禁断箱が開かれ、中から出てきたのは100年も昔に悪行の限りを尽くしていた“男”。しかし、すぐに暴れるような真似はしなかった。とはいえ雷夢が発端となり、彼女らのグループの他、100人を超える警備員との乱闘に発展する。
雷夢によって警備員の海に放り投げられた“男”。空中で体勢を整え、着地地点にいる警備員の肩に乗る。肩車の体勢から、土台の警備員の顔に手を掛け、一切の躊躇なく目を潰した。
「うぐぁあッ!!」
男は警備員の叫び声を聞いて口元を緩める。土台の警備員は視力を奪われながらも男を掴み、地面へ叩きつけようとする。
しかし巧妙に警備員の手から逃れた男は、ふわりと地面に着地。周りには、警備員、警備員、警備員。男の周りに50cmの空間を残し、後は全てが警備員だ。
「飛んできやがった! 殺せ!!」
にわかに殺気立つ。
四方からの同時攻撃。とはいえ、完璧な連携では無い。男はわずかなタイミングのズレを利用して、順番に対処していく。
前、上段前蹴り。後ろ、上段刻み突き。これを右に避けて対処。
右、足を狙ったローキック。相手の蹴り足の太ももを蹴りあげて対処。
左、前と後ろの上段前蹴りと上段刻み突きに阻まれて攻撃が届かない。
再び四方からの攻撃。男が対処。
再度四方からの攻撃。男が対処。
無限に繰り返される神業。
練度の低い警備員たちではこの男を傷つけること叶わない。四方では駄目。もっと多方面から攻めなければ。
まず、
かくして、男へのファーストヒットが入った。警備員のローキックが決まる。体勢を僅かに崩す男。そこへ、群衆が群がった。
男の髪を掴む手。男の腕を掴む手。男の顔を殴る手。男を押し倒す手。
男を踏みつける足。男の顔を蹴る足。
良いのが入った。男の首が曲がってはいけない方向に折れる。
しかし、なおも群衆のリンチは止まない。死体相手に、気の済むまま技を繰り出し続ける。技は次第に暴行へ。洗練さを失ったただの暴力へと成り下がっていく。
その隙を“男”は見逃さなかった。首が折れたまま雑な踏みつけ攻撃を腕で絡めとる。そのまま警備員の足を巻き込み、転倒させた。
死んだはずの人間が動くという異常事態に場は浮き足立つ。その隙を突いて男は立ち上がり、雷夢や黒子がそうしているように、天井へと指を突き立てた。
「流石に分が悪い。外でやろうよ」
その言葉を境に、男の姿が消える。瞬間移動の
「あれが不死の
話には聞いていたが、いざ目撃すると驚かざるを得ない。黒子が天井にぶら下がりながら目を丸くしていると、下から手が伸びてくる。彼女はそれを蹴とばして、地面へと着地した。雷夢も同様に地に足付ける。
「敵を間違えるな。あの男を狙え」
「敵はお前らだ! あの男だってお前らの仲間なんじゃねぇのか!?」
「違う、あの男は
そうなった以上、私達を止めることに意味は無い。今はあの男を壊す方が先だ」
「んなモン聞こえるかよ! でまかせ言うんじゃねぇ! 」
警備員はそのまま殴りかかって来るが、雷夢は相手の腕を取り、ねじりあげる。そうして拘束した警備員の喉元に、黒子が刀を突きつける。
「全員落ち着いて私達の話を聞いて欲しい。無駄に喋ると、こいつを刺す」
人質を取った状態で黒子が警備員に呼び掛けるが、構わずすぐにでも飛び掛かってきそうだ。
「全員が聞けていなくとも、これだけいればあの男が
そう呼び掛けると、1人がおずおずと手を上げる。それに呼応して2人、3人と手が上がっていく。
「分かっただろう、今の敵は私達じゃない。封印が解けた以上、あの男を殺す事が最優先のはずだ。このまま放っておけば100年前の悲劇の再来になる」
「封印解いた奴が言うな…ぅぐっ!」
雷夢に捕まっている警備員が余計な茶々を挟む。雷夢が締め付けを強くして黙らせた。
「あの男を封印するために人が1人、
「1人殺させないために複数人殺すのか!?」
「お前らは戦士だろう。死を覚悟してこの場に立っているはずだ。生まれた瞬間に死ぬことを義務付けられた子供と同類に
「………!」
顔を真っ赤にして歯ぎしりをする血の気の多い警備員たち。とはいえ、反論は無い。それを良い事に雷夢は続ける。
「生贄として死ぬのは一人じゃない。もうすでに数人が犠牲になっている。見たことがあるか? 体を切り裂かれ、生体機械に改造され、
雷夢が警備員を見渡す。生贄の惨状を聞いた警備員たちは雷夢と目が合うたび、気まずそうに目を逸らす。
「それも全ては過去の人間達が怯えを胸に、保身に走り続けたせいだ。私達はその負の連鎖を断ち切りに来た。事が終われば煮るなり焼くなりしてくれて構わない。
だが、今ここ。ここだけは協力してくれ。お前たちは昔の臆病者とは違うはずだ。誇りを胸に、世界を脅かしたと伝え聞く災厄に立ち向かってくれ…」
雷夢が頭を下げると、しばらく場は静まり返った。
足音がする。1人、また1人と施設の外へと向かっているのだ。
そのまま外に出て行った“男”を追うように人が流れていく。しかし、1人の警備員が雷夢の肩に手を置いた。
「どんな理由があろうと、お前らのせいで俺の友人が死んだ」
警備員の手には力が入り、ぎりぎりと雷夢の肩を
「……だから、あの男を潰した後はお前らの番だ」
そう言って、警備員は雷夢から手を離し、走って行ってしまった。
この場に残されたのは、雷夢達だけ。
「バカが多くて助かる」
雷夢は先ほど強く掴まれた肩を回し、
「それであの男、どうしますか? 死なないってのはどうにも厄介ですよ」
リーダーが皆に呼び掛けるとリッチは首を捻る。
「確かにそうだよね。死んでも良いとなると自爆特攻も視野に入れないといけないし。そもそも何回殺せば死に切るのやら……」
「……その前に、どうしてあの男は治癒の
雷夢の疑問は
その疑問には黒子が答える。
「多分、生き返るだけで傷が全部治るわけではないんだと思う。
さっき男が生き返った時、頬に
「んー……例えば、腕を骨折した後に首を折られて死んだら、首は治るけど腕の骨折は治らない感じ?」
リッチの合いの手に黒子が更に補足する。
「うん、そんな感じ。さっきの感じかららして、多分死ぬ10秒前までの傷しか治らない……かな。だから、治癒の
「なら、殺すより怪我させる方が良さそうだね。あくまで言い伝えだけど、あの男は本当に不死と勘違いするほど蘇るらしい。相当な
だったら怪我を治癒させて、体のカロリーを枯渇させる方が速いんじゃないかな」
「うん、出来るだけ治りにくい怪我。
皮下組織を大きく傷つける打撲、粉砕骨折、裂傷……」
黒子は言いながら、手にした刀の刃先を
戦いの相談を進める流れに待ったをかけるのはリーダー。
「少し良いでしょうか。そもそも瞬間移動が出来る敵を仕留めるのは難しいと思います。劣勢になれば逃げれば良いのですから。もっと早く気付くべきでした。
私とリッチはさっきの戦闘で
「……そうしろ」
「仰せのままに」
許可を取ったリーダーはすぐに動かせそうな人員をこちらに寄こすため、真っ先に電話をかける。
「ほらハゲ。一旦家の方に戻るからなけなしの
一方でリッチは死んだふりをしていたハゲを引き起こし、隊をそろえる為に本拠地に戻ろうと準備を整える。
執事たちを背に、雷夢と黒子は外へと駆けだした。
♢
2人が施設の外に出て、すぐに目に入ってきたのは地面に転がっている警備員たち。3割ほどが倒れ伏している。残りの警備員は群れを成して、まるで台風のようにある一点を囲っている。
台風の目には“あの男”がいた。前後左右から襲い掛かって来る警備員をキレのある動きで
室内よりも人の密度が下がり、動きの自由さを獲得した男は一か所に留まることなく、警備員の数を減らしていく。
しかし、警備員もただやられるばかりではない。
誰にも当たらない場所で振られた蹴り。他の警備員の攻撃を避けた男に直撃。
動かず立っているかと思えば、突然のダブルラリアット。それを避けるのには成功した男だが、別の警備員の掌底を喰らってしまう。
警備員が倒れるごとに、男の
そんな消耗戦を打破する変化が。雷夢が隙を突いて男の懐に飛び込んだ。
雷夢は無理をしない。出来るだけ自分の手の内を見せないように、しかし男の動きを縛るように戦う。そうして周りの警備員に殴らせるのだ。
男がグーを出せないよう縛る。すると周りの警備員がグーとチョキを出す。
男がパーを出せないよう縛る。すると周りの警備員がパーとグーを出す。
数の有利を存分に生かされ、永遠と不利を押し付けられる男。しかし、男は一切慌てない。彼が数多の打撲を負い、その代わりに得たものは雷夢への対策法。
徐々に、次第に、雷夢の技が通用しなくなってくる。
まだまだ技の引き出しはあるが、このままではジリ貧か――
そう感じた雷夢は今持っている全てを使うことに。
至近距離での裏拳。手首から先を鞭のようにしならせ、男の目を潰すように当てる。男の視界を奪った一瞬にワンツーの連携。
“ワン”は
“ツー”は狼牙から習った正拳。インパクトの瞬間に無勁を合わせるのも忘れない。
刹那に最大火力を叩き込まれた男は数歩よろめく。内臓という内臓が破裂しているが、周りの警備員が襲い掛かって来る頃には全ての傷を治癒していた。
「やっぱりどの時代にも強い奴はいるんだね。初見じゃ流石に対応できなかった」
雷夢がもう一度男に接近しようとする。しかし、男はそれだけはさせない。雷夢と自分との間に警備員を挟むようにして戦い続ける。
「というか、二回目でも怪しそうだからもう近づけたくない。後で相手するよ」
雷夢を常に意識して戦っているため、警備員からの打撃を喰らう事が増えたが、それでも雷夢だけは近づけないように戦う男。
男が戦い方を変えれば、雷夢も戦い方を変える。
近付くのは難しいと察し、自分を
他にも警備員がいる状態で刀を振るうと周りを巻き込んでしまう。そのため、黒子は突きを繰り出し、突きを引き戻す際に
一度削っては身を隠し、隙を突いて再び刀を伸ばす。警備員の隙間を縫ってのヒット&アウェイ。男に影も踏ませず、ザクザクと削っていく。
傷は治癒していくが、その消耗は激しいはず。
このままでは削り殺されると慌てたのか、男は無理やり黒子を捕まえようと動く。しかし、黒子は捕まりそうで捕まらない位置取りを心がけ、ギリギリで
そんな男の隙を雷夢は見逃さない。男が再び雷夢に意識を戻した時、すでに彼女は0歩の距離に。
「ちか……いッ!」
自分を捕まえようと伸びてくる雷夢の手を2回弾き、最後の突進を大きく回転して受け流した。
「自分でもビックリ。たまにあるよね、何かすごい上手に出来る時」
そのまま男は目を付けていた警備員の1人を捕まえる。戦いの中で攻撃した際、
指1本という僅かな面積に拳の威力を全て乗せられ、胃を撃たれた警備員は硬化したとはいえども悶絶。
「硬化の力、貰うよ」
男は警備員を捕まえたまま、生来の
奪った
5秒。普通の人にとってはすぐだが、
1秒。本能的に今が危険な状態という事を察した雷夢が突っ込む。
2秒。片手を使えない男が雷夢の攻撃を、急所を外しながら受け続ける。周りの警備員も男を囲んで攻撃し続ける。
3秒。警備員が邪魔で近寄るのが遅れた黒子がようやく攻撃に参加。無限に傷を負い続ける男。5秒なら死んでも傷を治して生き返れると強引だ。
4秒。雷夢が拘束されている警備員に正拳を放つ。
5秒。時が満ちた。
瀕死の体を一気に治癒し、奪った
ギャリギャリギャリ!
脇から伸びてきた黒子の刀と硬化された皮膚が擦れ、嫌な金属音が鳴り響く。これで黒子の対策は完了。男は用済みの警備員を振り回し、周りの敵を遠ざける。
再び仕切り直しの間合い。警備員はすでに10人ほどまでに減っていた。