現代異能の災禍希望(パンドラボックス)   作:RKC

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災禍希望(パンドラボックス)
30話 説得 黒子の場合


ジャンプバスケごっこでA組とB組が遊んだ日の放課後。

 

 狼牙(ろうが)は二年生が在籍する校舎の壁に寄り掛かっていた。彼が思い出すのは柄鎖(つかさ)との会話。

 

“色々と考えてみましたが、私が生贄にならないために一番手っ取り早く、尚且(なおか)つ現実的なのは封印を解いてしまう事でしょう。封印を続けるために私が生贄になるのですから、封印が解かれてしまえば生贄になる理由は無くなります。

 封印を解くためには厳重な警備を突破する必要があります。そのための戦力を集めましょう。まずは黒子(くろこ)様と雷夢(らいむ)様それから二四三(ふしみ)様を篭絡したい所ですわね。”

 

“黒子と雷夢とフシみんを? どうして?”

 

“先ほど戦力を揃えるとは言いましたが、有象無象を集めるわけにも行きません。鎖は一番弱い所以上には強くなれない。組織もまた同じ。加えて今回の場合は計画が漏れてしまえば、そこで終わりですし、数を増やせば漏洩のリスクが高まるばかりです。

 望ましいのは少数精鋭。その点で言えば、雷夢様、黒子様、二四三様ともにこの学園屈指の実力を持っております。加えて、雷夢様に至ってはついこの間、雷家の当主になられたようです。雷家自体の支援は期待しておりませんが、雷家を中立にさせられるだけでも十分なメリットとなるでしょう”

 

“……理屈は分かった。とはいえ、どうやって協力を仰ぐ? フシみんに関してはアテがあるが、雷夢や黒子に対しては手持ちの交渉カードがない。”

 

“そうですわね。雷夢様の説得は……正直出たところ勝負でしょう。あの方は何を考えているかほとんど分かりませんから。

 しかし、黒子様に関しては簡単だと思います”

 

“簡単?”

 

“えぇ、私の言う通りにやってみてください。お耳を拝借”

 

 そうして必勝の策を授けられた狼牙。とはいえ、内容が内容なだけに半信半疑のまま、黒子を待ち伏せしていた。

 

 

 

 

 

          ♢

 

 

 

 

 

 黒葛原(つづらはら)黒子(くろこ)。彼女はやや背中を丸めた状態で、廊下を歩いている。

 

(放課後。いつもだったら稽古して、報告書見て、方針決めて、伝達して、医者になるための勉強して…。

 でも、ここ最近は義務が無くなって……自由だ。

 けど、やる事…やる事が……無い)

 

 彼女は家を乗っ取られ、党首の座を降ろされ、やる事が無くなってからは大分暇を持て余していた。なにしろ彼女は稽古と仕事と学業に追われる日々で趣味を持てなかったのだ。結局、稽古と勉強で時間を潰してしまっている。

 

 黒子がそんな事を考えていると、反対側から取り巻きの生徒たちが駆け寄ってきた。

 

「黒子様! 今から暇ですか?」

 

「え、あ、け、稽古と勉強、しようかなって思ってたけど……暇と言われれば、ひ、暇かな…」

 

 どもる黒子。以前までの余裕を持った話し方は見る影もない。そんな様子に取り巻き達は少しだけ悲しそうにするが、すぐに切り替える。

 

「でしたらご一緒にお茶でも如何でしょうか? 近くに新しくパンケーキのお店が開店したようなので!」

 

「う、うん…。じゃあ、せっかくだから、行こうかな」

 

「やった! じゃあ早速行きましょう!」

 

 顔を綻ばせながら黒子の手を引く取り巻きの女子生徒。彼女の楽しそうな顔に、黒子もついつい口元を緩ませる。

 しかし、すぐに顔を曇らせた。

 

(パンケーキ……狼牙君と一緒に行ってみたかったな…)

 

 そう考えた瞬間、瞳に涙が滲む。

 先の事件で狼牙に世話をされた黒子は、彼に対して過大な好意を抱いてしまっている。とはいえ、その好意は柄鎖の予防策(同じ匂いのシャンプーを狼牙に使わせる)によってぐちゃぐちゃに破壊されてしまったのだが。

 しかし、完全に諦めきれたわけでは無く、こうして何かしらの出来事をトリガーにして思い出してしまうのであった。

 

「黒子様! いい加減あんな奴の事忘れたらいかがですか? 寒門の野良犬なんか黒子様には相応しくありません!」

 

「そ、そんなことはない! そんなことは……でも…」

 

 遂にはボロボロと泣き始めてしまった。そんな黒子に取り巻きは何を言えるはずもなく、おたおたするばかり。

 

 そこにタイミング悪く、(くだん)の男子生徒が姿を現していた。狼牙は泣き始めた黒子を前に、話しかける機会を失っていた。

 そんな彼を取り巻き達が発見する。

 

「「「貴様ァ!!」」」

 

 刹那、取り巻き達が狼牙に食ってかかる。

 

「黒子様の何が不満だオラァ!?」

「言ってみろオラァ!!」

「98・61・87のGカップだぞオラァ!!」

「男子はそういうのが好きなんだろオラァ!!」

 

 名門の品も何もあったものではない。ただのチンピラである。

 

「何の話だよ…。とにかく、俺は黒子に用があって…」

 

「はぁァァ!? 黒子様振っといて何をいけしゃあしゃあと!」

「テメェは上戸鎖とよろしくやってろやァ!」

「お泊り楽しかったですか~~!?」

 

「振る? お泊り? 本当に何の話だよ……」

 

「何しらばっくれてんだ、アァ!? 上戸鎖と同じシャンプーの匂い漂わせといてよォ!」

「お泊りしなきゃそんな事にはならねぇだろうが、あァン!?」

 

「いや、なるぞ。シャンプーが同じ匂いなのは柄鎖が使っている物を俺に買ってくれたからだ」

 

「ンなわけあるかコラァ!」

「誰がそんな言い訳を信じると思ってんだ、アァ!?」

 

「……えっ、それ、本当?」

 

 ここにいた。

 とはいえ、狼牙の(げん)は真実であるため、この場合は正しい判断なのだが。

 

「「「黒子様ぁ!?」」」

 

 騒ぐ取り巻きを他所に、どこか期待した表情を浮かべる黒子。彼女は狼牙の前に立ち、もう一度訪ねる。

 

「さ、さっきの話、本当?」

 

「本当だ」

 

「そ、そうなんだ…。良かった……あ、そ、それと今、つ、付きあってる人とか…いる?」

 

「付き合う、ってのが交際しているって意味ならいないぞ」

 

「そ、そっか……へっ…へへへ、ふ、ふひ…っ」

 

 真実を知り、怪しく笑う黒子。気を良くしたのか、彼女は続けて話す。

 

「あ、そ、そういえば、決闘の約束だけど…。ほ、本当に破棄しても良かったのかい? というよりは、破棄してもらわないと私、死んじゃうから文句はないんだけど……その、君の方は…」

 

 黒子と狼牙の決闘。狼牙が勝利を収め、黒子は3か月以内に狼牙の手術を行わなければならないという約束だった。

 しかし、家を乗っ取られた黒子としてはもう約束を果たすことは難しくなってしまった。まさか医学生にもなっていない黒子が手術をするわけにもいかない。というより、今の黒子に他人の手術をするなどという重い責任の伴う課題をこなせるわけもない。家のカギすらまともに開けられなかった時期もあったのだ。

 

「構わない。すぐに死ぬわけじゃない。……それに、これは切り札にする可能性がある」

 

 狼牙は心臓の横――異能者(シンギュラリティ)にしか存在しない異臓の部分を手で押さえる。

 

「そ、そうかい…? なら、良いんだけど…。

 ご、ごめんね、約束も果たせない無能で……。と、というか、そもそも、色々、ごめんね…? 治療を頼まれた時も、何か、色々、悪口言っちゃったし…。いじわる、しちゃったし…」

 

 再び黒子の瞳に涙が滲む。

 

「悪口やいじわるに関しては気にしてない。お前の立場上、そうするのが正しかっただけだろ。そんなことに目くじら立てねぇよ」

 

 狼牙の言葉を聞いて、黒子が涙を滲ませながら笑う。

 

「う、うん…。そ、そうなんだよ…。そうするしかなくって…だから、その……わ、私の事、嫌いになってない…?」

 

「別に」

 

「そ、そっか…! えへへ……」

 

 嫌いになっていない。しかし、嫌いになっていないだけだ。黒子を利用するのに躊躇が無いくらいには好きでもない。

 その事実に気づいていないのは黒子本人だけ。しかし、気づいていない方が幸せなのだろう。

 

 笑う黒子を他所に、狼牙は本来の目的を頭に浮かべ、強引に行くことにした。

 

「黒子、お前に話がある」

 

「え、なっ、何…?」

 

(ま、また命令してくれるのかな…。何にも考えず、従うだけで……ふへへ…。

 でも、失敗したら……う、ううん、一つずつ手順を踏めば、きっと……)

 

 黒子が仄暗(ほのぐら)い快感を思い出す間に、狼牙は目を閉じ、柄鎖から伝えられた必勝の策を思い出す。

 彼は黒子の肩を掴み、壁際へ寄せた。

 

「は、え、あ、なっ、何を……」

 

 ドンッ!

 

 からのドン。壁ドン。

 

「あ、こ、こここっ、キ、キョッ……!」

 

 あまりに突然の事態に、黒子は言葉にならないうめき声を漏らす。取り巻きも啞然としていた。

 

 黒子より狼牙の方が背が高いのだが、黒子の腰が引けているため、今は狼牙の方が視線が高い。狼牙は上から押し込むように顔を近づける。

 

「か、か、かおっ……ち、近ッ…!」

 

 狼牙を見上げる黒子。その右頬に狼牙の手が伸びる。

 

「あ、あ、あっ、あっ!」

 

 黒子はゆっくりと迫る狼牙の手にバッチリ釘付け。手が頬に触れる寸前まで目だけで追いかけ、頬に手が触れた瞬間瞳が一回転する。

 

「ぃ……ぃっ…ぃ…ぁ…」

 

 己の柔らかい肌に、固い手が滑る感触。それは頬骨、頬、顎下をなぞり、首元まで緩やかに降りた。

 

「こ、コケクキ……ッ!」

 

 そのままうなじを指の腹でくすぐられ、カ行コンプリート寸前の黒子。そんな緊張が高まり切った彼女に耳元に狼牙が口を近づける。

 

「頼みがある」

 

 狼牙の小さな声は黒子の外耳(がいじ)を揺らし、中耳(ちゅうじ)を震わせ、内耳(ないじ)を溶かす。

 

「ほひょッ…!」

 

 余りの官能におもわず顔を(そむ)ける黒子。しかし、首元に添えられていた狼牙の手が再び頬の戻り、黒子の首の動きを制限する。

 少しズレた耳の位置に、狼牙の口元が追尾した。

 

「近日中に俺と柄鎖で局地戦を仕掛けるつもりだ。その時に協力して欲しい」

 

 相も変わらず耳元で鳴る声に。内耳どころか脳をグズグズに溶かされる黒子。ほとんど思慮出来ないまま、彼女は返事をする。

 

「ひ、ひゃい…」

 

「助かる。ありがとう」

 

 ありがとう。その感謝の言葉は黒子の神経をショートさせるのに十分すぎた。

 

「……おへぁ」

 

 その言葉を最後に、黒子は気絶した。

 

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