禁断箱(パンドラボックス)を襲撃する作戦決行の前日。その日は平日だったが、柄鎖は学校に姿を現さなかった。
初めは少し疑問に思うだけだった。
「はい、では出席を取ります。――――おや、
珍しい事もあるものだ、と。
ホームルームが終わった後、
――――ただいま、電話に出る事ができません。ピーという発信音の後……
機械音声の無機質さに、少しずつ嫌な予感が
その時、狼牙の携帯に着信が。相手は非通知。すぐに通話を繋げる。
「もしもし?」
「あ、もしもし? 狼牙君なのです?」
電話からはフシみんによく似た機械音声。
「お前、学校一週間も休んで何やって……いや、今はそれどころじゃないんだ。悪いが切るぞ」
「緯度37.148050度 経度139.660048度」
通話を切ろうとする狼牙の耳に、ひどく詳細な位置情報。彼は再び携帯を耳に当てる。
「…何の話だ?」
「狼牙君が今抱えている問題を解決してくれる魔法の暗号なのです」
「それはどういう…」
「早くメモ取ってください、緯度37.148050度 経度139.660048度。十円じゃもう時間が……」
プツ
それきり、通話は途絶えた。折り返しても通話は繋がらない。
位置情報をメモした用紙を手に、狼牙は教室を出た。
♢
いつぞやに御三家の子女が集まり、話をしていた三家会の議会室。校舎3階の一番奥にあるそこに、再びかつてのメンバーが集まっていた。
狼牙、
「じ、授業をサボって急にどうしたんだい…? 作戦は明日のはずだけど……」
「柄鎖が学校に来ていない。連絡も無し、こっちから連絡しても返答無しだ」
「それって、つまり……」
「
雷夢の一言に場の空気が凍り付く。
「い、いや、そうと決まった訳じゃ…。何かアクシデントがあっただけかもしれないだろう?」
「どんな?」
「それは……パッとは思いつかないけど…」
「つまりそういう事だ」
あくまで柄鎖が攫われたと仮定する雷夢。その言葉に狼牙も重々しく頷く。
「あまり信じたくはないが、多分そうなんだろうな…」
「え…じ、じゃあ…ど、ど、どど、どうするの…!? さ、攫われたってもう、殺されてるんじゃ……。事前準備さえしておけば、生体機械にする手術はいつでも出来るだろうし……」
「緯度37.148050度 経度139.660048度」
「え…?」
狼牙は位置情報を呟きながらスマホの画面を黒子に見せる。
「その手術をする場所はここか?」
画面に映るのは山の中、廃村の中にある廃病院。黒子は首を横に振る。
「こ、こんな所じゃない。普通なら
それを聞いて、狼牙は安堵のため息を吐いた。
「だったらまだ柄鎖は生きてるはずだ。恐らく、ここに監禁されてる可能性が高い」
「な、何でそんな事が言えるんだい?」
「フシみんが教えてくれた」
フシみんという言葉が出た瞬間、雷夢が珍しく体を震わせて動揺する。
「もって回った言い方だったが、たぶん柄鎖の居場所を教えてくれたんだと思う」
「
「……分からない。ただ、あいつは気配を消すのが得意だ。諜報も心得があるんじゃないか?」
「そ、そうだとしてもだよ。私が分からないのは、なぜ柄鎖君を捕らえる必要があるのかって事なんだ。だって
普通の収容施設じゃ物理的に壊される。それこそ
とにかく、そんな手間をかけてまで柄鎖君を捕まえる必要あるのか…。彼女を
「それは……」
「考えても仕方の無い事だ」
疑問符を浮かべる黒子と狼牙をバッサリと切って捨てる雷夢。
「疑問は無限にある。
なぜ柄鎖が捕まっているのか、計画はバレたのか、そうだとしたら関係者のお前らや私がなぜ無事なのか……。
そんな事に気を回すぐらいなら一秒でも早く動くべきだ」
雷夢の手には携帯が。すでに執事・メイド達に連絡をしていたのだろう。
「……そうだな。雷夢の言う通りだ…」
狼牙は深呼吸をしながらどう動くべきかを考える。
「――最優先は
とはいえ柄鎖の救出にも行くべきだ。
「…うん、問題無いと思う。でも、柄鎖を助けに行く役割は誰が…?」
「俺1人で行く。向こうにはフシみんもいるはずだ。もしかしたらこっち側につくよう、説得できるかもしれない」
「私たちの作戦が筒抜けだった場合、
「ただ、これだと突破役が雷夢しかいなくなるが……大丈夫か?」
「知るか。出たとこ勝負だ」
向こうの戦力も定かでない、加えて二人も戦力が減った状態。無責任だが的確な分析を狼牙は少しだけ頼もしく思った。
「そうだな……なるようにしてくれ。そっちの指揮は雷夢に任せたぞ。
なんなら
「分かった」
「それと黒子、
「わ、分かった…」
黒子は言われるがままに、10センチはある大型の針を
「こいつは、黒子が消すまで無くならないんだよな?」
「う、うん…。私の
「わかった、ありがとう。…それと
「う、うん! ひ、ふひゅへ…」
狼牙に指示された挙句褒められ、だらしなく笑う黒子と、相変わらず不愛想な雷夢を置いて、狼牙は部屋を出て行く。
「後でメッセージを送る。見ろ」
雷夢の最後の一言を最後に、部屋に残された黒子と雷夢。二人は接点こそ多かったものの、あまり親しくない。
「……あ、あの…私達は行かないのかな?」
「人員の到着待ちだ」
「あ、そ、そう、だよね……ご、ごめん…」
――沈黙。雰囲気が重い。
黒子がそわそわと目線を
「……お前はどうして戦う。動機はなんだ」
スマホを触りながら口を開いたのは雷夢。黒子に問いかけたらしい。
「な、なんでそんな事…」
「お前は人員の中で最大戦力だ。それで…」
「い、いや…! そ、そんな事は無い! ろ、狼牙君にも負けた事があるし…」
「それはお前が精神的に不安定だったからだ。だから今その点を気にかけている」
黒子は少しだけ考え、おずおずと意見を述べる。
「……わ、私は、狼牙君のために、かな。その、狼牙君と柄鎖君が付き合ってそうとか、私の事あんまり大事思ってない…というかむしろ下手したら厄介に思ってそうとか、そう言うのは諸々織り込み済みなんだけど……。
それでも指示されると何か嬉しくなるし……今は命令されるだけじゃなくて、期待に応えたいって気持ちもあって……失敗した時を考えると手が震えそうになるんだけど…。
あ、ご、ごめん、早口で……へっ、変だろう…?」
「別に。その調子で作戦に望め」
「う、うん……」
会話が終わると同時に、雷夢は狼牙にメッセージを送信した。
こっちが
こっちの情報を漏らした可能性が高い。
敵だと思え。
奴の素能は恐らく……
♢
――――…………気が付くと、私は真っ暗な空間で体を折りたたんでいた。
狭い。とにかく狭い。手を伸ばそうとしても、何か壁に邪魔されるばかり。
力を込めて壁を殴る。
……硬質的な音が空しく響くだけだった。
光を通さない箱の中に結界を張って、私を閉じ込めている? いったい何のために? そもそも私はどうしてこんな所に……?
確か昨日は
「お目覚めかしら」
突然姉の声が閉鎖空間に響く。音源は膝の下から。小型のスピーカーでも置かれているのだろうか。
「…おはようございます。姉様、これはいったい?」
「悪い妹への
返答アリ。こちらの声も通じているようだ。
「
「お仲間と色々企んでいるらしいじゃない?」
気づかれていたのか。しかし、どこから情報が…。
「初対面との距離感がおかしい女の子が親切にも教えて下さりましたのよ」
「証拠はあるのでしょうか?」
「別に。ここは裁判所じゃなくってよ? 疑わしきを罰しても批判する傍聴人はいない。それに生贄がヤケを起こした……動機は完璧でなくって?」
「では、私はなぜ五体満足なのでしょうか。そこまで疑われているのであれば、すでにバラされて生体機械にされていてもおかしくないはずですが」
「どうしてだと思う?」
姉とは一応家族で、長い付き合いだ。そのため、さっきの姉の口調はまともに相手してくれそうにないものである事が分かる。
とはいえ、私が殺されていない点を考慮すると、私の監禁は姉の独断ではないだろうか? 兄や他の家が関わっているのであれば、私はすでに死んでいるはず。
姉は嫌いな私を
「生体機械にするとは言うけど、貴方の手術っていったいどうするのかしらねぇ。反射的に金剛不壊が発動するというのに」
「深い昏睡状態であれば反射活動は起こりません」
「あら、そうなのね。だったら箱に詰める前に数発殴ってあげればよかったわ」
なるほど、麻酔か何かで私を眠らせて連れて来たのか。かなりの量盛られたようだ。眠る前の記憶が混濁している。
「ま、しばらくはそこでじっとしていなさい。人は刺激の一部を遮断されたまま放置されると気が狂うらしいわよ。ねぇ、
「はい、その通りでございます。ソースは幼き頃の私、間違いないかと」
この声は姉の付き人の……。そういえば、彼は結界を張る
などと考えていると、声が聞こえなくなる。
「……あ、あ、あー、姉様の性格だと、たぶん行き遅れると思いますけれど、そこの所どうお考えですか?」
――返事はない。向こうの声も聞こえないし、こちらの声も通っていない様子だ。本格的に放置されたようだ。
改めて自分の状態を確認する。
辺り一面の闇。目を開いているのか、閉じているのか曖昧になってくる。
静寂。音が存在するとしても、自分の立てる音だけ。
閉塞。体は折りたたまれ自由に動けない。恐らく正方形の箱に閉じ込められている。
……空気孔が無い。酸素はどれくらい持つ?
棺桶に閉じ込められる昔の映画を見た時、興味本位で調べた事がある。棺桶でだいたい7時間程度。すると、私が眠らされていた時間も考えると……残りは2~3時間ぐらいだろうか? 随分と余裕が無い。
しかし、姉も私を酸欠で殺しはしないだろう。この上なく残酷な殺し方だが、姉にとっては私の反応を十分に楽しむ事が出来ない。それに、どんな後遺症が残るかも分かったものじゃない。生体機械にする際、後遺症が原因で無理です……では話にならないだろう。
姉もそこまでバカじゃないはず。…………はず。
何にせよ姉が独断で私を監禁している以上は完全に詰みではない。狼牙様や雷夢様が私を助けに来てくれる可能性も0ではないだろう。私が監禁されていることを知り、その上で居場所まで突き止めるというウルトラCが要求されるが。
……あまり期待しないでおこう。
「申し訳ありません…」
狼牙様、は口に出さなかった。反乱は私の独断で狼牙様は無関係と思われている可能性も無くはない。巻き込み事故のリスクがあるならば、避けるべきだろう。
貴方を残して死ぬことをお許しください。
懺悔の後、思考を切り替える。
残りは約2,3時間、これが私に残された最後の時。そう思う事にして、私は暗闇の中で狼牙様との妄想に
遊園地に行ったら。
水族館に行ったら。
動物園に行ったら。
映画に行ったら。
「……ふふ…」
死ぬ前にしては贅沢な妄想だ。