現代異能の災禍希望(パンドラボックス)   作:RKC

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 前回までのあらすじ
 禁断箱襲撃の計画を話し合った狼牙たち。解散際に柄鎖から誘いを受けた狼牙は学校へと向かった。



39話 せっ

 月がハッキリと見える頃。狼牙(ろうが)は校舎の光が差す校庭に立っていた。暗いが、校舎の方から(うっす)らと二人の人影が歩いてくるのを見た。

 

「こんな遅くに何の用だい? もう業務時間外なんだから、少しは休ませてほしんだけどねぇ」

 

 一人は保険医。保健室を自宅がわりにしている彼女は、時間にかかわらず学校に存在している。

 

「申し訳ありません。とはいえすぐに済みますから、お願いいたします」

 

 もう一人は柄鎖。狼牙より先に学校に到着していた彼女は、保険医に何かを頼んでいた様子だ。

 

「おや、狼牙様。もう到着されていましたか」

 

「保険医まで連れてきて何をする気だ? 俺とお前で決闘でもするんじゃないだろうな」

 

「当たらずとも遠からずですわね」

 

 柄鎖は狼牙の前まで歩み寄り、目の前で立ち止まる。

 

「さ、兄に打ったように私にも正拳を放っていただけますか? もちろん本気でお願いしますわね」

 

 いきなりそう言い放つ柄鎖だが、狼牙の方は困惑するばかり。

 

「いや、何でそんなことしないといけないんだよ…」

 

「痛みとダメージの最大値を更新しておきたいのです。人間、想像以上の苦痛に襲われた時動けなくなってしまうものです。ですから、私の想像を広げておこうかと」

 

「俺の正拳でか?」

 

「えぇ」

 

 至極真面目に語る柄鎖だが、狼牙の方は乗り気ではない。

 

「柄鎖には金剛不壊がある。ダメージを貰う場合はレアケースだろ…」

 

「あら、レアケース本人が何を言いますか。万が一はいくらでも起こりうるのですから、対策しておいて損はないでしょう。それに決戦の日にはレアケースと遭遇しそうですし。これはただの勘ですが」

 

「…分かったよ。ぶっ叩きゃあいいんだろ?」

 

「いつでもどうぞ」

 

「保険医として、あんまり見過ごせない案件なんだけどねぇ…。どうせ止めても無駄だろうから、怪我した後の治療に徹するけど」

 

 保険医が呆れる一方、狼牙は腰を落とし拳を固める。柄鎖も呼吸を整えて衝撃に備える。

 しかし、狼牙の拳は一向に放たれない。

 

「気が引けますか?」

 

「…少し。大切な人に拳を向けるのは…な」

 

 大切な人。それは柄鎖の事を指しているのだろう。

 その考察に至った柄鎖は、自分を心配してくれる狼牙に思わず口角を上げる。

 

「悪い、時間かけた……行くぞ」

 

 そして上がった口角は一瞬にして歪められた。

 鉄骨がへし折れたような音が辺りに響き、柄鎖の体が十数m後退する。

 

「大丈夫かい!?」

 

 口を半開きにしたまま、呼吸すら出来ていなさそうな柄鎖を見て治癒しようと駆け寄る保険医。しかし柄鎖は緩慢に、だが確実に手を突き出し、拒否のジェスチャーを保険医に示す。

 

「……――動く、ことすらままなら、ない…とばッ!」

 

 盛大に口から血を吐き出す柄鎖に、問答無用で保険医が治療を施す。

 

「――ありがとうございます」

 

「お礼はいいから口元の血を拭きなさい。まったく……無茶してからに」

 

 柄鎖がハンカチで血を(ぬぐ)う間、狼牙が心配そうに傍まで近寄ってきていた。

 

「大丈夫か?」

 

「えぇ。想像を上回る痛みをありがとうございました。次があれば、恐らく反撃までいけるかと。正拳の威力が上がるのでしたら、また今度お願いしますわね」

 

「……そういう意図じゃないのは分かっているが、発言がちょっと気持ち悪いぞ…」

 

 その時、柄鎖がフラフラとよろめく。

 

「流石にダメージが大きすぎたね。治療でかなりカロリーを消費したようだから、すぐに補給した方が良い」

 

 保険医は白衣のポケットから栄養補給ゼリーと栄養バーを取り出し、柄鎖に放り投げる。

 

「――――重ねてありがとうございます。夜遅くに申し訳ありませんでした」

 

 その場で渡された栄養食を平らげ、保険医にお辞儀をして(きびす)を返す柄鎖。

 

「栄養食だけじゃなくてちゃんと食材も食べるんだぞ~。……ほら、男の子だろ。送って行ってあげなって」

 

「は、はい」

 

 背中を押され、柄鎖の後を追う狼牙。結局、二人は柄鎖の部屋まで同行することに。

 

 

          ♢

 

 

「送っていただきありがとうございました。…送っていただいて、こういうのも何ですが、躊躇せずに女子寮に入ってきましたわね…」

 

「男子禁制だったか?」

 

「いえ、そういうわけではありませんが、雰囲気というものがあってですね……。まぁ、そのあたりの感性については狼牙様に説いても馬耳東風(ばじとうふう)でしょうが。

 とにかく、今日はお疲れさまでした」

 

「柄鎖もな。それじゃ」

 

「……待っていただけますか?」

 

 別れの挨拶を交わして解散しかけるが、柄鎖が狼牙を呼び止めた。そして礼儀正しい柄鎖にしては珍しく、自分の髪の毛を弄ぶように手遊びをしながら言う。

 

「…その、狼牙様が良ければですが……部屋に上がっていきませんか?」

 

「構わない、邪魔するぞ」

 

「……あ、えっ?」

 

 即断即決で玄関をくぐる狼牙。覚悟はしていたものの、余りの急さに()頓狂(とんきょう)な声を上げる柄鎖。玄関から部屋までの僅かな廊下をロウガと共に歩く。

 そしてカーペットが敷かれたリビングにストンと座り込んだ。テーブルを挟んで反対側に狼牙も胡坐(あぐら)をかく。

 

「お嬢様にしては意外と普通の部屋なんだな。フローリングにカーペット敷いてるし」

 

「…え、あ、その…たまに、寝転んだりもしますし……。だっ、だらしない話ですけど…」

 

 気が動転しすぎて話さなくても良い恥部まで語り始める始末。後で気づいて、更に顔を赤くする始末。

 

「テレビ、あるんだな。俺も実家にはあったけど、こっちに来てからはご無沙汰だ」

 

「な、何か見ましょう! そうしましょう…」

 

 恥ずかしさを誤魔化すようにテレビのスイッチを入れる柄鎖。適当な番組が流れ始め、ひとまず沈黙が埋まった。

 柄鎖はテレビに視線を向けながらも、自分の部屋、それもテーブルの向かいに想い人の存在をひしひしと感じ、緊張しっぱなしだった。

 反対に狼牙は親父と稽古終わりにこうして団欒(だんらん)していたことを思い出し、懐かしさに浸りながらリラックスしていた。

 どっちが家主か分からない状態で狼牙が不意に提案する。

 

「……保険医に食材食べろって言われてただろ。治療でへばってるだろうし、俺が料理作ろうか?」

 

「お、お願いいたします……」

 

 狼牙は立ち上がり、リビングで冷蔵庫の中を漁る。

 

「そういえば自炊するのか? 使用人に作ってもらうとかじゃなくて」

 

「流石に寮で使用人を(はべ)らす事はしません。いつもは自分で作っていますわ。そういう狼牙様は?」

 

「実家じゃ俺が料理してた。こっちに来てからも同じだ。寮の食堂は……正直不味い」

 

「大体の生徒がそう言いますわね。改善の陳述が何度も来ているのに一向に変わりませんし。まぁ、校舎の修繕とかに寄付金のほとんどが費やされるそうですから仕方ないのかもしれません」

 

「それなら良く壊す側の俺は何にも言えないな……。

 冷蔵庫にはタッパーの煮物、冷凍庫にはラップの冷凍ご飯……。お前、本当にお嬢様か?」

 

「べ、別に良いではありませんか。毎回ご飯を炊くのも面倒なのは自炊している狼牙様なら分かるでしょう?」

 

「いや、そうだけど……。お嬢様の口に冷凍ご飯は合わなそうだなと思っただけだ」

 

「あいにくと兄と比べて舌の才能も無かったようで、そこそこの味であれば頓着いたしません」

 

「ハードルが低くて助かる。もう一品ぐらい適当に作るから少し待っててくれ

 

 

          ♢

 

 

 十数分後、食卓に並んだのはご飯と煮物と鳥の照り焼きと添え物の千切りキャベツ、そして大根の漬物だった。柄鎖と狼牙、二人分ある。

 

「「いただきます」」

 

 唱和の後、互いに黙食。狼牙が早いペースで食べ進める一方、柄鎖のペースは遅かった。何なら、箸で掴んだ食材を落とすこともしょっちゅうあった。最終的にナイフとフォークで食べ始める始末。

 

 そうして食事が終わり、数分だけ皿を食卓に残したまま二人でテレビを見つめていた。口火を切ったのは柄鎖。

 

「その……、お風呂…入りますわね」

 

「あぁ」

 

 柄鎖が脱衣所へと消えていった後で、狼牙は初めて見る食洗器に戸惑いながらも皿洗いと片づけを終える。

 そこから約20分、柄鎖が脱衣所から出てきた。薄手の寝間着姿。彼女はぎこちない動きでリビングの隅に置かれているベッドまで歩き、そこで油が切れたようにドスンと腰を落とした。

 

「……狼牙様も、どうぞ。お風呂」

 

 そう言われた狼牙は少し考える。そして、脱衣所の隙間から見えたシャワー室 (ジムにあるような狭いやつ)に興味を惹かれ、こう答えた。

 

「じゃあ、入らせてもらう。けど、その前に着替え取って来る」

 

「え、あ、あぁ……そうですわね。いきなり、でしたものね……」

 

 しばらくして着替えを取って来た狼牙が、改めて部屋に戻って来た。そして脱衣所に入っていく。

 狼牙がシャワーを浴びる間、柄鎖は部屋で支度をしていた。テレビをOFF、部屋の灯りをオレンジの間接照明に切り替える。とはいっても、やる事はそれぐらい。後の時間はしきりにシーツのしわを伸ばすことに注力していた。

 

 ザー……ッ、バカッ……

 

 脱衣所の向こうから聞こえる。

 シャワーが止んだ音。

 湿気(しけ)たシャワー室の扉が開く音。

 

 瞬間、柄鎖の心拍は急速ギアチェンジ。10秒とかからず、ウサギやネズミもビックリな500[bpm]に到達。異能者(シンギュラリティ)にだけ許された爆速脈動を刻みながら、ベッドに腰かけ座位不動。

 

 ドライヤーの音……()み。

 衣擦れの音……止み。

 ついに脱衣所の扉が開いた。寝間着姿の狼牙が首にタオルをかけたまま、柄鎖の方に歩いていく。

 

「隣、良いか?」

 

「……」

 

 柄鎖本人は“どうぞ”と言ったつもりだが、むべなるかな、緊張でまったく声が出ていない。返答を貰えなかった狼牙だが、雰囲気で柄鎖の隣に着席する。

 

 そのまま約十分。狼牙が口を開いた。

 

「柄鎖」

 

「……はい」

 

 今度はちゃんと言葉が出たようだ。

 

「そろそろ帰る。また明日」

 

「……はい?」

 

 そして()頓狂(とんきょう)な声も出た。

 

「……そうですわよね。狼牙様からに期待するのがおこがましいですわね……」

 

 本当に帰ろうとする狼牙の手を掴む柄鎖。そして自分の大きな胸に押し付けた。

 

「……どう、でしょうか」

 

「どう、って……心拍大丈夫か? 拍を越えて振動してるぞ…」

 

 狼牙のあまりにもデリカシーの無い発言に、柄鎖はベッドへと倒れ込む。

 

「どうしてここまでして察していただけないのでしょうか!?」

 

「な、何をだよ…」

 

「夜に男女が二人! 一つ屋根の下でシャワーを浴びればセッ……ですわ! セッ!」

 

「セッ、って……あぁ、セックスの事か。そうしたいならちゃんと言ってくれよ…」

 

「恥ずかしくて言えないから必死で察してもらおうとしてるんでしょうに!! 一週間後の作戦で死ぬかもしれないから、その前にヤってしまおうと思ったのですが!

 あぁ、生贄にされる際も執刀医にバカにされるんですわ、“あ、この人処女だ” って…。膜を残したまま死ぬんです……」

 

「別に処女だからって恥ずかしい事のわけじゃないだろ…?」

 

「……それぐらいは分かっていますわ。冗談が過ぎました。

 しかし、死ぬかもしれないのですから想い人とセッ…しておこうと考えるのは普通では? それとも私がピンクなだけでしょうか」

 

「死ぬ前に想い人と、か……」

 

 ギシ…。 ベッドのスプリングが軋む。

 柄鎖が気配を感じて顔を上げると目の前に狼牙の顔が。

 

「え、あ……」

 

「……」

 

 じっ、と見つめられて思わず目線を逸らす柄鎖。しばらくして狼牙はベッドから離れ、柄鎖の部屋から出て行ってしまう。

 一人残された柄鎖はベッドの上で丸まって布団を被ってしまった。

 

(……私じゃ、ダメだったのでしょうか。顔や体には自信があるのですが…。

 いえ、そもそも狼牙様って…勃つのでしょうか? そもそも性に鈍感というか、お子様というか……もちろん知識は持っておられる様子ですが、関心が一切ないご様子。

 普通男性であれば私と会話する時、胸に視線が向いたりするのですが、狼牙様はずっと目を見て話されますし。

 大切に思ってくれているのは間違いないですし、友愛・親愛の情は大変嬉しい。しかし、性愛を向けられないというのも何か、もやもやとした気分が……)

 

 ピンポン…。

 

 そうして考えを巡らせている間にインターホンの音が。

 気が落ち込んでいる柄鎖は、のそのそと玄関モニターを確認する。するとそこには狼牙の姿が。

 柄鎖が玄関の扉を開けると、狼牙がその隙間に体を滑り込ませた。

 

「あの、狼牙様…何か忘れ物ですか?」

 

「買ってきた」

 

 狼牙の手にはレジ袋が。

 

「何をですか?」

 

「ゴム」

 

「……狼牙様、その気になるんですね…」

 

「匂いに当てられた。……しないのか?」

 

「……します、けど…」

 

 

 

 この件、女子寮で噂になったとかならなかったとか……。

 

 

 

 

 

           ♢

 

 

 

 

 

 そして時は流れ、作戦決行の前日。

 その日は平日だったが、柄鎖は学校に姿を現さなかった。

 

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