁ~~~~!? 人の名前間違える馬鹿に低脳って言われたくないんですけど!? 私、(ひる)から蛞蝓(なめくじ)に昇進したんですけど!? あんたと同じ幹部格! 偉そうにすんのやめてくれる!?」

 

 7人のうち、二人の口論の雲行きが怪しくなってきた時、狐の仮面をかぶった男が注意する。

 

「お前ら静かにしろ! 敵に見つかる可能性もあるのに無用に喋るな!」

 

 その瞬間、口論していた二人は一斉に矛先を変える。

 

「はぁ? なーんか(きつね)が一丁前に喋ってるんですけど」

 

「うるさいね。脱退者にボコされてボスから一般兵にまで降格した雑魚」

 

妖狐(ようこ)ですらないのに私達に注意するなんて生意気。ターゲットの前にアンタを始末しよっか?」

 

「……」

 

「あっはははは! 黙っちゃった! 雑魚ダウゥン!!」

 

 狐と呼ばれた男は、仮面の下でため息をつく。

 

(これが今の幹部たちか……レベルが低すぎる。昔の奴らも曲者(くせもの)ぞろいではあったが、少なくとも任務中に無駄口を叩くような連中じゃなかった。私語を注意しない周りの奴らもどっこいどっこい。

 実力も怪しい。こうして移動の姿を見ても、強そうな奴はたったの二人。残りは昔の幹部の最底辺と比べても劣る。 

 こんなメンバーで黒葛原の当主を暗殺…? ほとんどギャンブルみたいなものだ)

 

 狐――彼は昔、悪夢(ナイトメア)のトップを務めていた。しかし、フシみんの脱退事件で彼女に襲撃され、異能(キュリア)の操作をつかさどる神経と右腕に後遺症を患い、今はトップの座から引きずり降ろされている。

 

(くそ…。幹部が総入れ替えになったのは、五文銭(ごもんせん)が昔の幹部を殺しまわったせいだ。それも腹立たしいが、何よりも後進が全く育っていないのがヤバい。

 このレベルが幹部になっているという事は、このレベルを幹部にするしかなかったという事。下が育ってないのは元トップの俺の責任もあるとはいえ、この組織はもう駄目かもしれんな…。

 せめて五文銭が残っていれば…と思ったが、アイツは人の上に立つような人間じゃない。やっぱりダメだ)

 

 元社長が自分の組織に見切りを付けているその時、一人が声をあげる。

 

「右方、併走されてる。1人、距離は20」

 

「意外と早く見つかったね。敵に位置バレ」

 

「併走? あーあ、狐みたいな雑魚が居なければもっとペースアップして千切れるのに。いっちばん遅い奴に合わせなきゃいけないの辛いわー!!」

 

(うるせぇよ。こちとら後遺症持ってんだ。文句なら俺をこの仕事のメンバーに選んだリーダーに言え。というか見つかったのはお前らが騒いでたからだろうが)

 

 狐は心の内でひとしきり文句を言った後、冷静に分析を始める。

 

夜鷹(よたか)の索敵網に引っ掛からず、ここまで近寄られたか。

 敵は黒葛原の護衛。気配を消す技術よりも戦闘が専門のはず。かなりの手練れと考えた方が良い。単独行動している内に7人で一気に潰せば…)

 

「隊を分ける。右方の一人を狐と蛞蝓(なめくじ)が潰せ」

 

「……は、バカか?」

 

 リーダー魔猿(まえん)の言葉に、狐は思わず悪態をついていた。

 

「こいつバカって言った! 狐の癖にリーダーの言葉をバカって馬鹿にした!」

 

「そりゃする! 戦力を分ける必要がどこにある? 今のうちに7人で敵を潰せば良い!」

 

「それだと足止めを喰らう。対象に逃げられると面倒だ」

 

「逃げられても追跡できる鼻象(びぞう)がいる! 逃げられる心配は無い! そんな事も忘れてるのか!?」

 

「……逃げられて、応援を呼ばれると困るだろう」

 

「そんな不確定の話より、今いる一人を仕留める方が確実だ! それでいて有効! 手練れを削れる!」

 

「……決定事項だ」

 

 リーダーはそれだけ言い放ち、一気にペースを上げた。

 

(くっだらねぇ見栄張りやがって…! なんであんなのがリーダーやってんだ…!!)

 

 狐は歯ぎしりをしながら、何とかリーダーに追いついて陳情しようとする。そんな彼に、いきなりラリアットが飛んできた。

 

「ぐっ…!」

 

 かろうじて防御するが、バランスを崩し、失速する。狐が顔を上げる頃には、他の五人は先に行っていた。

 

「リーダーが決定って言ってんだから大人しく従いなさいよ、狐」

 

 狐にラリアットをかました蛞蝓。彼女は覆面と外套を脱ぎ捨てる。

 外套の下はほとんど水着。蛞蝓は惜しげも無く肌を露出した格好をさらけ出した。

 

「つっても敵ぐらい私一人で十分なんだけどなー。狐とか必要ないんだけど。あ、そっか! 足手まといを置いてったんじゃない!? 私冴えてるぅ!」

 

(その推理が正しいなら、多分お前も俺と同じ足手まとい枠だぞ。

 いや、というか不味い…! 今の俺達は格好の的…! こっちが逆に各個撃破されるおそれが…!)

 

 狐が焦りを抱いているその時、茂みから影が姿を表す。

 影の正体は狼牙。彼は狐の背中目掛けて飛び掛かる。しかし、その奇襲は狐の回し蹴りに阻まれた。

 

(気配を消せる相手だ。来るなら背後から)

 

 狼牙は地面を転がり、離れた所で体勢を立て直す。

 

「賭けには勝った。

 勝ったが……寿命が少し伸びただけか?」

 

 狐は構える狼牙を見て、自虐的に呟いた。

 

 

 

「こんなちっこいのが黒葛原の護衛? 人手不足なのかなぁ?」

 

 一方で蛞蝓は嗜虐的な笑みを浮かべたまま、余裕の発言。

 

(それはこっちの組織だよ!! 特大ブーメラン止めろ! 

 お前は構えを見て、敵の力量すら測れないのか…!?)

 

 狐の内心は大荒れであった。

 

「お前も雑魚ダウン!」

 

「蛞蝓、勝手にっ…!」

 

 蛞蝓が威勢良く狼牙に仕掛ける。その後に狐が続く。それに対して狼牙は、木を挟むことで疑似的に一対一の状態を作りながら上手く立ち回る。

 

「このっ…! ちょこまかと!!」

 

 しびれを切らした蛞蝓が木に向かって蹴りをかます。異能者の蹴りを喰らった樹は、哀れにも真っ二つにへし折れ倒木。狐目掛けて。

 

「うぉっ…!」

 

 木を蹴った蛞蝓、倒木に対処中の狐。

 二人に出来た隙を狼牙は見逃さない。蛞蝓の足をがっしりと掴んだ。そのまま引き寄せ、ライムから学んだ零距離格闘術を開始――できなかった。

 蛞蝓を掴んだ手がヌルリと滑ったのだ。

 

 蛞蝓の奥義、“太液芙蓉(たいえきふよう)”。体液の性質を変化させられる技だ。汗腺を操り、自在に汗を生成できる蛞蝓と相性が非常に良い。

 

「っ!」

 

 あり得ない現象に驚く狼牙。掴みどころを失った手が宙を彷徨う間にはもう、蛞蝓と狐が体勢を取り戻している。

 ハイキックとローキック。二種の蹴りが狼牙を襲う。が、彼は素能(エレメント)を発動させ、向上した身体能力で宙に舞い、二つの蹴りの間を無理やり抜けた。

 狼牙は空中で足を開き、狐と蛞蝓への両面攻撃を敢行。そうして着地の間を稼ぐ。

 

 しかし、手を着くべき地面には粘液の溜まりが。

 このままでは滑る。それどころか粘液溜まりに全身でつっこみ、粘液にまみれてまともに動けなくなる。

 

 一瞬で判断した狼牙は、手を地面に深く突き刺す。そのまま体を折り、何とか粘液溜まりの無いところに足を届かせ、体勢を立て直した。

 

「うっそ! あそこから!?」

 

「手は粘液塗れだ! 畳みかけろ!」

 

「うっさい! 狐が命令すんな!!」

 

 狼牙の手はヌルヌルと滑る粘液塗れ。拳を握りこむ事すら難しい。手首から先の力を抜き、襲い掛かる二人を迎え撃つ。

 狼牙は真っ先に突撃してきた蛞蝓の顔めがけ、“無勁”で粘液を弾いた。

 

「うっ…!」

 

 視界を奪われた蛞蝓が怯む。その隙を狙われないように狐は蛞蝓を後ろに引き、カバーに入った。後遺症で反応の遅れる右腕を何とか酷使しながら、やっとのことで狼牙の数合を凌ぐ。

 

(唯一頼りだった蛞蝓の粘液も方法は良く分からんが無効化された。このままじゃジリ貧。逃げ回って釘付けにするしかないか…? そのためにも一度距離を取って…)

 

 腹を決めた狐は狼牙の一撃をわざと受ける。その勢いを利用しながら大きく後退。それと同時に、昨日の雨でできた水たまりに触れる。途端、水たまりが真っ赤に染まった。

 

(後遺症のせいで奥義がまともに使えない。こんな出来損ないの素能(エレメント)に頼るしかないとは…俺も堕ちたものだ)

 

 狐の素能、“赤爆(ボマー)”。触れた物を爆弾化できる。しかし、他者や他の生物は爆弾化出来ない。なお、爆弾化したものは色が赤く変化する。爆発させる際は中指と親指を二度触れ合わせる必要あり。

 

(欠点てんこ盛りの上に、直撃したって異能者一人殺せやしない欠陥素能だ。だが、初見の奴が赤く染まった水たまりに近付こうって気にはまずならない。陽動には使える。これで距離を取って…)

 

 狐の想像とは裏腹に、狼牙は真っ赤な水たまりに足を突っ込んだ。

 

「なっ…! ぐっ!!」

 

 驚き、反応が遅れたのに加え、言う事を聞かない右腕側からの攻撃だったため、狼牙の蹴りをモロに喰らってしまう狐。

 狼牙はすかさず追撃に。マウントを取り、正拳を振り下ろす。

 

 あわや顔面陥没かと思われたが、狐は吹っ飛ばされた際、近くにあった粘液溜まりに手を突っ込んでいた。そのヌメリを借りて、狼牙の拳をギリギリで逸らす。

 狐は腰を反らせ、上に乗っていた狼牙を跳ね飛ばし、何とか蛞蝓と合流を果たした。

 

「ど、どうすんのよ…あの化け物…」

 

「さっきまでの威勢はどうした。雑魚ダウンじゃなかったのか?」

 

「…む、無理よ。アイツ、強すぎる…逃げた方が…」

 

「いや、その必要は無い。奴には隙がある。大きな欠点が」

 

「な、何よそれ…」

 

「時間が無い! 太液芙蓉(たいえきふよう)で俺の手の粘液を水と界面活性剤の混合物に変えろ!」

 

 蛞蝓は何か言いたそうだったが、狐の迫力に押され、言われたとおりにする。狐は蛞蝓が用意した混合物――シャボン玉の原液でシャボン玉を作り出した。

 シャボン玉には周りの景色を反映し、土色、葉色に染まっている物もあれば、光を巧みに反射して虹色に染まっている物も。そして赤く染まっている物も当然あった。

 

 狐の準備が完了するのと同時に、跳ね飛ばされた狼牙が茂みの奥から姿を現す。彼は突如出現しているシャボン玉に困惑するものの、足元の石を蹴り飛ばし、シャボン玉を一つ破裂させた。

 異常が無い事を確認した狼牙は、シャボン玉はブラフだと決めつけ、一気に距離を詰める。

 

「やはりな」

 

 狼牙が道中の“赤い”シャボン玉に触れたのを確認した狐は、親指と中指を二度、触れ合わせる。

 

 ――瞬間、爆ぜた。

 

 

 

 

 

     ♢

 

 

 

 

 

 森の中にも関わらず、爆発から半径20mは平原と化していた。その周りに狐、蛞蝓(なめくじ)、狼牙の三人が寝転がっている。その内の狐がゆっくりと体を起こした。

 

(やはりだ…。アイツは色を識別できていない、色覚異常者…。だから得体の知れない赤い水たまりに何の警戒も無しに突っ込んだ。そして赤いシャボン玉爆弾もまともに喰らった。

 俺の爆弾は破片でダメージを負わせる手榴弾や、炎を吹く焼夷弾なんかとは違う。ただの強力な衝撃波、殺傷能力は低い。とはいえ、至近距離で喰らえばただでは済まない。

 平衡感覚を失い、朦朧としているはず。今のうちにとどめを刺さなければ…!)

 

 狐は目を皿のようにして狼牙を探す。爆発で吹き飛ばされていそうな範囲をしらみつぶしに探す。しかし、狼牙の姿は見つからない。

 

「アイツはどこに…? …くそっ! 吹っ飛んだのに何処行きやがった…!」

 

 蛞蝓(なめくじ)も体を起こし、狼牙探しに加勢する。しかし見つからない。まるで煙に巻かれてしまったように狼牙の姿が消えてしまった。

 

「くそ…、くそ、くそっ…! 早く見つけないと…! 消えた…? 透明になれる素能(エレメント)か…!?」

 

「落ち着け、蛞蝓(なめくじ)。事実を元に考えろ。先の爆発でここら一帯には木くずや土煙が舞っている。透明になっていたとしても、不自然な浮き上がりが見えるはずだ。加えて、そんな素能があれば最初の奇襲で使っている」

 

「もしかして瞬間移動したとか…」

 

「それもまずない。そんな素能があるなら先の戦闘でとっくに使ってるはずだ。それに戦闘中、妙に加速した瞬間があった。恐らく奴は身体能力向上系の素能持ちだ。

 つまり、奴は俺達にでもできるような普通の方法で身を隠している」

 

「じゃあどこに!? どうやって!?」

 

「相手の立場になって考えろ。爆発で意識朦朧。恐らく立つ事すら難しい」

 

 狐は地面に倒れ込み、ジタバタと足掻く。狼牙の状態を想像し、再現しているのだろう。

 

「ほら、お前も寝そべれ」

 

「やだ! 何で私がそんな事を…」

 

 地面を這い回る自分を冷めた目で見る蛞蝓(なめくじ)。そんな目線を胃にも介さず、狐は想像を続ける。

 

(立てないだけじゃない、恐らく視界もぐちゃぐちゃ。物の輪郭を捉える事すら難しいはずだ。逃げるのは困難。隠れなければいけない。隠れなければ殺されてしまう。…俺ならどうする?)

 

 地面に爪をたて、這いずる狐。地面に爪をたて、地面に爪を、地面に――

 

(――地面)

 

 その時、狐の腕が“地面から生えてきた手”に捕まれる。

 

(馬鹿ッ! 気づくのが遅いッ!)

 

 狐の右腕がぬかるんだ地面に引きずり込まれていく。

 

(一手遅れた。……だが勝つのは俺達)

 

 狐は右腕に異能(キュリア)を集中させる。

 

(どうせろくに動かない右腕だ。――くれてやるよ!!)

 

 渾身の“赤爆(ボマー)”が地下で炸裂した。

 

 

 

 

 

     ♢

 

 

 

 

 

 狐の目覚めは最悪だった。右肩から先が無い感覚、それに伴う激痛、ドラム式洗濯機の中で転がされたような気持ち悪さ。

 彼がまともな意識を取り戻すために1分。三つ這いになるまでにもう1分。そうして初めて周りの状況を確認できた。

 

「はい、左腕~!!」

 

「ぅぐぁぁぁああっ…!!」

 

 そんな彼が復帰早々視界に捉えたのは、狼牙の右腕をへし折る蛞蝓(なめくじ)の姿だった。

 

「何、やってる……蛞蝓…!」

 

「あ、やっと目ぇ覚めた? 今こいつを甚振(いたぶ)ってる所。脚の骨を折ったから逃げれない。左腕も折ったから、這う事も難しい。このまま全身の骨折ってナメクジみたいにしちゃおっかな~?」

 

「早く…とどめを、刺せ…!」

 

「何言ってんの? こういうムカつく奴は徹底的に虐めないと私の気が済まないの! 今は意識が混濁してるから、正常な判断を取り戻すまで待つ。

 正気を取り戻したら、芋虫みたいに這いつくばる事しかできない…惨めな自分を見させて絶望させてやる…あっはははは!」

 

「バカ、が…っ! 遊ぶ暇なんて…俺達にはない…っ! 早く、殺せ…っ!」

 

「あ? 何? 私に指図するつもり? そんな無様な姿で? …ぶふっ、笑っちゃう! ――あんたもこいつみたいにしてやろうか?」

 

蛞蝓(なめくじ)…!」

 

 二人が言い争う間、狼牙に変化があった。のたうち回るだけだった動きが、蛞蝓から距離を取るような動きに。動かせる片腕だけで何とか地面を這い、逃げようとしている。

 

「……はぁっ…はぁっ…! はぁっ…!!」

 

「あ、意識取り戻した? どーよ、今の自分は? ここからどうやって逆転する?」

 

 蛞蝓が先回りし、狼牙の前に立つ。頭上に差した影に反応し、狼牙は顔を上げた。

 

 

 

 涙。瞳からボロボロと垂れ落ち、止まる事を知らない。

 涎。震える口の端から零れ、顎で涙と交じる。

 表情。嗜虐性質の蛞蝓(なめくじ)好みの顔。恐怖と、委縮と、絶望と。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

「……あはぁっ…!」

 

 それを見た途端、蛞蝓(なめくじ)は恍惚とした表情を浮かべる。

 

「それ…その顔を見たかった! 生意気なアンタのッ! あっははははははははッ! あー、気持ち良い…!

 ほら、片腕残しといてあげたよ? 必死に頑張れば逃げれるかもねぇ…? ……這え、這え、這えッ! 無様にのたうちまわるんだよォッ! そうして私をもっと楽しませろ!!」

 

蛞蝓(なめくじ)ッ! そいつの目はまだ死んでない! 早く殺せッ! 手負いの獣が一番怖いのを知らんのかッ!!」

 

「……うるさい。邪魔すんなよ、狐ごときがッ!」

 

 蛞蝓(なめくじ)は追いすがってきた狐を、思い切り蹴り飛ばした。狙ったわけでは無かったが、蹴りは側頭部に直撃。

 ――その一撃で狐はあっさりと死んだ。蛞蝓(なめくじ)は一つの命が潰えた事すら意識しないまま。

 

「ほら見ろッ! 小便漏らしてやがる、こいつッ! こんなションベン小僧の目が死んでない…? 死んでんのはお前の脳みそだろ! 狐ぇ!

 小便の次はなんだ? もしかして大か? あっははははは!!」

 

 蛞蝓(なめくじ)が上を向いて高笑いする。

 

「あー…! お腹痛い…! ……あ、れ?」

 

 笑いすぎて腹筋を痛めた蛞蝓(なめくじ)が、再び下を向くと、そこに狼牙は居なかった。

 

「じ、地面の下…? いや、何だこの粘液…?」

 

 アンモニアの匂いがする粘液が地面に線を引いている。

 

「…し、小便を潤滑油に変えて滑った? 残った片腕を推進力にして…? 何で、私の太液芙蓉(たいえきふよう)をアイツが使える…?

 に、逃がすかよォ!!」

 

 蛞蝓(なめくじ)地面に残る粘液の線をたどり、狼牙を追う。

 

「いくら地面を滑るとはいえ、機動力には限界がある。すぐに追いつけるはずだ…! 手間取らせやがって…!

 けど良いねぇ…! もっと足掻け…苦しめ、その果てに死ね…! 追いついたらどうしてやろうか…!」

 

 

 

 グシャ

 

 

 

 ぬかるんだ地面にスニーカーが突き立つ。

 

 

 

「柄鎖から連絡を受けて探してみれば」

 

 紫の髪。小柄な体躯。洒落っ気の無いジャージ姿。そして何より特徴的なのは隻眼。

 

「雑魚が一匹。練習にもならない」

 

 (いかづち)来夢(らいむ)蛞蝓(なめくじ)の前に立ちはだかる。

 

 

 

 

 

 

 

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