現代異能の災禍希望(パンドラボックス)   作:RKC

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2. 玩具

 1人目 五女

 

 スチームアイロンを手に廊下を歩く。そして目当ての部屋の扉を蹴破った。

 

「誰よ! …なに雷夢? 雑魚がいきなり扉蹴り飛ばして何のつもり~?」

 

 扉を破ったのが私であることを知ったクズは途端に高圧的な表情を浮かべる。私は無視して、部屋の入り口付近にあるコンセントにスチームアイロンのプラグを刺した。

 

「へぇ~無視? いつからそんなに偉くなったのかしら?

 そうね~…また昔みたいにアイロン台にでもされてみれば、考えも変わるかも…ねッ!!」

 

 クズの腕が一瞬にして伸び、私の方へと襲い掛かってくる。

 このクズの素能は“護謨(イレイス)”。体を自由自在に伸ばせ、また弾力を持つため、折り曲げ自在、だったか。

 

 伸びてきた腕を弾く。それと同時に踏み込み、一気に間合いを詰めた。

 

「なっ…! っぐ!」

 

 目を剥くクズの腹を殴った。しかし、柔らかい感触が拳に伝わってくる。弾力を持つ体に打撃は今一つか。

 

「アンタ、片目が見えないから距離感が掴めないはずじゃ…!?」

 

「それはもう克服した」

 

 だから千切った。腕をつまみ、皮膚を。

 

「あああああぁぁぁぁぁぁっッッッ!!!!」

 

 それだけでクズは実に心地の良い声を上げる。どくどくと頭から変な汁が出るのを知覚した。

 今までに感じた事のない感覚に浸りながら、皮を立て続けに千切る。クズが叫ぶ。脳から汁が出る。

 

 

 

 気づけば、クズの右腕が肉むき出しになっていた。……あぁ、いけない。せっかく用意した道具を忘れる所だった。

 フラフラと扉の方まで歩き、十分に温まったスチームアイロンを手にし、クズの元へ戻る。アイロンを握り直した時に、スチームボタンを押してしまい、蒸気が空に舞った。

 

「ひっ…!」

 

 皮をむしられて叫び、息も絶え絶えだったクズが怯えた。私はもう一度スチームボタンを押す。やはりクズが怯える。

 それからは何度もスチームボタンを押した。当然、繰り返していればクズも慣れ、目に見えて怯えなくなるのだが、私はボタンを押すのを止めない。

 

 いつか怯えるかもしれない。

 

 脳の報酬系をやられた私は狂ったようにボタンを押し続ける。

 

 スチームの元となる水が切れた。

 

 少しだけイラつきを覚え、その憂さを晴らすようにクズの服を引きちぎる。そして腹目掛けてアイロンを押し付けた。

 

「あっ……ぎぃぃいいいいいいぃぃぃいいッッッ!!!」

 

 特注の500℃アイロン。それは異能者の肌といえど、こんがりと焼き上げ、タンパク質が変質する音と煙を(かも)し出してくれる。

 イラつきを塗りつぶしてくれる快楽に浸りながら、クズが体をくねらせてできた皮の皺を伸ばすようにアイロンを動かす。そのたびにクズは良い声で鳴いた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 しばらくすると、クズは泣きも叫びもしなくなる。ならこいつにもう用はない。

 私はいつの間にか垂れていた涎と鼻汁をティッシュで拭い、部屋を出た。

 

 何かを忘れているような気がしたが、今はどうでも良かった。

 欠食児童のように次。次の(えさ)だ。

 

 

 

 

 

        ♢

 

 

 

 

 

 2人目 六男

 

「おい、雷夢!」

 

 私が次の獲物を探していると、向こうから(カモ)がやってきた。

 

「くそッ、姉貴の野郎、俺に恥かかせやがって…! テメェで憂さ晴らししてやるよ!」

 

 私が近寄っていくと、何を勘違いしたのか獲物(クズ)が拳を振り上げる。私はそれが振り下ろされるより先に、クズの腹に拳をめり込ませた。

 

「っゲホッ!! かは…っ! て、んメェ…何してやがる…! ぜってぇ殺す!」

 

 クズにさっきまでの油断は無く、本気で私に向かってきた。しかし、あまりにも遅い。軽々と攻撃を避ける。

 

「くそ…っ! 何で避けられる! 片目の欠陥品が…! 死ねやぁ!!」

 

 またしても大振り。私はそれをかいくぐり、クズの肝臓(レバー)に掌底を叩き込む。

 

「うぐッ…!」

 

 それだけでクズは打たれた所を押さえて、膝を付く。

 

「なんで…、俺の硬化(カリング)で防げねぇ…?」

 

 こいつの素能、硬化(カリング)は体を硬化することが出来る。発動すれば確かに固い。硬度なら柄鎖の金剛不壊(こんごうふえ)にも匹敵するだろう。しかし、こいつは重要器官までは硬化できない。

 だから私は衝撃を離れた所に伝える奥義“一通(いっつう)”で肝臓にダメージをプレゼントしてやった。

 

「お前の欠陥素能ぐらい、いくらでも破る方法はある」

 

「なら……やってみろやァ!!」

 

 突撃してきたクズを真っ向から膝で蹴り上げる。硬化されてない脳を揺らされたクズは、一瞬気を失ったらしい。

 私はその間に構える。最近体に染みついて来た正拳の構え。

 

「二連掌」

 

「っ……おげぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

 正拳と無勁(むけい)の合わせ技。クズはその場に崩れ落ち、悶絶する。

 良い声だ。ふわふわと精神が定まらない。

 

「……訂正、硬度も柄鎖以下だな」

 

 無意識に罵倒を垂れ流しながら、クズの腕を掴む。一息にへし折った。

 

「ぐがぁぁぁぁああああ!!!」

 

 遅れて掴んでいた腕が硬化する。

 

「発動が遅い。そんなんで良く威張れるな」

 

 両手両足を折るとして、後3回。

 

 べキッ!

 

「あああぁぁぁぁぁああッッッ!!!!」

 

 後2回。

 

 数が減る事を、これほどまでに惜しいと思った事は今までになかった。

 

 

 

 

 

       ♢

 

 

 

 

 

 3人目 九女

 

 私は両手両足の折れたクズを引きずり、庭に向かっていた。その途中、何人かの使用人(ハエ)とすれ違う。この程度は雷家(こえだめ)の日常だ。使用人(ハエ)も会釈をするだけで何も言ってこない。

 

 廊下の角を曲がると、また一人、使用人の格好をしたクズが。会釈をするそいつに近寄り、腹に一撃入れた。

 

「あぼ……ッ!?」

 

 殴られたクズはみるみるうちに姿を変え、大柄な男の姿から小柄な女の姿に。

 

「なん、で……!? 私の“変体(メタフォ)”は…形だけじゃなくて、匂いまで変えられる…完璧な変装なのに…?」

 

「匂いの前に歩き方の癖を変えろ」

 

 追加の獲物(クズ)。髪の毛を掴み、先のクズと一緒に引きずる。

 

「痛い…! 髪、止め…っ!」

 

 (カモ)を絞めたかと思えば、(ネギ)も生えていた。鴨葱だ。

 

 

 

 庭に出て、何に使っているのか分からないプレハブの大きな冷蔵庫の扉を開ける。すると、中から冷気が吹きすさび、その寒さに思わず身震いした。

 そこにクズ二人を放り込む。変身するクズは抵抗したので、固くなるクズと同様に四肢をへし折ってやった。

 

 それから、近くにある水道でバケツに水をくむ。

 

「こ、こいつは姉さんを、虐めてたけども! わ、私は何にもしてないでしょ…!? 私が姉さんを傷つけたことがあった!?」

 

「あった。お前の隣にいるクズに変身して私をサンドバックにしたのが3回。その他もろもろ、他のクズに変身したのを合わせて計23回」

 

「なんでバレて…!」

 

「姿形が似せても癖が違う。…さっきも言ったと思うが?」

 

 バケツになみなみと水を溜め終え、プレハブ冷蔵庫の中に入る。中はやはり寒い。敷設されている温度計を見ると、-1℃と表示されていた。

 

「テメェ…! 早く、ここから出しやがれ! うっ…」

 

 動けもしないの口だけは良く回るクズに水をかける。その後、小さいクズの前に立つ。

 

「ばっ…! こんな所で水なんか…! うぷっ…!」

 

 そいつにも水をかけ、空のバケツを持って、私だけがプレハブ冷蔵庫の外に出る。

 

「ま、待って…! こ、れ…本当に…し、死ぬ…!」

 

「お、おい…! ほ、本気、で…! こんな、ことして…! ただで、す、す、すむと…!」

 

 プレハブ冷蔵庫から聞こえる声は震えていた。

 私は入り口の扉を閉め、プレハブ冷蔵庫の前に座り込む。

 

「ね、ねねえ、さん…! あ、あ、謝る、から…! な、何で、も…何、でも、するから…! たっ、た、助け、て…!」

 

 見なくて良い。クズ共の感じている苦痛は見ずとも分かる。

 

「お、お、おい…っ! き、きき、聞い、て、んのか……! こ、殺す…っ! た、助け、ないと…っ! マジにこ、殺す…っ!」 

 

 大晦日、裸で外に放り出された事があるから。

 散々殴打された体は、伏せたまま動くことも出来ない。雪のベッドに吹雪の冷房。

 

「わ、分か、った…! お、俺が、おれ、が、わる、かった…! たす、たすけ、助けて…く、れ…っ!」

 

 寒さは全てを凍てつかせる。体、そして心さえも。

 

「たす、た、すけて…」

「た、たた、す、け…て…」

 

 だから、見ずとも良い。

 声だけで十分だ。

 

 

 

 

 

「……」

「……」

 

 声がしなくなった。それをきっかけに、脳が幸せになる。ごろりとその場で横たわり、快楽の余韻に浸る。

 

 

 

 しばらくして刺激が物足りなくなった脳は、新たな刺激を求めて、体を動かし始めた。その時、地面に広がる草が手に触れる。

 

 草。草むしり。根絶やし。

 

 ……何か、忘れているような気がする。

 

 まぁ、どうでも良い事だろう。

 

 

 

 

 

        ♢

 

 

 

 

 

 4人目 四男

 

「…あ? こんなとこで何やってんだ? 雷夢」

 

 私がプレハブ小屋の前で立ち上がると、ちょうどそこに別のクズが。

 あぁ、運が良い。

 

「クズの冷凍実験」

 

 私はプレハブ冷蔵庫の扉を開け、中から冷凍クズを二つ取り出した。常温クズの前に放る。

 

「……はぁ、何だァ? 底辺のゴミが、ちょっと位の高いゴミを虐めて悦に浸ってるだけかよ。…何かムカつくなぁ、お前が調子に乗ってんのは。またボロ雑巾にしてやるよ。この前学園でやったみたいにな」

 

 こっちに近寄って来るクズに対して、私は構えた。

 

「はぁ~~……バカが。俺の素能は“吸収(アセクト)”。受けた衝撃、ダメージを無効化出来る。仮にラッキーパンチ貰ったとしても、無効化できる。これが意味することが分からねぇのか? 分からないから底辺のゴミなんだよ、お前は」

 

「ダメージを吸収できるからって、吸収し続けられる訳じゃない」

 

「は? 何わけわかんない事言ってんだ? ……もういい、さっさと死ね」

 

 クズが殴りかかって来る。私はそれを避け、懐に飛び込んだ。そうすればもう至近距離。そこからはずっと私のターン。

 

 無勁正拳から二連掌・寸勁まで密着打撃混成接続。

 

「ぐ、が…ぁっ……!」

 

 最後の一撃が、ダメージを吸収しすぎたクズの体をくの字に折る。

 

「もうキャパオーバーか」

 

「こ、の…っ!」

 

 クズの打撃をわざと喰らう。しかし、素能を使いすぎて身体能力強化の元となる異能(キュリアを)切らした異能者(シンギュラリティ)の攻撃など、毛ほども痛くない。

 

「くそ、が…っ!!」

 

 その後も、素の身体能力で私を殴るクズだが、撫でられているに等しい。

 

「殴るってのは」

 

「おぐッ!!」

 

 クズの鳩尾に拳をめり込ませる。

 

「こうやるんじゃないのか?」

 

 膝を付くクズの髪を引っ張り、こっちを向かせる。

 

「後627発。溜まったツケを返させてもらう」

 

 

 

 10発目

 拳が肉にめり込む感触が良い。叫び声もだ。

 自分の手で人を下すのは楽しい。

 

 30発目

 顔は駄目だ。相手の意識を飛ばしかけてしまう。腹、腕、脚。このクズもそうしてたな。

 それに殴る場所によって叫び声が変わるのも良い。…愉しい。

 

 100発目

 反応が悪くなってきた。……面白くない、

 もっと叫べ、泣け、喚け。

 

 200発目

 何も言わなくなった。

 ……まぁいい。まだあと4つ玩具があるんだ。これはもういらない。

 

 

 

 

 

        ♢

 

 

 

 

 

 5つ目 八男

 

 次の玩具がある部屋を開く。視界には誰もいない。しかし、第二の目はしっかりと玩具を捉えていた。

 

十爪殺(じっそうさつ)!」

 

 上からの攻撃。

 

「弧月蹴・落星」

 

「げぼぐ…ッ!」

 

 黒子の弧月閃からヒントを得た技。玩具を地面に叩きつける。

 

「こいつは練習し始めて5日目の技。つまり、お前はそれほど取るに足らないって事だ」

 

 そのまま、執拗に腹を蹴り続ける。

 動かなくなってきたところで、ようやく止めた。私は玩具の手を取り、爪で皮膚を裂いていく。

 

「ぅあ…っ!」

 

「“虫食(フーホール)”、だったか? 相手に付けた傷を大きく切り開く事ができる。それで皮を剥がれた事があった」

 

「……まっ、まさか…!」

 

 丸くなってだんまりだった玩具が急に喚き始める。だがそれで良い。その反応こそ、私が見たかったものだ。

 

「ディスカバリーチャンネルで剥ぎ方は予習済みだ」

 

「や、やっ、止め…っ! っあああああああぁぁぁぁぁああ!!!」

 

 皮膚の裂け目に指を突っ込み、皮を剥がす。しかし、筋組織との癒着が強く、上手く剥げない。

 

「所見じゃ動画のように上手くいかないか。それともウサギやシカより人の皮の方が剥ぎにくいのかもしれない」

 

 気分が良い。気分が良いと言葉が溢れて止まらない。私以外の奴は口数が多いと思っていたが、私の口数が少なかっただけなのだと今理解した。

 

 皮の剥がれる音、玩具の鳴き声、飛び散る血。

 

 あぁ、愉しい。つくづく私は今までの人生を損していたんだな。

 

 

 

 

 

        ♢

 

 

 

 

 

 6つ目 三女

 

 次の玩具。玩具箱の中は真っ暗だった。次の玩具が持つ素能を考えれば納得だ。

 とはいえ、光が無くとも私の第二の目は玩具箱の様子を把握してくれる。玩具が閃光弾のピンを抜いた。それと同時に私は床を蹴る。

 

 玩具の後ろで光が爆ぜた。

 

 

 

 

 

「……がハッ!!」

 

 この玩具の素能は“(スケア)”。影を実体化させ、相手を殺傷する。影の濃さによって強度や速度、射程が変わるため、暗い部屋で強力な光源を作ったのだろう。

 

 おかげで右肩、左腕、右腿、左わき腹を貫かれた。しかし、血はほとんど出ていない。アドレナリンの賜物。

 

「げほっ! ごほっ! カハッ…!」

 

「……ずっと不思議なんだ。どうしてお前らは腹を殴られた程度で膝を付く? 膝やくるぶしの腱を切られたわけでもないのに」

 

 答えは期待してない。気分が良い時に出るただの独り言だ。玩具を足蹴にしながら、腰に巻いたポーチから試験管を取り出す。玩具の抵抗で割れていなくて良かった。

 

「理科の実験の時間。中学も不登校だったから、これが初めてだ。心が躍る」

 

 ゴム手袋と保護メガネとマスクを付ける。

 

「ちゃんと準備はしないとな。実験は安全が第一らしい」

 

 玩具にも同様の装備を無理やり付けさせる。それから試験管のガラス蓋を開け、中に入っている無色の液体を玩具にぶちまけた。

 始めは何かで濡れたという程度の反応を返す玩具。しかし、次第に顔を歪め始めた。

 

「いっ…だい…!?」

 

「塩酸。濃度は16%。お前が私にかけたのとどっちが濃い?」

 

「いっ、いた“い…!」

 

「大げさな。そんなに痛くはない。ソースは私。

 ……次だ」

 

 続けて試験管を取り出し、塩酸をかけた場所とは別の場所にぶちまける。

 

「硝酸。これも痛さで言えば、塩酸と似たり寄ったり」

 

「ぁぁぁあああ! 水…っ!」

 

 薬品を洗い流したいのか、水を求める玩具。私はもう一つ試験管を取り出し、塩酸と同じ場所に撒く。

 

「水酸化ナトリウム。塩酸と中和して水が出来るらしい。……いや、塩も同時に生成されるから食塩水か?

 化学ってのは偉大だな。人の肌を溶かす危険物がお前の望んでいるものに変身する」

 

 上機嫌だと口が良く回る。前座が終わって、実験本番ともなればなおさら。

 

「次は本命の硫酸。希硫酸、濃硫酸、熱濃硫酸……わざわざ三つ用意してやった。濃硫酸しか用意しなかったお前と違ってサービス精神旺盛だ。ちゃんとレビューしろよ?」

 

「ひ……っ!」

 

 試験管を傾けると、粘度の高い液体がゆっくりと零れる。

 

 

 

 化学反応で発生する熱と蒸気。肌が焼ける音、声帯を最大限震わした鳴き声。

 まさに福音だ。

 

 

 

 

 

        ♢

 

 

 

 

 

 7つ目 次男

 

 楽しい愉しい実験を終えて、部屋を出る。マスクや保護メガネを廊下に捨て、次の玩具を求めて彷徨(さまよ)い歩く。そこで、実験で遊んだ玩具から受けた傷が塞がり始めているのに気づいた。

 

 1時間ぐらいか。稽古以外でここまで熱中したのは初めてだ。

 

 実験内容を思い出して良い気持ちに浸っていると、次の目的地に着いた。

 玩具は後二つか。名残惜しいとは、きっとこの感情を言うのだろう。

 

 そんな心持ちで扉を蹴破る。すると、部屋の中には神妙な面持ちの玩具がいた。

 

「……」

 

 他の玩具と違って、今回の玩具は無駄に鳴かない。反応がどうあれ、私がやる事はもう決まっているのだが。

 一発殴る。

 

「ぐっ……!」

 

 抵抗しない。もう一発。

 

「がっ……!」

 

 やはり抵抗しない。やりやすくて良い。そのまま続ける。

 

「がはっ……!」

 

 ……愉しくない。不思議だ。人を殴るのは天上に昇る至福だったはずなのに。

 

「なぜ抵抗しない。鳴かない。叫ばない」

 

「……私は、君に対して酷い事をしてしまった。魔が差した……というはおこがましいか。とにかく許されない事をした。だから、甘んじて罰を受け入れているだけだ」

 

 玩具がどうでも良い事をのたまう。抵抗しない理由に答えれば良いものを。

 

 ……待て、私はどうしてこんな質問をした? ほとんど無意識に口から零れたものだが…

 

 顎に手を当てて、少し考える。内省は得意だ。他人がおしゃべりしている間、私は自分と話すしかなかったのだから。

 

 …………そうか。人を殴る事が愉しいのではない。殴った結果、玩具が苦しむ。それが愉しいのだ。

 しかし、この玩具は泣きもしなければ叫びもしない。だから、殴ってもつまらない。

 

 楽しみにしていた玩具が欠陥品だった。この事実に私は落胆を隠せなかった。最後の玩具に望みを託すべく、私は(きびす)を返そうとした。しかし、そこで踏みとどまる。

 

 ……いや、待て。

 玩具に欠陥があるんじゃない。もしかして、私の遊び方が間違っているのか? 道具にはそれぞれ適した使い方がある。ならば玩具にもそれぞれ適した遊び方があるのは道理だ。

 問題はこの玩具の正しい遊び方をどう見つけるか、だが…。

 

 考えながらも、とりあえず手が動いてしまった。殴るという間違った遊び方を実行すると、玩具が床に倒れ、胸ポケットから財布が落ちた。そして、その財布から一枚の写真が顔を覗かせる。

 なんとなく気になった私は、その写真を財布から抜き取った。

 

 玩具の家族写真。子供は二人いる。

 

「ロリコン、それに加えて近親相姦趣味を持っていても家庭を築けるものなんだな」

 

「っ……!」

 

 私の率直な感想に、玩具が顔を曇らせた。

 …これか? 今、私はこの玩具の正しい遊び方に近付いているような気がする。

 

「ちゃんと勃ったのか? 奥さんを窒息死させなかったか?」

 

 しかし、続く私の言葉に神妙な表情を浮かべるものの、私の望む反応はしない玩具。

 間違いだったか、と思い直し、写真を放り捨てる。

 

 その時、玩具が安堵したのを見逃さなかった。放り捨てた写真を空中で再び掴む。

 

 安堵とは恐怖の反対。

 つまり、この写真が恐怖の元――つまり玩具の説明書というわけだ。

 

 私は財布を床から拾い上げ、保険証と運転免許証を取り出す。その二つに記載されている住所に相違が無い事を確認し、保険証をポケットに押し込んだ。

 

「な、何を……」

 

「住所を押さえた」

 

「……ま、まさか…っ!」

 

 玩具が血相を変える。ビンゴ。

 

「か、家族に手を出す気か…!?」

 

「だったらどうする?」

 

「妻や子供には何の罪もないだろう!?」

 

「だったら私には何か罪があったか?」

 

「…………それ、は…」

 

「しいて言うなら、この家に産まれてきたのが不幸だったというぐらいか。

 お前の妻も子も、お前と結婚し、お前の元に産まれて来たことが不幸だった。ただそれだけ……違うか?」

 

 膝を折り、その場にうずくまる玩具。

 

 力を振るうだけでは得られない(おもむき)……良い玩具だ。欠陥品と思ってしまったのは訂正しなければいけない。

 

 私も膝を付き、玩具の耳元に顔を寄せる。

 

「住処を変えても無駄だ、必ず探し出す。…震えて眠れ」

 

 そう(ささや)いてから髪を掴み、無理やりこちらを向かせる。

 

 

 絶望 悲哀

 

 

 ぐるんと意識が一周したかと思えば、たまらない幸福感に包まれる。意識が安定してくると、不思議な満足感、それと幸福のピークを過ぎてしまったという僅かな寂寥(せきりょう)感を感じるように。

 先人はこの気持ちを“()()び”と表したに違いない。

 

 

 

 

 

        ♢

 

 

 

 

 

 8つ目 長男

 

 あぁ、次が最後の玩具か。

 一抹の寂しさを覚えながら足を進めていると、前から玩具が歩いて来た。配送サービスとは気が利く。

 

「随分と暴れているようだな」

 

 この玩具の遊び方は……無力化してから考えるか。

 

 一気に間合いを詰め、正拳を放つ。しかし、その拳は玩具に止められてしまった。予想だにしない現実に、私は目を剥く。

 

「自分からわざわざ死にに来るか。やはりゴミの思考は解せんな」

 

 瞬間、玩具の体から電子がリレー上に流れ込んでくる。私はそれの流れを変え、皮膚表面を通らせ外に放電。

 

「……ほう、驚いたぞ。電撃の出力はゴミでも、操作はできるようになったのか」

 

 うるさい玩具だ。今の私は自分の身に起こった不思議に考える事で精いっぱいだというのに。

 

「私の電撃(ヴォルト)を無効化したのは誉めてやろう。とはいえ、体術で勝てなければ何の意味もないが。さっきの突き、蚊が止まるかと思ったぞ」

 

 さっきの突き。……どうして私は“手加減”をした? 手加減をする必要はどこにも無いはずなのに。

 

「さっさとくたばれ」

 

 蚊が止まりそうな玩具の攻撃をいなしながら、考える。

 

 …ほら、今も。手を出せばクリーンヒットする隙が見えているのに、どうして私は手を出さない? さっさと無力化して遊ぶのが効率的だろうに。

 

「受けはそこそこ上手いようだな。面倒な」

 

 分からない。分からないが、ひとまずは流れに従う。きっと私の無意識が体に手加減させているのだ。こういう時、無意識に任せておけば案外悪いようにはならない。

 

 ……あぁ、それにしても浅い攻めだ。触れれば即K.Oの素能持ちとはいえ、もう少し近接戦闘技術を磨けなかったのか。

 

「……この程度か」

 

 私の呟きに玩具が顔を歪める。

 

「もういい――死ね」

 

 見え見えのテレフォンパンチ。――反撃一閃。

 私の拳が玩具の顔にめり込んでいた。

 

「ぶぐ…っ! …く、くそ…っ!」

 

 鼻を押さえて悔しがる玩具。上がる口角。

 

 ……あぁ、そういう事か。ようやく分かったよ、私の無意識。察しが悪くて悪いな。

 

「素能だよりの雑魚、か…」

 

 私がそう言うと、玩具は顔を真っ赤にしてこちらを睨みつけてくる。

 

「たまたま当たったラッキーパンチでイキがりやがって…! 二度はないっ!」

 

 怒りをむき出しにして殴りかかって来る玩具を見ると、何故か愉快な気持ちになって来る。

 こちらからも踏み込み、懐に飛び込む。

 

「この…っ!」

 

 密着する私にイラつき、引きはがそうとしてくる。その手をのらりくらりと躱しながら、ワザとらしくあくびをして見せる。

 すると、玩具は額に血管を浮べていた。

 

 なるほど、自分の身の丈を超えて調子に乗っている奴をバカにするのは愉しい。柄鎖(つかさ)がそうするのも頷ける。

 

「舐めるのも…いい加減にしろっ!!」

 

「分かった」

 

 寸勁。玩具の心臓部分へと的確に繰り出す。

 

「ぅ………っ……ぁ……ッ!」

 

 その一撃は玩具の心臓を僅かに停止させる。血液が止まり、酸素の供給が止まった体は当然動きが鈍くなる。その隙に玩具を組み伏せた。

 潰れたカエルの様な玩具目掛けて足を振り上げる。そのまま手を踏みつけ、踏みつけ、踏みつけ。グチャグチャにへし折った。

 

「ぐッ! ッアっ! ぐぁぁあああああッ!!!」

 

 調子に乗っている奴をバカにするのは愉しい。

 けど、這いつくばる弱者を踏みにじる方がもっと愉しい。

 

「今度、柄鎖に教えてやらないとな」

 

 そう呟きながら足を振り上げ、反対の手もグチャグチャにへし折る。

 

「ギィィィィィッッ!!!」

 

 最後の玩具だ。少しずつ、少しずつ、ゆっくり愉しもう。

 

 

 

 

 

       ♢

 

 

 

 

 

 最後の玩具がついに鳴かなくなった。

 

「もう……終わりか」

 

 膨大な幸福感から一転、愉しみを失った喪失感が体を襲ってきた。

 その心の穴を埋めるために今日の出来事を回想していると、拍手が二人分聞こえてくる。

 

「素晴らしい……素晴らしいぞ、雷夢」

 

「えぇ、本当に。正直、雷夢が生き残るとは思いませんでしたが」

 

 手を鳴らしているのは両親(おもちゃ)たち。

 

「ふふふ、一つの容器に毒虫を閉じ込め、殺し合いをさせる……。真の強者を育てるには蠱毒の手法が一番だ」

 

「私は下馬評どおり長男が残ると思っていたんですけどねぇ…。まさかアナタの予想が的中するとは」

 

「儂は大穴が好きでな。わざわざ異能学園にも通わせたかいがあったというものだ」

 

「ちょっと贔屓しすぎな気もしますが……こうして後継者が育ったのだからまぁ良しとしましょうか」

 

 あぁ、まだ二つも玩具が残っていた。“棚ぼた”だ。

 

「雷夢、これからは異能学園はもう退学しろ。これからは雷家の後継者としての英才教育を、がぐゥッ!?」

 

「アナタ!? 雷夢ッ! 親に向かって何を、ゲグぅッ!?」

 

「ぐっ……乱心したか、馬鹿娘が! それとも親である私を超えたとでも思っているのか!?」

 

「教育が必要な様ね…! 私とアナタ、二人でかかれば小娘一人、すぐよ!」

 

 

 

 

 

 

 無力化した玩具が二つ。あぁ、一度に二つも。贅沢だ。

 

「………ふひっ…ひひひっ…! …ひひひひっ! ヒャはハはhaハhaはhaハhaハハhahaハハhaッッッ!!!!」

 

 “人生の岐路は”。そう聞かれれば、私は必ず今日を選ぶだろう。

 

 

 

 

 

        ♢

 

 

 

 

 

 気づけば壊れた玩具が二つ。

 ……流石に今日はもう疲れた。遊ぶというのも案外と疲れるものだ。

 

 重たい体を引きずって自室まで戻る。シャワーを浴びて着替えた後、すぐさまベッドに飛び込んだ。

 そのまま目を閉じる。疲れ切った今ならすぐに眠たくなるはずだ。

 

 ……そう思っていたが、何故だか目が冴えてしょうがない。

 

 目を空けて天井を見つめていると、虚無感が体を包む。

 玩具で遊んでいた時は鮮烈な幸福感を得ていた。それが無くなっただけでこうも、寂しくなるものなのか。今は柔らかいベッドの上で安楽としているというのに。

 

 昼間の快感が脳裏をよぎって止まない。ドクドクと心臓が脈を打つ。体全身が熱い。

 しかし、ベッドからは動きたくない。今日はもう疲れた。今から玩具を探すのは億劫(おっくう)だ。

 

 

 

 

 

 だから、私は代替手段を選んだ。

 下腹部に手を伸ばし、ズボンの中に手を入れる。

 

 おかずは今日の体験。

 

 初めてするが、思ったより気持ち良い。じくじくと強い快感が脳を焼く。玩具で遊んだ記憶を頼りに悦を貪る。

 

「…………ふぐっ」

 

 変な声が出た。体が意志に反して跳ねる。視界が白く染まっていく。

 

 正常な意識を取り戻すと、再び虚無感が襲ってくる。

 

「……」

 

 その隙間を埋めるように、行為に淫した。

 

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