現代異能の災禍希望(パンドラボックス)   作:RKC

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柄鎖の姉が頼みごとを持ってきた。ろくでもなさそうだ。


36話 舞踏会4

「そこにいる狼牙さんは異能学園に転校して1年も経たずに学内ランキング2位に駆け上がったという噂を聞きましてよ。非常に将来有望そうではありませんか」

 

 視線を向けられた狼牙様は少しだけ緊張した面持ちに。

 

「その実力の一端を是非見せていただきたいと思いまして。都合よく、舞踏会に参加していることですし、一曲踊っていただけないでしょうか?」

 

 踊りと戦闘の実力。一見関係無いように思えるが、実は相関関係がある。戦いも踊りも型を学び、それを状況に合わせて適切に披露するという部分は共通している。そのため、実力者は踊りにおいても高いパフォーマンスを発揮する傾向にある。

 しかし、それはあくまで踊りの基本を学んでいる場合に限る。いくら戦いと踊り、双方に通じる所があるとはいえ、まったく踊りの練習をしていない狼牙様においては当てはまらない。いきなり踊れと頼まれた所で流石に無茶振りが過ぎるというものだ。

 

 まぁ、姉は無茶振りをして狼牙様が恥を晒し、そんな彼を招いた私を糾弾するというのが狙いなのだろうが。

 

「お…わ、私がですか? …分かりました」

 

 急な頼みにやはり困惑している様子の狼牙様。しかし、一人称を変え、更に敬語を使ってほとんど間を置かずに了承する。

 狼牙様がすぐに首を縦に振るとは思っていなかった私は驚いて狼牙様に詰め寄った。

 

「狼牙様、踊れるのですか?」

 

「一応。さっき暇な時間に他の奴の踊りを見ていた」

 

「なるほど、模倣されましたか」

 

 それであれば模倣した人の実力にもよりますが、恥をかくとまではいかないはず。無難に切り抜ける事が出来るだろう。

 

「曲は分かりますか?」

 

「確か ~~~~♪ みたいな感じの…」

 

 突然の鼻歌にキュンとさせられつつも、曲名は分かったので楽団にそれを依頼する。

 

「とはいえ、その恰好で踊れそうですか?」

 

「スリットを入れればなんとか…」

 

 狼牙様は厚手のワンピースのスカート部分に手を掛けるが、そこで動きを止めてしまった。私に買って貰った物だからと遠慮しているのだろうか。

 

「また今度買いに行きましょう」

 

「……悪い」

 

 狼牙様はスカート部分を手で裂き、動きやすい格好に。スリットから覗くタイツの足が艶めかしく(男性にこの表現もどうかと思うが)、少し目線に困ってしまう。

 狼牙様は舞台に登り、構える。

 

「皆様ご注目。異能学園のランキング2位が踊りを披露してくださるようですわ。さぞかし素晴らしいモノをみせてくださるのでしょうね」

 

 一方で姉は周りに喧伝し、なおかつハードルを上げていた。

 

「姉様。狼牙様は戦いには心得がありますが、踊りに関してはてんで素人です。合格基準を引き上げるような印象操作は……」

 

「さ、始めてくださるかしら」

 

 私の抗議に被せるように、姉が手を鳴らして楽団に指示を出す。ほとんど間を置かずに演奏が始まった。

 仕方なく私も舞台の方に目を向けると、曲の始まりに合わせて狼牙様が舞う。異能者(シンギュラリティ)が集まる舞踏会で踊られるのはワルツやタンゴといったダンスでは無い。空手などの武道に見られる演舞に近いもの。そのため稽古着が正装とされているのだ。

 

 演舞とは武道の流派における型の繋ぎと流れ。狼牙様は正拳突き以外の型を持たないため、演武を行うのは難しい。しかし、今は暇な時に見学したという誰かの演武を披露してくれていた。それはまさに、我が上戸鎖(かみとくさり)家の演武で…………え?

 

 なぜ、狼牙様が上戸鎖家の演武を……? 決まっている、彼が見学したのが上戸鎖の人間の演武だったのだろう。とはいえ、あれを舞踏会で踊るのは父と母、それから兄と姉ぐらいのものなのだが…。

 

 そこで隣から姉の視線を感じた。私と目が合うと不服そうに目を逸らす。

 

「いつの間に教えたのやら……。門外不出と言うわけでは無いけれど、口が軽くありません事?」

 

 姉の中では私が狼牙様に演武を教えたことになっているらしい。しかし構え等は教えたものの、演武に関しては全く教えていないし見せた事も無い。

 

 などと考えている間にも、演武は進む。曲調に合わせてテンポを変えながら次々と型を繋げる狼牙様。多少の(あら)が目立つものの、十分及第点の踊りだ。……(あら)すらも模倣したのであれば、模倣元は恐らく……。

 

 数分して曲が終了した。狼牙様は最後のポーズから気まずそうに目を彷徨わせ、小さく頭を下げる。すると、辺りからはまばらに拍手が上がった。

 拍手をしていない人は「こんなものか」という表情。恐らく、異能学園で2位に上り詰めた人物の舞踊にしては物足りなかったのだろう。

 拍手をしている人も微妙な表情を浮かべている。まるで、接待でしょうがなく褒めている時の様な。

 

 そんな中、姉が声を上げる。

 

「柄鎖から舞踊を習った割には随分とお粗末なモノを披露してくれましたわね」

 

「え……いや、しかし…」

 

 及第点の舞踊にケチをつける姉。それに対して狼牙様は明らかに戸惑った様子。それもそうだろう。

 

「舞踊と言うのは“()に入り細を穿(うが)つ”必要があってよ。先の貴方の舞踊ときたら何なのかしら?」

 

「姉様。十分及第点の舞踊ではありませんでしたか? それ以上追及するのは……」

 

「貴方は静かにしていなさい、柄鎖」

 

 私の忠告にも耳を貸さない姉。ならばもうしょうがない。姉には特大ブーメランを投げてもらう事にしよう。

 

「指の先まで神経が行き届いていない時もあれば、ステップが僅かにまごつくときもありましたわね。まるで踊ることに夢中で映えを意識していないようではありませんか。その程度の踊りでこの舞踏会の舞台に良く立てたもので……」

 

「墓穴を掘るのはそれぐらいにしておけ。お前だけじゃなくて俺達家族も入れるぐらいの大きさになるぞ」

 

 したり顔で饒舌に語る姉を制止する兄。私の忠告は無視する姉だが、兄の言葉には多少従順らしい。

 

「な、なんですの兄さん。それに墓穴って……」

 

「お前が(けな)していた彼の舞踊はお前の舞踊だからだ」

 

「は……? それはどういう……」

 

 兄はくつくつと笑いながら狼牙様の事を指差した。

 

「君、狼牙と言ったかな? 模倣しただろう、愚妹の舞踊を」

 

「……それは…」

 

「まぁ、言いづらかろう。さっきこの馬鹿が随分と(けな)していたからな。君が模倣したと認めてしまえば、その罵倒は全て自虐となって返ってくることになる」

 

「ん、な……ッ!」

 

 目を見開く姉。兄は楽しそうに続ける。

 

「とはいえ、狼牙君が認めなくともさっきの舞踊は間違いなく、連歌(れんか)の舞踊を真似たものだ。それも完璧にな。さっき拍手してくれた人も、模倣を見抜き、その上で拍手をしなければ連歌(れんか)(おとし)めるも同義と分かっての行為」

 

 姉が周りの客を見ると、何人かが視線を逸らす。加えてヒソヒソと話声が聞こえてきた。恐らくは姉についての話だろう。

 周りの雰囲気を感じ取った姉は、顔を真っ赤にしながら親指の付け根を噛んでいた。どうしようもない時に出る姉の悪癖だ。

 

 一方で狼牙様は緊張した表情を浮かべている。恐らく、姉の舞踊を模倣すれば姉から難癖を付けられる事もなく無難にやり過ごせると考えたいたのだろう。それがこのような事態に発展したのだからそれも仕方ない。

 

「そう緊張するな、君に責はないさ。全てはこの馬鹿妹が勝手にやった事。気にする必要は無い。

 それよりも、だ。恐らく一度見ただけで動きを模倣する君の才。私と似ている……興味が湧いたぞ」

 

 兄は新品の玩具を買って貰った子供の様な表情で、狼牙様に詰め寄る。

 ……失念していた。兄は何より自分と同じ才ある者に目が無い。一目見た動きを模倣できる狼牙様に興味を抱くのは必然だ。面倒なことになってしまった。

 

「前にも話だけは聞いていた。転校初日に柄鎖と決闘騒ぎを起こし、最終的には負けたものの、金剛不壊(こんごうふえ)を貫く技を持った生徒がいる、と。

 君が良ければ、ぜひ披露していただきたいのだが」

 

「披露、ですか?」

 

「あぁ、簡単だ。私に向かってその技を放てば良い」

 

「……その。お恥ずかしい話ですが、その技は手加減が効かず、怪我をさせてしまう可能性が…」

 

 違和感。手加減が効かないというのは変だ。雷夢様との決闘時、狼牙様は手加減した正拳突きを放っていたはず。断る口実にするためだろうか。

 

「心配しなくとも良い。私の金剛不壊は柄鎖より硬い。安心して本気で打ってきたまえ。

 なんなら怪我をしても問題無いよう、治療の素能(エレメント)が使える者も備えさせよう。本気を見せて貰わないと意味が無い」

 

「……わかり、ました」

 

 狼牙様は了承こそしたものの、固い表情を浮かべている。止めた方が良いのだろうか。しかし、止めた所であの兄が素直に引き下がるとも思えない。こうと決めたら融通が利かない悪癖は早めに治して欲しかった。

 

 私が二の足を踏む間に、狼牙様が兄の前で構える。

 

「……いきます」

 

 その声の直後、正拳が放たれ、兄の腹を狼牙様の拳が打つ。しかし、全くの無傷。傍から見ていても、狼牙様の正拳にはいつもの重さとキレがなかった。周りのギャラリーも拍子抜けしたのか、ざわざわと騒がしい。

 

「……手加減は不要だと言ったはずだが」

 

 兄の声が幾分か重くなる。その声に対して狼牙様が幾分か顔を青くする。

 やはり、何かがおかしい。

 

「兄様。狼牙様は体調が優れないご様子。ここは一旦仕切り直して、また後日にでも……」

 

「黙っていろ、愚妹が」

 

 仲裁しようとするが兄は耳を貸さない。しかし、そこで狼牙様が口を開いた。

 

「……愚妹?」

 

 疑問形のイントネーション。兄が答える。

 

「これといった才能の無い妹……愚妹と言って差し支えないだろう。何を疑問に思う?」

 

「金剛不壊の無意識化はどうなんですか? あれは才能によるものでは?」

 

「あれか。あれぐらい日常的に修練を積めば誰でもできるだろう」

 

「ということは柄鎖のお兄さんも出来るんですか?」

 

「俺は出来ん。する必要も無い」

 

「……やった事も無いのに、誰でも出来ると主張するんですか?」

 

「当然だろう。時間をかければ大抵の事は誰でも出来る。以下に時間をかけずして物事を習得できるか、また、その習得の深さで才能というのは評価されるものだ。

 一目見ただけで動きを真似できる君や、私の様な人物が天才と評価されてしかるべきだろう」

 

「……そうですね」

 

 狼牙様の最後の言葉は酷く投げやりで、とても同意の言葉とは思えなかった。

 

「そんな事よりだ。早くお前の本気を見せろ。さもなくば……」

 

「どうなりますか?」

 

「言わなくても分かるだろう。頭がお花畑で無ければな」

 

「……」

 

「そう暗い顔をするな。私のお眼鏡にかなったのだ。むしろ有難(ありがた)がるべきだろう」

 

「…そうですね。逃げ道を塞いでくれて、本当に有難(ありがた)いですよ」

 

 狼牙様の妙な物言いに兄は眉をひそめた。その間に狼牙様は再び構える。

 

 その時、私の頭にある可能性が浮かぶ。それは突拍子も無い考え。

 狼牙様は昔、正拳で父を殺してしまった事がある。その事が精神的なリミッターとなり、人に放つ時だけ無意識に手加減してしまっていたのなら。

 

「これで、私は貴方を本気で殴らないといけなくなった」

 

 しかし、最近になって狼牙様の内面に変化が生じ、そのリミッターが外れかけ、そのせいで手加減に手こずっているのだとしたら。

 リミッターが緩んだ今の狼牙様は、人間に対して本気で正拳突きを放てることになる。彼が転校してきてすぐ、修練場の壁をぶっ壊した時の威力を人に向かって放てることになる。私が目を疑ったほどの威力を、兄に向かって放てることになる。

 

「――即死しても、文句は無しだぞ」

 

 瞬間、兄が消えた。遅れてソニックブーム。衝撃波が辺りの物を手当たり次第に吹き飛ばす。

 直後、壁に大穴が。轟音と共に会場が軋む。

 

 ギャラリーは誰一人として言葉を発していなかった。目の前で披露された殺人的な威力に息を呑むばかり。

 

「親父、一段落したら墓参りに行くよ」

 

 ポツリと呟いた狼牙様は、悲しさの中にどこか覚悟を感じさせる表情を浮かべていた。

 

「……きッ、救護に向かえ!」

「早くしろ!」

 

 遅れて治療班が壁の穴の方へ駆けていく。それを横目に私は狼牙様の元へと寄った。

 

「…悪い」

 

「どうして謝るのですか?」

 

「いや、成り行きとはいえお前の兄貴をぶっ飛ばしちまって…。悶絶する声は聞こえるから死んでは無いけど…」

 

「別に構いませんわよ。あんなの」

 

「あんなの、って…」

 

「“あんなの”は“あんなの”ですわ。血が繋がっているだけの“あんなの”」

 

 私が兄を“あんなの”扱いしていると、狼牙様は戸惑ったような表情に。

 

「……血の繋がりってのは、必ずしも大切なものじゃないんだな」

 

「一般的には大切なのでしょうけどね。私や……他には雷夢様が特殊なだけかと」

 

 そこで後ろの方が騒がしくなる。振り返ると、兄がフラフラと揺れながらもしっかりと両足で地面に立っていた。

 

絆十(はんと)様! 治療した直後です! あまり無理を為されては…!」

 

 医療班の制止も聞かず、兄は狼牙様を指差す。

 

「久しく味わったことのない痛み……堪えがたかったぞ。俺が模倣する価値のある良い技だった…。

 俺だけが君の技を真似るのも不公平というものだ。俺の技も何か一つ見せようか?」

 

「…いえ、代わりに壁の大穴を弁償しておいてください」

 

「俺の命令で空いた穴だ。元からそのつもりさ。まぁ、君がそう言うのであればそうしておこう」

 

 そこで狼牙様は辺りを見回す。それに釣られて私も当たりを見回すと、他の招待客たちがざわざわと騒がしい。

 

「…お騒がせしました。そろそろ、お暇させていただきます」

 

 小声で断りを入れた狼牙様は、会場を逃げるように後にする。確かにここが引き時として丁度良いかもしれない。

 

「私は狼牙様を送ってまいります」

 

 私も狼牙様の後を追う。後ろから姉の声が聞こえたが、スルーさせて貰った。

 会場から出る途中、雷夢様とすれ違う。

 

「もう帰るのか」

 

「あぁ。少し騒ぎすぎた」

 

「お前の仕業か。外まで音が聞こえてきた」

 

 問答もそこそこに、狼牙様は雷夢様と別れて外に出てしまった。私もその後を追う。

 その間際、雷夢様とアイコンタクトを取る。二四三(ふしみ)様を暗殺するという約束を忘れないよう。

 

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