雷夢と柄鎖が密談する一方、狼牙に宥められた黒子はようやく落ち着きを取り戻していた。
「ご、ごめん…取り乱しちゃって…」
「お前が取り乱すのにはもう慣れた。それより、わざわざ姿を……」
そこまで狼牙は口を噤む。姿を変えて参加しているという事は何か理由があるはず。それを軽々に発言して誰かに聞かれるのは不味いと考えた。
「……なんでそんな化粧して来てるんだ?」
彼が考えたなりの隠語。
「……け、化粧? 化粧はして、ないけど…こ、香水の事?」
「……何しにここに来たんだよ」
諦めた狼牙は、とにかく舞踏会に参加した動機を聞く。
「え、あ…それは……」
分かりやすく顔を曇らせる黒子。しかし、意を決したように口を開く。
「あ、謝りに…来たんだ……。ツル…
「
「ぜ、全部…、私が悪いんだ……。ツルも
大きな胸を掻き分け、自分の心臓を手で押さえながら話す黒子。
「このパーティに参加すればツルにきっと会える…。けど、そのまま参加したら殺されるかもしれないから、って。だから、まだ影響力の残ってる友人に変装させてもらって、代わりに出席しにきたんだ…」
「けど、そのままだったらお前が謝ってるって事に気づかないんじゃないか?」
「き、気づいてくれなくて良いんだ…。私が、勝手に謝りたいだけだから…。それに、向こうは私なんかの顔すら見たくないって思ってる、だろうし……。変な奴に絡まれた、ぐらいの認識で良いんだ…。そうすれば私の中で何かが変わるんじゃないか、って……」
その時、黒子の視界に
黒子が観察するうちに、偉そうな人物たちが去っていった。
「……はぁ」
「お疲れ様です。お声がけする人物はこれで最後ですね」
「なら私は帰る」
「え、もう帰るんですか? これからパーティが盛り上がる所なのに……」
「良い……もう疲れた」
どこか重い足取りで会場を後にしようとする
「つ、ツルッ…!」
声をかけられた
「……おい」
声を出してようやく秘書は顔を上げた。そして彼は状況を把握する。
「ん、あれ…? さっきの人たちで最後だったはずだけどな……見逃しあったかな…?」
状況を完璧に把握した秘書は予定帖をパラパラとめくり始めた。
「ご、ごめんっ!」
しかし、黒子は立ち去ろうとする
「わ、私みたいなクズに付き合わせちゃって、ご、ごめんね…? つ、ツルはいっつも明るくて、私を励ましてくれて、色々助けてくれて…。けど、私は何にも返せてなくて…。だから…ごめん……ッ!」
最後に大きく頭を下げた後、黒子はその場を立ち去る。
「えっと……? ん、あれ? さっきの人は? もう要件が終わりましたか?」
秘書が首を傾げる一方で、
(“ツル”。
彼女の事をそう呼ぶのは黒子だけ。
「まさか…!」
推定黒子の背中を追いかけようとする
(……仮に、あいつがクロだったとして何を話す? いやー、クロの立場乗っ取ってみたけどあんがい大変だねー。やっぱりすごいよ、クロは……バカか?
友達関係はもうとっくに終わってんだよ。絶対に引き返せない所にまで……)
強く拳を握りこみ、それを見つめる
(……かといって、完全に絆を断ち切ることも出来なかった。クロがああして生きているのがその証拠…)
握っている拳を開く。
(とことん中途半端だ。
クロの友人ではいられず、
それを見ている
(隣に居るのは……狼牙、だったか? 奥義を模倣出来るとかいう…。
剣先の事を考えればこちらの陣営に引き込むように仕掛けるべきだ。しかし……)
剣はどぎまぎしながら狼牙と話す黒子を再度見る。
(……もう、どうでも良いか)
それきり、彼女は舞踏会の会場を後にした。
♢
計画の口封じのために二四三様を謀殺する話の後、私と雷夢様は適当な雑談で盛り上がっていた。すると、そこに狼牙様と黒子様が帰って来る。
「レディの会話は終わったか?」
狼牙様の言葉に私は首肯する。
「えぇ。そちらも何か用があるご様子でしたが、終わりましたか?」
黒子様に話を振ると、彼女は伏し目がちに答えてくれる。
「う、うん、終わったよ。
……ツル、ちょっと顔色悪そうだったな…。大変、だもんね。当主はやっぱり……」
黒子様はぶつぶつと何事かを呟く。それを遮るような形で彼女に確認を取る。
「くろ……いえ、貴方様も協力していただけると聞いていますが本当ですか?」
「え、あ…う、うん。な、何より狼牙君の頼みだから……。え、えへへ……。
皆を巻き込むわけにはいかないから私一人だけ、だけど…」
「いえ、十分ですわ。ありがとうございます」
「う、うん。ふへへ…」
「ほら、狼牙様からも」
「ありがとな」
「ほ、ほひょへ……」
私のお礼に対しては頬を緩めるだけだった黒子様だが、狼牙様のお礼に対しては、喜びの表情に加え、目をぐるぐると回しながら顔を真っ赤にして照れていた。
ひどい入れ込みようだ。どういう経緯で狼牙様にそこまで惚れ込んだのか気になる程。とはいえ気持ちは理解できる。私も性格が内気で褒められ慣れていなければ、ああいった反応を取ってしまうかもしれない。
だからこそ、彼女は決して計画を漏らしたりはしないだろう。惚れた相手を不利にするような行為はしない……というより出来ない。少なくとも私ならそう。恋心とは何とも苛烈な感情だ。
「そ、それじゃっ、私はそろそろ帰るね。もう、用は済んだから…」
締まらない表情のまま会場を後にする黒子様。
「う、にぃ“あ」
その時、雷夢様の猫が妙な異音を発する。
「どうした?」
「多分ですけど、毛玉を吐こうしているのではなくって?」
「……少し席を外す」
金魚鉢の中でカッコンカッコンとえづき始めた猫を片手に、雷夢様も行ってしまった。二人を見送ると、再び私と狼牙様と雷夢様の三人に。
そこで、狼牙様が辺りの様子を気にし始めた。
「狼牙様、どうかいたしましたか?」
「…いや、視線を感じるだけだ」
視線。そう言われて周りを見ると、遠巻きに私達……いえ、狼牙様の様子を窺っているような仕草が見えた。あぁ、なるほど。
「大方、狼牙様の格好が場にそぐわないものなので注意を集めているだけでしょう。先ほどは雷夢様が大立ち回りをしたので、今になってでしょうね」
舞踏会おける正装は稽古着。今の狼牙様は厚手のワンピース、余所行きの服だ。姉から急にパーティーへ誘われ、精いっぱいのオシャレをしてきたのだろうが、それが仇となってしまった状態。
これも姉が私に恥をかかせようという手出しのせい。そのおかげで可愛い格好の狼牙様とデート紛いの事が出来てもいる。
「やはり視線が気になりますか?」
とはいえ、狼牙様が不快に思われるのであればすぐにでも切り上げて彼を帰そう。それで姉の恨みを買おうが、彼の気持ちを尊重する方が大事。
「少しな。けど、これぐらいで居心地が悪くなるぐらいなら、転校後の恥さらしの数々ですでに首をくくってる」
「それはまぁ……確かに」
狼牙様は転校直後、全校生徒を煽るような発言をしておきながら私に負けるという恥を晒し、負けた約束として私に首輪を付けられるという恥を晒し、二四三様と雷夢様の前では小水を漏らす恥も晒したらしい。
どれだけ恥をかいても良い。どれだけ屈辱的な目に合おうとも、生きて私の隣に居続けて欲しい。
おかしな話だ。私は彼に生を求めるのに、私は彼のためであれば死んでも良いと思っている。ひどく自己中心的。彼のためを思うのであれば、私の方こそ泥水を
「……? 柄鎖?」
いや、そもそも狼牙様は私の事をどれだけ大事に思ってくれている? 私が死ねば狼牙様は泣いてくれるだろうか。そうであれば私が死んだ後、10年は引きずって欲しい。他の誰にも興味を持たず、毎朝私の遺影に線香を捧げて欲しい。墓参りも半年に一回は来て欲しい。
「柄鎖、急にどうした? 頬に触れて…」
あぁ、いっその事このまま生贄になってしまおうか。
コップ一杯? それともペットボトル一本? その重さがそっくりそのまま私への愛の重さだ。
「つか、……ッ……!」
「「「おおっ…!」」」
……ダメだ。彼の事を思うのであれば、私は死んではいけないのに。酷い考えがグズグズと湧き出てくる。貴方に恋をしていながら、貴方を悲しませるような妄想をしてしまう。
申し訳ありません。私は酷い女です。
「なんと……!」
「このような場で…!」
「大胆な……!」
……それにしても周りが騒がしい。一体何事だろうか?
「……柄鎖? 何、してるのかしら?」
姉の声。それもひどく戸惑ったような。
私が何をしているのか?
いつの間にか閉じていた目を開く。すると、目の前に狼牙様の瞳があった。
………………は?
遅れて触覚が働く。
唇には同じく唇の感触。左手には柔らかいほっぺの感触。右手にはごつごつとした固い手の感触が。
多分キスしている。
いや、確実にキスをしている。
しかも頬に手を添えて、余った手は恋人繋ぎをしながら。
「なッ…!」
私は飛びのき、狼牙様から距離を取った。しかし、それだけではキスをしたという事実は消えない。
「な、な、何で…!? こ、こ、こんな場所で……ッ!?」
気が動転した私は狼牙様を指差し、キスの動機を問う。
「い、いや、何でも何も…柄鎖の方から仕掛けて来ただろ……」
「わ、私ィ!?」
しかし、狼牙様を指した指はそっくりそのまま私に跳ね返ってくる。
「な、な……ッ…えぇ!?」
まさか狼牙様の事を思いすぎて、私の欲望が発露してしまった? こんな公衆の面前で?
恥と愛と興奮が入り混じり、顔に血が上っていくのがハッキリと分かる。
「柄鎖、こんな公の場でこのような痴態。いったいどんな神経をしてなさるのかしら? ……いや、本当に…」
姉は私の恥をあげつらい、責め立てる。しかし、少し歯切れが悪い。彼女にとっても予想外過ぎたのだろう。
「ち、違います! 私が勝手に! 私が勝手にやったんです!」
言い訳にすらなっていない、ただの事実が口からもれる。
「それはそうでしょうね」
姉があきれ顔で言った。その後、徐々に口角を吊り上げて私の事を攻撃し始める。
「まったく、恥を知ったらどうなのかしら。求められたのならともかく自分から。卑しいったらありはしない」
「いや、それは……む、無意識に……」
「まぁ、無意識に! 正体を見たりといったところかしら。無意識に接吻をするほど卑しい性根が透けて見えるようだわ」
「……ッ…」
何の反論もできない。顔から火が出そうだ。
姉は狼狽する私を見てご満悦。気を良くしたまま続ける。
「まさかあのような関門の野良犬に上戸鎖の者が惚れるとは……まったく嘆かわしい。このような“つんつるてん”のどこが良いのやら…」
「それはもちろん小さくて可愛らしい所は当然としてその体で精いっぱいの強がりをみせる愛らしさ加えて一緒に居てもまったく気に障らないどころか心が休まるような特別な雰囲気を纏っている所ですかね」
自分でもビックリするぐらいの早口であった。
「柄鎖……あなたそういうタイプだったかしら?」
私の豹変ぶりに姉が呆れていたが、事前に私が恥をかいて上機嫌なのか、あまり突っこむこともせず、話題を次に進める。
「まぁいいわ。とにかく、貴方たちに頼みがあって来たのよ」
「頼み、ですか?」
何にしろ、