現代異能の災禍希望(パンドラボックス)   作:RKC

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3. 安寧

 気づけば昼。私が寝ているベッドは酷く濡れていた。

 喉が渇く。シャワーを浴びるついでにシャワーヘッドから水分補給をした。

 

 シャワーを終え、着替えを済ませると、扉がノックされる。

 

「ご当主様、入室してもよろしいでしょうか」

 

 執事の声。

 

「入れ…………いや、待て。当主?」

 

 私が違和感に気づくまでに入室を済ませた執事。そいつは丁寧に答える。

 

「はい。昨日(さくじつ)、雷夢様が前当主を倒されました。ですので、(いかづち)家の掟に(のっと)り、雷夢様が当主となりました。

 つきましてはいかがいたしましょうか。ご当主様は今後、雷家をどのように運営されますか?」

 

「興味ない。お前が好きにやれ」

 

「仰せのままに。…遅まきながらですが、朝食でございます」

 

 執事が料理の乗ったワゴンを私の目の前まで動かす。そして、椅子すらない私の部屋に折り畳み式の椅子を敷設する。

 執事が飲み物を用意する間、手持ち無沙汰な私。胸がぽっかりと空いたような喪失感は昨日から相変わらずだ。

 

「……はぁ」

 

 柄にもなくため息をつく。すると、食事の準備を終えた執事が口を開いた。

 

「本日お客様が来ておられます。きっとご当主様の暇つぶしになるかと」

 

 執事はそれだけ言い残して、部屋を出て行ってしまった。

 

 

 

 

 

        ♢

 

 

 

 

 

 来客(おもちゃ)。暇つぶしになるらしいそれを求めて、屋敷を歩き回る。すると玄関で運よく鉢合わせた。

 

「お前か!? 雷臥(らいが)の兄貴をあんな目に合わせたのは!」

 

「っ…ね、ねぇ……止めようよぉ…」

 

 分家の玩具たち。それも強気なのと弱気なのが二つ。

 

「だったらなんだ」

 

「かたき討ちに決まってるだろ! 俺が相手だ! かかって来い!」

 

「だ、ダメだって…! 私達じゃ絶対勝てないよ…!」

 

「うるさい! こんなちっこいのに兄貴が負けるわけないだろ! きっと何かズルい手を使われたに決まってる! まともにやればこんな奴、俺でも倒せるさ! 喰らえっげgッ!」

 

 口上が長い。今はインスタントに遊びたい気分なんだ。

 

「いっつ……! な、何がゥッ!! ゥグッ! ァぐっ!」

 

 吹っ飛んだ玩具を殴る、殴る、殴る。

 しかし、この玩具は一方的に殴りつけても、私を睨み返してくる。

 

 遊び方が面倒なタイプの玩具だ。今はインスタントに遊びたい気分なんだよ。

 

 だから、標的を変えた。強気な方から弱気な方に。きっと、こっちの方が手軽に遊べる。

 

「ひっ……、ご、ごめんなさい…!」

 

「おいっ!! お、俺はともかく、そいつは関係ないだろ!? 殴るなら俺にしろ!」

 

 強気な玩具が慌てる。

 あぁ、なるほど。この玩具は2つで1セットなのか。

 

 弱気な玩具の頬をペシペシと平手で軽く叩く。痛くもない程度だろうに、それだけで玩具は目じりから涙をあふれさせた。

 

 他人の涙は良い。私を豊かにしてくれる。

 そして他人の叫び声はもっと良い。

 

 腕を振りかぶる。

 

「っ…! この、クズが!!」

 

 しかし、強気な玩具の一言に手を止めた。そう呼ばれるのは心外だ。私が最も嫌う人種とひとくくりにされてはたまらない。

 

「……クズ? 違う。クズってのは人を人とも思わず、弱い者を虐げ、怯える様を見て愉悦の表情を浮かべるような奴を指す。それこそ、お前らが慕ってるような兄貴のような奴をな。

 それにひきかえ、私のどこがクズだ? 私の……わたし、の…………」

 

 どこがクズかって?

 

 

 

 

 

 ……全部?

 

 痛い。頭にひびが入ったように。思わず頭を手で押さえる。

 同時に浮遊感。無限に落下し続けるような……。

 

「……違う…ちがう、はずだ……」

 

 私はクズではない。私がしてきた行為には全て正当な理由があるはず。

 

 正義だ。あいつらは社会のダニ。それを掃除するのは福祉に値するはず。そう、根絶やしにしなければいけないのだ。

 …だったらなぜ、あいつらは全員生きている? なぜ駆除しなかった? 

 

 大義名分が一つ剥がれる。

 

 復讐だ。あいつらが私にしてきたことをただやり返しただけ。そう、やられたからやり返しただけ。

 …だったらなぜ、関係の無い家族や、分家の奴らに力を振るおうとした?

 

 また、大義名分が一つ剥がれる。

 

 それからも大義名分の装甲を纏おうとするが、どれも上手く接着してくれない。ボロボロと剥がれ落ちていく。

 

 

 

 気づけば、門構えの前にある大きな噴水に着いていた。溜まっている水を覗き込むと、自分の顔が映し出される。

 

 ひどく醜悪な笑顔。私がこの世で最も嫌いな愉悦の

 

 ベゴォッ!!

 

 水面に振り下ろした拳が噴水を破壊する。水が無秩序に放水され、私は濡れ鼠に。

 

「…………くっ…クククク……っ! ハハハハハハハ……ッ!」

 

 復讐、正義。その二枚の皮を剝いだだけで、私の本性はいともたやすく露見した。

 

 ただのクズ。弱者を虐げ、苦しむ顔を見て悦に浸るただのクズだ。

 

「アッハハハハハハハハッッ!!」

 

 蛙の子は蛙。

 私も、所詮は雷家(こえだめ)の人間か。

 

「ハハハハハハハッ!! ハハハ、ハハ、ハ……ハ…………」

 

 ひとしきり笑い、息を吐ききった私は噴水に顔を突っ込んだ。

 私の拳で壊れて水が抜けている噴水だが、呼吸器官を塞ぐ程度の水嵩(みずかさ)はある。

 

 クズを自覚したまま、のうのうと生きるぐらいなら死んだ方がマシだ。

 

 

 

 

 

 意識が遠のいていく。

 頭をよぎるのは、嫌な思い出ばかり。痛み、苦しみ、恐怖、怒り、悲しみ、憎しみ。

 

 体が生を求めて、水面から顔を上げようとする。私は右腕で自分の顔を押さえつけた。

 

 抵抗するな。大人しく死ね。あんな奴らと同類のクズでいたくない。

 無に…帰った……方が……マシ…………。

 

 本格的に気が遠のく。体もようやく抵抗を止めた。

 

 あぁ、やっと死ねる。

 

 その時、嫌な思い出ばかりの走馬灯が少しだけ変わった。

 

 執事、国語の教師、保険医、柄鎖、狼牙。

 

 

 

 ……最後に……会って…おき………たか…………………………………………――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

        ♢

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ゲホッ! ガハッ! ゴホッ、ゴホ…っ!」

 

 突如、闇の中から意識が引き戻される。

 気分は最悪だ。何もない黄泉(よみ)から、嫌な事ばかりの現世に強制送還されたのだから。

 

「か、帰って来たっ…!」

 

 声の方に視線を向けると、そこには涙を流している狼牙がいた。

 

「本当に……死んだかと……!」

 

 

 

 この玩具の急所は私か。本当に死んだらどんな顔をするだろう。いや、死んだらその表情も見れない。いったいどうすれば。

 

 

 

 ――――不思議と、そんな黒い考えは浮かんでこなかった。

 

「……濡れ…るぞ…」

 

 私に抱き着く狼牙を手で退けようとする。しかし、力が入らない。結局、私はされるがままだ。

 

「なん、で……ここに……」

 

「良かった……間に合って、良かった…」

 

 狼牙は私の問いに答えず、泣くばかり。私は震える手を狼牙の背に回す。

 

「泣く、な……」

 

 しかし、狼牙は泣き止んでくれない。

 

「もう…死なない……だから…泣く、な……」

 

 そうは言ってもしばらくの間、狼牙は泣き止んでくれなかった。

 

 

 

 

 

       ♢

 

 

 

 

 

 三途の川を往復した翌日。今の私は異能学園の校庭にいる。

 

 復路を導いてくれた狼牙。最近の私の様子がおかしく、そんな折に実家に帰ったため、気になって様子を見に来たらしい。そして大きな門の外から、噴水に顔を突っ込んだまま動かない私を見つけた。そんな経緯だ。

 

「おーい、雷!」

 

 稽古の最中、国語の教師の声が聞こえてくる。

 

「何だ?」

 

「敬語を使え、敬語を。相も変わらず稽古ばっかりだな、雷は」

 

「こうしていないとクズになる」

 

「言葉のドッチボールは止めような? もう少し会話の段階を踏んだ方が良いぞ」

 

「教室にも一度行ってみた。けど周りの玩具でどう遊ぶかばかり考える。……それは嫌だ」

 

「玩具って……そんな物、教室にあったか?」

 

「1クラスに25個。たっぷりある」

 

「25個、ねぇ……。25人の間違いじゃないか?」

 

「単位なんかどうでも良いだろう」

 

「おー、荒んでる荒んでる」

 

 そう言いながら、教師はベンチに腰かけた。私はその横に座る。

 

「何だ? いつになく距離が近いぞ」

 

「相談がある」

 

「お前はいつも突然だな……。で、相談ってのは何だ?」

 

「人はどうやって生きる?」

 

「……生物学的な事が聞きたいなら、生物の先生に聞いた方が良いんじゃないか?」

 

「違う。私以外の人は何を頼りに生きているのか、それが知りたい。

 昨日、死なないと約束してしまった。けど、私にはそれ以外に生きている意味を見いだせない。それは……空虚だ」

 

「ふーむ……。まぁやっぱり娯楽じゃないか? 人生、辛い事があったとしても楽しい事をすれば気も紛れるってもんだ。

 雷夢は何か楽しい事、無いのか?」

 

「人を虐げ、痛めつけ、苦しめる事」

 

「…………」

 

「けど、それはしたくない。クズでいたくない」

 

「…じゃあ、稽古は? さっきもやってただろ?」

 

「稽古の最中は何も考えなくて済む。

 急ぐ社会人の足を折り、この後の予定に遅れさせたらどんな顔をするだろうか。あの親子の子供だけを切り裂いて殺したら、親はどんな顔をするだろうか。

 そういう事を考えなくて済むからやっている」

 

「…………」

 

「そもそも、過剰な娯楽はいらない。過ぎた快楽の後には必ず虚無感が襲ってくる。

 脳を焼くような快楽も、天上の幸福も、涎が出るような愉悦もいらない。

 代わりに夜も眠れない怒りも、頭からこびりついて離れない憎しみも、無限に落ち続けるような絶望もいらない。

 ……安寧で居たい」

 

「おっ、それじゃないか? 安寧」

 

「…安寧?」

 

「そうそう。さっき雷が言った言葉。安寧を目指して生きてみればどうだ? 他の何でもない、自分から出た言葉だしな」

 

「安寧……」

 

「安寧っていうと、落ち着く、癒される、とかそんな感じだよな。そう思った時は何かあるか?」

 

「……こうして、お前と話している時。

執事に世話をされている時。

狼牙と稽古している時。

柄鎖と一緒に居る時。

他には……」

 

 少し考え、私は自分の手で自分の腕を折った。

 

「え、ちょ、お、えぇ!!? な、何やってんだ!?」

 

「腕を折った」

 

「見りゃわかる! 何でそんな事したんだ、って聞いてんだ!」

 

「安寧のためだ」

 

 私は折れた腕をぶら下げ、保健室へと向かった。

 

 

 

 

 

      ♢

 

 

 

 

 

「折れた」

 

「またかい? しょうがないねぇ…」

 

 腕を折った私は保健室で治療してもらっていた。治癒の素能を受け、ベッドに腰かける。そして、保険医が料理をするのをじっと眺めていた。すると、保険医が聞いてくる。

 

「一つ聞いても良いかな?」

 

「何だ」

 

「さっきの骨折だけどね。外傷というよりかは、自分で折ったように見えるのは私の気のせいかな?」

 

「気のせいじゃない」

 

 私がそう言うと、保険医が調理器具を床に落とす。

 

「……何でそんな事を?」

 

「お前に治療して欲しかったから」

 

「い、いや、怪我をしたらもちろん治療するが、自傷してまでここに来る必要はないだろう?」

 

「必要ある」

 

 私はさっきの国語教師との会話を引き合いに出し、なぜ安寧を求めているかまで説明した。

 

「私が求めるのは、復讐でも正義でも愉悦でもない。安寧だ。

 この部屋でお前といる時は、不思議と落ち着く。だからここに来た」

 

「……そうか。やっと……」

 

 保険医が突如こちらに近寄ってきて、私を抱きしめた。

 

「バカ。別に怪我してなくても、ここに来て良いのに」

 

 私の第二の目は保険医の涙を捉える。

 

「……なぜ泣く」

 

「ずずっ…なんで、だろうね。 雷夢君は分かるかい?」

 

「知るか」

 

「バカ」

 

 なぜか罵られた。お前も答えを知らないくせに。

 そんな不満も、すぐに消え失せる。保険医の腕の中はとても暖かい。私は穏やかな気持ちで保険医の背に手を回した。

 

「泣くな」

 

「……優しいんだね。いや、知っていたさ」

 

 抱かれる力が強くなる。暖かい。

 

「奇跡みたいだよ、本当に……」

 

 安寧。

 ハッキリと自覚する。正にこれこそが私の求めていた物だ。

 

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