フシみんは狼牙との戦いの末、廃病院の駐車場で果てた。一方、病院の中では…
拷問。というには少し幼稚すぎるだろうか。
「……~~ッ! 本当に気に食わない…!」
加害されると
虫を顔中にバラまかれた。正直どうという事は無かった。私は虫に生理的嫌悪を抱くタイプではない。なんなら姉の方が悲鳴を上げていた。
水責めされた。とはいえ、姉は万が一にも私の脳に後遺症を残せない様子。溺れ死ぬという所まで追い込まれなかったため、そこまで苦しくは無かった。
他にも色々されたが、やはり私が苦痛に苛まれる程の拷問はふってこなかった。姉が満足するのであれば、苦しむ演技ぐらいはしても良いのだが、そもそも電撃を喰らって麻痺しているため、表情筋をあまり動かせないし声も出しづらい。
平然としている私の様子を見て、姉は爪を噛んでいる真っ最中。私を痛めつけようと熱心な事だ。
「私を攫った事、兄様に知られれば…、何か罰を受けるのでは…? なぜそうまでして私を…」
麻痺が抜けてきた体で姉に問いかけると、彼女は顔を真っ赤にして私を睨みつけてくる。
「分かり切った事を聞く! そうまでして貴方をこき下ろしたいのよ!」
私を蹴る姉。
「自分でもビックリよ。貴方がもうじき死ぬって思うと、居ても立ってもいられない。貴方へ手が出せなくなると思うとね! それぐらい貴方が憎い…!」
随分と拗らせたものだ。初めの方は物を投げたり、無視をする程度の
「……いっそのこと、殺してしまおうかしら。どうせ私の様な不良にはどうせ未来も無いのだし」
姉の目が据わっている。本心から言っている可能性大。
「良いのですか? 私を殺せば、
「うるさいッ!! 」
姉は私の口を開き、鉄の棒を喉の奥に突きこんでくる。
「良く回る口は塞ぐに限る…! 昔からそう! 少し出来が良いからと私のミスや欠点をあげつらって! 貴様も兄に比べれば劣等の癖に! 年下の妹の癖に!」
一応、言い訳はできる。あの時は、生贄なる事を知らされ、精神的に不安定だった。だからストレスのはけ口として姉に当たってしまった。
「そのくせ少し経てば貴様はごめんなさいと私に謝り、それからはまるで私への非道など一切無かったかのように振舞った! その後は善人ぶって、ある程度の社会的な地位を築いた! それで改心したつもりか!?」
生贄になる事が決まって1年も経てば、将来の死に折り合いをつけられた。代わりに希望を失った。何を積み上げてもどうせ死ぬのだからと。
お嬢様としての教えを惰性で守りながら、面白そうな事物に対してたまに首を突っ込むだけの刹那的な生き方をしてきた。
喉から鉄の棒が引き抜かれる。
「うぐッ、げぼッ、げほッ…ッは…」
麻痺している喉が、行き場を失っていた胃液をゆっくりと吐き出す。
「もう容赦しないわ。殺す気でやるから覚悟しなさい」
「お嬢様! 流石にそれは…」
暴走気味の姉を、付き人が
「うるさいッ! もう決めたこと! 貴方は出て行きなさい! ここからは姉妹の時間よッ!!」
「………えぇ、えぇ。お嬢様の意志を尊重いたします」
付き人は粛々と部屋の外へ出ていく。私と姉の二人きりに。
姉は私の髪を掴んだ。そして水の入った水槽の中に顔を叩きつけられる。
「準備するから頭を冷やしてなさい!」
水に沈んだ鼓膜でも姉の怒気が伝わってくる。本当に私を殺すつもりかもしれない。
麻痺が抜けてきたとはいえ、まだまだ体の自由が効かない。水槽の縁に手を掛けるが、驚く程力が入らなかった。
1分ほどかけて、何とか水槽から顔を上げる。久しぶりの酸素が体に染み渡るが、すぐに水中に押し戻された。腕を拘束され、水を飲まされ続ける。
「……」
姉からの言葉は無い。拷問が始まってから一番の危機感を覚える。ジタバタしてもどうにもならないため、できるだけ何も考えないようにして酸素の消費量を減らした。
…………まだか
…………まだ…
…………本当、に…
…………ま、ず……い……
ザバッ
「ゲボッ! ッ――ゴボ、ゴボハッ…! カハ…ッ! ハァッ! ハァッ、ハァッ…!」
喉に詰まっていた水を吐き切ってからようやくの呼吸。酸欠で視界が
「流石に
顔にタオルが押し当てられた。呼吸を塞ぐ目的かと思ったが、どうやら違う。単純に濡れた顔を拭いているだけ。
「死ぬ事すら恐れていない貴方はどうすれば怯えてくれるのかしら? ……私に似た顔を傷つけるのは正直気が進まないのだけれど」
酸欠から少しだけ回復。“ゴー……”とガスバーナーの様な音が聞こえる。
視線を動かせば、姉が真っ赤に燃える鉄の棒を持っていた。
「自慢の顔に傷でも負えば、少しは落胆してくれるのかしら」
ジュッ
「ッ~~ぁ、ぐ……ッツ!!」
鉄の棒は躊躇なく私の目に。ギリギリで目を閉じたため眼球を焼かれる事は無かったが、代わりに瞼とまつ毛を焼かれる。瞼1枚では熱の伝達を上手く防げない。目の奥が痛む。
しばらくして鉄が離れていった。しかし、すぐに
「ぁ“……ッ“ぐ…ッ……!」
鉄と肌の温度が同じになる頃。ようやくBBQは終了した。
「ひどい火傷ね。誰もが目を背ける酷い顔」
姉は私の顔を再び水槽の水に漬ける。ジュゥ、と顔を冷やされ、引き上げられた。波立つ水面には自分の顔が映っている。
確かにひどい火傷だ。子供が見たら怖がるかもしれない。しかも右目の視力が悪い。視界がぼんやりする。
「しかも何その目。焼かれて濁っているじゃない」
しかし焼肉にされる間、だいぶ麻痺が抜けた。
「まつ毛も焼かれて台無し。左側も同じように焼いてあげる」
今なら何とかなるかもしれない。
髪を引っ張られるのに合わせて後ろに飛び退く。勢いのまま姉に肘鉄を食らわせた。
よろめく姉に追撃……しかし、足が効かない。麻痺が残っているのか、ほんの一瞬痙攣して硬直を晒す。
その隙に姉は体勢を立て直す。状況は四分六分。麻痺が残る分、私の方が不利だろうか。
結局、その対戦ダイヤグラムは覆らなかった。お互い、
「もう一度寝てなさい!!」
大仰な機械に繋がった電極が私の体に押し付けられる。
また、電撃で麻痺させられるのだろう。
間違えた。こんな事なら、顔の左側も焼かせておけば良かった。そうすれば、もっと麻痺が抜けて私があの電極を握っていたかもしれない。
やはり、私も出来の悪い子供だ。
姉が手元のスイッチを押す。その瞬間けたたましい雷鳴と閃光が、“装置”から放たれた。
私の体は痺れてない。
顎に一発入れるべく、驚く姉目掛けて一歩踏み込む。しかし、麻痺のせいで一瞬遅れた。
その隙に姉が顔を防御するが、50cmはある電極を握ったまま。それらが干渉して防御が遅れる。
結果、私の拳が姉の顎に入った。もちろん
顎への打撃で脳震盪を起こした姉に、一番威力の出る上段回し蹴りを食らわせた。皮膚と肉と骨を叩く音。
私に蹴られ、漏電した機械に叩きこまれる姉。当然の如く感電。姉の体が光った。
少しの間感電させておき、それから装置のコンセントを抜いた。ようやく姉の痙攣が収まる。
漏電した機械の隙間から虫が見えた。私の顔にぶちまけた虫の回収忘れが原因で漏電したのだろうか。なんとも安全性の低い機械、今は平身低頭で感謝だが。
………何とか、なった…?
安堵できたのは束の間、部屋の扉が開く。
「お嬢様! 今の音は!?」
姉の付き人が姿を現す。私は装置に突っ伏している姉の首に腕を回した。
「動かないでください。さもなくば姉の首をへし折ります」
付き人を忘れていた。咄嗟に気絶した姉を人質に取ったものの、それで止まってくれるのだろうか……
私が考えを巡らせていると、付き人は両手をポケットの中に入れる。
ポケットハンド。その状態からは攻撃がどうしても遅れる。その関係から、
「えぇ、えぇ。下手な動きはいたしません。柄鎖様のお望みの通りに」
……案外と素直に従ってくれた。少しだけ拍子抜けする。
「ひとまず、私の携帯を持っていれば渡してください」
「申し訳ありません。柄鎖様の携帯は実家の方にございます」
「ではあなたの携帯を……いや、流石に覚えていませんわね」
狼牙様か雷夢様に連絡しようと思ったのですが、電話番号を覚えていない。どうやって皆さんと合流するか……いや、そもそも私たちの計画がバレたのであれば、全員無事でない可能性が高い。
「私がここにいる間、上戸鎖家に何か動きはありましたか?」
「えぇ、お嬢様が柄鎖様を換金している間に、長男の
「……学園の方には私兵を動かしていない?」
「えぇ、私が知る限りでは」
私の反乱は知られていたが、そのメンバーまでは知られていない? ……妙な情報の伝わり方だ。
「この場所に追加の人員を寄こしていませんか?」
「いえ、私の知る限りでは誰も呼んでおりません。しかし、部屋の外で待機していましたが、先ほどから建物の外が騒がしい様子です」
外が騒がしい? 狼牙様や雷夢様がこの場所を知っているとは思えない。という事は……。
「……とにかく、外に出ましょう。先に行ってください」
「えぇ、えぇ。承知しました」
私は姉を引きずりながら部屋の外に出た。
どうやら、ここは廃病院の地下らしい。私がいた場所は地下1Fの放射線室。姉を人質にしながら廊下を歩く。
「……柄鎖様はどうして反乱を起こそうと思ったのですか?」
道中、付き人が話しかけてきた。彼は姉の付き人だが、私とも面識がある。とはいえ、こんな場面でも雑談とは……相変わらず緩い人だ。
「数か月前までは近い将来の死を受け入れていたにも関わらず……何か生きる意味を見出されたのですか?」
答える義理は無い。下手に情報を渡す必要は無いだろう。
しかし、彼は一人でつらつらと喋り続ける。
「実家を裏切る事を
「……何が姉妹なのでしょうか?」
彼の言葉が気になってついつい聞き返してしまった。
「お嬢様は今回、実家から
お嬢様は昔からそうでした。こうと思い込めば、どんな手を使ってでも達成しようとする。……残念ながら実力が伴わず、失敗する事も多々ありましたが」
その通りだ。今も、こうして失敗している。
「その点は柄鎖様も同じでございます。何か大切なもののために、これほどまでの大事を起こされたのでしょう。だから、“やはり姉妹”と申させていただきました」
「……そうですわね。確かにそっくりです」
周りの事も鑑みず、何なら学友を殺しまでした。行動だけ見ると姉以上かもしれない。姉も、必要に迫られれば実行するかもしれないが。
どんな手を使ってでも生きる。狼牙様がそう願ってくれるから。
……とはいえ、状況は絶望的。皆は今どうしているのだろうか。失敗する所まで、姉と同じにならなければ良いが。
階段を昇ると、地上一階。廃病院らしくガラスが割れて散らばって居たり、床が一部剥がれていたりする。
気絶した姉を引きずりながら廊下を歩いていると、外から戦闘の音が聞こえる。誰と誰が戦っているのか気になるが、
壁を破壊してしまおうか。そう思った所で、廊下の角から人影が現れた。
「昨日ぶりだな、柄鎖」
兄がこっちに来ることを言わなかった付き人に鋭い目線を向けるが、彼も驚いている。本当に想定外の事らしい。
「それに
「……何の用でしょうか」
「わざわざ説明する必要があるのか?」
「見当はついていますが、誤解が生じている可能性もありますので」
「ふん……。柄鎖、お前は反逆の罪で。そして
「兄様は実家の方で指揮を執っているとそちらの付き人からお聞きしたのですが」
「いいや、お前ら側の人間にバレないよう少人数でここに来た。そっちのスパイは影武者を見分ける技量も無かったようだな。
「……このまま捕まれば、姉も罰を受ける事になります。兄を倒すのを手伝っていただけませんか?」
姉の付き人に聞くが、返事は
「いえいえ。これはお嬢様が望んで行動した結果です。それを誤魔化すのはお嬢様のためにはならないと考えます。
なにより、私の様な
それを聞いた兄が私の方に呆れた目を向けてくる。
「そいつの言う通りだ。それにしても私を倒すなどと……本気で言っているのか?
お前の様な凡人が、それも私より6歳年下。才能、経験、そのどちらにおいてもお前が私を上回っている所など無い。現に、お前が俺に勝ったことは一度も無いだろう?」
「……確かにそうですわね」
私は引きずっていた姉を地面に降ろす。もう人質としての役目が期待できない以上、戦うのに邪魔なだけだ。
「体術でも、
「ふん、硬度は私の方が上だろうに。一つの事に十数年費やして出来たのが自動化だけとは……効率が悪すぎる。目を鍛えれば自動化などせずとも防御は容易い」
天才の兄だが隙はある。本人は気づいていないし、その隙を突かれる場面も無かっただろうが、私は知っている。ほぼ伊達とはいえ、十数年兄妹をやっていない。
今回ばかりは
「あくまでやる気か。
……お前が私に似ているのは、整った顔立ちぐらいの物だったが、それも今では失われてしまったな。ひどい火傷だ。」
「……」
「唯一の
「……ふふ」
「何が
「いえ、何でもありませんわ」
こんな簡単なことを兄が間違えるとは。
私は
「……なんだその構えは。腹ががら空きだ」
「……」
「誘っているつもりか?
「……」
「まぁ良い、丁度試してみたいと思っていた所だ。この前舞踏会で受けた屈辱をお前にぶつけてやる」
兄は私の懐へと一息に飛び込んできた。そのまま腰を落として拳を引いて上に向ける。良く見た、狼牙様の正拳の構え。
やはり舞踏会の夜、一度見ただけで模倣していたのか。兄は天才、狼牙様と同様に一度見ただけで技を模倣できる。
しかも、兄の構えは堂に入っている。ただ狼牙様の正拳を模倣しただけでなく、兄の体格に合わせた最適化が行われていた。
瞬間、腹が爆発した。そう勘違いする程の衝撃と痛み。兄の拳が私の腹に深々と突き刺さっていた。
しかし私は怯まない。ただ最適化しただけの正拳では膝を付かない。十年以上、1日1000回素振りし続けてきた狼牙様の正拳の重さと比べれば軽い。私を屈服させるには、あまりに軽すぎる。
「なッ……!」
私は顔の横に構えていた右拳を、驚く兄の顎目掛けて振り下ろした。
兄は天才だ。頭もキレる。物事の先を予測する能力が高い。だからこそ予測が外れた時、慌てる悪癖がある。
狼牙様が舞踏会で兄に正拳を喰らわせた時、兄は動く事すらままならなかった。だからこそ兄が私に正拳を決めた時も、自分と同じように動けなくなる程のダメージを与えられると予測したはず。
なぜなら、自分が動けなかったのだから。天才の自分が動けなかったのだから、凡人の柄鎖が動けるわけがない。
だが違った。痛みに耐える力は才能では無い。兄が最も毛嫌いする非効率な根性。痛みの許容量を引き上げる為に腹パンしてもらうような私にこそ備わっている力。
兄は私の拳を
顎への打撃で柔らかい脳を揺らされた兄は平衡感覚を失い、後ろによろめきながら膝を付く。脳震盪を起こしている今なら
私は返しの左拳を繰り出そうとしたが、なぜか体が動かない。次の瞬間には口が鉄の味でいっぱいだった。
「…ゥッごぶ、げはッ!」
そんな暇は無いというのに、体は勝手に血を吐き始める。膝が折れて体が沈む。
痛みさえ我慢すれば動けるほど軽傷ではないようだ。今なら、兄に止めを刺せるというのに。
私が
「……ま、さか…な。お前に、傷つけられ、るとは……。夢にも思わな、かった…。
確かに、自動化が必要かもしれん……。とはいえ二の矢は無し、結局は私の勝ちだ」
兄は壁から手を離して完全に自立する。
……ここまで、か…?
腹から湧き出る血を口に溜めながら顔を上げる。
…いや、違う。来てくれたのですね。
兄の右後ろ。視線を送る。
私の視線に気づいた兄はすぐさま振り向き、右後ろを見る。
「お前を殴るのはこれで二回目だな」
その声は兄の左後ろから。次の瞬間、兄の姿がかき消える。轟音の後には
更に次の瞬間には、姉の付き人が廊下の奥へと吹き飛んでいった。
「柄鎖ッ! 大丈夫か!?」
そしてこの場に残ったのは気絶した姉と、血を吐く私。それと狼牙様。
彼は取る物もとりあえず、私に駆け寄ってくれる。本当に一番良い所で駆けつけてくれる王子様だ。
「顔は……火傷か? 他に傷は……」
狼牙様は私の心配をしてくれる。しかし、まだ戦いは終わっていない。一見この場を制したように思えるが、まだ落とし穴がある。
私は口に溜まった血を吐き出し、喉を震わせる。
「っげほ…ッ! 狼牙、様……治癒の力を持った敵が…、まだいるはず……」
私は生贄。兄は私を生かしておく必要がある。だが、兄は私を殺しかねない一撃を放ってきた。逆に言えば、私を治療できる見込みがあったという事。そいつを抑えなければ。
「兄の……さっき殴り飛ばした人のもとへ……」
「……わ、分かった…」
狼牙様は血を吐く私に顔を青くしていたが、私の言葉に従って兄の方へと向かってくれた。その背中を見つめていると、彼は私の方を心配そうに振り返る。
そんなに心配せずとも大丈夫。私は軽く手を挙げてひらひらと手を振った。それ以降、狼牙様は振り向かなかった。
狼牙様の姿が見えなくなると、急激に力が抜ける。挙げていた手がへたれ、床に這いつくばった。
「っくぷ…」
大げさに吐くと、耳の良い狼牙様に聞こえるかもしれない。一度口で堰き止め、徐々に口から血を漏らす。
……間に合う、でしょうか。狼牙様に任せるしかありませんわね。
遠のく意識の中、狼牙様が私を心配してくれた場面を思い出す。
――顔の傷を嫌悪しないでくれた。傷を気持ち悪く思うとか、そもそも美醜を気にするような性格では無いのは分かっていたが。
それでも少しだけ安心したのは事実。
安堵と嬉しさを胸に、私は気を失った。