捕らえられていた柄鎖は姉の隙を突いて脱出。その後、兄が立ちふさがるも、これと相打ち。そこに狼牙が到着し事なきを得たと思われたが、まだ治癒の力を持っている敵が存在している可能性が高いため、気を抜けなかった。
結果、
そこを奇襲して敵を捕まえた狼牙は、ついでに瀕死の柄鎖の兄を引きずり、柄鎖の元へ戻って来る。
「
「そ、そのまえに
確かに柄鎖の兄はすぐにでもくたばってしまいそう。
「……柄鎖とそいつ、同時に治癒しろ」
「ど、同時には出来ない! 先に
狼牙は喋る敵の頭を掴む。
「なら、そいつの頭を潰して俺に嘆願しなくて済むようにしてやろうか」
「っ……」
「同時に治せ。できなければ柄鎖から先に治せ」
「……わ、分かった…」
折れた敵が柄鎖と、柄鎖の兄に触れる。その手が僅かに光った後、二人の傷が一瞬で完治する。
狼牙は敵を抑えながら、いつでも柄鎖の兄に飛び掛かれるよう準備していたが、その心配は杞憂に終わる。治癒は
結果、柄鎖の兄はほとんど栄養失調の病人。とても戦えるコンディションではない。とはいえ、それは柄鎖にも当てはまる事だったが。
ひとまず二人とも栄養補給をする必要がある。そんな時、救急車のサイレンの音が。
「やっと来たか…。いや、突入前に呼んだにしてはタイミングが良いと言うべきだな」
少しして、救急隊員が病院の中へ入って来る。
「人が倒れていると通報を受けてきました。傷病人はどこですか!」
今この場には、柄鎖・柄鎖の兄・柄鎖の姉・姉の付き人。病院の外にはコンクリートに顔が埋まっている男とフシみんの遺体。
救急者には乗り切らないため、隊員は追加の救急車と警察を要請している。しかし警察については柄鎖の兄が権力を用いて止めさせていた。
「狼牙様。医療関係の人間はもともと
私達が救急車に乗るのはリスクが高いと思いますが。今も兄様が指示を出していましたし」
「救急車をジャックするか……それとも
狼牙が治癒の
「悪い、柄鎖が出てくれるか」
敵の拘束で手が塞がっている狼牙の代わりに、柄鎖が電話を取った。
「もしもし、狼牙様の代わりに柄鎖が出ています。
…………………狼牙様」
柄鎖は耳から携帯を離し、狼牙の方を見る。とはいえ、狼牙は耳が良い。通話の内容はすでに聞こえている。
「
♢
~~
雷夢は
代わりに避難していた
力量差は明らかだったが、それでも歯向かってくる職員たち。数だけは多いそれらを、次々と倒していく雷夢。
自分より明らかに弱い
殴る、蹴る、折る、潰す、たったそれだけ、犠牲者は良い声で鳴く。戦闘経験を積んでいる奴は痛みに強いからこうはいかない。
10人程が戦闘不能に。残りは
「………はハ」
乾いた笑いと共に、雷夢の瞳孔が興奮で開いていく。
自由な手で職員の喉ぼとけを指で挟んだ。そのまま力を入れて挟み潰す……
「にゃぁ」
その時、猫の鳴き声が。雷夢が聞き覚えのある声に振り返ると、いつの間にか彼女が飼い始めた猫がそこにいた。
「コットン」
ようやく名前を付けたらしい。猫が名前を呼ばれると、雷夢の方に近寄る。彼女は職員を放り投げ、足元に寄ってきた猫を撫でる。
「どうやってここに来た」
ここにたどり着くには雷夢が通って来た道のりを通る必要がある。しかし、
「
「にゃぁ」
肯定か否定か。人間が知る
「まぁ良い。それより、
雷夢の瞳孔は普段の大きさに戻っていた。意識のある職員の中で一番偉そうな奴を引っ捕まえ、奥の部屋へと進む。
そこでは制御盤やモニターが色々と並んでいる。それらの前の椅子に連れて来た職員を座らせた。
「
逆らえば自分の身がどうなるかはさっき見た通り。職員は言われるがまま、制御盤を操作した。ガスの流入を止め、換気を最大出力で回す。
「ガスが抜けるのにどれくらいかかる」
「た、多分、5分かからないかと…」
「そうか」
雷夢は計器を見て、確かにガスが止まっていることを確認すると、制御盤を叩き壊した。そして携帯を取り出し、別行動している狼牙へと電話をかける。
「もしもし、狼牙様の代わりに柄鎖が出ています」
電話口からは柄鎖の声。どうやら、向こうも上手くやったらしい。
「
雷夢がそう言うと、しばらく電話の向こうが静かになる。
「…………雷夢様、ビデオ通話でそちらの様子を映していただけませんか?」
雷夢は言われた通り、ビデオ通話に切り替えて制御室の風景を映した。こっそり逃げようとしていた職員を引っ掴み、二人並んで自撮り風に映る。
すると、再び電話に向こうが静かに。しばらくして柄鎖の代わりに狼牙が出る。
「ガスを止めて、何か変化はあったか?」
「まだない。ガスが抜けるのに5分かかるらしい」
「……ガスが抜ければ、中の奴が出てくるのか」
「かもしれない。中の奴は100年箱の中にいた。ガスが抜けたとしてもすぐに外に出てくるとは限らないがな」
「……ガスの装置そのものを壊した方が確実か?」
「制御盤はすでに壊した。装置の方にも今から向かう。お前も戦闘可能なら今すぐこっちに来て――」
その瞬間、雷夢の全方位センサーに突如何かが引っ掛かる。携帯を手放し、後ろにいる正体不明の物体に肘鉄。しかし、手のひらで受け止められる。そのまま
「ぇぐッ」
膝がモロに入る。突如現れた“そいつ”は数歩よろめいた。とはいえ、次の瞬間には攻撃など喰らわなかったかのように、無傷で立っていた。“そいつ”は雷夢が手放したスマートフォンを手にし、それをまじまじと見ている。
「……これ何だろ? なんか別の場所の景色が映ってる。
あ、真っ暗になった。ボタン押したからか? ……とりあえず返す」
“そいつ”はスリープモードのスマホを雷夢に放り投げる。
雷夢と同じ薄い紫の長髪、身長は170cm程度、何より全裸。股間には棒と玉が二つぶら下がっていた。
「……女性の前で全裸は良くないか」
その男は部屋に居る職員を引っ掴み、その服を瞬く間に
裸にされた職員は恨みがましい目で男を見つめるが、意にも介さない。
「お風呂とかって近くにある? 仮死状態とはいえ、長いこと閉じこもってたから流石に
ぐしぐしと服越しに体を
「……近くにある。ついてこい」
先行する雷夢に男は大人しくついていく。二人は道を引き返す道中、黒子とすれ違う。
「え、あれ、その人は……」
「
「一応、ブイブイいわせてるν(ニュー)のリーダーをやってる……やってた、になるのか? ν(ニュー)って今もある?
今って大正何年? ……いや、そもそも大正? そんなに天皇長生きじゃないよね」
「ν(ニュー)はすでになくなった。今は令和4年、西暦で言えば2022年」
「2022年!? ……すごいな、100年も経ってるのか。……それより、そっちの君」
男は戸惑う黒子の方を見つめる。
「涙の痕があるけど、何か悲しい事でもあった?」
言葉自体は黒子を心配しているように聞こえるが、男の顔には面白いものを見つけた、というニュアンスの笑みが浮かんでいる。
「いや……別に……」
「そんなはずは無い。何か深く心が傷つく事があったはず。
……血が付いてるけど、怪我したってわけじゃなさそう。返り血、ってことは近しい人が殺されたか……近しい人を殺した、とか?」
黒子の体が震える。男はそれを見逃さなかった。
「近しい人とはどんな関係だった? 思い出話とかがあれば聞かせて欲しいな。後は、どんな状況で殺した? 与えた致命傷は……」
黒子の方へ少しずつ近寄る男。そして、彼女の射程範囲に入る。
……はずだったのだが、男はピンピンしている。首から血が一滴垂れた程度。男は黒子から距離を取り、射程範囲外へと逃げた。
「やっぱり治癒の力があると油断しやすくなる……。100年の空白もあるかもしれないけど」
高速かつ正確無比な斬撃。それはあまりにも綺麗に細胞を切断するが故に、治癒するのは容易。ズタズタに傷つけられる方が治癒には苦労する。
「それより
男は黒子を前に、常に一定以上の距離を保っていた。隙の無い男に、黒子も踏み込みあぐねている。
「止めろ」
「けど……!」
「いいから止めろ。そいつは風呂に入りたいらしい。玄関の方にまで連れて行く」
「……そういう事なら、分かった」
雷夢の言葉を聞き、黒子は構えを解く。とはいえ刀は握ったままだが。
「そっちのは話が分かる。なんとなく気が合う気がするな。僕と髪色も一緒だし。名前は?」
「
「奇遇。俺も苗字は
「……」
「いや、100年経ってるから親戚というよりは……子孫? でも僕の子供ってわけじゃないし……」
男がぶつぶつと呟く間に、
思わず体を硬直させ、目を逸らす黒子。その様子を見て男は話を変える。
「あぁ、これか。君が殺したのは」
男は遺体を蹴り飛ばそうと足を振りかぶる。その動きを視界の端に捉えた黒子は、一瞬で戦闘モードに。男は直前で思いとどまった。
「寝起きで
「……道理だな」
最後に雷夢が呟いてから廊下の角を一つ曲がると、玄関付近で敵を抑えているはずのリーダーとリッチの背中が見えてくる。どうやらここまで押し込まれたようだ。
リーダーが張っている結界の向こう側には相変わらず大量の警備員が。
「……お祭り?」
封印から脱出したばかりの男が首を傾げたのも無理ないだろう。
「雷夢様、そいつは?」
リーダーは結界を張り替えながら問いかける。
「
“そうだよな?”と言いたげな顔で雷夢が男に視線を送る。
「まぁ、そうだね。それよりお風呂は……」
男が自分を
「だ、そうだ」
そのまま床を擦るように男を引きずり、警備員の大群の方に放り投げる。リーダーは雷夢の意図を汲んで、結界を解除していた。
「お前らの目的は今変わった。こいつを壊せ」
雷夢が警備員たちに発破をかける。一方、放り投げられた男は放物線を描きながら、警備員の海へとダイブを余儀なくさせられていた。
「……やっぱり、寝起きで頭回ってないな…」
男は自嘲気味に呟いた。