ホームルーム前
「正拳チャーレンジッ!」
そう叫ぶのは結界ちゃん。久しぶりの登場である。
「……今度は何だ。前の5重結界もぶち破っただろ?」
面倒くさいのに絡まれたと、げんなりする狼牙に結界ちゃんは指を突き付ける。
「今度のはぜぇ~~~ったい破れないから! 例の如く3日徹夜よ!!」
「ちゃんと寝ろよ…」
「徹夜3日目! 限界ギリギリで船をこいでる時にアイデアってのは浮かんでくるもんなの! かの有名なアインシュタインだってお昼寝の最中に相対性理論を思い付いたって言われてるんだから!」
などと二人が口論している間に、騒ぎを聞きつけたクラスメイト達が寄って来る。
「さぁ今日も始まりました! 結界ちゃんVS狼牙のエキシビションマッチ!! 解説の
「そうですね。二人のマッチはこれまでに12度行われています。しかし、結界ちゃん選手は全てに戦いにおいて惨敗しているため、9:1で狼牙選手が有利というのが私見です」
「確かに! 前々回はボートやサッカーゴールのネットにも使われているハニカム構造を模した、ハニカム結界を披露してくれましたが、容易く破壊されてしまいましたからね。
前回は下手な工夫は止めたのか、5重結界という力技を披露してくれましたが、普通に壊されていました!」
「結界を5重に重ねるという発想は良かったのですが、一枚一枚の強度が弱くなっていたのが痛かったですね」
「そこの外野二人! 喧しい!
今回こそはマジのガチで最強結界だから耳ん穴かっぽじってよく見とけぇい!!」
「結界ちゃん選手のビッグマウスが出ました。今回も期待できそうにありませんよ」
「まだ言うか!!」
ぐぬぬと歯ぎしりしながらも、結界ちゃんは腕を前に突き出し、目を見開いて集中する。
「p、ぱ…ぱっぱパワーー!!!」
とんでもない掛け声と共に結界ちゃんの素能“
「これが……はぁ、新作の…はぁ…はぁ……多重ミルフィーユ結界…! じ、尋常に……し、勝負……!」
「わ、分かった。分かったから少し休んでろ…」
息も絶え絶えな結界ちゃんに、渋々構える狼牙。腰を落とし、呼吸を整える。
「さぁ! 張った張った!! 狼牙、単勝1.02倍! 結界ちゃん、単勝67倍だよ! もう締め切っちゃうよ!」
なにやら賭けも行われているようだ。狼牙は騒音に惑わされない。
「……フッ!」
完全な状態から正拳を繰り出す。
ギャむベキャにぃ…
そして変な音が鳴った。
拳は結界の途中で止まっている。
「っ…! 俺の正拳が…?」
「わ、割れていません…! Winner! 結界ちゃん選手!!
下馬評を覆し、見事勝利を掴みました!!」
「いよっしゃー!!!」
結界ちゃんが拳を突き上げるのと同時に、野次馬達が慟哭を上げる。
「俺のお小遣いがぁーーーーッ!!!」
「落ちてる金を拾うようなもんだっただろ…!! なんでこんな事に…っ!」
「通るかッ! こんなもんっ!」
「ノーカンッ! ノーカンッ!」
おそらく狼牙に賭けていた者達であろう。野次馬は無視して、解説役の生徒が結界ちゃんにマイクを向ける素振りをする。
「えー、ヒーローインタビューです。結界ちゃん選手、今回の勝因は何だったと思いますか?」
「いやー、やっぱり硬結界と軟結界を交互に重ねたミルフィーユ構造にしたのが良かったね! もともとグーの正拳は軟結界で防げてたし、手刀の正拳は硬結界で防げてたのよ。そいつを重ねてやれば最強ってわけ!!
結界!最強! 結界!最強! オマエらも結界最強と叫びなさい!!」
「「結界最強! 結界最強!!」」
そう唱和するのは、恐らく結界ちゃんに賭けていた者達だろう。この騒ぎは、先生がやってくるまで続いた。
♢
3限目 数学
「昨日やった小テスト返すぞ~。満点は
「相変わらずあいつら頭良いよな……。中間テストもトップ10入りしてたし」
「あぁ、学内ランキングも1位と2位だ。文武両道ってやつだ」
「反対に
「えぇ……だって昨日2徹目で、今日は3徹目だもん……。お休みなしゃい……」
「……
そんで
そして
「えー……。四則演算出来れば生きてくのに困らないのです。二次関数とか整数の性質とかどうでも良くないですか?」
「良くない! 論理的思考は数学によって鍛えられる! それを疎かにすると言う事は人間に産まれたメリットを全て放棄することに等しい!
五文銭は特別に今から補修だ! 数外の事以外考えられなくしてやるからな!!」
「それは勘弁願うのです」
フシみんは窓際後方の席。彼女は窓を開け、校庭へと飛び降りる。
「逃がすかッ!! テメェら! 今度こそ
「「「うぉおオオオオオオ!!!」」」
フシみんを追って、教師・生徒が一斉に校庭へ飛び降りる。鬼ごっこの始まりだ。
「わぁ。凄い追手の数なのです。質も量も
校庭の隅に追い詰められたフシみん。しかし、彼女は学園の外に逃げるような真似はせず、追手に向かって駆け出す。
「捕まえ……てない! 何だあの動き!?」
「グッ! バカお前! ちゃんと動きを封じろよ!」
「バカはお前だろ! 左に動いてりゃ詰ませられてただろ!!」
「中庭に逃げたぞ! 追え追え追え!!」
校舎の外はけたたましい。
「……これ、どう解いた?」
「それはこちらの公式を応用すれば…」
一方で
♢
5限目 体育
体育は他のクラスとの合同授業だ。今回は1年A組と1年B組の組み合わせ。内容はバスケットボール。
そしてその内容はジャンプ漫画のバスケものを模していた。
「一本! 一本じっくり!」
状況はA組の5点ビハインド。3限、4限、昼休みと熟睡した結界ちゃんがボールを保持している。
何とかして点を取りたいところだが、B組のディフェンスは固く、そうそう点を入れさせてくれそうにない。
そんな状態で何を思ったのか、結界ちゃんはB組の生徒に向けてボールをパスした。
「はいカット…」
その時、B組の生徒の死角からフシみんが姿を現す。
「げぇっ! いつの間に!?」
「でたっ!
フシみんはボールを受け取……らず、そのまま掌底で弾き飛ばす。そしてゴール下の選手へと渡った。
「からのイグナイトパス!
ボールを受け取ったA組の生徒は素能“
特に必要も無い変身を終えた彼はそのままゴールにダンク。
「ウホッ!!」
「決まったーッ! ゴリラダーンク!!」
完璧な連携。と、思われたが、B組の生徒が異変に気付く。
「ん? 1,2,3,4……おい待て! ミスディレクション使った奴マジで6人目じゃねぇか!! ズルだぞズル!!」
バスケは五人でやるスポーツである。
「うるせぇ! 選手交代がちょっと遅れただけだろ! 細かい事気にすんな!」
新たにフシみんが入場し、先ほどダンクを決めた生徒がコートを去る。
「くっ……! とにかく点取り返すぞ! あの女には気を付けろ! 気配を消すぞ!」
注目されるフシみん。さしもの彼女もこれほどまでに注目されては気配を消し切れない。しかし……
「幻の
結界ちゃんの呟きと共に、B組の生徒からボールが奪われる。それを為した影の正体は狼牙。
「でたッ! 狼牙のパーフェクトコピー!
「……おい待て! あいつも六人目じゃねぇか! 審判止めろ!」
「バカ! 審判はいねぇよ! 速くディフェンス戻れ!」
「狼牙だ! 狼牙を止めろ!」
突如ボールを奪われたB組。そのため、シュート体勢に入る狼牙の前には一人しかディフェンスがいない。しかし、一人で十分。
「フンフンフンフンフンフンフン!!」
狼牙の前には壁が出来ていた。B組の生徒が残像を残しながら狼牙のシュートコースを塞ぐ。
「フンフンディフェンス!」
「あんな技を隠し持っていたか!」
だが、狼牙も冷静だった。シュートは打たずに空中でバックパス。そこには完全フリーの結界ちゃんが。
「
A組の野次。それに答え、結界ちゃんは3Pシュートを打つ。
「一本でも多く3Pを決める。それだけなのだよ」
「緑間じゃねぇか!?」
かくして、結界ちゃんの手から放たれたボール。
それは放物線を描く前に、体育館の天井にぶつかった。
「……力入れすぎちゃった」
「バカ何やってんだ!? 入らねぇのに3Pなんて打つな!」
「せっかくのチャンス不意にしてんじゃねぇよ!」
「しかも6対5で!?」
「どあほうが」
「うぅ……」
責められた結界ちゃんは羞恥で顔を真っ赤に。
これが異能学園の体育の時間だ。漫画の世界の技を再現できる人材がそろっているのがなまじ恐ろしい。もちろんテニスの授業では“波動球”だったり“
大騒ぎのコートを
「珍しいですわね。雷夢様が体育に参加なされるのは」
「体育の時間は合同授業でお前と狼牙に会える。だから来た」
「あら、私と狼牙様にですか?」
「そうでなければこんな人の多いところには来ない。下手な考えが
「そうでしたか。……試合にも出て見たらいかがですか?」
「必要ない」
「案外と楽しいものですわよ、こういった遊戯で体を動かすのも。真剣勝負続きだったでしょう?」
「……」
雷夢は無言のまま立つ。そしてコートの方に足を進めた。
シューズが体育館にこすれ、キュッ、と音を立てる。それだけで、体育館中の視線が雷夢に集まった。誰もが無視できない圧倒的な存在感。
「変われ」
「え、あ…は、はい」
雷夢と比べて体格差が倍以上ある男子生徒が、彼女の一声で素直に下がった。
「寄こせ」
「は、はいっ!」
B組の生徒が雷夢へとボールを渡す。彼女は初めてボールに触るのか、感触を確かめるようにその場でドリブルを繰り返す。
ダム、ダム、ダム
ドリブルの音が体育館に
「そういえば雷夢…さんが何かする所、俺は初めて見る」
「確かに。いつもはずっと授業サボって校庭で稽古してるしな」
「私は手合わせしたことあるけど、やっぱり片目が見えないハンデは大きそうだったかな。でも……」
女生徒が言葉を切り、身を震わせる。それと同時に、ボールに慣れた雷夢がゆっくりと歩き始めた。
「……っ、マークにつけ! 結界ちゃん!」
「おつけい! 一留してる先輩だからって容赦は無用! 本気、で……」
雷夢の前に立ちはだかる結界ちゃん。その瞬間、蟲の幻覚が。首元には
そんなおぞましい幻想に囚われるのは一瞬。結界ちゃんはヘラヘラした顔を引き締め、言葉通り本気で雷夢と対峙する。
張り詰める空気、場の温度が下がっていく。
その時、いつのまにか雷夢の後ろに回り込んでいたフシみんがボールに手を伸ばす。しかし、第二の目で360°に視界を持つ雷夢に気配を消した不意打ちは無意味。
雷夢は小さな手でバスケットボールを奪われないよう引き戻す。しかし、そっちはそっちで結界ちゃんがいる。
このままではボールを奪われてしまう。
「1秒後に戻せ」
そこで雷夢はパスをした。
ボールという枷を失った雷夢は、結界ちゃんとフシみんを振り切り、コートを駆ける。そして、大きく跳躍した。センターラインからの大ジャンプ。
ちょうど1秒数えて、雷夢にボールを戻すB組の生徒。空中でボールを受け取る雷夢。そこに張り合う狼牙。
果たして空中戦を制したのは雷夢だった。本家の無勁で狼牙に競り勝ち、そのままダンクを決める。
ゴールに捕まったまま、ゆらゆらと揺れる雷夢。振れが収まった頃にようやく床に足を付ける。
「……悪くはない」
雷夢はそれだけ言い、コートを去った。
「すげぇ……。ほとんど一人で決めた…」
「バケモンだぜ、ありゃあ」
「ディフェンスを吹き飛ばす破壊の
「一留してるのに同じ世代って言っていいのか?」
「バカ! 留年いじりは止めろって!!」
雷夢は有象無象の言葉に興味を持たない。柄鎖の隣に座り込む。
「お見事でした。楽しかったですか?」
「……少しは」
「で、あれば
異能学園のとある日の事であった。