現代異能の災禍希望(パンドラボックス)   作:RKC

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32話 説得 二四三の場合

 雷夢と狼牙が猫カフェにいった翌日。狼牙は放課後の時間を利用してフシみんの元を訪れていた。場所は校舎の屋上。その(へり)にフシみんは腰かけている。

 

「探したぞ」

 

「珍しいのです。狼牙くんのほうから私を訪ねてくるなんて」

 

 狼牙はフシみんの隣に腰を下ろす。

 

「どこか行きたい所は無いか?」

 

「遊びのお誘いなのです? そうですねぇ……」

 

 フシみんは顎に手を当て、空を見上げる。

 

「初めての時みたいにショッピングモールに行くのも楽しそうですし、近くにできたパンケーキ屋に行くのも捨てがたいです。他には…」

 

 フシみんは楽しそうに呟く。しかし、彼女が不意に振り返った。

 狼牙は一瞬釣られかけたが、前にもこんな事があったと思い出し、寸での所で首の動きを留めた。

 

「今度は何をするつもりだったんだ?」

 

 狼牙が問い詰めるが、フシみんは明後日の方を向いたまま動かない。

 

「……フシみん?」

 

「…あ、いや。何でもないのです」

 

 狼牙が疑問に思い始める頃、ようやくフシみんは我に返り、視線を戻す。そして狼牙の優れた聴覚は彼女の動悸が荒れているのを捉えていた。

 

「嫌なことでも思い出したのか?」

 

「……少し」

 

 いつもニコニコしているフシみんの顔に、珍しく影が差している。狼牙が何と声を掛けるべきか悩んでいると、彼女の方から話題を切り出した。

 

「手合わせ、しないのです?」

 

「構わないぞ」

 

 二人は示し合わせたように屋上の(へり)からお尻を浮かせ、そのまま自由落下する。狼牙は足から、フシみんは頭から。

 

 狼牙がしっかりと着地する横で、フシみんは頭頂部を用いてアスファルトをカチ割っていた。そのまま大地に横たわる。

 

「髪と服が汚れるぞ」

 

「……普通の人は、今ので死んじゃうんですよね」

 

 フシみんは狼牙の忠告も無視。地面に頬ずりしながら呟く。

 

異能者(シンギュラリティ)は自由落下程度じゃ、逆にどう頑張っても死ねないだろ」

 

「……異能者は死ぬにも一苦労なのですね」

 

 フシみんは立ち上がり、体に付いた埃や汚れを払う。そして、両手を前に突き出して構えた。

 

「ん」

 

 フシみんの小さな呻きが開戦の合図となる。

 

 

 

          ♢

 

 

 

 狼牙とフシみんの手合わせは数分に及んだ。終始、狼牙の零距離格闘をフシみんが軽くいなす展開。しかし、寸勁(すんけい)はともかく無勁(むけい)は当たれば受け流せない。狼牙はそれを最大限生かす。フシみんの体を渾身の無勁で弾き、正拳突きのスペースを作り出す。しかし、フシみんの方も体勢が崩れたわけでは無い。

 

 万全の正拳突きと万全の柳雪折無(りゅうせつむ)の対決。軍配は柳雪折無に上がった。

 

 全てを込めた突きを流された狼牙は大きくバランスを崩し、そのままフシみんに抱きかかえられる。

 

「……俺の負けだ」

 

 狼牙が負けを認めると、フシみんは彼を手放し、余った袖の中に手を隠す。そして、その場に座り込んだ。狼牙もその隣に座り込む。

 

「……」

 

 いつもならフシみんの方から色々と話を展開するのだが、今日ばかりはだんまり。狼牙はそれを頼りに話題を盛り上がった所で、協力してくれないかと切り出すつもりだったのだが、当てが外れた。

 とはいえ、自分から場を盛り上げるような会話術を狼牙は持たないため、直球勝負に出る。

 

「俺と柄鎖で近い内にある施設を襲撃するつもりだ。その時、フシみんにも力を貸して欲しい」

 

「施設を襲撃、ですか?」

 

「あぁ。……きっと、人死にも出る」

 

「……」

 

 フシみんは少しだけ歯を見せる。しかし、すぐに口元を引き締めて真顔に戻った。

 

「私は止めとくのです」

 

 回答は拒否。この答えには狼牙も驚いた。

 

「柄鎖を助けるためなんだ。殺しの大義名分も出来る。参加してくれないか?」

 

「…しないのです」

 

 取り付く島がない。小さく、小さく三角座りをするフシみん。狼牙はその態度を見て、説得を諦めた。

 

「分かった。話を聞いてくれてありがとな」

 

 狼牙はポケットから缶入りの飴を取り出し、一つをフシみんに差し出す。

 

「…貰って良いのです?」

 

「あぁ」

 

 フシみんは飴を受け取った。そして、狼牙の口に押し込む。

 

「む、な…っ」

 

「貰ったものをどうしようと私の勝手なのです」

 

 フシみんは立ち上がり、スカートの埃を払う。

 

「この話、口外はしません。また今度、なのです」

 

 そのままフシみんは立ち去ってしまった。

 

 

 

 

 

       ♢

 

 

 

 

 

 私は不幸な人間なのです。

 物心ついたころには両親に捨てられ。

 誰かに助けを求めた事もありましたが、赤目の異能者(シンギュラリティ)という事で敬遠され。

 ならばと一人で生きていれば、変な覆面集団に(さら)われ。

 気を失うまで走らされ、指をへし折られ、焼けた鉄鏝(こて)を押し付けられ。

 

 とにかく、私は不幸な人間でした。

 でも、今は違うのです。

 

 嫌な事はやらなくても良い。

 同世代の人達と同じ学び舎に通える。

 私の事を受け入れてくれる人もいる。

 

 昔と比べると雲泥の差。

 とても幸せな生活をしているのです。

 

 でも、だからこそ、剥がれてしまった免罪符。

 

 こんなにも不幸なのだから、快楽のために人を殺しても許される。

 

 そんな自分への言い訳が無くなってしまったのです。

 最近は、殺した人たちの幻覚も見えるように。

 

 今までは楽しんでいた罪悪感が。

 大きく、大きく、大きくなって。

 押しつぶされそうなのです。

 

 私はどうすれば良いのでしょうか。

 

 

 

 フラフラと歩いている最中、袖を引き、下に隠していた右手を(あらわ)にする。

 ズキズキと痛む感覚と、あらぬ方向に曲がっている五指。狼牙くんの正拳を受けた結果がこれです。前に受けた時はノーダメージで受け流せたのに。

 

「……保健室、行くのです」

 

 ひとまずは、現在の事。でもそれが終わったらどうしようか。

 答えはまだ見つからないのです。

 

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